モブリコ辺境暦   作:杖雪

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4月 モブリコ寿司にようこそ ⑦

 風待が湯呑等を洗い、台所の拭き掃除をしている間、スギナはモブリコ寿司の暖簾をしまう。

 引き抜いた置手紙を、順番通り元の缶に入れ、畳んだ暖簾と一緒に金庫に入れる。 

 

 その後、風待は複写式用紙に本日使用した材料の詳細を記入し、複写分をカウンターの上に置く。

 

 モブリコ寿司のように店舗を借りて接待する形式の場合は、視察に来るリコリスたちに寿司をふるまうたびに、使われた材料代、店舗の貸切料金、電気水道ガス代等を支部長が大まかに計算し、本部に送信する。

 DA本部がその金額を妥当なものと判断した場合、報告した金額に礼金 -口止め料も含まれているので、かなり高額である- を足した金額が、店主の口座に振り込まれる仕組みになっている。

 

 この店も、普段は地元民相手に細々と経営している寿司屋のため、この臨時収入はかなり助かっているらしい。

 

 今回は赴任してきた新人リコリスを接待するという建前で、予算申請の許可が下りたのよ、と風待は笑って説明する。

 

 モブリコ寿司の次回開店日と必要な材料は、決まったら連絡メモをポストに入れておきます。とカウンターに置かれた複写式用紙に書き足すと、電気を消し店を出た。

 

 

 もう夜も更け、夕方の喧騒は春風にかき消されたかのように静まりかえっている。

 道が狭く密集した住宅街にも関わらず、周囲には微かに鳴る海風の音しか聞こえない。

 窓明かりの灯る家からは、たまに家族の団らんの声や食器を洗う物音が聞こえるが、それもわずかの内に止み、夜独特の静寂さが周囲を制圧する。

 

 地面を鳴らす靴音さえ煩く感じる夜道に、風待とスギナの声が響く。

 

「本当は心配だったのよ。スギナあまり乗り気なように見えなかったし…」

「そうですか?私で大丈夫かな、ってのは思っていましたけど」

「だって、私の説明聞きながら、エセ田舎寿司屋だとか、小悪事の三点セットだとか言葉の端々でちくちく言っていたでしょ。覚えてる?」

「…それは…その…、…ごめんなさい」

 

 悪口はその場でたしなめず、後々まで記憶しているタイプだ。

 今度から言葉遣いに気を付けよう。スギナは反省した。

 

 幸いなことに、今の風待は機嫌がいいらしい。

 風待は夜の道を軽やかな足取りで半歩分だけ先導しながら、スギナを下宿に案内する。

 

「今は私、風待がモブリコ寿司店長だけど、このあと私が異動あるいは死亡した時は、スギナが店長になりなさい。お客が来たらモブリコ寿司の暖簾を出して、美味しいお寿司ごちそうして、手紙を渡したり受け取ったりしてあげてね。そして、あなたに部下ができたら、今日教えたことを後任の子にもきちんと伝えて、今後もモブリコ寿司を存続させていってね」

 

 私も初めてここに来た時、こういう風に言われたのよ、と風待は照れくさそうに笑った。

 

 自分が店長か…とスギナは考えた。

 

 希少なセカンドリコリスは、基本的には大都市部の重要拠点に配置される。

 風待先輩は、現在は何故かこんな田舎支部にいるが、今後異動する可能性はないとはいえない。

 来年の人事異動によっては、スギナが店長になるという未来もあるわけだ。

 

 まだ赴任一日目ということもあるが、自分が店長をしている姿は全く想像できない。

 

 それに、風待先輩と別れる状況は、想像したくない。

 

 まあ遠い先のことを心配していても始まらない。異動は年に一回、ということはまだ一年も先のことだ。

 そこまで考え一人うなずくスギナの前で、風待が丘の上に立つ一軒のアパートを指さす。

 

「見てスギナ。ここが私たちの下宿よ」

 

 長くすらりと伸びた指が示す先に、二階建ての小さなアパートがあった。

 

 部屋数は各階5部屋ずつ、計10戸の扉が並んでいる。

 二階に通じる階段は左右に二つ。その階段下には、左右ともに数台の自転車が止められている。

 駐車場はないが、左側には車両を数台止められそうな空き地がある。

 

 一応外壁は塗り直されてはいるが、築年数の古さは夜目にもごまかせない。

 どの町にもある、典型的な安アパートだ。

 

 無人なのか就寝中なのかは分からないが、ほとんどの部屋は明かりがなく、わずかに二階の左端と中央の部屋のみが、そのささやかな生活の灯を、夜景を彩る点描の一つとして供している。

 

「私たちの部屋は、ここから見て右端の205号室よ。そこが諸咲支部の根拠地。そして私たちの家でもあるわ」

 

 風待がくるりと振り返り、大きな目でスギナの顔を除きこむ。

 

「小さいお宿で、がっかりした?」

「いえ…支部拠点に格差があるのは聞いていましたし、私本部棟以外の場所に住むこと自体初めてですから…」

 

 大都市にある支部の場合、宿舎は大型の独身用マンション一棟をまるごと購入して使用している。また、宿舎とは別に都市中心部のオフィスビルのワンフロア、あるいはビル全体を改修し、支部拠点として運用している。

 かなり大規模であるが、宿舎は学生寮、支部拠点は学習塾としてカモフラージュしているため、都会のリコリスたちは上手に世間の風景に溶け込みながら任務に務め、日々を暮らしている。

 

 これが地方都市レベルの支部になると、配備人数や活動状況にもよるが、5名から6名程度のリコリスが、公共アパートや鉄筋コンクリート造マンションに一人あるいは二人暮らし。支部拠点は駅近くの貸しオフィスの一室、というタイプが多い。

 

 そして、スギナたちのような支部。1名か2名くらいしかいない田舎支部は、鉄骨造か木造アパートの一室が生活と仕事の場となる。

 

 訓練生時代の成績は下の中を低迷していたスギナは、エリートが集まる大都市支部には配属されないだろうなという予想はあった。

 自分が配属される支部、自分が寝泊まりする環境は、この程度だろうと思っていたし、実際それはほぼ予想通りだった。

 

 予想外だったのは、同居する先輩リコリスがセカンドで、なおかつ超美人であったこと。そしてその美麗リコリスが、怪しげな寿司屋の店長だったことぐらいだ。

 

 そんなことを考えながら、カツカツと大きな足音が鳴る鉄製の階段を上り、角部屋の205号室に到着する。

 

「おじゃま…します…」

 

 もごもごと口ごもりながら、風待の後から部屋に入るスギナ。

 古いアパート特有の空気に、風待の体の匂いが混ざり合った生活臭が微かにする1Kセパレートタイプ八帖間の和室。

 畳部屋の壁側には、ノートパソコンが置かれたドレッサー代わりのカウンターテーブルとスツール。反対側の壁にはタンスと収納ラックが置かれ、部屋の中央には折畳式の小さな座卓が一つと座布団が二つ敷かれている。

 部屋の匂い以外には、あまり女の子の生活空間という感じはなく、畳部屋という環境も相まって、スギナの目には少し古臭い環境に映った。

 

「とりあえず適当に座って、お風呂のお湯はりと寝間着の準備するから。あと冷蔵庫の飲み物も一本だけいいわよ。好きなの選んでね」

 

 てきぱきと就寝準備をする風待。

 

 初めて入った本部外の生活住居。昨日まで住んでいた私物が全くない本部の共同部屋とは違い、生活用品が多いこの部屋はなんだか落ち着かない。

 靴を脱いで畳に上がり、座布団に正座するというのもあまりしたことはない。

 何をしたらよいのかわからず、何を触っていいのかわからず、座布団の上で手持ち無沙汰になるスギナ。

 

 とりあえず何か飲もうと、冷蔵庫に行き扉を開ける。

 

「…先輩、お酒飲むんですか?」

 

 冷蔵庫を覗くスギナの顔が険しくなる。

 一人暮らしにしては大きめの冷蔵庫の中には、食料品とペットボトルの飲料、そしてその奥に数本の缶ビールがこっそりと置かれていた。

 

「あー…それね。呑んでるときに突然の任務が来たらアウトなんだけど、この半年一人だったから…さみしくて、ついね」

「よく買えましたね。お金の流れは、どんな田舎支部でも本部が目を光らせているはずですよね?」

 

 リコリスたちの購入履歴はDA本部によって細部まで監視されている。

 生活のために自由に買い物ができる地方支部でも、購入は本部にデータが転送される電子マネーを使うか、現金の場合は必ず領収書かレシートを画像添付して本部に送信しなければならない。

 隠れてアルコール飲料を買うことなど、不可能なはずだ。

 

「それがね、お祭りの警備とかボランティアやると、いろいろと贈り物いただいちゃうのよ、日本酒とかビールとか。町の人たちの善意だから、断ることできないでしょ」

 

 どうせそれとなく請求したんだろうな、とスギナは察したが、あえて口には出さなかった。

 言い訳かもしれないが、一人が寂しいからと言った風待先輩。酒に逃げたその心を思うと、あまり強い言葉はつかえない。

 

「とりあえず、未成年の飲酒はダメですよ。法律で決まっているんですからね、先輩」

「未成年に人殺しさせるような国の法律なんか、守る義務ないわ。それよりスギナ、そろそろお風呂わくから先に入りなさい。今夜はスマホの連絡設定だけして、もう寝ましょうね」

 

 飲酒をたしなめようとしたのに、軽くいなされてしまったスギナ。

 

 まあこの先は長いのだし、少しずつ断酒させていけばいい。

 それに今日から二人暮らしだ、寂しくはなくなるだろう、スギナはそう思うことにした。

 

 

 

 

 









※20歳未満の飲酒は、未成年者飲酒禁止法により禁止されています。絶対にしないでください。
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