また「小説家になろう。」と「カクヨム」にて同作を連載投稿しております。
現在両サイトにて投稿されているものとこちらに投稿するものは少々文体が違う場合があります。
こちらへは定期的にある程度纏めて更新していく予定です。
武芸都市ウィルデリッタルト。アルクスの父ユリウス・シルト―――いやユリウス・シルト・ルミナスの生家であるシルト家が治めている都市で、アルクス達6名と1羽が数か月滞在していた場所である。
今は3月1日。例年より多少寒い朝だ。領主屋敷の隣に併設されている練兵場には現在、アルの従妹イリス・シルトと三等級武芸者一党『
他にもイリスの護衛である女性兵士が2人ほどいる。槍を持っているイリスとエマ以外は軽い防寒具を身に着けていた。
「イリスちゃん。振りはもっと小さく、素早くだよ。突きだけで面を作るみたいな感じで。対人戦闘は隙を作った方の負けだからね」
槍と盾を持つ個人四等級武芸者エマの言葉にイリスは息を切らせながらも素直に頷く。
「はいですわ!こう!ですか?」
ビュッと槍を突き出してみせるイリス。その左手には
ソーニャの使っているタイプと違って取り回しと受け流しに特化させた盾だ。
闘気を使えば防げなくもないが防御面が狭いので構えて防ぐというよりは、軽量さを活かした素早い立ち回りが主な運用方法である。
「今のだと手打ちになってる。身体を入れて、こうっ!」
エマはそう指摘しながらボッヒュヒュバッと迫力のある三連突きを行った。つけ入る隙などなさそうな速度だ。
イリスの護衛――最近専らギャラリーと化している兵士2名が「おお~」などと口々に誉めそやす。
「手打ちするならもっと手数は増やさないと。その場合はこんな感じで手首を使うんだよ」
ヒュヒュヒュヒュッ!と一気に突き出されては戻る槍。
石突と手首に紐でも巻いているかのように素早い引きだった。
イリスは「ほほうっ」と目を輝かせて真似をするように槍を振る。
そんな様子を護衛2人は弛緩した様子で見ていた。
無論、目を離すことは絶対にないがそこまで警戒もしていない。
『黒鉄の旋風』に対しての警戒は”叛逆騎士”の捕縛を成し遂げた功績や三等級武芸者一党という肩書、以前の褒賞式もあってないに等しい。
「アルクスめ・・・こんなの教える必要あるのかしら?」
槍士に稽古をつけてもらっているイリスを横目にハンナが呟いた。
手に持っているのはアルがイリス用にと残していった自作魔術教本である。
構成術式とその意義について講釈がついている。
曰く、定型術式というのは多くの術式で構成されているものなので、その一つ一つの効果を把握していれば同じ魔術でも大きく効果を変えられると書いてあった。
こんなの魔術師ではなく魔導師レベルの話だ。初心者に教えることではない。
慣れてくれば自分用に弄ることも出来るが絶対に一人ではやらないように、との但し書きもちゃんと載っている。
『魔眼』を持つ前から散々一人で術式を弄くっていたというアルの過去を知らなければ真っ当な注意喚起だ。
しかし、こちらも相当早い。
定型術式をいちいち改造するやつなんて早々いない。
完成度が高く、実用性も高いから定型術式と呼ばれているのだ。
―――――あいつ・・・定型術式を魔術の一つくらいに思ってない?
ハンナは思わず手元を半眼で眺めた。
「なぁ、そういや俺らの『気刃の術』ってどうなってる?」
「うるさいわね。これでも少しずつ弄ってみてるんだから黙ってなさいよ」
エマの双子の兄ヨハンが思い出して問うとハンナは噛みつくように返事を返して黙らせる。
アル達が武芸都市を旅立つ際、餞別としてくれたのが『気刃の術』という闘気を固定化し、更には高純度の属性魔力へ変換するという魔術だ。
あれから少しずつ弄ってみてはいるが核となる部分がかなり複雑なため仲間達の独自を創るのに難航していた。
自分のすら出来ていないのにせっつかれてハンナも大概お冠である。
「元気にしてっかなぁ」
話題を逸らすように彼らの旅立った方角を眺めるヨハン。
「知らないわ。イリスちゃん用にだけは独自を創ってあげてるやつのことなんて」
「そらしょうがないだろ。イリスちゃんはアルクスの従妹なんだし」
というかアルクス限定で言ったわけじゃない。ハンナのぼやく通りアルはイリス用にだけは『気刃の術』の独自を創ってやっていた。
ただし、こればっかりは危ないのでトビアスの許可がなければ術式自体マトモに見られない場所に保管されてあったりする。
ハンナが教本を手にぐぬぬっと悔し気な表情を浮かべていたその時だ。
「おおーいっ!大変だあーっ!」
男が何かを片手に叫びながら走ってくる。『黒鉄の旋風』頭目のレーゲンだ。
「どしたのよ?」
「どうかされたんですの?」
練兵場への闖入者に恋人であるハンナと稽古を一時中断したイリスが問うた。
「これ!あいつらやりやがった!」
レーゲンは呑気な顔をしている仲間達と領主の娘へ、とりあえず見ろ!とばかりに持っていた何かを広げて見せる。
「あいつらってアルクス達か?」
ヨハンの言葉に、
「兄様達のことですのっ?」
イリスが素早く反応した。ぴょんと身を乗り出すように広げられた何か―――雑誌を覗き込む。
「『月刊武芸者』じゃん。”鬼火”の一党なら”新進気鋭”のとこの常連でしょ?」
今月は出るの遅かったなーくらいに思っていたエマがそう言うと、
「今回は格が違うんだよ!ほら!」
レーゲンは『月刊武芸者』のとあるページを指さした。大見出しがついている。
「ん~と、〈”鬼火”の一党またまた昇級!?高位魔獣を華麗に撃破!!〉・・・ってはぁ!?」
ハンナが素っ頓狂な声を上げる。字面のインパクトが強過ぎた。
「今度は高位魔獣かよ・・・」
「羅漂雪って確か雪原の王とか言われてるやつだよね・・・倒しちゃったの?」
双子は揃って記事を熟読し始めた。ちなみに協会が監修している『月刊武芸者』の信頼度はその知名度並に高い。土地によっては武芸者達の必携アイテムとまで言われているほどである。
「さっすがマルク様達ですわ!んぅ~?えーと、他にも雪崩を防いだそうですわね。えっ?雪崩を?」
イリスは呆けたように首を傾げる。雪崩とは、あの雪崩のことだろうか?
「ベルクザウムの領主様にまで話聞いてるみたいね。『彼らがいなければベルクザウムは確実に雪で埋まっていた』・・・何したのよあの子達」
「ていうか特集組まれてるんだよ。で案の定記者からは逃げてる。『残念ながら取材は出来なかった』ってよ」
ハンナとレーゲンがそんな話をしているところで、ふと目を上げたイリスが「んっ?」と声を上げた。
「どうかしたの?」
次いで首ごと上空を見上げてパタパタと動き出すイリス。
「あれって翡翠じゃありませんの?ひーすーいーっ!あなたですのー?」
ここいらでは見かけない三ツ足鴉にイリスは大声で呼び掛けた。
「カアッ!」
「やっぱり翡翠ですわ!」
ひゅおう!と急降下してきた首回りだけ紫の羽根をした真っ黒い艶羽の三ツ足鴉―――夜天翡翠がイリスの足元へバサバサと降り立つ。そこそこ高い上空にいた割にはイリスをすぐに確認出来たようだ。
「カアー」
「少しぶりですわね!」
抱き着いてくるイリスに首を擦りつける夜天翡翠。革鞄はゴツゴツしている。
「今回もお父様に手紙ですの?」
「カァー」
そのやり取りを見ていた護衛の女性兵士が一人、
「お嬢様、私がトビアス様へ伝えに行ってきますよ」
気を利かせてそう言った。彼女らも大概慣れている。
「よろしいんですの?ではお願い致しますわね」
「はっ!では!」
ビシッと背筋を伸ばして兵士が駆けていった。ちなみにこの護衛任務、女性兵士達から大人気である。
礼儀正しく無邪気なイリスを可愛がれるうえにムサい連中と訓練をしなくていい。仕事と言えばたまにこうして伝言に行く程度。好評じゃないわけがなかった。
***
数分後、連れてこられたトビアス・シルトは女性兵士を労って夜天翡翠の革鞄から手紙と小包を取り出していく。
「えーっと・・・ああ、隠れ里への手紙と小包を送ってほしいみたいだよ。こんなに丁寧に書かなくてもいいのに」
アルクスからの手紙には小包と里長ヴィオレッタへの手紙をシルト家にある『歪曲転移術式』で送ってほしいというお願いが丁寧に綴られていた。
トビアスは思わず苦笑する。もう少し気軽な関係のはずだが、書面だとこうなってしまうのもなんとなく理解はできるというものだ。
「他には何かありますの?」
前回アルから送られてきた手紙にはベルクザウムの情景を書いた長文のものも含まれていたし、他の仲間達からの短い手紙もイリスに届いていた。
今回はそういったものはないのだろうか?と少々期待してしまうイリスに落ち度はない。
「えーっと・・・あ、ベルクザウムで美味しかったお菓子を僕らシルト家に。それとイリスにはこの防寒布をって」
そう言ってトビアスが目録を読みながら革鞄から防寒布を取り出す。柔らかい白――シルフィエーラの髪を彷彿とさせる色の防寒布だった。
「防寒布ですの?」
手紙じゃないのかー、と残念に思いつつ疑問符を浮かべるイリス。季節的にももうそろそろいらなくなってくる頃合いのはずである。
「きっと気を使ってくれたんだよ。あそこは長閑だけど特産品は少ないからね」
『歪曲転移術式』はそこそこ魔力を使う。大人であるトビアスでもゴッソリ持っていかれるものだ。
トビアスは想像して言った。ベルクザウムは長閑だがあまり土産らしい土産はないので、気を遣おうとしてどうにか捻りだした案なのだろう、と。
「そうですのね。あっ、これすごく手触りがいいですわ!」
イリスはとりあえず巻いてみた。毛はついておらず、アルが巻いている龍鱗布に近いつるりとした感触。絹のようにサラサラしている革なためか、暖かいというより防風性がより高い感じがする。
質の良さも相まって案外良いかもしれない。そんな風にイリスは思い始めていた。
「その防寒布は羅漂雪の毛皮で出来てるんだって・・・・・んっ?・・・え?羅漂雪?羅漂雪!?」
―――――それは高位魔獣の名ではなかったか!?
トビアスが白く染められた防寒布を凝視する。
ちなみにこの羅漂雪の皮革を用いた防寒布は、手紙を中継してもらうのに手土産がないと気付いたアルが慌てて支部の解体所へ走ってどうにか得たものから作られている。
危うく牙だけを送りつけるところだったと後で胸を撫で下ろしたものだ。
そのまま革職人のところへ持っていき、アルが雪崩を止めた恩人の一人だと即座に気付いた彼らが優先的に作業を進め、2日も掛けずに仕上げたものである。
「おおっ!ではこの記事に載ってた高位魔獣のものでしたのね!!」
件の魔獣のものだと知って、手紙はまた今度でいいや!とぴょんぴょん喜ぶイリスと事態が見えない父トビアス。
そこへ、レーゲンが声を掛けた。
「あのー・・・トビアス様。イリスお嬢様の言ってるのはこれのことでして」
「これって今月の『月刊武芸者』かい?」
「はい。ここの記事です」
・・・・・。
トビアスは指された箇所というかその特集全部を熟読し始め、可愛らしく喜ぶイリスの頭をハンナとエマは撫でている。
ちなみに今、森人組はいない。ランドルフが隠れ里の湯屋―――大衆浴場に浸かった際、痛く感銘を受け、武芸都市にもこういう施設を作ると息巻いて動き出したせいである。
ランドルフが見たのは魔族達がどうでもいいことから仕事のことまでを駄弁り、酒を浮かべて入っている
特に八重蔵やマモン、ラファルが騒ぐせいで他の魔族も寄ってきてランドルフとトビアスは囲まれてしまった。
ユリウスの血縁だと知った魔族達は口々にユリウスはどうだったああだったと、のべつ幕無しに語りはじめ、最後はどんちゃん騒ぎとなったのである。
そんな雰囲気に当てられたランドルフは”裸のつきあい”というやつを大変気に入ってしまったのだ。
トビアスは認可印だけを押せばいい状態の書類を持ってくる父に苦笑いを浮かべたものである。
そんな経緯があって、誰もが入れるような金額の大衆浴場を作る、ついでにちょっと拘った良い檜風呂を作りたいから協力してくれないだろうか、と頼まれたのが『黒鉄の旋風』所属の森人ケリアとプリムラだ。
ドラッヘンクヴェーレにあるようなものが都市内にも出来るんならと2人は快諾し、現在ランドルフ達と森の方で精霊との対話中である。
特集記事を読み終えたトビアスはため息交じりに言葉を漏らす。
「とんでもないことしてるじゃないか・・・手紙にはそんなこと一言だって書いてないよ」
「兄様らしいですわね」
功績をいちいち誇ったりしない、というより終わったらもう拘泥しないというかどうでもよくなるのが彼らの特徴。
その筆頭がアルだ。書くはずがない。
「そう、かもしれないけど・・・いや、それにしたって高位魔獣の討伐と都市の防衛だよ?しかも雪崩から」
トビアスはなおも言い募る。
「私、細部が知りたいですわ。読ませてくださいまし」
凄いことなんだよ?そんな風に父が伝えてみるもイリスの反応は詳細を知りたいという一点に集中していた。従兄達が凄いことなんてとっくに知っている。
「カァ?」
そこで夜天翡翠が声を上げた。
「っと、そうだった!送らなきゃいけなかったね」
「トビアス様、申し訳ありません。一ついいですか?」
ハッと我に返るトビアスへレーゲンはやや緊張しながら話しかける。畏れ多いが武芸都市の領主は寛大で知られている。無礼を言うつもりも無い。
「うん?どうしたんだい?」
小包と手紙をしっかり持ったトビアスへレーゲンは唇を湿らせて提案した。
「たぶんあいつら、自分らの故郷にも大してこういうことは報告してないと思うんです。それで『月刊武芸者』はだいぶ前からあいつらのこと載せてるし、その部分の切り抜きを送るっていうのはどうかな、と思いまして」
「なるほど。確かに僕らが行った時も兄上の話が主でアルクス君たちのことは話せなかったな」
「私も助けてもらったときのことくらいしか話しておりませんわ」
レーゲンの言葉に領主親娘はそれぞれ記憶を掘り起こす。あれからそこまで時間も経っていない。
「アルクス君の性格からして、」
「十中八九、自分達の活躍は書いてないと思いますわ。たぶんマルク様達も。そんな方々ではありませんもの」
「というかあんまり手紙を送ってこないと嘆いてた気がする」
記憶が正しければシルフィエーラの父ラファル・ローリエがそんなことを言いながらへべれけになっていた。
最後には「エーラが嫁に行くのはまだ早いと思う」と何度も訴えていた、誰も気に留めていなかったが。
「うちにいたときも一度か二度、翡翠が飛び立っていったくらいですわね」
「うん、じゃあ送ろうか。うちにも『月刊武芸者』はあるし」
「それがいいですわ!トリシャ様も『アルはどうしてるかしら?』って仰ってましたし!」
名案だ!とばかりにイリスは輝くような笑顔を見せる。敬愛しているアル達と思慕の念を抱いているマルクの活躍を彼らの両親にも知ってもらいたかった。
「そうと決まれば急ごう。まずは今月の『月刊武芸者』だね」
「あ、だったらこれを使ってくれて構いません」
レーゲンは急ごうとする親娘へ持っていた今月号を手渡す。15ダーナだ。継続依頼としてちょくちょくイリスの指導をしている『黒鉄の旋風』頭目からすれば安い買い物である。
それに善い知らせだって早いに越したことはない。
「いいのかい?ちょっと待っててね。すぐお金持ってくるから」
「いえそんな。わざわざお急ぎになる必要は―――」
「金の切れ目が縁の切れ目だよ。こういうのは急ぐくらいで丁度良いのさ」
フッと笑って『月刊武芸者』を受け取ったトビアスの目はどこかアルの目を彷彿とさせる。
それを見たレーゲンはやっぱり親戚なんだなぁと思うのであった。
かくして、”鬼火”の一党の活躍が載せられた記事の切り抜きを含んだ手紙と小包は『歪曲転移術式』の上へと置かれることになる。
隠れ里を出立して約1年後―――里帰りした際、まさか自分達の功績のほとんどが知られているとは夢にも思っていなかったアル達であった。
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