7月〇日
「今日のお客さん。なんだか…すごく華のあるお二人でしたね先輩」
「そうね、きれいでかわいくて、ステキなバディだったわね」
「ファーストとセカンドの組み合わせって、やっぱり華がありますよね、いいなあ…」
「かわいいだけじゃなくて、実力も相当あるようね。スギナは感じたかしら、あの二人、気配から察するに、本部附リコリス以上の強さを持っているみたいよ」
「本部の精鋭以上? それってもしかして伝説のリコリスとか?」
「かもしれないわね。そういえばセカンドの方のお客さんは、私の一年先輩だったのよ。観戦学習の一環として、少しだけ彼女の演習風景を見学させてもらったことがあったけど、そのときからかなり強い人だった記憶があるわ」
「お話とかしたことあったんですか」
「私たちのころも本部訓練生は学年ごとに隔離されていたから、演習を遠くから見ていただけでお話はできなかったわね。けど…」
「けど?」
「なんか、あの当時とは雰囲気が違っていたわね。訓練生時代に見た彼女は、なんといえばいいのかしら…近寄りがたい雰囲気っていうのかな、周囲に壁を作っている感じがしたんだけど、今日は優し気で、柔らかな感じがしたわ」
「成長というか、心の変化があったんですかね」
「自分の居場所を見つけることができたか、今のバディと強い絆で結ばれたとか…あるいはその両方かもね」
「良い出会いがあったんですね」
「スギナは、あの二人見かけたことはある?」
「去年、本部訓練生としてDA本部で暮らしていた時、一度だけ見ましたよ。本部中央棟の噴水の前で、二人でくるくる回っていました!」
「くるくる?」
「はい! すごくきれいでした、すごく輝いていました。私たちもあのように輝いているバディになりたいです!」
「そうね。輝いていると言えば、あのお二人、日常もなんだか輝いている感じだったわね」
「普段は東京下町の喫茶店で働いているって言っていましたね。いいですよね、輝いていますよね」
「きれいな喫茶店で、きれいな衣装を着て、都会の皆さんと楽しくふれあっているって言っていたわね。いいわよね…」
「憧れますよね。ここみたいなお寿司屋とは違って、おしゃれで都会派な雰囲気の喫茶店なんでしょうね…」
「季節のフルーツを使った創作甘味の開発や試食会とか、毎日が華やかで楽しそうだったわね」
「毎日魚の内臓を取ったり、魚の頭をぶった切ったりしている私たちとは、大違いですね」
「都会の雰囲気漂う瀟洒な喫茶店、お店の雰囲気を纏う和風の衣装。可憐なあの二人には、さぞ似合っていることでしょうね」
「リコリスの制服に前掛け付けただけの私たちとは大違いですね。というか私たちってなぜ制服着ながらお寿司握っているんでしょうね。制服に染み付いたお酢の匂い、なかなか取れないんですけど」
「喫茶店のお名前も教えてもらったけど、愛らしくて親しみやすくていい感じだったわね」
「モブリコ寿司なんて、なんの捻りもない店名ですからね。モブリコの検索妨害になっていないか、心配です」
「東京の喫茶店かあ…あこがれるなあ」
「都会のサ店に対して田舎の寿司屋。今思えば安直な設定でしたね」
「これでイケるって最初は思ったんだけど、まあ、舞台設定はもう少し煮詰めた方が良かったかもね…というかスギナ、少し落ち込んでる?」
「はい、少し…なんというか、あまりにも眩しい存在を見てしまったんで…その…すいません」
「気持ちはわかるけど、もう少し前向きにいきましょうね。心の中で勝手にランクをつけて、勝手に卑屈になったらダメよ」
「確かにそうですね」
「それにあのお二人、外見だけじゃなくて人柄もとても良い人たちだったじゃない。私、あのような二人をご接待することができて、とても楽しかったし、とても光栄に思っているわ」
「あ、それ私もそう思いました!」
「そんな素敵な二人が、スギナのお寿司の事、すごく褒めてくれたのよ。よかったじゃない」
「はい、私たちが頑張って作ったお寿司、美味しいって言っていただいて、すっごく感激しました!」
「歌島のメカブとモズクの意見も取り入れて改良した、私たちが自信を持ってお出しする、季節の魚介をふんだんに使ったフルコース。まあ素人料理ではあるけど、楽しんでいただいて何よりだったわ」
「地元の新鮮な食材に助けられたところも大きいですけど、頑張ってお料理した甲斐がありました」
「アナゴの調理とか、スギナは毎日練習していたものね」
「はい、アナゴは今の時期のメイン食材ですからね、下ごしらえとか手を抜けないと思いまして。今日のお客さんが来るまで、毎晩頑張って練習しました」
「そのおかげで、アナゴに関しては特に褒めていたわね。やっぱり都会の喫茶店で働いているリコリスって、味に関しても鋭い感性を持っているものね」
「けど、お二人とも、生きたアナゴを見たことはなかったそうですね」
「そういえば、セカンドリコリスのお客さんが『チンアナゴとアナゴって、どう違うんですか』って、真顔で聞いてきたわね。あのときは、一瞬ジョークかと思って答えに詰まったわ…」
「墨田区の水族館で見たそうですね、チンアナゴ。逆に私はチンアナゴ知らなかったんで、どう説明していいのか困りました」
「スギナったら、チンアナゴって何ですか? って聞き返していたものね」
「そうしたらファーストリコリスのお客さんが『これよこれ、チンアナゴー』って、私のためにチンアナゴのポーズをとってくれましたね」
「してくれたしてくれた。すっごくしてくれた。立ちあがって腕伸ばして、すっごく可愛かった!」
「チンアナゴはどのようなアナゴか未だにわかりませんけど、チンアナゴの動きだけは、とてもよくわかりました」
「そんなようなこと言って褒めていたわねスギナ。そうしたら、そのファーストリコリスのお客さん、テンション上がったのか、連れのセカンドリコリスのお客さんにまでチンアナゴのモノマネさせていたわね」
「させていましたねー。セカンドのお客さん、最初は嫌がっていましたけど、バディに詰め寄られると断れない性格なんですかね。最後は顔真っ赤にしてチンアナゴしてくれましたね」
「あの恥じらいのお顔、とても可愛らしかったわ…」
「可愛すぎたので、私たちも一緒にやっちゃいましたね、チンアナゴのマネ。先輩のチンアナゴも、可愛かったですよ!」
「今思えば、四人で何やっていたんでしょうね…」
「いいじゃないですか、楽しかったですから」
「スギナって、こういう時は意外とノリがいいのよね…その後も変なことしていたし」
「何かしましたっけ?」
「ほら、チンアナゴのマネが一通り終わった時、ファーストのお客さんが『それでー、アナゴはどんな動きするの?』って尋ねてきたでしょ」
「そうでしたね」
「その時、スギナって一寸のためらいもなくアナゴのモノマネしたでしょ。両腕を上に伸ばして両手のひらを合わせて、うにょうにょうにょーって言いながら体グネグネしたあと、アナゴアナゴアナゴオオって叫んで…」
「ああ、あれですか。だって、そのファーストリコリスのお客さん、質問してきた時にすっごくいたずらっ子みたいな目をしていたんですよ。あ、これは何かを期待している目だ、って私気が付いたんです」
「そんな目、していたかしら?」
「していましたよ、おそらく彼女は自分のチンアナゴスタイルを越える表現方法を、己のチンアナゴを越える新しいムーブを期待していたんだと思います。そして、私にはそのご期待に応える使命があると思ったんです。その挑戦に答える義務があると思ったんです。現状だけでは満足しない、新しいチンアナゴムーブメントを模索しているお客さんのためにも、私は私の考えたアナゴスタイルを、渾身の動きを持って表現したんです!」
「何言っているのか全然わからないけど、スギナは小心者なのに負けず嫌いってことだけはよくわかったわ」
「自らの感性に依った、一か八かの大舞台でしたけど、お客様には喜んでいただけたようで、何よりでした」
「あー、確かに大うけしていたわね。笑いながら、スギナと一緒に、うにょうにょうにょーアナゴアナゴアナゴオオってやっていたわね」
「私のアナゴ魂を御理解いただけて、幸甚の極みでした」
「そのファーストのお客さん、テンション上がったのか、連れのセカンドのお客さんにまでアナゴのモノマネさせいたわね」
「させていましたねー。セカンドのお客さん、最初は嫌がっていましたけど、バディに詰め寄られると断れない性格なんですかね。最後は顔真っ赤にして、うにょうにょうにょアナゴアナゴアナゴオオってしてくれましたね」
「あの恥辱に歪んだお顔、とても可愛らしかったわ…」
「可愛すぎたので、先輩も一緒にやっちゃいましたね、アナゴのマネ。先輩のアナゴも、可愛かったですよ!」
「今思えば、四人で何やっていたんでしょうね…」
7月△日
「…怖かったですね」
「スギナ、大丈夫? まだお顔青いわよ。はい、お水。これ飲めば気持ちも落ち着くわよ」
「ありがとうございます……先輩は、怖くなかったんですか」
「まあ、それほど恐ろしくはなかったわね。逆に、スギナはあのお客さんのどこが怖かったの?」
「だって、あの人、どうみても殺し屋ですよ! それもプロ中のプロ! 私や先輩が一緒になって戦っても全く勝ち目のない、ものすごく強い暗殺者ですよ!」
「確かに凄く強い人でしょうね。私の知っている限りだと、DAであのお客さんに敵うリコリスって、先週来たファーストリコリスのお客さんくらいでしょうね」
「さらに言えばあのお客さん、お寿司屋に入ってから出て行くまで、物音ひとつ立てていませんでしたよ! すごい静かな人でしたよ! 鞭声粛々寿司屋に入るって詠っちゃうくらい無音でしたよ!」
「なんで頼山陽? 確かに流星光底って目つきではあったけど」
「先輩、どうしてあんなプロを前にして、全然怖がらなかったんですか」
「プロだからよ」
「はい?」
「スギナの見立て通り、あのお客さん、この国ではトップレベルの暗殺者でしょうね。で、もしそんなプロの殺し屋が私たちに敵意を持ってこの地に現れたとしたら、私たち、あの人の顔を見る前に殺されているわよ。そんな凄い人が、わざわざ寿司屋の暖簾くぐってゆっくり引き戸を開けて、私たちに人着を見せてから静かに椅子に座った。これだけでも、殺意はないって暗に教えてくれたようなものだし」
「そうなんですかね…」
「さらに言えば、私が出したお茶を口にしたことで、今は仕事に関係のないプライベートな状況だってことを、遠回しに伝えてくれたわけだしね。無口なお客さんだったけど、いろいろサインは出してくれていた。だから、必要以上に警戒することはなかったのよ」
「さすが先輩、よく観察していましたね…しかし、あのお客さん、なんでモブリコ寿司に来たんですか? ここって、リコリス専用のお寿司屋さんですよね」
「それがね…ここに来るお客さんの情報って、普通は日時と人数、あとは宿泊した施設くらいしか伝えてくれないんだけど、今回だけは注釈があったの。なんでも、DAと関係が非常に深い喫茶店の従業員全員がハワイに遊びに行っている間、臨時の店員としてお店を守ってくれていたお礼に、特例で諸咲へご招待したらしいのよ」
「なんですか全員ハワイって、浮かれていますね。というより、あの人、喫茶店の店番できるようなキャラだったんですか?」
「だから私も、普通の女の人が来ると思って、スギナには言わなかったの…そうしたら、まさかあんな物騒な人とはね…」
「お客さん2番手が、こんな変化球とは思ってもいませんでした」
「そうよね、メインキャラってわけでもないのに」
「確かDAの観光コースって、一泊二日旅行が基本でしたよね。あのお客さん、諸咲観光、楽しめたんですかね」
「大きなクーラーボックス抱えていたし、ポケットから智多四国霊場の御朱印帳も見えていたし、表情には出さなかったけど、まあ楽しんだんじゃない?」
「釣りとか参拝とかするタイプには見えませんでしたけど…」
「情報によると、宿泊も港近くの温泉旅館に泊まっているし、まあくつろげたんじゃない?」
「ゆっくり温泉入ったあと、夕食にこの辺の名物の大きなエビフライ食べたんですね、あの苦虫を三匹くらい嚙み潰したような顔で」
「お食事帰りに私たちが渡した、エビせんべいのバラエティーパック大袋3袋入りも丁寧に受け取ってくれたし、まあこの町の景色と食を楽しんでいただけたようね」
「エビせんべいの大袋、一つくらいは誰かのお土産にするんでしょうね」
「どんな人に渡すのか、少し気になるわね」
「友人とかいても、全然会話しなさそうなタイプでしたからね。会話といえば先輩、あのお客さんって、最初から最後まで、会話どころか一言もしゃべらなかったですね」
「お帰りの時、美味かったぞって、小さい声で一言だけ言ってくれたわよ。ほんとに小さな声だったけど、あれほど無口な人なんだから、もしかしたらその言葉は最大級の賛辞だったのかもしれないわね」
「注文とか、よくわかりましたね」
「簡単よ。目は口程に物を言うってね。カウンターの内側に目を向けたら次の品をお出しして、壁の御品書きを見たら料理の案内、寿司桶のお寿司に注目していれば、お魚の説明。あとは指先で湯呑を指していただければお茶のおかわりを、食後に指を一回鳴らしていただければコーヒーをお出ししますねと先に説明しておく。補足を入れながら、よくお客さんを観察してご接待すれば、簡単なことよ」
「すごいですね先輩。けど、最後にお客さんが指鳴らした時、なんでコーヒー2杯もお出ししたんですか?」
「いや、あれはね…元ネタがあったのよ。ギャラクシーのヒーロー伝説というか、獅子の泉の沈黙提督というか…」
「なんか、お客さん驚いていましたよ」
「元ネタ知らなかったのね…あの年代の男の人なら、たいていあの作品を読んでいらっしゃると思っていたんだけど…」
「目の前に出されたコーヒー。不思議そうな顔で全部飲んで帰られましたね…」
「そうなのよね…なんだか悪いことしたわ…」
7月◇日
「今回も、DAの部外者だったわね。今年は、こういう人たちが多くなりそうね」
「……」
「ねえ、スギナにはわかったかしら? あの男の人たち、恋人同士だったわよ」
「……」
「どちらもお年だったけど、本当に絵になるカップルだったわね。ナイスミドルというか、落ち着いた感じというか、長年愛を育んだ男性同士の絆というか、大人の恋愛ってとっても素晴らしいなって思ったわ。男同士のカップルって、年をとっても様になるし、やっぱりステキよね。私、断然あのお客さんたちの仲を応援するわ!」
「……」
「どちらも格好いい男の人だったってのもポイント高いわよね。和服がよく似合うアフリカ系の頼もしそうで逞しいお客さんに、高級な背広がよく似合う優しくて有能そうなエリートビジネスマン風なお客さん。お二人とも良いお年のとられ方をされていたし、どちらも社会と人生の厳しさを正面から受け止めて来た大人の男の精悍さみたいなのもあったわね。ちょっとお年を召した男の人の色気、私わかった気がするわ…ああ、どちらが攻めで、どちらが受けなのかしら」
「……」
「話し方も物静かで、理知的な感じだったわね。なんか娘さんが立派に成長されたことについて静かに語っていたから、たぶん養子をとっていらっしゃるんでしょうね。あれほど素敵なお二人に育てられた娘さんって、幸せ者よね…」
「……」
「そういえば、和服の方のお客さん、十数年前に私がDAに連れてこられた時、司令だったか教官だったかしていた人に似ていたけど、その人ご本人なのかしら。そうだったら、部外者ってわけでもないのかな…」
「……」
「けど、なんか変なのよね。今回観光に来るお客さん、DAからの連絡には1人だけって書いていたのよ」
「……」
「さらに背広のお客さん。自分は精進料理を少ししか食べられないって言っていたわね。ピュアベジタリアンなのかしら。スギナが機転を利かせて、ミョウガの握りとカッパの細巻きを作って、お出ししたんだけど…」
「……」
「で、お出しした精進物のお寿司、お茶を飲みながら美味しそうに食べていたのを見た記憶はあるんだけど、お帰りになった後カウンターを見たら、お寿司もお茶も全く手を付けていないのよ。というか、お出しした時の位置すら変わっていないのよね」
「……」
「ねえ、スギナはどう思う。というか、なぜさっきから震えているの? お客さんをお見送りに外に出てから、ずっとそうじゃない」
「……先輩」
「なあに?」
「先輩、私、見たんです」
「何を?」
「外を歩いているお二人を、見たんです、そうしたら、気が付いたんです…」
「何に?」
「スーツ姿のお客さん…足が透けていました」