はるか太平洋へと続く伊勢湾の出口、伊良湖水道。地図で見ると大きく開かれているように見えるこの水路は、実は国内有数の難所だ。
美しい姿を見せる伊勢湾の境界線には、内海と世界を遮るかのように、海中で槍衾のように列を並べる暗礁が数多く存在している。暗礁、船の脆弱な下腹を食い破る、天然の機雷源。今でも伊勢湾に出入りする船は、速度を落とし細心の注意を払い、伊良湖水道航路を通行している。
逃走なのか迷走なのか区別がつかないほどに攪乱した密輸船。上陸した密輸組織の男たちの死体をそのままに、依浦港で降ろすはずのバラ積み貨物もそのままに、浮標も管制信号も、海上交通の基本である右側通行すらも無視するかのように逃走する密輸船は、その報いとして、伊良湖水道の端で待ち構えていた海中の牙に船底を食い破られてしまう。
この密輸船は、なぜこのような杜撰な操船をしていたのか。後日私たちが知った情報によると、どうやらこの船は、私たちとは別の組織に追われていた最中だったらしい。
6月の新近城作戦に引き続き、今回の私たちの任務にも協力してくれることになった、謎の組織。私は出会ったこともないが、この組織は、かつてはDAと仲が悪かったという。そしてその仲の悪さが、延空木占拠事件時に何かしらのトラブルを招いたようだ。当時も今もただのモブである私は、あの事件の全貌はよく知らされていないが、事件後にトップ同士による話し合いの場が持たれたというウワサからすると、仲の悪さからくる作戦指導権の奪い合いとか、相互連絡の不徹底が災いし、何らかの一触即発状態に陥ったんじゃないかなと推測している。
延空木占拠事件の情報は、半年たった今でも、私や風待先輩の耳にはなかなか入ってこない。作戦に参加した本部附の精鋭リコリスが、一人でもモブリコ寿司に訪れさえすれば、話し上手の風待先輩がいろいろ聞き出してくれるのだろうけど、今年度のモブリコ寿司はまだ開店2カ月目ということもあり、いまだ本部からのお客さんはいない。まあ関東から見れば、マイナーな場所ですからね諸咲は。
あの時、延空木で何が起こったのかは、当時からいろいろウワサの的になっていた。当時リコリス候補生として本部にいた私も、事件の顛末について人並の興味はあったのだが、自分の交友関係の狭さと話下手が災いし、訓練教導員として私の身近にいた本部附リコリス、DA最精鋭部隊として、まさに事件の最前線に立ったリコリスたちが周囲にいたにもかかわらず、その誰からも話を聞くことができなかった。
正確に言えば、気軽に語りかけることができた本部附リコリスは二人いた。実技の成績があまりに酷く分校落ち寸前になっていた私を、その真面目さと優しさから、見るに見かねて時間外に追加指導を何度もしてくれた結果、いつの間にか私の個別指導教師のような存在になってしまっていたファーストリコリスと、そのバディのセカンドリコリス。延空木占拠事件時も、チームリーダーとその副官として活躍したという優秀なリコリスであるこのお二人にだけは、私はいつも気軽にお話しし、悩みや相談事をよく打ち明けていた。
今にして思えば、すがりつくものを拒めない、頼られては断れないという、お二人の心根の優しさに甘えていただけの仲だったと思う。しかし、当時話し相手が少なかった私は、延空木占拠事件の真実を知ることができる唯一のツテであるお二人に、話を聞きに行ったことがある。それは確か事件直後、いまだDA内に興奮の余韻が漂っていた頃だった。
寡黙で口が重いファーストリコリスの教導員は、何も教えてくれなかった。ただの好奇心で聞いた私に、軽くだが頭を下げ、すまねえが話せないんだ、と一言だけ語った先輩。サード候補生の私にわざわざ頭を下げてまで語ってくれたその一言が、先輩の誠実さと、任務の壮絶さを表しているかのようで、私はこれ以上問いかけることはできなかった。
饒舌で口が軽いセカンドリコリスの教導員は、その場にいなかった。大怪我をして病院送りになっていたのだ。怪我の具合も心配だが、事件の真相についても知りたかった私は、卒業前の慌ただしい時間を割いて、その先輩のいる病院にお見舞いに行った。感激する先輩の感謝の言葉と、興奮しすぎてよくわからない武勇伝をひとしきり拝聴した後、私は当時DA内で緘口令が敷かれているかのように情報が閉ざされている、延空木で起きた事件の顛末と真島の最期について、勇気を振り絞って尋ねたものだ。
病床に横たわるセカンドリコリスの教導員は、私の問いにただ一言、いや途中から撃たれて気絶していたからわかんないっす、とだけ話してくれた。つかえねえなサクラ先輩。
そういうわけで、私はDAと対立していた組織について、全く情報は持っていない。どのような編成、どのような装備、どのような集団か、全くわかっていないのだ。
いまだ全容のつかめない謎の組織。ただ、その組織はかなり優秀な装備を持っているらしい。6月の新近城作戦に引き続き、先月の任務でも、この謎の組織から派遣されたエージェントは大型の水上バイクにまたがり、私たちDAでは手の届かない海上での任務をサポートしてくれていたからだ。特に先月は、ただ近城西橋の下で待機していた6月の時とは違い、実際に水上バイクを駆り、自らの任務を遂行しているのだ。
その組織から差遣された協力者は、6月と8月ともに二名。おそらくどちらの月も同じバディが派遣されたのだろう。もしかしたら、県内のどこかに常駐しているのかもしれない。装備も毎回同じだったようなので、もしかしたら海上戦専門の二人組かもしれない。だとしたら、どこかの港町に常住しているのかもしれない。
8月の夏の夜、私たちが浜辺でヤクザや密輸組織と戦っている最中、彼ら二人が乗る黒い水上バイクは、三河湾に浮かぶ密輸船に密かに接近した。黒色で塗られた水上バイクと、黒づくめのダイビングスーツに黒色のヘルメットを被った姿は夜の海と同化し、バイクの白い航跡はその巧みな運転により、海上に生える白波に紛れ込まることで一切の気配を消す。特殊小型船舶の操縦を極めた二人組は、エンジンの音を絞りつつ密輸船の真下へと向かう。
しかし、彼ら二人がプロならば、密輸船の船員たちもプロだった。多額の金で買収され、今回のような他国の沿岸部での停船を何度も繰り返していたのだろう。危険を伴う長時間の違法な停船、いつ現れるかわからない
特殊な電波吸収塗料で塗られた
そして、密輸船の船長もプロだった。たった二台の水上バイクだが、その隠密性と積極性から、彼らを脅威と判断、すぐさま逃走に移っている。どうやら船長は、この水上バイクを、海保の特殊部隊と思っていたようだ。海保であるならば、この水上バイクはただの足止め役、速く逃げないと、後続部隊によって包囲される、別動隊によって伊良湖水道航路が封鎖される、そんな感じに誤解したのだろう。浜辺に上陸した仲間を見捨てての逃走。おそらく船と密輸組織との間に、沿岸警備隊に襲われるといった非常時は、船長判断で撤退してもいいという取り決めでもあったのだろう。逃走時に汽笛を鳴らしたのは、別れの合図みたいなものだったのだろう。
とはいえ、たとえ決断は早くても、船は急には走れない。機関員たちがディーゼルエンジンの大出力を速力に変えるのに四苦八苦している間に、水上バイクに乗った二人は、
それからの船上は、戦場になったという。戦場と言っても、銃を持たない船員たちと、銃は使わなかったという男二人の戦い、その騒動は一昔前の香港映画のような、格闘主体の乱闘だったらしい。
銃器や爆薬を使わない、体ひとつでの闘い。船体には影響はないが、それでも乱戦の最中にまともな操船などできるはずもない。さらに最初は甲板上で繰り広げられていた争いの舞台は、やがて船橋へと移動したという。この船を操船する重要な場所で突如開催される、侵入者と船員たちとの肉体派バトルアクション。飛び交う怒号と航海備品。狭い船橋内を駆け回り吹き飛ばされる船員たち。その真横で、たまに乱戦に巻き込まれながらも、必死に船を指揮する船長と、必死に船を動かす操舵手。本人たちは必死だったんだろうけど、はたから見るとただのギャグにしか見えなかったんだろうなと思う。
船橋の大騒動が形に現れたかのような迷走経路。お前ら全員出て行けと叫び続けながら操船を続ける、船長と操舵手による必死の努力の甲斐もなく、船は伊良湖水道を出る直前で、運なく暗礁に乗り上げてしまった。残念だったね、本当に。
伊良湖水道西部、歌島よりわずか数百メートル先で座礁した密輸船の姿は、歌島灯台の明かりによって昼間のように照らし出される。傾斜の激しさから、負傷者が発生している危険があると判断した歌島の漁師たちは、海保到着前に自分たちができることはないかと考えた結果、独自に救助隊を結成することを決意する。歌島の島民たちも、負傷者の島内救護体制を整えるため立ちあがる。善意と勇気に満ちた人々の意思が音になったかのように、この夜歌島は突如として喧騒に包まれた。
私たち諸咲支部の分支部である歌島支部。そこに4年も暮らしているリコリス、メカブ子さんとモズク子さんも、歌島の島民たちと共に立ちあがった。この日は、夕方から夜遅くまで二人ババ抜きという、わけの分からないゲームで暇をつぶしていたメカブ子さんとモズク子さん。ヒマつぶしで始めたはずが、あまりに白熱したゲームになったため、つい夜更かしをしてしまっていたそうだが、そのおかげで事故発生直後から即座に行動できたという。というか、わたしが初めての人殺しに苦しんでいた最中に、この二人は何やっていたんだ。
諸咲に緊急事態が発生した時にすぐ駆けつけることができるよう、歌島分支部には私たちの任務内容を毎回きちんと伝えている。面倒ではあるが、今回はそれが功を奏したようだ。島の防災無線のスピーカーから聞こえてきた、航路を外れた輸送船が座礁したという一報を、メカブ子さんとモズク子さんは私たちの任務ときちんと関連付けてくれたのだ。
制服に着替え、フル装備をまとう歌島の二人。身支度を整えた彼女たちは、島内の屋代神社に祀られている、歌島の守護神である綿津見命と、室内の和箪笥の上に置かれている、歌島リコリスの守護神であるこけしさんに向け、それぞれ片膝をついて一礼、任務の成功と歌島の弥栄を祈願した後、照吉万歳と唱え住み家を出る。地元愛の深い歌島支部の二人、彼女たちもまた島民の一員であった、歌島の一部であった。だからさ、本当に誰なの照吉って。
港での交渉の結果、座礁船に向け出港する漁船たちの第一陣に乗せてもらえたメカブ子さんとモズク子さん。どちらも交渉上手には見えないが、この緊急時にリコリスが制服姿で出てくることの意味を、島民たちはうすうす理解していたことと、二人が座礁した外国船の通訳ができるということが決め手となり、特別に先頭の船に乗せてくれたようだ。多言語話者である私たち本部卒リコリスほどではないが、分校リコリスも日常会話程度なら数か国の言葉を話すことができる。今回私たちが相手をした密輸組織と密輸船の母国が、ちょうど彼女たちが話せる言語の国だったのは幸いだった。
歌島近海は、暗礁が多い。しかし漁船の船長は、伊勢の海のプロである。深夜の黒い海の底を見透かしているかのような巧みな操船で、漁船は座礁中の密輸船に接舷する。
たすけはいりませんか? とメガホンで問うメカブ子さんからの返事は、何でもいい! 誰か助けてくれ! という悲鳴と一本の縄梯子だった。
船上で何かあったようです、私たちの合図があるまでは上ってこないで下さいと、漁船の船員たちに注意してから縄梯子を登る歌島の二人。甲板の上に立った二人が見たものは、いまだ続く乱闘風景だったという。
最初は呆然としていた二人だったが、しばらくして我に返ると、黒いダイビングスーツの男二人の側に加勢したという。メカブ子さんもモズク子さんも、船員たちが密輸組織の手先だということは諸咲からの連絡で知っていたし、なにより黒い姿の二人から、自分たちと組織と同じような気配と匂いを感じたから、ためらうことなく男たちを助けに行ったと後に語っている。
数を頼む船員たちによって不利になっていた男二人組が、突如加わった最強歌島リコリスの助力によって大逆転。真の力を開放したメカブモズクの華麗な大活躍、群がる船員たちをちぎっては投げちぎっては投げの大活劇だったと二人の報告書には書かれていたが、たぶん真実ではないだろう。本人たちがそう思っているだけで、実際はあまり戦況に寄与していないはずだ。混乱する甲板や船内を、ただわちゃわちゃと騒ぎながら走りまくっていた。彼女たちのキャラからして、まあその程度だろう。
とはいえ、先に乗り込んでいた二人組の男と、協力し合っていたことは確かなようだ。その時の騒動が書かれた連絡メールを精読すると、黒づくめの男たちは歌島リコリスの二人に、倒した船員たちの対処を依頼したらしい。倒れて気絶している船員の一次救護、倒してまだ元気な船員の拘束を短い言葉で伝えた彼らは、自分たちの持つ拘束ワイヤー射出器はもうカートリッジが空なので、もしもの時は君たちの射出器を使わせてほしいとも言っていたらしい。
その後に、メカブ子さんとモズク子さんが自分の拘束ワイヤー射出器を彼らに渡したかは、二人の報告書や定時連絡には書かれていない。DAの備品を、他人に触らせることは絶対禁止である。故に書けないのだろう。だから書いていないということは、実際に貸していたのかもしれない。
しかし、問題はそこではない。問題は、彼ら二人がなぜ、DAと同じ装備を持っていたかということだ。彼らの所属する組織は、私たちの組織とよほど近い位置にある存在なのだろうか。メカブ子さんもモズク子さんも、そしてDAも特に気にしていないようだが、私にはそれがすごく気にかかる。
ともあれこの4人の活躍で、密輸船は無事に制圧されたようだ。男二人は、船橋で
私や風待先輩のような本部卒リコリスならば、ここで彼らの正体を暴くべく、世間話に見せかけて色々と探りを入れるのだが、根がのんびり屋の彼女二人は、謎の男二人相手に本当に無駄話をしていたようだ。歌島の風景の美しさ、四季の海産物の美味しさ、そして長閑な島の生活。拘束された船員たちが横たわる船橋で、メカブ子さんとモズク子さんは、そのような悠長なお話を、黒いダイビングスーツと黒いフルヘルメット姿の男二人に語っていたという。
話のほとんどは、歌島リコリスたちの日常の話だったが、男たちもまた、彼女たちの無駄話につられるかのように、ほんの少しだけ自分たちの日常を話してくれたようだ。
といっても、彼らの正体を暴くほどの情報はない。この男たちもまた、歌島リコリスたちと同じように海辺の町で暮らし、日々美味しいものを食べているといった程度の話。海の幸以外にも、住居近くの家庭菜園からいただいている野菜が美味しくて、お礼に周辺の草むしりをしているのだが、その姿を近くに住んでいる女二人が物陰から覗いてくるのが恥ずかしいなどという、他愛もないお話。こんな程度の話題からでは、彼らが何者なのか全くわからない。わかるのは、彼らの住居近辺には、救いようのない痴女が二人もいるということ程度だ。
ヘルメットのバイザーも黒かったから顔はわからなかったけど、声からすると年齢は私たちと同じくらいだぞという感想が、唯一の有益な情報だったほどの、意味のない無駄話。彼らが所属する組織もまた、私たちと同じような完全秘密の組織なのだろう、それゆえに他者に必要以上の情報を伝えないよう配慮しているのだろう。
やがて歌島の漁船が座礁船を取り囲み、そして海保の巡視艇も到着しだすころ、二人の男は海の喧騒から隠れるように姿を消したという。彼ら二人が、いつどのようにして撤収したのかは、メカブ子さんとモズク子さんにはわからなかった。それを気にしている暇がないほどの船上の大騒動、島の漁師や海保職員たちによる、深夜の救出活動が始まったからだ。
歌島リコリスの二人による陣頭指揮。戦意も喪失し、負傷しうなだれる密輸船の船員たちを、一人ずつ介抱しながら拘束を外し、怪我の具合を確かめながら漁船に移動させるメカブ子さんとモズク子さん。船員たちの言葉を通訳しながら海保の医師と一緒に問診、応急処置を行いながら歌島の漁師たちに搬送と手当の指示、さらには船体の損傷具合の確認をしながら船内にある密輸記録や航海記録をこっそりコピー。それらの大変な仕事を、彼女たちはたった二人でやり遂げたのだ。
座礁した船は海保に任せ、漁船団は負傷者とリコリスを乗せて歌島に向かう。歌島に上陸した密輸船の船員たちは、島内の各家屋に分散移動し、そこで宿泊しながら各自治療を受ける。島内の医師、海保の医師、そして烏羽から急行した医師たちが、各家庭で身を横たえる船員のもとにおもむき、自らも医療知識を持つ歌島リコリスの通訳の下、診察と治療を受ける。
船上での乱闘の結果、船員たちは皆が負傷していたが、そのほとんどはただの打撲であった。転倒の際に腕や脚の骨を折った船員も数名いたが、後遺症が残るような負傷者はいなかったらしい。これは偶然ではなく、密輸船を襲った男二人の格闘能力がすごかったからだろう。彼ら二人は、明らかに手加減しながら、屈強な海の男である船員たちを鎮圧していたのだ。
治療が終わり、歌島の住民たちによる手厚い看護を受ける船員たち。善良な島民たちによる、善意の保護に心を動かされたのか、密輸船の船員たちは海保の迎えが来る翌日の夕方まで、皆がおとなしく過ごしていたという。
名古屋に移送され、そこで密輸に関する取り調べを受けることになった船員たち。しかし彼らは、その報を歌島リコリスの通訳によって知っても、誰も取り乱さすことはなかった。すべてを受け入れ、納得したような表情をしていたと、メカブ子さんとモズク子さんは語っていた。
深夜の危険を顧みず、漁船に乗って助けに来た漁師たちを見て、同じ海の男としての矜持を思い出したのか。あるいは夜を徹して、自分たちのケガを心配し看護してくれた島民たちを見て、密輸の片棒を担いでいたことを恥じたのか、荒くれものであったはずの彼ら船員たちは、島にいるときは、船上で争っていた時とはまるで別人のような、殊勝な態度だったらしい。
そして夕方、移送用の船に乗り込む際、彼ら船員たちは岸壁に整列し、お見送りに来た島民たちに向け、一糸乱れぬ見事な敬礼をしたという。敬礼、敬意を表す礼。皆が背筋を伸ばし、足の骨が折れた者すら松葉杖片手に立ちあがり、赤々と燃える夕日と、紅色に燃える伊勢湾を背に、全員が見事な敬礼をしたという。
DAなどの裏の組織の裁きではなく、表社会の正しい法律によって裁かれることになった船員たち。彼らはこれから、長い時間をかけ罪を償うのだろう。そしてまたいつの日か、海に旅立つのだろう。
深夜の突発事態にもかかわらず、即座に座礁船に乗り込み、他の組織の協力のもと船員たちを全員拘束しただけでなく、その際に密輸に関するデータをコピーしDAに送信するという、田舎支部リコリスとしては破格の功績を立てたメカブ子さんとモズク子さん。本人たちの興奮も未だ甚だしく、その日の大活躍を毎日思い出しては、毎日の連絡メールに言葉を変えて書き込み続けている。読む私としてはもう飽きたと何度も返信しているのだが、それでも書かずにはいられないらしい。
彼女たちに対するDAの評価も上々のようで、二人にはその日のうちに、大量の昇進ポイントが付与されたと聞いた。昇進ポイントと言っても、分校出である彼女たちは、どれだけポイントが溜まろうと、セカンドリコリスにはなれないのだが、それでもこのポイントを使えば、国内の観光支部に一泊するなどのご褒美をいただくことができる。一夜で増えた二人のポイントは、これまで溜めた分も合わせると、ちょうど一泊旅行ができる程度になったという。
任務時以外には、支部外に出ることが禁じられているリコリス。そのような私たちにとって、自分の意志で、四十七都道府県にある観光支部のどれか一つに旅行することができるこの褒賞は、日頃の閉塞感を打ち破る最高の贅沢だ。北海道に行こうか、沖縄に行こうか、布団の中で一人考えるだけで楽しい、地図片手にバディと一緒に語り合うだけで楽しい、最高のご褒美だ。
突然の一泊旅行に舞い踊るメカブ子さんとモズク子さん。しかし彼女たちは、旅行先の話し合いはしなかった。もしポイントが溜まったらここに行こうと、前々から決めていたらしい。
二人が希望した旅行先。それは、私たちの住む諸咲だった。