日輪の半龍人   作:倉田 創藍

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ここでは初投稿になります。読んで頂ければありがたい限りです。


また「小説家になろう。」と「カクヨム」にて同作を連載投稿しております。


現在両サイトにて投稿されているものとこちらに投稿するものは少々文体が違う場合があります。


こちらへは定期的にある程度纏めて更新していく予定です。


9話 夜は明けて (虹耀暦1287年2月:アルクス14歳)

 山岳都市ベルクザウムを未曽有の大雪崩が襲った翌日。昨夜は都市全体がまばらな灯りで照らし出され、人の声が遅くまで響くこととなった。

 

 当然ながら雪崩の後始末のせいである。怪我人が多数、住居も鉄砲雪と化した激流で一部破壊されていたり、街路樹や街頭がなぎ倒されていたりと被害を受けたベルクザウムの一角の復興作業や危険物の撤去作業などやるべきことは山積みだったのだ。

 

 築かれた防壁を伝って流れた雪は魔導列車の線路や駅の一部も埋めてしまい、その除雪作業も急がなければならなかった。

 

 それでもベルクザウムに住まう人々の翳りは薄い。とある6名を筆頭とした武芸者達と駐留していた帝国軍人及び領軍兵士達による共同防衛線のおかげで怪我人は多数いても誰一人として死者はいなかったからだ。

 

 都市の外に見える大量の雪から自分達を守ってくれたということで、喜んで作業に手を貸す領民、交代で夜通し仕事をする兵士達へ炊き出しを行う飲食業者、天幕を張って休憩所を作る有志(ボランティア)の住民でしんしんと雪の降る夜にも関わらず広場はいつまでも騒がしかった。

 

 

 今はそんな作業明けの朝だ。特に被害を受けなかったらしい宿の食堂で”鬼火”の一党に所属する女性陣4名が少し遅めの朝食を摂っているところである。

 

 そこへふらりと2階からマルクガルムが降りてきた。

 

「おはよーさん」

 

「「「「おはよ(う)(ございます)」」」」

 

「凛華、もういいのか?」

 

 昨日雪崩を防ぎ切ってすぐ魔力と体力切れで眠りについた凛華へマルクが視線を向ける。見たところ特に問題なさそうだ。

 

「寝たらバッチリよ」

 

 怜悧な青い瞳を輝かせる凛華の皿には麦蒸餅(パン)、腸詰、茹で卵、酢漬け、潰し芋(マッシュポテト)と言った帝国のザ・朝食が所狭しと並んでいる。

 

「お前にしちゃあ食うな―――ってそうか。昨日晩飯食ってなかったもんな」

 

「ええ、空腹で起きたのよ」

 

 降ろした黒髪を払いのけながら凛華はそう答えた。いつもより遅いのは朝風呂に入ってきたからだ。

 

「そか。んじゃあ俺も何か頼むかな。くぁ~」

 

 普段から朝食付きで宿泊する”鬼火”の一党だが、アルクスとマルクは成長期。軽い朝食ではとても足りないため追加で2皿くらい頼むのが常である。

 

 そういった場合は注文の都度支払わなければならないため、半ば癖で財布を取りだしたマルクをソーニャが止めた。

 

「財布はいらんぞ。朝食まではタダだからな」

 

「んぁ?どういうこった?」

 

「昨日ほとんどの武芸者が雪崩を防ぐのに貢献したので、認識票を持ってる人は朝食までタダでいいらしいんです」

 

 疑問符を浮かべたマルクへラウラが答える。最前線で動き回っていた”鬼火”の一党はかなり目立っていたので4人は認識票を見せる必要もなかったくらいだ。

 

「へぇ~そいつはありがてえや。行ってくる」

 

 マルクは胸元から認識票を取り出しつつ配膳台(カウンター)へと向かった。追加注文分は基本自腹だ。身銭を切らないで済むのは助かる。

 

「ねえマルク。アルは?一緒じゃないの?」

 

 プレートに山盛りの芋や肉の煮込み料理(ホワイトシチュー)、腸詰と酢漬けに麦蒸餅(パン)を乗せて戻ってきたマルクへシルフィエーラが問うた。

 

 先程からアルが見当たらない。てっきり同じ部屋のマルクと連れ立ってくるものだと思っていたのだが。

 

「あいつなら龍鱗布洗って風呂入ってくるってよ。昨日凛華を運んだ後そのまま寝ちまったからな。『封刻紋』は閉めてたみてえだけど」

 

「あー・・・結局起きなかったんだね」

 

 納得、とでも言いたげにエーラは苦笑いを浮かべた。眠ってしまった凛華を抱えて宿に辿り着いたはいいものの、その後マルクと取っている部屋に戻ったアルは龍鱗布や上着を脱ぎ捨ててパタンと寝てしまったのだ。

 

 マルクや他の者が揺すってもちっとも起きないのでそのままにしていたが、どうやら朝まで眠り続けていたらしい。

 

「夕食にも来なかったくらいだからな」

 

「昨日の魔術はやはり相当キツいものだったんでしょうか?」

 

 ソーニャが相槌を打ち、ラウラが心配そうな表情を浮かべる。間近で見たからこそ『蒼炎羽織』という術の異常性を理解できた。

 

 今でこそ当たり前に受け入れている『気刃の術』は闘気を高純度の属性魔力に変換するというおよそ常識から外れた術式。

 

 それを軽々と凌ぐほどの高出力を見せた『蒼炎羽織』がアルの身体に負担をかけていないとは思えなかった。

 

「あのデタラメな魔力っていうか闘気のやつね。まったく・・・雪崩に突っ込んだって聞いた時はホントびっくりしちゃったわよ」

 

 凛華はぷんすかした顔で腕を組む。仲間が心配だからとその仲間が心配するような真似をしてどうするんだとでも言いたげな顔だ。

 

 その意見には5名とも全面的に賛同できる。

 

「んなもん俺らだって驚いたわ、ひょいっと飛び出しやがったからな。散々戦った後だったとは言え、あの魔術自体もアルで一分ももたねえシロモンだったし」

 

「大丈夫そうだった?」

 

 ラウラの心配が伝播したのかエーラも少々不安げだ。昔そうやって突っ走った結果昏々と眠り続ける大怪我をしたのだから。

 

 

 そんな風に愚痴なのか心配なのかわからない会話を5人が繰り広げていると、宿泊棟から少々離れた位置にある浴場の方から肩に魔獣を乗せた青年が歩いてきた。

 

 食堂にいた客たちは新たな客についと目を向け―――直後、若い女性客たちが吸い付けられるように視線が釘付けになる。

 

 というのもやってきた整った顔立ちの青年は細袴(ズボン)こそきちんと履き、帯刀こそしているものの上半身は着流しでも着ているかのように胸元をだらしなく開け、真紅の羽織を引っかけただけの目立つ見た目をしていたからだ。

 

 普段は何かで覆っているのか、日焼けしていない白っぽい胸板は彼の線の細さを打ち消すように引き締まった胸筋で覆われ、その上には個人四等級を示す認識票がぶら下がっている。

 

 誰あろう、”鬼火”の一党頭目のアルだ。普段の意思の強そうな瞳は今日に限っては眠気に負けて瞼に隠れ気味である。

 

 湿り気の残る青黒い髪をそよがせ、赤褐色の瞳をしたアルは食堂に入ってくるなり左肩の三ツ足鴉の首筋を撫でながら大欠伸をかました。

 

 浮世離れした見た目と連れている黒い魔獣のせいもあってやたらと妖異な雰囲気を醸し出している。

 

 女性客たちは何とも妖しげな青年から目を離せず、中には自分の見た目を無意識に気にする者までいたのだが本人はそんな視線どこ吹く風といった様子で歩いてきて「おはよ」と呑気な挨拶をしながらマルクの隣に座った。

 

「ちゃんと前閉じなさいよ。父さんみたいよ」

 

 ぽやんと言うよりぼけーっとしたアルに頬を赤らめた凛華が注意を入れる。女性客たち同様落ち着かないのはアルが妙に艶めかしく見えているからだ。

 

 視線は胸板の―――知っている者ならそこにあることがわかるツルツルした表面の『八針封刻紋』に向いていた。

 

「まだあっついんだもん」

 

 外は雪でも宿内は暖炉が置いてあるし、人もそこそこいる。おまけに火を扱う食堂だ。風呂上がりには少々暑いとアルは悪びれもせずのたまった。

 

「今日はどうせ休みだろうけどよ。まだ疲れ抜けてねえのか?」

 

 そわそわしている仲間内で唯一平然としているマルクが問うとアルはへちゃっとした様子で口を開く。

 

「抜けてない。『蒼炎羽織』の最大稼働はしばらくやめよ」

 

 現状で一気に展開できる『蒼炎羽織』は最大10枚。魔力が目減りした状態で使用したとはいえあの消耗速度には内心驚いたものだ。

 

「後遺症みたいなのがあるんですか?」

 

 ぼへーっと息を吐くアルにラウラは珍しいと言わんばかりに訊ねた。視線はアルと鎖骨を行き来している。

 

「ヤバそうなのはないと思う。でもなんか体の芯に疲れが残ってるみたいで眠いんだよ」

 

「雪崩に突っ込んだのはどうかと思うぞ」

 

 ソーニャの言葉にアルは素直に頷いた。

 

「今後は気を付けるよ」

 

 ―――――絶対またやる。

 

 今の返答でマルクは確信する。似たような状況になったら必ずやる。

 

 ―――――こいつはそういう困った阿呆だ。

 

 自分でも確信が持てないからああいう返答を返したのだろう。

 

 と、そこへエーラがプレートを持ってきた。アルの食事を取ってきたらしい。

 

「はい、どーぞ。多めにしといたよー」

 

 乾酪(チーズ)燻製豚(ベーコン)米料理(リゾット)に鹿のあばら肉(スペアリブ)、ついでに盛り野菜(サラダ)だ。

 

 アルの好きそうなものをチョイスしたらしい。エーラがニコニコしているのはこういう雰囲気のアルも悪くないと思っているからである。

 

「ありがとエーラ。昨日食べ損ねたせいでお腹ペコペコだよ」

 

 アルは嬉しそうに礼を言ってパクつき始めた。しかしいつもより勢いがない。やはり疲労が先行しているようだ。

 

「魔力は戻ってるんだよね?」

 

 その様子に一転してソワソワしながら訊ねてくるエーラ。なんだかんだ鋭いし案外心配性なのがこの森人の幼馴染の可愛らしいところである。アルは安心させるように微笑んだ。

 

「そりゃね。二、三日すれば疲労も抜けるさ」

 

「ヴィオ先生に聞いてみたら?」

 

 食事に戻ろうと「あー」と口を開けたアルへ今度は凛華が意見を出す。

 

「あっ!そうだよ!ヴィオ先生に見せるのはどう?『陸舟』とかは見せたんでしょ?」

 

 それ良いかも!という顔でエーラも乗ってきた。

 

「ほらトビアスさんのとこに―――えーと・・・ほら何だったかしら?新しい転移術式」

 

「えーと、わい・・・なんとか転移?」

 

 名前が思い出せない、あれだあれという顔をする凛華とエーラにアルは一旦木匙を置いた。

 

 無事にベルクザウムに着いて仮住まいの宿も見つかったとシルト家へ報告した際、トビアスからの返事に書かれていたものだ。確か――――。

 

「『歪曲転移術式』?」

 

 まだ隠れ里にいた頃、師であるヴィオレッタの講義中アルが前世にあった知識や理論を非常に稚拙ながらも聞かせてみた時の話だ。

 

 

 ノートに使っていた頁を折り曲げ、点と点を結んで見せてこんな風に一つ上の次元を使うのだとか、ブラックホールとホワイトホールを使ってうんたらかんたらだとか、それを使えば時間移動がどうたらこうたらだとか前世でも実現できていない上に自分でもよくわかっていない説明を雑談としてしたことがあった。

 

 その際にヴィオレッタの使う『転移術』が視認した空間や自身からどれくらい離れているのかを計算する相対座標式で、自身の周囲の空間や空気を同質量分()()()()()タイプだと知ることとなったのである。

 

「じゃあこの惑星を大きな方眼紙と見立てて絶対座標でも設定すればどこでも転移し放題だね!」みたいな余計なことを言ったばっかりに色々付き合わされることになったりもした。

 

 なお絶対座標を用いた転移はズレが起こる。惑星の形を完璧に把握するなどとてもではないが不可能だからである。

 

 

 追記しておくとヴィオレッタの使う視界内に跳ぶことが出来る『短距離転移』でさえアルの魔力をゴッソリ消費するので実用的な魔術とはとても言い難い。悠に数百年の時を生きてきたヴィオレッタだからポンポン使えるのだ。

 

「それそれ!今シルト家のお屋敷に置いてあるんだよね?」

 

 シルト家に世話になったアルが父ユリウスの墓参りをさせてやってもらえないかとヴィオレッタへ打診したことがあった。

 

 それ自体は実現したらしく、シルト家の面々を屋敷に送り届けた帰りにヴィオレッタが設置して行ったんだとか。凛華とエーラはその話をしっかり覚えていたようだ。

 

「らしいね」

 

 『歪曲転移術式』とはヴィオレッタが散々研究しまくって生み出した新しい転移術。

 

 文字通り子供の説明から切り口を見つけ、3次元ではなく4次元を利用して開発したそうだが、まだ生物には使えないとのこと。そう注意書きされていた気がする。

 

 またシルト家の人間の魔力量も考えると極々小さな物―――それこそ手紙や掌サイズの小包程度しか置けなかったそうだ。

 

 しかし夜天翡翠の航続距離を考えるとそれでも大発明である。ここから2,000km以上も離れたところまで飛ぶ必要がなくなったのだから。

 

「ウィルデリッタルトなら翡翠も隠れ里まで飛ばなくていいしトビアスさんに頼んでみたら?」

 

 そんなことを言う凛華へジーッと視線を向けていたアルは何を考えたのやら、一拍置いて頷いた。

 

「・・・・うん、そうしようかな」

 

「カア?」

 

 すると「出番?」と言うように目をクリクリさせて首を上げる夜天翡翠。

 

「うん、後で仕事を頼むからね」

 

 アルは使い魔が食べかけていたあばら肉を細かく切ってやりながらそう告げた。

 

「カアッ!」

 

 夜天翡翠は承知!と言うように返事を返しながらアルの切った肉を啄む。太い嘴では掴みにくそうな葉野菜なんかはアルの手ずから食べさせてもらってご満悦だ。

 

 そんな様子を見ていたラウラがチラチラ視線を下げながら口を開く。

 

「あの・・・それはいいんですけど、アルさん」

 

「ん?」

 

「その、やっぱり前、閉じませんか?ちょっと刺激が強いみたいですよ」

 

 意味を図りかねるラウラの言葉にアルが振り向くと、女性店員や武芸者の女性客達がサッと視線を逸らした。

 

 容姿の整ったアルが退廃的な雰囲気で三ツ足鴉(魔獣)と戯れながら食事をしている様子はお姉さま方のナニカを痛く刺激したらしい。

 

「里で似たような光景を見たぜ」

 

「はは。そうだろうな」

 

 苦笑するマルクにソーニャはさもありなんと頷く。故郷ではきっともっと無防備であったろうし母似だと聞いている。さぞ可愛がられていただろう。

 

「ま、いいか」

 

 よくわからないが風呂上りの熱気も飛んでいったことだしとアルは適当に襯衣(シャツ)の胸元を締める。と言っても擦れるのを嫌っていつも首回りは開けているが。

 

 ちなみに武芸者の女性客達がアルを見ていたのは雪崩を防ぐときに半ば自然と陣頭指揮を執っていたというのも大きな要因だったりするのだが、6名が6名とも必死であった為そんなことには露ほども気付けなかった。

 

 

 朝食も済ませ、どうしようかなと考えていたところに外から男が入ってくる。「いらっしゃい」という言葉へ男は自分が客でないことを丁寧に示すと真っ直ぐにアル達の方へ歩いてきた。

 

「ここにいたか。まずは昨日の件だ。本当に助かった、礼を言わせてもらう」

 

「バール隊長?おはようございます。こちらも仕事ですから・・・でも一体どうしてここへ?」

 

 ややしゃっきりした返答を返すアル。用件がわからない。

 

 ―――――もしや雪崩の原因が全面的に自分達のせいになったりしたのだろうか?

 

 それにしてはこの人の好い大柄の軍人からは焦りが見えない。

 

「うむ。急ですまないが時間はあるかね?羅漂雪の頭部が見つかってな。首だけだが大きくて処遇に困っているのだ」

 

「あ、わかりました。すぐ行きます」

 

 そう言うとアルは立ち上がった。こういう場合遺骸の処遇を決める権利を有しているのは倒した者―――すなわち今回で言えばアル達にその権利がまず渡される。

 

 これは王国だろうが帝国だろうが共和国だろうが共通だ。

 

 誰が討伐したかわからない魔獣ならまだしも直接自分の目で討伐を目撃した帝国軍人がそれを濁すような真似をするはずもなかった。

 

「あいつもしつけえなぁ」

 

 マルクがそう言いながら立ち上がる。何だかずっと羅漂雪とやり合っていたような気分でさえあった。

 

「アル殿の一撃で吹っ飛んだと思っていたがそうではなかったのだな」

 

「吹っ飛んだだけっぽかったもんね。胴体の方が灼けてる可能性は高いと思うよ」

 

 ソーニャの感想にエーラが返す。森人の眼で見えたのもそのくらいだ。あとは蒼炎と雪でよくわからなくなった。

 

「何にしても急ぎましょ」

 

「そうですね。邪魔でしょうし」

 

 凛華とラウラがそう言ってアルの後を追う。残りの3名も同じように続いた。

 

 残された武芸者の客達はあまり会話は聞こえなかったが後で見に行こうと決める。何せ()()”鬼火”の一党だ。

 

 アル達6名と1羽がこの山岳都市ベルクザウムで急速に”鬼火”の一党の名が広まりつつあることに気付いたのはもう少し後になってからのことだった。




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