灰汁豪マサトの若頭、本当なら組長が出る筈だったのに体調を崩して重役が出るんだろうなと油断してたら「恥を晒せばけじめつけさせるぞ、灰汁豪マサト」と突然の命を組長直々に受けコーヒーを吐いて必死に予選通過したのにこの始末。
『選手が揃いました!この会場では灰汁豪マサト選手と元管理局8番隊主席が対戦だ!…………ねえ、あの人の呼び方本当に決めない?これからずっと俺たちが元管理局8番隊主席って呼ばないといけないんだけど?あとあの子供誰?』
「妻だぞ!」
「パートナーです」
『どっちの意味だぁ!?』
広く取られたバトルステージ、ここでは大迫力の立体映像を駆使したカードバトルが行われるのだ。
しかし、カードを置くための机の前に立つ2人は異様であった。
「おや、認識を改変しているのですね」
「……………………」
「本日はどのような経緯で来られたのですか?」
「……………………」
「そういえば、君は絵を描くことが好きでしたね。その後の調子はどうでしょうか?」
「……………………」
側から見れば一方的に話しかけているようにしか見えない。そして、あの子供が周囲から灰汁豪マサトに見えているということも踏まえて会話内容がチグハグで、しかも反応していないというのが不気味さを増している。
『おーっと?灰汁豪選手、まさかの無視!口には乗らず、バトルで語るタイプかぁ!?』
「わかりました。では、保護者の方に聞きましょう」
『おおーっと、元管理局8番隊主席の挑発が止まらない!だけどそろそろ時間になるのでバトルの準備を…………』
「そうでしょう?その子に憑いている『教団』の方」
この一言で、子供が纏っていた雰囲気がわずかに歪む。
彼にしか、いや、彼の腕に抱えられている『悪神ウェロボラウス』も見破っていたが、巫女服を着た子供の後ろに何かがいる。
見破られているのなら隠す必要もないと言わんばかりに、その僅かな歪みを彼が感じた瞬間、会場がざわめき始める。
「誰だ、あの子」「あれ、灰汁豪さんは?」「入れ替わった?」「なんか灰色な感じだな」「勝手に入ってきたのか?」「でも、さっきまでヤクザの人が立ってたし…………」
『な、何だ?灰汁豪選手が子供に変わったぞ?一体、何が起きてるんだ!?』
観衆のざわめき、司会の困惑。厳正なジャッジを行い不正なく予選を突破した筈の灰汁豪マサトではなく知らぬ子供が立っている。
運営も把握していないのか、周囲のスタッフがバタバタと走り確認し回っている。
「やあ、貴方たちの名前を教えてください」
それでも彼は一見通常運転だった。
『我らの名は無い』『既に主神に捧げた身である』
そして、子供の背後から話す声が聞こえてくる。背後霊のように、憑りついているという言葉が正に合うほど灰色の影は異色の存在を放っていた。
声からは辛うじて男女2人だということは分かる。それも若い、しかし子供ではなく大人という括りに入る男女であった。
『我らは「教団」』『「虚無」を讃える信奉者なり』
「……………………」
「なるほど。そしてその子が『虚月海神ファレクサマーレ』を降ろすための巫女という訳ですか」
『その通り、いや待て』『何故我らの主神を知っている?』
「……………………」
「おやおや、どうやら何も知らないようですね」
『虚無』の力により一切の記録が消えた、とは言っても例外はある。さらに付け加えると『虚無』の力を行使した当神は彼のことを忘れない。忘れてしまえば自分が何をしたかさえ覚えていない無能な神へとなり下がってしまうからである。
世界が『虚無』の力によって一度消滅し、『虚無』の力によって再構築したというのに信奉者が何も知らない、気づいてさえいない。
とんだ喜劇ではないか、間違いなく因縁の相手であり天敵である筈の男が目の前に居るというのに気づいてすらいないとは。
願いのために『虚無』に自身の身と我が子を巫女として捧げて場に立つ哀れな男女は大体を知る彼に問いかけようと、答えは返ってこなかった。
「目的は、相変わらず理想の世界を求めて世界の再構築でしょうか?」
『何故それを』『知ってどうする』
「バトルします。私たちはいつでもそうでした」
とん、と彼はバトル専用の机の上にデッキを置く。
「そういえば、君はバトルがあまり好きではなかったですね。少し、バトルに興味を持ちましたか?」
「……………………」
「それともお絵描きが上手になりましたか?いつか私に見せて欲しいと言いましたが、流石に今日は持って来ていませんよね」
「……………………」
「大丈夫、怖がらなくていいですよ。皆さんはバトルが見たいだけであって、君に危害を加えることは私がさせません」
明らかに異常である筈なのに、彼は日常のように話している。まるで偶然出会った知り合いのように世間話を始めようとしているではないか。
にこやかにほほ笑みながら話しかける彼に対し、無表情で何を考えているかも分からない『教団』の巫女。
なお、この時に彼が一番思っていたのは、子供が女の子だったんだ、だった。
子供というのは一見すると性別がどちらか分からない事は良くある話である。彼も巫女が何の特徴もない私服でぼーっとしても、会話をしたところで声変わりする前の年齢でもあり、そもそも会話した言葉も非常に短かったので分かるはずもないのだ。
『えーっと、え?これどうすればいい?は?続行?マジで言ってるんですか?管理局の人?今の8番隊主席の方?本気?え、ええ、分かりました!運営の協議の結果、このまま続行です!』
司会の一言に会場が更にざわつく。
明らかに強行しているのだが、なぜ運営は止めないのか?管理局がゴーサインを出してしまっては止められないのか?
明らかにヤバそうな奴を相手にさせられている男は大丈夫なのか?
「では、後のお話はバトルが終わってからにしましょう」
『大口を叩くか』『我らの巫女に勝つつもりか』
「勝ちますよ。そして、敢えて言わせてもらいましょう」
デッキをシャッフルし、最初の手札であるカードを素早くドローする。
試合開始前ではあるが、最低限の準備は済ませた。あとは合図だけを待つのみ。
「私はとても強いですよ」
『ほざくか』『自惚れるな』
『『「虚無」の前にひれ伏すといい』』
「……………………」
『教団』の巫女側も、『虚無』に捧げた彼女に憑く者がデッキをシャッフル、初手を引かせて巫女の手に持たせる。
『全会場、準備が整ったみたいだよな?いくぜ、どうなっても知らないからな!?』
「さあ、久しぶりに世界を救いましょう」
『我らの大願のため』『主神に捧ぐ』
「……………………」
『バトルぅぅぅ、開始いいいいっ!』
司会のマイク越しのシャウトにより、世界の命運がかかったバトルが始まった。
「…………我、どこからツッコミを入れたらいいか?」
「いつでもどうぞ」
「いつあの女と知り合ったんだっ!?我、知らんぞ!」
「いつでしょうね」
「ムキーッ!ガブガブガブ!」
「こらこら、首筋を噛むのは危ないですよ」
話に入っていけず癇癪を起こす『悪神ウェロボラウス』の暴走を添えて。
信者『『何だあの幼女は』』
司会『何だあの幼女ぉ!?』
別会場のメンバー『何だあの組み合わせ』
現8番隊主席「パパー!頑張れー!チビー!パパの首筋噛むんじゃねー!死ねーっ!(推し活うちわ&ハチマキ装備)」
8番隊達「隊長、仕事してください」
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