「二つばかり質問していいですか」
十与浜の近くの高台に建つ諸咲町役場。その横にある駐輪場に自転車を停めながら、スギナが尋ねる。
「なあに」
首に巻いたタオルで顔の汗を拭きながら、風待が答える。
豊岡近くの海岸から諸咲町役場までの長い道のりを自転車で駆けてきたのだ、スギナも風待も、滴り落ちるほどの汗をかいている。
「まず一つ目ですけど、こんな大事なシステム、なんで今まで教えてくれなかったんですか」
道中考えていた二つの疑問のうち、スギナは純粋な疑問だった方をまず問いかける。
少数のリコリスで広い範囲を守らなければならないという、田舎支部ならではのローカルペインポイント。その問題点を解決するためには、地元住民との円滑な関係を裏で構築しなければならない。
そのため地方のリコリスは、程度の差こそあれ、大抵は地元との接点を隠し持っている。
DA本部には知られてはいけない、秘密の関係。近すぎてもいけない、離れすぎてもいけない、絶妙な距離。
代々伝えられてきた、代々守られてきた、田舎リコリスと地域住民との間に交わされた無言の条約。
その秘密の裏技、スギナが真の諸咲リコリスになるために必須な情報、本来ならば初日に指導してもおかしくないこの方法の一つを、風待はこの4カ月間、全く教えていなかったのだ。スギナが不満めいた疑問を持つのも当然だろう。
「あー、それはね…普通に口頭で説明するより、実際にそういう事態になった時、現場で体験しながら教えた方が身に付きやすいかな…って、うん」
「いきなり現場に連れてこられても困惑するだけですよ。というか先輩って、情報を小出しにする癖がありませんか?」
拭いても拭いても止まらない汗を何度も何度も拭きながら、スギナが非難めいた口調で尋ねる。
この4カ月間、風待はスギナに様々なことを教えてきた。諸咲のすべてを、現場の知恵を、地方支部ならではの慣行を、丁寧に教えてきた。スギナが次の支部長になるために必要な知識を、親切に教えて来た。4カ月もの時間をかけて、である。
丁寧といえば聞こえが良い。親切と思えばありがたい。しかし、4カ月である。さすがに長い。だらだらとしている。
まとめて話してくれればこれほど時間はかからないであろうこれらの情報を、風待は少しずつ、時間を置いて説明していたのだ。
スギナも本部卒リコリスである。特殊な記憶術や暗記術を修めた、本部卒リコリスである。一晩の詰め込みですら問題なく覚えることができる内容を、長い時間かけて話して来た風待を、情報を小出しにする癖があると思うのも、むべなるかなである。
セミの声が周囲に響く丘の上の駐輪場で、スギナは静かに風待の目を見る。小心者のモブのくせに強情な一面もあるスギナの、回答を迫る目線に押されたかのように、風待の口が開く。
「まあ…本当のことをいうと、楽しかったのよ」
「楽しかった?」
少し横を向いてスギナの目線を逸らしながら、申し訳なさそうに話す風待。
「この土地のことを何も知らないスギナに、いろいろなことを教えるのが楽しかったの。私の話を聞いて、目を丸くしてくれるスギナの顔が可愛くて、ついまとめて話すのが惜しくなったのよ。ほら、スギナって初めて諸咲に来た時、何を見ても何を聞いても驚いていたでしょ」
「えーと、まあ確かに初日は驚きの連続でしたね」
4月の半ば、赴任初日。初めて出会った美しい先輩リコリスに連れられて回った諸咲の風景や、初めて聞く地方支部の慣習は、すべてが目新しく、一閃の驚きとなってスギナの春愁をかき消し、芽立ちの季節のように心を躍らせた。
DA本部とその周辺しか世間を知らなかったスギナには、全く想像もしていなかった世界、全く予想もできなかった世界。風待の言う通り、初日のスギナの両目は驚きで常に丸く見開かれていたことだろう。
狭い世界から広い社会に投げ出された社会人初日、濃密な一日。スギナにとっては、思いもよらないことばかりだった。
まあ、初日の夜に、明日からカウンター内に立って寿司を握る練習をしなさいと言われようとは、どのようなリコリスでも思いもよらないことだったであろうが。
「実をいうとね、先輩や後輩が私の説明に驚いてくれたことって、今までなかったのよ。だからスギナの可愛い反応がすごくうれしくてね…」
「そうだったんですか?」
可愛いと言われて、まんざらでもない表情を浮かべるスギナ。
「うん、前の諸咲支部長だった冠典先輩は、天才すぎたから後輩の私が教えることなんかなかったし、セノカも頭の回転が速い方だったから、一を聞いて十を知るって感じで反応が薄くて、つまらなかったのよ」
「そうですか…セノカさんって、つまらない女だったんですか」
よくわからない曲解をして、まんざらでもない表情を浮かべるスギナ。
スギナは気付いていない。風待が暗に、スギナはセノカより頭の回転が遅い方だとうっかり言ってしまったも同然だということに、気付いていない。
「まあそういうわけで、支部のノウハウについては、ついつい小出しにしちゃったのよ。特に早めに話さなければいけないほどのことでもなかったし、モブリコ寿司の特訓の方を優先させたかったってこともあったしね」
風待の言葉に、ひとまず納得するスギナ。
私がいつまでも新人でいたかったのと同じように、先輩もいつまでも私を新人として隣に置きたかったのだろうか。目を輝かせて質問し、目を見開いて感動する、可愛い新人が横にいる時間を、少しでも長く楽しみたかったのだろうか。
少し照れながら弁解する風待の顔を見ながら、スギナはふとそのようなことを考えた。
「で、二つ目の質問は、なあに」
日陰のない駐輪場にはあまり立ち続けていたくないのだろう。スギナの質問をそれとなく急かす風待。
「えっと…あの、二つ目なんですけど…さっき海岸で教えてくれたこと…本当に今からやるんですか」
「そうよ」
言いよどむスギナに、風待が即答する。
「恥ずかしくないですか…それ」
「大丈夫よ、特に恥ずかしくも難しくもないわよ」
「そうでしょうか…」
先ほどの強気な姿勢からうって変わり、目線を下に落とし肩をすくめるスギナ。
麦わら帽子の下に浮かぶ、スギナの不安げな表情。風待は委縮するスギナに、優しく微笑みかける。
「私も初めてのときは緊張したけど、一度やってみたらどうということもなかったわ。さ、スギナ、行きましょう」
「はい…ところで、千社札の使い方がまだ…」
「それは現場で見せてあげるわ、さあ行くわよ」
やっぱり先輩は情報を小出しにしている。スギナは内心で重いため息をついた。
麦わら帽子と鞄を背中にかけ、釣竿とバケツを両手に持ち、二人は町役場に向かう。
正面入り口に一歩足を入れると、室内の職員やカウンター前の市民の目が一斉に注がれる。
皆がスギナたちを見たのはほんの少しの間、その後はすぐに目を離し、何事もなかったかのように業務を続ける役場職員たち。
この国の行政にかかわる公務員は、程度の差はあれ、皆DAという組織を知っている。知ってはいるが、知らないふりをし続けてくれている。
互いに関係のない世界の住人として、互いの世界に足を踏み入れないようにしている公務員とリコリス。その社会生活に接点のないリコリスが、社会生活の拠点である役場に来たということの意味を皆が感じ取ったのだろう。午後の緩んだ空気が漂っていた役場内の雰囲気が、濃い緊張感の色で塗り替えられる。
それよりなお濃い緊張感を顔に貼りつかせたスギナをよそに、風待は近くのカウンターに歩を進め、窓口近くの職員に話しかける。
「どうにも喉が渇いたわ。ドリコノを一杯下さいな」
「…ドリコノ、ですね。かしこまりました。上へどうぞ」
窓口の職員は、奥の席の上司に目配せすると、席を立ち上階へ案内する。
職員の後ろに付き、二階に上がるスギナと風待。その背後に、一階にいた皆の視線が刺さる。
「本当に使えるんですね、この合言葉」
スギナが階段を上りながら、周囲の人に聞かれにくい特殊な発声法で風待に話しかける。
「戦前からある、諸咲のトップと面会を希望するときの合図よ。町役場の職員さんは全員この合言葉を知っているから、スギナもよく覚えておいてね」
「はい。ところで、ドリコノって何ですか?」
「私もよくわからないの。なにしろ戦前からの合言葉だからね」
町役場の二階、右側奥の町長室に二人は案内された。
町長は今会議中ですが、すぐお呼びしますと言い残し、案内した職員は退室する。
誰もいない町長室。エアコンの効いた涼しい部屋。数時間ぶりに浴びる冷たい風が、スギナの火照った顔を撫でる。
「さあスギナ、適当に座りましょう。今に冷たいお茶も出してくれるはずよ」
「いいんですか、町長さんも来ないうちに座っちゃって」
部屋の隅に釣り道具を置き、中央に並んだ面談用ソファーに座る風待に、スギナが小声で問いただす。
「いいのよ。私たちは町長さんに会いに来たわけじゃない。ただ涼みに来ただけなんだから」
ポンポンポンと、自分の隣の席を叩く風待。固い動作で、スギナは風待が叩いた場所にそっと腰掛ける。
「ただ涼みに来ただけ、ですか」
さっきの合言葉は、面会希望の合図ですよね、と風待に耳打ちするスギナ。
「さあ何のことかしら、私たちはただ涼みに来ただけよ。だから、スギナもくつろぎなさい」
演技っぽい声丸出しでしらばっくれる風待。
諸咲のトップが働く町長室でくつろげと言われても、小心者のスギナにはできかねる話だ。広いソファーの上で身を狭くし、彫像のように固まるスギナ。表情だけならば、諸咲町役場に面接に来た女子就活生のように見えるだろう。
その隣で、首に巻いたタオルで汗を拭きながら、適当にくつろぐ風待。麦茶を出しに来た職員に気軽に挨拶をし、気軽にお代わりを頼む姿は、アパートの自室にいる時と変わらないかのような、堂に入ったくつろぎ方である。
やがて扉があき、この部屋の本来の主、諸咲町長が入室する。ノーネクタイのシャツにグレーのスラックスという気安い姿であるが、町の長であるという威厳を纏った風格に、小者スギナはすくみ上る。
町長はスギナと風待を無視して、窓際の執務机に座る。あまりに異質な来訪者が、目の前のソファーに無遠慮に座っているにも関わらず、まるで彼女たちがいないかのように、目線を前に向けたまま凝然とたたずむ町長。
同じ会議に臨席していたのだろう、町長の後に続くかのように、数名の職員も町長室に入る。スギナは入室してきた職員たちに目線を合わせないようにしながら、彼ら彼女らの人着を横目で確認する。
4月に脳内に書き込んだ人相記憶によると、入室してきた職員たちは諸咲町役場の各課室のトップがほとんどだ。課長クラスが4人、役職無しの若手が2人の計6人。若手二人は、今年入ったばかりの新人のようだ。おそらくはスギナと同じく、経験を積ませるために上司が送り出したのだろう。
6人の職員は、スギナたちに話しかけるでもなく、ソファーに腰掛けるでもなく、思い思いの姿で壁際に立っている。腕組みをしている者、壁に寄りかかっている者など、姿勢は様々だが、皆一様に、スギナと風待に対して刺すような視線を送っている。
諸咲の行政に携わる大人の目。諸咲の町を守る大人の目。社会で働く一員、社会を動かす一員である大人たちの目力に、スギナの体がすくみ上る。
この町を守りたいという気概は、もちろんスギナにもある。しかし所詮はDAの駒でしかなく、せいぜい巡回による無言の監視しかできないスギナと違い、この部屋にいる役場職員たちは、地区の行政の要として日々心血を注ぎ、この町の人々の暮らしを守っているのだ。
町を守るものとして格が違う、責任感を持つ大人たちが発する鋭い目線。この場にいる7人の大人が放つ威圧感に、スギナの体から汗が流れ出す。暑さから流れる汗ではない、緊張から零れる脂汗だ。
どれだけ銃の扱いが上手でも、どれだけ特殊な技能や知識があろうとも、私はこの人たちに比べれば劣る存在だ。所詮自分は子供なのだ、未熟な少女なのだ。スギナの心の中で、もう一人の自分がそう告げていた。
しかし、隣に座る風待は、大人の視線に動じるような様子などなかった。元からの性格なのか、セカンドリコリスとしての尊厳に依っているのか、それとも演技が上手なだけなのか、内心こそ分からなかったが、それでも平然と背もたれから起き上がり、スギナの方に顔を向ける。
そろそろ始めるのかな、いやだなあと心の中でつぶやくスギナ。
その内心に気が付いたのか、風待は少しだけ悪戯めいた顔で笑うと、おもむろに口を開く。
「いやあ、最近とみに暑いですねえ、スギナさん」
「え、ええ。まったくですわねえ、風待さん」
思わず声が裏返るスギナ。
「先ほどまで開田近くの海岸で釣りをしていたけど、いやあ本当に暑かったですなあ」
「そ、そうですね風待さん。暑かったです、はい」
「そういえば、釣りをしている最中、私はとんでもないものを見てしまいましたよ」
「ほほう、そうなんですか。風待さんは、いったい何をみてしまったというんで?」
「ヤクザですよスギナさん。怖いヤクザたちが集まって、麻薬取引の下調べに来ていたんですよ。おお、くわばらくわばら」
「なんとまあヤクザですか。あな恐ろしや恐ろしや」
緊張で硬くなっているスギナが、なんとか風待と会話を続ける。
あまりの緊張に、声まで硬い。いまのスギナの声を計測した場合、モース硬度7程度は軽く到達するだろう。
「なんでも、今夜11時に、海から来る異国のマレビトと取引するらしいですのよ。ああ剣呑剣呑」
「きゃつらの会話を盗み聞きしたのですな。おお、こわやこわや」
「右手に拳銃振りかざし、左手で麻薬の袋を掴む、震旦の天狗もかくやのヤクザたち。今夜10時から12時までは、開田の海岸へは近づかぬが万歳楽万歳楽」
「拳銃所持とは、つるかめつるかめ」
わたしは何を言っているのだ。緊張で混乱するスギナの脳内で、わずかに残っている冷静な感情が、冷静に問いかける。
とりあえず会話っぽくしてくれればいい。私の話に合いの手を入れてくれるだけでいい。風待先輩は、町役場に行く前、そう説明してくれた。
職員さんたちの目の前で雑談をして、今から起こることをそれとなく伝えるの。今夜この場所にこういう悪者が来ます。そいつらは私たちが責任を持って処分しますので、ご面倒をおかけしますが、諸咲町民の方々が近づくことがないよう、手配のほどよろしくお願いいたします。そういう意味のことを、雑談のふりをして伝える。そうすれば役場や組合の方々が、町民の安全のために裏でいろいろと動いてくれるのよと、少し自慢気に風待先輩は説明してくれた。
生活を守る職業である町役場の人たちが、私たちの話を聞いた後に行うのは、町民の避難指示と移動規制。たとえどれほど忙しい最中であろうと、一朝有事あれば役場職員たちは立ちあがる。彼ら彼女ら行政職員たちは、この時のために内々で取り決めておいた様々な手段を使い、凶悪犯とリコリスの決闘の場から、町民を静かに遠ざける。
避難を呼びかける時、町役場職員は、何が起こるかは直接的には語らない。この世界の公僕である以上、凶悪犯を問答無用で殺すような組織がいるという事実からは目を逸らさなければならないし、ましてやその組織の少女に接触するなど絶対にあってはならない。そのため、どのような事情があっても、行政にかかわる人たちは、リコリスから聞いた話を、そのまま他人に話すことはできないのだ。
公務員や行政関係者は、DAの存在を知っている。ヤクザや犯罪者たち以上に、DAがどのような組織かを知っている。
それゆえに直接的には語れない、知っているから語れない。どのような田舎支部であろうと、リコリスたちがDAに監視されているように、どのような田舎役場であろうと、公務員たちの通話記録がDAに監視されているのを把握しているからだ。
だから役場職員たちは、町民への避難指示に、電話やメールを使わない。町内会や自治会の回覧板、隣人からの口伝えや自宅への直接訪問など、役場職員たちは昔ながらの方法で密かに危険を知らせて回る。
内容も詳しく言わない、細かく語らない。ただ今夜は危険ですから、何時から何時までの間は外出しないで下さい。これだけしか話さない、それだけしか話せない。
しかし、聞かされた町民側も、その点は理解している。この国の住人たちは、空気を読むことにかけては世界一だ。このまま繫栄している社会に居続け、このまま平和な社会を維持し続けるためには、何に従い、何を見なければいいのか理解している。だから町民たちも従う、安全な夜を過ごし、平穏な朝を迎えるために、町役場職員たちの言葉におとなしく従い、その日の夜は外出せずに固く扉を閉ざす。そして早めに布団の中に潜り込み、耳をふさいで夜明けを待ちわびるのだ。
今夜暴力団たちが訪れる場所は、人気の少ない海岸。しかし人気が少ないということは、少ないながらも人気があるということである。
先ほどスギナたちが確認したところ、森の奥に数件の民家があった。数百メートル先には小さな旅館も見えた。
夏の夜11時、涼しい時間帯である。昼夜を気にしない生活を送っている人にとっては、出歩くに最適な気温である。
今回の暗殺、銃撃戦になるほど手間を取らせる気はないが、ターゲットは皆拳銃を所持している。一歩間違えて乱戦にでもなった場合、敵の撃つ流れ弾が周辺に飛ぶ危険がある。夜間の射撃戦では、素人ほど闇の恐怖に怯え、無意味無秩序に無駄弾を乱射しやすいのだ。
それゆえに風待は、今回の作戦の前に、町民に被害が出ないよう、諸咲町役場に避難連絡のお願いに来たのだ。
作戦開始は今から6時間後の夜11時頃、残された時間はそれほど多くはない。
しかし、数件の民家と一軒の旅館である。おそらく諸咲役場の職員たちは、スギナたちが帰り次第、直接説明しに行くために車を走らせることだろう。
今日動くのは、リコリスだけではない。共にこの地を守る同盟者として、大人たちも動いてくれるのだ。
表の組織と裏の組織が、ともにこの地の人々の安全を守り、安全を乱すものを排除するため、裏で結んだ協力関係。非常の時には手を握り合う、隠れた友好関係。まだ若い少女である代々の諸咲リコリスが、地方の平和を守りたい一心で、DAに内緒で築き上げた秘密の同盟。風待は今、諸咲の歴史を背負う現支部長として、次代の諸咲支部を担うスギナに、地方支部ならではの裏技を、実際に体験させるという形で伝授しているのだ。
けど、何かおかしい、何か変だとスギナは思う。
雑談という形で、協力相手にこっそり教えるという形は、危うげではあるが、まだいい。作戦が円滑に進み、人々に被害が出ないという利点は重要だからだ。
町長室に乗り込んで話すというのも、無礼ではあるが、まだいい。話す内容が、必要な人たち以外には聞かれることがないからだ。
この方法についても、大体理解した。つい雑談で大事なことを話してしまった、その雑談をつい聞いてしまったという体裁なら、互いの組織が互いに距離を置きながら、互いの裁量で動くことができる利点がある。
問題は、話し方だ。
なんか、会話がおかしい。
なんか、コントみたいになっている。
なんか、言葉が今風ではない、語尾にも変な癖がある。
これは、どう聞いても女子学生同士の話し方ではない、十代の女の子の会話ではない。
思えば、私は会話が苦手なタイプだった。多くの人とのラウンドテーブルや日常のテーブルトークは、苦手中の苦手だった。
いつもは聞き上手の風待先輩との会話が生活の中心だったため、最近は忘れることも多かった、私の欠点。
会話自体が得意でない私は、だんだんコント寄りになっていく会話の流れを、修正することができない。
そしてなぜか風待先輩は、だんだんとコント寄りになっていく会話の流れを、修正しようとしていない。
どうせ雑談の体を装っているだけなのだ。会話の体裁など適当でいいだろう、そう思っているようだ。いや、絶対そう思っている。
多くの人の目線を浴びても動じない、強い心の風待先輩ならば、それでいいのだろう。
それでよくないのは、弱い心を持つ私の方だ。
ただでさえ、汗まみれの体で入って来たことが気になっているのだ。見た目とか、においとか気になって集中できないのだ。
それに追い打ちをかけるかのように、突然始まったショートコント。周りの大人の方々が、私たちの不誠実な漫談を、誠実な顔で聞いているのが、余計に圧迫感を増す。
恥ずかしさに顔もあげることができない私を相手に、先輩は会話を続ける。
「ヤクザたちが内輪もめを起こして全滅したあとは、すぐに警察に情報が届くようになっていますので、機捜車が来るまでは現場には近づかないほうがいいですよ。南无南无や」
「そうですねえ風待さん。第一発見者になると面倒ですからな。誠に誠に」
だから何ですかその文末は。南无南无やって、仙さかもさかも持ちすすりですか!
私も釣られて言葉が変になるので止めて下さい。私は法申し山の知識じゃないです!
緊張続く状況に、身を動かすことも出来ずに、ただようようの思いで口だけを動かすスギナ。緊張に羞恥心が加わったスギナの声の硬さは、現在モース硬度10を突破した。これは諸咲史に残る新記録である。
早く帰りたい、早くこの場から立ち去りたい。ソファーの上で身をすくめながら、スギナはただそれだけを考えていた。