旅の最後のお食事は、モブリコ寿司でいただく。
帰り支度を整えたメカブ子さんとモズク子さん。買い出し品を一杯に詰めた多くのバッグと、これから作るお昼ごはんの材料を皆で持って、私たちはモブリコ寿司の暖簾をくぐる。
7月の初めの日、今年度初めてのモブリコ寿司開店の日、初めてこの暖簾をくぐった初めてのお客さんは、メカブ子さんとモズク子さんだった。
あれから2カ月、今日は2度目のご来店。またこのお店に来れたのが嬉しいぞと言って喜んでくれているお二人。また来ていただけて嬉しいですと言って喜ぶ私たち。
前回は、私と風待先輩が付け場に立った。私が中心となって作ったお寿司を、皆でいただいた。
今回は、皆で準備し、皆で楽しむ。私は昨夜、旅館でくつろぐ三人に、このようなコンセプトを提案した。
以前から温めていた考え、また歌島のお二人が来たらやってみたいと考えていたこの趣向。言い出すのは少し勇気がいったけど、メカブ子さんもモズク子さんも先輩も、私の意見に賛成してくれた。それどころか、かなりの好評だった。好評過ぎて、拍手の渦が巻き起こった。旅館の部屋の真ん中で、胴上げまでされた。ハイテンションの三人に何度も胴上げされて、何度も天井にぶつかった。あれは痛かった、本当に。
4人で使うとさすがに狭い、モブリコ寿司の調理場。私たちはアパートから持ち込んだ食材を並べながら、これから作るお寿司についてあれこれ語り合う。互いに意見を出し合い、役割分担を決めていく。
メカブ子さんもモズク子さんも、お料理は得意だ。
食料の調達が難しい離島支部のリコリスは、朝夕の食事を島内の宿泊施設や飲食店などの賄い料理で済ませているケースが多いという。本来ならばリコリスは一般人への過度の接触は禁止されているが、離島の支部に限り、DAはある程度ならば許可を出しているらしい。親密になった一般人への情報漏洩や、仲の良くなった一般人が人質や復讐対象になるような事例は、あまり重要でもない島支部の、あまり重要でもないリコリス相手にはあまりないだろうと、半ば黙認の形で、DAも交流を認めているという。
島のリコリスが日々入りびたる食堂や施設には、DAから口止め料を兼ねた協力費として、毎月かなりのお金が振り込まれているらしい。本来ならばその金額の上に胡坐をかいて、堂々と食事をして悠々と帰ればいいのだが、人のいい離島のリコリスたちは、毎日の食事のお礼に、食堂や宿泊施設のお手伝いをしているという。
歌島支部のお二人もその例にもれず、毎日近くの旅館で賄いをいただきながら、館内の清掃や調理、布団出しなどを手伝っているという。歌島を訪れる観光客は、旅館でかいがいしく働く二人を見て、よくできたバイトさんたちだねと褒めてくれていると、メカブ子さんとモズク子さんは私たちに自慢げに語ってくれた。
いつも賄いをいただいているお礼と、退屈な離島生活の暇つぶしから始まった旅館でのお手伝い。その様々な経験の中でも、厨房のお手伝いは二人の料理技能を格段に向上させたようだ。旅館で働く料理人たちの技を間近で見ながら、実際に調理を補助することで日々高まっていく二人の技術。歌島近海の美味しい食材を、毎日いただくことによって日々深まっていく二人の味覚。週に数回程度、寿司屋の付け場でお料理のまねごとをしているだけの私たちとは違う、真剣勝負の世界に二人はいた。
実際、メカブ子さんとモズク子さんの腕は確かだった。お料理の技術も素晴らしかったが、それ以上に驚いたのは、二人の手際の良さだった。
汁物を作りながらサクを切りわけ、ツナマヨ和えを混ぜながらスパムの焼き加減を見る。手が少しでも空いたら洗い物をしつつ、互いの調理状況を確認する。私や先輩も、お料理の段取りにはある程度自信はあったが、歌島の二人はそれ以上だった。無駄な動きがない、無駄な手順がないのだ。一秒の時間をも惜しむかのような、無駄のない完璧な段取り。それはいつも無駄な時間をダラダラと過ごしている歌島リコリスとは思えないほどの、見惚れてしまうような完璧な手際だった。
二人の流麗な仕事ぶりを見て、私も風待先輩も奮起する。素人料理人とはいえ、私たちもモブリコ寿司の暖簾を背負っているのだ、負けていられない。私たちも手の動きを速め、それでいて手は抜かず、手先に意識を集中して手数を増やす。双関杯の試合のように、互いに協力し合い、皆で全力を出し合う。
いつしか言葉数も少なくなり、皆が料理に集中しはじめる。夏の果ての弛んだ空気すら引き締まる店内。ともすると重苦しささえ感じるこの雰囲気が、私にはなぜか心地よい。皆でお料理をし、共に完成を目指す。この一体感が、楽しい。皆で黙々とする作業、はたから見ればつまらなさそうなことが、なぜか楽しい。
ふと隣を見ると、風待先輩が笑っている。お料理に集中すると無口になる先輩、その口が、わずかに微笑んでいる。
ふと横をみると、メカブ子さんもモズク子さんも笑っている。同じようなモブ顔が、同じように微笑んでいる。
おそらく私も、微笑んでいるのだろう。皆と同じように、微笑んでいるのだろう。
さまざまな寿司ネタをすべて作り終えたころに、ご飯もちょうど炊きあがる。計算したかのような完璧な段取り、全員の息が合っている証拠だ。
酢水で湿らせた飯台に、内釜をひっくり返して炊き立てのご飯を一気に移し、酢と砂糖と塩を混ぜた合わせ酢を回しかけ、しゃもじでご飯をほぐすように混ぜる。しゃもじで混ぜる係と台を押さえる係、そして上から団扇であおぐ係、皆で役割分担をしながら一気に酢飯を作り上げる。
酢飯が冷めるのを待つ間に、板海苔を炙る。量は多いが、一枚ずつ丁寧に炙り、海苔の香ばしい匂いを十分に引き出す。まだ炙られた熱気が残る板海苔を数枚ずつ重ね、手のひらサイズになるよう四等分に切り分ける。わずかな湿気も残らない海苔たちを包丁で切る時の、パリパリとした手応えとシャリシャリという音が心地よい。
それぞれが頑張って作ったネタを、何枚かの大皿に盛りつけ、飯台とともに客席に並べ、切ったばかりの海苔を横に沿える。醤油を入れた小皿とガリの乗った小皿を周囲に置き、最後にアラと三つ葉の入った潮汁のお椀を並べる。
一仕事終えた後の、安堵のため息。しばらく机の上を眺めていた私たちだったが、やがて誰かが拍手をする。そして皆がつられて拍手をする。店の外にまで響いていたであろう大きな拍手、最初に手を鳴らしたのは誰なのかはわからない。もしかしたら、私だったかもしれない。
今回のお料理は、これで完成。ネタを並べただけだけど、これで完成。
今日のモブリコ寿司のメニューは、手巻き寿司。皆で楽しむ、手巻き寿司パーティー。
恋愛の水神社への小旅行で、すっかりお腹を減らしていた私たちは、さっそく海苔を手に取り、思い思いの手巻き寿司を手のひらの上で作り、口に運ぶ。
手巻き寿司のネタは、朝の十与浜漁港直営店で買い求めた、お刺身などの定番の品が半分。そしてもう半分は、下宿の冷蔵庫にあった食材や台所にあった缶詰などの適当な品が半分。持ち寄った材料を、どのような寿司ネタにするか、皆で考えを出し合いながら作った具材の数々。定番の具材は型通り上品に、変わった具材は即興で気楽に、または両者を一緒に包んで味の意外性を見出したりと、様々なネタを様々な組み合わせで包んでは美味しくいただく。
私が昨夜提案したメニュー。皆で準備し、皆で楽しむ、手巻き寿司。このコンセプトは、大正解だった。
作っている時も楽しかったけど、皆でネタを選び、皆で包みながら自由に食べるのもまた楽しかった。手巻き寿司パーティー、それはかつて私が図書館で借りたお寿司の本の、手巻きずしの章に書かれていたタイトル。そのページに並べられていた、軽やかで華やかな手巻き寿司の数々を見て以来、私はお寿司のパーティーというものにあこがれを抱いていた。気の合う仲間たちと一緒に、モブリコ寿司でお寿司のパーティーができたら、本当に楽しいだろうなと思っていた。
本当に楽しかった。
手巻き寿司というのは、本当に夢のあるお寿司だった。
手巻き寿司パーティーとは、本当に楽しい催しだった。
私たちは、喋りながら、笑いながら、様々な味のお寿司を手の中に生み出す。
焼き海苔に敷いた寿司飯の上に、大葉の千切りとマグロ、そしてイカの短冊を乗せて巻く。イカはこの時期の諸咲で獲れる小さめのイカだ。
焼き海苔に敷いた寿司飯の上に、地元産の胡椒鯛の切り身とカリカリ梅のみじん切りを乗せて巻く。カリカリ梅は、下宿の冷蔵庫の品だ。
焼き海苔に敷いた寿司飯の上に、炒めた舞茸とツナマヨを乗せて巻く。これはメカブ子さんが、下宿に有った食材を見て即興で考えたネタだ。
焼き海苔に敷いた寿司飯の上に、炒めたゴーヤとスパムを乗せて巻く。これはモズク子さんが、下宿に有った食材を見て即興で考えたネタだ。
焼き海苔に敷いた寿司飯の上に、キュウリとカニカマ、玉子焼きを乗せて巻く。手巻きだけど太巻きだ。厚く切った玉子焼きがおいしい。
焼き海苔に敷いた寿司飯の上に、甘エビのお刺身とアボカドの薄切りを乗せて巻く。アボカドと酢飯は、本当に相性がいい。
焼き海苔に敷いた寿司飯の上に、チーズとちくわとワサビ漬けを乗せて巻く。この三つは、下宿の冷蔵庫にあった風待先輩の酒のおつまみだ。
焼き海苔に敷いた寿司飯の上に、ハムとチーズ入りかまぼこを乗せて巻く。この二つも、下宿の冷蔵庫にあった先輩の酒のおつまみだ。
焼き海苔に敷いた寿司飯の上に、
どれを包んでも、何を巻いても、全部美味しかった。皆で騒ぎながら食べる手巻き寿司は、本当に美味しかった。
箸休めにいただくのは、胡椒鯛の潮汁。メカブ子さんとモズク子さんが、鯛のアラを丁寧に下処理して作った潮汁は、魚の旨味が十分に引き出されていて、とても美味しかった。シンプルなのに奥が深い味わい、単純な造形なのに個性がある歌島リコリスのようだねと、風待先輩も絶賛していた。
モブリコ寿司では、汁物は赤味噌を使った味噌汁しか提供していない。これからレパートリーを広げるために、私はメカブ子さんとモズク子さんに、潮汁の上手な作り方のコツを尋ね、いろいろと教えていただいた。
楽し気な話し声と、乾いた海苔が巻かれていく音が響く店内。いつしかそれらの音に交じり、ビールのプルタブを開ける音が加わっていたが、今の私はその音を黙認していた。
手巻き寿司パーティーが終われば、4人で過ごした一泊二日の小旅行は終わってしまうのだ。店の外に出てしまえば、私たちはリコリスに戻ってしまうのだ。常に世間を監視し、命令あらば人を殺す、リコリスに戻ってしまうのだ。
あと一時間もしないうちに、手巻き寿司パーティーは終了する。歌島の二人が、帰る時間が来る。
それが悲しいから、ついお酒に手を出した。それを忘れたいから、ついお酒に口を付けた。その気持ちがわかるから、いつもは飲酒をとがめる側の私は、ビールの缶が開けられる音を、4つのコップにビールが注がれる音を、ただ許容していた。
私たちは、残る時間を惜しむかのように、迫る時間に目を背けるかのように、酒を呑み、羽目を外した。私も昨夜のように、少しだけだけど皆の酒盛りに付き合った。
私たちは、悪い子だ。この年でお酒を飲む、悪い子だ。
しかし、たとえお酒を飲まなくても、どうせ私たちは悪い子なのだ。これまでに多くの人を殺し、これからも多くの人を殺す、悪い子なのだ。
楽しそうに乾杯をする、風待先輩、メカブ子さん、モズク子さん。いずれ私も先輩たちのように、この苦いお酒が好きになるのかもしれない。人生の不幸をお酒で紛らわせることができるようになるのかもしれない。
楽しい時間が終わりに近づいているからだろう。ふと私は、晩夏の光と喜びの声が溢れるモブリコ寿司の店内で、そのようなことを考えていた。