しばらくの間、後悔の念に苛まれていた私だが、家の外から聞こえる声に反応し、すぐさま我に返る。
玄関の向こうから聞こえる、人の声。おそらくは近所の住人たちが、路上に集まってきたのだろう。
猟銃の発砲音が何回も鳴り響いていたのだ、気になって当然だ。銃の知識に疎いこの国の市民たち、銃声など直接聞いたことの無い大多数の市民たちでも、これが危険な音だと本能でわかるのだろう。
そろそろ撤収の頃合いだが、その前にしなければならないことがある。この家に潜入したとき、念のため玄関を施錠してよかったなと思いながら、私は手に持った散弾銃をリビングのソファーに放り投げる。
8月の任務とは違い、今回の任務は、撤収前にリコリスが介入した痕跡をある程度消さなければならない。
私たちの任務は、世間に知られてはいけない仕事である。それゆえに、任務終了後には何らかの隠蔽工作が必要となる。先月、私がヤクザたちを殺した時は、裏社会への警告を込めるため、DAが介入した痕跡を残したまま撤収したが、それはリコリスの任務としては稀なケースなのだ。
隠蔽工作方法は、大きく分けて二つある。ひとつは清掃班と呼ばれる隠蔽専門部隊に、任務終了後の現場の完全清掃をおまかせする方法。もうひとつは、任務を終えたリコリスが、自らの手で状況証拠を消して帰る方法である。
私たちリコリスにとって、楽なのはひとつ目の清掃班がすべて掃除してくれるケースだ。どれほど現場に戦いの痕跡を残そうと、どれだけ現場に血痕肉片を増やそうと、清掃班の手にかかればすぐさま事件前の状態に戻してくれるのだ。
しかし、清掃班の出動は、少なくとも三日前から計画された任務でないと難しいらしい。事件処理の場合は清掃班内部で事前の下見が必要だとか、現場に向かわせる人員編成や特殊機材の調達に時間がかかるからとか、いろいろな理由で、突発で決まった任務には出てくれないという。
リコリスの任務は、今回の弐豊町の事件のように、突発で始まることが多い。そのため任務後の隠蔽工作は、ふたつ目のケース、すなわち自分たちで状況証拠を消し去る、あるいは状況証拠を残さないという方法が基本となる。人の命を消し去った後で、証拠も消し去らなければならない、面倒で大変だ、現場へのしわ寄せというやつだ。
証拠を残さない殺しは、私たち本部リコリスよりも、分校リコリスの方が一枚も二枚も上手だ。彼女たちは複数でフォーメーションを組み、ターゲットを背後から暗殺し、死体も証拠も残さず撤収する。幼少時の選抜から落とされ、巡回と暗殺のみの簡易カリキュラムを教えられ育てられた、頭数だけ多い二線級リコリスである分校卒だが、それでも彼女たちは、分校で教えられた内容を最大限に活かし、さらに配置先の支部で先輩たちから実戦の真髄を学びながら、現場での経験を数多く積み重ねることによって、私たち本部卒では真似できないような、手品や魔法もかくやの暗殺を可能にしている。大都市の人混みの中、多数の視線が交錯する路上の上で、ターゲットの人体が痕跡一つ残さず消滅するという鉄槌イリュージョン。駅のホーム上、電車が通過するわずか数秒の死角を突いてターゲットを拉致処分する、ミステリー小説のような芸術的謀殺。殺害役、隠蔽役、視線誘導役、それぞれが完璧に役割をこなし、状況証拠どころか殺害があったということすら気付かせない、平和なこの国に相応しい、完璧な異分子削除。彼女たち分校卒から見れば、私たち本部卒は、力任せの殺害しかできない無粋なリコリス、稀にしかない正面戦闘の時しか役に立たない、非常時にしか輝かない穀潰しに見えているのかもしれない。
いや、本部卒だって、やろうと思えばあなたたちと同じことくらいはできますよ、と私は反論したい。本部卒リコリスは、あなたたちのように一人の敵を束になって処分しに行かないから、ひとりで複数の敵を殺すのが基本だから、結果として隠蔽とか杜撰になってしまうんですよ、と私は反論したい。声を大にして反論したい。
反論したいが、今のこの部屋の汚し様を見ると、その声も小さくなる。暗殺主体の分校リコリスならば、このような派手な殺し方はしないだろう。このような派手な痕跡は残さないだろう。
しかしまあ、これも想定の内である。今回の任務は、あまりに突発的かつ遠い他支部内で起きた事件のため、DA本部も名古屋支部も完全隠蔽は最初から諦めているようだ。それゆえか私のスマホに送られてきた命令書にも、痕跡消去はできる範囲内でいいという旨の内容が、湾曲な表現で書かれている。DA本部も今件は、殺人事件としてある程度衆目に晒されるのは仕方がないと考えているようだ。
とはいえ殺人事件と言っても、その事件性によってメディアの騒ぎ方は大きく異なる、国民の動揺具合は大いに異なる。私が今回背負わされた隠蔽工作は、この事件をなるべく衝撃的ではない事件に偽装することなのだ。
そのために、私は自分の拳銃を使用した射殺を、最初の一人に留めた。あとの二人は、近所中に発砲音が響くというリスクを承知の上で、殺した死体から奪った猟銃で撃ち殺したのだ。
外から聞こえる近所の住人たちの声が、次第に大きくなる。どうやら路上に集まっている人々の数が増えてきたようだ。私は急いで床に落ちているグロックの薬莢を拾う。
サッシェルバッグからバタフライナイフを取り出し、壁にめり込んだハイドロショック弾を抉りだす。私の
ヘッドスタンプのない製造先不明の薬莢と、フェデラルのハイドラショック弾頭より洗練された、製造元不明の特殊弾頭。鑑識が必ず目を付けるであろう二つの遺留品、警察にDAの介入を知らせる格好の証拠を、今回はきちんと回収しポケットに入れると、私はソファーに投げ捨てた猟銃を再び手にする。
この猟銃の持ち主、今は頭を撃たれて横たわるチンピラのズボンのポケットからこぼれ落ちている装弾を3発拾うと、猟銃を逆さまにして装填する。チューブラーマガジンに2発、薬室に1発のフル装填だ。
ドアチャイムの電子音が、静かなリビング中に突然鳴り響いた。門前に集まっていた近所の人々が、玄関前まで来たらしい。
どうしたんですか、今の音、何かあったんですか。扉を通して、心配そうな住人たちの声が聞こえる。私はその声を無視して、散弾が込められた猟銃を再び構える。
狙いは、私が最初に撃ち殺した男の死体、私がグロックで撃ち殺した、チンピラの死体。
仰向けになって床に横たわるチンピラの死体の前に立ち、猟銃をほぼ真下に向けて構える。狙いは死体の顔面、銃口が鼻先に当たるほどの至近距離。
この距離ならば、どのような姿勢で撃っても外しようがない、私は気負いもなく、無造作に、素早く、三回、引き金を引く。三発の散弾の連続発射。発射の反動を利用し、先台を往復させ発射速度を増す、スライドアクション銃ならではの裏技。短時間に数発の散弾を敵に撃ち込む、完全殺害用の荒技。三重に響く発射薬の轟音が、リビング中を走る。四方の壁が震え、何重もの鋭い反響音を掻き鳴らす。
一発の拳銃弾によって後頭部を砕かれた死体。上手く口腔内に着弾したため、前方からは目に見える傷は何一つない死顔が、散弾によって四散する。丸い散弾の粒の一つ一つが、鋭利な刃物と化したかのように顔を切り裂き、細かい肉片を大量に宙にまき散らす。舌の断片、唇の断片、頬肉の断片、歯の断片、鼻の断片、頭骨の断片、眼球の断片、前頭葉の断片、多種多様な断片は共に吹き出る血と混ざり、鮮紅の花片となって宙を舞う。
立て続けに3発もの散弾を頭部に浴びた死体が、踊るように跳ねる。このまま起き上がり、私に襲いかかるかのような動きだ。この死体は実際、私に襲いかかりたいのだろう。死してもなお、遺体に銃弾を浴びせ顔面を叩き砕いている私、死者の尊厳を全く無視した私の蛮行に、怒り心頭なのだろう、頭にきているのだろう。もっともこの死体は、怒りが達する先の頭が、三発の散弾によって行き場のないほどに砕かれているのだが。
近くの床に座っていた、この家の奥様の体が、静かに崩れ落ちる。どうやら気絶したらしい。立て続けに鳴り響く銃声に、ついに心が潰れたようだ。悲劇に続く惨劇に、精神が削り減った末の気絶、次に彼女の目が覚めるのは、病院のベッドの上だろう。
この世の修羅場を嫌という程味わい、やっと気絶できた奥様。時間はかかったが、それでも最後に気絶できたのは、まだ良かったのだろう。私が最後に三発の散弾で作り出した、この部屋の惨状を見ることなく意識を手放したのだ。散弾を浴びて死んだ死体、散弾によって周囲にまき散らされた血泥で染められたリビングルームを、見なくて済んだのだ。
気絶する方が幸せだ、そう思えるほど、この部屋の血の滴り具合は酷かった。三流のスプラッター映画でも、セット内にここまでは血のりを振り撒かないだろう、振り撒いたら最後、セットに現実感がないと監督は大道具係に注意するだろう。それほどまでに酷い、血まみれの部屋。
壁や天井、床や絨毯すべてが、センスの良い淡い色で構成されていたことも、惨劇度合いを向上させる一因となっている。白い壁に、血の色が映えるのだ、淡色の絨毯に、血の色が目立つのだ。この家を建て、家具を調度したこの家の旦那様は、さぞかし私のことを恨んでいるだろう。殺されたチンピラ以上に、怒っていることだろう。
しかし、やってしまったことは仕方ない、仕出かしてしまったことは仕方ない。私が悪いんじゃないです、散弾銃なんて武器を持参したチンピラどもが悪いんですと、私は天国に行ってしまっただろうこの家のご主人に謝りながら、撤収前の偽装工作を続ける。最後に殺したチンピラの死体、壁際に背中を付けるようにして横たわる死体に、まだ銃身が熱い猟銃を抱え込むように持たせる。引き金に指を乗せ、銃口を自分の顔に向け、いかにも銃を自分の顔面に向けて撃ったかのような感じに仕立て上げる。
先ほど私が死体に三発の散弾を打ち込んだのは、別に猟奇趣味だからというわけでもない。私は単なる少女だ、ただの田舎リコリスだ、そのような悪癖など持っていない、絶対に。
すでに玄関の外に、不審に思う住民たちが集まっている最中に、あえて散弾で死体の頭部を破壊した理由は、ふたつある。ひとつは証拠隠滅のため、もうひとつは事件をこの部屋で完結させるためだ。
最初に殺したチンピラは、散弾ではなく拳銃弾が貫通した穴が開いている。たとえ銃弾と薬莢を回収したとしても、この貫通孔を残して立ち去ってしまえば、鑑識は猟銃以外の武器の存在を即座に見破るだろう。この部屋に、拳銃を持った第三者がいたということを見破るだろう。拳銃を持った銃撃犯は依然逃走中、警察はそう考えるはずだ。
しかし、死体の創傷が全て散弾によるものならば、事件は解決する。拳銃によってできた頭の穴を、散弾の連射によって消してしまえば、事件の謎はすべて消える。悲劇ではあるが不詳のない事件の全貌に、警察は追及の手を引き、市民は胸をなでおろすはずだ。
この家に乗り込んできた三人のチンピラは、この家のご主人を撃ち殺した後、仲間内で口論になったみたいなんですよ。そのうち一人がお仲間のチンピラ二人を散弾で射殺、撃ったチンピラも後悔の念から猟銃で自殺したそうです。怖い話ですね。亡くなったご主人はお気の毒ですが、犯人たちが勝手に全滅してよかったですね。これで世の中の平和は戻りました。今夜も安らかに寝られますね。
多少無理はある。いや、かなり無理はあるが、これで事件は解決する。この部屋の中で、この事件は完結する。猟銃を手にした長時間の立て籠もり、猟銃を手に住宅街を逃走、そのような大事件になることもなく終わったことに世間は安堵しつつ、静かに事件は終息する。
どれほど無理があろうと、メディアはそのように発表する。些細な事件として発表する。そして市民たちは信じる。この国は些細な事件しか起こらない、平和な国だと信じ続ける。
無論、警察も馬鹿ではない。鑑識も無能ではない。
この国の鑑識は、優秀だ。おそらく世界トップレベルだろう。私がでっち上げた雑なシナリオなど、状況証拠から簡単に見破るだろう。たとえ指紋を消して侵入しても、たとえ拳銃の射創孔を散弾で上書きしても、床のゲソ痕や壁の傷、猟銃の推定発射距離から、第三者がこの部屋にいたことを簡単に割り出すだろう。
この国の警察も、優秀だ。平和社会ゆえの危機意識の欠如はあるが、それでも傑出した人材は揃っている、使命に燃える人材は集まっている。彼らは現場到着後すぐに周辺の地取りを行うだろう。地道に集めた証言をもとに、第三者がこの場に来たことを即座に割り出すだろう。
しかし、彼らにできるのはそこまでだ、DAの手はメディアだけではなく、警察上層部にも伸びている。現場がどれだけ証拠を集めようと、トップはこの事件を無難な事件として無理やり収めるだろう。私の雑な隠蔽に騙されるふりをし、DAが上層部の耳元で囁いたシナリオを採択するだろう。事件は解決、捜査本部は解散、納得いかない帳場員や応援たちには多めの特勤手当。これで事件は円満に終結するはずだ。
私が今おこなった証拠隠滅は、いわば言い訳。隠蔽工作がなされていたから真実にたどり着けなかったと、警察が自分で自分を騙すための言い訳のネタなのだ。だからどれほど杜撰でも、話の筋さえ通っていればそれでよいのだ。
警察に言い訳を与えるためだけの偽装工作、証拠隠滅。まあ、雑と言えば雑である。証拠一つ残さない、完璧な暗殺をモットーとする分校リコリスどもの嘲り笑いが聞こえてくるような気がする。なんか悔しい。
しかし今件については、雑でも仕方がないと思う。何度でもいうが、今回の事件は他支部内で発生しているのだ、遠い場所で起こった事件なのだ。事前準備もできなかっただけではなく、到着時には既に死者が出ていたという、あまりに後手過ぎる対応。常に事件発生前から先手を打ち、完璧な隠匿シナリオを描き出すDAには珍しく、隠蔽方法と事件偽装の筋書きは自分で考えてねという趣旨の一文が添えられていた、あまりに現場任せの対応。悪いのは私じゃない、DAだ、空港島支部だ。
しかし、そのような愚痴も、床に倒れているこの家のご夫婦の姿を見ると霧消する。ご主人の生命を守れなかったのは、私だ。この家の幸せを守れなかったのは、私だ。後悔の念、あまりに強い悔恨の想いが、私の胸に湧き上がる。
本来なら、隠蔽工作を確実なものにするため、気を失い倒れている奥様の頭部を蹴り、今見たことを忘れさせなければならない。側頭部にある顛経十一門のうちの心丁という景穴を、銃床か靴先で軽く叩き、脳を揺らすことによって記憶障害を引き起こす危険な技。危険な技ではあるが、頭のこの部分に衝撃を与え気絶させれば、目覚めた時には気絶前の半時間ほどの記憶が消滅あるいは混濁しているという便利な技。リコリスの殺害現場を間近で見てしまった一般人には必ずしなくてはならない処置ではあるが、今の私には、それを行う気にはなれなかった。
愛する者の死、幸せな日常の消滅、人生の悲劇に翻弄され、見たくもない惨劇を鑑賞した挙句に、ようやく意識を手放した彼女。そのような哀れな女性に、これ以上の追い打ちはできなかった。弱々しく横たわる彼女の頭部を、追い打ちをするかのように防爆板入りの靴先で蹴りつけることなど、私にはできなかった。
チンピラの死体には、追い打ちで散弾の雨を降らせたというのに、気絶している人間に蹴りひとつ入れられないのか、と私は苦笑する。私もまだまだリコリスになり切れていない、少女的な感情は残っているらしい。普通の少女のような、まともな人間のような感情は消えていないらしい。
ドアチャイムの音が、数度鳴り響く。高く鋭く鳴り響く。何があったんですか! 開けてください! 近所の人々の大声が聞こえる。施錠されたドアを外から叩く音、ドアノブを何度も回す音が聞こえる。
そろそろ潮時のようだ。いつまで経っても正面玄関が開かないことに不審に思った住人たちは、今に庭に乗り込んでくるだろう、窓越しにリビング内を見に来るだろう。
近所の住人が玄関先まで押し寄せて来ていたので、この奥様への処置をする時間はありませんでした。記憶を混濁させる蹴りを放つ時間はありませんでした。うん、良い言い訳だ。DAにはそう報告しよう。私はこの腰が落ち着かない状況下を、逆に感謝する。
目撃者が数人程度残っていたとしても、DAはそれほど目くじらを立てたりはしない。個人が発信できる情報など、国内の情報通信網を支配しているDAの手にかかれば簡単に消去できるからだ。ネットやメディアから黙殺された目撃者が、最後の手段として街宣やビラ撒きなどで喧伝したとしても、世間はその言い分を無視するだろう。この国の人々は、賢いのだ。繁栄する社会と安全な生活、それを守るには、何から目を逸らせばいいのか、直感的に理解しているのだ。
だからDAは、ある程度の目撃者は特に気にしてはいない。ただ、私の任務評価が少し下がるだけだ。
DAからの評価などあまり気にしていない私は、そのまま
ひとつ忘れていた。大事なことをひとつ忘れていた。玄関から聞こえる音に、少しだけ浮足立っていたらしい。私もまだまだ経験不足だ。未だ新人だ。
私はポケットからスマホを取り出すと、リビング内の光景を撮影する。部屋の全景、4人の死体、壁や床の状態、思いつくままに十数枚ほど、報告用の写真を撮る。
任務後に提出する電子報告書に添付する写真は、多いほど良い。事件の概要、隠蔽工作の手際、単純な事件への偽装、報告書の文面だけでは伝えきれない多くの情報を、添えられた写真たちが代わりに語ってくれるのだ。
写真を撮っている間、私はげんなりとする。
カメラのレンズを通すことによって、第三者的な視線になるらしい。スマホの画面に映る写真の数々は、この部屋の惨状を、現実よりも生々しく切り取り、公平な立場で私の眼前に突きつけているように感じられたのだ。
凄くヒドい。凄くグロい。凄くコワい。
真っ赤な室内。飛び散った肉や骨、壊れ砕けた頭部。
私はこの時、散弾の威力というのをはじめて思い知った。散弾が開ける傷口の酷さ、散弾がまき散らす血肉の飛散距離を知った。候補生時代、死体を的にした射撃訓練は幾度も経験していたが、その時使用した弾丸は一般的な拳銃弾ばかりで、散弾を人体に打ち込んだことなど、今まで一度もなかったのだ。
隠蔽のためとはいえ、明らかにやりすぎた。冷静になってみると、ここまでしなければならなかったのかという疑問が浮かぶ。
報告書には、どう書こうか。
散弾のせいなんです! と書きたいが、書けない。公的に残る報告書に、そんなこと書けない。
任務終了直後に送る一次報告書になら書いてもいいだろうか。いや、ダメだ。あれも記録に残る。
言い訳は、できない。この惨状は、私のミスだ。
しかたない、やったことをそのまま書いて、そのまま送ろう。一次報告書も最終報告書も、ありのままを書こう。
しかし、ありのままを書くと、DAからの返事が怖い。
なんでここまでしたの? ひどすぎるよ! なんて返信が一次報告書提出後に届いたら、私は立ち直れないだろう。帰りの電車内で、泣いてしまうだろう。
まあ、DAは大人だ、大人たちの組織だ。いくらなんでもそこまでストレートには書かないだろう。それっぽいことは書くかもしれないが、そこは目を背けよう。私が悪いんじゃない。悪いのは空港島支部だ、悪いのは散弾だ、悪いのはチンピラたちだ。
庭先から聞こえた足音に、報告書の書き方に悩んでいた私の意識が現実に戻る。少しの間とは言え、心が任務以外に向いていた。今回は、細かい失態が多い。
足音を立てない特殊な走法で、リビングから裏口へと走る。DAから私のスマホに送られていた、この家の間取りと近所の地図は、現場に来る途中の電車内ですべて頭に入れている。
裏口から外に出た私は、塀を飛び越え隣家の裏庭に入る。家々の裏庭を伝い住宅街を出た私は、誰にも見られることなく私鉄の弐豊駅まで無事戻り、ちょうど来た下り電車に乗る。
夕方前のこの路線は、乗車客は少ない。ところどころ返り血を浴びた姿の私を、気にする人はいない。もっとも、気が付いていても、ほとんどの国民は、気が付いていないふりをしてくれるのだろうが。
途中の春川駅で電車を降りた私は、単線である智多新線に乗り換えるため、隣のホームに移動する。一時間に二本しか来ない電車を待つ間、私は春川駅のホームのベンチに座り、一次報告書を書く。
一次報告書は、現場を離脱後すぐに提出しなければならない。私は誰もいないホームで、スマホ片手に文章を打ち込む。
報告書の書き方は、候補生時代の座学で完璧に学んでいる。特に難しいことではない、暗記しているテンプレ文章に、現場で起こった事柄を差し込んでいけばいいだけだ。私は黙々と、事件を文字に変換する。
夕方も近い、午後の田舎駅。雨除け屋根の上には、青々とした空。まだまだ濃厚な夏の色だが、どことなく秋の気配も漂う、9月の空。
智多新線の止まる乗降場は島型のプラットホームなので、吹き込んでくる風が心地よい。先ほどまでいた赤色の惨状とはうって変わった、青色の静かな空の下で、私は報告書を書き終える。任務後の室内の状況を写した画像も全て添付し、内容を再度見直すと、私はわずかにうなずきながら、送信ボタンをタップする。
ベンチの背もたれに体をあずけるかのような姿勢で座り、内箕行きの電車を待つ。任務が終わり、気持ちが緩んできたようだ。私は何をするでもなくただぼんやりと空を見る。
大きな大きな空の下、春川駅ホームの遠くに見える、大きな発電所の大きな煙突の横に、同じくらいの高さの電波塔が立っていることに気が付き、私は苦笑する。
これから先、私は常に電波塔の幻影を見続けるのだろうか。
これから後、私は常に電波塔と供に歩み続けるのだろうか。
まあ、それでもいいか、と私は思う。
私を見守っているのか、私を糾弾しているのかはわからないが、付いてきたいというのならば付いてきてかまわない。ともに11年前の悲劇を味わった仲だ。いずれは仲良くなれるだろう、いまに気持ちも通じるだろう。
リコリスである私は、たぶん長生きはできない。おそらくは短い付き合いになると思うが、まあよろしくな。
夏の空気によって、全身を薄い青色で染め上げた電波塔に、私はそう語りかけようとしたが、その言葉は手に持っていたスマートフォンの振動によって打ち消された。
DAからの返信だ。あまり見たくはないが、手が勝手に動き、目が勝手に文字を追う。
―状況は確認した。事件の偽装も、仲間割れの末の同士討ちという線で進める。弐豊町内に警察車両が集合し始めているので、早めに撤収するように。詳細な報告書は、帰還後に提出すること― 本部の大人たちによる、事務的な文章に、私は安堵する。
気を緩めながら、返信を読み進める私。その目が、最後の一文で止まる。
―追伸、なんでここまでしたの? ひどすぎるよ!
春川駅から内箕に向かう帰りの電車、誰もいない静かな車内で、私は泣いた。
私は悪くないと叫びながら、泣いた。