~ 興王歴151年5月18日 PM06:50 王都下水道~
(シド・アウディトーレside)
「さて、僕の婚約者を返してもらおうかな?」
ゼノン・グリフィーは不敵な笑みを浮かべながらゆっくりと剣を抜いた。下水道に点在するガス灯の反射で鈍く光る。剣の手入れは怠っていないようだ。
「婚約者ですって!?あなたの目論見はばれてんのよ。それでお父様が承認する訳ないでしょ。頭大丈夫?」
怒りの目を向けながらアレクシア王女が貶す。
「ああ、安心していい。ここで君以外の全員を殺してあなたを再び拉致。その後、ラワガスから替わりの催眠術師を派遣してもらって洗脳すれば万事解決だ。隠れ家はまだあるし、犯人役も政治工作も問題ない。俺の後ろには聖教の最大勢力【テンプラー】がいるからね」
彼は薄ら笑いを浮かべながら自嘲気味に話す。その目には確かな自信が感じられた。こいつ、この国の貴族たちをどれだけ懐柔してんだ?
「ねえ、グリム…お姉さまは…?」
「いえ、それは大丈夫です」
アレクシア王女が心配していることを即座に否定するグリム。そりゃまあアイリス・ミドガル王女が懐柔されていたら一巻の終わりだ。その場合、最悪国をひっくり返す大騒動になる。
「悪いけど僕も忙しいんでね。…早々に終わらせてもらうよ‼」
ゼノンが剣に魔力を込めてグリムに突きを繰り出す。流石魔剣士学園の非常勤講師を務めるだけあって足も魔力発動技術も早い!
しかし、流石は【ミドガル王家の盾】と言われるファントム伯爵家の『双肩』の一人グリム。とっさにアレクシア王女を抱えてステップバック。
ゼノンの突きは空を…斬ったわけではなく「ギィン‼」と言う鈍い音を立てて地面に突き刺さった。石膏で出来た地面に刺さった事が突きの威力を窺わせる。
ちなみに払ったのは俺だ。
ゼノンは俺が腹を薙いだ斬撃をステップバックで躱し、距離を取り感想を口にする。
「ほう…全力でなかったとはいえ殺すつもりで放った僕の剣に反応するとは…偶然とはいえ見事だ」
ゼノンは薄ら笑いを浮かべて語る。
俺も彼が全力を出していないことは前世と今世の経験から察していた。最も彼が教鞭をとっていた時に俺も全力は出していなかった(より正確には出していた振りをしていた)がそれは彼の今の台詞で見抜けなかったことを察することができた。
「シド・アウディトーレ、ベータ、こいつはお前たち二人でやれ!」
グリムの声が下水道に響いた。
「その男を倒せないような男にこの国の裏社会など任せられん。お前たちがこの国の未来を託せる一翼になれるか今ここで証明しろ!」
「「・・・了解」」
俺とベータは軽い溜息をついて答えた。
「へえ、君があの伝説の『ミドガル王国裏の番犬』か・・・父からは王家の番犬がファントム伯爵家で裏の番犬はファントム伯爵家が流したデマだと聞いてたけどねー。指導していた時にはあまり優秀には見えなかったけどね」
明らかに侮った口調と表情で語るゼノン。阿呆が・・・。
「ベータ、お前は下がって王女を守れ」
「はい!」
彼女は構えていた弓を背にしまい、短剣を抜いてアレクシア王女の脇で待機。
「・・・君一人で僕の相手をするなんて…ふざけているのかい?」
「いたって真面目ですよ先生」
俺の答えにゼノンは怒りの目を向ける。
「いいや、ふざけてるよ!例え指導していた時全力で無かったとしても僕に勝てるはずがない‼」
そう言って魔力で全身を強化して襲い掛かる。
彼の突きを躱しざまに鳩尾に蹴りをぶち込んだ。吐しゃ物を吐いて後方にもんどりうつゼノン。
「お…のれぇぇー‼」
殺意を漲らせて構えなおし、再び斬りかかるゼノン。
しかし、俺には分かる。今の一撃を喰らってもなお全力を出し切っていないと。こいつホントに実戦経験者か?俺も王家から強い推薦を受けて魔剣士学園の非常勤講師になった者の全力を見ずに殺しちゃもったいないと30%の力しか出していないんだが。
もしかして技術で負けなきゃプライドが許さないのかなと思い、袈裟懸けの一撃をミスリルソードで受ける。
流石は第3騎士団副団長。常人なら受け止めても押し切られて吹っ飛ぶ一撃だ。
その一撃を難なく受け止められてしまった事に腹を立てたのか一歩下がってから矢継ぎ早に斬撃を繰り出す。
数発受け止めて繰り出された蹴りを肘で迎撃。「グアァー‼」と叫んでもんどりうつゼノン。
苦悶と悔しさの表情で立ち上がると荒ぶる感情を抑える様に一度深呼吸をした。
「クソッやるじゃないか。全力でないとはいえ、僕とここまでやり合える奴はアイリス王女と第一騎士団長ぐらいしかいなかった。・・・だが実戦経験は無いみたいだね」
「倒れた時に止めを刺さなかったことを後悔させてやる…か?」
俺の台詞に歯ぎしりして悔しがるゼノン。
「くだらん負け惜しみはやめて全力で来い!時間の無駄だ‼」
「…良いだろう!全開だ‼」
「ヴォン!」という爆発音に似た音と共に目を凝らさなくてもハッキリ見えるほど膨大な魔力を身に纏う。魔力量のせいか顔に血管が浮き出ている。
俺の分析では剣と身体強化で半分ずつってとこか。総魔力量は8から8.5(公式には一般人の平均値を1としている)ってとこか。
確かに強い・・・
お互い魔力の出力を上げて対峙し…ゼノンから仕掛けた。
袈裟懸けから腹薙ぎ。その後喉へ突きを繰り出し止めた後首への横なぎ一閃・・・が届く前に躱した瞬間距離を詰めて殴る俺。
正直感心した。首めがけての突きからの横なぎ。これは伊賀崎流忍術の技だ。この必殺の一撃は前世で父に教わらなかったらヤバかった。
鼻を砕いて倒れそうになるもこらえて再び斬りかかる瞬間を合わせて右手の肘から先を切断した。
耳障りな声で倒れるゼノン・グリフィー。その隙を突き剣に10%の魔力を足して脚甲ごと建を切断。これでもう逃げられない。少なくとも走るのは不可能だ。
「さて、大人しく捕まるかい。最も王族の誘拐は取引材料が無い限り死刑だけど」
「ク、クソッ、貴様、それだけの力がありながら何故隠す‼」
「決まってるだろ。我らはこの国の影。この国の未来を脅かすモノを排除する。我々はただそれだけの為にある」
「クソがぁー‼ならば貴様を…」
俺を道連れにするための最後の一撃を繰り出す前に後ろに回り込んで首を掻き斬る。ゼノン・ガートランドは血反吐を吐いて倒れた。
血を浴びたくないとはいえ最後は忍びらしく決めてしまった。…欲をかきすぎたかな。
「シド・アウディトーレ、お前を認める。お前は裏社会の統治者として相応しいと!」
「そいつは有り難いですな」
ゼノンの死体を担いで歩く俺にグリムは俺の腕と頭を認めたと伝えた。どうやら両親とクレアに怒られなくて済みそうだ。
「ねえ、その強さはどうやって手に入れたの?」
帰りにアレクシア王女が俺に聞いてきた。
「そりゃあ努力してですよ。後才能にも恵まれたのでしょうかね?自分には良く分かりませんけど」
「嘘ね。貴方の剣筋を見てて気づいたわ。確かにその素早い動きと魔力量は才能なのかもしれない。でも貴方の剣筋は間違いなく凡人の剣。ただ努力の積み重ねにより到達できるモノよ。私には分かる」
「それは私も感じていました。私の師匠もそうだったので。ですが彼の年齢でその域に到達できた者を見たことはありません。出来れば聞きたいものですな」
アレクシア王女の言葉にグリムも同意する。参ったな。前世と今世合わせて五十数年分の経験があるからとは言えんし。
「そう申されましても一歩一歩着実に進んだからとしか申せません。それとアレクシア殿下。あなたならもうじき到達できますよ」
「何それ、慰めのつもり」
どうやら皮肉に聞こえたらしい。
「いいえ、私は5日間あなたと共に稽古してきました。確かにあなたにはアイリス殿下程の才能はないかもしれません。ですが基礎はしっかりできてました。地道でも実直な努力をしてきた証拠です。私は才能はあると言ってもらえました。でもトリッキーな剣は好きにはなれなかった。なので基本的なことを愚直に努力した結果私は私が好きな剣を身に着けられました。アレクシア殿下。私は才能のある者だけができる剣より凡人が積み重ねた剣の方が好きです。アイリス殿下の剣より貴方の剣の方が好きです。だから必ず私と同じところに、或いは私以上の場所に到達できます。私が保証しますよ」
全てを聞き終えた後、アレクシア王女は泣き出した。どうされたのか聞くとただ「ありがとう」と言われた。
どうやら何か吹っ切れたようだ。良い方向に。
~ 興王歴151年5月25日 PM00:40 ミドガル王国魔剣士学園~
(シド・アウディトーレside)
あれから一週間は目が回りそうだった。ゼノン・グリフィーの死体を衛兵駐屯地に持っていき、事情聴取を受けたがアレクシア王女とグリムが連絡して来てくれたファントム伯爵家とジェット侯爵家の当主が色々と説明してくれたら解放してもらった。
おかげで翌日は治療のために学校を休めたけど二日目に授業が終わった後、今度は王家の近衛兵の取り調べにあい、ゼノンの事や事の顛末をつぶさに聞かされた。
ちなみに【テンプラー】の事を言ったら「そのことは絶対に口外しないように」と言われてしまった。
聖教はこの大陸にある全ての国で信仰されている宗教だ。【テンプラー】は派閥の一つとは言え表立って敵対するのは総本山を敵に回す可能性がある。
それは国家存亡の危機に直結する。少なくとも現時点では打つ手がない。
結局取り調べが終わった後、俺が取れる行動は父、ファントム伯爵家、ジェット侯爵家にゼノンから聞いたこと(【テンプラー】と王家の後押しでアレクシア王女との結婚と第一騎士団団長就任で権力奪取)を書いた手紙を送るしかなかった。
それとは別に嬉しい事もあった。アレクシア王女が変わったのだ。
事態が落ち着いた一週間後、病院での精密検査と自宅静養が終わり、登校してきたアレクシア王女が俺とナナシー・レイブンクローに放課後体育館に来るように言われた。
「こんにちはアレクシア王女。まずは回復と復学おめでとうございます」
「わざわざありがとう二人とも。取り敢えずお礼を言いたくて呼んだわ」
「我々はあくまで王命を遂行したまで。貴族としての義務を果たしたにすぎません」
そう言って頭を下げる。
「ナナシーさん。貴方の活躍も聞いたわ。うまくゼノンの監視を攪乱してくれたって」
ちなみにナナシーは自分の尾行を蒔いた後、僕のアパートに来た。
僕が出かけた後、尾行を襲撃して気絶させてくれた。神経毒を使うとは思い切ったな。
「それでその…実は今日は貴方に頼みがあってきたの」
「頼み事?」
「今後も私の稽古に付き合ってもらえるかしら…早く貴方のようになりたいから」
「喜んで」
「私も協力いたします」
ナナシーも承諾の返事をした。
「それと…貴方さえよければだけど…」
何故か言いよどむアレクシア王女。何がいいんだ?
「私が強く成るまでの間…貴方との恋人関係も継続した方がいいんじゃないかって思ったんだけど…どうかしら」
頬を少し赤らめながらも真剣な目で聞いてきた。
「いいえ、これからはただの友人関係にしておいた方が無難かと。むしろ誰かに聞かれた時はグリフィー家の調査の為にそうしていただけと言った方が今後の為に良いかと」
「私もそう思います」
「そ、そう。じゃ、じゃあこれからもよろしくね2人とも」
「「ハイ!」」
彼女の様子にピンときたが敢えてごまかした。
仮に本当に俺に好意を持っていたとしてもそれは吊り橋効果って奴で本当の恋じゃない。それに彼女の今後の事を考えるとその方が絶対良い。アウディトーレ子爵家もレイブンクロー子爵家もあくまで王家の影なのだから。
今後の展開は考えてないので更新は当分先です。