DAは、暴力団の存在というものについては、基本的には無視している。
意外なようにも聞こえるが、DAは暴力団のシノギや抗争には、さほど注意は払っていない。これらの団体の活動を取り締まるようなことはしないし、路地裏で善良な市民を恫喝する暴力団員を抹殺しようともしない。
この世界の暴力団は、長年社会の影に棲み続ける集団である。この裏の集団は、市民社会を弱らせるが、国家社会に牙をむくことはない。
この世界の暴力団が狙うのは、国ではない。平和な世の中の裏で個人の資産を奪い、企業や商店に巣食い、上前を撥ねる。それだけの存在である。
そしてDAが守るのは、個人の真の平和ではなく、国家社会の平和である。世の中が表面上平穏でさえあれば、少数の一般市民がどれだけ陰で泣いていようと、DAは関知しないし、関心も向けないのだ。
暴力団側も、その辺はわきまえている。DAの存在をある程度知っているヤクザたちは、決して国と社会に盾突かない。関東や関西の広域暴力団は、DAに睨まれないよう、傘下に10人以下の小さな三次団体を多数作り、それぞれに小さなシノギをさせることによって利益を得ている。
ひとつの小団体が奪うのは数家族の財産、ひとつの小団体が奪うのは一企業の利益。大きな暴力団が、各地に分散させた小さな暴力団から小さな上納金を集める裏社会のアトミックストラテジー。このやり方ならば、DAを敵に回すことはない。しかし、この方法は地道で面倒という、ヤクザにとってはどうしても我慢できない欠点がある。
近年増えてきた、いわゆるインテリヤクザならば、普通の作業として地道にこなすことができるこれらの違法集金も、忍耐と根性のない粗暴なだけのヤクザにとっては、耐えることのできない苦行である。
そのような粗暴で短慮な小物がトップにいる小団体は、まれに暴走する。
小さな団体の長でいることを良しとせず、多額の上納金を納めることで、組織内で成り上がることを狙う野心家が、DAの存在を無視して荒稼ぎを狙うのだ。
彼らは、己の欲望の赴くまま、更に多くの人々を毒牙にかけ、多くの企業を罠にかける。法律を犯し、仲間のシマを侵し、伸ばせる手が届く限りの不法行為と暴力行為を繰り広げる。
そのような小団体が表立ってきた場合でも、DAは手を下さない。彼らの愚かな行為が、社会に動揺を与える萌芽となると判断すれば、
しかし、彼らがそれ以上の不法行為に及んだ場合、DAは即座に行動する。即座に指令を発し、即座にリコリスを送り込み、即座に抹殺する。
DAが動く要件は、一般市民を巻き込む武力抗争、そして武器や麻薬の密輸である。
このうち、暴力団同士の大掛かりな抗争は近年発生していない。抗争が激化した場合、DAが両団体とも殲滅してしまうことが、ウワサという名の裏情報として知れ渡っているため、早いうちに手打ちしてしまうのだ。
8年前に起こった、北関東と南関東の広域暴力団同士の抗争。和解が遅れ武力抗争に発展してしまったこの争いの結末は、今でも暴力団同士の噂になっている。
2つの大規模暴力団とその傘下の25の小規模暴力団、これらの組織の構成員が全員この世から消えるのに要した時間は36時間、きっちり1日半だったという。
一日目、まずDAが差し向けたのは、分校リコリスだった。チームを組み背後からの暗殺を専門とする彼女たちは、一人で出歩いているヤクザを尾行し、殺し、処分する。たとえ町中でも人の目に一切触れずに殺害、証拠も死体も一切残さず撤収する芸術的な集団プレー。静かで平和な社会の裏で、大掛かりな掃除の手が伸びていることを暴力団幹部たちが知ったのは、組織の構成員たちが半減してからだったという。
運良く残った構成員と幹部たちは、一人で出歩くのを止め、自分たちがそれぞれ所属する事務所に集合する。見えない敵に怯えながら、武器を手に一夜を過ごす暴力団員たち。この夜、籠城する彼らの内、眠ることができたのは一人もいなかっただろう。
二日目、DAはヤクザたちが立て籠もる事務所に、本部卒リコリスを訪問させる。正面戦闘専門の彼女たちは、礼儀正しく事務所玄関の呼び鈴を鳴らした後、無遠慮に入口の扉を蹴り破り、足音を立てて入り込む。
たとえ頭数は多くても、銃の取り扱いもろくに知らない、戦闘経験もないヤクザたちは本部卒リコリスの敵ではない。彼女たちが持つクリスベクターから放たれる弾丸、サプレッサーの先から勢いよく射出された.45ACP弾は、小さな飛翔音を立ててヤクザたちの肉体を破壊、彼らに大きな断末魔の悲鳴をあげさせる。
どこの組事務所も、逃げ出せたヤクザは一人もいなかったという、徹底的な惨殺。文字通りの、皆殺しである。
広範囲かつ一斉に行われた殺戮劇。初動捜査は機動捜査隊どころか所轄署の刑事課までも総動員されたというこの大きな事件について、メディアは一切取り扱わなかった。捜査は組織犯罪対策部が引き継ぐ形にはなったが、なぜか特別捜査本部は設置されることなく、事件は有耶無耶の内に語られなくなる。
ヤクザたちは、恐怖した。この国には、メディアだけではなく、警察すらも触れることができない組織があるという噂は、本当なのかもしれない。凶悪犯やテロリストを、社会の裏で消していく集団が、この国にはいるという噂は、本当なのかもしれない。裏社会の間で、都市伝説のように語られてきた噂話が、現実味を持って彼らに迫っていた。
抗争中の広域暴力団同士が、この世から消滅してしまうというこの事件以来、この国の反社会的組織は、大規模組織犯罪や武器麻薬密輸から手を引くことになる。大きなシノギは控えて、小さく分けた下部団体ごとに小さな仕事を与え、小さな収入を集めていく方式に転換したのは、このときからである。
しかし、そのバランスが、去年大きく崩れ去った。原因は、真島グループによる千丁銃器密輸事件と関東での騒乱である。
まだ30代の若造が、大規模密輸に成功した。まだ若手の組織が、大規模テロを引き起こした。
武闘派を自称する、頭の足りない粗暴な一部ヤクザは、真島一派の快挙に奮い立った。
自分たちも真似しよう、自分たちも追いかけよう、自分たちもやってみよう。
なんの基盤もない男ですらできたことだ。自分たちならばもっと上手にやれる。自分たちならもっと器用にやれる。
自分たちは、いつまでも小さな三次団体ではない。五本の指で数え足りるほどの組員しかいない、小さな傘下団体ではない。
武器を密輸し、力を付けよう。麻薬を密輸し、金を儲けよう。
真島のように行動しよう。真島のように成り上がろう。真島のように輝こう。
裏社会のバランスを崩せ、組織勢力のバランスを崩せ、世の中のバランスを崩せ、すべてのバランスを崩せ。
力と金があれば、謎の監視組織など怖くない。逆に返り討ちにしてやる。本気になれば、俺たちの方が強いはずだ。
この世の中のバランスは、暴力によって変えることができる。
この世の中のバランスは、テロによって変えることができる。
臆することはない、バランスを変えるのは、俺たちだ。真島はそう教えてくれた。
真島に、続け。
延空木占拠事件が表社会に与えた影響は、ほとんど存在しなかった。事件発生当時こそ多少の混乱はあったが、すべての従順な国民は、DAの杜撰な隠蔽を表向きは信用し、真実から目を逸らす方を選択した。
だが、裏社会の勢力は、真島から目を逸らさなかった。
この国のバランスが歪んでいること、この国のバランスは暴力によって覆ること。延空木で真島が鳴らした檄は、実は裏社会に向けて発信していたのかもしれない。
延空木から全国に送られた真島の毒は、陶酔と熱狂を伴い裏社会に浸透した。
暴力団やテロリストたちに感染した、真島の毒。それは、言葉の毒、思想の毒、扇動の毒。
この毒は、形のない無味無臭の毒ゆえに、DAや警察も気が付かない。この毒は、思考に沈殿する遅効性の毒ゆえに、侵されている本人ですら気が付かない。
真島の毒に侵された裏社会の人間たちは、謎の焦燥感と高揚感に駆られ、これまで考えたことのない悪事に手を染める。謎の万能感と全能感に駆られ、自分の丈に余る無謀な行為に手を伸ばす。
緩やかに、しかし確実に増えていく大規模犯罪。延空木占拠事件以降、静かに崩れていく表社会と裏社会の均衡。
これこそが、真島が求めていたものだったのかもしれない。
DAは、この潮流に対し、強硬な姿勢で当たることを選択する。
今後、限度を越えた暴力団組織の犯罪には、進んで介入する。銃火器を持ち出す武力抗争には、初手から本部卒リコリスを投入し、火力戦で仕留める。
取引量の如何に関わらず、密輸を企む暴力団は、積極的に潰す。取引に現れたヤクザたちはその場で射殺し、他の暴力団組織への見せしめとする。
海外から伸びる密輸ルートの糸も、必ず引き千切る。6月の新近城作戦のように、二度と同じ方法で密輸ができないよう念入りに叩き壊す。
DAは本気だった。
DAの楠木司令は、静かに暴走を始める暴力団との対決に当たり、自らの組織と出自を同じくする力終主義の組織のもとに出向き、協力を依頼したという。
DAは本気だった。高いプライドを捨て、対立する競争相手の組織に頭を下げてまで、暴力団組織の過激化への流れを止めようとしていた。
延空木占拠事件終結直後から始まっていた、DAと裏社会組織との暗闘。新近城作戦は、来年3月にピークを迎える、長い長い戦いの序章に過ぎなかったのだ。
この戦いの余波は、遠く諸咲の地にまで影響を及ぼしていた。
名古屋に本拠地を置く、総員6名の小さな暴力団。今年の春に関西系の広域暴力団の傘下になったこの団体は、東西の大規模暴力団がせめぎ合う名古屋の地で成り上がろうと、海外の麻薬組織から独自に大量の麻薬を買い付け、国内で売りさばくことを目論む。
小さな組織の大それた野望。無論、DAはその計画を見逃さなかった、その計画を許さなかった。
彼らが立てた計画、外国の麻薬組織へのメールでの接触と取引などのやり取りは、国内全ての通信履歴を監視するシステムを有するDAが、逐次把握していた。彼らが実行に移す時、彼らが現場に赴く時、彼らを抹殺する時を静かに待っていた。
今から三カ月前、彼らは最初の取引を行っている。
取引場所は、名古屋に近い智多の真舞子マリーンパーク。伊勢湾に面した、浜辺を有する埋め立て地である。
海上から密輸される品物の受取方法についてはいくつかの方法があるが、港内での検査が厳しい都市部においては、入港前に小型ボートで揚陸するという手段が、ここ最近では多い。
依頼を受けた麻薬組織は、船員全員を買収した日本行きの不定期船に、ボディーガード数名を含む取引要員と密輸品を乗せ出航させる。不定期船は夜間に港沖で電子海図表示装置を書き換え、入港待ちを装い減速、目的地近くの沖に停止する。ジブクレーンを使い、取引役たちと密輸品を乗せたゴムボートを海上に下ろした不定期船は、何事もなかったかのように夜の港に向け再出発する。
下ろされたゴムボートは、事前にメールで取り決めた海岸に上陸。そこで待ち合わせた取引先の暴力団と接触、目の前で電子マネー入金を確認後、ゴムボートに積まれた密輸品を渡す。
取引を終えた密輸組織の人間たちは、浜辺近くでしばらく潜伏。明け方前、自分たちを乗せて来た不定期船が荷役を終え帰路に就くころ、ゴムボートで浜辺からまだ暗い海に出る。
近くまで来た不定期船に、GMDSSを悪用した特殊な位置報告システムを使い、帰投を知らせるゴムボート。再び電子海図を書き換え、速度を落とす不定期船。
帰路は、船のクレーンは使わない。甲板から降ろされた縄梯子で取引要員だけを回収、ゴムボートはナイフで穴を開け廃棄する。
こうして、夜が明ける前には密輸取引は終了。密輸組織の構成員たちを乗せた船は、日本の領海を出て、帰国の途に就く。
隠密性が重要な密輸取引としては多少難のあるこの方法は、近年は北海道近辺でよく行われ、ある程度の成功を収めていた。人気が少ない上陸地点や船舶の少ない航路さえ選定できれば、成功の可能性は大きいのだ。
この方法を多用し、北の海域で数回の密輸を成功させていた海外の麻薬組織は、初の中部圏での取引についても、ゴムボートでの直接受渡を希望する。暴力団側もそれを了承。取引場所に、深夜の真舞子マリーンパークを選ぶ。
糖化用のデントコーンを積んだバラ積み船に取引用のゴムボートを積み、伊良湖水道航路を通過し夜の伊勢湾に入湾。智多埠頭に接舷する前にバラ積み船から下ろされたゴムボートは、埠頭に隣接するマリーンパークの浜辺に上陸し、待機していた暴力団団員に荷物を受け渡す。北海道沿岸に比べ人口密度は多いが、手際よくやれば誰にも見つかるまい、夜間にやれば誰にも気づかれまい。麻薬組織側も暴力団側も、そう思っていた。
しかし、実際は見られている、気づかれている。取引が開始される前、暴力団組員がメールで取引先へ依頼方法について質問をした直後から、DAは計画の細部まで把握し、監視している。
取引先の麻薬組織が乗船している船舶の位置情報は、ハッキングしていた
この夜、名古屋から取引に赴いたヤクザの数は2名。全員で行かなかったのは、頭数が多いと人目に付きやすいと考えたからであろう。
DAは、彼ら2名の排除に、智多北部を管轄する嘉木屋支部のリコリスを派遣する。諸咲支部同様、2名しかいない弱小支部である嘉木屋支部。人数こそ少ないが隣接する名古屋支部への出張任務で経験を積んでいた彼女たちは、人気のないマリーンパークの敷地内で、取引を終えたヤクザ2名を深夜の闇に紛れ暗殺、死体を夜の海に投棄する。
殺害経験豊富なリコリスによる、痕跡一つ残さないきれいな暗殺。しかし、このきれいすぎた暗殺は、暴力団側にある誤解を生む。
残された暴力団の団員たちは、取引に出向いたヤクザたちが殺されたことに、気がつかなかったのだ。
取引終了後に消息を絶ったこと、夜の海に流された死体が発見されなかったことなどが、彼らの判断を誤らせる原因となった。
真舞子マリーンパークに出向いた二人は、麻薬を持ち逃げしたに違いない。自分たちで売りさばくのか、他の広域暴力団に献上するのかはわからないが、密売ルートさえあれば高額で売れる商品だ。欲に目がくらみ、県外に高跳びしたに違いない。
残された4人の暴力団員たちは、本気でそう考えた。
DAの誤算、それはこの世界のヤクザたちの性格だった。利さえ絡めばすぐ仲間を裏切る性格、それゆえに仲間ですら信頼しない性格、そのようなヤクザの本質を、DAは理解していなかった。
DAは真面目な組織である。真面目に働き、真面目に人を殺す組織である。そのような真面目な組織には、不真面目に暮らし、不真面目に人を害し仲間を裏切るヤクザの考え方など、思いもよらなかったのだろう。
その三カ月後、この小さな暴力団は再度の麻薬密輸を企む。善良な市民を脅し、善良な家族から奪い、善良な人々を不幸にして得た金をかき集め、再度麻薬組織に連絡を入れる。
次は失敗しない。念のため全員で向かい、念のため拳銃も携行する。
念のため取引場所も変更した。今回の取引場所は、名古屋から遠い諸咲の海岸、ここなら前回以上に人気はない。
念のため事前に取引場所も確認しておこう、確認したら、近くの旅館でくつろごう。
取引時間は夜中の11時。ゴムボートに乗ってやってきた取引相手は、組長自ら出迎えよう。
取引後は旅館で一泊、翌朝には名古屋へ凱旋しよう。
完璧な計算だ。完璧な作戦だ。
夏の旅行も兼ねた今回の取引。計画案を聞いた組長は、さぞ満足したことだろう。
最初の警告を全く理解していなかった今回の取引。計画案を見たDA司令部は、さぞ呆れたことだろう。
実際、このデータをハッキングしたDA本部の情報室には、微かな失笑が満ちたという。
三カ月前に2人の仲間が消えた意味も考えず、また同じ計画を企てた彼らの認識不足と無警戒さ。あまりに現状を理解していない彼らの行動記録と計画案を一読後、互いに顔を見合わせ、互いの呆れ顔を確認し合う職員たち。常に情報室に充満している張り詰めた空気は、この間だけ消滅したという。
しかし、いつまでも呆れているほどDAは暇ではない。DA情報部の職員たちは、ほんのしばらくの間だけ、このヤクザたちの愚かさ加減を仲間内の笑い話として供した後、本部コンピューターに彼らの杜撰な密輸計画の阻止案を作成させる。
もっとも、今回の密輸阻止作戦については、コンピューターの手を借りる必要はほとんどなかった。
もともと名古屋で孤立している小さな暴力団である。地域のつながり、横のつながりが希薄である小集団のため、壊滅させようと裏社会の均衡が崩れる心配はない。
4人の抹殺についても、何の心配もない。諸咲に配置されているのは、本部卒リコリスだからだ。
コンピューターが作成した作戦案にも、今件について問題はないと付記されていた。作戦案の文面を確認したDA情報部職員は、内容や文面の手直しすらせずに、電子ワークフローで稟議にかける。
10分後、司令部より承認の下りた作戦案を、命令作として名古屋支部に送信するDA情報部職員。淡々と、事務的な流れ作業をここまで終えた情報部の女性職員は、次の仕事に移る前に、何気なく作戦参加予定である諸咲支部のデータを開く。ふと心に芽生えた、単純な好奇心からである。
画面に映し出される支部データ。数字と文字のみの味気ないデータを、女性職員は、軽く一読する。
ー支部番号23TMZ、諸咲支部。在籍リコリスは本部卒セカンド1名、本部卒サード1名の計2名…ー
こんな田舎に本部卒が2名もいるなんて珍しいわね。けど本部卒リコリスなら、たとえ敵の数が何人だろうが確かに問題はないか、とデータの先頭だけ読んだ女性職員は軽くうなずき、開いたデータを閉じる。
データが消える直前、職員の目にサードリコリスのデータが偶然目に入る。
ー23TMZ002。今年3月本部卒業。4月に諸咲支部に配属。個別オペレーションの経験なし…ー
ああ、この娘、まだ人を殺した経験はないわね、とデータで個人の裏側を見るのが得意な情報部の女性職員は、そう推測した。
このサードリコリスは、明日の夜、初めて人を殺すのかな、ご苦労なことだ。
まあ自分たち情報部とは違い、リコリスは殺人が仕事だ、せいぜい早く慣れてほしいものね、と情報機器に囲まれた大部屋の隅で薄く笑う女性職員。
本部から遠く離れた片隅の地で、初めて人を殺すこのサードリコリスは、今頃何を見て何を思っているのか。次の事務仕事にとりかかる前に、すこしだけ想像してみようと思った女性職員だったが、しばし天井に顔を向け瞑目してみただけで、あっさりとその行為を放棄する。
本部の建物とデータが日常の彼女にとって、命令作を送信した地はあまりにも遠く、想いの翼を飛ばすことはできなかったのだ。
あらためて次の仕事にとりかかる情報部職員。すぐに仕事に集中し始めた彼女の頭には、先ほどまで考えていたサードリコリスへの思いなど、もはや心の片隅にすら残っていなかった。