挑戦者通路を歩いている時から、もう歓声は壁を揺らしていた。
俺を見に来ている。そこは間違いない。
でも、それは俺が強いと認められているからじゃない。
190階で神脚のリールベルトをぶちのめした、あの衝撃をもう一度見たい。それが客の期待だ。
200階のデビュー戦なんて、本来なら洗礼の場だ。才能ある若者が取り返しの付かない大怪我をして、絶望する。そんな最悪のショー。それを見たがる客もいるだろう。
ただ、今日はそれだけじゃない。
俺は心源流だ。念が使えることは、もう知られている。だから客も迷っているんだろう。天空闘技場の申し子は本物なのか。それとも、ここで化けの皮が剥がれるのか。
相手は無敗のアシュラ。フロアマスター級とまで言われる男だ。
ここで俺が本物かどうかは、嫌でもはっきりする。
そして俺にとっても、ここまで本気の念能力バトルは初めてだった。
ツバサ戦も、アカザル戦もあった。けど、あれとは違う。あれはまだ、どこかで誤魔化しが利いた。
今回は違う。
歓声が一段と大きくなった。
通路を抜けた先で、会場の照明が目に刺さる。眩しい。客席から降ってくる歓声もすごくて、耳がおかしくなりそうだった。何を言っているのかなんて、もうわからない。ただ歓声だけがある。
俺がリングに上がると、熱気がまた一段膨れ上がった。
昨日、寝っ転がっていた石板のリングだ。
なのに今日は、まるで別の場所みたいだった。
俺はそのまま、向こうの入場口を見つめる。
こっちを品定めするつもりなら、こっちだって見てやる。
天空闘技場が俺にアシュラをぶつけてきたのも、たぶん計算なんだろう。
申し子だなんだと持ち上げるなら、本来はザコを当てて圧勝させて、スター街道を走らせるはずだ。アシュラみたいに。
なのに、そうしなかった。
たった三勝で200階クラスに上げて、デビュー戦でアシュラをぶつける。
ここが一番客を呼べる。ここが一番金になる。そう計算したのかもしれない。
その時、向こうの入場口がぱっと明るくなった。
なんだ、と思う間もなく、女のダンサーたちがぞろぞろ出てきた。
炎を思わせる、やたら派手な衣装だ。
なんだこれ。
200階って、こんなのあるのかよ。
ていうか、アシュラの自腹か?
そんなくだらないことを考えた次の瞬間、ダンサーたちの間を突っ切るようにして、アシュラが現れた。
歓声が爆発する。
さっきまでとは比べものにならない。
アシュラはその歓声を浴びながら、当然みたいな顔でリングへ向かってくる。
若きスター。
そう呼ばれる理由が、少しだけわかった気がした。
同時に、ますます腹が立った。
「さあ始まります! 200階注目の一戦! 天空闘技場の申し子、海王殺しリーノのデビュー戦だァーッ!!」
天空闘技場200階。
石板リングを囲む観客席から、割れんばかりの歓声が降ってくる。
「対するは三戦三勝無敗! 200階で勝ち続ける炎の魔術師アシュラァ!! さらにさらに、この一戦、とある絶世の美少女をめぐる因縁の戦いであるとかないとかーっ! まことしやかに囁かれておりますっ! 謎の美少女をめぐる男の戦いだァーーッ!!」
「なんだよ、それ! そんなん、ねぇよ!」
リーノが吐き捨てると、客席がどっと沸いた。
ふざけた実況だ。
もしかして、あのアシュラの公衆の面前でのビスケへの告白が原因か!?
振り返ると、観客席のビスケが謎に美少女モードに入っていた。
ざわつく客席を見て、余計に腹が立つ。
だが、そのざわめきの向こうで、アシュラは真顔のままだった。
「ヒソカの前座に過ぎない貴様ごときに、ビスケットさんは渡せない」
「あ?」
低い声が、リーノの喉から漏れた。
客席は一瞬静まり、次の瞬間にはさらに大きく沸き返る。
「出たァーーッ!! やはり因縁は本物かァーーッ!!」
「謎の美少女をめぐる戦い、開戦寸前だァーーッ!!」
うるせえ。
そんなんじゃねェ。
引っかかったのは、ビスケットさんでも、渡せないでもない。
前座。
来週アシュラはヒソカと戦う。
だから、俺はその前の肩慣らしの相手。
アシュラは最初から、そういう目で見ている。
胸の奥で、何かがぶちりと切れた。
リーノは拳を握る。
「その言葉、この拳で後悔させてやるよ」
アシュラが笑う。
「始めッ!!」
開始の声と同時に、アシュラの身体が炎へ変わった。
石板のリングの上に、ぶわりと熱が広がる。
揺れる陽炎の向こうで、アシュラが笑っていた。
殴っても意味はない。
蹴ってもすり抜ける。
炎化を解かせるか、炎そのものを利用するか。どちらにせよ、まず越えなければならないのは、あの眼帯に隠された左目だった。
天照の一発目をどう外させるか。
そこだけは、何度も頭の中で反芻してきた。
左目にオーラが集まる。そこが合図。
撃たれてからでは遅い。集束の瞬間に動くしかない。
わかっている。
わかっているのに、アシュラはその上から叩き潰しにくる。
「ほら、どうした」
爆音が弾けた。
念弾。
足元の石板が砕け、破片が跳ね上がる。リーノは身をひねってかわし、そのまま横へ流れた。
間髪入れず、二発目。
さらに三発目。四発目。
速い。
しかも、ばら撒いているようでいて、全部が逃げ道を削ってくる。
前に出れば爆ぜる。横へ流れれば、その先を潰される。距離を取ろうとしても、次の着地点に先回りされる。
ただの連射じゃない。
動きを読んで、リングそのものを檻に変えている。
舌打ちする間もなく、さらに一発。
いきなり石板が弾けた。念弾が当たっていないのに。
いや、違う。
見えなかったんだ。
爆ぜたのは、何もないはずの石板だった。
その瞬間、リーノの背筋が粟立つ。
隠――!
視認できない念弾が混ざっていた。
見えている弾だけ追っていたら、避け切れるはずがない。
初見だったら、読み負けていた。
これが200階クラスデビューのアドバンテージだ。
アシュラは最初から、見える弾と見えない弾を織り交ぜていた。
派手にばら撒いているように見せながら、本命だけを隠し、回避の判断そのものを狂わせる。
強い。
その事実が、苛立つほどよくわかった。
次の一発が、着地の先で炸裂した。
足場が吹き飛ぶ。
まずい。
リングの上には、もう安全な場所がない。
視認できる弾だけでも手一杯なのに、その間に見えない一発を差し込まれたら終わる。
と、普通は考える。
リーノは反射的に跳んだ。
上へ。
その瞬間、アシュラの口元がゆっくり歪んだ。
誘われた。いや、誘われてやったんだよ。
リング上で追い立て、最後は空中へ逃がす。
空中。
そこにはもう踏み場はない。
回避のしようがない。
あぁ、アシュラ――
おまえが欲しかったのは、この形だろ?