ヒソカ vs 悪魔の実編   作:マネ

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天空闘技場200階編
幻影旅団来襲


 数十キロはある特製の柔道着が、鉛のように両肩へ食い込んでくる。

 

 一歩進むごとに、総重量百キロを優に超える質量となった肉体がコンクリートを鳴らし、足の裏から脳を揺らすような鈍い衝撃が突き抜けた。

 

「クソ……あの温厚面ハンターめ。200階クラスに上がってまで、なんでまたこんな基礎修行をしなきゃならないんだよ……」

 

 リーノは汗まみれの顔を歪め、心の中でウイングへの恨み節を吐き捨てていた。

 

 天空闘技場にやってきて、敗北してから続けている、終わりのない外周走り。

 

 体調の悪さも手伝って意識が朦朧とする中、ただ機械的に足を動かしていると、背後から地響きのような荒々しい足音が迫ってきた。

 

「オラオラオラァ! どきな、邪魔だ、邪魔だァ!」

 

 聞き覚えのある、やけに威勢の良いダミ声。

 

「あっ、ゴンズ選手だ!」

「車椅子だったのに!」

「足が治ったの!?」

 

 まわりから、ゴンズに声援が送られる。

 

 振り返るよりも早く、強烈な風がリーノの横をすり抜けていく。

 

 そこには、信じられない力強さで地面を蹴り、猛烈な速度で激走していくゴンズの背中があった。

 

 本来なら、凄惨な試合によって両足を複雑骨折し、車椅子から立ち上がることすらできない状態だったはずの男。

 

 そんなゴンズが全力で走っている。

 

 ゴンズがリーノの横へと並ぶ。

 

 ドスドスと並走する二人の間に、十数秒の重苦しい沈黙が流れた。

 

 リーノは何も言わない。

 

 ただ前だけを見て走る。

 

 たぶん、それだけで、すべて伝わるだろう。これは言葉で伝えることじゃない。いや、言葉で伝えちゃダメなことだ。

 

 この世界の理を壊すから。

 

 男の足元の脈動を見つめながら、そんなことを思っていた。

 

「リーノ」

 

 ゴンズが、正面を見据えたままぽつりと声を絞り出した。

 

「ありがとな」

 

 突然の言葉に、少し間を置いてリーノはぶっきらぼうに返す。

 

「……何のお礼だよ」

 

 伝わった。すべて。

 

「そっか……なんでもねェよ! ほら、モタモタしてると置いてくぞ!」

 

 ゴンズは白い歯を見せてニカッと笑うと、さらにギアを上げて加速していった。

 

「待てって!」

 

 リーノも重い柔道着を揺らして追いかける。

 

 だが、遠ざかっていくその逞しい背中を見つめながら、胸にはある予感が確信となって灯っていた。

 

 ゴンズとの別れの時が、すぐそこまで近づいている。

 

 外周を丸々一周してスタート地点へと戻ってきたところで、ゴンズはぴたりと足を止めた。

 

 大きく肩で息を切らしながらも、その表情にはかつての悲壮感はない。

 

 驚くほど清々しい顔だった。

 

「オレはここまでだ」

 

 俺は黙って、その言葉を受け止める。

 

「……自分の才能の限界ってやつが、よぉく分かったよ」

 

 ゴンズは自分の両足を見つめ、静かに、けれどしっかりと語った。

 

「おまえや、上層階にいる奴らを見て悟ったんだ。オレは、一握りの天才だけが許されるメジャークラスの人間じゃなかった。だからよ、オレは元の居場所に戻る。そこでまた、泥臭くやり直すさ」

 

 その決意に迷いはなかった。

 

 リーノが小さく頷くと、ゴンズは満足そうに手を振って去っていった。

 

 そして時を同じくして、いつの間にか傍らに立っていたパームも、長い黒髪を揺らしながら冷徹な、けれどどこか寂しげな視線を向けてくる。

 

「もう、貴方に私の護衛は必要ないわね。ウイングさんの指示通り、私は任務を外れるわ」

 

 原作のような狂気に染まる前のパーム。

 

 まだ、ぎりぎり綺麗なお姉さんでいられた頃の、乾いた退場だった。

 

 戦友たちの退場に、リーノがぽっかりと空いた胸中を抱えて息を吐き出した、その時だった。

 

 天空闘技場の外周掲示板のモニターに、天空闘技場の最新速報が表示される。

 

 

 

【激震! 人間兵器ウボォーギン選手、一気に100階クラスへ到達!】

 

 

 

 画面を開くと、掲示板はすでに狂乱の渦に包まれていた。

 

『200階への昇格は既定路線!』

 

『新スターのリーノ選手との対決が今から楽しみすぎる!!』

 

 呑気なコメントの数々に、リーノの背筋へ氷水のような戦慄が走る。

 

 ウボォーギン。

 

 幻影旅団最強の破壊獣。

 

 クラピカが命を賭した嵌め殺しを使わなければ倒せなかった、原作屈指の怪物。

 

 それが、なぜ今このタイミングで天空闘技場に現れたのか。

 

 混乱を抱えたまま、薄暗い廊下を歩く。

 

 そして、その最悪の予感の本体と、あまりにも早く正面から衝突することになった。

 

 ドクン、と心臓が跳ね上がる。

 

 通路の向こうから歩いてくる、圧倒的な巨体。

 

 人間とは思えない、潜在的かつ狂暴なオーラが空間を軋ませていた。

 

 幻影旅団ナンバー11のウボォーギンが、そこにいた。

 

 獣のような視線が一瞬だけリーノをかすめる。

 

 だが、それは見ているようで、まるで見ていなかった。

 

 圧倒的な戦闘経験値の差。

 

 自分への絶対的な自信。

 

 リーノなど、彼の視界ではその辺の石ころ程度にしか映っていない。

 

 その隣を、退屈そうにスマートフォンをいじりながら歩く金髪の青年が、呆れたように口を開いた。

 

「ウボォーさん。なんで天空闘技場の闘士登録なんて、わざわざしたんです?」

 

 おそらく、シャルナークだ。

 

 ウボォーギンは不敵に笑い、野太い声で鼻を鳴らす。

 

「アイツをみつけるまでの暇つぶしだよ。どうせ、アイツは天空闘技場で遊んでんだろ。オレの勘は当たるんだよ。……それより腹が減ったな。飯にしようぜ、シャル」

 

「ちょっと、食い逃げはダメですからね。面倒くさいんですから。ちゃんと払ってくださいよ」

 

「はぁ!? 知るかよ、俺はカネは持たねぇ主義なんだよ!」

 

 噛み合わないのに妙に親密な会話を聞きながら、リーノは真意を察した。

 

 彼らの狙いはヒソカだ。

 

 原作でも、ヒソカは自分が興味がない作戦には参加しなかった。ヒソカの目的はクロロとのタイマンだから。そして、またサボったんだろう。

 

 天空闘技場は定期的に試合をしないといけない。だから、ヒソカはここにいると踏んだんだろう。マチのように。

 

 ウボォーギンとシャルナークは、ヒソカの制裁のためにここへ来たのだ。

 

 とんでもない奴らが、一気にやってきた。

 

 しかも敵として。

 

 この化物たちを相手に、200階クラスで三勝を挙げなければならない。

 

 その非現実的な内容に、リーノは目眩を覚える。

 

 その様子を物陰から見ていたウイングが、珍しく微笑みを消した声で肩に手を置いた。

 

「リーノくん。彼とは絶対に戦ってはいけませんよ。今のキミが勝てる相手じゃありません」

 

「……どのくらい、強いんですか?」

 

「はっきり言います。単純な破壊力とパワーだけなら、あのネテロ会長よりも上でしょう。正面からやり合うのは、トップクラスのハンターでも難しい」

 

 化物たちの巣窟。

 

 そこに自分は足を踏み入れてしまったのだ。

 

 その事実だけが、鈍く重く胸に残った。

 

 ――ピロリン。

 

 直後、手元の携帯が200階クラス特有の重々しい通知音を鳴らした。

 

 画面に表示されたのは、たった今決定した最新の対戦通知。

 

【リーノ VS アシュラ】

 

 逃げ場のない天空闘技場200階クラスの戦いは、もう、とっくに始まっている。

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