私の耳元近くの土が破裂した。
近距離から発射された弾丸が、至近距離に着弾したと気が付いたのは、ヤクザの握るリボルバーの発砲音と、空気を切り裂いて飛ぶ弾丸の飛翔音からだけではなかった。
小さな閃光手榴弾が炸裂したかのように見えた銃口炎。弾丸が地面を穿つ際に発生した衝撃。飛び散った土や砂が頭部に当たる痛み。舞い上がる砂塵の乾いた臭い。これら五感を刺激する恐怖が一斉に襲いかかり、私の体を委縮させる。撃たれた、狙われた、標的にされたという事実が、私の心を怯えさせる。
倒れている私の真横、私を足蹴にできる距離で、私の頭に向けて銃口を向けている組長ヤクザ。グリップを握った右手を、左手で包むかのように支えるローレディポジション。小さな拳銃にもかかわらず両手で保持している構えは、銃の扱いに慣れている人物特有の安定感がある。おそらく海外での射撃経験があるのだろう。
ヤクザが握る拳銃は、スミスアンドウエッソンM649リボルバー。正確にはM649のフィリピンコピーだと思うが、撃つ側にとっては些細な問題だろう。至近距離で狙っているのだ、精度や命中率が悪い拳銃でも、弾さえ出れば外すことはない。
発射された弾丸は、直径9.1ミリの38スペシャル。この国の警察も使用している、護身拳銃用リボルバーカートリッジとしてよく知られている弾薬。こちらもウインチェスター社製ではなく、フィリピンのACP社製の弾薬なのだろうが、撃つ側にとっては些細な問題だろう。撃った38スペシャルの弾丸が、カナダのグアルカティアー社製だろうがフィンランドのラプア社製だろうが、当たれば等しく相手は死ぬのだ。
フィリピン製の弾薬を込めたフィリピン製の拳銃を持つ、ヤクザの組長。その姿格好も、フィリピンから訪日した観光客に似ている。
昼間見た時と同じ、派手な格好。原色で塗りたくったようなシャツと安っぽいシルバーアクセを弛んだ体に纏う、浮かれた姿。
年齢は50歳前後だろうが、気持ちとファッションセンスは若いころのままのようだ。センスも良心も育たないまま年を重ねた酷薄そうな顔は、多量の整髪料で雑に撫で付けた髪型と、どう見ても無精髭にしか見えない口髭によって薄汚く飾りたてられている。
その薄汚い顔が、笑っている。仲間を殺されたというのに、笑っている。
彼は、喜んでいるのだ。
私のこめかみに、思いっきり銃の台尻を打ちつけた感触を思い出し、笑っているのだ。
倒れた私の脇腹を思いっきり蹴り上げた時の爪先の感覚を思い出し、笑っているのだ。
私の頭の近くに銃弾を撃ち込んだ時の、私の怯えた感情を思いだし、笑っているのだ。
ヤクザ組織の間では、謎の監視機関の手先だと噂されていた少女たち。
都市部ではいつも自分たちの視界の中にいた、不愉快でイラつく連中。
なぜか取引の現場に現れて、自分の仲間を撃ち殺した謎の組織の少女。
そいつを、返り討ちにした。
男らしく、ヤクザらしく、返り討ちにした。
最新の拳銃を手に迫って来た暗殺者少女は、今は自分の足元で、弱々しい姿で倒れている。地面に横たわったまま立ちあがることも出来ず、呼吸も出来ず、嘔吐しながら戦慄いている。
まだ十代半ばにもならない少女を、銃把で思いっきり殴った。倒れたところを、思いっきり蹴った。弱い存在をいたぶる愉楽、弱った存在に追い打ちをかける悦楽、今この男は、ヤクザならではの快楽に浸りきっている。私が苦痛で身を震わせているのを見下ろして、喜びで身を震わせている。
相手に危害を加えることで感じる快楽、私には理解できない。
世の中とは不条理なものだ。もし私がこのヤクザのように、人に傷害を与えることを楽しめる性格だったならば、私はここまで苦しまなかっただろう、ここまで窮地に陥ることはなかっただろう。
人を殺すことが、これほど辛いとは思わなかった。たった一人殺そうとしただけで、電波塔の幻が見えた。たった一人絞め殺しただけで、嘔吐が止まらなかった。
物心ついた時からの訓練で、人を傷つけることには抵抗感はなくなっていた。心を無にし、良心を押さえながら、淡々と相手の体に欠損を与えることができるようになった。だから、人を殺すことにも、抵抗感はないだろうと思っていた。
実際は、違った。たとえ本部でどれほど鍛えられようと、私の心は弱いままだった。私は人の死に耐えることができない、弱いリコリスだった。
今笑っているヤクザは、人を殺すことに耐性があるのかもしれない。生まれ持った資質で、人の死を楽しむことができるのかもしれない。
殺意に溢れる銃口を私に見せつけながら、下品な顔で笑っているヤクザの顔が、段々と見えにくくなってくる。苦痛と酸欠で、意識が消えかけているのが分かる。
横隔膜が引き攣っている。細かくでもいい、せめて少しでも息をつぎたい。私は口を大きく開けて、必死に呼吸をしようとする。
再び、腹部に激痛が走った。
今度は、脇腹ではなく、腹の中心部。あおむけに横たわる私の腹を、ヤクザの組長が踏みつけたのだ。
私の口から、胃液とも唾ともつかない液体が、飛沫となって夜空に舞う。
わずかずつ溜めた肺の空気が、すべて吐き出される。代りに肺を満たしたのは、痙攣を伴う激痛。
体重を乗せて踏みつけられた靴底が、私の内臓を強制的にかき回す。腹筋の下にある柔らかな腹の中身が動く音が、体の内部から耳に伝わる。
薄れていた意識が、痛みで現世に帰る。全身を走る痛みを、明瞭になった意識全体で感じる。
体が痛みで硬直しているのに、心が痛みで停止しかけているのに、音だけが鮮明に聞こえる。本部リコリスとしての聴音訓練を受けて来た耳が、苦痛に揺れている私の脳内に、愚直に音情報を伝えている。
聴こえるのは、波の音。礫浜を洗う波の音と、揺れ動く浜辺の石たちが擦れ合う音。
聴こえるのは、靴の音。ヤクザの履いた靴の底から響く、地面と靴底が擦れ合う音。
そして、再びの銃声。
発射音と同時に、私の頭の横の土が弾け飛ぶ。10.2グラムの弾丸が、298ジュールのエネルギーを保ちながら乾いた地面に穴を開ける、乾いた轟音。
今度の弾丸は、前の弾丸より私の頭に近い位置に着弾した。地面が破裂した音が、私の耳を痛めつける。吹き飛んだ土塊が、私の顔面に降りそそぐ。
着弾した側、左側の耳が痛い。鼓膜の裏側に、破裂音が残響となって居座っている。
涙で視界がぼやけているため、撃たれた時の相手の銃口の向きは見えなかったが、私の頭から、かなり近い位置に撃ち込まれたようだ。私に当たっても構わない、私が死んでも構わない。そのような気持ちで引き金を引いたのだろう。
男は叫んでいる。撃ったばかりの銃口を更に私の前に突き出し、何かを叫んでいる。
片耳に発砲音と着弾音が同居しているため、何を言っているのかは聴き取り辛い。しかし、この男の精神状態だけは、よく聴こえる。この男の心の声だけは、よく聴こえる。
この男は、かつてない高揚感を味わっている。射撃と同時に、絶頂している。
この男は、人を殺したことはないのだろう。一般市民を自殺に追い込んだ経験、死んだも同然の障害を負わせた経験はあっても、目の前で、自分の手で、人を殺したことはないのだろう。
そしてこの男は、今私を殺そうとしている。初めての殺人、初めての人殺しを、今まさに体験しようとしている。
それが、嬉しいのだ。それが、楽しいのだ。
初めて人を殺す瞬間を、できるだけ長く味わいたい。か弱い少女を殺す瞬間を、できるだけ引き延ばしたい。
全身から溢れる享楽殺意に浸かりながら、やがて訪れる極上の瞬間を、最高のタイミングで楽しみたい。
だから、彼は私をすぐに殺さなかったのだろう。
愚かな奴だ。
頭の良い、あるいは経験を積んだヤクザならば、初弾で私を殺し、すぐに逃走している。どれだけ殺しが楽しかろうと、すぐに殺して立ち去るはずだ。
昼間、取引現場を下見に来た時、彼らは私と接触している。遠くで自分たちを観察している私を、彼らは視認している。
その際に彼らヤクザたちは見たはずである。釣りのふりをして胸壁の上に座る私の横に、青服のリコリスがもう一人いたのを見ていたはずである。
もしその時の風景をわずかでも思い返し、少しでも考えを巡らせさえすれば、彼は気が付いたはずである。今夜、自分たちを狙っているリコリスは、一人だけではないと。
実際は、実行役は私一人で、風待先輩は武器も手にせず遠くで見届け人になっているのだが、そのことを知らない以上、今夜の襲撃は二人一組で行動していると考えるのが、襲われた側の基本だ。
その程度の思考もできない、粗末なヤクザ。深い思慮が必要な事柄は、すべて部下のインテリヤクザに任せっぱなしにしていたのだろう。
頭を使うことは組一番の知恵者にすべて頼りきり、自分は欲望の赴くまま生きて来た組長。なにも考えない人生は、さぞ楽しかったことだろう。
その組一番の知恵袋は、今は頭蓋骨という名の袋が裂け、知恵という名の脳髄を路上に散乱させている。夏の夜の熱気によって溶け始め、乾いた地面によって吸収され始めている脳みそのかけら、組唯一の知識の塊片は、明日の朝には路上のシミになっているだろう。
知者も部下も全員殺され、自分の身にも危険が迫っているかもしれないというのに、何も考えず喚いている組長。何も気にせず笑っている組長。本当に愚かな奴だ。
彼は今、私に向かって何か叫んでいる。次第に大きくなっていく声が、この男の狂乱具合を如実に表している。
思えば先ほど殺したヤクザの一人、自分を組長のボディーガードと思い込んで突っ立っていた小太りヤクザも、私に向かって何か叫んでいた。
こういう類いの人種は、弱い人相手に叫ぶのが好きなのだろうか。何も言い返せない状態の相手に、罵声を浴びせるのが好きなのだろうか。
大声という名の悪意が、私の脳を揺らす。怒声という敵意が、私の神経を痛めつける。
何を言っているのかは、先ほどから全く分からない。稚拙かつ醜悪な言葉の羅列、雑音めいた叫び声。たまに仇だの復讐だのという単語が聞き取れるので、どうやら彼は死んだヤクザ仲間のかたき討ちを気取っているのかもしれない。
しかし、私の耳には、こいつの怒声は言葉として捉えられない。こいつの叫声は言語として認識できない。
蒸し暑い夜の海岸線に響く、大人の男性の声。悪意まみれの、大きな声。
息もできないほどの苦しい状況なのに、幻覚を見るほどの辛い状態なのに、それ以上の鋭い苦痛となって、この男の怒声は私の心に突き刺さる。海上に浮かぶ電波塔の光が軋み乱れるほどの強さで、私の心を締め上げる。
男性の怒った声。
大人の怒った声。
思い出す。
訓練生時代、私は毎日のように怒られていた。
優秀な電波塔孤児たちのおまけとして本部に連れてこられた私は、才能溢れる本部リコリス候補生の集団の中にあっては、一段も二段も劣る存在だった。
本部候補生ならば、誰でもできること、できて当たり前の事が全くできなかった私は、教官や指導員の大人たちにとっては、他の候補生たちの足を引っ張るだけの存在にしか見えなかったのだろう。集団カリキュラムの進展を阻害させる邪魔者として、どれだけ鍛えてもものにならない半端者として、私は大人たちの怒りの声を一身に浴び続けて来た。
怯え立ちすくむ私の耳元で。
恐怖に涙する私の目の前で。
殴られ倒れた私の頭上から。
大人たちは、怒声を浴びせ続けた。
男性たちは、罵声を浴びせ続けた。
その時の声は、このような声だった。
あの時の声は、今のような声だった。
まだ幼かった私を、男たちは怒鳴りつけていた。
私は、大人たちの怒りに、ただただ耐えていた。
教官に手を出すことは、禁止。言い返すことも、禁止。
私たちリコリス候補生は、大人の怒りに、ただ耐えることしか許されていない。
もっとも、気弱な私は、たとえ禁止されていなくても、言い返すことなどできなかっただろう。
ただ、耐えていた私。
ただ、泣いていた私。
早くリコリスとなって、本部から出て行きたい。
リコリスとなって外に出て、電波塔に行って手を合わせたい。電波塔の真下で、家族と死んだ仲間のために祈りたい。
それだけのために、ただ耐えていた。
大人の男の罵声に、ただ耐えていた。
この教官の男を殺して、私も死のうかと思ったことも何度かある。
しかし、耐えた。
リコリスになるため、耐えた。
そして私はリコリスになった。
今、私は本部の外にいる。
憧れていた、本部の外にいる。
もう、耐えなくていいのだ。
大人の男の怒声などに、耐えなくていいのだ。
あれ?
じゃあなんで、私は今怒られているのだろう。
じゃあなんで、私は今我慢しているのだろう。
もうリコリスになったのに、この男の人はなんで怒鳴っているのだろう。
もう怒鳴られなくていいはずなのに。
もう怒られなくてもいいはずなのに。
この教官は、なんで怒っているのだろう。
もうあなたは、教官などではない。
もうあなたに、教わることはない。
この声は、どの指導官の声だろう。
この声は、誰に似ているのだろう。
ああ、思い出した。
この声は、徒手格闘の指導教官だった男の声に似ているのだ。
ということは、この男はあの時の指導教官なのか。
いやな奴だった。最低の男だった。
実演と称し、皆の前で私をいたぶり続けた男。
何度も危険な技をかけ、私を半殺しにした男。
他の候補生たちを傷つけないようにしていた優しい顔を、私にだけ向けてくれなかった男。
他の候補生たちには穏やかな指導で、私にだけは体の痛みで、格闘技術を教えてくれた男。
そうだ、こいつも笑っていた。
倒れている私を上から見ながら、笑いながら怒鳴っていた。
激痛に悶え苦しむ私を見ながら、怒鳴りながら笑っていた。
あいつも、笑っていた。
こいつも、笑っている。
そんなに、おかしいのか。
それほど、おかしいのか。
泣く私が、おかしいのか。
弱い私が、おかしいのか。
なにがおかしい、笑うな。
おかしいのは、おまえだ。
おかしいのは、貴様らだ。
おかしいのは、この世だ。
酸欠と痛みで苦しんでいた私の体が、燃え上がった。
怒り。燃え上がる怒りが、私の体を動かした。かつての怒りが今の苦しみを上回り、私の体を、ほんの少しだけ動かした。
混乱している私の頭では、今私を見下している男性が、DAの教官なのか、ターゲットのヤクザなのか判別できない。
しかし、判別などできなくていい。
過去に痛めつけられた記憶、今痛めつけられている現実、過去と今、これら二つに対する怒り。
侵入症状によって昔と今が曖昧になっている私には、過去も今もない。
怒りによって急激に湧きあがった殺意。DAから与えられた任務からではなく、本能に基づく殺意、激情による殺意。歓喜によって私を痛めつけた敵の行為が、私の魂を黒い怒りに染め上げた。怒りが身体を動かした。
眼を大きく見開き、相手をにらみつける。視界が、わずかに鮮明になる。
闘争心をむき出しにした私の視線が、横に立つヤクザの視線とぶつかり合う。戦いへの意欲、逆転への希望が消えていない目力を感じ取ったのだろう。組長ヤクザは、次は私の顔を踏みつぶそうと、大きく片足を上げる。男の靴底が、遠くに立つ街路灯のわずかに照らされ、私の視界に入る。靴裏に刻まれたトレッドの、鋭角的な溝が交差する模様が、深い陰影に潜む猛獣の牙列のように浮かび上がる。
まだ幼い女性の顔面を踏みにじる、倒錯した喜び。いまだ生に執着している獲物の心をへし折る、暗い喜び。自分に敵意ある目線を向けてきた、か弱い女に罰を与える、歪んだ喜び。顔を蹴り潰し、胸を蹴り潰し、腹を蹴り潰し、心を蹴り潰してから殺そうという、加虐的な喜び。
しかし、私は、今まさに顔面に落とされようとする靴裏を注視していなかった。
見ていたのは、銃口。ヤクザが持つ、拳銃の銃口。
私の頭部を狙っていたリボルバー。私の動きをピン止めするかのように牽制し、私の反撃を抑え込んでいた銃の筒先は、頭を踏みつけようと足を上げた動作と同時に、照準を外している。当然の動作だ。倒れている私の頭部目がけて伸ばしていた両腕は、頭を蹴る時には一度曲げないと邪魔になるのだ。
少女の顔面を蹴り潰すという倒錯的な行為のために、ほとんど無意識の動きで外してしまった照準。怒鳴り散らす男性という、醜悪な存在への敵意によって甦っていた私の心は、その愚かな動作を見逃さなかった。
地面に付けている背中を中心に、90度の仰向旋回。酸欠に苦しむ全身を無理やり稼働させ、ブレイキンのバックスピンのように素早く回転する。背中に背負ったサッシェルバッグが、地面の小石や砂地に擦られ悲鳴をあげる音と、バッグのショルダーストラップが両肩に食い込む痛みを無視しながら、回転により弾みと勢いをつけ、私の真横に立っているヤクザの脛側面に蹴りを放つ。
防爆板入りの靴先、本部リコリス専用の重い靴先が、男の足に食い込む。
メカニカルブリーチング、バッテリングラムの代わりとしても用いられる、本部リコリスの重い蹴り。力を十全に出し切れない体勢かつ消耗した身体で放った蹴りだったが、効果はあったようだ。片足を上げた姿勢をとっている最中に、体を支える軸足を蹴られたヤクザは、大きく後ろ向きに転倒する。
思わず銃を投げ捨て、倒れた姿勢のまま、蹴られた片足を押さえるヤクザ。夜空に響く悲鳴が心地よい。
全身の力を使い切った私は、蹴りを入れた体勢のまま寝そべり、必死に呼吸を再開しようとする。全身に酸素を送らなければ、もう指一本動かせない。
骨にヒビでも入ったのか、脛の痛みに転げまわるヤクザ。痛む肺を更に痛めつけるかのように、懸命に空気を貪る私。どちらも情けない姿だ、滑稽な姿だ。
田舎の地で繰り広げられる泥仕合。清く明るい社会の表舞台に立つことの無い二人の、醜い殺し合い。どちらが死んでも、一般市民は誰も悲しまないだろう。
私もヤクザも、今はどちらも無防備な姿だ。少しでも早くダメージから回復し、少しでも早く動けるようになった方が、生き残る権利を得る。相手を殺す権利を得る。
引き笑いのような音と共に、わずかずつだが私の肺に溜まっていく酸素。未だ浅いが、段々と呼吸が続くようになる。次第に回復してきたようだ。
その私の横で、脛を押さえ倒れているヤクザ。最初は大きかった悲鳴が、段々と小さくなっている。次第に回復してきたようだ。
世の中には、妙にタイミングというかリズムが同じ人間がいる。私とこの男は、どうやらそれらしい。共に倒れていた私とヤクザが、動けるまでに回復し、跳ねるように起き上がったタイミングは、コンマ1秒も違わぬ、全くの同時だった。