スマホが鳴った。
ウイングさんに呼び出されて、俺は部屋に向かった。
中に入ると、ウイングさんの向かいにビスケがソファに深く座っていた。
「それじゃ、ビデオをみて、わかったことを言ってみるわさ」
「ビデオ?」
思わず聞き返した。
「何よ」
「今はビデオじゃなくて、ネット配信でみるんだけど」
「ネット配信?」
ビスケの眉がぴくっと動く。
「何よ。それ?」
目が泳いだ。
「もしかして、今でもホームコードとか使ってんの?」
「つ、使ってるわさ」
ビスケがわずかに言葉を詰まらせる。
「そのほうが安全だし」
「師範の言う通りです」
ウイングさんが静かに口を挟んだ。
「通信技術は進んでいますが、保全はまだ甘いです。利便性より安全性を取るなら、ホームコード管理のほうが理にかなっています」
ビスケの顔がぱっと立ち直った。
「そういうことだわさ」
「いや、でもスピード感は終わってるだろ」
「速けりゃいいってもんじゃないわさ。あんたみたいに雑な人間には、それくらい不便なほうがちょうどいいわさ」
「なんだそれ」
「事実だわさ」
「時代に置いてかれてるだけじゃん」
「置いていかれてるんじゃないわさ。必要のないものに飛びついてないだけだわさ」
「強がってるようにしか聞こえねえな」
「リーノくん!」
ウイングさんの声が落ちた。
その一言だけで、喉が止まる。
「そのへんにしておきましょう」
「はい」
はいと答えたのに、ビスケはまだこっちを睨んでいた。
でも、さっきみたいな泳いだ目じゃない。いつもの調子を取り戻している。
「それじゃ、無駄話は終わりだわさ」
ビスケが足を組み直す。
「炎の魔術師の能力を言ってみるわさ」
空気が切り替わった。
さっきまでの言い合いが、まるで最初からなかったみたいに。
俺も背筋を伸ばした。
◆ ◆
「アシュラは能力を三つ持ってる」
そう言ってから、見た映像を頭の中で並べ直す。
ちらっとウイングさんを見る。真面目な顔でこっちを見ていた。
ビスケは腕を組んだまま、黙っている。
「ひとつは、体を炎に変化させる能力。ひとつは、左目で見たものを焼き尽くす黒い炎。最後は、連続で放たれる炎の念弾だ」
自分で言ってて嫌になる。
「近距離も遠距離もいけるし、炎化してる間は攻撃も通りにくい。かなり隙のない能力だと思う」
まともにやり合うには、強すぎる。
そう思いながら、もう一度だけビスケの顔を見る。
相変わらず、表情は変わらない。
「ただ、左目の黒い炎は、出る前に左目へオーラが集まる。一瞬だけタメがある。そこを見れば、発動のタイミングは読める」
一拍置く。
「……その動き自体がブラフじゃなければ、だけど」
そこはまだ断言できない。
あいつなら、そういう揺さぶりを混ぜてきてもおかしくない。
「あと、黒い炎は連発できないっぽい。何試合か見たけど、立て続けには使ってなかった」
そこで、ウイングさんの眉がわずかに動いた。
あれ、という顔だった。
そりゃそうだ。
映像だけ見れば、連続で撃ってるように見える場面はある。
俺はそのまま続けた。
「ただ、インターバルがどれくらいあるのかまでは、出せなかった。過去の対戦データだけじゃ、そこまではわからない」
ウイングさんの視線が、少しだけ鋭くなる。
なんだよ、その顔。
「最後の炎の念弾は、見えなくすることもできる。黒い炎のカモフラージュとして使ってる場面もあった」
その瞬間だった。
ウイングさんの目が、はっきり見開かれた。
あ、と思った時には、指先がかすかに震えていた。
なんだよ。
そんなに変なこと言ったか?
でも、ウイングさんの顔は違った。
間違いを見つけた顔じゃない。
むしろ、信じられないものを見る顔だった。
そこまで見えていたのか、とでも言いたげに。
でも、ビスケは違った。
ウイングさんみたいに驚いた顔はしない。
じっと、俺を見ていた。
細めた目が、笑ってるのか睨んでるのかもわからない。
口元も動かない。
なのに、見られてるだけで落ち着かない。
試されてる。
そんな感じがした。
言ったことの正しさを見てるんじゃない。
もっと別の何かだ。
どこまで見えてるのか。
どこまで考えられるのか。
この先、伸びるのか。
そういうのを、まとめて覗き込まれてるみたいだった。
その視線で、ふと思い出した。
前にウイングさんが言っていた。
ビスケは、才能がないと思った相手は秒で切り捨てる。師匠失格みたいなタイプだって。
ああ。
ウイングさんが言ってたの、これか。
この人は今、俺の才能を見てる。
弟子にする価値があるかどうか。
そこを測ってる。
背中がぞわっとした。
冗談じゃない。
なりたくねェんだよ。
ババァの弟子になんか。
「どうやって攻略するわさ?」
その問いに、俺はすぐ答えた。
「そのインターバルで接近して、俺の左手の弱体化で炎化を解除する。一撃入れるなら、そこしかない」
言いながら、ちらっとビスケを見る。
案の定、いい点をつける顔じゃなかった。
赤点とまではいかなくても、まだ話にならないとでも言いたげな顔。
「まず大事なのは、インターバルの時間だわさ」
まずってなんだよ。
他にもあるのか。
わかんねェ。
この人、何を見てるんだ。
「インターバルがあるなら、当然、その間、自分を守るための技を準備しているはずだわさ」
「それが赤と黒の炎。炎遁・加具土命」
「遠距離の天照と、近距離の加具土命。それがアシュラのメインの能力だわさ」
そこでビスケは、じっと俺を見た。
「なんだよ?」
「そこまでわかっているのに、なんでインターバルの時間に気づけないんだわさ」
「えっ!?」
「ウイング?」
「はい。師範」
ウイングさんは動画を止めた。
「ここをみるわさ」
映像の中で、アシュラが天照を放つ。
敵は闇雲に燃えながら、それでも距離を詰めてくる。
アシュラは加具土命で迎え撃った。
その威力に押されて、敵が思わず距離を取る。
天照を撃つなら、そこだった。
なのに、アシュラは撃たない。
敵からさらに距離を取る。
この場面、覚えてる。
見た時、なんか変だと思った。
そして、少し遅れてから、天照が放たれた。
天照から天照まで、九秒。
「あっ」
「気づいたわさ?」
撃てる場面で撃たなかったんじゃない。
撃てなかったんだ。
そう考えると、さっきの違和感が一気につながる。
天照のインターバルは、およそ9秒。
「そっか。これがわかれば、いろいろ見えてくる」
止まった映像を見たまま、俺は呟いた。
「インターバル中は、念弾も撃ててない。カモフラージュの炎の念弾のあとに天照を撃ってるし、その逆はない。ってことは、天照はあいつにとって必殺技なんだ」
ビスケは、そこで、初めて、ひとつ頷いた。
横目で見ると、ウイングさんがわずかに目を見開いていた。
口元に当てた手が、そのまま止まっている。
「インターバルの間に接近するって考えはわかるわさ」
少しだけ息がしやすくなる。
「じゃあ、どうやって一発目の遠距離攻撃を交わすわさ?」
喉が詰まった。
「まずは一発目をどう避けるか考えなさい」
「それは、左目のタイミングを見て――」
「そんなのは相手も考えてることだわさ」
ぴしゃりと切られた。
「天照は、あいつにとって必殺技だわさ。見えてる相手に、読まれてる形で撃つもんじゃないわさ」
ビスケはまっすぐ俺を見た。
「必ず、決まるハメの形を作ってから放ってくる。必ずね」
「うぐっ」
その一言で、喉が詰まった。
言い返せない。
理屈を並べられたからじゃない。
脅されたからでもない。
百戦錬磨。この人は、そういう勝負を何度もくぐってきたんだって、わかったから。
天照の性質を読んだんじゃない。
必殺技を持つやつが、どういう時にそれを放つのか。
戦いってものの底のほうを、この人は知ってる。
だから、迷わない。
必ず。
その一言だけで、俺が立ってた浅い場所ごと、ひっくり返された気がした。
◆ ◆
「ヒソカと一緒に見たんだ」
「そう」
「アイツは、モニターなんて一切見てなかった。俺の反応だけ気にしてるようだった。なのに、俺より深いところが見えてるようだった」
「敵を観察し、分析する力。そして、敵を攻略するための手段を、戦いながら瞬時に組み立てる力。戦闘考察力」
「えっ!?」
「念での戦いは、相手によって答えが変わる。そこでいちばん大事なのは、思考の瞬発力。いくつも対処を思いついて、選んで、すぐ動く。その速さを、反射に近づけること」
「今の俺には、戦闘中にそれは無理だって言いたいの? だから、こんな場を用意したの?」
「彼にとっては、それが日常だって言ってるんだわさ。あんたを見ながらでもできるくらい、自然なことだってことだわさ」
ゾクッとした。
「けれど、それをこうもあっさりやってしまう念能力者なんて、あたしでも見たことがないんだわさ。まるで、物語の中に出てくるような男だわさ」
ビスケの顔が、わずかにこわばった。
その表情を見た瞬間、ようやくわかった。
あの時、ヒソカと冗談を言い合っていたあの空間が、なんであんなにおかしかったのか。
――ヒソカは、自分以外の誰にも属さない。
――自分が最強だと理解しているからだ。
その意味が、今になって、ようやく見えた気がした。
戦ってすらいない。
戦っているところを見てもいない。
それでも、ヒソカの一言が、ヒソカの立ち振る舞いが、それを示している。
きっと、そんなこと誰も気づかない。
ただの変態にしか見えなかった。
でも、その奥にあったのは、最強だった。