ヒソカ vs 悪魔の実編   作:マネ

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ハンター試験 × 知らない天井 × リッポー

 この事件は天空闘技場を有するアベルシティからはじまった。

 

 そして、エプジト共和国カロイ市。ジャポン・トーキヨンシティ。ザバン市と連続している。

 

 これらの都市から、異常なオーラ量が検出されている。そして、検出された場所から、本人確認ができない未登録の死体が発見された。今回のザバン市では死体が残っていなかったが。

 

 魔獣キリコの証言から、ハンター試験を受験したグラスがその異常なオーラ量の発生源であることがわかった。

 

 グラスもまたIDを持たないリスト未登録の放浪者だった。

 

 彼らはいったい何者なのか!?

 

 我々は彼らをゴーストと呼び、この事件をアンリステッドファイルと呼んだ。

 

 

 

 ◆  ◆

 

 

 

「……ん」 

 

 どれほどの時間が経っただろうか。視界がゆっくりと、ひどく霞んだ状態で開いていく。

 

「知らない天井だ……」

 

 白い、無機質な天井。ザバン市の地下道の異臭はなく、鼻を突くのはツンとした消毒液の臭いだった。喉が、砂漠のようにカラカラに渇いている。全身の筋肉が鉛のように重く、指先一つ動かすのにも悍ましい疲労感が伴った。

 

「あ、気がつきましたか? まだ動かないでくださいね。点滴が外れてしまいますから」

 

 枕元から、ホッとしたような若い女性の声が聞こえた。視線を向けると、白衣を着たハンター協会所属の救護看護師が、慌てて俺の腕のチューブを固定し直しているところだった。彼女の顔には、明確な焦燥と看病の疲れが滲んでいる。

 

「キミ、本当に危なかったんですよ。あの新人潰しのトンパの特製下剤でしょう? 通常の三十倍もの下剤を一気に流し込まれて……激しい脱水症状で。私たちも付きっきりで処置をして……」

 

 看護師の言葉を聞いた瞬間、霧がかかっていた俺の脳裏に、あの無惨で無様な敗北の記憶が鮮烈に蘇った。

 

 美女の甘い声。差し出された特製のクッキー。それを美味そうに口に放り込んだ、あまりにも浅はかでマヌケな自分。

 

 クソが……ッ! なんでだよ……なんで俺がこんな目に……ッ!! 俺は転生者なのに! ギフテッドなのに! ハンター世界のザコキャラに、こんなにあっさりと負けるなんて。

 

 悔しさと、それ以上に「男としての恥づかしさ」で、涙がこらえ切れなかった。

 

 ブラッキーを置き去りにする俺の最強の念能力がありながら、なぜ自分が出発点にすら立てずにトイレで気絶したのか。

 

 理解が追いつかない。あまりの恥辱に、今すぐ死んでしまいたかった。

 

 

 カツ、カツ、カツ……。

 

 

 静かな病室に、風変わりな足音が響いた。

 

「目が覚めたようだね。看護師くん、少し席を外してくれるかい?」

 

「あ、はい。リッポー所長」

 

 看護師が頭を下げて部屋を出ていく。

 

 入れ替わるようにベッドの脇に立ったのは、小柄で、特徴的なパイナップル頭をした風変わりな男だった。次回のハンター試験の中間試験の試験官に決まっている賞金首ハンターのリッポーだ。次回のハンター試験の最重要試験官だ。

 

 彼はクラッカーを口に放り込みながら、メガネの奥の冷徹な目を俺に向けてきた。

 

「キミの身元を調べさせてもらったよ、グラス君。全データベースを照合しても、キミの身分証明(ID)は一切見つからなかった。まるで突如として現れた幽霊のようだ」

 

 リッポーは手元のバインダーの資料をパラパラとめくり、フッと冷たい目を向けた。

 

「……最近、世界各地でキミのように『身分不明で、かつ見たこともない強力なオーラを持つ者』が突如として現れる不可解な事件が多発していてね。エプジト共和国のカロイ市や、トーキヨンシティの倉庫街で、爆発的なオーラ量の残滓と無惨な死体が残っていた。出生記録もIDもない、世界のどこにも存在しないはずの人間。協会は奴らを『ゴースト』と呼んでいる。そして、ボクが追っているこの最重要事件のコードネームが『アンリステッドファイル』だ。キミの圧倒的な身体能力と、その異様なオーラ量はすでに観測済みだ。キミは一体、何者だい? 流星街の住民……というようにはみえないが」

 

 俺は息を呑んだ。男の言葉は、下剤を盛られたとき以上に俺のプライドを内側から抉った。まるで、夜神月が初めてエルと会話したときのような敗北感を覚える。

 

 リッポーはバインダーを小脇に抱え、フッと小さく息を吐いた。

 

「観測されたオーラの順番から、キミのデータは『アンリステッドファイル・ゴーストナンバー8(No.8)』として、ここに記録させてもらうよ」

 

 リッポーは俺の反応をみているようだった。

 

「今回の試験はこれで終わりだ。諦めるんだね。キミにはまだ、この世界の表舞台に立つ資格はない」

 

 リッポーはそう言いながら、俺の腕の点滴の針をパチンと外し、拘束を解いた。

 

「ハンター試験なんて……」

 

 俺は掛け布団を跳ね除け、フラつく足でベッドから立ち上がった。全身の細胞が「ここから逃げろ」と叫んでいた。

 

 これ以上、このハンター世界のネームドキャラたちに自分の無様な姿を晒し、哀れみの目を向けられるのは耐えられない。

 

「ハンター試験なんて、二度と受けるかよ……ッ!!」

 

 恥ずかしさのあまり耳まで真っ赤に染めながら、俺はリッポーを突き飛ばすようにして、簡易病室のドアを開けて外へと走り出した。

 

 すべてバレてる。このハンター世界に俺の正体はすべてバレてる。俺が転生者だってことも。俺がマヌケで無様なやつだってことも。ぜんぶすべて。

 

 もうハンターなんてどうでもいい。

 

 ただ、この最悪の恥辱の空間から、一刻も早く逃げ出したかった。

 

 

 ◆  ◆

 

 

 バタン、と激しくドアが閉まる。 静まり返った病室に、リッポーが一人、ぽつんと残された。

 

 彼はグラスが走り去ったドアをじっと見つめ、口の中に残ったお菓子をゆっくりと飲み下した。

 

「……フン、二度と受けない、か。それなら、それで、それまでの才能だったということ」

 

 リッポーはバインダーを小脇に抱え、静かに独白を始めた。

 

「グラス君。キミは理解していないようだけど……ボクはね、キミを次回のハンター試験の、最有力な合格候補だと評価しているんだよ」

 

 リッポーの脳裏に、ザバン市の地下道で繰り広げられたトンパとグラスの「前哨戦」のデータが浮かぶ。

 

「あのトンパが、キミにジュースを断られ、警戒されていると見抜いた瞬間……奴の目が変わった。そして、協力者を使った時間差の『二段構えの仕掛け』でキミを潰しにかかった。――あれはね、トンパがキミの実力を心から『認めた』ということなんだよ」

 

 リッポーはメガネのブリッジを指で押し上げた。

 

「ハンター協会の上層部は、あのトンパをただの『新人潰し』の一般人だなんて思っちゃいない。奴は、プロハンターになれる合格者と、不合格者の『境界』に位置する特異な受験生だ。奴に小細工なしで勝てる、あるいは奴の老獪な罠をすべて見切って突破できる受験生はプロハンターの領域にある」

 

 そこまで考え、リッポーはフッと自嘲気味に微笑んだ。

 

「……まぁ、こんな話を今のキミが聞いたところで、ただの慰めにしかならないだろうから、言わなかったけれどね。恥に塗れて、プライドをズタズタに引き裂かれて……それでも、もう一度あの『境界(トンパ)』の壁を越えるために這い上がってくるかどうか。キミが本物の怪物なら、次回の試験会場でまた会えるはずさ」

 

 リッポーは静かに踵を返し、グラスの残した微かなオーラの残滓を感じながら、病室を後にした。

 

 

 

 ◆  ◆

 

 

 

 ザバン市の街は、冷たい雨に煙っていた。簡易医務室を飛び出したグラスは、無様に涙を流しながら、あてもなく港へと向かって走っていた。

 

 その、みっともなく逃げ出すグラスの後ろ姿を、ザバン市の高層ビルの屋上から、冷たい雨に打たれながら静かに見下ろしている一人の老人がいた。

 

 独特の結い髪に、法衣のような衣服をまとった老人――ハンター協会最高責任者、アイザック=ネテロ。

 

 ネテロは、港へとがむしゃらに走っていくグラスの後ろ姿と、その背後にうっすらと揺らめく、世界の理を狂わせるほどの異質なオーラの残滓を凝視していた。そして、いつものお茶目な笑みを完全に消し去り、底の知れない目でぽつりと呟いた。

 

「……アイツ、ワシより強くね?」

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