日輪の半龍人   作:倉田 創藍

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ここでは初投稿になります。読んで頂ければありがたい限りです。


また「小説家になろう。」と「カクヨム」にて同作を連載投稿しております。


現在両サイトにて投稿されているものとこちらに投稿するものは少々文体が違う場合があります。


こちらへは定期的にある程度纏めて更新していく予定です。


7話 羅漂雪との決戦!凛華の新魔術 (虹耀暦1287年2月:アルクス14歳)

 高位魔獣”羅漂雪”とぶつかり合う”鬼火”の一党。アルクスが仲間達へ時間稼ぎを頼んだ頃からほんの少しだけ時は遡る。

 

 五等級の武芸者一党である”鬼火”の一党6名へ、山岳警備隊第1班3名の捜索依頼を出したバール隊長は熊のような体格に見合わぬ涙を浮かべて部下3名を砦へと迎え入れていた。

 

 雪まみれだが、3名とも命に別状はなさそうだ。意識のない男性隊員の方もしっかりと呼吸している。勿論頬はこけているし、慎重に扱われている様子から何らかの怪我をしているようではあったが穏やかな寝息を立てているのが確認できた。

 

 バール隊長は毛布を被せて労い、意識のある部下へ安堵の言葉をかける。

 

「よく・・・よくぞ戻ってきた!無事か?武芸者に捜索依頼を出したのだ。彼らには会わなかったか?」

 

 しかし土製と思わしきソリに男性隊員を乗せて引っ張って来た部下2名は「そんなことはどうでもいい」とばかりに必死の形相だった。

 

「彼らが助けてくれたから戻ってこれたのです!」

 

「でも我々を庇って、残ったんです!」

 

「至急応援を送ってください!」

 

「お願いします!」

 

「我々もすぐに出ますから!」

 

 やつれきった顔でそんなことを言い出す女性隊員2名をバール隊長は困惑しつつ慌てて止める。

 

「ま、待てお前達!状況がさっぱりわからんぞ。どういうことかきちんと説明しろ」

 

 上司の言葉にようやっと認識の齟齬に気付いた彼女ら大きく息を吸って語り始めた。

 

 自分達第1班を襲ったのは高位魔獣、雪原の王とまで呼ばれる氷狼”羅漂雪”。副隊長が囮になって自分達を逃がしたが、羅漂雪はすぐに戻ってきて襲ってきた。

 

 その時に2人を庇って男性隊員が大怪我を負ってしまったが、どうにか口の狭い雪洞に逃げ込んで難を逃れることができたのが3日前の夜半のこと。

 

 落としたり破れた装備の中から治療道具になりそうなものを見繕って手当をしていたが、男性隊員は3日目の朝にはもう瀕死で無理矢理砦まで下山する以外助かる道がなかった。

 

 しかし、この3日間、雪は断続的に降っていたせいで洞の入り口は雪で固まってしまっている。

 

 彼女らが途方に暮れていたところ、綺麗な艶羽の三ツ足鴉を連れた魔族と人間の混成一党6名が自分達を見つけて助け出してくれた。

 

「依頼で来た」と言う彼ら。親切にも死にかけの男性隊員にきちんとした手当を施し、『治癒術』までかけ、温かい食事までくれた。

 

 簡素なものさえ口にできなくなっていた男性隊員は彼らの用意してくれた流動食を摂ることができ、そこで彼の命が繋がったことを悟ったのだ。本当に安堵し、自然と涙が流れていた。

 

 そして砦へ帰ろうと彼らの乗ってきたソリに乗せられたところで自分達を襲った羅漂雪が再度出現。砦方向に立ち塞がった。

 

 絶望に呑まれ、「逃げろ」と言う自分達を彼らの頭目は無視。地図を投げて寄越し、現在地を告げた直後、彼は羅漂雪へ強烈な攻撃を仕掛けた。

 

 雷を伴った真っ青な炎。その攻撃で出来た隙に彼らのうちの一人がソリを蹴って逃がしてくれた。

 

 だから、助けてほしい。彼らは紛れもなく命の恩人で、あんなところで死んでいい者達などでは決してない、と。

 

 女性隊員2名は一気に喋り切って彼らの救出を訴えた。バール隊長は手渡されたという地図と巡回路の写しが依頼した武芸者一党に渡したものと同じものであることを確認し、男性隊員の怪我を診る。

 

 癒薬帯をここまでふんだんに使うのは森人がいなければまず出来ないし、男性隊員に残っている魔力の残滓は魔族特有の膨大な魔力量がなければ説明がつかない。

 

 つまり死にかけていた部下を救い、自分達を囮にして部下を逃がしたのは違えようもない真実。彼らはそこまでしてくれた。

 

 ものの数十秒でそこまでの結論に達した山岳警備隊隊長は指示を出す。

 

「ほとんどの兵達は今砦におらん。非番の者達に言って捜索班を呼び戻してもらう。それ以外の有志と私で向かう。お前たちは待機だ。身体を休めろ」

 

「そんなっ!?」

 

「我々も―――!」

 

 途端に女性隊員達が反発するが、見ていられない。そんなフラフラの身体で何が出来るというのか。バール隊長は首を横に振って諭した。

 

「駄目だ。これ以上部下を失うわけにはいかん」

 

 厳格に反論を断ち切る上司に気色ばみかけた女性隊員達だったが、ハタと動きを止める。

 

「これ以上・・・?」

 

「・・・隊長。副隊長―――班長はどこにいらっしゃるのですか?」

 

 後輩隊員の呟きを聴きつつ、先輩女性隊員は質問を投げかけた。

 

 ―――――まさかまだ見つかっていない?

 

 しかしその質問への回答はもっと酷いもので、

 

「・・・死んだ。私に部下を助けてほしいと言い遺してな」

 

「そんな・・・」

 

「班長がまさか・・・」

 

 隊員達は瞠目して吐息のような言葉を漏らす。白い息と共に吐かれた台詞は吐息と同じく、空中に溶けるようにすぐさま意味消失し、彼女らの頭を強制的に冷やした。

 

「あいつの末期の頼みを聞かんわけにはいかんのだ。そしてお前達部下の言うことも同じく聞かんわけにはいかん。だから私が出るのだ。わかったな?お前達は待機だ、よく休め」

 

 副隊長とバール隊長は長い付き合いだ。警備隊の者なら誰もが知っている。だが武芸者たちにも返せぬ恩義ができた。

 

 しかし今は人手が足りていない。ならば取れる手は一つ。バール隊長自ら救出に行くことだ。幸い場所はある程度絞られている。

 

 女性隊員2名はややあって背筋を正した。

 

「・・・はっ。お気をつけて」

 

「ご武運を・・・!」

 

「うむ。お前達は捜索班が戻ってきたらここで事情を説明して待機だ。下手に動いて犠牲者を増やすわけにはいかん」

 

「「はっ!」」

 

 帝国式の敬礼で見送られながらバール隊長は志願してきた兵士10名を引き連れて砦の門をくぐっていく。

 

 目指すは戦闘中であると思われる武芸者6名の救出及び、可能であれば高位魔獣”羅漂雪”の撃破だ。

 

 バール隊長はあえて包み隠さず事情を打ち明け、士気を上げた兵士達と共に白さを増してきた雪山へと分け入っていった。

 

 

 *☆*★*☆*

 

 

 今現在、アルクス達”鬼火”の一党は”魔法”を発動させた羅漂雪と戦闘中だ。すでにアルが最前線から離れて15分以上経った。

 

 と言ってもラウラやソーニャのいる氷狼への包囲網から一回り遠くにいるというだけだ。

 

 先程まで適宜蒼炎をぶっ放してくれていたがそれも散発的になりつつある。なぜか?おそらく()()()()魔術の仕上げに取り掛かっているからだ。

 

 一旦距離を取ると言って『釈葉(しゃくよう)の魔眼』が解除された様子は一度もない。

 

「『燐炎、波濤(りんえんはとう)』ッ!!」

 

 ワゥオオオオオオオ――――ッ!

 

 ラウラの放った蒼炎の噴流と氷棘を生やした大狼が吐いた凍てつく吹雪がぶつかり合う。

 

 ブワッと爆発的に広がる水蒸気と雪煙を突っ切るようにしてマルクガルムが突喊した。

 

「おおおおっりゃあッ!」

 

 アオオオォ――――ンッ!

 

 狼爪を滑るように躱した羅氷雪が再度吠える。

 

「やらせないって!」

 

 すぐさまマルクのいる位置に雪中から氷槍が生えてくるが、ヒィンッと飛んできた矢が射抜いて砕いた。シルフィエーラだ。

 

「『雷閃花』!」

 

 ソーニャは魔力を温存しつつ、樹状の稲妻を放つ。まとまった稲妻を落とす『天鼓招来』を撃っても羅漂雪の纏っている分厚い氷気、とでも言えばいいのか。それが邪魔をして届かない。

 

 姉と違って魔力増幅効果のついた杖剣を持たないソーニャにはあの防御を突破するほどの威力を持った魔術は咄嗟に撃てないのだ。

 

 特に攻撃役が1人欠けているような状態では簡単に察知されてしまう。だからこそ大狼の意識を向かせることにのみ注力していた。

 

 そのとき、待ち望んでいた声が届く。

 

「凛華!来てくれ!!皆はもう少しだけ耐えててくれ!」

 

 低過ぎず高過ぎない、よく通る頭目(アル)の声。

 

「っ!!行ってくる!」

 

 凛華は待ってました!と言わんばかりに大きく後退してアルの元へ駆け寄っていった。

 

 ―――――ここが正念場!

 

 と、エーラは矢数を増やす。ここを凌げば全員で羅漂雪を相手にできる。アルがここ一番で創った魔術にハズレなどあったためしが無い。彼女はそう信じている。

 

 アオオオオオン――――――ッ!!

 

「っくぅ!踏ん張るよ!」

 

 羅漂雪がとうとうエーラのいる樹に積もっていた雪さえも氷棘へ変化させて破裂させた――――が、エーラは『精霊感応』によって風や樹々と意思疎通を行い、ギリギリで躱してのけた。

 

 あの吹雪の間を縫って矢を射かけることも可能だが今はしない。集中力も、とっておきも、好機を見つけたら一気に使う。

 

 その為にもここが頑張りどころだと仲間へ活を入れた。

 

「おうよ!」

 

 マルクもいい加減吹き飛ばされ慣れてきている。これがかつて戦った刃鱗土竜であればもう少しヤバい状況だっただろう。彼なりにそんな結論が出ていた。

 

 つまるところ、羅漂雪とは広範囲に影響を及ぼす”魔法”とその移動速度、生半可な属性魔力や魔術では纏っている吹雪に打ち消されて損傷を与えられない、という3点が厄介なのであってそれ以外は他の魔獣とそう変わらない。

 

 ―――――何か一つ。何か一つ通せれば、均衡は崩れる。

 

 そう確信し、いつもはアルが兼任でやっている攪乱役を買って出ていた。

 

「『鋳棘(いばら)の術』!」

 

 ソーニャは温存していた魔力をここぞと言わんばかりに放出して足止めを行う。ラウラが地面を焦がすほど焼いてくれたおかげで設置もしやすい。

 

 ―――――アル殿と凛華はそう長くかからないはずだ。

 

 そんな確信もあった。だからこそあえて2人のいる方とは真逆に走り込みながら魔術を撃ち放っていく。

 

「すぅっ・・・『龍蒼華(りゅうそうか)』ッ!!」

 

 闘志に満ち満ちたラウラはこれまで見せていなかった魔術を発動させた。『蒼火撃』を基本とした派生魔術。

 

 蒼い彼岸花が爆発的に花開き、羅漂雪を横殴りに襲う。一気に迫る”鬼火”の散弾は羅漂雪の纏っていた吹雪を半分ほど蒸発せしめ、直撃さえしかけた。何と言っても”鬼火”(アルの炎)を模しているのだから、生半可な火力はしてない。

 

 アオオオォォォォ―――――ンッ!

 

 慌てるような仕草で吠えた羅漂雪は纏っている吹雪を立ち昇る氷礫混じりの竜巻へと変化させて『龍蒼華』を防ぐ。惜しくも直撃はしなかったが悪くない。

 

 ―――――これなら少しの間は保つはず!

 

 ラウラ()()はそう考えた。その彼女はと言えば朱髪を風に靡かせるまま、何かに気づきかけたような表情で竜巻を凝視している。

 

 羅漂雪の周囲にあった雪がゴッソリ消えていた。

 

 ―――――あそこにあった雪は、竜巻に取り込まれたの?

 

 あの高位魔獣は氷を操っている。十中八九それは間違いない。

 

 ―――――なら、周辺の雪を操ってもおかしくは・・・ない?

 

「そうじゃない・・・そもそも()()()()()?疑問も持たずに戦ってたけど、属性魔力なの?」

 

 ラウラは呟く。

 

 ―――――属性魔力を操る。それだけを”魔法”と呼ぶだろうか?

 

 そもそも氷属性魔力なら凛華がやっているようにあの青白い冰を直接ぶつけてくればいいわけで、わざわざ雪を作る必要はない。

 

「雪・・・」

 

 そこでラウラはゴッソリ削られた雪面へ視線を移した。本来は透明な粒の塊が光によって白く見える。確か雪が白いのはそういう原理だったはず。亡くなった祖父がそう教えてくれた。

 

 そしてもう一つ引っ掛かったこと。それはさっき『龍蒼華』が当たりそうになったとき、慌てて()()()ことだ。

 

 アルや凛華を見ていれば属性魔力の即応性に否が応でも気付かされるが、あんな()()()()()()()()のは一度として見たことがない。

 

 現にアルなど手足から無動作(ノーモーション)で蒼炎を噴射していたではないか。

 

「だとすれば・・・咆哮がなければ、操れない?違う。あの咆哮は・・・・・・」

 

「ラウラっ!!」

 

「ハッ・・・!」

 

 エーラの声でラウラは目の前の現実に引き戻される。ラウラを危険だと判断した羅漂雪が竜巻を解除すると同時に間合いを詰めたのだ。

 

 滑るような移動のせいで他の面々も反応が遅れ、気付いたときには氷狼の太い牙がラウラの視界で大写しになっていた。

 

 時間が遅く感じる。

 

 ―――――せっかく・・・せっかく気付いたのにこんなところで・・・!

 

 

「ラウラはやらせないわよ!『百華(ひゃっか)冰女下駄(ひめげた)』ッ!!」

 

 

 カカ―――ンッ!と小気味の良い響きと共に()()()()()凛華が横合いから尾重剣を薙ぎ払った。

 

 羅漂雪はすんでのところで気付き、左前肢に蔦氷を纏わせる。しかし憤激した美鬼はお構いなしに重量級の大剣を振り抜いた。

 

 ドッゴオッ―――!ザアアァ―――――ッ!

 

 殴り飛ばされた大狼が地響きを立てながら横倒しで転がっていく。

 

 ラウラとソーニャが唖然として見つめる先では、一本歯の高下駄―――天狗下駄を履いた凛華が「っとと」とくるくる回り、カッ・・コンッ!とバランスを取ったところだった。

 

 バウンッと起き上がった羅漂雪は怒りに鼻先を歪めながら突進してくる。

 

「もう滑るの(ソレ)はアンタの専売特許じゃなくなったのよ」

 

 その台詞と同時、凛華の下駄が変化した。一本歯がだるま落としのようにストンストンと降りていき、爪先側に底がないぽっくり型へと。

 

 そのまま踵と地面を打ち鳴らすとカンッ!というこれまた小気味の良い音と共に冰が奔る。

 

「行くわよ」

 

 凛華は先ほどまでとは段違いの速さで氷狼に肉薄し、

 

「でやああっ!」

 

と尾重剣を目一杯に薙いだ。剣気に当てられた羅漂雪はスレスレで剣閃を躱し、氷棘付きの尻尾を薙ぎ払うが、すでに凛華はそこにいない。

 

 尾重剣を振るった慣性で舞うように回転して滑り抜け、すぐさま動き出そうとする羅漂雪の背後で右足をドン!と踏みしめる。

 

 その瞬間、『冰女下駄』が右足の底にだけスパイクを出現させた。次いで振るわれた尾重剣がゴオオッ!と身の毛もよだつ音を鳴らす。

 

 バキィッ―――!

 

 薙ぎ払われた尾重剣が逃げ遅れた羅漂雪の後肢の蔦氷を粉砕せしめた。

 

 グルウッ・・・オオオオッ―――――!!

 

 振り向いた羅漂雪の凍てつく吹雪が凛華を襲う。しかしやはり遅い。斬り抜けた凛華はすぐさま慣性移動を行いながら冰坂を作り出し、ローラースケートでも履いているかのような動きでヒュンッと跳ぶ。

 

 中空へ跳んだ凛華は逆さまの体勢で斜め回転をかけ、右手の尾重剣をぶん回した。今度は羅漂雪の尻尾に生えていた黒い蔦棘が砕け散る。

 

 後ろ腰を吹き飛ばされながらも羅漂雪はどうにか踏み留まり、警戒心も露わに唸り声を上げた。

 

 カカンッ!と天狗下駄状態で着地した凛華は不敵に笑う。

 

「ふふんっ、どんなもんかしら?形勢逆転よ」

 

「か、かっこいい・・・!」

 

 ソーニャの言だ。思わず出てしまった一言だったがラウラもコクコク頷いている。彼女の体幹があればこその芸当に2人共見惚れてしまっていた。

 

 ”雪獄の舞姫”の異名は伊達ではない。

 

「やーっと戻って来やがったか」

 

 マルクが楽し気に笑う。あれはいつもの尾重剣の威力だ。いやそれどころか更に増している気さえする。

 

「ええ、完っ全復活よ!」

 

 嬉しそうな凛華にエーラがニマニマとして寄ってきた。『冰女下駄』を()()()()()発動させている凛華とエーラでは頭一つ分は身長差がある。

 

「”ひめ”だって。良い魔術名だねぇ~」

 

「ち、ちがっ!冰女でひめって読ませたの!アルの仕業よ!最後の最後で悪戯っ気起こすんだから!」

 

 途端にあわあわする凛華。頬も紅潮している。どんな気分で新魔術名を聞いたのだろうか?気になるエーラであった。

 

「こおりめじゃ語呂悪いだろ?せっかく創ったんだからちゃんと使って貰わないと」

 

 いつの間にかやってきたアルが事も無げにそんなことを言う。

 

「使うに決まってるでしょ!もう!」

 

 魔術名に拘るのはヴィオレッタの教育の賜物だ。曰く、語呂が悪いとだんだん使わなくなるとのこと。

 

「さーてと。そんじゃ、凛華の機動力が戻ったところで最終決戦と洒落込むか!」

 

 パンと掌に拳を叩きつけたマルクが闘争の気配を滲ませた。

 

 ―――――これなら崩せる。

 

 やる気充分の6名を前に羅漂雪は唸る。今更ながらいつもの獲物との格の違いに気が付いたようだ。獣らしい荒々しさを伴った殺気が増していく。

 

 

 ハッとしたラウラは少々申し訳なさそうに止めた。

 

「あっ、そうでした!待ってください!たぶん羅漂雪の”魔法”は『氷結晶の操作』です!」

 

「へっ?アイツの”魔法”の正体、わかったの?」

 

 目を見開くアルに首肯してラウラは続ける。

 

「おそらく、ですけど。あの咆哮で魔力を()()()るんです」

 

「撒く?・・・じゃあ撒いた場所の氷の粒を操って吹雪とか竜巻を起こしてたってこと?」

 

 戦闘中は魔力が入り乱れるためチラリとも考えつかなかった。アルは素直に感心する。

 

「風じゃなかったんだな」

 

 てっきり属性魔力みたいなのを操ってると思っていたマルクもアルと似たような表情をした。

 

「たぶん。なので、あの氷柱(つらら)入りの猛吹雪を起こさせないためには」

 

「口を閉じさせればいい、ってことか」

 

「おそらく」

 

 アルがラウラの言葉を引き継ぐと彼女は頷く。些か自信なさげだが、可能性としては充分有り得る。

 

 現状で最もやらせたくない攻撃は、あの吹き流れる雪を氷柱に変わる広範囲の吹雪だ。

 

 ラウラの仮定が正しいとすれば厄介な広範囲攻撃を潰せる方針が立ったことにもなる。あとはやるだけだ。しかし――――――。

 

「動きを一瞬でも止めればどうにかなりそうだけどさぁ」

 

「アイツ止まんないのよね」

 

 エーラと凛華は面倒臭そうに言った。その通りだ。羅漂雪はあの図体のくせしてとにかく機敏に移動しまくるのだ。

 

 そのとき、今まで静かにしていたソーニャが口を開いた。

 

「アル殿。私に任せてくれないだろうか?」

 

「どうにか出来る手があるのか?」

 

 真っ直ぐな緋色の視線をソーニャは正面から受け止める。後ろ向きの感情で動くつもりならアルは絶対に許容しない。

 

「動きを止める、というより一瞬怯ませることなら出来るはずだ」

 

「ソーニャ・・・」

 

 心配そうなラウラを横目に両者が視線を交わす。数瞬の後アルは頷いた。ソーニャから自信と不安が伺えたが、後ろ向きなものは何一つとして感じない。策があると見て間違いない。

 

「わかった。ソーニャに任せる。翡翠!」

 

「カアッ!」

 

 アルは上空で返事を返した三ツ足鴉へ指示を出す。

 

「援護してやってくれ!できるな!?」

 

 普段のアルからは感じ取れないカリスマとも言える威容。この使い魔が全幅の信頼を置いている理由だ。

 

「カアッ!カアッ!」

 

 主の問いに夜天翡翠は任せろと力いっぱい鳴いた。

 

「心強い。頼むぞ!」

 

 ソーニャは上空へ言葉を投げ、即座に盾を後ろに構えて羅漂雪を睨みつける。

 

 グルルッ――――――!

 

 雪原の王は反応した。こちらを軽視しているような侮蔑めいた視線だ。どうやらこの中でソーニャが一番弱いと思われているらしい。

 

 ―――――それも仕方ないか。

 

 実際魔術戦になれば自分が一番弱いのだから。だがしかし、だからこそ有効な手だ。

 

「援護してやる。何すんのか知らねえけど思い切りやっちまえ」

 

 マルクがソーニャのすぐ後ろについた。

 

「助かる。さあ来い駄犬!」

 

 ”姫騎士”の罵倒が伝わったらしい。羅漂雪が怒りを向けて吠えた。

 

 アオオオオオオオ―――――――ッン!

 

 氷柱の混じった吹雪が雪を巻き込みながら迫る。

 

 ―――――行動開始だ。

 

 バッと散開した6人はそれぞれ動き出した。バラバラに散った6人に羅漂雪は傲慢にも狙いを定めず襲い掛かる。前肢を叩きつけ、尻尾を振るい、氷棘を飛ばし、吹雪を吐きつけた。

 

 しかし、ソーニャとマルク以外の4人は回避を重視して立ち回り、遠巻きから攻撃を仕掛けるだけに留める。

 

 アルとラウラは距離を取りながら羅漂雪の足元の雪を蒼炎と『燐炎波濤』で熔かして移動を阻害していく。

 

 凛華とエーラは回り込みつつ、それぞれ鋭い冰柱と矢を放った。仲間を信頼しているからこその敬遠行為じみた攻撃。敵意をちょこちょこ引いて攻撃の精度を下げようという狙いだ。

 

 そこにマルクを伴ったソーニャが真っ直ぐ突っ込んでいき、わざとらしく魔術を連発した。

 

「『障岩壁』!」

 

 羅漂雪を囲むように乱雑な配置で壁がせり上がり、

 

「『鋳棘(いばら)の術』!」

 

 そこに粒状の金属鉱石が寄り集まった鋭い荊を形成する。

 

「『天鼓、招来』ッ!」

 

 ソーニャの叫びに応じてさっきより魔力の籠っている稲妻が迸った。枝を広げながら伸びた雷撃は氷狼の纏う吹雪を消し飛ばして『鋳棘』へと辿り着く。

 

 グゥアアオオオオオオオオ――――――ッ!

 

 さすがに鬱陶しかったらしい。猛烈な氷気を纏った羅漂雪が牙を剥き出しにしてソーニャへ突っ込んでくる。

 

 弱いと決めてかかっているためかマルクがいるにも関わらず軽はずみな行動だ。

 

 ―――――ここだ!

 

「翡翠!頼む!」

 

「カアカアッ!」

 

 ソーニャの呼び声に答えた夜天翡翠はカクンッと急降下しながら魔力を発した。

 

 淡い魔力を放出しながら目元に落ちてくる三ツ足鴉に羅漂雪が視線を向ける。その瞬間、夜天翡翠はその羽根を()()()()()()()、自身の真っ黒な体躯と羽根で視界を奪った。

 

 アオオオオ――――ッ!

 

 氷狼の突進速度がわずかだが緩む。その間にソーニャは頼りにしている男の名を呼んだ。

 

「マルク!私を上へ飛ばしてくれ!」

 

「上に?了解だ!――――そおっ・・・れぇっ!」

 

 駆け込んでくるソーニャがマルクの手に乗った―――直後、人狼の膂力が垂直カタパルトのように彼女を打ち上げる。

 

 そこに突っ込んできた羅漂雪の顎がバクンッ!と2人のいた空間を抉り取るが雪と土がめくれ上がっただけだった。

 

 マルクはすぐに跳び退っていたし、ソーニャは上空だ。絶好の機会(タイミング)

 

 一瞬でも羅漂雪の視界から外してくれた夜天翡翠に感謝しつつ、ソーニャは左拳を握りしめる。

 

 バチイッと青白い雷が盾に流れた。マルクの『雷光裂爪』のような威力は到底期待できない、単なる属性魔力だ。それでも盾は金属製、雷を流せば帯電する。アルはその様子を見て瞠目した。

 

 ―――――まさか・・・!

 

 ソーニャは次いで魔術を発動する。

 

 

「『隠蛇(いんじゃ)帯壺(おびつぼ)』ッ!!」

 

 

 彼女の左籠手に現れたのは―――その籠手とほぼ同サイズの大蛇を模した墨壺だった。

 

 墨池は墨の代わりに魔力が張り、糸車は細い溝ではなく荒縄サイズの溝が刻まれている。また、本来あるはずの糸車を回す取っ手もない。

 

 アルがやたらと凝って創った実質ソーニャ専用の魔術。

 

 ()()の吐き出した荒縄が紐解けて帯となり、蛇を象ったような口が盾の把手を咥える。

 

 あくまで蛇のように動く帯だ。

 

 何度も鍛錬して手に馴染ませてきた初実戦の魔術。

 

 ソーニャは初戦闘で属性魔力との併用をやってのけたのだ。

 

 アルは教え子の見事な運用に笑みを浮べ、即座に駆け出す。

 

 ソーニャは落下しつつ左拳を握り込み、

 

「う、おおおおおおおッ!!」

 

 腕にいる蛇帯を裂帛の気合と共に()()()()()()解き放った。

 

 結局のところこの魔術は伸縮する魔力の腕だ。だからこそ振るい方次第でいくらでも応用が利く。

 

 ビュッ・・ゴオッ!という音と共に、雷を帯びた盾は弾丸のように回転し、然したる抵抗もなさそうに吹雪を貫いて、羅漂雪の鼻を強かに殴りつけた。

 

 並の衝撃ではない。下向きの重力に加え、アルがコンセプト状態から拘りに拘った機能――――握り込めば最大20倍まで質量増加効果が加わるという効果も付与されている。

 

 つまり、元の二十倍の重量をした金属塊が雷を伴って羅漂雪の鼻に撃ち下ろされたのだ。

 

 ギャウ―――――ッ!?

 

 さしもの狼型高位魔獣も悲鳴を上げる。鼻は大抵の生物にとって急所だ。煙が上がっているあたり雷は濡れている鼻先から粘膜までを多少感電させることにも成功しているらしい。

 

「アル殿っ!」

 

「よくやったソーニャ!」

 

 マルクに受け止めてもらったソーニャが叫んだ時には、アルが氷狼へ駆け寄ってきているところだった。

 

 慌てて苦し紛れの噛み付きを繰り出した羅漂雪だったが、アルは豪快にスライディングして、頸下に潜り込む。

 

 と、同時に龍鱗布を放り投げた。

 

 大狼の顎下に触れた龍鱗布がその鼻先から顎にかけてギュルギュルと勢いよく巻き付いていく。

 

 抵抗しようにも龍鱗布はアルの魔力を最も受け止め続けてきたものだ。ちょっとやそっとの抵抗でどうこうできるものではない。

 

 上下の顎は万力のように締め上げられピッタリと閉じられてしまった。

 

 ―――――これでこいつは吠えられない。

 

 ―――――――ッ!

 

「ぶわっ!」

 

 羅漂雪は致命的な剣撃を受ける前に吹雪を立ち昇らせる。しかし、ついさっき『龍蒼華』を防いだ時ほどの規模はなかった。ラウラの推測は当たっていたのだ。

 

 

 アルは雪面でどうにか受け身を取って立ち上がる。龍鱗布へ魔力を送り続けている限り、あの大規模な吹雪は来ないと見て間違いない。

 

 ―――――ならば、ここで決める!

 

 緋色の龍眼に刃のような光が灯った。殺気と魔力を昂らせたアルに仲間達が呼応し、羅漂雪が周囲の吹雪を纏い直して警戒する。

 

 しかし巻き付いた龍鱗布のせいで顎が開けず、”魔法”の範囲が狭い。ラウラとソーニャのお手柄だ。

 

「仕留めるぞ!まずは周りの吹雪を吹き飛ばす!」

 

 鼓舞して駆け出したアルの背後からエーラの声が届いた。

 

「そういうのはボクにお任せ!」

 

 言うや否やエーラは洋弓型の複合弓を構え、静止。次いでピンと張った弦を離す、今まで見せなかった魔術と共に。

 

 

「『燐晄縫駆(りんこうほうく)枝垂柳(しだれやなぎ)』ッ!」

 

 

 キィンッ――――――!

 

 独特の弦音をさせて放たれたのは継ぎ目がわからないほど連射された4本の閃光。それぞれが独特の軌道で迫り、羅漂雪の目前―――吹雪が展開されている直前でパアンッ!と爆ぜて裂ける。

 

 枝垂柳の名の通り幾百に分裂した『燐晄』が燦然と吹雪へ襲い掛かって灼き飛ばした。

 

 エーラが魔術と弓術を組み合わせて技と呼べる域にまで昇華させた『燐晄』だ。威力と範囲をカバーする目的で生まれたエーラだけの絶技。

 

 それでも羅漂雪は高位魔獣。わけのわからない光が己を守護するヴェールを熔かしたことをすぐさま悟り、風のように駆けだす。

 

 だが、ここで決めると頭目が判断したのだ。”鬼火”の一党の攻勢も苛烈を極めていた。

 

 

「『鋲螺ノ蒼火撃』!!」

 

 

 鼻先にぶち込むつもりでラウラが蒼炎の弾丸を撃ち放つ。『燐晄』と同等の速度で飛来した蒼炎を、羅漂雪は野性の勘でギリギリ首をズラして狙いを外してみせたが左の肩口は黒い氷蔦ごと灼き貫かれた。

 

 ―――――――ッ!!!

 

 自分よりちっぽけな生物に痛みを与えられたという事実に怒りを覚えて敵意を向けた氷狼だったが、それは大きな判断ミスだ。

 

 そんな風に固執すればするだけ、一党の思う壷だというのに。

 

「『雷光裂爪』!どおおりゃあああッ!」

 

「たあああああッ!」

 

 飛び込んできたマルクが青白い狼爪でその左後肢を膝下から先を斬り飛ばし、ソーニャが右後肢に組みつくように直剣を突き刺した。

 

 刃鱗土竜であれば鱗に弾かれただろうが、羅漂雪の筋繊維は抵抗しつつも刃を通す。鉱人鍛冶師の打った魔剣だ。そんじょそこらの鋭さと頑丈さではない。

 

 ―――――ッ!?

 

 声にならない悲鳴を上げた羅漂雪の目前にアルと凛華が駆け出てきた。それぞれ殺意を漲らせ、龍牙刀と尾重剣が眼光と似たような輝きを放つ。

 

 ――――――ッ!!!

 

 雪原の王は自尊心からその場で”魔法”を行使した。マルクとソーニャを吹き飛ばすように薄い吹雪を纏い、剣士2人が駆けてくる位置に雪面から氷柱を突出させたのだ。

 

 凛華は『冰女下駄』をカカ―ンッ!と鳴らして跳ねるように避け、アルは龍牙刀を寝そべらせてギインッ!と防ぎながら、衝撃のままに上空高く弾き飛ばされる。

 

 羅漂雪は焦らずに凛華から叩き潰そうとして・・・・・その血走った眼をかっ開いた。

 

 弾き飛ばされたはずのアルが龍牙刀を咥え、己にかかっていた重力の軛を解いた真後、合わせた両手から蒼炎をボウッ!と後ろに噴き出したからだ。

 

 爆発の勢いでくるくる飛んできたアルは咥えていた龍牙刀を両手へ持ち替える。

 

 そして羅漂雪側の左直上付近で質量軽減効果を消し、すぐさま剣技を放つ体勢へ移行した。

 

「『蒼炎――――!」

 

 独楽のように縦回転をかけて落下しながらアルは魔術を起動させる。

 

「『流幻――――!」

 

 凛華は滑るように間合いを詰め、羅漂雪の右前肢前でドンと踏み込んだ。

 

 氷狼が圧し潰されそうな殺気に慌てて”魔法”を使おうとしたそのとき。ダメ押しとばかりにエーラの『燐晄』とラウラの『蒼火撃』が羅漂雪の吹雪をジュバアッ!と蒸発せしめる。

 

 これでもう手遅れだ。殺気を滾らせた剣士達が致命の一閃を放つ。

 

 アルが繰り出すは六道穿光流『流吹断(りゅうすいだん)颪車(おろしぐるま)』。水の型『雲水』と風の型『陣風』の混成剣技。

 

 人間(サイズ)の丸鋸と化したアルは魔術を紡ぎきり、

 

「―――気刃』ッ!!」

 

「―――冰鬼刃』ッ!!」

 

 凛華が右腰だめに構えていた尾重剣を振り上げる。ツェシュタール流大剣術は対人剣術から発展した剣術。だからこそ剣技は少ない。

 

 だが少ないというだけで振るい方は幾千通りもある。これはその中でも基礎中の基礎、体重を右脚にかけ身体ごと掬い上げるように斬り上げる大剣独特の斬り上げだ。

 

 ジュッ・・・! ガガッ・・・!

 

 蒼炎の刀身と冰の重剣が上下から羅漂雪の首に入り込み、

 

 バ、ギィッ―――!

 

 骨ごと断ち切った。

 

 ・・・・・ドサッ

 

 直後落ちてきたアルとその逆方向に斬り抜けた凛華は残身を取り、落ちた大狼の首を見やって気刃をスウッと解除する。

 

「やっ・・・たぁ!」

 

 ラウラはあまりの嬉しさで跳び上がり、

 

「長かったぁ~」

 

 エーラはふぃ~と息をついた。

 

「ふう・・・さすがに凄いな、あの二人の剣技は」

 

 ソーニャが自分の身体より何倍も太い羅漂雪の首を落としたアルと凛華を称賛すると、

 

「お前も今回は負けてなかったぜ。属性魔力と魔術の併用なんざもっと先だと思ってたよ」

 

 労うようにマルクが背中を叩く。やっと終わった。上空では夜天翡翠が嬉しそうに旋回している。

 

 

 そこへザッザッと規則正しくも苦しそうな息遣いのバール隊長と兵士達が10名ほど駆け登ってきた。どうやらあの女性隊員達は本当に助けを呼んでくれたらしい。

 

「すまない。急いで来たのだが・・・・・・・・・終わっているとは思わなかった」

 

 バール隊長と臨時救助隊10名はかなり急いで来たのだ。途中地響きが聞こえたり竜巻を見たりするたびに足を速め、ほとんどずっと駆けていたような状態。

 

 おかげでアルの灰髪も気にならないくらい肩で息をしている。

 

 ようやっと見えてきた!というときには武芸者6名の見事な連携で高位魔獣が討ち取られたところだった。

 

「すっ、すげぇ・・・!」

 

「まじかよ。まだ子供じゃないか」

 

「あのとんでもない炎・・・人間の子が撃ってたのか」

 

「武芸者って、こんな強かったの?軍人の私ら立つ瀬ないじゃん」

 

「はぁ、はぁ。こら、驚きはわかるが静まれ」

 

 バール隊長の言葉に兵士達はびしっと背筋を正す。わざわざ山岳警備隊のトップが来てくれるとは。帝国軍人は良い人ばっかりなんだなぁなどとアルは思っていた。

 

「えーと、その、急いで来て下さったようで感謝します」

 

 それはそれとして申し訳ない。見るからにまだ肩で息をしている。急いで来てくれたに違いなかった。アルはとりあえず感謝を述べる。

 

 助けた3名も無事砦に辿り着けたようでひと安心だ。

 

「なに、これも我々の仕事だ。それより部下の手当と保護に感謝する。彼女らに話はすべて聞いたよ」

 

 バール隊長は体面を保ちつつも心から礼を述べた。この6名とあの1羽には返しきれない恩ができてしまったなと思いながら清々しい気分だ。

 

「そのぅ・・・とりあえず、戻りますか?あっ、帰りは楽できますよ」

 

 アルは恐る恐る言ってみる。登ってきたばかりの人達に終わったし降りようぜ!なんて言いにくかった。

 

「はは、気にする必要はない。ところでその首はどうするのかね?もし良ければ運ぶのを手伝うぞ」

 

「いいんですか?」

 

「うむ。何と言ってもそのくらいしか仕事がなくてな」

 

 この返しにはアルだけでなく、その場の全員が笑い出す。

 

「あっ、待って下さい。装備を回収しますから」

 

 そう言ってアルがしゅるしゅると龍鱗布を回収した―――――そのときだ。

 

「カアッカアッ!!」

 

 いち早く気づいた夜天翡翠が警告を発する。

 

 首を斬り落とされていた羅漂雪の目蓋は閉じていたはずだった。なのに今はその両眼がカッと見開かれている。

 

 唖然とするアル。すると視線を合わせた羅漂雪の生首がグワッと顎を開いた。

 

 ―――――まずい!!

 

「「伏せろおっ!!」」

 

 アルとバール隊長の声が二重(ハモ)る。ザザアーッとその場の全員が雪面に飛び込むように伏せた。

 

 ――――――――――――――――――――――ッ!!

 

 声帯を切られ、肺とも繋がっていない羅漂雪はそれでも有らん限りの魔力で”魔法”を行使する。時間にして数秒。

 

 アル達の頭上を音波のような衝撃と纏まった冷気が通り過ぎていった。

 

「お、終わった・・のか?」

 

 顔を上げたソーニャが呟き、アルはすぐさま龍牙刀を抜きながら生首へ構える。魔族組は全員すでに臨戦態勢だ。しかし―――――。

 

「死ん・・でる?」

 

 羅漂雪は血走った眼を見開いたまま微動だにしない。その瞳孔が開き始めた。

 

 ツンツンと生首を爪でつついたマルクは、

 

「今死んだっぽいぞ。たぶんアルの炎と凛華の冰で血が流れなかったからちょっとの間生きてたんだろ」

 

と推察した。少しずつ魔力も抜け始めているのがわかる。

 

「びっくりしました・・・」

 

「最後までしぶといわね」

 

 胸を撫で下ろすラウラと文句を言いながら尾重剣を収める凛華。

 

「もお~、今のは焦ったぁ」

 

 エーラもぶうぶうと唇を尖らせた。アルも息をついて龍牙刀を納める。

 

 

 ゴゴ・・ゴゴゴ・・・ゴゴゴゴ・・・・ゴゴゴゴゴ・・・・・!

 

 

 知らない振動を感じた。アル達は背筋を伸ばし、嫌な予感から背後――――羅漂雪が何かを放った方角へと視線を向ける。

 

 全員の視界に飛び込んできたのは遠くの山頂付近から落ちてくる大量の雪だった。白い波が遠くで動いている。

 

「雪崩だとっ!!?」

 

「あんな量、ベルクザウムまで行っちまう!」

 

「くそっ!『陸舟』!全員乗れ!バール隊長達も早く!」

 

「なんつう置き土産残しやがったんだくそったれが!」

 

 アルが慌てて巨大な『陸舟』を一艘作って全員を乗せた。考えるのは後、逃げるのが先だ。

 

「マルク頼む!翡翠、上に逃げてろ!」

 

「カアッ!」

 

「わかってるよ、畜生!」

 

 マルクが17名を乗せた『陸舟』を蹴りつけてすぐさま跳び乗る。

 

「凛華!誘導は最低限で良い!」

 

「わかってるわ!」

 

「全員掴まれ!」

 

 アルはそう言うと遠くから迫ってくる雪崩を見ながら蒼炎を噴射して加速した。加速度に堪えつつ全員の視線が後ろに行く。

 

 死なば諸共。

 

 羅漂雪の残した真白い津波が全てを呑み込まんと死出の国への入り口を大きく広げていた。




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