また「小説家になろう。」と「カクヨム」にて同作を2~3日に1度連載投稿しております。
こちらへは定期的にある程度纏めて更新していく予定です。
中天を過ぎた頃、アルクスを連れた大人3名は魔獣に出くわすこともなく墓地に辿り着いた。
半ばから魔獣の脅威など忘れ去っていたアルの視界に広がっているのは、木々に包まれた荘厳ながらも柔らかい印象の墓地だった。
木漏れ日にライトアップされた墓石はよく磨き上げられているようで、その間を爽やかな風が吹いている。
「ここが……お墓?」
「ええ、そうよアル。あそこにお父さんが眠ってるの。ここなら気持ちよく眠れそうでしょう?」
「うん」
言葉が出なかった。
ここはきっと、父のような人たちが眠っている場所なんだ。だからこんなに綺麗に保たれているのだろう。
幼いアルでもそう納得できるほどの説得力があった。
「ユリウスの墓はあそこじゃ、行こうかの」
ヴィオレッタの一声で、トリシャと八重蔵、その後にアルが続く。
ユリウス・シルトと書かれている墓石は、盾のような形状をした真っ白な墓石だった。花も数え切れないほど多く置かれている。
アルは家に置いてある盾にそっくりな墓石の表面に彫られていることに気付いて、目で追った。
――”多くの魔族を救い、真に魔族と手を取り合った者、此処に眠る”――
「あ……」
ただ哀しみと会えないことへの淋しさ、そして花を手向けられるほど認められていた人間の父への誇らしさが混ざり合って胸がいっぱいになる。
「アル」
透明な雫をとめどなく流す息子の頬を、トリシャは持ってきていた
八重蔵は持ってきていた酒瓶をトンっと置き、懐から酒杯を二つ取り出すと両方に酒をなみなみ注ぐ。
そして、片方の酒杯を墓石全体へ馴染ませるように振りかけた。
置かれた花にかかるようなこともなく、酒が真っ白な墓石を濡らす。
「カミさんが居るからな。怒られねえよう、こんだけにしといてやる」
そう言って、八重蔵は自分の酒杯に入っていた酒をグイっと一息で飲み干した。
そして終わったと言わんばかりに下がる。
「
続いてヴィオレッタが優しい、労るような声音で花を置いた。
彼女自身、あの時急いでいればと何度トリシャに謝ったかわからない。だが、親友は決して責めたりはしなかった。
それが余計に辛かったという記憶は未だに強く胸に残っている。
「あなた、アルクスよ。場所が場所だから今まで連れてこられなくてごめんなさいね。ほら、瞳の色は私だけど、眼はあなたによく似てるでしょう?」
トリシャは微笑みながら花を置き、息子の頬を撫でた。
「アルの番よ」
背を軽く押されたアルは、父の墓石と母達を交互に見た。
父は自分に前世の記憶があると言ったら、なんと言ったのだろう?
魔術の授業を受けている姿を見たらなんと言うのだろう?
母のように手放しでほめてくれたのだろうか?
それとも『もっと頑張りなさい』なんて月並みなセリフを言ってくれたのだろうか?
色んな可能性が浮かび……思考が、疑問が、溢れては消えていく。
なのに、掛ける言葉がちっとも浮かばない。
それは……父への言葉が見つからないのは――
己の思考に浸って、意味のないたらればを考えているからだ。
――そんな軟弱でどうする?
ギリッと歯を食い縛って己を叱咤したアルは、やがて強張りをふ……っと解いて辿々しく言葉を紡ぎだす。
「とう、さん。はじめまして……アルクスです。お花もってきてなくてごめんなさい。その、いろいろ聞きたいこととかホントはあったけど、今は……言いません。代わりに、ぼくからとうさんに宣言します。
ぼくは、誰かのためにひっしに、命がけで守りとおせるような――とうさんみたいに強くてやさしい人になりたいです。いや、なってみせます。だから、とおくから見ててください。でもかあさんのことはいつもそばで見守っててください」
そこまで言って頭を思いきり下げた。
トリシャもヴィオレッタも八重蔵も、視界が一気にぼやけるのを必死に拭う。
そうだった。
ユリウスは明るくて、どこかとぼけてて、そして優しい男だった。
息子にはきちんと伝わっていたらしい。
やがて振り返ったアルを見た3人は、もう一度目をこすることになった。
強固な意志を具現化したように、紅い瞳が強い輝きを放っていたからだ。
今までアルがそんな目をしていたことはない。
一瞬だが、生前のユリウスを彷彿とさせるほどの眼光だった。
八重蔵はフッと微笑んでアルに近寄ると、
「じゃあ、帰るか。あ、そうだアル。さっき『お前の親父が英雄だからみんな親切なんだ』みたいなこと言ったけどな。だからってアル、お前に価値がないとかそういう意味じゃねえぞ? お前は良い子――いや良い男だ。でなきゃ凛華は懐いてねえ。きっと将来、ユリウスに負けねえくらいの漢になるぜ?」
鬼歯を見せてグシャグシャと銀髪をかき回してやった。
途端、アルはさっきまでの眼光をなくして素直に喜ぶ。
「ほんとっ?」
「おうさ。ま、顔が母ちゃん似だから女泣かせにもなりそうだけどな」
「えぇ~、ならないよぉ」
「はははっ! どうだかなぁ。あぁ、そうだ。凛華が剣やりてぇつってたけど、お前もやるか? こう見えても俺ァ、ツェシュタール流の大剣術と双剣術の奧伝到達者なんだぜ?」
「つぇしゅたーるはわかんないけど、剣はやりたい! かっこいいもん!」
「そうかィそうかィ。剣はかっけえよな。んじゃお前が六歳になったら稽古はじめるか」
「うんっ! う……? なんで六才?」
「凛華にやらせようとしたら、うちの母ちゃんが『もうちょっと後からにしろ』って怒んのよ」
「やえぞうおじさん、尻にしかれてるんだね」
「だっははは! やっかましいわ! ああ、そうだ。稽古中だけはきっちり先生なり師範なり呼ぶんだぞ? メリハリは大事だからな」
「わかった。じゃあ、せんせーって呼ぶ」
「応よ。無手と弓以外なら任せときな」
「そんなにいろいろ使えるの?」
「昔武者修行であっちこっち行ってたんだよ。ざっと……八十年くらいだな」
「はちじゅうっ!? そんなに色んなとこ行ってたの?」
そんな他愛もない会話をしているアルと八重蔵の後ろを、ヴィオレッタとトリシャがクスクス笑いながら続く。
「さっきのキリッとしたアルはどこに行っちゃったのかしらね。まぁ、あんまり早く大きくなってもらっても可愛がる時間が少なくなっちゃうから嫌だし、もう少しあれくらいでいてほしいわ」
「ユリウスの面影がはっきりと見えたんじゃがのぅ。ま、普段のトリシャを見て育っておればこっちが普通じゃな」
「ヴィー? 今のどういう意味かしらぁ~?」
「くくっ、汝は真面目が続かぬじゃろ?」
「あっ、ひどいわよぉ!」
そうこうしている内に墓地の門が見えてきた。
気を抜いていいのはここまでだ。門を抜ければ墓地に張り巡らせている結界や迷いの術式が切れる。
ヴィオレッタ、トリシャ、八重蔵は意識を切り替えた。
アルも表情を引き締めて門をくぐろうとしたところで、一陣の風がスウーッと吹き、ふわふわした銀髪を梳くように抜けていく。
思わずアルは動きを止めて、眼をパチクリとさせた。
その感触が人の手で撫でられたような感覚だったからだ。
咄嗟に父の墓石がある方向へ、バッと振り返る。
――とうさん?
応える者がいないことを理解してはいたが、心のなかで呼び掛けた。
――『頑張るんだぞ』――
再度吹いた風にそんな言葉と共に撫でられたような気がしたアルは「うん」と呟いて笑顔を浮かべる。
「アル? どうしたの?」
「そろそろ帰らぬと暗くなってしまうぞ」
「どした? 疲れちまったか? やっぱ子供にはちっと遠いからなぁ」
3人の声に勢いよく振り返ったアルは、紅い瞳を燦然と輝かせて追いつくように走り出した。
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