「ナニあの、キン肉ダルマ!? マジで格闘技w って感じなんだけど」
天空闘技場1階の選手控室。
そのだだっ広い空間の片隅で、リーノ――前世の名前を黄瀬光太という引きこもりニートはモニターを見ながら、リングの格闘家たちを見下すようにゲラゲラと笑っていた。
衣服の上からでも分かる、鉄塊のような大胸筋。歴戦の証明である潰れた耳。そんな凄まじい威圧感を放つ大男たちを尻目に、リーノはだらしなくパイプ椅子にふんぞり返り、大声でイキり散らかしていた。
「ぶっちゃけ、俺の力があればフロアマスターとか一瞬っしょ。あんな鈍重な動き、俺の敵じゃないワケ。完全に、完璧に、これイージーモードだわwww」
周囲のモブ格闘家たちが、ピキリと青筋を立てて苦々しい視線をリーノに注ぐ。リーノはその視線を気にも留めない。
なぜなら、彼のオーラは世界最高クラスなのだ。バッテラから支給されたブラッククレカの全能感も手伝って、リーノの脳内麻薬は完全にドバドバ状態だった。
そして、誇り高き格闘家たちのプライドがリーノとのレスバを許さなかった。こんなやつと同レベルだと思われたくない。それが控室にギリギリの均衡を保たたせていた。
『――1055番、リーノ=グラス選手。および、1120番、ツバサ=スカイウォーカー選手。1階、第3試合会場へお越しください』
アナウンスが響く。
「お、呼ばれたか。ちょろっと秒殺してくるかなぁ」
リーノは伸びをしながら立ち上がり、格闘家たちの冷ややかな視線を浴びながら、ひらひらと手を振って通路へと消えていった。
コンクリートに囲まれた広大な1階試合会場。大歓声に包まれる中、リーノの対面に立ったのは、柔道着のような武道着を着て、黒い仮面を被った奇妙な男だった。
『破面流の使い手! ツバサ=スカイウォーカー』
『海王殺し! リーノ=グラス』
「何が海王殺しだ! ウソつけぇーーーっ!」
「あのクソガキをやっちまえええええっ!!」
リーノは凄まじいブーイングを受けている。
「俺の才能が妬まれてるぜ」
「キミがリーノ君だね」
仮面の奥から響いたのは、感情を完全に押し殺したような、低く、地を這うような「激怒」の声音だった。
「な~に、怒ってんのwww 俺の控室の態度に怒ってんの? そういうのダサいよ。ここは天空闘技場! コブシで語り合おうぜ」
その男――ツバサの全身から、凄まじい威圧感のオーラが立ち上る。
リーノはゾクッとした。
これは念能力の気配!? そういえば、この世界に来て、念能力のバトルはこれが初めてか。
念能力が使えるやつなんて、こんな1階にいるわけないのに、どうして!?
偶然!?
そんなわけあるか。何がどうなってんだ!?
190階のファイトマネーは1億を超えるとも言われる。もしかして、天空闘技場2周目か?
警戒しようか。ザコ相手だとしても。
『――始めッ!』
審判の合図と同時に、リーノが『周』を発動。空気抵抗を極限までゼロに近づけて「超高速の直線移動(量子化)」を構築する。
音もなく、空気を切り裂き、リーノは光の如き速度で、ツバサの直線上の背後へと回り込んだ。
勝った! 背後は取った――っ!!
リーノが必殺の右ストレートを放とうとした、その瞬間。ツバサはノールックで、背後のリーノへ向けて拳を突き出していた。
無駄だっつーの! 俺の身体は今、量子化して物理もオーラも無力化できるんだよ!! これが最強無敵の俺の念能力なんだよ!!
リーノの身体を、ツバサの拳がすり抜ける。
だが、次の瞬間、ツバサはリーノの目の前から消え去っていた。
「……へっ!?」
なんで!? いなく、なった!? どこに消えた!?
意味がわからんのだが。なにがどうなってんの!? マジで、これどうなってんの!?
次の瞬間、リーノの全身に、かつて経験したことのない「悪寒」が走った。
リーノの量子化が解除される。
「はぁっ!? なんで!?」
俺のオーラがごっそり削られてる!? 量子化に必要なオーラが激減して、量子化が強制解除されたのか!?
リーノはパニックになる。
目の前から、ツバサが消えて、リーノのオーラが削られて、能力が強制解除されたのだ。念能力バトルになれてない素人がパニックになるのは当然。
もしかして、ツバサは俺と同じゴースト!?
冷や汗をたらしたリーノの頭を、分厚い手にガッシリと、信じられないほどの力で掴まれてしまった。
「――しまっ、」
これは能力を封じる能力か!? いや、意味がわからない、なんで動けない――!?
「キミにはお灸を据える必要がありますね」
ツバサの冷徹な声が響くと同時に、リーノの身体が宙を舞った。
激怒を込めた破面流の使い手の力で、容赦なくコンクリートの壁へと力任せにぶん投げられたのだった。
「が、あッ……!?」
凄まじい衝撃。
コンクリートの壁にめり込み、リーノの右腕の骨がバキバキと音を立てて砕ける。
前世の引きこもりニートのままの貧弱な肉体には、あまりにも耐え難い激痛が走った。
『そこまで! 勝者、ツバサ=スカイウォーカー!』
審判のストップの声が遠く聞こえる中、リーノは激痛と、何が起きたか分からない恐怖のまま、その場に崩れ落ちた。
◆ ◆
コンクリートの天井がみえる。
「またかよ。知らない天井」
処置室のベッドで、リーノはコンクリートの天井を見上げていた。右腕には痛々しいギプスが巻かれている。
ツバサ=スカイウォーカー……あいつ、絶対に初見殺しのチート野郎だ……。
なんで量子化が解けたんだ?
1階にいるやつがそんな能力持ってるとか、反則だろ……!
瞬間移動と能力を封じる能力のメイン能力二つ持ちとか、インチキだろ。チートだ! チート!
頭の中はハテナマークでいっぱいだった。
ツバサ=スカイウォーカーという名前を逆恨み100%で心に刻み込んだ。
◆ ◆
処置室を出ると、ずっしりとした絶望感がリーノを襲った。
最高級のスイートルームに戻るには、どうしてもさっきの格闘家たちの控室の前を通らなければならない。
いや、でも、俺はバッテラのブラッククレカがあるし、1泊100万の部屋に戻るだけだから……。
自分に言い訳をしながら通路を進んだ瞬間、控室から出てきたモブ格闘家たちとバチリと目が合った。
「おい見ろよ、さっきの大口ヤロウだぜwww」
「一撃で壁に埋まってやんの。マジでダサすぎだろwww」
大男は俺の肩に手を置く。
「残念だったな。天空闘技場1階で即退場。これがおまえの現実! 真実! ざんねんさ~~ん!」
通路に容赦のない爆笑が響き渡る。
前世ニートのリーノにとって、この「他人の嘲笑」と「恥をかく空間」は、骨折の激痛以上に耐えられない精神的ダメージだった。
プライドが完全に粉砕された。
あ、無理だ……もう、ここにいられない……。
スイートルームに引きこもることすら諦め、リーノは天空闘技場タワーから逃げ出すように夜の街へと溶けていく。
◆ ◆
この街に、あの海でみたきらめくような星空はない。
きらびやかなエンターテインメントシティの明かりの陰を、リーノは惨めにトボトボと歩く。
ふと見ると、街の片隅には、同じように天空闘技場ドリームに夢敗れて、ギプスをハメたり、松葉杖をついたりして、失意のまま荷物をまとめて街を去っていく格闘家たちの姿があった。
ああ、俺……あいつらと一緒だ……。
一瞬で調子に乗って、一瞬で現実にへし折られて……。
世界の敗北者だ……。
「痛てぇ……」
骨折の痛みなのか、プライドをへし折られた痛みなのか。
冷たい現実が胸に突き刺さる。
このままバッテラとの契約もブッチして、またあの極貧のゴースト(不審者)に戻るのか?
前世と同じように、また嫌なことから逃げ出して、一生引きこもるのか?
その絶望のどん底で、かつて交わしたフック船長の言葉が、頭の中に強烈にリフレインした。
――『ハンターになれ!』――
涙がこぼれた。
「逃げたく……ねェな……逃げたく……ねェよ……船長……」
ここで逃げたら、俺は一生、あの薄暗い部屋のニートのままだ……!
リーノが奥歯を噛み締め、初めて「本物の覚悟」をその胸に宿した。
その瞬間だった。
肉体の内側に眠るギフテッド――「戦闘タイプの超適応体質」が、リーノの強い意志(覚悟)に呼応した。
身体の内側から、莫大なオーラが折れた右腕へと凄まじい密度で押し寄せる。
それはまさに、原作でクラピカがウボォーギン戦で見せた『癒す親指の鎖(ホーリーチェーン)』の超高速治癒そのものだった。
メキメキメキメキッ……!
オーラが激しく明滅し、皮膚の下で砕けた骨が凄まじい速度で再結合していく感覚。
実戦の痛みを、戦闘の経験値をその肉体に刻み込みながら、腕は前よりも確実に強く、頑丈に進化していく。ツバサの攻撃に耐えられるほどではないが。
痛みが消えた。
「え……? 治った……?」
バリバリと自分の手でギプスを引き剥がし、放り投げる。完全に元通りになった拳を強く握りしめる。
「強く……なってる!?」
念能力って、一体なんだんだ!?
強さって、一体なんなんだ!?
リーノは立ち上がり、ハングリー精神に満ちた目で、夜空にそびえ立つ天空闘技場タワーを見上げた。
「ツバサ=スカイウォーカー……! 次は絶対に、そのすました顔をぶっ飛ばしてやる……! 絶対に! 絶対に!!」
それはニートの虚勢ではない。本物の火が、ゴーストの瞳に灯っていた。