リーノの奇策、感覚強化によって、アシュラの目は焼かれ、耳も使いものにならなくなった。
左目が焼かれた以上、天照は封じたも同然。
勝機がみえた。
そのとき――
「がっ、は……ああああああああああああああッ!!」
アシュラの狂ったような絶叫とともに、オーラが一気に噴き上がった。
空気が震える。
震えたのは空気だけじゃない。
石板のリングそのものが、びりびりと悲鳴を上げる。
禍々しい青い炎がアシュラのまわりで渦を巻く。
青黒く、重く、粘つくようなオーラ。
それが骨の形を象りはじめる。
肋骨。
腕。
頭蓋。
ありえない速度で組み上がっていく巨大な骸骨に、リーノの息が止まった。
なんだよ、それ……。
知らない。
こんな技、聞いてない。
青い炎をまとった骸骨の巨躯が、アシュラを包み込むようにそびえ立つ。
これはNARUTOの――
須佐能乎。
嘘だろ!?
ただ大きいから脅威なんじゃない。
完全な人型。
骨格として噛み合っている。
人型上半身として成立している。
戦うための形を、あの莫大なオーラで無理やり押し通している。
精度も、出力も、制御も、全部おかしい。
それをここまで形にできていることが、おかしい。
こんなの反則だろ。
背筋が冷えた。
アシュラは、本当にこれを使いこなせるのか――?
この世界に来て、嫌というほど思い知った。
力があるだけじゃ、勝てない。
強い能力が強いんじゃない。
トンパにも、ツバサにも、陰獣にも、この世界の壁の高さを思い知らされた。
その敗北の経験から、リールベルトに勝利することができた。
ただ振り回すだけの力なら、機転で崩せることを知った。
アシュラ、おまえはどこまでこの世界のバトルを自分のものにしている?
能力の格と、使い手の格は別だ。
アシュラに、そこまでのものがあるのか?
もしも、アシュラがこの須佐能乎を百戦錬磨で使いこなせたなら、俺の負けだ。
おそらく、アシュラは、オーラ量の勝負に持ち込むつもりだ。
そこに持ち込まれたら、ギフテッドを失った俺に勝ち目はない。
俺のオーラだけじゃ、あの怪物は砕けない。
真正面から出力をぶつけ合えば、先に息切れするのはこっちだ。
足りない分は別で埋める。
盲目のまま振り回された巨腕が、石板のリングをまとめて砕く。
近づけば潰される。
それだけで十分すぎる脅威だった。
『あ、あっとォーーー!? アシュラ選手、ここでさらに出力を上げたァ! 運営本部より緊急の防災指示です! 観客の皆様は速やかに避難してください!!』
捕捉された。
また円だ。
アシュラは、失った視覚を円で補完するつもりだ。
須佐能乎の拳の一撃がリーノを襲う。
リーノは息を詰めた。
リングの上は逃げ場がない。
リーノは須佐能乎の下半身を見る。
足はない。
機動力がないなら、距離を取れば届かない。
だが、今の距離ではまだ危ない。
須佐能乎と、目が、合った、気がした。
高い天井。頭上に空間がある。
舞空術。
これでどうだ。
一気に天井へ飛ぶ。
昨日、汗だくになって点検していた設備屋のおっちゃんたちの顔が脳裏をよぎった。
この会場を守るために、何度も配管を確かめていた。
あのスプリンクラータンクは、おっちゃんたちの大切な誇りだ。
わかってる。それはわかってる。
それでも――勝つためだ。
ごめん。
ためらいを噛み殺し、設置されたスプリンクラータンクへ拳を叩き込んだ。
オーラが足りない?
足りない分は水で埋める。
水20トン。
この質量そのものを牙に変えればいい。
出力で負けるなら、物量ごと叩きつける。
リーノは、そのすべての水に『発』を通した。
砕けたスプリンクラータンクから噴き出した水は、そのまま落ちなかった。
空中で束ねられ、引き寄せられ、うねりながら巨大な輪郭を描いていく。頭が生まれる。牙が生まれる。長い胴が天井の下で身をよじり、激流は一頭の龍の姿を取った。
スプリンクラータンクを卵にして、怪物が孵る。
「水龍――リヴァイアサン!!」
宣言と同時に、水龍が咆哮するように大口を開いた。
これが俺の奥の手だ。
◆ ◆
観客が避難しているのを尻目に、ビスケは腕を組んだまま、リングの上を見ていた。
アシュラの須佐能乎は、でかい。派手だ。だけど、それだけ。
どうやってリーノを倒すのか、その絵が見えてこない。
ただオーラを盛って、圧しつぶそうとしているだけに見える。
勝ち筋が見えていない。
ビスケは、そう判断した。
強いことと、戦えることは違う。
もっと言えば、強い能力を持っていることと、その能力を使いこなしていることは、まるで別物。
――あの子は前者だわさ。
オーラはある。形もある。だが、薄い。
相手の急所を狙う意志も、効率よく削る工夫もない。
あれでは、中堅どころに当たった時点で崩れる。
その点、ネテロは違った。
百式観音は、ただの大技じゃない。
修行で積み上げた時間も、修羅場で身につけた勘も、武に向き合い続けた年月も、全部ひっくるめて形になったもの。
ネテロという怪物の人生を圧縮した結晶。
だからこそ、強いだけじゃなく、深い。
使い手の人間としての厚みが、そのまま技として昇華されている。
――あの子には、それがないわさ
ビスケの目には、そう映る。
いくらオーラがでかくても、積み上げたものが薄ければ、見せかけだけのハリボテ。
あれは、表面上の威圧にすぎない。
けれど、リーノは違う。
リーノは、実力差があるとわかっていても、そこで諦めない。
どう崩すかを考える。
どうひっくり返すかを捻り出す。
押し切られるだけの場面で、なおも勝ち筋を探している。
ビスケは小さく息を吐いた。
あの子は薄い。
リーノは薄くない。
まだ粗いところはある。だけど、リーノはちゃんと積み上げている。
その差は、いずれはっきり出る。
――今回は負けるけれど
ビスケには、リーノが負ける姿が明確に見えていた。
だが、その予測は外れる。