ウボォーギンの強さは、ネテロ会長以上……?
ネットで、そんな話は見たことがない。
ハンター協会の最強はネテロかジン。
そう語られることのほうが、ずっと多かったはずだ。
じゃあ何か。
ウボォーギンの暴力は、あの百式観音すら上回るっていうのか?
……いや。
ウイングさんが百式観音を知らないだけかもしれない。
とはいえ、そんなことを本人に聞けるわけもない。
そもそも、原作でクラピカと戦った時のウボォーギンは万全じゃなかった。
陰獣と戦い、毒を受け、不眠不休でクラピカを追っていた。
そんなボロボロの状態だったはずなのに、あの一戦ではそれを微塵も感じさせなかった。
あれは、心も肉体も怪物だったってことだ。
そして今のウボォーギンは、どう見ても万全。
陰獣との戦いでは、反力もなしにオーラの出力だけで地形をぶっ壊していた。
バケモンだ。
嫌だ。
絶対に戦いたくねェ。
……いや、待て。
もし本当にウボォーギンとやり合うことになるなら、発は必要だ。
どんな発を作る?
強化と弱体化。
放出系の鎧。
そこに変化系を加える。
感謝の正拳突き・武の極み。
……いや、ネーミングはあとだ。
「さぁ、リーノくん。休憩は終わりですよ」
「えぇ……もう? この鬼師匠!」
「リーノくん、私なんて全然鬼じゃありませんよ。師範に比べれば」
ウイングさんは、師範のことを思い出したのか、ひどく嫌そうな顔をした。
ビスケって、ゴンとキルアには優しかったけど、あれは才能があったからだよな。
普通の弟子には、鬼ゴリラみたいな師匠なんだろうか。
重い柔道着を着たまま、外周の周回を再開する。
ウイングの容赦ない指導。
押し寄せる情報量。
そのせいで、俺の意識はかなり朦朧としていた。
見通しの悪い街角の、細い曲がり角。
ドスドスと重い足取りで角を曲がった、その瞬間だった。
ふっと、白い服の影が視界へ飛び込んでくる。
「――あ」
なんで、こんなところに歩行者が!?
避ける間もなかった。
総重量百キロオーバーの質量が、その影と正面から激突する。
ドカァン!!
派手な音が響いたわりに、衝撃は妙に薄かった。
吹き飛ばしたわけじゃない。
ぶつかった相手の男が、一歩も動かなかったのだ。
念による肉体強化の気配すらない。
ただの筋肉と骨格だけで、突っ込んできた百キロの質量を完璧に無力化してみせた。
それどころか、衝撃で後ろにひっくり返りそうになった俺の腰へ、しなやかで強靭な腕がすっと回り込む。
気づいた時には、俺のカラダは地面から浮いていた。
髪を下ろした私服姿の青年。
そいつは、汗だくの百キロ超えの少年を、まるで少女漫画のヒロインみたいに軽々とお姫様抱っこで持ち上げていた。
息一つ乱さず、至近距離からねっとりとした視線を注いでくる。
「おっと、大丈夫かい♣ ……お姫様◆ ボクたち……どこかで会ったことがあったかな……♥」
耳元で響く、口説き文句みたいなおぞましいトーン。
全細胞が本能で関わるなと絶叫した。
顔にペイントがなかろうが、私服だろうが、関係ない。
この男は、間違いなくヒソカだ。
「――っ、お姫様だと? 俺は男だ。放せっ!!」
俺が全力で暴れる。
だが、男だと告げられた瞬間、ヒソカの顔から困ったような苦笑が綺麗に消え去った。
代わりに、その薄い唇が耳元まで届きそうなほど深く歪む。
冷めるどころか、その瞳には極上の玩具を見つけたみたいな歓喜が浮かんでいた。
「……そうか……男の子だったんだねぇ……◆」
ぞっとするほど優しい手つきで、壊れ物を扱うように俺を地面へ降ろす。
足がついた瞬間、足首に鋭い痛みが走った。
数十キロの柔道着をまとい、走り込みを続け、今の衝撃まで受けた足首は、すでに赤く腫れ上がっている。
ヒソカの目が、すかさずそこを捉えて細められた。
「ケガはないかい♦ ……おや♣ 足を怪我しているじゃないか。ダメだよ。男の子の大事なカラダなんだから……♥」
ヒソカのセリフの全部がおかしい。
「ボクの部屋で、優しく手当てをしてあげようか……◆」
熟すのを待つ果実を見るような、粘ついた視線。
「断る。気安く触るな」
生理的嫌悪感で内臓がひっくり返りそうになりながら、俺は差し伸べられた手を激しく振り払った。
そのまま、逃げるように再び走り出す。
「じゃあね。リーノ♥」
ヒソカが俺の名前を呼んだ瞬間、心臓が凍りついた。
ぶつかったのは偶然じゃない。
最初から知っていたんだ。
俺が、このタイミングで、この場所を通ることを。
全部、ヒソカの計算の上。
背筋を悪寒が駆け抜ける。
――ロックオンされた。
その確信が、背筋を冷たく撫でた。
その時、外周通路に設置された巨大モニターの表示が切り替わり、大音量のファンファーレが鳴り響いた。
画面に映し出されたのは、天空闘技場200階クラスの注目カード。
【奇術師ヒソカ VS 魔術師アシュラ】
モニターに映るヒソカは、奇術師のメイクのまま不敵に笑っている。
『奇術師に不可能はない♠』
その隣で、アシュラは鼻で笑うように言い返していた。
『魔術は奇術の上位互換です』
どっちも、自分が負ける未来をまるで想像していない顔だった。
「無敗のヒソカと無敗のアシュラ。とうとう二人の激突だ!」
「すげェ」
「夢のカードじゃねェか」
周囲の観光客たちが一気に湧いた。
対戦日を見た瞬間、俺は固まる。
――1週間後?
俺とアシュラの試合の一週間後じゃねぇか。
ピキッ、と何かが切れた。
「ふざけんなッッ!!!」
俺の大声に、周囲の視線が一斉に突き刺さる。
「あっ、リーノだ」
「海王殺しだ」
そんなことはどうでもよかった。
「俺を舐めてるのか? それとも、ものすごく舐めてるのか?」
これ以上ない怒りが込み上げてくる。
ここまで露骨にバカにされたのは、さすがに初めてだった。
屈辱だ。
これはつまり、そういうことだ。
俺との戦いの一週間後にヒソカ戦を組むということは、アシュラにとって俺は無傷で踏み越えられる前座でしかないということ。
――おまえなんて、俺の敵じゃない。
アシュラからの、痛烈すぎるメッセージ。
しかも、天空闘技場の公式宣伝で、それをやりやがった。
だったら、こっちもやってやるよ。
「アシュラは俺が倒す! そして、ヒソカとは戦わせねェ!」
俺の叫びに、周囲の空気が一瞬だけ止まった。
だが次の瞬間、観光客のひとりが面白がるように口笛を鳴らす。
「アシュラとリーノが戦うなら、オレはリーノに賭けるぜ」
ざわめきが、少しずつ熱を帯びて広がっていく。
アシュラ! 上等だ。
舐められたまま終わる気は、さらさらねェよ。
「ひっさしぶりの都会だわさ」
「わさ?」
その独特の語尾に、俺の心臓がどくりと跳ねた。
まさか。
このタイミングで、来るのか。