翌日の試合を前に、俺はその試合を行う石板リングに寝転がっていた。
巨大な会場はもうほとんど人気がない。なのに、天井から吊るされた馬鹿でかいモニターだけは、まだ元気よく光っていた。
そこに映っているのは、さっきまでメディア用ブースで行われていた試合前インタビューの映像だった。
先にマイクを向けられていたのはアシュラだ。
あいつは200階クラスに上がってきてまだ半年も経っていない。なのに、もう三戦三勝。90日ごとの猶予をきっちり使い切るどころか、最短に近いペースで駆け上がってきた怪物だ。
画面の向こうで、アシュラは無数のフラッシュを浴びながら、いかにも余裕ありげに笑っていた。
『アシュラ選手! 今回のリーノ戦の、ちょうど一週間後には、あのヒソカ選手との大一番が控えています! 二週連続の強行スケジュールとなりますが、勝算は!?』
司会の声に、アシュラは肩をすくめる。
『勝算も何も、ただの調整試合ですよ。来週のヒソカ戦に向けて、今回はなるべく無理をしない試合にしたいと思います。相手のルーキー君も、怪我のないようにね』
会場がどっと沸いた。
フラッシュがまた白く弾ける。
俺はリングに寝転がったまま、顔だけしかめた。
調整試合。
要するに、前座だ。
来週のヒソカ戦に向けた軽い肩慣らし。その程度にしか見られていない。
まあ、事実としては間違っていないのかもしれない。実績で見れば、俺は200階デビューの新人で、あいつはフロアマスターに最も近い男ともいわれている。現実世界で言えば、ドラフト一位級の新人と、すでに結果を出し始めているスター候補。比べるまでもない。
それでも、腹は立った。
次に映ったのは俺だった。
マイクを向けられ、カメラを向けられ、俺は妙にきりっとした顔で画面の中に立っていた。
こうしてみると、ずいぶん、カラダ付きが変わったな。
『リーノ選手! 200階クラスついにデビューですね。いきなりアシュラ選手との対戦です! 勝算は!?』
我ながら、少し気取った顔をしていたと思う。
『勝算がなければ戦いませんよ。必ず勝ちます』
言った。
言ってしまった。
勝算なんて、なんもないのに。
しかも、それだけじゃ終わらなかった。
『来週のことを心配してるなら、今のうちにキャンセルしておいたほうがいいですよ。先輩!』
会場がわっと沸いた。
俺はモニターを見上げたまま、片腕で目を覆った。
「うわ……」
なんだその顔。なんだその言い方。
かっこつけすぎだろ。
画面の中の俺は、いかにも大物ルーキーみたいなことを言っていた。実際、客から見ればそう見えるんだろう。200階デビュー前からチケットをプラチナ化させた超大型新人。天空闘技場にとっては、新しいドル箱のスター候補。
でも、中身はそんな立派なもんじゃない。
強い言葉でも使わなきゃ、立っていられなかっただけだ。
天照を喰らったら、それで終わりだ。燃やし尽くすまで消えない地獄の黒炎。弱体化で一時的に抑え込めたとしても、除念まで持ちこたえるのは現実的じゃない。
だから、一発目は絶対に避けなきゃいけない。
避ければ九秒ある。九秒あれば、アシュラを弱体化させること自体はできるかもしれない。
でも、それだけだ。
弱体化させたところで、倒しきれない。
KOまで持っていけなければ、九秒後に二発目の天照が飛んでくる。
一発目を避けるだけでも奇跡みたいなものなのに、そんな奇跡が二度も続くとは思えなかった。
弱体化させなければ、そもそも勝負にならない。
でも弱体化させただけじゃ、勝てない。
どう転んでも、九秒後に詰む。
「う~~~~~~~~~~~~ん」
リングの上で唸る。
考えても、考えても、決め手が出てこない。
アシュラに天照を喰らった連中は、みんな自爆覚悟で突っ込んでいた。そりゃそうだ。喰らった時点で終わりなら、あとは刺し違えるしかない。
考えれば考えるほど、アシュラの戦い方は完成されていた。付け入る隙がない。初見じゃないだけまだマシだと思いたいのに、見えている情報が増えたところで、攻略法はちっとも見えてこない。
ヒソカの顔が浮かぶ。
あいつは映像を見ただけで、もう何か掴んでいるみたいだった。
この世界、レベル高すぎだろ。
どんだけの魔境だよ。
やっぱり、ギフテッドでもないとやってられない。
そういえば転生前に、ステイシアに言われたっけ。
ヒソカと戦う資格。
ハンター試験の合格。あれは失敗した。
もしくは、天空闘技場200階クラスでの一勝。
今ならわかる。そのハードルの高さが。
この世界を外から見ていた時には、こんなのわからなかった。実際にこの場所に立って、肌で感じる重さはまるで違う。
200階クラス。現実世界で言えば、メジャーリーグ。
上積みの、そのまた上積みだけが立てる舞台。
ウイングさんやババァに背中を押されて、それでも越えられるかどうかわからない壁。
ニートだった俺が、どうこうできるような場所じゃない。
でも、それでも。
ようやく、ここまで来たんだな、とも思う。
ヒソカへの挑戦権が、本当に手の届く場所まで来た。
もっとも、たとえアシュラを倒したところで、この200階にはまだウボォーギンとか、幻影旅団もいる。そんな化け物どもが集う。
敵が強いからって、天空闘技場の申し子が逃げるわけにはいかないもんなぁ。
誰だよ。天空闘技場の申し子なんて、余計な二つ名つけたやつ。
俺は目を閉じた。
さっきモニターの中で強気なことを言っていた自分が、ひどく滑稽に思えた。
必ず勝ちます。
言うだけなら、いくらでも言える。
問題は、その先だぜ。
現実は必ずやってくる。