ツェズゲラ!? どうしてここに!?
グリードアイランドの攻略はどうしたんだ!?
外に出てきたりして、暇なのか!?
いや、違う。
来年のサザンピースオークションでゲームが競り落とされ、プレイヤーが揃ってからが本番だと踏んでいるんだろう。
今はこっちの世界の情報収集を優先しているのかもしれない。
そして、その情報収集の標的に、俺が選ばれた。
「アンタの知り合い?」
ビスケが横から俺の顔を覗き込んできた。
「あぁ、うん」
「てか、もしかして、ツェズゲラ?」
「知ってんの?」
「シングルハンター。なかなかの有名人だわさ。アタシは先に上層レストランへ行ってるわよ」
「えっ!?」
「祝勝会だわさ」
「……勝ってないけどね」
ビスケはひらひらと手を振りながら、一足先にエレベーターの方へと歩いていってしまった。
残された俺の方へ、ツェズゲラさんがゆっくりと視線を動かした。
その目が、一瞬で鋭く細められる。
うわ、めちゃくちゃ険しい顔。完全に怒ってる……!
俺は恐怖で足がすくみそうになった。
黄金のオーラを持っていた頃の俺は、200階クラスの3勝なんてあっという間、勢い余って、フロアマスターになってるかもよ、くらいの勢いで大口を叩いてバッテラとパトロン契約を結んだ。
なのに、現実はどうだ?
200階に上がるのすら泥水をすすり、やっと上がった初戦で無様にKO負けだ。
パトロン契約を切られたら、俺の身分保証はなくなる。
そうなれば飛行船にも乗れなくなるし、このパドキア共和国から一歩も出られなくなって人生が詰む。
それだけは絶対に嫌だ。
「ツ、ツェズゲラさん……!」
俺は必死に、情けない声を絞り出した。
「すみません! 負けてしまいました! でも、あれはちょっと調子が悪かったというか……! 次は、次こそは絶対に勝ってみせますから! だから、契約打ち切りだけは……っ! なにとぞ! なにとぞ! ツェズゲラ様!」
必死にダサい嘘の言い訳を捲し立てる俺。
だけど、ツェズゲラさんは俺の言葉なんて、なにひとつ耳に入っていないようだった。
じっと俺の全身を品定めするように睨みつけ、微動だにしない。
さすが一ツ星ハンターだ、俺のつまらない言い訳なんて通用しないと言わんばかりの、圧倒的な威厳と余裕の表情でこちらを見下ろしてくる。
ツェズゲラさんはポケットから手を出すと、低く、重苦しい声でこう聞いてきた。
「……リーノ。おまえ、あの武術はどこで学んでいたんだ?」
「えっ……!?」
質問の意図が分からず、俺は小首を傾げた。
「どこって……ここで、ですけど……?」
天空闘技場の外周を毎日走らされて、ウイングさんの部屋で血を吐くような思いをして、心源流の基礎を覚えたばかりだ。
そう正直に答えると、ツェズゲラさんは彫刻のように硬直した。
何かを必死にこらえるように、低く早口で告げる。
「……フン、慌てるなリーノ。バッテラ氏はそんな器の小さい男ではない。おまえの契約も身分保証も、そのままだ。……それどころか、バッテラ氏は近いうち、おまえの試合を直々に観戦しに来る予定だ。『バトルオリンピア』観戦のためにな」
「バトルオリンピア……?」
そういえば、バトルオリンピアの準備で、天空闘技場の運営は忙しくしている。特に、バトルオリンピア委員会は徹夜もしている。
「バッテラさん、G.I攻略のためにフロアマスターをスカウトしに行くんですか? でも、フロアマスターを雇うのって、とんでもない額の資金が必要になりますよ? バッテラさんの財布、大丈夫なんですか……?」
パトロンの財布が破産したら俺の保証もなくなる、という俺の切実な心配を聞いた瞬間、ツェズゲラさんは一瞬呆気に取られたような顔をした。
そして、フッと、どこか満足げな、不敵な笑みを浮かべた。
「……気にするな。バッテラ氏の資金は潤沢だ。それに……『最高のカード』は、すでに我々の手元にあるからな」
さすがプロハンター、言うことのスケールが違う。
すでにフロアマスター級の誰かを裏で手なずけているのだろうか。
「バッテラ氏がこちらに来るのは、1ヶ月後だ。……おまえの次戦をバッテラ氏も楽しみにしているぞ、リーノ」
ツェズゲラさんはそれだけを言い残すと、颯爽と通路の闇へと去っていった。
その背中には、一切の隙も、迷いも感じられなかった。
やっぱり、プロのハンターってのは格が違うぜ。
「1ヶ月後……。最高のカードって何のことだろう。ツェズゲラさんのことかな……?」
取り残された俺は、いろんな疑問を抱えながら、とにかくクビにならなかった安堵で胸をなでおろした。
だが、同時に冷たい現実が突きつけられる。
猶予は1ヶ月……。1ヶ月以内に試合で勝たなきゃ、バッテラのじいさんの前で本当に三行半を突きつけられる……!
焦りが、再び俺の全身を支配する。
グゥゥゥゥ……。
俺は自分の腹の虫が激しく鳴るのを聞いた。
細胞を限界まで酷使して『超速再生』を行ったせいか、未だかつてないほどの強烈な空腹感が押し寄せてきている。
天空闘技場に住み着いている俺は、この巨大なビルの施設や美味いレストランの場所を隅々まで知り尽くしている。
胃袋を満たすべく、俺はビスケと合流するために、お気に入りの上層階ゲスト専用レストランへと足を向けた。
自動ドアをくぐり、喧騒の混ざるエントランスへと進む。
◆ ◆
一方、薄暗い通路の角を曲がり、完全に少年の視界から外れた瞬間――ツェズゲラは、壁に背を預けて崩れるようにその場にへたり込んだ。
「はぁ……はぁ……っ……!」
ネクタイを乱暴に緩め、激しく呼吸を乱す。
スーツの背中は、じっとりと嫌な冷や汗で濡れそぼっていた。
ツェズゲラの手は、未だに小さく震えている。
リーノの天空闘技場200階用コスチュームの袖口から覗いていた、完全に治癒した右腕。
さっきまで骨ごと粉砕されていたはずの腕が、医療の常識を置き去りにして完治していた。
それだけではない。
歩調、重心の置き方、筋肉の弛緩……すべてが武道家の領域に達していた。
バカな……誰かがリーノに魔法でもかけたのか……!?
流派の基礎を数年、いや十数年かけて叩き込まれたような身こなしを、この短期間で……!?
一体リーノに何があった……!?
ツェズゲラは、常識を置き去りにするリーノの成長スピードに、本能的な恐怖を覚えていた。
さらに恐ろしいのはあの少年の歪んだ精神性だ。
あのアシュラを病院送りにし、その予定すら狂わせておいて、本人は『調子が悪くて負けた。契約を打ち切られる』と、本気で焦り、怯えて見せたのだ。
あの次元の戦いをしておきながら、まだ自分の実力に満足していないというのか……。なんという底知れない貪欲さ、なんという怪物だ……!
ツェズゲラは震える手で額の汗を拭い、バッテラへ連絡を入れるために携帯端末を取り出した。
その口元は、恐怖の裏返しである、歪んだ歓喜の笑みに震えている。
「……バッテラ氏。リーノとの契約は、あなたの人生最大の『安い買い物』でしたよ……」
本来なら数十億ジェニーを積まなければ動かせないレベルの『フロアマスター級の武力』。
それを、たった数億程度の生活費と、身分保証だけで囲い込むことに成功したのだ。
ツェズゲラは未だに残る背筋の戦慄を誤魔化すように、冷たい通路の闇の中で、一人激しく笑うのだった。
グリードアイランド最高のカード、No.001『一坪の密林』。
その攻略作戦に入るのも、もはや時間の問題だった。