部屋の中に、音楽が響く。
朝の6時に、音楽が鳴る。
薄い金属片が弾かれる時に発する、清澄な音の連なりが複雑に重なり、柔らかい曲となって部屋中を満たす。
童謡でも歌われる、小さな曲。誰でも知っている、優しい曲。
朝の目覚めを呼ぶにふさわしい、静かな曲が、畳の上で鳴っている。
オルゴール付きの目覚まし時計。
毎朝聞こえる、目覚めの音楽。
毎日が始まる、夜明けの音楽。
私はいままで、たとえ早く目が覚めた朝でも、これが今日という日を迎えるための神聖な儀式であるかのように、この曲が聞こえるまでは布団から身を出すことはなかった。今朝も、リコリスの習性として、起床時間の5分前には覚醒していたのだが、私はオルゴールの音が部屋を輝かせるその時まで、夜明け前の浅い眠りの中で見たとりとめのない夢の続きが、今もなお上空に映し出されているのを鑑賞するかのように、天井に並ぶ板の木目を、ただ静かに眺めていた。
やがて曲が終わると、私はそっと時計を持ち上げ、裏側にある停止ボタンを押し、そっと畳の上に戻す。
昭和の初めに作られたという、目覚まし時計。
かなりの年代物かつオルゴール付きという精密品のため、丁寧に扱わなければならない。
代々諸咲支部で暮らすリコリスのうち、何世代かに一人はいる機械いじりが好きな少女が、古い部品の複製交換やサービスマニュアルの更新をしてくれているため、この目覚まし時計は百年後の今も良好に作動しているが、今いる私たちはどちらも旧式時計の構造には疎いため、故障だけは絶対にさせないよう、大事に過保護に取り扱っている。
双関杯の飾り羽子板や、諸咲紅座の千社札に続く、この部屋の骨董品。今でこそただの田舎支部だが、かつては入船監視支部として重要視されていたらしいこの諸咲支部には、由緒ある品は多い。
しかし、この百年前の目覚まし時計には、ひとつだけ謎がある。
由緒あるこの時計の、由来が不明なのだ。正確にいうと、この時計の贈り主がわからないのだ。もっと正確に言うと、贈り主と思われる人物が、数人いるのだ。
風待先輩の話によると、この目覚まし時計はDAの金で購入したものではなく、戦後に誰かから貰ったものらしい。
本来ならば、リコリスが外部から金品を受け取ることは絶対禁止であるが、まあそれは問題ない。戦後の頃の話なのだ、受け取ったリコリス、処罰対象になるリコリスは、すでにこの世にはいないはずだから、今の時代に生きる私たちは、出所など知らぬ存ぜぬで押し通せばいいのだ。
問題は、誰からいただいたのかがわからないことだ。全くわからないままならまだ良いが、誰から贈られたかについて代々伝えられている話が、幾通りもあるというのが、微妙に気にかかるのだ。
勝手に直る自転車と双璧を成す諸咲支部の謎、由来不明の目覚まし時計。その説は、大きく分けると、4つに分類される。
一つ目。目覚まし時計をくれたのは、戦艦大和の艦長さんだよ。すごいね。
二つ目。違うよ、戦艦大和に乗ってはいたけど、艦長じゃなくて参謀長とかの偉い人だよ。
三つ目。違う違う。戦後モブリコ寿司で、お土産用のエビせんべいの焼き方を指導してくれた、支部近くの海老煎餅屋さんからだよ。
四つ目。どれも違うよ。支部の近所に住む、森下さんっていうただのお爺さんだよ。
荒唐無稽な説から、妥当過ぎる説まで、計4つ。どれが本当かは、今になってはもはや確認は不可能だろう。
どの説が真実なのか、全くわからないまま、諸咲支部には今日もオルゴールの音が鳴り響く。
わからないということへのもどかしさ。どうでもいいことではあるが、完全に興味がないとも言えない小さな謎への拘泥を振り払うかのように、私は天井から目を逸らし、寝返りをうつ。
本来の起床時間は6時半、30分も後だ。そのためなのだろうか、もう頭も体も、すっかり目覚めているのだが、気持ちだけはまだ緩んだままだ。起き上がる気になれない、立ち上がる気になれない、もうしばらく横になってだらだらしていたい。普段は規律正しい生活を送っている私だが、なぜか今朝は、DAでの管理生活の中で長きにわたり培ってきた克己の精神が、溶解し変性したかのように弛みきり、動くことができないのだ。
まあ30分だけだ。起床時間になるまでは、このまま横になっていよう。朝早くからぼんやりできるのも、田舎リコリスの特権だ。私はそう思い直し、目を閉じる。
考えてみれば、起床時間の30分も前に目覚ましをかけていたのは、風待先輩のためだったのだ。朝起きるのが苦手な風待先輩のために、普段から早めに目覚まし時計を鳴らしていたのだ。
目が覚めてから床を出るまで、長い時間がかかる風待先輩。朝が苦手な、本当に苦手な、風待先輩。
その先輩は、いまこの部屋にはいない。年二回の定期健診のため、DA本部に出張しているのだ。
二泊三日の小旅行。昨日の昼に、早めのお昼ごはんをいただいて、そのあと私をいただいてから、旅行鞄を抱えた制服姿で出立した風待先輩を、私は玄関先まで見送った。
色々いただいていた時間が長かったため、遅刻しそうになっていた先輩。その慌ただしいお見送りの際、ほんの小さなひと騒動があった。
私たちの部屋から遠く離れた、同じ階の角部屋に住む二人の少年。彼らも旅行鞄を抱えて、ばたばたと部屋から出てきたのだ。
玄関先の共用通路で共に固まる、私たちと男たち。お見送りという厳粛な儀式、しばらく会えなくなる私たちが紡ぎあう、羈旅の無事と守居の無難を互いに祈る乙女同士の清らかな語らいの一時は、おかげさまでぶち壊しになった。
さらに最悪だったのは、彼らの行先も、風待先輩と同じ内箕駅だったことだ。自転車に乗った先輩は、彼ら二人が乗る自転車に追いかけられるかのように、ドタバタという擬音とともに私の目の前から消えていった。
普段ならばこのような場合は、彼らか私たちのどちらかが、電車を一本遅らせるのが通常なのだが、そのときの彼らもまた遅刻寸前だったらしい。一時間に二本しかない智多新線の電車に乗り遅れないよう、仲良く団子になって走り去る三台の自転車を見ながら、時間に余裕を持った行動って大事なんだなと思ったものだ。
案の定、先輩は彼らと同じ電車に乗ったらしい。車内で互いに無視し続けるバツの悪さ、こういう時に限って電車は空いていたり、億陀駅で学生がだれも乗ってこなかったりと、気まずい空気の車輛の中で、三人は身を固くして座っていたらしい。
おそらくあいつら、名古屋までついてくる気よ。本当についていないわ。という愚痴が書かれたショートメールが、諸咲支部最北端である春川駅から届いたのを最後に、先輩との交信は途切れている。
通常時にリコリスがスマートフォンで直接通話できるのは、支部内のメンバーだけである。そしてその通信範囲は、所属する支部の区域内に限られている。たとえバディでも、支部から離れたリコリスとは、通信通話はできなくなるのだ。智多新線の終着駅である春川駅で通信が途絶えたのは、まあ当然のことである。支部の境目に達するまで愚痴を送り続けて来た先輩の、次の連絡が届くのは、明後日の昼頃になるだろう。先輩がどこまであの男たちと一緒に電車に乗り続けるはめになるのかは分かりませんが、まあ頑張ってくださいと、昨日の私は雑に祈ったものだ。
DA本部内に住むリコリスたち、そして昨夜は本部内で一泊した風待先輩の起床時間も、おそらく今頃だろう。朝が苦手な風待先輩は、無事に目が覚めているだろうか。まだ起きたくないと駄々をこね、同じ健康診断のために集められた、他支部のリコリスに迷惑をかけていないだろうか。
無事に起きているのだろうな、と私は確信する。
先輩が朝起きるのが苦手な理由、なかなか目が覚めず、起きてもしばらくの間は寝不足気味な理由を、私は知っている。いや、最近やっと知った。
先輩は、夜中起きているのだ。
夜中に目を覚まし、隣で熟睡する私を、じっと見続けているのだ。
暗い部屋の中で、上半身だけを起こし、のぞき込むように私を見続ける先輩。私が起きそうになると、ひそかに就寝姿勢に戻るため、これまで私は、自分が先輩の視線に晒されていることなど、全く気が付かなかった。私に覚られないよう、闇に輪郭を隠して眼だけを光らせ、視線で私を捕縛し続ける風待先輩。8月のあの日以前の私、あれの灯りがない状態の私ならば、暗闇の中で無表情に私を見つめる先輩の顔など、いまだ気が付いていなかっただろう。
先輩、昨日の夜起きていました? と、それとなく尋ねても、上手にはぐらかす先輩。聞き上手、話し上手な先輩なので、一度しらを切られると、なかなか追及はできない。
おそらく先輩は、私が気が付いているということを知らないだろう。おそらく明日の帰宅後の夜も、寝ている私をひとり見続けるのだろう。
理由は、わかっている。
先輩は、怖いのだ。
風待先輩は、一人になることを、異常なほどに恐れている。
私が電波塔事件の時に聞いた音にトラウマがあるように、先輩は一人取り残されるということに、強い心的外傷を持っている。
風待先輩のご家族は、幼児の頃の先輩が遊園地で遊んでいる最中にそっと別れ、入水自殺をした。先輩は突然、一人になった。
風待先輩が諸咲に来た時、出迎えてくれた冠典ゼリィ先輩は、ある日DA職員に両腕を掴まれ消えていった。先輩は突然、一人になった。
風待先輩が諸咲で出迎えた、後輩の芭照瓦セノカさんは、単身出張任務に行ったきり帰ってこなかった。先輩は突然、一人になった。
その瞳は怜悧冷徹な光を放ち、その姿は清楚清廉な佇まいを見せる、万人近寄りがたい美を有する先輩。しかし、一人孤高に立つ姿が似合う外見とは裏腹に、先輩は人間というものが好きで、人間関係というものを大切にしている。そして仲間に対しては、執着に近いほど強く熱い絆を結びたがっている。控え目かつ優しく言うと、友情や愛情を大事にするタイプである。有り体にいうと、常に隣に誰かいなければ落ち着かないタイプである。人懐っこそうな顔の割には人見知りという、少々難儀な性格の私とは正反対のタイプである。
そのような性格の先輩に、突然襲った不幸。突然孤児になり、突然バディを失うという、先輩にとっては、耐えられないほどの不幸。先輩と毎日心を通わせた私には、先輩の悲痛は、心の中で同期共鳴できるほどによくわかる。
先輩は、怖いのだ。
私が冠典先輩やセノカさんのように、突然いなくなるのが怖いのだ。
私が先輩のご家族のように、ある日そっと去っていくのが怖いのだ。
だから、見続ける。
夜中そっと出て行かないように、私を見続ける。
おそらく先輩は、毎晩私が去っていく夢を見るのだろう。
悪夢に苛まされ、深夜に覚醒するのだろう。
そして、夢の続きが現実に続かないように、私を見つめるのだろう。
リコリスは、誰でもトラウマを持っている。
DAでの本部候補生時代、共に本部棟で暮らしていた候補生たちは、大小の差はあれど、皆が様々な心的外傷を持っていた。
夜中に火事だと叫び出す少女、人さらいが廊下にいると怯えだす少女、両親が殺しに来ると訴える少女。皆がそれぞれ経験した、人生の背中に貼りついて取れない惨事を心の内にひた隠し、稀に隠せず曝け出し、毎晩震え泣いていた。
心の中から湧き上がる恐怖に耐え、なんとかリコリスとなった後も、トラウマは消え去ることはない。彼女たちの赴任先まで、同じ電車の隣座席に座って付いてくる。支部の一部屋に割り当てられた、ベッドの中まで付いてくる。
リコリスたちは、耐え続ける。過去のトラウマに耐え続ける。耐えて耐えながら、任務で人を殺し続ける。人殺しというトラウマを新たに増やしながらなお、耐えて耐えて生き続ける。いつの日かトラウマに押し潰されるだろうという絶望感と闘いながら、日々耐えて生き続ける。
そのような、リコリスの人生。よくある、リコリスの人生。
先輩も私も、心に傷を抱えている。傷を抱えて、生きている。
先輩と私は、互いの過去を知っている、互いの傷を知っている。
にもかかわらず、先輩は、心の傷が夜中に疼くことを、私に隠している。真夜中にそっと半身を起こし、寝ている私を見つめていることを、話そうとしない。
話そうとしない理由も、わかっている。もう半年も一緒に暮らしているのだ、わかって当然だ。
先輩は、先輩であり続けたいのだ。過去の不幸などとうに乗り越え、平然と任務を遂行する、諸咲支部長に相応しい、強い心を持つ立派な先輩であり続けたいのだ。
実際は、先輩はそれほど強くない。戦闘能力はセカンドリコリスに相応しい強さなのだが、心はそれほど強くない。
6月の任務中、過去の悪夢に蝕まれ正気を失っていた私に、先輩は銃を突きつけながら、一人にしないでと泣き出した。そして任務終了後の雨宿りの時に、私がこれ以上過去の世界に耽溺しないよう、あえて自らの過去を曝け出し、私の心を束縛しようとしていた。
8月の任務中、私の目の前で多数のターゲットを瞬殺した先輩は、しばらくは平気な顔をしていたが、深夜私と抱き合い寝ている最中に、耐え切れなくなり泣き出した。震え泣きながら、私たちは地獄に落ちるのだと悲嘆していた。
先輩の心は、それほど強くない。
支部内の巡回中に、たまに見かける野良猫をかまい過ぎた挙句、本気で噛みつかれ涙目になっている先輩。
私が戯れでフナムシやサワガニを投げつけたり、セミをシャツの中に入れたりするだけで、簡単に泣き出す先輩。
先輩には弱い面があることを、普通の人間と同じく完全ではない事を、私は知っている。
それなのに先輩は、私の前では、強い先輩を演じている。世界にただ一人超然と立つ、優雅な優美な先輩である演技を、いまだ続けている。
この前私は、少しだけ湾曲に、そのことを問いかけたことがある。もう少し自然体でもいいんじゃないですか? と、そのような感じで質問したことがある。たしか私が初めて人を殺した翌日、二人で泣き明かした夜が明けた後の、朝ご飯の時だったと思う。任務の疲れが未だ取れない私たちが何とか用意した、お茶漬けとお漬物だけの、簡素な食事の時だったと思う。
その時先輩は、少しだけ憮然とした表情で、だってそんなの私のキャラじゃないし……といいながら、下宿前の菜園で採れたキュウリで作った浅漬けをポリポリと食べていた。特に気負っているわけでもないし、そういう性分なのよ、と言い訳じみた声で言った後、小さな音を立ててお茶漬けを啜っていた。
まあ、そういうものかもしれない。大人びた外見の先輩は、性格も大人びている風を演じないと、自我の均整がとれないのかもしれない。冷淡で毅然とした見た目の黒髪長髪キャラに似合った性格を、無意識に演じてしまうのかもしれない。
特に負担がなければ、まあそれでもいいんですけど、と私は言いながら、冷たい麦茶を飲んでこの話題を終わらせた覚えがある。先輩が隠そうとしている本当の先輩は、私だけが知っていればいいんですからねと、食べ終えた食器を片付けながら、私は先輩に微笑んだ記憶がある。
お互いに、隠し事はしない。これは6月の雨の日に取り決めた、私たち二人の約束。
外では隠している本当の自分を、二人だけの時は解き放とう、二人で晒し合おうと決めた、あの日の約束。
少し頑固で、意地っ張りな面もある、好奇心旺盛な、本当の私。無邪気で子供じみた面もある、表情と感情がころころと変わる、本当の先輩。あの日以来私たちは、互いの本当の性格を表に出し合い、互いの本当の性格を受け入れ、認め合いながら暮らしている。
互いに隠し事をしないと誓ったにもかかわらず、先輩は、夜中に起きて私を見つめていることを隠している。なんとなく気恥ずかしい、なんとなくキャラが違う、その程度の理由で、私に話せずにいる。
まあ、それは仕方ないのかもしれない。この半年間、どれだけ心を通じあった私と先輩との間でも、いまだしっかりと聞けない話がひとつだけあるのと同じく、先輩もひとつくらいは隠し事を持っていてもいいのかもしれない。ただ恥ずかしい、ただ言いそびれている、その程度の因から発した隠し事なのだ。私と比べれば、可愛いものだ。
そう、私の隠し事と比べれば、些細なことだ。
私も、ひとつだけ、先輩に隠していることがある。
8月のあの日、初めて人を殺した夜から、隠していることがある。
あの夜以来、私は、電波塔が見え続けているのだ。