船体がバキバキと悲鳴を上げ、漁師たちに死の危機が迫る。
海王類ッ!?
ワンピースのカームベルトにいるような怪魚か!?
海面から姿を現したのは、山のように巨大な怪魚だった。
「怪獣じゃないか」
怪魚の巨大な片目が誰かをさがしている。俺と目が合った気がした。この怪魚は何かを狙っている。そんな気がする。
このままじゃ、この船は沈む。まちがいなく。そんなのダメだ! 絶対にダメだ!
「この人たちを……俺に大人の凄さを教えてくれたこの人たちを……こんなところで死なせてたまるかよォッ!!」
これまでの傲慢さを捨て、純粋な衝動に突き動かされた俺は、怪魚の頭上へと高くジャンプした。
空中で全身のオーラが爆発的な輝きを放つ。
発ッ!!
身体を光の量子へと変換する――最強の超幻獣種の発動だ!
「黄金のオーラ。あれは伝説のスーパー……」と船長は呟いた。
「これでお終いだァッ!! ――俺が、リーノだぁあああああああああああッ!!」
ドゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!
俺の放った超高速の光のパンチが、巨大怪魚の尻尾を激しく撃ち抜いた。
だが、怪魚もハンター世界のバケモノ。完全に沈みきらず、激しい衝撃の反動で、俺の身体ごと荒れ狂う極寒の海へと真っ逆さまにドボンと沈んでいった。
ごばぁっ、と泡と海水が視界を覆う。
息ができない海中。
超高速を誇る俺の能力にとって、光を屈折させ、拡散させ、すべてのスピードを殺す水中は最悪のデバフ環境。
目の前では、冷たい海水と巨大怪魚が、狂暴に血走った目で俺を引き裂こうと迫っていた。
絶体絶命。
肺の酸素が切れていく。
その極限のパニックの中、俺の脳裏に、創世神ステイシア(アスナ)のあの言葉が不意にフラッシュバックした。
――念能力の才能は最高の条件を与えましょう。
――最高の条件を与えられた戦士がヒソカと戦う。
――それがこのプロジェクトの意義ですから。
そうだ……俺の念の才能は、この世界の最高クラスに設定されている。
これが俺のギフテッド。
今ならわかる。俺が心の底から欲しないかぎり、本当のギフテッド(才能)は手に入らないんだ!
迫り来る怪魚の巨体。
その瞬間、俺の目は、怪魚がまとう『鱗』の動きを冷徹に捉えていた。
怪魚は、全身の鱗で、水の抵抗を極限まで減らして泳いでいる。
教えてくれてありがとう。怪魚。
フック船長の言葉が胸に響く。
あら捜しじゃない。相手の最高の強さ(美点)を認め、尊敬するんだ。
俺は怪魚のその美しい泳ぎのロジックに、心からのリスペクトを捧げた。
――愛してるぜ、怪魚。
ガチィィインッ!!!
と、俺の身体を覆っていたオーラ(纏)の形状が、激しく変形を始めた。
俺の服が。
ぐっしょりと海水を含んだ俺の服が、鱗の形状のオーラをまとう。
まてよ……この海水も、俺のオーラで操れるのか!?
――『周(シュウ)』ッッ!!!
最高の才能(ギフテッド)が、纏を、俺の「欲したイメージ」をそのまま形にする。
俺の纏は、怪魚と同じ『水の抵抗を極限まで減らす鱗の形』へと変化を遂げて、服の海水を巻き込んだ『周』へと進化した。
さらに、俺の両足の纏は海水もまとって、水流の推進力を爆発的に生み出す『人魚の尾ひれ』のような流線型へと変形する。
俺は人魚の尾ひれ状の纏をまとった足をくねらせ、水中を光の矢と化して、怪魚の真っ正面へと肉薄した。
怪魚の目が、驚愕に泳ぐ。
その巨大な顎の目の前。
俺は右拳を突き出し、オーラを一点に集中させた。
「これで、完全に終わりだ。――『凝』ッッ!!!」
ズドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!
鈍い衝撃波が水中で炸裂し、俺の放った『凝』の全オーラが怪魚の脳天を完全に粉砕した。
白目を剥き、今度こそ完全に沈黙して気絶した大怪魚。
肺が破れそうな限界の中、俺は「まだ終わるかよ」と、その巨大怪魚の尾鰭をがっちりと掴んだ。
そして、人魚のひれを全力で駆動させ、その巨体を港まで一気に引きずりながら、がむしゃらにザバン港の岸壁へと泳いだ。
◆ ◆
「おいっ! リーノが……あのボウズが、怪魚を引っ張って戻ってきたぞ!!」
ザバン港に地鳴りのような大歓声が響き渡った。
ボロボロになりながらも、生きて波間から這い上がってきた俺を見て、フック船長や漁師たちが男泣きに暮れて喜んでくれた。
「いったい、何百キロ、泳いできたんだよ。しかも、化け魚を担いで。イカレ野郎のジン=フリークスかよ」と船員が驚いている。
「ジンか。ずいぶん懐かしい名前だな」
呟いたのは、ボーネスだ。
もしかして……ボーネスとジンは、かつてこの海で出会ってるのか……!?
「リーノ」
そう言って、ボーネスが俺を力いっぱい抱きしめた。
「生きてて、、、よがっだ、、、おまえを助けてあげられなくて、ごめん、、、」
「いいんだよ。ボーネス」
俺をしんがりにして逃げた、フック船長のあの時の判断は正しい。
何一つ間違ってない。
俺だってそうしてほしかったし、一般人の彼らが生き残るための最善の手だったんだから。
――引きこもりだった、前世の俺。
部屋から一歩も出ず、誰の役にも立てず、ただ世界の隅っこで息を潜めていた俺が。
今、この世界で、命懸けで船を救った『英雄』として大歓声に包まれている。
フック船長がドカドカと歩み寄り、魚の生臭さと泥がついた「給料」の現金の束を、俺の手の中に無骨に握らせた。
生まれて初めて、自分の力で人を守り、汗を流して金を稼いだ証(あかし)だ。
「これって……?」
その現金の圧倒的な、あまりにも泥臭い重みを前に、俺の目から涙があふれ出した。壊れそうなほど、強く、強く握りしめる。
「よく逃げずに働いたな、リーノ。そして、よく生きててくれた。お前は本物の男だ。……これは、天空闘技場行きのチケットだ。おまえは、ハンターになれ。ハンターになるんだ!」
船長の言葉は、かつて画面の向こうで見ていたアニメのセリフなんかじゃない。
俺に「ハンター」という生き様を、圧倒的な現実として突きつけてくれた。
「ハンター試験にあんな無様に落ちといて、ハンターになんてなれるかよ……」
俺は照れ隠しにそっぽを向いた。けれど、フック船長は俺の横顔を見て、すべてを見透かしたように静かに微笑んでいる。
「……でも、まぁ。考えとくよ」
初めて、自分の内側から前向きな言葉が口を突いて出た。
『自分という存在は、他人との比較から生まれるもの。人は誰かになるために、生まれてきたんだ』――かつて誰かがそんなことを言っていた。自分一人じゃ何者にもなれない。
フック船長たちとの泥臭い出会いが、俺の中に、本当の「個性(リーノ)」を少しだけ形作ってくれた気がした。
「それにしても、なんで天空闘技場のチケットなんだよ?」
俺の疑問に、ボーネスがにやりと笑って肩を叩く。
「船長がおまえの棺桶に、天空闘技場行きの飛行船のチケットを入れるってうるさくてな!」
「俺、まだ死んでねーし!!」
どっと港に笑い声が弾けた。その全員の顔に、不器用な涙が浮かんでいた。
◆ ◆
チケットを胸に、本当の戦士の目を宿して歩み出すリーノ。
その後ろ姿を見送りながら、フック船長はふと、岸壁に引き揚げられた巨大怪魚の巨体に目を戻した。
タバコに火をつけ、紫煙を吐き出しながら、船長は険しい顔で静かに疑問を口にする。
「……おかしい。この怪魚は、ここ(ザバン港)とは完全に真逆の、世界の反対側の海にしか生息していねェはずの怪魚だ。なぜこんな場所にいる? ……いるわけがねェんだ。どこを泳いできたっていうんだよ」
「……陸でも歩いてきたんじゃないですか?」
ボーネスが、ぽつりと呟いた。
◆ ◆
ザバン市を離れる歩みを進める中、リーノの脳裏にも、強烈な違和感がよぎっていた。
もし俺があのとき助けなければ、フック船長の船は怪魚に沈められていた。
……なら、1年後、ゴンたちはこの船に乗れないはずだ。
額から、冷たい汗が伝う。
このタイムラインのねじれは、一体なんだ……?
『原作者が本当に隠したい秘密は、いつだって矛盾の中にあるんだぜ』
前世で、ネットの考察厨だったアイツがそんなことを言っていた。
リーノが持つ原作知識と、眼前に突きつけられる現実の矛盾。
その恐怖に似た謎を胸に抱いたまま、リーノの戦いは、天空闘技場へと舞台を変えていく。
「行こう! 天空闘技場へ! バイバイ! ザバン港!」