~ 興王歴151年6月16日 PM00:05 ミドガル魔剣士学園~
(シド・アウディトーレside)
「ふっふっふ…ついに来たぜこの時がぁ‼名付けて『モテ男の俺がチート級モテ男になってしまった』作戦‼」
「ええっ!僕も今日は気合が入ってます!目当ての女の子も調べ済みです!」
「・・・」
国王の密命を受けてから休日を挟んで2日後。俺はヒョロ・ガリとジャガ・イモと3人でちょっとしたイベントを開いていた。まあ一昨日からちょっと憂鬱だったから丁度いいけど。
そのイベントとはこの時代――― 文明的には18~19世紀前半あたりで車はまだない ―――には珍しいチョコレートを各々が好きな女性にあげると言うモノ。要は男が女の子にチョコレートを贈るバレンタインデーだ。
「へっへっへ…俺は二組(俺は一組)のイシュトヴィアちゃんだ。伯爵家の長女の彼女を落とせば俺の将来も安泰だー‼」
「僕は三組のソーナさんです。子爵家の令嬢で趣味からスリーサイズまで調べ済みです‼」
そう言って二人は同時に走り去っていった。
「てめえか‼俺の婚約者に手ぇだしてんのは‼」
「キャーッ‼先生!この人がさっき言ったストーカーです‼」
魔力で聴覚を強化すると女の子の悲鳴と乱闘騒ぎが聞こえてくる。ボカッとかバキッとか聞こえてくるのは二人が殴られているのか、或いは殴り合いをしているのか・・・。
「あっさり失敗したな…。あの二人は隠れ蓑や囮に丁度いいから生きているといいな…」
なんてことを思いながら図書館に行くと数冊の分厚い本を重そうに持ち歩く少女に出会った。
「あっ!」
「おっと!」
転んだところを偶然抑えて助けた。
「あ、ありがとうございます」
「大丈夫?半分持つよ」
「いえ、そんな・・・」
「地面に沢山本をばらまかれたら皆に迷惑だから。どこに運ぶの?」
「あ、あの机に…」
少女が指さす机に俺は一冊1.5㎏はあろうかという本を5冊持ってそこに運んだ。
「あ、ありがとうございます」
「いいよ」
少女がお礼を言う。
何というか素朴な感じがする少女だ。挙動不審なのかオドオドしている。
身長150cm強位か。ピンクに近い赤い髪をボブカットにしている。目鼻立ちも王女や姉程ではないが整っている。美少女と言えなくもない。そんな感じだ。
俺はチョコレートの事を思い出し、その子に渡す。ナナシーは俺と帰る時に貰っているし、アレクシア王女だと後で問題になりそうだ。姉はどこにいるか分からない。
「これ上げる」
「これは…?」
「ミツボシデパートの新商品。これ上げるから今度から分厚い本は一冊ずつ運ぶようにしてね。皆に迷惑だから」
そう言ってラッピングされた小箱を渡した。これでこのイベントはお終いだ。屋上で魔力操作の特訓でもするかな。
その日の夜。学園の研究室に一人の少女が居た。
その少女は顕微鏡から目を放すとラッピングされた小箱を手に取り「ハァ」とため息をついた。
その少女は悩んでいた。母から任された研究ではなく手にした箱をくれた男の子の事だ。
「(なんで私にこんな物をくれたんだろう・・・)」
記憶を思い返してもこの学園に入ってから彼と接触した記憶は無い。クラスメイトの顔は何人か覚えているが仲良くしているのは2、3人の女生徒だけだ。男の子とは接点が無い。甘い言葉を吐く男とは距離を置くように母からきつく言われているのだ。
「どうしたのシェリー?」
そんな時母から声がかかった。
「時間で解決しない悩みは必ず相談しなさいって言ったでしょ」
「い、いえ…大したことでは…」
「そう?ちなみにその箱は何なの?」
「えっと…ある男の子から貰ったんです」
「えっ以前ナンパしてきた子?」
シェリーには入学してすぐ仲良くなった男の子がいた。
彼女の母は娘からそのことを聞いて調べてみたら3股かけていることが判明。母に説得されその男の子とは距離を置いた。
「い、いえ、別の男の子です。多分別のクラスの…ネクタイは一年生のでしたので」
「ふーん。で、それはその子から貰ったのね。中身は?」
「あ、あの、チョコレートって言ってました」
「チョコレート!?あのミツボシデパートの新商品の!?大人気商品で中々手に入らないのよ?」
母にすぐ中身を確認するように促され、シェリーはラッピングを開いて母に渡す。
母の表情が変わる。
「やっぱりそうだわ…。二週間前の会議で御馳走になったやつだわ。安い奴だけど開店から2時間で売り切れたって話してた」
「す、すごいんですね」
「誰なのこんなものプレゼントしてくれたの?」
「い、いえ、それが名前も聞いてなくて…」
母は少し考えた後、意を決したように口を開いた。
「・・・きっと休日の朝から並んで買ったのね。・・・良く聞きなさいシェリー。多分だけどその子あんたに一目ぼれしたのよ」
「ええっ‼」
母の台詞にぎょっとするシェリー。
「一応お礼を言いなさい。もしそうならきっと誠実な人よ。付き合って損は無いと思うわ」
「つ、付き合うですか?」
「ええ、大貴族ならともかく子爵以下の貴族じゃ滅多に手に入らない品だもんそれ。まあ、あくまでも友人としてね」
母はにっこり笑って答えた。
「(もし、一目惚れだと言われたらどうしよう)」
シェリーはその日はそんなことばかり考えていた。
最もこの出会いが後で歴史的大勝利の結果を生むとは誰にも分からない。
~ 興王歴151年7月19日 AM08:10 ミドガル魔剣士学園~
(シド・アウディトーレside)
「宣誓!私達は魔剣士として貴族の誇りにかけて正々堂々と戦う事を誓います‼生徒会長ローズ・ベガルタ!」
何とか恥ずかしくない程度の点数で期末テストをクリアし、いよいよ今日武神祭出場枠を決める学内選抜の日がやってきた。
一回戦第一試合はいきなりの姉さんだった。
相手は姉曰く実技の成績は平均値以下の3年生男子。勝負は一瞬…でつけることも出来たがそれをすると今まで隠してきた実力を疑われてしまうので適当に打ち合ってから最後に手に一撃いれて剣を手放させて勝利した。
二~四試合も似たような結果だった。
マリアベル・グリフィンドール先生が手を回してこのようにした。
引き続き姉が弱い選手とぶつかるように。
ちなみに俺は第五試合。相手は同じクラスで似たような成績の男子だ。
内容は姉さんと同じ。適当に打ち合ってから篭手に一発撃ってひるんだところを胴に一撃。それで決着だ。
相手が咄嗟に左手で剣を落とさないようにしたので胴薙ぎで倒した。
やはり不測の事態は起こるモノだ。
ナナシー・レイブンクローとテオドール先輩も無事に勝ち上がり一回戦は計画通りになった。
「二回戦第三試合、ローズ・ベガルタ対シド・アウディトーレ!」
そして今俺にとって今大会一番重要な試合が始まった。
対戦相手は隣国のベガルタ帝国から留学に来たローズ・ベガルタ。
ベガルタ帝国第一皇女で文武両道。学園成績は常にトップ。その上今年度の生徒会長という主役級ポジション。
正直彼女を武神祭に出場させる意図は未だに不明だ。
とはいえ王家の命令は絶対。
彼女の一回戦の戦いを見るかぎり実力は確かであり、バレバレの演技になる事は無いためホッとした。
さて、せいぜい引き立て役を頑張りますか。
「はじめっ!」
合図と共に俺とローズ・ベガルタは走った。
俺はぶつかる直前で止まり彼女の斬撃を受けた。受け流すことも出来たが敢えて防いで下がったのだ。
そして大振りを誘ってカウンターの蹴りを入れた。ローズ・ベガルタは咄嗟に肘でガードして下がる。
そして構え直して対峙した。
「やめ‼」
審判の声が響く。そして自分に教育的指導のジェスチャーを送る。(これ以上やる気のない態度を取ると…分かってんなという意味)
そして俺は守りの構えになったローズ・ベガルタに対して攻勢に転じた。
そして数合の打ち合いの後、体勢が崩れたので大振りの一撃をいれようとしてカウンターに会い、敗れた。
「お疲れ様」
「ありがとうございます。姉上」
そう言って控室で姉がタオルと水を渡してくれた。
姉はこの上なく自然な負け方だったとほめてくれた。案内してくれたベンチにはナナシーとテオドール先輩が待機していた。
「取り敢えずは順調ね」
「ハイ、後はテオドール先輩とナナシーが勝ってくれればミッションは終了です」
「おいおい、不吉な旗を立てるなよ」
「すみません」
一瞬不吉な旗を立てたかと焦ったが試合はこちらの思惑通りに進み、優勝がローズ・ベガルタ。2位がテオドール・ヒルデガルト。3位が姉のクレア・アウディトーレで4位がナナシー・レイブンクローとなった。
アレクシア王女が王命により体調不良で休んでくれたのも助かった。
最も今回の任務で一番良かったことはローズ・ベガルタとテオドール・ヒルデガルト以外の2人、姉とナナシーの真の実力を知られずに勝ち残らせる事が出来た事だろう。
はてさて、夏休みは明後日だがその前に陛下からどんなお話が聞けるのやら。
ちなみに翌日は陛下の使者から「今情報を精査している。もう少し待て」と言われてしまった。何なんだ一体・・・。
そして迎えた夏休み。
「君たちの武神祭での任務は…ベガルタ帝国皇帝から私を守る事だ」
ミツボシデパートの会議室でお忍びで来ていた陛下から開口一番意味不明なことを聞かされた。
「あの…意味は理解できますが、どうしてそのような事態に?」
俺は陛下の許しを得ずに口を出してしまった。陛下の口から出たのはそれほど異常だった。会議室にいる全員からも疑問と焦燥が伝わってくる。
「スリザリン伯爵本人が確認した。そう言ってローズ・ベガルタを脅していると」
返ってきた答えは・・・ますます意味不明なものだった。
「あの…今の台詞はまるで…ベガルタの皇帝が誰かに操られているように聞こえますが…」
「私も信じられないよ。だが現皇帝は国家の方針さえもケツバット卿の言う通りにしている。いや、それどころか聖教との間に結んでいる契約は明らかに自国にメリットが無いにもかかわらず、反対する重臣は誰もいない。これでもスリザリン卿の言葉は全て嘘だと思うか?」
確かに納得だった。
7ヶ月ほど前、ベガルタ帝国で十二大貴族と呼ばれる10年以上現皇帝に仕える重臣の内5名が不慮の事故で亡くなった。5人の重臣が数日の間にだ。
その上、殺された5人は全員ドエム・ケツバット公爵が唱える政策に反対していた者だった。
ドエム・ケツバット公爵に政敵が多い…いや、多かった理由はその出自にあった。
ドエムは元々子爵家の3男坊として生まれた。
それが18歳の頃突然貴族の最高位である公爵家に養子として迎えられた。特別優秀という訳でもないのにだ。
ドエムの父である先代は理由を尋ねても「息子がいないから優秀な奴を養子に取った」としか言わなかった。
確かに先代には子供が4人(男1、女3)いたが、その男子が若くして亡くなった。
しかし、それなら家格がもっと上で優秀な男を婿養子として迎えればよいだけの話だ。その方が余程公爵家にとって有益だ。
だが先代はそのことを言っても何も答えなかった。ただ暗い顔で俯くだけだったらしい。
この状況からドエム・ケツバット公爵がトップに立った経緯の推測は容易だ。
聖教の、恐らくはこの世界で1~2を争う強さを誇る戦闘集団【テンプラー】が、妻子を人質にしてドエムを養子に引き取らせ、その数年後に長女と次女が揃って嫁に行くと(3女はまだ屋敷にいる)当主の座に着かせる(正確には奪ったのだが)。
その後、【テンプラー】だけに有利な政策を唱えさせ、反対した7人の内5人を暗殺し、残り2人は弱みを握るか買収するかして従わせた。全員を殺さなかったのは国を支える重臣が半分以下になっては政治機能が大幅に下がる。機能しなくなる機関も多く出てくるからだろう。
聖教はこの大陸唯一にして最大の宗教だ。60%以上の国で信仰されている。
聖教全体を支援するならともかく、ごく一部の立場の人間だけが支援されていると裏社会では囁かれている。どう考えてもその一部の奴らと結託し、恐ろしい事を企んでいるとしか思えない。
そして長年仕えてきた重臣たちが次々と亡くなり、生き残っている重臣たちもケツバット卿の意見に誰も反論しない。
この事実がスリザリン伯爵の言葉に真実味を持たせていた。
「そして、ドエム・ケツバットはローズ・ベガルタに結婚を拒否するなら父親を操って武神祭の場で私を殺させようとしている可能性が高い。というのがスリザリン伯爵の推測だ」
「なぜ陛下の命を狙う必要があるのです?単純に両親を殺すと言えばよいのでは?」
「ローズ・ベガルタとて王族としての教育を受けている。両親を人質に取られたとて国を危機に陥れる脅しに屈しはしまい。だがそうせねばミドガル王国と戦争になると言われたらどうする?」
俺は息を飲んだ。勿論姉も。
それなら納得だ。
「ですが陛下、ひとつ合点がいかない所があります。なぜ【テンプラー】はそこまでしてドエム・ケツバットとローズ・ベガルタを結婚させたがっているのですか?」
「残念ながらそれは未だに掴めていない。スリザリン伯爵からもこれ以上の調査はリスクが高すぎると警告されている」
それから色々話し合ったが【テンプラー】の目的は予測不可能だった。
退室した後、姉とナナシーとで話し合った。
「・・・どう思う?」
「分からないわ。けど確かなことは敵の目的は何であれ、自国の象徴を狙われて黙ってるわけにはいかないって事!」
・・・どうやら夏休み中はのんびり…とはいかないようだ。
これから武神祭に向けてどれほどの準備に追われるのか考えて俺とナナシーと姉は頭を抱えるしかなかった。