囀二色には友達がいない。
そして呼応するが如く比企谷八幡にも友達がいない。
これはそんな悩める少年達が初めてお互いを意識し始める序章でもある。
「あー、今日も実に良い天気だな絶好のテニス日和ってやつ?」
両手を腰に当て一人呟く。
はたから見れば何語ってんだよとか思われそうだが囀二色は周囲から問題児扱いをされているわけで面と向かって言い返してくる輩はいない。
彼に意見するだけの勇気があったらさっさとぶつけているはずだ。二色が怖くて反論の言葉一つ飛んでこない今の状態では強気に出てくる物好きは皆無、よって自然と独り言になってしまうわけだ。
誰からも返事をしてもらえないというのは本来なら泣きたくなる状況だが慣れてしまえばなんてことはない。ひそひそとその辺で陰口言われるよりかはマシだ。いっそのこと黙ってくれていた方がこっちとしても助かる、だってそうだろ?仮に会話になったとして視線を逸らされた挙句ご、ごめんちょっと用事思い出したからって早足でその場を走り去られてみろ精神的に参るだろうが。
そんなことをこの総武高校に入学してから何度も経験している俺は大抵のことには動じない強靭な心を身につけた。これに関してはプラスだ、それと同時に目を逸らしたくなる現実ってのを色々と見てしまった気はする。
いつの時代も得る物より失う物の方が多いっていうのをその身を持って知ったよ。
ラケットを持った腕を回しながら二色は思う。
これはもうテニスの神様に全てをぶつけろと言われているのだと、だから今から何をしようとも俺は許される。
今そう直感した。
「物凄くテニス没頭したい気分だ………」
悲しいことに囀二色という男子生徒に友達と呼べる者はいない。いるとするならそれは幼馴染の戸塚彩加だけだが今その親友は最近熱烈な視線を俺に送ってくる死んだ魚の目を持つ比企谷八幡と一緒にいる。
というか彩加が俺以外の男子と一緒にいるのを始めて見たかもしれない…………ん?それは何故かって?俺が彩加に纏わり付く男子共を蹴散らしていたからに決まっているだろ、あいつ等彩加に笑いかけてもらったのを勘違いしやがって。彩加をニヤニヤ変態みたいな目で見てたから俺は奴等にその身を持って体感させてやったんだ。
俺は彩加の純潔を守ったということだけは間違いない。
比企谷といえばなんで俺を凝視してたんだ?
特に接点があるわけでもなく、いいやあった。二年F組においてクラスでひっそりと二色は隠密行動を起こし八幡は人間観察をする。
…………実に身近な存在だった。
授業中なんかは誰もの目を掻い潜り勤しんだ創作意欲の結晶の数々は誰にも目撃されているとは思っていなかったがまさか比企谷八幡に刮目されていたとは予測不能だった。
「あークソッ」
頭をがしがしと掻きながら二色は今一度ラケットを握り直す。
煩悩は打ち払ってこそ意味がある。
ってかなんで俺は比企谷のことで悩んでるんだ?悩むなら彩加のことだろ?!落ち着け俺、いくら凝視されたからといって変に考え込むことはないぞ。いつものようにいつもの通りに……。
しかし二色の頭に浮かぶのは比企谷八幡のことばかり。
馬鹿な、そんな馬鹿な俺が、そんなあり得ねぇ、というか認めてたまるか。
「俺は普通だ、俺は正常だ。狂っている点はどこにもない。通常通り俺の世界の中心は彩加だけで回っているはずだ!なのにそんなことあってたまるかっ」
動揺しなくていい、というかするなよ俺。
なんで俺が一男子生徒である比企谷に興味をそそられなきゃならんのだ。それは一概に間違っているだろう多大なる間違いだ。確かにこの前授業中たまたま目が合った時は面白い奴だとは思ったけど、あんなあからさまなリアクション取ってくれる比企谷にシンパシーとか感じちゃったけど。だからってそれだけだぞ?それだけだ、うん。
もしかしなくても友達とかなれたりするかなー?なんて思ったりなんかしてないぞ!
アレ?俺もしかしなくても興味持っちゃってる?友達になりたいとか考えちゃう程に追い詰められちゃってる?そんなの、そんなのは…………嘘だ、俺は信じないっ絶対信じないぞっ!
「俺の世界には彩加しかいない!可愛い子なんて夢のまた夢……幻想だ!幻覚だ!妄想の結晶だ!よって同じ男であるあいつに俺が興味を持ったわけでは決してない!!というか世界が認めても俺が認めんぞフハハハハハハハハハッ!!!」
コートの中心で囀二色は叫ぶ。
当然のようにクラスメイトの視線は二色が独り占めであるがみんな同じようにあいつやべぇよ離れようぜ………的な空気が蔓延している。無理もない、二色は問題児の中の問題児、ランクとして表すならLevel5並の危険度を誇る。混ぜるな危険並の劇薬である。
だが二色は止まらない。いや止まれないそれが囀二色の真骨頂。駄目なら駄目なりに総力を結集して事に当たる、それが猪突猛進たる彼の所以だ。
だがそこで変に横道に逸れないのが二色の良い所でもある。今の状況において正しいかは不明瞭だが。
ということは率先して行動に出たのも当然の結果だったのかもしれない。
「厚木先生!俺全力の勝負がしたいです!誰もを唸らせる最高のバトルをしたいです先生俺にやらせてください!というかやってください俺とッ!!」
びしっと右手を上げて主張する姿はさながらお調子者を連想させる。
クラスメイトには言えないが先生方には敬意を持って話せるのだから囀二色は普通ではない。
しかも、そこまで悪いイメージを持たれていない辺りがまた凄い。教師陣において二色は文武両道という生徒諸君からは絶対に持たれる事のない良い意味で応援したくなる男子生徒なのだ。
生徒から酷評を得ても教師からは絶賛好評の嵐だったりする。囀二色は授業態度や成績、提出物はまともだったりするのだが先生方も授業中にアート作品活動をやっているとは思いもしないだろう。けれど見つからないが故に二色は教師を味方につけることができる、生徒から賛同の声は滅多に得られないが。
「ははっ!囀はやる気満々だな」
「当たり前じゃないっすかテニスって白熱した勝負が出来るスポーツですからねやらなきゃ損ですって」
「そうかそうか俺で良ければ相手するぞ」
「マジっすか?お願いします!!」
比企谷を意識するから駄目なんだ。
あいつを頭から抹消すれば不要な考えが浮かぶこともない。比企谷と彩加が仲良く一緒にテニスやってるなんて嘘だ俺は知らん、たかが壁打ちだろう?別に同じコートでキャッキャウフフな展開になっている訳でもない。
からして俺が動揺する必要はない。
「厚木先生俺本気でやりますから手加減とか無理っすからね」
「ああ勿論。お互い良い試合をしよう」
さて、これで準備は整った。
ここからは俺が俺という人間のために勝負に挑めばいいだけの話。
理由は何であれお膳立ては完璧。あとはそこで流れに乗っかって先生と同等の勝負ができれば問題なし。
「んじゃよろしくお願いします!!」
囀二色による囀二色のための白熱バトルが始まった瞬間だった。
ーーーーー
一方、比企谷八幡は戸塚彩加と一緒にいた。
八幡にとって今世紀一番なんじゃないかと思えるくらいおいしい思いをしていた。隣には楽しそうにテニスをする戸塚彩加がいるわけで、その空気の中に自分がいることに嬉々しないわけがなかった。
同じ空間を共有しているというだけなのにこの一帯だけマイナスイオン的な何かが出ているんじゃないかという錯覚に陥りそうになったのは勘違いなんかじゃない。
というか普段の三割増しで顔がにやけてしまうのも仕方ないだろう。
そんな気分の中、なにやらコートの方が騒がしいが何かあったのだろうかと思い視線をそちらへ向ける。
そこには最近見慣れてしまった問題児の姿があった八幡にとって障害にしかなり得ないある種目線を向けたくないのにそうさせてくれない男、囀二色がそこにいた。
何時になく奴の表情が輝いて見えるのは見間違いだろうかそれともこれも戸塚彩加の力か。
「あれってもしかして………」
「あーっと囀の奴だな。なんで厚木先生と試合してんだあいつ」
まさか戸塚にいいところを見せようとかそういう邪な理由でやってるんじゃないだろうな、と八幡は思ったが二色はさらに奇想天外な行動に出る。
「俺は何者にも屈しない!!」
「良いサーブだ囀」
なんとコートの中心で高らかに宣言していた。
しかもそれだけに飽き足らずコートの中を走り回った上、息切れ一つせず涼しい顔で厚木のコート際ギリギリにジャックナイフを叩き込んだ。
周りが唖然と騒然の二重奏に奏でられる中でもやはり二色は二色のままだった。
周囲の驚きの声にも耳を貸さずただ彼はやるならもっとど派手な技を使いたかった、だとか次はもっと難しいショットを試してやろうとか思いつつラケットをその場で振るった。
「やるなぁ囀」
「まだまだっすよ俺の鬱憤は山程あるんで」
堂々と答える二色に八幡は鬱憤晴らしに厚木先生を巻き込んだのかお前は、とつっこまずにはいられなかった。
しかし予想外だったのは囀二色が軽々とああいう芸当をやってのけたことにある。無自覚アート製造マシンである彼が体育教師とタメを張れるくらいの勝負ができるとは誰も予測していなかっただろう。
それは八幡も同じだった。
手先が器用なのは授業中のアレを見て知ってはいたがまさか運動神経まで抜群とは本当に腹立たしい。だが自分と二色のスペックを比較すると文句一つ言えないのも事実……その現実を受け入れ難い八幡は一人心の中で愚痴を零す。
「前から知ってはいたけど二色ってあんなにテニス上手だったんだ……凄いや」
そしてここにも約一名囀二色に魅了されていた。
瞬間、八幡は思った思わずにはいられなかったこのままでは俺の戸塚があの問題児に奪われる!しかも最悪寝取られる可能性がっ!
「そ、そういえば囀って戸塚とどういう関係なんだ?一緒にいたりするのをよく目撃するんだがいまいち分からなくてな」
「えっとうん、僕と二色は幼馴染なんだ。家族ぐるみの付き合いで幼稚園の頃からずっと一緒で気付いたら高校まで一緒だったんだけどね」
ということは年がら年中一緒ってことか?
この見た目愛らしい戸塚と家族ぐるみの付き合い、果てしなく羨ましいことこの上ない。なのに奴は鬱憤塗れだというのかあの野郎舐めやがって。
八幡の周囲が一気に不穏な空気が立ち込める。
この格差社会の中で囀二色が勝ち組なら比企谷八幡は負け組だ。
その有り難みを奴は理解しているか?いいやあいつはただの無自覚鈍感野郎だ、だからこそ許せん。
そんな勝負の最中、囀二色と比企谷八幡の視線が絡み合う。
たまたまだったのかもしれない。でも八幡は二色と目が合ったのを見逃せなかった。
無意識に顔が引き攣るのが分かった、そして八幡の濁った瞳に映った二色の姿は自信に満ち溢れた表情で天に向かって勝利宣言を告げる決めポーズをとっていた。
それは誰に向けて贈られたのかは分からないがやっぱり囀二色の行動は飛び抜けて比企谷八幡を焦らせるには十分すぎた。
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