戸塚彩加にとって囀二色という少年は隣にいるのが日常化している。
といっても四六時中一緒というわけではない。
家族ぐるみの付き合いをしている二人にとっての関係性は限りなく友達ではなく家族に近いものがある。
互いに互いの不足している部分を補うところを察するに兄弟といった関係がしっくりくるのかもしれない。
まぁ見た目は完全に兄妹と誤解されそうだが。
囀二色という少年について補足しておくと彼は彼が思っている以上に普通の人間ではない。
目を引く赤い髪に不良を彷彿させる鋭い目付き、外見だけなら一端の非行少年の出来上がりだ。とはいっても外見と中身が伴っているかと言われればそうではない、囀二色という人間は外見と中身のギャップで完成されているのだから。
「ういー……」
まず周囲のクラスメイトからすると机の上で項垂れる倦怠感丸出しな二色のリアクションにまた何かしでかしたのだと誤認する一方最強の味方、戸塚彩加は機転をきかせ彼の席まで向かい言葉をかける。
「大丈夫二色?もしかしてまた?」
「おう。また立夏の奴が勉強教えてくれって強請ってきてよー、その上買い物にまで付き合えって煩くて煩くて仕方なく付き合ったんだが……そしたらこのザマだ」
立夏というのは二色の一つ下の弟で、兄である二色に物凄く懐いている。
世間の兄弟がどんなものか詳しくは知らないがアレの二色に対する執着といったら非常に異常な気がする。
この前なんかいつの間にか部屋に入ってきて二色の洋服を物色していたし、しまいには人が寝ているベッドに侵入してきて気持ち良さそうに爆睡していたこともあった。
「……やってらんねぇって」
「あはは、大変だったんだね」
「まぁな。けど兄貴として無視しとくわけにもいかないし相手したらこうなったっつーわけだ」
要するに囀二色は外見とかそういう外面以上に家族思いなのだ。
こうして幼馴染に愚痴をこぼしていても放っておくことが出来ず結果として弟の要望に付き合ってやっている優しい兄貴なわけで、そこに学内での噂の不良学生の姿はない。元からガラの悪い粗暴な生徒でないにしろ白い目で厄介者扱いを受ける二色はべつにこれでいいとまでは言わないが納得はしている。
他人に誤解を受けたまま放置するのを良しとはしないが下手に足を突っ込みすぎて自滅もしくは身近な人が被害を被るくらいなら悪者でいた方がずっといい。
そう、囀二色という少年は自分を優先することよりも親しい人間を巻き込みたくないと願うどこにでもいる普通の少年だ。
高望みはしない、近しい人達がいつも通り笑っていられるならそれでいい。
それが二色の本心。
「けどそれなら立夏君喜んだんじゃないかな?優しいお兄ちゃんに構ってもらえたんなら」
「べ、べつに嬉しくねぇし……立夏に抱きつかれたって嬉しくねーよ」
お前なら話は別だけど。
なんて彩加目の前にして言えるだけの度胸とか持ち合わせてないし。
それにお兄ちゃんなんて呼ばれたら変な気分になりそうだ、なにがとは言わないがそこは個々で察してくれると有難い。
「そうかな僕は兄弟って羨ましいけどな」
「どの変がだよ」
「だって二色みたいなお兄ちゃんなら僕も欲しいって思うよ?」
うぉっ!
その上目遣いやめろ!へ、変に勘違いしちゃうだろッ!
上目遣い反対!ってか俺を誘惑するの反対!
やっべぇ心臓ドキドキいってるんですけどなんですかこれは恋ですか恋なんですか畜生!!
「ばっ馬鹿野郎!そんな風に褒めたってなんも出ねーぞ!」
つまりそんな絶賛したってご褒美とかそういうのはやらねぇからな!
「あ、でもなんか食いたいモンとかあったら言えよ?要望通り作ってやっから!!」
そして二色の突然のサービス精神に戸塚彩加はきょとんとする。まさかそんな切り返しが返ってくるとは思っていなかったようで、そういうのを期待して言ったわけじゃないのは彼の顔を見れば一目瞭然だろうが二色が良い調子に乗って幼馴染に構いたくなるのも最早必然というやつだ。
「え、でも二色の迷惑になるんじゃない?」
「平気だ!ってかそんなもん今更だろ?気にするだけ無駄無駄。なんならでっかいホールのケーキ作ってやろうか?あー、彩加って何が好きだったっけか……ショートケーキ?いやチョコレートケーキか?なんだったら両方作るか!!」
そうだそうしよう!と一人盛り上がる二色にやはり彼は彼なのだと再確認する。
人前では口下手で勘違いされることの多い彼も彩加の前では一人の少年なのだ。料理が得意でこうして幼馴染の自分に味見をお願いしてきたり、趣味である手芸を彩加に教わったりとわりと料理男子な面が見られる。
だから学校での二色の評判を聞くたびに胸が痛くなることも少なからずある中、それでも囀二色は戸塚彩加の前では明るく笑ってみせる。
強がりとかそんなんじゃなくて、その都度二色の口から言われるのが、
『俺には彩加がいるから平気だ』
なんと返答したらいいのか、むしろ聞くたびに恥ずかしくなるような一言。恰好つけてる台詞に思えなくもないのに本人にその気が全くないのが余計羞恥心を煽ってくる。
でもそんな少年だからこそ彩加は頼ることができるのだ。
「どうした彩加?もしかしてショートケーキとチョコレートケーキだけじゃ気に入らなかったか?!ならよし分かった、チーズケーキも追加して……、それでも駄目ならフルーツタルトでどうだっ?」
なにやら盛大に勘違いをしている囀二色が可笑しくてクスクスと笑いが溢れた。
いまいち状況が呑み込めない二色はなにか可笑しなこと言ったか俺?と頭を悩ませる。
今のことから囀二色はある種人間性において群を抜いているのだ。それこそ何かに秀でているからといって威張る素振りを見せない、ちょっとお調子者の気は拭えないが。
「二色そんなに作ったら僕達だけじゃ食べきれないよ?それとも二色が全部食べてくれるの……?」
「おう大丈夫だ俺を信じろ!!たかがホールの一つや二つ食えなくてどうするっ?!」
「駄目だよっ!そうやって無茶ばっかりするんだから」
「これは無茶じゃない男には戦わなくちゃならない時ってのがあるんだ。止めるなよ彩加?ここからは戦場だお前を連れて行くわけにはいかない」
決まったぜ。
自信に満ち足りた表情をする一方、内心はヤバイ見栄を張って言ったはいいが本当にそれだけの量俺の胃袋に収まりきるのか?いいや、でも彩加の笑顔のためなら体の一つや二つ張らなくてどうする俺!!
「大丈夫だ心配すんな。俺がケーキごときにひれ伏すとでも思ってるのか?ならそれは間違いだ何事にも俺は全力で挑むそれが勝負事なら尚更な」
さぁこれで後には引けなくなった。
自分で自分の首を占めたと思えるこの状況下において乗り越えることこそがイメージアップの瞬間。クソ甘いケーキなんかに負けるか!
「お腹壊しちゃうよ?」
「大丈夫だ。なんたって俺だからな!」
晴れやかな笑顔の反面異常な程に汗が吹き出していることを本人が自覚しているかは分からないが二色は決めたら実行する男だ。負け戦だろうと全力で挑む、いくら無謀過ぎる挑戦だろうとも。
囀二色にしてみればケーキを馬鹿食いすることだろうと好きな子に告白することだろうと同じくらいのことでしかない。
つまりできないことは実行できないことと一緒だ。
だから常に一直線にぶつかって行くーーー負ける覚悟しかない奴に勝利なんて二文字を掴み取ることは不可能だと言わんばかりに。
「なら早速家に帰ってケーキ作りだ!」
俺の神髄見せてやる!
そのためには今すぐ自宅へ帰って準備しなきゃな……あ、でもその前にスーパーで買出ししないことには始まらないか。
量が量だけに材料は買い漁らないと。
適当なサイズの紙を取り出し必要最低限の材料をメモしていく。
「そんじゃ彩加俺は買出しに行ってくる!!」
「待って二色まだ授業がっ」
幼馴染からの忠告なんてなんのその、ドアに手を掛け教室から飛び出した二色は廊下を全力で走る。それこそ物凄いスピードで、猪突猛進とはきっとこのことを言うのだと、囀二色の暴走を目に焼き付けた生徒達は思ったはずだそれこそお手本にしてもいいくらいには。
しっかりその右手に鞄が抱えられていたことと用意周到さには驚きを通り越して感銘を受ける。
詳しく囀二色を知らないクラスメイトやその他上級生、下級生に言いたい。
彼は普通であって普通ではない。
時に一般常識に囚われない広すぎると断言していい心を持った暴走機関車であると。しかしその内面は何ら君達と変わりないのだと、知って欲しい。
ーーーこうして今日も戸塚彩加は幼馴染を見守り続ける。
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