日輪の半龍人   作:倉田 創藍

107 / 158
「小説家になろう」に最新話を、「カクヨム」にて同作を章ごとに、こちらへは定期的に更新していく予定です。


5章「鋼業都市アイゼンリーベンシュタット編」
1話 魔導列車、再び(虹耀暦1287年3月:アルクス14歳)


 アルクスはゆるゆると瞼を開けた。

 

「あぁ……」

 

 見慣れた景色が眼の前に広がっている。前世で己が住んでいた、白を基調とした一室(ワンルーム)。魂の内面世界。

 

 どうやら自分はそこのソファに座っているらしい。

 

「よぉ兄弟。随分しなびてんな」

 

 斜め後ろから聞き慣れた声がした。この部屋の主――前世の己(長月)の声だ。

 

「身体的な疲労じゃないよ、気疲れの方が酷くてさ」

 

 アルはそちらも見ぬままに返した。すると背後で「だろうな」と、気配が応じる。

 

「見てたから知ってんよ。チヤホヤされるっつうのも、案外楽じゃねーんだなぁ」

 

 長月の続けた通り。

 

 アルがここまで気疲れを起こしている原因――……それは、今朝方までいた山岳都市〈ベルクザウム〉の住民、及び武芸者達から”鬼火”の一党が矢鱈と持て囃されていたからだ。

 

「親切にしてくれるのは嬉しいんだけど……やっぱり過剰だよ、あれ」

 

「そらァあっちはお前らのこと、ヒーローくらいに思ってんだからしょうがねえよ。つっても、飯食い行くたんびに奢られそうになるんじゃ――ま、そうも言ってられねぇか」

 

「言ってられないさ。初日はありがたい、ありがとう、で済んだけど。それ以降は、やっぱなぁ……」

 

 アルは益体のない吐息と共に頷いた。

 

 こちらも長月が言う通り。

 

 山岳警備隊の捜索依頼から始まった”鬼火”の一党による高位魔獣〈羅漂雪〉討伐。更に、推定死傷者が多数出る規模の雪崩から、奇跡的に死者を出すことなく都市を防衛。

 

 そのどれもが〈ベルクザウム〉の人々にとって輝かしいものであったらしく――否、あったのだろう――連日のように食事を奢られそうになったり、店側から「お代は要らん」などと言われたり……ハッキリ言って、心苦しくてしょうがなかった。

 

「だーよなぁ。ラッキーの域を越えてたもんな」

 

「うん……協会のおっちゃんは『慣れた方がいい』とか言ってたけど、慣れる気しない。そう考えればトビアスさん達は凄いよ。〈ウィルデリッタルト〉で知らない人なんていないくらいなのに、あんな堂々と出来るんだから」

 

 道行く見知らぬ人々のほぼ全員が自分達のことを知っている、というのは本当に奇妙な感覚で、一党の面々にとってみれば非常に神経のざわつくものであった。

 

 今更ながらに祖父母や叔父一家の肝の据わりっぷりに感心する。

 

「そこは貴族の家に生まれて育つ内に、心構えってやつが出来てくもんなんじゃねーの? よー知らんけど」

 

「そうかもな」

 

「ま、次の都市では大丈夫だろ。だから、わざわざ長時間も列車に揺られて、二都市も離れたとこ行こうとしてんだろ?」

 

「そ、隣の都市はちょっと……もし知ってる人がいたら神経休まんないと思ってさ。ラウラ達もいるし」

 

 今朝、始発に乗り込み、今は魔導列車の中。夜天翡翠が帰ってきたその夜に超速(ダッシュ)で乗車券を買いに行った。

 

 ちなみに金銭にも余裕はある。国軍から依頼報酬として色もつけてもらえたし、〈羅漂雪〉の売却代金も入ったし、ついでに〈ベルクザウム〉の領主から都市防衛の名目で褒賞金を貰えた。

 

 だが、やはり褒賞式には出ていない。共和国の令嬢たるラウラとソーニャの顔をあまり喧伝するわけにもいかなかったからだ。

 

「人の噂も七十五日って言うだろ。大人しくしてりゃ、その内忘れてくれるさ」

 

 長月はぼやくように言いながら「ふぅ――……っ」と電子タバコをふかしている。白い天井に白煙が見えた。

 

「そう願うよ。んじゃ、戻ろうかな」

 

 そう返して立ち上がると、

 

「おーう……って、兄弟。お前、忘れっちまう前にちゃーんと渡しとけよ? ああいうのって案外、憶えてるもんなんだぜ?」

 

 長月がそんなことを言う。

 

「渡す? ……ああ、あれか。起きたら渡すよ」

 

 刹那、きょとんとして振り返るアルだったが、直ぐにポンと手を打ち合わせた。

 

「そうしろそうしろ。そんじゃな」

 

「ん、また」

 

 電子タバコ片手にベッドでダラける長月に手を振って意識を真っ白い天井に向ける。

 

 ふわっと意識が浮き、天井が近付いてきた。

 

 そのまましゅるりと部屋を抜け――――……。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 アルは目を覚ました。

 

 ガタン、ゴトンと規則正しい音が聞こえ、再び微睡(まどろ)みに落ちそうな揺れを感じる。ここは、魔導列車の二等車――完全個室の指定席(コンパートメント)の一室だ。

 

「お? よ、起きたか」

 

 真向かいにいたマルクガルムが気付いたらしく、やや潜めた声を掛けてきた。

 

 見てみればなるほど、その左隣のソーニャが彼の肩に頭を乗せてスース―と寝息を立てている。無理もないだろう。〈ベルクザウム〉の始発に乗ったのは、午前5時半過ぎだ。

 

「おはよ。今、何時?」

 

「八時四十分ってとこだ。乗ってから三時間ちょい経ったな」

 

「そっか、案外寝てたなぁ。ふわぁ~~あ」

 

 乗り込んですぐ眠ったアルは、背筋をぐい~っと伸ばして大欠伸をした。

 

「おはよ、アル」

 

 と、右隣の凛華。

 

「おはようございます、アルさん」

 

 と、斜向かいの窓側の席にいたラウラ。

 

 彼女らは起きていたらしい。涼やかさと柔らかさのある声音が耳朶を(くすぐ)る。

 

「おはよ。あれ? エーラは――ああ、寝てるのか」

 

「ついさっきまで起きてたのよ」

 

 感じた重みと温かさから左を見てみれば、シルフィエーラが眠っており、アルの肩に頭を乗せて、ぴったりと寄り添うように眠っている。

 

「カア~」

 

 と、そこで三ツ足鴉が窓際から彼の膝に跳び乗った。

 

「翡翠も起きてたのか、おはよう」

 

 アルはぼんやりとしながら使い魔の黒濡羽を撫でた。

 

「これが一番早い便だったんだろ? レオナールさんとバール隊長達はよく挨拶しにきてくれたよなぁ」

 

 マルクの顔には、どことない申し訳なさと感心が()い交ぜになっている。

 

 人狼青年の言う通り、世話になった個人三等級武芸者レオナールと丁度都市に降りてきていた山岳警備隊のバール隊長に「早朝から都市を出る」と告げると、わざわざ駅まで見送りに来てくれたのだ。

 

 バール隊長はアル達が助けた遭難者――男性隊員1名と女性隊員2名までいっしょに連れてきた。負傷していた男性隊員の方も、かなり恢復したらしい。

 

 元気な姿で力強い握手と共に改めて感謝を告げられ、アル達も嬉しくなったものである。

 

「軍人だから朝に強いんじゃない?」

 

 凛華が何の気無しにそう言うと、

 

「なんとなくですけど、レオナールさんも朝には強そうです」

 

 と、ラウラも言った。

 

「不思議な雰囲気だけど真面目だもんなぁ、あの人」

 

 マルクが腕を組みながら窓の外に灰紫の視線をやる。

 

「だねぇ……」

 

 アルは未だ、ぼんやりとした頭で凛華を眺めながら相槌を打った。

 

 普段、後ろで括られがちな彼女の艷やかな黒髪は今現在、二つに分けられ、結わえられて垂らされている。

 

(……ラウラの髪紐を借りた、とか言ってたっけ?)

 

「アル、どしたのよ? 何かついてる?」

 

 鬼娘が不思議そうな顔で問うてきた。

 

 凜華特有の甘い匂いに鼻腔をくすぐられつつ、アルは()うっと応え――。

 

「う~ん、惜しい――へぷっ!?」

 

 ――た途端に、垂らされていた髪をひと房ぶち当てられた。

 

「人の顔見て『惜しい』とはどういう了見かしらねぇ? 起き抜けに随分威勢が良いじゃない。覚悟なさいな」

 

 鬼娘がシャーっと鬼歯を剥いて威嚇する。

 

「ちょっ、ちょちょっと待って! 違う誤解だよ!」

 

 アルは慌てて、首根っこを掴もうとする彼女の腕を押さえた。

 

「何が誤解なのかしら? 答えてみなさいよ」

 

 が、ぐい~っと押してくる。

 

「髪っ! 髪型の話だよ!」

 

「髪? 髪がどうしたのよ?」

 

 アルの弁明も気に留めず、青い瞳も爛々とさせ始めた。

 

「ちょ、待って。説明するから、一旦手ぇ離して」

 

「しょうがないわね、三秒待ったげる」

 

「短過ぎるっ」

 

「ん、うぅ~~ん? もぉ~、なぁに? 騒がしいよぉ~」

 

 そんなやり取りをしていると、眠っていたエーラが眼を擦りながら迷惑そうに顔を上げた。

 

「あっ、エーラおはよ。丁度いいや」

 

「アル、起きたの? おはよ~」

 

 耳長娘がにへぇ、と無防備な笑みを浮かべる。

 

「丁度いいって何のことかしら? もう三秒経ったわね」

 

 その反対側には、鬼歯を覗かせたまま器用に微笑を浮かべた鬼娘がいる。

 

「説明するから。翡翠、ちょっと移動してくれ」

 

「クカ? カア~?」

 

 じわじわとした圧迫感(プレッシャー)に急かされ、アルは急ぎ、上に向かって『念動術』を掛けた。直後、棚に置いてある背嚢がするすると緩やかに落ちてくる。

 

「母さんの手紙なら受け取ったわよ?」

 

「うん、そっちじゃなくて」

 

 と、言いながら背嚢から小箱を取り出した。

 

 それを見ていたマルクが一人、「あ、なるほど」と納得。結局バタバタしてたっけ? などと、ここ数日を回顧する。

 

「なぁに、それ?」

 

 エーラは興味津々で小箱を覗き込んだ。アルはそれに応えることなく、黙って蓋をパカっと開ける。

 

 中には一見しただけでもわかる、見事に加工された白と赤の装飾品が入っていた。

 

「それって……」

 

 途端、鬼娘が威嚇をやめる。

 

「うん。ほら、約束したろ? 凛華の髪留め、新しいの贈るってさ。小町さんに〈羅漂雪〉の牙を送って頼んでたんだよ」

 

「え、そ、そうだったの?」

 

 凜華が一転してソワソワと身動ぐ。

 

「あの、小町さんってどなたですか?」

 

 隠れ里を知らぬラウラが訊ねた。彼女の視線が注がれている(くろ)髪の唐変木(とうへんぼく)は気付いちゃいないが、その顔はほんの少しだけ羨ましそうだ。

 

「蜘蛛人族のおねえさんだよ。ほら、ボクらの護り衣(これ)作ってくれた人」

 

「あ、【撚糸】って魔法を使う――」

 

「そそ、服とか装飾品は小町さん得意でね~。アルの香料袋も手伝って貰ったんだよ~」

 

「そうなの? そりゃ知らなかった。ま、何はともあれ――ええと……これ、どうなってんだろ? あ、これとこれが一つで凛華のか。んで、こっちがエーラの」

 

 アルは中に入っている髪飾りを2つ取り出し、一緒に入っていた小さな注釈を読みながら左右に手渡した。

 

「へ、ボクにもあるの!?」

 

 エーラがパァっと緑瞳に喜色を滲ませる。

 

「昔も欲しがってそれ渡したじゃん? 余るだろうから一緒に頼んでたんだよ」

 

 アルは耳長娘の乳白色を帯びた金の短髪――その右の髪房に下がる赤い数珠玉(ビーズ)飾りを軽く触れながら応えた。

 

「わはぁっ!」

 

 受け取ったエーラは嬉しそうに手元を見てみた。

 

 手渡されたのは、夜天翡翠の嘴のような形状をした長い髪留め(ヘアクリップ)

 

 数珠玉と同じで紅く染められ、表面には精緻な鱗模様が刻んである。ずっと触れていたくなるような触り心地だ。

 

「あの牙がこうなんのか」

 

 マルクは完全に他人事でほおんっと感嘆している。

 

「わぁ、すっごい! 模様も細かいよ! ありがとアル!」

 

「どういたしまして」

 

「どこにつけよっかなぁ~!」

 

「左側につけたらいいんじゃない? ラウラみたいにお洒落に編んでさ」

 

 アルがエーラの左側頭部を指してそう言うと、

 

「……ええ、手伝いますよ」

 

 と、朱髪少女は何とも言えない顔を一瞬した後、微笑んでみせた。

 

 想い人が己の髪型をきちんと把握して”お洒落”と評してくれたのは嬉しい。嬉しいが……やはり乙女としては微妙な気持ちにならざるを得ない。

 

「じゃあお願いしよっかな、ボク髪短いからこっちくらいしか編んだことないんだ~」

 

 エーラが楽しそうにぴょんっと――二号車ということで相応に広い座席の間に出て、ラウラに頭を差し出す。

 

 アルは微笑ましそうに彼女らを見つつ、次いで右隣に顔を向けた。

 

「あ、ありがと、アル。ちゃんと憶えてた……の?」

 

 鬼娘は吊り上がりそうな口の端を隠し、照れ臭そうにしている。

 

「当ったり前だろ?」

 

 後が怖いじゃん。と、まではアルも続けない。

 

「そ、そう。ふぅん……あ、でも『惜しい』ってどういう意味だったのよ?」

 

「ん? ああ、新しいのつけたらまた髪上げちゃうだろ? その髪型も似合ってたから、惜しいなぁと思っただけだよ」

 

「そっ、そう、なの。その、じゃあ……依頼ないときはこの髪型にしてあげるわ」

 

 恥じらい一つなく”似合う”とのたまった想い人に、凜華は頬をかぁっと染めて口元をむにむにとさせながらそう言った。

 

「ははっ、そりゃ良いね。これで見納めは勿体ないし」

 

 アルは愉快そうに笑い――……。

 

「あ、てか着けてみなよ。気に入らなかったら、別の買いに行かなきゃ――」

 

「行かなくていいわ」

 

 凛華にキッパリと断られる。

 

「え、でもまだ――」

 

 試してないだろ? と言う前に、

 

「いいの」

 

 と、再び遮られた。

 

「そう? わかった。ひとまず着けて見せてよ」

 

 狐に抓まれたような表情の親友に、マルクが正面で「な? 言ったろ?」という顔をする。

 

「む、どうやって着けるのかしら?」

 

 凛華は結わえていた黒艶髪をほどきつつ、白っぽい二つで一つの髪飾りを手に取ってみた。

 

 片方は全体的に白く、湾曲した髪留め(バレッタ)のようだ。両端には、指が入らぬくらいの小さな穴が開いている。

 

 また、〈羅漂雪〉の牙と言われなければわからぬほどに独特の光沢があり、うるさ過ぎない程度に飾り帯(リボン)を模した意匠であしらってある。

 

「んっと、こっちはそのまま(かんざし)だね。綺麗だなぁ」

 

 アルは凛華が見ていない方を手に取った。

 

 こちらは親指大の玉飾りが一つついた二又の(かんざし)だ。玉飾りは鬼娘の瞳のような透き通った青で、蓮の……花だろうか?

 

 上向きに細かな花びらが刻まれている。

 

 その花弁模様が耳長娘のものと同じ、龍鱗を模して彫られて(モチーフにして)いるのに気付いていないのは当のアルだけだ。

 

「小町ねえさんは何か書いてない?」

 

「えーと……そっちの白い方で髪を纏めて、(かんざし)で挿して固定するんだってさ」

 

「ああ、そういう使い方ね」

 

 納得の色を浮かべた凛華が後ろ髪を束ねていく。

 

「どうせならさ、こう――お団子っぽくしたらいいんじゃない? 里出た頃より長いだろ?」

 

「そうしようかしら?」

 

 アルの提案にも上機嫌で頷き、くるくると巻いていく。

 

「で、ここで挟んで――アル、(かんざし)お願い」

 

 保持した髪が散らないよう湾曲した髪留め(バレッタ)を挟んだ鬼娘が、白いうなじを晒す。

 

「ん、わかった。えー……こう、かな。どう?」

 

 一瞬どきりとして目の覚めたアルだったが、玉飾りが少々上になるよう斜めに簪を挿してやった。

 

「うん。大丈夫、落ちないわ」

 

 凛華は軽く首を振って確かめ――……次いで髪留めを贈ってくれた好い男に正面から向き直る。

 

「それで……どう、かしら?」

 

 やはり少しばかり照れているのか、眼を合わせようとはしない。

 

「似合ってるよ」

 

 久しぶりに髪を上げた彼女を見た気がして、アルはどこか安心したようにふにゃりと笑って褒めた。

 

「そ、そう。なら良かったわ」

 

「あ、凛華できたのっ? 良いね、似合ってるよ~!」

 

 振り返った耳長娘もニコニコと笑う。が、こちらはアルのそれと違って、照らいの滲んだ鬼娘の乙女な雰囲気も含めて”良い”と言ったのだ。

 

「エーラもそれ良く似合ってるじゃない」

 

 それをきちんと汲み取っておきながら、ニヤけそうになる己を抑えきれぬ凛華は、諦めて幼馴染の少女を褒めてやる。

 

 耳長娘は乳白を帯びた金の髪房を平らな三つ編みにしてもらい、紅い嘴形の髪留め(ヘアクリップ)で左の側頭部に纏めていた。

 

「うん、編み込みも合ってるよ」

 

 いつも以上にうきうきと元気いっぱいな彼女の様子に、アルも『贈った甲斐があったなぁ』と嬉しそうに褒める。

 

「あはっ、そうかな? なら良かった~」

 

 彼の隣に座り直した耳長娘も上機嫌だ。

 

「凛華が髪を上げてるの、久しぶりに見た気がします。似合ってますよ」

 

「だな」

 

 ラウラも微笑みながら褒めた――が、鬼娘と耳長娘には、羨ましがっているのがありありとわかる。もし自分が同じ立場であれば、やはり羨ましくならないわけがない。

 

 ゆえに贈り物をしてくれた好い男を挟んで顔を見合わせ、こんなことを言った。

 

「ねえ、アル? ラウラも最近髪伸びてきたよね?」

 

「うん? そうだね」

 

 と、何もわかってなさそうな顔でアルが応じる。

 

「え、エーラ?」

 

 朱髪少女は当惑気味だ。

 

「〈羅漂雪〉の魔法を解いたのだってラウラだし、何かあっても良いんじゃない?」

 

 今度は凛華がそう言うと、

 

「確かにそうかも」

 

 やはり何の迷いもなくアルも頷く。ラウラは話の流れを察してソワソワと身動(みじろ)いだ。

 

「だからさ、今度一緒に買い行ってあげなよ。目的地、鋼業都市なんでしょ?」

 

 山岳都市〈ベルクザウム〉から二都市離れた今回の目的地――その名も鋼業都市〈アイゼンリーベンシュタット〉。次の停車駅だ。

 

「”鋼業”ってくらいなんだし、飾り物もありそうじゃない?」

 

「おお、なるほど。じゃ今度行こっか、ラウラ」

 

 誘導されるがまま、ぽんと手を打ち合わせたアルが朱髪少女を誘う。

 

「へっ?」

 

 ――そ、それってもしや……逢引?

 

「は、はい……っ!」

 

 突然やってきたお誘いに、ラウラは心臓をドキドキさせ――ほとんど反射的に返した。

 

 些か軽薄に過ぎるお誘いだが、誘った当人が朴念仁なのだから然もありなん。魔族組はあまりに対照的な二人に苦笑する。

 

「……あー、そんで? その鋼業都市〈アイゼンリーベンシュタット〉っつったか――まで、あとどんくらい掛かんだ? パパッと決めちまってたから全然地図見てねえ」

 

 マルクはもういいだろう、と口を開いた。あえて黙っていたのだ。空気の読める人狼である。

 

「二駅先」

 

 親友兼頭目の返答は、ドがつくほどに簡素(シンプル)

 

「んなこた、わかってるわい。時間訊いてんだよ」

 

 人狼青年が当然のツッコミを入れた。

 

「えー……確か〈ベルクザウム〉から――……西北西に七六〇キリ・メトロンくらいの場所だった、はず」

 

「ってーと……〈ウィルデリッタルト〉から〈ベルクザウム〉が大体、六〇〇キリ・メトロンくらいだったから――十時間? そんくらいはこの鉄箱の中か」

 

 マルクが個室の天井を見上げながらざっと計算する。

 

 魔導列車の最高時速は時速90km。前回同様、途中の点検等を挟めば概算でもそのくらいにはなるだろう。

 

「だね――って言っても、次の駅までが長くて、そっからはその半分の距離くらいしかないっぽい」

 

 と、アルが応じた。

 

 より正確に言えば、〈ベルクザウム〉から次の都市までおよそ520km。その都市から鋼業都市〈アイゼンリーベンシュタット〉までがおよそ240kmだ。

 

「降りられるのか?」

 

 人狼青年の言う”降りる”とは、「途中下車できるのか?」と、いう意味だ。

 

 昼前ギリギリに次の駅に着きそうだということと、一度の走行距離が程々に長く、その分停車時間も相応に長いことから生じた疑問である。

 

「駅員に乗車券見せれば、降りても問題ないってさ。他にも長旅の人もいるし、そこらへんは抜かりないみたいだよ」

 

 ちなみにだが、この6名の場合は指定席なので当日中は当然として、この列車にしか乗れない。

 

「ふぅん」

 

「少なくとも十五分は停車してるらしいから、何か欲しかったらその間に買い行きゃ良いんじゃない?」

 

 そういった部分は自由が利くらしい。アルが今朝、駅員に聞いた話だ。

 

「なるほどなぁ。あ、でも、こないだのほら……記者志望の売り子いたろ? ああいう、なんてんだ? ――車内販売か。みてえなのはいねーのか?」

 

「時間帯によって車内か、駅の車外販売になるんだってさ。どっちにしろ中間車両に乗員が詰めてるらしいから、飲み物だけならいつでも買えるね」

 

「今回は最初の便だろ? どっちなんだ?」

 

「一応、どっちもだって。あっちの駅側の車外もやるし、車内もやるんだってさ」

 

 丁度昼時であるため、車内販売と駅側の乗降場(ホーム)を利用した車外販売――どちらも用意されているらしい。尚、午後2時以降に到着の便になると車外はない、とのこと。

 

「へぇ、お前どっちにする?」

 

「みんなにも訊くけど、俺は車外の予定。駅員の話じゃ、車外はその都市ごとで弁当の中身が違うんだってさ」

 

 いわゆる、その土地の名物である。

 

 余談だが以前、車内販売で注文した弁当に武芸都市産の肉が使われていたのは、〈ウィルデリッタルト〉が面積の広い都市で、気候も畜産に適していたからだ。

 

 これが北部になると、また大きく違うらしい。

 

「ほぉん、そりゃ面白いな」

 

 まだ午前9時過ぎにも関わらず、マルクがそんな感想と共に腹を(さす)る。

 

「だろ? だから俺は車外」

 

「乗った。俺もそうする」

 

「その今から停まる――なんとか都市ってとこ、何が名産なの?」

 

 成長期で腹の減りやすい男2人のやり取りに凛華が口を挟んだ。

 

「えー……なんだっけ? 豚だっけ? 確か、養豚が盛んとか何とか言ってたような」

 

「豚ですか。牙猪とは違うんですよね?」

 

 いまいち豚と猪の違いがわからなかったらしいラウラが疑問を呈する。

 

 彼女の故郷――共和国の交易都市〈ヴァリスフォルム〉ではあまり豚を食べない。周辺に幾らでも牙猪が生息しているため、莫大な資金を掛けてそこまでする者がいないのだ。

 

「うん、原種()は牙猪らしいんだけど、それを品種改良してどうのこうのって聞いたよ。だから牙は生えてないんだってさ」

 

「牙がないのに猪っぽいって、なんかおかしな感じだね」

 

 隠れ里でもわざわざ養豚する者はいなかったので、エーラも不思議そうな顔をした。

 

 ちなみに、帝国の食卓に必ずと言って良いほど上る腸詰の市場占有率(シェア)は、5割が牙猪、残りが豚や他の動物を原料としていたりする。

 

「羊みたいなクセはないんじゃないかな。ま、あとはソーニャにも訊いて決めよっかな」

 

 アルは「よっこらしょ」と、背もたれに深く腰掛けて背嚢に『念動術』を掛け直す。

 

 すかさず夜天翡翠が空いた膝に戻ってきた。この使い魔にとっての特等席である。

 

「んだなー、けどたぶん豚って言うと思うぞ。牛は前回食ったからな」

 

 マルクが隣で熟睡している少女を見て言えば、

 

「そうかもしれませんね」

 

 ラウラもどこか優しい眼をしながら頷いた。

 

 そこで何やら思い出したのか、エーラがこんな疑問を口にする。

 

「ねね、こないだの強烈なお姉さんがまた車内販売で来たらどうする?」

 

「あー……」

 

 どうしようか? と、アルは考えた。

 

 以前、魔導列車に乗った際、矢鱈に威勢の良い売り子から色々と買わされたのだ。おまけに彼女は記者志望で、〈新進気鋭〉の常連たる”鬼火”の一党の熱心な支持者(ファン)

 

 バレないように苦労したものである。

 

「大丈夫でしょ。生活費貯めるって言ってたし、武芸都市からそんなに離れないんじゃない?」

 

 よく知らないけど。と、凛華は言った。

 

「だといいけど。今月の『月刊武芸者』で特集組まれちゃってたし、どうも師匠達にもその話バレてるっぽいし、変に目立たないようにしとかないと」

 

 アルがぼやく。遅めに出された今月の『月刊武芸者』に、”鬼火”の一党が成した功績について、しっかりと掲載されていた。

 

 記者らしき相手からは逃げ切れたようだが、武芸都市にいる叔父トビアス・シルトは読んでいたのか、隠れ里にその話をしっかり伝えているらしい。

 

 夜天翡翠の持ち帰ってきた手紙に、添削を頼んでいた術式のことはサックリ『問題ない』と書かれていたものの――……『無茶をするな』だとか、『すぐ危険に突っ込んでいくな』だとか、『もう少しきちんと報告しなさい』だとか、それはもう長いお説教が書かれていた。

 

 ちなみに母トリシャからもほぼ同じ内容のものを貰っている。

 

「そうねぇ。ラウラとソーニャがいる以上、悪目立ちは避けたいのよね」

 

「褒賞式も、〈ベルクザウム〉の伯爵が話の分かる人で良かったよ」

 

 鬼娘と耳長娘も、頭目の意見には全面的に同意だ。

 

「すいません」

 

「謝んなくて良いって。俺らも面倒事は嫌いだからな」

 

 申し訳なさそうな顔をする朱髪少女にマルクが「気にすんな」と手を振れば、

 

「だね。ぶっちゃけ、仮令(たとえ)問題なかったとしても逃げてた気がするし」

 

 と、アルもお道化る。

 

「あはっ! そういうのメンド臭がりそうだよねぇ、アルは」

 

「たぶんマルクに投げて知らんぷりしてたと思うわ」

 

「失礼な。そこまでは――……あー、まあ、うん」

 

「おい」

 

「ふふっ」

 

 そうこうする内にソーニャも起き出し、6人と1羽のいる完全個室の指定席(コンパートメント)は俄に活気付くのであった。

 

 

 

 初春も終わり、濃い緑が芽吹き出す帝国の野を眼下に、魔導列車は軌条(レール)の上をひた走る。目指すは鋼業都市〈アイゼンリーベンシュタット〉。

 

 その都市であのような再会と出会いを果たすとは、”鬼火”の一党の誰も、この時は想像すらしていなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。