モブリコ辺境暦   作:杖雪

79 / 80
8月 初めて人を殺した日 ⑮

 DA情報部が後日収集した情報をまとめると、それは密輸組織と暴力団組織との連絡方法の不徹底から起きた、単なる勘違いであったらしい。

 

 周辺の安全を確認した暴力団組織側が、懐中電灯の光で海岸から合図を出し、それを見た密輸組織側が、合図の光が見える場所に上陸する。単純な連絡方法ではあるが、以前に真舞子マリーンパークで行われた麻薬取引は、それで無事に接触に成功しているし、今回もそれで問題はないと、両者とも確信していた。

 

 前回成功したから、今回も大丈夫だろう。その気の緩みが、今回の勘違いを生み出した。

 

 連絡方法の不徹底。暴力団側は、取引開始時間になった直後に、明かりのついた懐中電灯を大きく回すことを正式な合図としていたが、密輸組織側は、取引時間前だろうと、海岸に懐中電灯の明かりが光っていれば合図なのだと、雑に考えていた節がある。

 

 暴力団側の交渉役兼合図役のインテリヤクザは、組織の知恵袋に相応しい頭脳を有していたが、根は小心者であった。小心者ゆえに、心配性な性格であった。

 心配性がゆえに、早めに車を出し、取引開始の30分前に海岸に到着した。小心者ゆえに、胸壁の上で、手に持った懐中電灯の点灯確認を何度も繰り返した、海岸に向けて投光練習を繰り返した。

 

 よほど心配だったのか、スギナに撃ち殺される寸前まで、懐中電灯を何度も弄っていたインテリヤクザ。その彼が弄んでいた光が、密輸組織側には見えていたのだ、その時の光を、接触の合図だと思い込んだのだ。

 

 連絡予定時刻前にも関わらず、海岸に点灯した懐中電灯の光。それを確認した密輸組織側は、慌てて上陸作業を開始する。

 

 甲板上のジブクレーンが雄々しく駆動し、上陸用ゴムボートが密輸船から下ろされる。大量の麻薬が詰まった二つの大型スーツケースを搬送する、二隻の黒いゴムボート。

 積み荷を取り囲むかのようにして乗り込むのは、10人の組織構成員。リーダーである取引担当役の組織幹部が1人と、通訳兼会計役が1人。残りの8人は全て護衛である。軍務経験のある、組織直属のプロの戦闘員。自動小銃で武装した、黒ずくめの防水服を身に纏う、8人の大男たち。

 

 彼らは二隻のゴムボートに分散して乗り込み、夜の海を突き進む。航跡を出さないよう遅い足取りで進む黒いゴムボートは、夜の闇と同化しながら、諸咲の浜辺へと向かう。

 

 密輸船の甲板上とは違い、ほぼ海面と同じ高さのゴムボートからでは、海岸の状況は良く見えない。その視界の悪さが、彼らにとっては不幸だった。ゴムボートが海上に浮かんでいる間に発生した、スギナとヤクザとの戦い。その時に閃いたマズルフラッシュが、彼らには見えていなかったのだ。

 

 何も知らず、何もわからず、ゆっくりと海岸に向かう二隻のゴムボート。その姿を、スギナと風待は、ただ茫然と眺めていた。

 

 

 

 

 どうしよう、とスギナは思った。

 

 隣にいる風待先輩は、丸腰だ。薄手のシャツとショートパンツ、サンダル履きの、丸腰だ。さらには、ビールを飲んでいる。

 

 私が、戦うしかない。

 

 先ほどのヤクザとの戦いで、体力気力は消耗しているが、行動に影響があるほどの身体ダメージはない。

 武装も、問題ない。サッシェルバッグに戻したグロック36は、弾丸2発を消費しただけだ。

 

 問題はない。私はまだ、戦える。

 

 しかし、相手は10名。

 それも、先ほどまで争っていた素人ヤクザとは違う、戦闘のプロたちだ。

 

 戦えるのか、私に。

 いや、戦わなくてはならない。

 

 私は、リコリスだ。本部卒の、リコリスだ。諸咲の、リコリスだ。

 戦おう、スギナはそう決意した。

 

 命を賭した決意に、スギナの喉がゴクリと鳴る。

 

 その横で、風待の喉もゴクリと鳴った。ゴクリゴクリと鳴った。

 

「先輩! 横でビール飲まないで下さい!」

 

 豪快な音を立てて缶ビールをあおる風待に、スギナが本気で怒った。

 もうゴムボートは夜の闇を抜け、浜辺に上陸している。大きな声を出せば、風向きによっては気が付かれてしまうほどの距離。しかしスギナは、思わず大声を出してしまう。

 

 自分が戦いを決意したんです! もう少し真面目に見守っていてください! そのような非難を込めて、スギナは風待をにらみつける。

 

「スギナ…戦う気なのね。あれほどの敵を相手に」

 

 冷たいビールを飲み干した風待が、温かい口調で問いかける。

 

「当たり前です! 私は、この諸咲を守るリコリスです! 先輩が戦えない今、この地の平和を守ることができるのは、私だけです! だから、戦います! 敵が何人いようと、私は戦うんです!」

 

 スギナは叫んだ。枯渇した気力をかき集め再点火するかのような、スギナの叫び声。たとえどれだけ疲れ果てていても、たとえどれだけ敵が多くても、武器を手にした敵が支部内に上陸した以上、見逃すわけにはいかない。これはリコリスとしての意地だ、本部卒の矜持だ。そのような気概が、声となって口に出る。

 

「そう…スギナも、一人前のリコリスになれたのね」

 

 スギナの顔を見つめながら、静かにつぶやく風待。先輩リコリスが後輩に与える、慈愛に満ちた目が、突然の事態に興奮するスギナの精神をなだめ落ち着かせる。

 目の前に散らばる死体。眼前に迫る新たな敵。紛擾の直下にもかかわらず、風待は静かに、そして優しくスギナに語りかける。

 

「一人前のリコリスになるのに必要なのは、殺人の経験だけではない。人殺しという業を背負ってもなお、守るべきものがあり、それを守りぬきたいと思う心。いま、スギナが言った言葉、スギナが本心から出したその言葉、これからもずっと忘れないでね」

 

 慈しみの心が籠った、風待の声。新人が自らの意思で、長い道のりの第一歩目を踏み出したことを褒揚する、称賛の声。

 思わずスギナは、はいと答えてしまう。少し照れたように、顔を赤くし、視線を地面に落とす。

 

「うん、いい返事よ。スギナは、良い子だね」

 

 飲み干したビールの空き缶を、地面に置いたコンビニ袋の横にそっと置く風待。何気ない動作でコンビニ袋に手を入れ、何気ない仕草で缶ビールをもう一本取り出す。

 

「良い子のスギナに、今夜は少しだけ手助けしちゃおうかな。今夜のスギナの撃墜数(キルカウント)、ちょっとだけ水増ししてあげるわね」

「えっ?」

 

 地面に落としていた視線を、風待に戻すスギナ。スギナと視線を交わした風待は、笑顔でビール缶のプルタブを開ける。缶の口から洩れる泡が、二人の間を軽やかに弾け飛ぶ。

 

「ま、たまには先輩の威厳ってやつも見せつけなきゃね。スギナはここで、おとなしく待っていなさい」

 

 先輩! またビール飲んでる! 二本目! 500ml缶! とスギナがツッコミを入れようとする前に、風待が跳んだ。

 

 助走もつけない、ノーモーションでの垂直飛び。脚の力だけの跳躍にも関わらず、風待の体は軽々と胸壁の頂上を超える。

 夜空に浮かぶ、少女の肢体。むき出しになった手足、うねる黒髪が、月光を反射し艶めいて輝く。

 

 重力を感じさせない、人技を越えた空中浮遊。微風に舞い上がる羽毛の如き優雅さで夜を飛んだ風待は、音一つ立てず、体勢一つ崩さず、缶ビールの泡一つこぼさず、胸壁下の礫浜に着地する。サードリコリスであるスギナが思わず見惚れるほどの、セカンドリコリスの常人離れした体術、美しい先輩の、美しい跳躍。

 

 スギナは胸壁に駆け寄り、下をのぞく。深更暗き浜辺、大小の石塊が散らばる夜の浜辺を、何の危なげもなく歩いていく風待。それは朝にゴミ出しをするときのように、夕に買い物をするときのように、気負いもなく平然とした歩き方であった。素足のサンダル履きで荒れた浜を歩いているのに、ゴミ出しの時のように平生な歩き方。武装した敵に向かうのに、買い物をする時のように平和な歩き方。

 

 スギナの視線に気が付いたのだろう。風待は歩みを止め、振り返るとスギナに向かって笑顔で大きく手を振る。少し待っていてね、ちょっとゴミ出ししてくるから、ちょっと買い物してくるから。その程度の、軽い笑顔。笑みの形に開いた口から、白い歯が覗いている。少年のような、いたずらっ子のような、屈託のない先輩の笑み。普段は大人びているのに、なぜか子供のように可愛い、先輩の笑み。

 

 無防備で敵に向かうという非常事態なのに、単身で敵に迫るという異常事態なのに、なぜか何も言い返せなくなるスギナ。風待の無邪気な笑顔に、毒気を抜かれてしまったかのようだ。

 

 手にした缶ビールをあおりながら、浜の先に居座るゴムボートの方に向かって、てくてくと歩く風待。その姿を、胸壁の上から、スギナはぼんやりと見つめている。

 ぼんやりと見つめていたのは、スギナだけではなかった。浜辺に上陸し、周辺の状況を確認しようとしていた麻薬組織の男たち、彼らのうち、後ろを向いて立っているリーダーとおぼしき男以外の全員も、皆同じように口を開けて風待を見つめていた。

 

 彼らは、わからなかったのだろう。自分たちが何を見ているのか、咄嗟にはわからなかったのだろう。

 

 

 風待が浜辺に降り立つ少し前、二隻のゴムボートで上陸した10人の男たちは、諸咲の地に足を踏み出すと同時に、各自が役割通りの行動を開始した。

 

 周辺の状況確認。麻薬の入った二つの大型スーツケースの揚陸、ゴムボートのエアフロア部分の擦傷確認と向きの転換。本国での訓練通り、数分でこれらの作業をこなし終えると、チームリーダーである取引役の男は、通訳兼会計の男を背後に引き連れ、護岸壁の裏で待っているはずのヤクザたちの出迎えを待つ。

 

 残り8人の男たちは、護衛役。彼らは全員が型の古い自動小銃を背中に抱え、かなり前に製造された拳銃を腰のホルスターに装備し、ゴムボートの手前に降ろした麻薬入りスーツケースを囲むかのような配置で、チームリーダーの後ろに立ち待機している。

 

 本来ならば、この組織の護衛が使用する小銃や拳銃は、彼らの祖国の軍隊が使用している武器と同じ新型である。しかし今回、彼らはあえて旧式の武器を手にしてこの国に来ていた。いや、この国を新たな市場にしようと目論む密輸組織や武器商人たちは、皆が口裏を合わせたかのように護衛に旧式火器を持たせ、自らも旧型の拳銃をホルスターに入れ密入国している。

 

 海外の裏組織が日本に密輸するのは、東側の武器、それも旧式の武器ばかりである。

 

 半世紀以上前に製造されたオールドガン、冷戦期に生産されたオールドウェポン。ソ連軍とワルシャワ条約機構統一軍が、エルベ川を越えて進撃するという夢想を実現させるために大量生産された自動小銃や軍用拳銃たちは、ついに実践の場に立つこともなく、今は二線級以下の余剰兵器として旧東側各地の倉庫に眠り、除却処分の時を静かに待っている。

 すでに性能も陳腐化し、もはやどの国の武器商人たちも顧みることがない骨董品(ヴェキトゥリ)たち。せいぜい内戦中の貧困国相手に、割の合わぬ安値で売ることしかできない冷戦期の遺物たち。もはや威光を失ったこれらの武器が、唯一輝ける場所が、日本国だった。

 

 平和な国、安全な国、豊かな国、日本。

 この国の裏組織ならば、どのような古い型の武器でも、高値で買ってくれるのだ。言い値で即決、即時に即答、即席即座で交渉が成立するのだ。

 

 理由は単純。この国が、平和で安全で豊かな国だからである。

 

 平和な国だから、武器の知識が少ない。冷戦期の旧式兵器と現用の最新兵器に、それほど差はないと思っている。鉄砲など、弾丸さえ出ればどれも似たようなものだと思っている。

 

 安全な国だから、どのような旧式銃でも脅威になる。武器を携帯していない一般市民、武器の使用経験がほとんどない警察機構。このような国にとっては、たとえ戦中に設計された銃であろうと、それが国内にあるというだけで、地域の行政や治安が麻痺するほどの強力な存在となる。

 

 豊かな国だから、どのような古い銃でも、相場を知らない日本の裏組織は大枚をはたいて購入してくれる。少年や少女たちを尖兵として使うといわれている裏の治安組織、その監視の網さえ潜り抜けてしまえば、二束三文の余剰兵器が、同じ重さの金塊となって帰って来る。海外の密輸組織間では、そのような噂が数年前より出回っていた。

 

 世界中の裏のネットワークで囁かれていたその噂、最初に呟いた者は未だ不明だが、噂を真実にした者の名前は判明している。真島である。

 

 彼が持つ人脈と金脈を利用して入手した千丁の銃火器、その取引の際に動いた金額は、同じ重さの金塊とはいかないまでも、同量のレアメタル程度には匹敵する大金であったという。その巨額の取引、驚愕の金額を耳にした各国の密輸組織に、ある種の日本ブームが起こったのも当然である。

 

 彼らは、挙って密輸の矢印を日本に向けた。自組織内の倉庫でダブついている旧式の東側武器、どれほど値引きしても一向に掃けない不良在庫を、千丁単位で購入してくれる真島グループに、競って取引を持ち掛けた。

 

 もちろん彼らは、真島グループが小さな組織であることを知っていたし、日本への密輸は成功率が低いことも知っていた。知っていたが、何も問題はないと考えていた。

 

 どのような小さな組織でも、金さえ払ってくれている間は、同等の取引相手である。真島グループが、いつまで存在できる組織なのかはわからないが、たとえ一回だけの取引で終わっても、得る金額は巨額なのだ。たとえ真島グループが短期間で消滅しても問題はない。真島と共に作り上げた、武器密輸入の販路。たとえ真島が志半ばで倒れようと、その密輸ルートは消えることはない。一度でも販売経路を構築してしまえば、今後も無知な日本人相手に、旧式兵器を売りさばくという利益巨大な商売は続いていくのだ。

 

 日本という緩い国が相手にしては、なぜか低い密輸成功率。これも彼らにとって問題はなかった。どうせ元はただ同然の商品なのだ。規律の緩んだ軍から、除却処分代惜しさに倉庫ごと横流しされるような武器なのだ。10回の内9回失敗しようと、残り1つが成功すれば利益は出るのだ。

 

 突如として沸いた、日本への密輸ブーム。旧共産圏の武器たちが主役の、ゴールドラッシュ。

 それは幕末の時代、南北戦争の余剰火器が大量に日本に流入した時に似た構図であった。太平の眠りの中で、最新の武器知識に疎くなっていた当時の日本人が、西洋の武器商人に言われるがままに、旧式の銃を掴まされた状況と全く同じであった。

 

 真島が呼び込んだ、海外の悪意、外患の邪心。それは、延空木より発せられた真島の扇動によって巻き起こった裏社会の熱狂に、固く鋭い鋼鉄の牙を与えることとなる。

 真島一派が使った牙、真島に共鳴した集団が使った牙は、常に旧東側の旧式武器だった。

 真島グループが各地の裏組織にばらまいた牙も、真島グループが一般人にばらまいた牙も、真島グループがDAと戦った牙も、常に旧東側の旧式武器だった。

 真島が姿を消した後、真島一派の残党や、それに協力する国や裏組織が、再度密輸入を企んだ牙も、常に旧東側の旧式武器だった。

 

 千丁銃器密輸事件以降、リコリスたちと対峙した敵は、そのほとんどが旧東側武器を手にしていた。それは、スギナと風待の住む中部圏内も例外ではなかった。

 去年発生した美濃愚者大動乱、今年行われた新近城作戦、来年勃発する諸咲大避難。これらはすべて、市民に禍を与えようとしていた旧東側の武器を、DAが身を張って取り押さえた事件であった。

 この夜以降、スギナが幾度となく対面することになる旧東側の旧式銃火器。それを手にしていた初めての敵は、諸咲の海岸に上陸した麻薬密輸組織であった。

 

 旧共産圏の国を縄張りとするこの麻薬密輸組織は、東側の裏組織の常として、自国軍隊の横流し品もサイドビジネスで取り扱っている。武器密輸は本業ではないが、裏のルートは押さえてある、裏のツテは持っている。

 麻薬と同等、あるいはそれ以上の利益が出るとウワサされている、日本への武器密売。彼らは今夜の麻薬取引の際、日本の暴力団組織に、武器取引も持ち掛けようと企んでいた。

 

 今諸咲の海岸に足を降ろしたチームリーダーは、組織の中堅幹部である。組織内で成り上がるためには労を惜しまない彼は、日本のヤクザたちが麻薬だけでなく武器にも興味が出るよう、表面だけ丁寧に磨き上げた旧式拳銃を、自前のホルスターに収めていた。

 

 黒ずくめの防水衣の上から掛けたショルダーホルスターから覗く、武骨な軍用拳銃。裏の男ならば、必ず目をとめるであろう、煌びやかな玩具。

 一度相手の視線がとまれば、あとはこちらのものだ。自慢の話術で武器取引の話題を持ちかけよう。試射をするよう持ちかけよう。

 拳銃の話題で盛り上がれば、あとはこちらのものだ。次は護衛役に担がせた自動小銃を持たせよう。試射をするよう持ちかけよう。

 

 注意点は、本国ではもはや使われない、旧式の武器だと悟られないことだ。

 

 そのためには、部下全員にも同じ旧式拳銃を持たせよう。護衛全員にも、同じ旧式自動小銃を持たせよう。

 全員が同じ銃を持てば、取引相手はこの武器がいまだ現用なのだと誤解するだろう。平和という名のぬるま湯に浸りきった日本人のことだ、必ず誤解してくれるだろう。

 

 チームリーダーは、後ろを振り返り、自分の背後で周囲を警戒している護衛役たちの装備を一瞥する。

 ドレナージポート付きの耐水タクティカルブーツに、黒色の防水衣の上下を身に纏った8人の護衛役、彼らは皆一律に、銀色に光る自動小銃を肩にかけ、鈍色に輝く拳銃をホルスターベルトに収めている。

 

 武器を剥き出しのままゴムボートに乗って来たため、彼らが背負っている小銃は、一様に波の飛沫に濡れていたが、その水滴は、夜空から降る月明かりを反射し、金属色に輝く自動小銃の表面を、銀の延べ棒のように輝かせている。

 

 彼はその輝きを見て、自分が企んだ演出の妙に深く満足した。これならば、相手も銃に興味を示すだろう。自分が売り出さんとする新たな密輸商品に、彼らは必ず食いついてくるだろう。銀の延べ棒のように見える安物の小銃が、自分の舌先三寸で、やがて本物の銀の延べ棒に変わるのだ。

 

 ほんの少しの間、脳裏に出世の夢物語を描いていたチームリーダーだったが、ふと彼は、横にいる会計役の小男が、口を開けながら妙な目で陸地側を見ていることに気が付く。

 

 勘定と通訳しか取り柄のない、気弱な小男の気弱そうな顔。取引前にこのような変な表情を浮かべられては、相手に舐められる、取引に支障が出る。

 一度怒鳴りつけて気合でも入れてやろうかと考えたが、あまりに変な表情だったのが気になった。よく見れば、会計役の男の背後に立つ護衛達も、皆が同じように口を開けている。

 チームリーダーはつられるかのように後ろを向き、会計役や護衛達が見ている視線の先に目を向ける。

 

 チームリーダーも、同じように口を開けた。

 

 深夜の浜辺、取引相手の暴力団が人払いしているはずの海岸に、なぜか一人の少女が立っていたのだ。

 

 体のラインを美しく浮かび上がらせるクロップド丈の薄色薄地のTシャツに、紺色のショートパンツ、素足に安物のサンダルを履いた、美しい少女。汗が光る生身の腕と足が、月の光を供として大胆に輝いている。

 幻想と現実の狭間に咲く花の美を人の形に置き換えたかのような、華麗な少女。彼女はなぜか、自分たちの方に向けて、足音一つ立てずに歩いて来る。一歩足を踏み出すごとに揺れる長く豊かな黒髪が、彼女の美に妖艶の妙味を添える。

 

 少女は、歩いて来る。自分たちの方に、歩いて来る。

 

 裏組織独特の、凶悪な雰囲気も意に介せず、歩いて来る。

 銃を背負っている護衛役がいるというのに、歩いて来る。

 

 ああ、こんな暑い夜なのだ。このような暑い夜は、このような美しい幻を見るのかもしれない。

 男たちは皆、そう思った。

 

 男たちの眼の前まで来た少女。彼女は額に浮いた汗を左手で拭うと、右手に持った缶ビールを一気にあおった。

 二口、三口、喉が鳴る度に、冷たそうなビールが少女の喉から胃に注ぎこまれる。美味しそうに、胃に注いでいる。

 

 ビールの喉越しを堪能した彼女は、男たちに目をやると、少し恥ずかしそうな笑みを浮かべる。美味しかったです、そう言いたげな、少し照れた笑み。

 夏の夜の浜辺で飲むビール、すごく美味しいです。少女ははにかんだ笑顔で、目線で男たちに語りかける。

 

 少女の手に握られた、凍結するほどに冷えていそうな一本のビール缶。初めて見る日本製のラベル、初めて見る日本製のビール。未成年であろう少女の手に握られたビール缶の銀色は、彼らが手にしていた武器の銀色に負けない光沢を放ちながら、夜の海岸に涼のある景色を与えている。

 

 ああ、こんな暑い夜なのだ。このような暑い夜は、このような美味しそうな幻を見るのかもしれない。

 男たちは皆、そう思った。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。