支部外への一泊旅行。それは、任務以外で管区の外に出ることが禁止されている私たちリコリスにとって、支部という名の檻から解放される純銀の鍵。たった一泊であっても、自分の意志で好きな場所を選び、旅行鞄片手に旅立つことができる自由な羽。たいていのリコリスは、この自由を満喫するために、自分の支部からある程度離れた場所を旅行先に選択する。旅の解放感を心から味わうためには、初めて立つ土地で、初めて見る風景に囲まれながら、天高く開かれた大空を見上げることが重要だからだ。
しかし、歌島分支部のリコリス、メカブ子さんとモズク子さんは、せっかくの遠出の機会、雲外に出で蒼天に羽ばたける羈旅の行先に、私たちの住む諸咲を選択した。
もったいないですよ! 諸咲なんかどうせまた年末に来れるのだから、今回は他の場所を選んだ方が良かったんじゃないですか? こんな近くなんて、旅行気分を味わえないですよ! 彼女たちが諸咲一泊旅行を申請したと知った時、私は定時連絡のメールに、思わずそのように書き込んでしまった。
―スギナよ、たびはきょりではない。いきたいところにいくことこそがたびなのだ。わたしたちがいきたいところは諸咲だ、わたしたちがあいたいのはスギナと風待だ。だからわたしたちはここをえらんだ。ふたりにあえること、ふたりとあそべること、たのしみにしている― 翌日届いた歌島からの返信に、私の目は潤んだ。
国内のどこへでも行ける権利を捨ててまで、私に会いたいと言ってくれる人がいる。私とおしゃべりし、私とお食事し、私と一緒に遊びたいと言ってくれる人がいる。その嬉しさからだろう、メールを読む私の目から、いつの間にか一筋の涙がこぼれていた。
候補生時代は、だれとも濃密な関係を築けなかった私。人間関係の破綻を恐れるがゆえに、常に一歩引いた付き合いを心掛けていた私。誰かに好かれるよりも、誰かに嫌われないことに重点を置き、イジメの対象にならないことばかりを気にかけていた交友関係。人と人との付き合いは、ただ疲れることばかりで不毛なことばかりだと思っていた。リコリスとなりどこかの支部に赴任した後も、そこでまたつまらない人間関係で苦しむんだろうな、そう思っていた。半年前までは、そう思っていた。
実際は違った。諸咲で私を待っていた風待先輩とは、永遠に離れたくないと思えるほどの深い仲となった。名古屋支部の臥観手ルミナ先輩、岡碕支部の瑞碧生コナギさんとは、もっと近づきたい、もっと話したいと思えるほどの仲になった。そして、メカブさんとモズクさん。彼女たち二人とは、たった半日遊んだだけなのに、もっと会いたいと言ってくれるほどの仲になっていた。
たった半年で、すばらしい仲間ができた。一緒に一歩を踏み出せる、強い絆の仲間ができた。内気で人見知りな私、実力も中途半端で性格もあまりよくない私なのに、これほど輝かしい仲間が何人もできていいのだろうか。
歌島からのメールを見て涙ぐむ私に、隣にいた風待先輩が、どうしたの何かあったの? と優しい声で優しい言葉をかけてくれた。
その時の私は、ただの定時連絡に書かれた一文に心を揺さぶられたことを先輩に告白するのが恥ずかしかったので、この二人の文章があまりにも読み辛いので涙が出たんです、といって内心の感動を雑にごまかしていた。本当に私は、性格があまりよくない。
感動に涙する目元を拭うと、私は歌島宛に返信をした。わかりました! 観光支部諸咲に御三方を御招待します!
御三方? 三名? と私の書いたメールを見ながら首をひねる風待先輩に、私は大きな声で、そうです! 三名です! と返事をした。狭い室内では大きすぎた返事の声、ちょっとだけ気合が入りすぎていたようだ。
メールのタイプミスではない。この一文で、メカブ子さんもモズク子さんもわかってくれるだろう。私は信じていた。
歌島リコリスのご来訪は、半月後。特に準備することもないのだが、なんとなくそわそわした気分のまま、私たちはその日が来るのを待つ。普段からのんびりとした時間が流れている諸咲だが、彼女たちが来るまでの間、そのゆったりした時間が、なんだか間延びしているかのような感じがして、とてももどかしかった記憶がある。
そして旅行当日。朝早くから漁船に乗って歌島を出た二人は、夏の光り降りそそぐ十与浜港で船を降りると、そのまま私たちの下宿までおもむき、玄関のチャイムを鳴らす。
待ちわびていた私が玄関を開けると、そこに見えたのは二カ月ぶりに会うメカブ子さんとモズク子さんの姿、そして二人の重なった手で優しく捧げ持たれた、こけしさんの姿。
わかってくれた。メカブ子さんもモズク子さんも、わかってくれていた。私がメールで、三名様お待ちしていますと書いた意味をわかってくれた。
旅には目的が必要だ。旅には意味が必要だ。
初代歌島リコリスが、明治の初めに購入したというこけしさん。それから百数十年、歌島支部の和箪笥の上で、歌島リコリスの生活を見守っていたこけしさん。今回私は、歌島からくるお客様へ提案する旅のテーマとして、歌島リコリスのお母さんとでもいうべきこけしさんに、諸咲の風景を味わってもらおうと考えたのだ。
風待先輩には、あえて今回の趣旨は話していなかったが、二人がうやうやしく持つこけしさんを見て、すぐに意を理解したようだ。あらあら遠いところからよく来てくれました、おつかれでしょうまあ上がって下さいな、とこけしさんに向かって語りかける風待先輩。玄関先で突如始まる、即興のおままごと。四人のリコリスと、ひとりのこけしさんによる楽しい一泊旅行は、こうして朝の挨拶もそこそこに幕を開けた。
それからの時間は、あっという間に過ぎた。嬉しくて、濃くて、騒がしくて、面白くて、慌ただしくて、楽しい時間だった。
諸咲の下宿に上がり込んだメカブ子さんモズク子さんこけしさんは、私たちと一緒にひとつの座卓を囲んで朝ご飯を食べた。十与浜港で早朝購入した干物と、諸咲産の夏野菜を使ったマリネを、こけしさんを上座に、皆で美味しくいただいた。
そのあとは、お買い物。コミュニティバスで内箕まで行き、歌島の二人が必要な雑貨などを買いにいく。島に支部を構えるリコリスは、普通の島民のように、気軽に島外に買い物に行くことはできない。そのため島暮らしのリコリスたちは、定期健診などで支部外に出かける機会があるときには、必ず外で大量のお買い物をするのだ。
前回の買い出しは2カ月前だったが、それでも不足分はでてきていたらしい。島の生活に必要な雑貨や衣類、島で楽しむためのお菓子や食材などを、皆で騒ぎながら選ぶ。たとえ自分のものでなくても、お買い物は楽しい。台所の消耗品一つ買うにも、4人で真剣に語り合い、はしゃぎながら品定めし、大騒ぎしながら選択する。なんでこんなに楽しいのだろう。4人集まって、水栓パッキンの予備を選ぶだけのことが、どうしてこんなに面白いのだろう。
昼食は、近くのコンビニで購入したおにぎりなどを、近くの浜辺でいただく。まだ暑い盛りだったけど、ちょうどいい木陰と、ちょうどいい潮風のおかげで、気持ちよくお食事ができた。自分たちがいつも見ている海を、反対側から見ながら食べるのも風情があるなと、歌島のお二人にも好評だった。
下宿に帰り、しばらく部屋でくつろいだあと、私たちが手にしたのは羽子板。そう、諸咲リコリスと歌島リコリスが集まれば、やることはただ一つ、羽根突きだ。
諸咲歌島対抗戦、双関杯。第274.5回こけしさん観覧特別試合。アパート横の空き地に即席のコートを作った私たちは、即席の貴賓席に置かれたこけしさんに一礼し、全身全霊で勝負に挑むことを誓う。互いに全力を出し切り、悔いのない戦いを誓う。試合中にフナムシを投げつけるようなことをしない、フェアなプレイを誓う。だれだよ、フナムシ投げたヤツって。
個人の技能以上に、ペアの呼吸が重要になる2on2羽根突き。自分たちの戦術を即座に組み立てながら、相手の戦術も即座に看破しなければ勝てない、羽子板による頭脳戦。この戦いに勝利するのに必要なのは、知恵と技術と根性と友情、ようするに全てだ。自分の全てを出さないと、自分の全てを出し切らないと、この試合、勝利はつかめない。
勝負が始まると、私と風待先輩は、初手から全力で攻めた。歌島の二人も、全力で反撃した。セミの声も、波の音も、日差しの暑さも、すべて消え失せた。私は先輩と一心同体となり、羽子板から撃ちだされる小さなゴムボールにすべての意識を集中させた。二人で知略を尽くし、相手の戦略を読み解き、自分たちの計略を成功させる必勝の策略を練りながら戦う私たちには、周囲の騒音や熱気を感じる余裕などなかった。ただ集中し、ただ熱中し、ただ夢中になってゴムボールの軌道を追っていた。
スポーツが楽しいと思ったのは、前回の双関杯の時だった。友人と一緒に戦い、勝利を目指すということが、これほど楽しいとは思ってもみなかった。あまりに楽しすぎたので、これは初めての体験による高揚感によって過度に脚色され、楽しさが何割か加味されている状態なのだろうとすら思っていた。次にまた羽子板を握った時は、今回ほど楽しくないだろう。根が悲観的な私は、心の隅でそう考えていた。
全然違った。前ほど楽しくないだろうなと思っていたのは、大間違いだった。
楽しい、本当に楽しい。むしろ前回以上に楽しい。試合の流れ、戦いの空気感をすでに理解している私は、前回より深く、先輩との連携に身体を投じることができる、相手との読み合いに頭脳を投じることができる。より深く、より高度に、試合に没入できる。試合の楽しさを、全身で感じ、全霊で受け止めることができる。
楽しかった。本当に楽しかった。試合は2時間ほどで終わったが、私は試合終了後、そこまで時間が過ぎていたことにまったく気が付いていなかった。まだ30分程度だろう、そう感じていたのだ。秒単位の脳内時計を持つリコリスなのに、そう感じていたのだ。
スポーツは、楽しい。世の中には、これほど楽しいことがあったのか。今でも私は、あの日に振った羽子板の感触を、静かに思い出し笑顔になる。
ちなみに、試合は1点差で負けた。双関杯の優勝トロフィーである古い押絵羽子板は、歌島に持っていかれた。今でも私は、あの日のメカブ子さんとモズク子さんのドヤ顔を、静かに思い出し怒りの顔になる。
次回の双関杯は、年末開催。次は必ず勝つ。はやく年末にならないかな。