日輪の半龍人   作:倉田 創藍

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ここでは初投稿になります。読んで頂ければありがたい限りです。


また「小説家になろう。」と「カクヨム」にて同作を連載投稿しております。


現在両サイトにて投稿されているものとこちらに投稿するものは少々文体が違う場合があります。


こちらへは定期的にある程度纏めて更新していく予定です。


断章8(後篇)  小包と『月刊武芸者』と隠れ里の人々

 ラービュラント大森林に存在するアルクス達魔族組4名の故郷―――――隠れ里。

 

 そこの里長であるヴィオレッタは3月に入ったばかりの陽気を感じながら非番のトリシャとお茶をしていた。

 

 息子のいない生活に多少は慣れたのか最近は突発的なお茶会の誘いも減ってきている。とはいえ元々仲の良い2人だ。何はなくとも集まって雑談に興じることも多い。

 

 今日もヴィオレッタの家であれやこれやと毒にも薬にもならない他愛もない話に興じていた。

 

 今頃子供たちはどうしてるのかしら?だの、

 

 最近は暖かくなってきて仕事が楽だの、

 

 水葵のところの紅椿と紫苑が良い感じだの、

 

 とどうでもいい話に花を咲かせていると、急に研究室兼書斎の方でそこそこ纏まった魔力が()()()

 

「ん、魔力?これって・・・」

 

「うむ。『歪曲転移術式』じゃな」

 

 『転移術』はどんな種類のものでも急に魔力の渦が発生するという特徴がある。

 

 書斎にスペースを取って置いておいた『歪曲転移術式』に何かが送られてきたと見てまず間違いないだろう。

 

「シルト家のお屋敷に置いたって言ってたやつね」

 

「うむ。ユリウスの墓参りの礼以来は来ておらんかったはずじゃし、人間にはちと()()じゃろうから儂も積極的には送らぬようにしておったのじゃが・・・何ぞあったのかのう?」

 

 ヴィオレッタはそんな風に親友へ首肯した。鍛えているとはいえ武芸者として精力的に活動していたユリウスとはやはり違う。トビアスでも負担は結構かかるはずだ。

 

「私も行っていい?」

 

「当たり前じゃろ。(なれ)の親戚じゃぞ?」

 

 おずおずと問うトリシャにやや呆れた目を向けるヴィオレッタ。変なところでこの親友は奥ゆかしい。

 

「あ、そうだったわ。リディアやメリッサさんとは仲良くなったんだけどトビアスさんとはあんまり話す機会なかったのよね」

 

 息子の祖母と従妹の母娘とはそれはもうかなり仲良くなったものだが、義弟と義父とはあまり話せなかったのだ。

 

八重蔵達(呑兵衛共)と酒盛りをしておったのじゃから仕方あるまいよ。ユリウスがあのような性格になったのも頷ける男衆じゃったからの」

 

 ユリウスの父らしく割と豪快なランドルフ、その弟らしく里に興味津々で快活なトビアス。貴族と言う話だったが酒盛りに参加した挙句、風呂にまで入ってそれはもう楽しそうにしていた。

 

 イリスは目を丸くし、リディアとメリッサはしょうがない人たちねぇと言う顔で苦笑を浮かべていたのをいまだに覚えている。

 

「そうね。とりあえず何が送られてきたのか見ましょうよ」

 

「そうじゃのう」

 

 そう言って2人は書斎の方へと向かうのだった。

 

 グルグル巻きの資料が本棚にぎゅうぎゅうに押し込められていたり、机には書きかけの論文が置いてあったりと、ヴィオレッタの研究室は汚くこそないが散らかってはいる。

 

 そんな感じの書斎の一角、そこだけ不自然にぽっかりと空いていた。見てみれば『歪曲転移術式』をそこに焼き付けてあるようでワザと空間を取っているようだ。

 

「ねえヴィー、汚いとは言わないけれどさすがに雑多が過ぎるわよ?」

 

「うぐっ、まぁ、その内整理はするつもりでの」

 

 トリシャはかるーく額に汗を浮かべる親友へジトっとした目を向ける。

 

「アルも似たような言い訳してたわ。ヴィーの教えの賜物ね?」

 

 この師にしてあの弟子あり、という風に視線を送れば、

 

「ひ、皮肉はやめるのじゃ。おお、これか。今回は小包も届いておるぞ」

 

 ヴィオレッタは慌てて話を逸らすように『歪曲転移術式』の上に載っている荷物を抱えた。

 

「小包も送れるって凄いわねぇ」

 

「そうじゃろう。じゃがこれでギリギリじゃ。これ以上大きなものはアル達ならまだしもトビアスでは送れぬじゃろうな」

 

 単に魔力量の問題だ。この術式が人間の間で流行るにはもっと大掛かりな装置や術式が必要になるだろう。

 

「で、何が送られてきたの?」

 

「アルとトビアスからの手紙と小包のようじゃ」

 

「アルから!?何が入ってるの?」

 

 母としてはどんな形でも息子の便りは嬉しいものだ。

 

「とりあえずアルの方の手紙から読んでみようかの」

 

 ヴィオレッタはそう言って机に愛弟子からの手紙と小包を広げた。トリシャも読みやすいように縦置きだ。

 

 書いてあったのは母トリシャへの簡素な生存報告―――ここらへんはいつもと変わらない。

 

 淡泊というより『何書けばいいんだろ?まぁ元気ですでいっかなぁ』とそんな雰囲気が読み取れる。

 

 その後はヴィオレッタへの添削依頼だった。7割方残っていた魔力が1分弱で切れかけたこととその術式の使用した状況などが事細かに書いてある。

 

 ついでに新しい魔術についても短所と長所が述べられていた。こちらは仲間が使うものだから入念に確認しておいてほしい、とのことだ。

 

「相変わらずねえ。ていうかアルが一分で魔力切れって・・・・・」

 

 トリシャ(龍人族)の血を引いているアルの魔力量は抜きんでて多い。おまけに操魔核の鍛練を欠かさず行っていたので、比較的魔力量の少ない魔族くらいなら軽く凌駕する質と量はあるはずだ。

 

「うむ。まぁ、そちらは一旦置いておくとして。これは何じゃ?」

 

 小包を開けると掌大の白い牙がゴトッと出てきた。

 

「牙っぽいわね。あ、こっちにも手紙入ってるわよ」

 

「む・・・えー、うむ。それは小町宛てじゃの」

 

「小町に?どういうこと?」

 

 牙をもてあそんでいたとトリシャは首を傾げる。小町と言うのは隠れ里で服飾をやっている蜘蛛人族の職人だ。

 

「『凛華の髪留めが魔力に耐え切れずに壊れたのでこれを使って新しいのをお願いします。羅漂雪の牙です』だそうじゃ・・・・羅漂雪?はて?」

 

 あまりにもサラリと書いてあったのでヴィオレッタは「ん?」という表情を浮かべた。

 

 ―――――今何か大事なことが書かれていなかっただろうか?

 

「ふうん。あの子も少しは女心がわかってきたのかしら?羅漂雪の牙で髪かざ、り・・・・って高位魔獣じゃないの!」

 

 息子が幼馴染の女の子へそんな気の使い方をするようになったかと感心していたトリシャはギョッとして持っていた牙を見た。

 

「そうじゃった!あやつら今度は何をやりおったんじゃ?・・・・・書いておらぬ。どうしてこう、終わったらそれでポイっとするんじゃ」

 

「十二歳で刃鱗土竜とやり合っちゃったのがマズかったわね」

 

 十中八九、高位魔獣と戦っているはずなのにそれについては一言も書いてない。

 

 ―――――それはどうなんだ?『お願いします』じゃない。もっとちゃんと経緯を書け。

 

 ヴィオレッタとトリシャが似たような表情を浮かべる。

 

「言うとる場合ではなさそうじゃの。トビアスの方は?・・・と、何じゃこれ?雑誌の切り抜き?うん?・・・・なるほどのう。気を使わせたようじゃ。トリシャよ、あやつらの両親たちと小町を呼んできてくれぬか?その間に目を通しておくゆえ」

 

「なんか書いてあるのね?わかったわ」

 

 ヴィオレッタの持っている切り抜きに子供達のことが書かれているのだろうと察したトリシャは急ぎ家を出ていった。

 

 親友を見送ったヴィオレッタは切り抜きへと目を落とす。最初は大きな記事でもないが最新のものは特集が組まれていた。

 

 ある程度記事を読み進め、「はぁ」とため息をこぼす。一つくらい、それこそイリスが誘拐された件しか知らない。

 

「あやつらはまったく・・・・こういうことこそ手紙に書くべきじゃと言うのに」

 

 ヴィオレッタは多分に呆れの含まれた呟きを溢して切り抜きと手紙を見比べながら更に『日刊武芸者』を読み進めるのだった。

 

 

 ***

 

 

 ヴィオレッタの書斎に集まったのは里を出た幼馴染組の親達と蜘蛛人族の小町だ。

 

 凛華の父母――八重蔵と水葵に、シルフィエーラの母シルファリスと姉シルフィリア、そしてマルクガルムの父母マモンとマチルダ、更に妹のアドルフィーナである。

 

 それぞれ『今度は何だ?』と少々緊張した顔を見せている。ちなみに凛華の兄である紅椿とエーラの父ラファルは仕事である。

 

「あのぉ~・・・ヴィオレッタ様ぁ、私はどうして呼ばれたんですかぁ~?」

 

 一番大きな体躯の蜘蛛人族―――小町が疑問の声をあげた。どう見ても彼らの子供達の話だろう。だと言うのにも関わらず呼ばれた理由がわからない。

 

 ―――――何事か大変な事をしでかしてしまっただろうか?

 

「そう身構えんでも良い。小町には至急で仕事があってのう」

 

 安心させるように笑ったヴィオレッタがそう言うとホッとしたのか小町は胸を撫で下ろす。

 

「お仕事でしたかぁ」

 

「うむ。この牙を使って凛華の髪留めを作ってくれとアルのやつから頼まれてのう」

 

「あらっ!アルクスちゃんが?」

 

 水葵は即座に反応した。娘の恋模様が気になる母親である。するとシルファリスがむむっという顔でそちらを見た。

 

「以前贈ったものが壊れてしまったそうでな、剣を振るうには長髪では危なっかしいから急いでほしいとのことじゃ。材料が余ったらエーラにもよろしくとも書いておる」

 

 以前数珠玉をねだられたアルはそこらへんもちゃんと考えていたらしい。短髪のエーラなら材料の余りでも事足りるだろう。

 

「トリシャ~、アルちゃんの色男っぷりに磨きがかかってきたんじゃなぁ~い?」

 

「多少はそういうのにも意識を持ってもらいたいんだけどねぇ」

 

「ま、そういうわけじゃから頼むぞ。おそらくシルト家に翡翠・・・使い魔を待たせておるじゃろうからの」

 

 ヴィオレッタから渡された牙を受け取った小町は書斎を出ようとして、パタッと動きを止めた。

 

「はぁ~い。あ、でもこれ何の牙でしょおか?モノによっては補強とかもしなくちゃならいないでしょおしぃ」

 

「羅漂雪の牙じゃよ。構造の方は儂にはわからぬが、魔力的な保護は要らぬはずじゃ」

 

「んん?らひょ・・・うぅん?まぁわかりましたぁ~」

 

 小町はヴィオレッタの返答に「はて?どこかで聞いたような魔獣だ」という顔をした後、「ま、いいやぁ」とばかりに工房の方へ戻って行く。

 

 

 顔色を変えたのは八重蔵とシルファリス、マモンとマチルダだ。小町が出て行ったと同時、八重蔵が口を開いた。

 

「里長殿よ、羅漂雪ってなぁ高位魔獣でしょう?あいつらまたやり合ったんですかい?」

 

 その声はやや呆れすら含んでいる。牙を送ってきた時点で討伐したのだろうが、魔族と言えど14歳で戦うような相手ではない。

 

「エーラは無事なんでしょうか?」

 

「マルクは・・・」

 

「髪留めが壊れたって・・・凛華は大丈夫なんでしょうか?」

 

 シルファリスとマチルダ、水葵がそれぞれ不安の声を上げた。

 

「そこらへんは大丈夫じゃろう。凛華の髪留めは羅漂雪と戦った後に壊れてしもうたらしいからの」

 

 ヴィオレッタの確信を含んでいる返答に三者三様に胸を撫で下ろす。

 

 ―――――まったく、心臓に悪い。

 

「お父さん、らひょうせつってどんな魔獣?」

 

 7歳のアドルフィーナは羅漂雪がわからないため父の方を見上げて訊ねた。少々不安そうにしている。

 

「氷を操る大狼で雪原の王とも呼ばれている。獰猛で動きが早く、纏っている吹雪を移動や攻撃に使用してくるかなり厄介な魔獣だ」

 

「大丈夫だったのかな・・・?」

 

 以前彼らが高位魔獣と戦った時、血まみれのアルクスが運ばれてきた。あの姿はアドルフィーナの中で軽いトラウマになっている。

 

「フィーナよ、心配いらぬぞ。あやつらは羅漂雪を倒した後に雪崩から都市を守っておるからの」

 

「雪崩?ちょっと待って、ヴィー。どういうこと?」

 

 トリシャは記事を読んでいないのでその話は知らない。慌てて訊ねた。

 

「トビアスが送ってくれたこれに書いてあった。『きっと自分達の活躍は大して報告してないだろうから』とな」

 

「えーと、切り抜き?これは何でしょうか?」

 

「『月刊武芸者』という武芸者協会監修で発行されている雑誌だそうじゃ」

 

 マチルダの問いに答えながらヴィオレッタは切り抜きを見やすいように広げる。その場の全員が何だ何だと覗き込んだ。

 

 切り抜きには、アルクス達”鬼火”の一党がゼーレンフィールンへの魔獣侵攻を食い止め、それに端を発する伯爵令嬢の誘拐、更には十叉大水蛇(とおまたのおおみずち)を捕らえようとした悪名高いお尋ね者”叛逆騎士”の捕縛とドラッヘンクヴェーレの防衛に貢献したこと。

 

 そして今回の山岳警備隊員の捜索と失踪の原因である羅漂雪との戦闘及びその羅漂雪が引き起こした大雪崩を先頭に立って防壁を築き、ベルクザウムを守り切った件について関係者たちへのインタビューも交えて掲載されている。

 

 取材で回答していたのが帝国軍人や領軍兵士、貴族、ドラッヘンクヴェーレの村人達など多岐に渡っている。

 

 というか記者の情熱が凄い。逆に言えばそれだけ確度の高い情報であるということだ。ゴシップ雑誌の記者であれば、公的立場を持つ帝国人達はインタビューに応じたりなどしていないだろう。

 

 

 記事を回し読みしている客人達の様子を眺めていたヴィオレッタは、彼らが逐次起こす反応にさもあらんという表情を浮かべていた。

 

 みな一様に「聞いてないぞ」という顔をしている。

 

 そもそも色々ツッコミたい部分が多い。特にドラッヘンクヴェーレの村人が回答していた”銀髪に真紅の瞳を輝かせた頭目が血塗れになりながらたった一人で()()を抑え込もうとしてくれた”、とか、ベルクザウムの山岳警備隊隊長が回答していた”雪崩に突っ込んでいった”とかいうやつだ。

 

 とりあえずトリシャが軽く怒っているのだけは理解できる。ヴィオレッタも記事を読んだが、基本的に愛弟子が一番危なそうなところへと突っ走っていた。

 

 ―――――帰ってきたら説教の一つもくれてやらなければ。

 

 そんな思いと共にヴィオレッタは彼ら”鬼火”の一党の家族達を眺めるのであった。

 

 

 ***

 

 

 たっぷり10数分かけて記事を読み終えたトリシャ達は大きな吐息をついた。

 

「”狼騎士”とは、悪くないな」

 

 マモンは笑みを浮かべて深く頷く。予想していた以上に息子に助けてもらった者が多い。自慢の息子だ。笑みも強くなろうというものである。

 

「なんか兄ちゃんっぽくない」

 

「イリスちゃんを守った時についたみたいだからね。良いじゃない?」

 

「えぇ~、兄ちゃんが騎士ぃ?」

 

 なんだか納得いかないと言うアドルフィーナをマチルダはころころ笑ってあやした。

 

「なんかごめんね。これ読む限りじゃアルはマルク君に頼りまくってるみたいで」

 

 読む限りではアルは大抵マルクの脚を頼って全体の補助や防衛・救助といった匙加減の難しいことばかりを任せている。トリシャは申し訳なくなった。

 

「ははっ!なに、男同士の友人と言うのはこういうものだ」

 

「そうそう!寧ろ信頼の証だよ」

 

 マモンとマチルダはニッコリ笑って首を横に振る。マルクに頼れるほどの実力がなければアルは任せたりしていないだろう。それに読めば読む程理解できる。

 

 アルは息子へかなりの自由裁量を与えているようだ。そうでなければイリスの救出に単独で向かったりしていないだろう。

 

「あいつが立派にやってるようで安心した。トビアスへ何か土産を準備しとこう」

 

「それいいかもね。あ、ねぇあなた。この”姫騎士”さんとマルクはどういう関係なのかしら?何だか仲が良いみたいに書いてあるけど」

 

 母親と言うものは息子の恋愛や女性関係が気になるものだ。特に年頃の息子の事なら。

 

「あら?でもイリスちゃんはマルク様マルク様って言ってたわよ?」

 

 トリシャは姪っ子のことを思い出す。

 

「えっ!ほんと?」

 

「うぅむ。しかしマルクは俺以上に鈍いからな、稽古ばかりやってたし」

 

 興味津々のマチルダにマモンは苦笑いを浮かべるのだった。

 

 

 シルファリスは娘の二つ名と活躍を読んで、これはラファルに教えなければと心中で呟く。

 

「”天弓”ってかっこいいね~」

 

「フィリア、お母さんは”煌夜の精霊”派よ」

 

「ええ?そうかなぁ?ていうかこの閃光を放つって何?矢じゃないの?」

 

 エーラの姉シルフィリアは首を傾げた。

 

 光属性魔力を矢のようにして飛ばしているのだろうか?

 

 それだと威力の割に見合わないくらいには難度も高いし魔力を消費するはずだ。

 

「きっとアルの魔術でしょう?羅漂雪の纏ってた吹雪を一気に灼き飛ばしたなんて、さすがは私とラファルの娘。帰って来たときはうんと褒めてあげなきゃね」

 

 鼻高々な母。なお褒めたあとは尋問の時間だ。当然、意中の男はまだ射貫いていないのか?というエーラにとっては地獄の時間となるだろう。

 

 少々落ち着かない様子でシルフィリアはヴィオレッタへ問う。

 

「ヴィオ様。この閃光ってアルの魔術なんでしょうか?」

 

「そうじゃろうな。おおかた『気刃の術』をエーラ専用に弄ったんじゃろう。その術式は書いてきておらぬがのう」

 

 ヴィオレッタはのんびりとそう告げた。今はアルが書いてきた術式を眺めている最中だ。

 

「えぇ~独自ってことぉ?いいなぁエーラ」

 

 『気刃の術』とはあのやたら疲れる魔術だ。

 

 父ラファルは「これはいい!」なんて言っていたが妹は使い熟しているらしい。

 

「フィリアは薬師になりたいんでしょう?エーラはアルの隣にいる為に頑張ってるのよ。あなたは早くゼフィーと一緒に働けるように頑張んなさい。ていうか早くゼフィーと暮らしなさい」

 

 シルファリスはポンポンと優しくシルフィリアの背中を叩きながら、ようやくこの間付き合い始めた癒院の息子ゼフィーとの関係について言及した。

 

 シルフィリアが薬師を目指しているのもそれが理由だ。ちなみにラファルは大層ショックを受けていた。

 

「ちょ、ちょっとお母さん!まだ、その、一緒に暮らすとかは、その、早いかなって」

 

 ひと月も経ってないんだよ、と言うシルフィリア。

 

「孫の顔が見たいわ」

 

「お母さん!」

 

 気の早すぎる母にシルフィリアは顔を赤くして抗議した。

 

 その様子にヴィオレッタとトリシャは苦笑を禁じ得ない。

 

 この母娘はいつもこんな感じだ。

 

 

 八重蔵は愉快そうに笑った。

 

「もう二つ名があるたぁ、やるじゃねえか。あいつら」

 

 武芸者文化にこの中で最も馴染み深いのが八重蔵だ。

 

 派手にやってるようで安心する。二つ名は相当目立たなければ貰えない。

 

 領軍の前で大暴れしたとあったがそれが原因だろう。

 

「ねぇ、”冰剣”はいいとしても・・・・この”雪獄の舞姫”って良い二つ名なの?お嫁に行けるかしら?」

 

 水葵はむぅっと記事を見つめている。”舞姫”はいいだろう。

 

 ―――――しかし”雪獄”はどうなの?尾重剣をぶん回しまくっているんじゃない?

 

 いよいよ武人化が心配である。

 

「大丈夫だろ。雪崩を防ぎ切った凛華のやつを倒れ込まないようアルが大事そうに抱えてたって目撃者が答えてたじゃねえか」

 

「トリシャ、アルクスちゃんに凛華をお願いって言っておいてね」

 

 あっけらかんとした八重蔵に、その様子を実際に見たわけじゃないんだからわからないだろうがと言わんばかりに水葵はトリシャへ向き直った。

 

「え、ええ。でもきっと大丈夫よ?凛華ちゃん、立派だもの。むしろうちのアルが馬鹿みたいに突っ走るのを止めてほしいんだけど。二〇〇年以上生きてる魔物相手に一人で立ち向かうだとか雪崩に飛び込むだとか、あの子何考えてるの?」

 

 眉間を揉むトリシャ。二つ名にしてもそうだ。”鬼火”はいいとして他が物騒過ぎる。

 

 銀髪に真紅の瞳に変わったと答えていたドラッヘンクヴェーレの村人の話も気になってしょうがない。

 

 手紙を送ってきている以上問題なかったのだろうがそれでも不安は尽きなかった。

 

「”銀焔”の汝と大差ないじゃろ」

 

 間違いなく遺伝じゃね?と告げる親友にトリシャはいやいやと首を振る。ちなみに”銀焔”とはトリシャが大暴れしていた頃の渾名だ。

 

「私のはここまで血腥くないわ。”鬼火”とか”灰髪”はいいとしても”幽炎”だとか”焦血刀”とか”(みなごろし)の灰”だとか」

 

「『蒼炎気刃』を使ったら血なんて出ねえからなぁ。”焦血刀”ってのもそのまんまじゃねえか」

 

「もっと可愛いのがいいわ」

 

 八重蔵の言葉にトリシャが無茶苦茶なことを言った。

 

「武芸者の二つ名なんだからしょうがあるまいよ」

 

「というか、この雪崩に飛び込んでいったってアルクスちゃん怪我とかはなかったのかしら?」

 

「そこは問題なかったはずじゃよ。添削を依頼してきた魔術を重ねておったそうじゃし」

 

「また新しい魔術創ったんですかい?」

 

 八重蔵は興味を惹かれたのかヴィオレッタへ問う。マモンや他の面々も自然と視線を向けた。

 

「ほぼ新規なのは一つで、あとは応用や改造といった派生じゃのう」

 

「そういえば添削を依頼してきたってどんな魔術なの?アルが一分で魔力切れしたとか書いてあったけど」

 

「うむ、かなり疲労が残ったようでの。術式になんぞ問題でもあったか?と質問してきたのじゃよ」

 

 ヴィオレッタは1枚目に書きつけてあった術式を眺めながら答える。

 

「アルクスが一分で?どんな魔術なのです?」

 

 マモンは少々驚いて訊ねた。アルの魔力量は魔族からしても並じゃない。幼い頃からの鍛練と龍人の血で相当多いはずだ。

 

「『蒼炎羽織』・・・・ここまで弄られておるとそのまま扱うのは難しいのう。それにかなり物騒じゃ。外で見せよう」

 

 ヴィオレッタはそう言って中庭の方へ歩き出す。他の面々もぞろぞろと続いていった。

 

「では儂用に多少変えた魔術で実践してみるぞ。名は・・・そうじゃのう、こうしようか。『常闇(とこやみ)羽織・襲纏(かさねまとい)』」

 

 ブワアッと周囲の光をすべて吸収するような漆黒のヴェールが舞い、ヴィオレッタを包み込む。

 

 アルが『蒼炎気刃』の刀身を己に見立てて完成させた術をヴィオレッタは自分に向いた属性へ変更して行使した。

 

 アルの最大稼働数は10枚。ヴィオレッタは艶一つないヴェールを追加していく。

 

「これは・・・すべて闘気から生まれている闇か」

 

 マモンは唸った。ヴィオレッタが幾重にも纏っている闇の衣はすべて闘気から生成された高純度かつ高圧縮された闇属性魔力だ。異様なまでの圧迫感をしている。

 

「アルクスちゃん、これを一分も維持してたの?」

 

 一目見ただけでわかる極悪な燃費と圧力。これを雪崩に向けたのか、と水葵は思わず額に手をやった。

 

 すでにトリシャはため息をついている。

 

「ぷうっ。久しく感じなかった魔力の()()()速度じゃ」

 

 ゴッソリ魔力を消費する魔術は数あれど、ここまでの消費速度で魔力をドカ食いする魔術は久しぶりだ。ヴィオレッタは腕を組んで顎を擦った。

 

「それを蒼炎でやったのね、アルは。で、どうなの?なんか問題あった?」

 

 こんな魔術を使っていたのなら雪崩に突っ込めたのも頷ける。これの蒼炎版ならいくら勢いのある雪崩でも触れた端から消し飛んだだろう。

 

「いや、術自体はよく出来ておる。疲労感は闘気と魔力を並行して一気に消費したせいじゃな」

 

 操魔核の鍛練では魔力を消耗するだけ。燃焼させる闘気は使わない。同時にそれが起こったから異様に疲れたのだとヴィオレッタは結論付けた。

 

「アル兄すごいね」

 

「少々強力過ぎるがな」

 

 無邪気な娘の頭を撫でながらマモンはそう述べる。

 

「最後に八つ手みたいな炎で雪崩を叩き潰したって何のこったって思ってたが、『飛焔裂衝』の応用か。雪崩相手じゃなかったらとんでもねえ被害が出てたぞ」

 

 八重蔵は間違いないと頷いた。

 

「他の魔術はどんなものなんですか?」

 

 誰かの質問にヴィオレッタは頷いて手紙を取り出す。

 

「こっちは新規じゃな。”姫騎士”―――ソーニャという少女の実力が上がってきたから手数を増やす為に考案したものらしい」

 

「剣と盾だったね。その”姫騎士”ちゃんの使うものは」

 

「うむ。こっちはさっきのと違って戦闘補助を目的とした魔術だそうじゃ。『隠蛇ノ帯壺』」

 

 ヴィオレッタは左腕を握り込むように魔術を起動した。

 

「蛇型の・・・そりゃ鉱人達の使う墨ツボですかい?」

 

 八重蔵が妙な顔をして問う。家を建築していた鉱人族の使う道具に似ている。かつて六道穿光流を治めた大陸を渡った地でも見たことがあった。

 

 攻勢魔術がほとんどのアルにしては珍しい術だ。

 

「正確には帯壺だそうじゃ。こう使うらしい」

 

 そう言ってヴィオレッタはガラララッと()()を回して縄を勢いよく伸ばす。伸ばされた縄は途中で紐解けて蛇帯となり、近場にあった手頃な椅子を掴んだ。

 

「そしてこうっ!じゃな」

 

 次いでヴィオレッタがグイと引っ張りながら掌を広げると縄車が逆回転して蛇帯がグルグルと椅子を引き寄せる。

 

「アルらしくないけど面白い魔術ね」

 

「ソーニャという少女は盾を使うそうじゃ。盾を用いた奇襲や対人用に創ったと書いておる」

 

 トリシャの感想にヴィオレッタはアルの注釈を読んで答えた。

 

「羅漂雪の鼻を盾で殴り飛ばしたって書いてあったのはそういう意味だったんだ」

 

「じゃろうな。最大二十倍まで質量も増加できるようになっておるようじゃし、手元で操作可能じゃ」

 

「撃ち出した時だけ重たくなるのか」

 

「うむ。握り込めば重くなり掌を開ければ元の重さに戻る。そのように創ってあるのう」

 

 イェーガー夫妻へ詳細な使用方法を説明するアルの魔術の師。

 

「また随分異色なもんを創ったなぁ。そんで、里長殿。その術はどうなんですかい?」

 

 面白いと思った八重蔵がそう問えば、

 

「秀逸の一言じゃ。十四歳の創った魔術とは到底思えぬものじゃが、細部はアルらしさが見える。『念動術』をすぐに使おうとするのもあやつの癖じゃ。しかし相当調整を加えたんじゃろうな、ほぼそのソーニャとやらの専用魔術になっておる」

 

 ヴィオレッタは所見を述べた。

 

「紐じゃなくて腕なのね?」

 

 トリシャは宙に浮いた椅子と蛇帯を見つめて問う。

 

「そうじゃ。あくまで伸びる腕。投げる動きを必要とせぬのも実戦を想定しておるからじゃろうな」

 

 投げる動作を見られれば簡単に読まれる。軽く突き出すだけでも飛ばせる―――いや殴れるという点は紛れもなく利点だろう。

 

「じゃあとりあえず」

 

「うむ。添削は終わりじゃのう」

 

 途端に弛緩した雰囲気が流れる。

 

「小町は数日かかるであろうし、汝らも何か手紙など送りたければ持ってくると良いぞ。儂がトビアスに送ろう。じゃが大きなものはダメじゃ。翡翠が担げなくなるからのう」

 

「あ、ヴィオレッタ様。その記事お借りしても構いませんか?ラファルに見せてあげたくて」

 

 シルファリスがそう言うと、ヴィオレッタはにこやかに頷く。

 

「良いとも。エーラの活躍を聞かせればラファルも喜ぶじゃろうて」

 

「ふふっ、はい。それはもう喜ぶと思いますよ」

 

「アルにはお説教ね」

 

 トリシャはそんなことを言った。心労ばかりかける息子だ。ちっとも大人しくしていない。

 

「まぁまぁ、矢面に立とうとしてるのよ」

 

「わかってるけどもうちょっと突っ走らずにいられないのかしら?」

 

「うん・・・確かに」

 

 宥めに行った水葵はトリシャの言葉にそれもそうだなと思い直す。

 

 ヴィオレッタは愛弟子の成長に喜べばいいのか、無鉄砲さを叱れば良いのか複雑な表情を浮べるのであった。

 

 

***

 

 

 その2日後のことである。急ピッチで作業を進めたらしい小町が白と赤の装飾品を持ってヴィオレッタの下を訪れたことでシルト家へ手紙と小包を送り返すこととなった。

 

 夜天翡翠に担がせる必要のないシルト家への礼として各家がそれぞれ酒だの細工品を贈り、トビアスは大量の届いたものに仰天することになる。

 

 またこれ以降、隠れ里での『月刊武芸者』の知名度は大きく上がることになったのであった。




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