ヒソカ vs 悪魔の実編   作:マネ

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雨のザバン市
ハンター試験 × グラス vs トンパ


ザバン市の街並みは、どこか気の抜けたお洒落さに満ちていた。

 

俺は背後に、案内人(ナビゲーター)である魔獣キリコを従え、レンガ造りの古びたケーキ屋の前に立っていた。

 

「おい、本当にここが試験会場への入り口なのかよ?」

「ええ、間違いありません。さあ、受付で指定の合言葉を」

 

 キリコとはここで別れた。

 

 フッ、上等だ。ハンター世界のナビゲーターなんて、もっと厳つい化け物かと思っていたが、俺の圧倒的なオーラの前には大人しく従うしかないらしいな。

 

 俺は店のドアを開け、カウベルを鳴らした。甘いバニラの香りが漂う店内。ショーケースの向こうで、エプロン姿の大人しそうな女性店員が「いらっしゃいませ」と微笑む。

 

 俺は片手をポケットに突っ込み、これ以上ないほど不敵な薄ら笑いを浮かべて言った。

 

「ショートケーキ定食ひとつ。ハチミツバターたっぷり、焼き加減は激レアで」

「…………はい?」

 

 店員の笑顔が、文字通りピキリと凍りついた。

 

 店員は完全に引いた目で俺を見ると、震える指先で店の奥の扉を指差した。

 

「……奥の個室へどうぞ」

「サンキュ」

 

 個室に入ると、そこにはテーブルがあり、その上にケーキが置いてあった。そこは地下へと続く巨大なエレベーターだった。

 

 ガタガタと音を立てて降下していく。その間、俺はケーキにフォークを突きさす。

 

 あのブラッキーの野郎……『ハンター試験は一般人が通過できるレベルじゃない』だの、『念能力なんて気休めにもなりはしない』だの、偉そうに説教しやがって……。

 

 思い出して、俺はピキってしまう。

 

 アイツは何もわかってねェんだ。俺の能力は『ヒトヒトの実 超幻獣種 モデル:伊右衛門』だぞ。

 

 ブラッキーの背後を一瞬で取ったこの俺の速度に、ハンター試験の受験生がついて来られるわけねェだろ。電光石火で本試験を駆け抜けてやるよ。

 

 チン、と軽い音がしてエレベーターが停止した。重厚な鉄の扉がゆっくりと左右に開く。瞬間、肌を刺すような、どす黒い殺気の塊が俺の全身を包み込んだ。薄暗い地下道。そこには、すでに数百人の受験生たちがひしめき合っていた。武器を磨く者、血走った目で周囲を睨みつける者。

 

 キリコは制限時間ギリギリに受験生を案内するタイプらしく、会場のボルテージはすでに最高潮だった。

 

 だが、俺の薄ら笑いは消えない。

 

 俺はプレートをもらった。ナンバーは479番か。

 

 フッ……有象無象が。この中に俺の光速移動について来られる奴が、一人でもいるか? ゼロだ。戦いは始まる前から決しているんだよ。

 

 全能感に浸る俺の前に、一人の小太りな男がすり寄ってきた。

 

 胸には『26番』のプレート。

 

「やあ、見ない顔だね。オレはトンパってんだ。よろしくな。喉が渇いてるなら、このジュースでもどうだい?」

 

 差し出された缶ジュース。

 

 俺は心の中で「きたきた」と嘲笑った。原作の知識で知っている。新人潰しのトンパだ。こいつの持ってくるジュースには強力な下剤が入っている。

 

「悪いが、ジュースならいらねェぜ。トンパさんよ。その缶、不自然に一度開けたような形跡があるぜ? 下剤でも入ってんじゃないのか?」

 

 俺が冷たく言い放つと、トンパの目が一瞬だけ見開かれた。

 

 男は差し出した缶を引っ込めると、それまでの気の良さそうなオヤジの顔を消し、ニヤリと底意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「へぇ……! 驚いたぜ。オレの細工を見破るなんて、すごい新人が来たもんだぜ。この緊張感の中で、たいした洞察力だ。あんたのような骨のある奴なら、オレも一目置かざるを得ないねぇ! ハンター試験が進めば協力する場面も出てくるかもしれねェ。そのときはよろしくな。あんたは頼りになりそうだ」

 

 トンパは引き下がりながらも、俺の観察力をこれでもかと褒めちぎり始めた。「大したもんだ」「今年のトップ合格を狙えるかもな」など。

 

 最初は警戒していた俺の胸の奥が、原作のネームドキャラに認められたという事実と、次から次へと溢れ出る賞賛の言葉によって、チヤホヤされて、次第に気持ちよくなっていく。

 

 フッ……当然だろ。俺はギフテッド、選ばれし者なのだから。トンパ程度の小物の小細工なんて、見抜いて当たり前なんだよ。ステージがちがう。

 

「こりゃ、俺も負けてられねェな」と言って、トンパが去っていった。

 

 頭脳戦の圧倒的勝利に酔いしれる俺の元へ、入れ替わるように一人の美女が歩み寄ってきた。ハンター風のタイトな衣装に身を包んだ、グラマラスで目を見張るような美女だ。彼女は俺を上目遣いで見つめ、頬を赤らめて言った。

 

「あの……あのトンパさんに、初対面でそこまで言わせる新人さんなんて初めて見ました……凄いですね!」

 

「当然だよ。トンパ程度じゃ、俺をどうすることもできない。生きているステージがちがう。俺はハンター試験におさまる人材じゃないからな」

 

「素敵です。あ、あの、もしよろしければ、クッキーでもいかがですか……? これ、私の地元のクッキーなんですけど、よかったら……」

 

 差し出されたのは、お洒落な袋に入ったキラキラしたクッキーだった。トンパを論破した直後の万能感、美女の甘い声、そして羨望の眼差し。

 

「あの、ハンター試験は協力して、試験をクリアしてもいいそうです。あの、私と一緒にハンター試験合格をめざしていただけませんか? 私、ライアと言います」

 

 ゴンもそうだったな。キルアやクラピカの協力を得ながら、ハンター試験を合格した。俺にも仲間がいてもいいかもな。

 

「ちょうどお腹がすいてたんだわ。協力関係の証にいただくぜ。俺はグラス」

 

 俺はクッキーを受け取り、一気に食べた。甘くて、いろいろな味がして、実に美味い。ライアは嬉しそうに微笑み、その表情が、スッと冷たいものに変わった。

 

 ――それが、すべての終わりだった。

 

 数分後。

 

 突如として、俺の腹の奥底から、凄まじい衝撃波が走った。

 

 キュルルルルルルッ!!!! ゴロゴロ!!!!!

 

「っっっ!?」

 

 一瞬で全身から油汗が噴き出した。

 

 なんだこれ。なんだこれ。なんだこれ!?

 

 お腹が痛いとか、そういう生易しいレベルじゃない。腸内が超高圧で沸騰しているかのような、尋常ではない便意の波。

 

 ライアはクスクスと意地の悪い笑みを浮かべながら、いつの間にか戻ってきたトンパの横へと並んだ。

 

「ライア! どういうことだよ!?」

 

「どうした? グラス君。信じられないものでもみている顔だな?」

 

 トンパは美女の腰に手をまわす。

 

「トンパ! ライアにさわるな!」

 

 トンパは高らかに笑う。ライアもクスクスと笑っている。

 

「私、トンパさんの協力者なの。あなた、騙されちゃったのよ。バカよね。可愛らしいこと」

 

「嘘だ! そんなの嘘だ!」

 

 ライアはクスクスと笑い続ける。彼女もまた、トンパと同類の新人潰しだったのだ。

 

「そのクッキーには、通常の30倍の威力を誇る特製の下剤が限界まで混入されている。3日はトイレから出れねェぜ」

 

 おなかが、、、やべェ。

 

「おいおいおい、どうしたんだい? さっきまでの威勢の良さはよぉ!」

 

 トンパが顔中の肉を歪ませて、下卑た大笑いをしながら俺の前に立ちはだかった。

 

「その顔! これだよこれ! そんなおつむで、オレを出し抜いた気になってたのか? ウケ、、、ウケ、、、ウケるううううううっ」

 

 トンパは芝居がかったように、俺を煽ってくる。

 

「新人が、こんなふうに絶望に顔を歪ませるこの瞬間……ッ! たまんねェ。たまんねェぜ!! 脳汁が、脳汁がとまんねェえええええっ!! この快感!! サイッッッコーだ!!」

 

「お、まえ……ハメ、やがっ……」

 

 喋るのすら命がけだった。動けない。1ミリも動けない。

 

 トンパが俺の頭を踏みつけてきた。

 

「これが実力の差ってやつだぜ? おまえ、ハンターの素質ねェよ。ハンター試験始まって以来の落ちこぼれだぜ。こんなザコ、今まで、みたことねェぜ」

 

 ライアが大笑いしはじめた。

 

 涙が出てくる。

 

 俺はブラッキーすら置き去りにした光速移動能力を持っているんだぞ。おまえら、ごときが、俺に勝てるわけねェんだ! ふざけるな。こんなの嘘だ!

 

 ウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだ。

 

「ぶん殴ってや、、、ぐぬぬぬ、、、」

 

 腹が、、、今、トンパと戦ったら、俺の人間としての社会的な尊厳が100%バーストして終わる。最強の悪魔の実の能力者が、ただの『排泄欲』という生理現象を前に完全無力化されるなんて。念能力も使えない一般人の、ただの毒物(下剤)に。

 

「おいおい、顔色が真っ青だぜ? ちょっと腹ごなしに運動でもしようかぁ!」

 

 トンパが凶悪な下卑た笑みを浮かべ、丸太のような足を大きく引き戻した。ターゲットは、俺の、限界を迎えている下腹部。

 

 やめろ……! そこだけはダメだ……! 蹴るな! マジで蹴るなァァァァァァッ!!!

 

 声にならない絶叫。

 

 しかし、トンパの無慈悲な前蹴りは、完全に防御を失った俺の腹へとクリーンヒットした。

 

 ドゴォッ!!!!

 

「ぶふぇっぅぅぅううううううううッッ! ! ???」

 

 激痛と、それ以上に「最悪の決壊」を防ぐための全神経の緊急総動員。

 

 ゴゴゴゴゴ……と、地下道の最奥で第1次試験開始を告げる巨大なシャッターが上がり始める。

 

 受験生たちが俺に哀れみの視線を向けてから、一斉にそっちに走り出す。だが、俺には試験を受ける余裕なんて1ミリも残っていなかった。

 

「あ、あぶねぇ……! 漏れる! ガチで決壊するッッ!!!」

 

「身の程を知れよ。落ちこぼれちゃあん。じゃあな。永遠に」

 

 トンパはそのまま走り去っていった。

 

 ちくしょーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!

 

 俺は負けてねェ。俺は負けてねェ。俺は負けてねェ。俺は負けてねェ。俺は負けてねェ。念能力も使えねェあんなザコに俺が負けるわけがねェんだ!

 

 こんなのあっていいわけがねェ。

 

 俺は上がったシャッターとは真逆の方向、エレベーターの陰にある仮設トイレを目指して、無様に、ただひたすらに無様に、お腹を抱えて全速力で逃げ出した。

 

『ハンター試験において、念能力なんて何の気休めにもなりはしない。光太君はそれがわかってない』

 

 脳裏にブラッキーのあの冷静な説教がリフレインする。

 

 クソが! クソが! クソが! クソが! クソが! クソが! クソが!

 

 俺は認めねェ。こんなの絶対認めねェ。認められるかよ。

 

 この俺がハンター試験本試験にすら、たどり着けなかったなんて、、、。

 

 これは夢だ。

 

 こうして、最強の転生者であるはずのグラスは、本試験のスタートラインにすら辿り着けず、ザバン市の地下仮設便所の中で無念のリタイアを喫したのだった。




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