日輪の半龍人   作:倉田 創藍

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3話 黄金の荒熊亭

 ”鬼火”の一党は現在、とある3階建ての旅籠前にいた。

 

 どこにでもありそうな外観ながら、掃除の行き届いた軒先。外壁は煉瓦造りで、漏れている暖色の明かりから感じ取れるものが正しいのなら、恐らく良い宿……なはずだ。

 

 ここは『黄金(こがね)の荒熊亭』。

 

 山岳都市〈ベルクザウム〉行の魔導列車にて面識を持ち、先程再会した記者志望の元販売員(売り子)ミリセント・ヴァルターに訊いた――否、一方的にベラベラと捲し立てられて情報を得た宿である。

 

 アルクスが『魔族はいるが、自分達は登録から一年も経っていない新米武芸者だ』と言えば、

 

「あ、それなら良い宿を知ってますよ~! 私は予算の関係でちょこ~っと難しいですけどぉ、新米武芸者さんならお安く泊まれちゃうって話なんです~! ま、私も食事ならご一緒――っていうか行ってみたいんですけど、面接も控えてるんで~!」

 

 とのこと。ミリセントは兎角、”武芸者”と名のつくものなら様々な情報に通じているらしい。

 

 その彼女曰く、ここの主人はかつて、”荒熊”の異名を取っていた個人二等級の武芸者なのだそうだ。

 

 ある日「運命の(ひと)に逢ったから引退する」と宣言。それを機にすっぱりと武芸者活動から引退し、()()()この宿を営み始めたらしい。それが、およそ15年前。

 

 初めは慣れぬ経営に四苦八苦していたそうだが、そこは信頼と実績のある元二等級武芸者。

 

 直ぐに客も入るようになり、元々2階建てだった店も3階に増築し、今ではこの〈アイゼンリーベンシュタット〉でも知らぬ者はいない宿の一つらしい。

 

 荒事の多い武芸者は基本立ち入り禁止にしているそうだが、()()()()()新米武芸者にだけは安くて多くて旨い料理と、質素ながらも清潔な部屋を貸してくれるのだという。

 

 なんでも、まだ主人がペーペーのド新人だった頃、宿の老主人から頼んでもいない料理を「間違えて作っちまったから食え」と皿を押し付けられたり、「腐らせるのも勿体ないだろう」と簡易食糧を投げ渡されたり、と言動こそ悪かったものの何くれと世話を焼いてもらったから、なのだそうだ。

 

 その老主人が宿を畳むということで、結構な額の金を渡して買い取ったのがこの『黄金(こがね)の荒熊亭』の前身。

 

 今では怪我や病気で引退を余儀なくされた武芸者なんかも従業員として雇い入れているそうな。

 

 また一応、信頼されている武芸者(というか主人の知り合い)であれば熟練でも食事はできるそうだ。尤も、料金は正規の料金だそうだが。

 

 ちなみに”黄金”の由来は、二等級武芸者の認識票()からとのこと。

 

「良いんじゃねえか? 旨そうな匂いもしてるし」

 

 マルクガルムが、すんっと鼻を鳴らす。どうやらミリセントの言ったことを少し疑っていたらしい。

 

 この都市には初めて訪れた、と言っていた割に、矢鱈と確信的な彼女の物言いをしていたので『ホントかよ?』と思う気持ちも、わからなくもない。

 

「有名って割に、並んだりしてるわけじゃないのね。ほら、上の方の部屋、魔導灯が点いてないとこもあるみたいだし」

 

 凛華が3階部分を見上げてそう言った。

 

「宿は他にもたくさんあるって言ってたし、七階建てっぽい――……旅館? も見えてたからそっちに行ってるんじゃない?」

 

 シルフィエーラがきょろきょろしながら遠くに見える建物の頭を指す。

 

 ここは駅から少しだけ離れている。その直ぐ近場に大きな旅館もあったし、都市に家のある者はわざわざ泊まりに来ないだろう、と言いたいのだろう。

 

「なあ、ラウラ。私やラウラはともかくとして……アル殿達は新米なのか?」

 

 ソーニャが義姉の肩を叩きつつ、鋭い意見を述べる。

 

 ()()()個人()()()武芸者。おまけに魔族。”新米”と称するには些か気が引ける。

 

「うぅん……確かに微妙、かも? アルさん、断られたらどうしますか?」

 

 確かに……と、思ったラウラは、四等級の魔族3名を率いる頭目の青年に訊ねた。

 

「もう夜の七時過ぎてるし、『一年経ってない』でゴリ押すさ」

 

 腹減ったし。と、アルは肩を竦めてみせる。

 

 一応、魔族組が目立つことも、他都市で見た反応からして色々言われるかもしれないことも、良い加減理解できている…………が、それ以上になんだか疲れていた。

 

 ほぼ一人でミリセントの応対をしていたからだ。

 

 彼女の――間延びした語調の機関銃の如き語り口(マシンガントーク)にどうにか応じ、名前だけは言わずに済んでいる。話を逸らすのに、かなり気を遣った。

 

 ちっとも嫌いになれない熱心な支持者(ファン)というのも、なかなか困りものである。

 

「んじゃ行くとすっか?」

 

「ああ、入ろう」

 

「カア~」

 

 左肩に夜天翡翠を乗せたまま、アルが『黄金の荒熊亭』の戸をくぐり、5人も後ろに続いた。

 

「おう、いらっしゃい――って武芸者か。申し訳ないんだが、武芸者の立ち入りは禁止しててね。ほら、喧嘩になると止められんだろう?」

 

 しかし、右目に大きな切創痕が目立つ禿頭の中年従業員が、直ぐに太い腕を翳して止める。全体的に太く、鍛え上げられた体つきで、整えられた黒い口髭はなかなかサマになっていた。

 

「新米武芸者なら条件次第で構わない、って聞いて来たんですけど、ダメですか?」

 

 アルが下手に出て問う。

 

「はあ? 新米って、お前さんらがかい?」

 

「はい。ここに」

 

 アルは予め握っていた認識票を見せた。

 

 全てが銅で出来た――つまり、個人も一党も四等級を表す認識票だ。刻印には登録地である〈ヴァルトシュタット〉と登録名、登録年月日が刻印されている。

 

「……強いのは一目見りゃ判ったが、新人の四等級って冗談だろ? あー……ちぃと待ってな。大将に確認取ってみる」

 

「すいません」

 

 禿頭の従業員は困ったような顔をしつつ、そう言い残して奥へと引っ込んでいった。待っている間、なんとなく店内の様子に6人の目が行く。

 

 一階は濃い色の木材を使った――やはり暖かな雰囲気の漂う食堂らしかった。

 

 あともう少し店の規模が小さければ、アルの前世にもある――数の減ってきた昔ながらの喫茶店でも通用したかもしれない風情だ。

 

 また、高級宿や有名な宿にありがちなお堅い印象はない。老主人から譲り受けた、という雰囲気を残しているのかもしれない。

 

 食事処の奥には階段、そのもっと奥に個室らしき扉が並んで見える。1階にも宿泊できる部屋があるようだ。

 

「とても新米に見えない新米、ってのは君らだね?」

 

 そこへ現れたのは、厨房服に身を包み、プロレスラーのようにガッシリとした体躯の男性だった。上背もかなりあるようで、マルクより頭3個分も背が高い。

 

 細められた糸目は柔和なようで、しっかり客を吟味している。

 

「たぶんそうです。あなたが”荒熊”さんですね?」

 

 半歩前に出たアルが問えば、

 

「それが直ぐにわかる子は、もう新人と呼ばないんだけどね」

 

 と、糸目な主人――”荒熊”は苦笑を返した。

 

 アルが誰何すらしなかったのは、主人から滲む雰囲気が隠れ里の筆頭戦士らとまでは言わずとも、真っ当に強い戦士らと何ら遜色のないものだったからだ。

 

 魔力とて、量こそ多くないが、質だってかなりのもの。

 

「知り合いから、ここなら新米武芸者に()()()って聞いたんです。やっぱりダメでしょうか?」

 

 アルは訊ねてみた。自分達の等級が新人の枠からはみ出している自覚はある、というアピールだ。

 

 (おの)が強さすら把握していない戦士など、素人同然――およそ戦士とは呼べない。

 

「…………まあ、いいだろう」

 

 少々の沈黙の後、「仕方ない」と言うように”荒熊”は肩を竦めた。

 

「いいんですかい、大将?」

 

 禿頭の従業員が問う。彼らが一斉に暴れ出したりなぞしたら、こんな建物など吹き飛ぶぞ。と、彼は意見しているのだ。

 

「彼らには分別くらい備わってるよ。強そうなのに、びっくりするくらい荒々しさを感じないからね。――さて、君らに言っておくと、新米武芸者へのあれこれは単なる慈善活動みたいなもので、ぶっちゃけ赤字なんだ。食べ盛りだろうから食事に関しては新米料金にするつもりだけど、部屋は二階か三階――……普通のお客さんと同じ部屋に泊まってくれるとありがたいな」

 

 そのくらいは稼いでるだろう? ”荒熊”は言外にそう言った。

 

「わかりました。じゃあ四人部屋と二人部屋を、どの階でもいいので近い部屋でお願いします」

 

 正しく意図を汲んだアルが部屋を頼む。

 

「毎度。期間はどれくらいにする?」

 

「一旦は七日で。それ以降借りたいときはまた頼みます」

 

「七日だね。食堂は朝と夜はやってるけど、昼は開けてないんだ。それと宿泊料金と別で、食事ごとに支払う体制になってるからそのつもりで。ああ、それと武芸者には全員に言ってるんだけど、この宿の中での戦闘行為は一切禁止だ。喧嘩なら裏庭か表でやるように」

 

「了解です」

 

 ”荒熊”の淀みない注意に一党の面々が素直に頷く。

 

「うん。では――『黄金の荒熊亭』へようこそ」

 

 一つ頷いた”荒熊”は背筋の通った立ち姿で、腹に腕を沿え、滑らかに一礼するのだった。

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

 禿頭の中年従業員――元四等級武芸者で、利き目を負傷したことと年齢から引退し、知り合いであった”荒熊”に誘われて『黄金(こがね)の荒熊亭』に勤めている古株の一人。

 

 彼の左眼が受付を通された”鬼火”の一党の背を追う。

 

「本当に良かったのか? ロドリック――じゃなくて大将」

 

「ライモンドは心配性だなぁ、大丈夫さ。あの頭目の子、頭も回るみたいだからね」

 

 声を掛けられた”荒熊”ロドリックは、厳つい彼――ライモンドに柔和な笑みを向けた。

 

「そら、まあわかるんだが……大将でもあの全員相手にするのはきついだろ? もし何かあったら……」

 

 ライモンドが口髭を弄りながら不安そうな顔をする。

 

 あの一党には見る目も備わっていた。そしてこちらが彼らを観察していることにも気付いていた。

 

 そもそも本当にぺーぺーの新米なら、入って直ぐ出迎える厳ついライモンドを”荒熊”と勘違いするのが普通だ。

 

「心配ないよ。経験からだけど、ああいう手合いは筋を通してくれる。それに、私の読みなら彼らは件の一党だろうからね。きっと変なこともしないさ」

 

 ロドリックは一党の頭目を思い返して言う。

 

 魔族を従えているのに驚くほど漂う魔力が希薄、然れど妖しげなほどの質を滲ませる黎い髪の青年。

 

「件? 今月の『月刊武芸者』の話か? 大将の嫁さん、じゃない――奥方殿が文句言ってたらしいぞ。『溜まっても、ちっとも捨てない』って。うちのカミさんが言ってた」

 

「ハハ、それは耳が痛いね」

 

 新米武芸者にとって『月刊武芸者』の価格――毎月15ダーナは案外痛い。

 

 日々の食費に装備の手入れ、携帯食糧や天幕、背嚢、その他諸々、使えば使うほど擦り減ってい必需品ばかり。

 

 けれど『月刊武芸者』は彼らにとって、有益な情報が多く掲載されている情報誌だ。

 

 だからこそ、武芸者業に一切の未練がないにも関わらず、ロドリックは買って読んでは食堂の棚に置いていた。

 

「そんで……『月刊武芸者』に載ってるような連中なのか? 今月はまだ読んじゃいないが」

 

「今月に限らない……っていうか〈ベルクザウム〉の雪崩――新聞にも載ってたろう?」

 

「ああ、ヤバい規模だったらしいな。軍と武芸者で対応したおかげで奇跡的に死人はいなかったらしいが」

 

 ライモンドも新聞は読んでいたので、戸惑いつつ頷く。今の自分達に必要なのは、特化した情報より総合的な情報だ。

 

「その雪崩が起きたとき、陣頭指揮を執って先頭で食い止めた一党がいたそうだよ。魔族四名に人間二名の新人一党。おまけに鴉の使い魔を連れてる」

 

「そういや、確かにそんな感じの記事だったが――……っておいおい。じゃ、あいつらがそうだって?」

 

 その記事なら、ほんの1週間と少し前、新聞に掲載されていた。

 

「その功績で五等級から四等級に上がったらしいよ」

 

 あれから事後処理や昇級処理を行ってここに来たのだとすれば……時間的な不都合はない。

 

「……だとすりゃあ、辻褄は合うな。なんて名前の一党なんだ?」

 

 ライモンドがしげしげと目で彼らを追いながら口髭を撫でる。

 

「確か一党名はないはず。でもこう呼ばれてる――……”鬼火”の一党って」

 

「おいおい、”鬼火”って新人欄の常連じゃないか! なんでそう名乗らなかったんだ?」

 

「何か理由があるのかもね。弁えてはいたし、()()()()()()()()()でもなさそうだ」

 

 ロドリックは太い腕を組んでそう推測した。時折、あの頃の年代の武芸者の中には、あえて意味もなく身分を隠したがったりする者がいる。

 

 なんでも「その方がカッコ良い」とのことだが、ロドリックやライモンドにはよくわからない感情だ。”鬼火”からは、そういう雰囲気を感じられなかった。

 

「……うちにいる新米共と揉めたりしないだろうな?」

 

 相手の実力もわからないような新米武芸者には血の気も多い連中もいる。極力そんな連中は店に入れないが、力試しをしたがる者はやはり多い。

 

「紙面通りなら相手にならないさ、きっと」

 

 ライモンドの心配にロドリックが肩を竦める。

 

 が、その背後に音もなく忍び寄ってきていた女性が、唐突にロドリックの腰元に手を添えた。

 

「お前様? 今は夜の何時でございましょう?」

 

 ハッとした”荒熊”が背筋を伸ばす。

 

「す、すまないグレース。すっかり話し込んじゃってた。直ぐ厨房に戻るよ」

 

 ロドリックは咄嗟に、艶のある黒髪をした猫獣人族の妻の手を取って謝った。

 

 彼女の髪と同じ黒くて細い尻尾が小さくゆらゆら揺れている。不機嫌な証だ。

 

 夜の忙しい時間(ピークタイム)に、主人兼料理人が受付と話し込んでいるせいで注文が滞っているのだから、当然である。

 

「ええ、ええ忙しいのに随分余裕がおありですこと、なぁんて思っちゃいませんよ」

 

「悪かったって、急ぐから。機嫌を直しておくれ」

 

「いやどうもすいません」

 

 ライモンドもつるつるの頭皮に頭をやって謝罪する。

 

 夫の背後を簡単に取ったグレースも元武芸者だ。と言っても帝国ではなく王国出身。

 

 ロドリックは依頼で出逢い、その美貌としなやかな体捌きに衝撃に打たれて熱烈に求婚したらしい。

 

 猫っぽい縦長の瞳孔に睨まれた二人は、片やデレデレ、片やタジタジで仕事に戻るのだった。

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

 2階の部屋の鍵を受け取って荷物を置いたアル達6名は、さっさと階下に降りて食事を摂ることにした。時刻は午後の8時過ぎだ。

 

 そこそこの質と大量の食事。武芸者は体が資本。そう言いたげな料理の数々が、6人が掛けている四角い長卓の上に所狭しと並んでいる。

 

「こっちの部屋はきれいだったよ! そっちは?」

 

 蕪と燻製肉(ベーコン)の滋味深い汁物(スープ)を一口啜り、パッと笑顔になったエーラが問い掛ける。料理もお気に召したようだ。

 

「俺達の方も綺麗だったよ。二人部屋の割に結構広かったし」

 

 アルは応えながら、身の太いロブスターのような海老をバキッと割って口に放り込んだ。

 

「お、うまぁ~……」

 

 プリップリの食感と臭みのない海老に相好を崩した。思えば、帝国に入ってからは肉ばかりだった気がする。隠れ里では海水魚こそ少なかったが、淡水魚はよく食べていた。

 

「おっ、イケるやつか。俺も食お…………旨い、いやマジで旨いぞ」

 

 マルクは親友の満足げな顔を見て、思い切り海老に齧りつき、ついつい真顔になる。

 

 鼻の良い人狼には、古くなった魚介の臭みはかなりえぐい。それが全く感じられなかった。

 

 この〈アイゼンリーベンシュタット〉には北海に通じる運河があって、海で獲れた魚介を冷凍させて仕入れている。

 

 ”荒熊”の妻グレースが、魔法を使っていない人狼よりも利く鼻を使って新鮮な食材しか仕入れないようにしているのだ。

 

「本当だ、旨いな。この都市は魚介が豊富なのだな」

 

 魚介出汁の効いた潮汁を啜ったソーニャが呟く。

 

 ラウラはあまり見ない食材に少々警戒していたが、バクバク食べるアルとマルク、ニコニコしているエーラ、物怖じしない妹の様子を見て意を決して食べてみた。

 

「……美味しい。私達のいた街ではあまり食べませんでしたが、海のものも美味しいんですね」

 

 途端、ほわぁと笑顔を浮かべる。

 

 赤茄子(トマト)風味こそつけられていたが、こちらも新鮮な魚介の旨味をたっぷりと感じる汁物(スープ)だった。

 

 どうやら帝国では地域によって様々な料理を出すらしい。

 

「アル、これ食べるでしょ? 取り分けてあげるから皿寄越しなさいな」

 

 凛華が、野菜と魚介を中心にたっぷりと具材が入った黄色い米料理(パエリア)の敷き詰められている鉄平鍋(フライパン)を指す。

 

「絶対食べる。ちょうだい」

 

 アルはサッと皿を差し出した。

 

「はいはい」

 

「二人ともお米、好きだねぇ」

 

「やっぱりそうなんですか?」

 

 ラウラは彼が米を出す店があったら、ほぼ必ず麦蒸餅(パン)より先に頼むことを知っている。

 

「うん、やっぱ米だよ。おっと、ありがと」

 

「しょうがないのよ、これは。魂に根差してるものなの」

 

 前世が日本人の彼と起源が極東の国である鬼娘は、そのように応えながら米料理(パエリア)に口をつけた。

 

「関係あるんだろ? 前のお前と」

 

「そそっ」

 

「む、なるほど。そういうことだったか」

 

「へえ~、異世界でもお米ってあるんですね」

 

 マルクとアルのやり取りにソーニャとラウラがポンと手を打ち合わせる。事情を知っているだけにすんなりと納得したようだ。

 

「にしても、新米武芸者って案外いるんだねぇ」

 

 さっと首を回したエーラが興味津々で言う。

 

 満席とは言わないが、今だってチラホラと客はいる。その中でも、明らかにこちらをチラ見している新人武芸者と思わしき者達がいた。

 

「みたいだね」

 

 アルが視線をやれば、直ぐに視線を逸らす。

 

 どうやら入店時からやり取りを見ていたようで、魔族のいる一党として認識されているらしい。

 

(足元掬われる気なんてサラサラないし、警戒だけはしとくか)

 

 アルは特に表情も変えないままそう決めた。

 

 自分と親友の人狼青年だけならまだしも、この一党にいる女性陣は4名とも見目麗しい美少女達だ。何かあってからでは遅い。

 

 そう思っていると、裾がチョンチョンと引っ張られた。

 

「ん?」

 

「えと、お飲みものもってきま……あ、ちが、おもちしました~」

 

 視線をやると、そこには7、8歳の黒い尻尾を生やした少女が果実水(ジュース)入りの酒杯(ジョッキ)を載せた配膳車(カート)を引いて立っていた。

 

「え、あ、ああ、ありがとね」

 

「わっ、可愛いっ!」

 

 アルが給仕服を着た少女に思わず困惑していると、耳長娘が緑瞳をキラキラさせて身を乗り出す。

 

「どーぞっ」

 

「お、おう。ありがとさん」

 

 少女は酒杯(ジョッキ)を両手で持ってマルクに手渡し、更にまた配膳車から酒杯を取り出していた。

 

「すっごく可愛いです……!」

 

「ええ、めちゃめちゃ可愛いわね」

 

 ラウラと凛華がその一挙一投足に目を配る。若干ハラハラしてしまうが、酒杯(ジョッキ)の重さにとと……っと振り回されている姿さえも可愛らしかった。

 

「ええと、ここの子か?」

 

「はい、そーです!」

 

 可愛いと言われて嬉しかったのか、少女がにぱっと笑いながらソーニャに応える。

 

「カア~?」

 

 と、そこで海鮮を啄んでいた夜天翡翠が満足したのか、少女の方に頸をクリッと回して「きみ、だあれ?」とばかりに啼いた。

 

 少女が自分の頭並に大きな三ツ足鴉を見て「わあっ」と声を漏らす。

 

「あー……この子、良かったら触ってみるかい?」

 

 アルが左腕に使い魔を摑まらせて少女の方に差し出すと、

 

「へっ、いいのっ?」

 

 と、ソワソワした様子を見せた。その姿もまた可愛らしかったらしく、一党の女性陣がまた「かわいい~っ!」と声を漏らす。

 

 そこに声が掛かった。

 

「こらこら、よろしいんですか? だろう?」

 

 ピークを過ぎたのか、厨房から顔を出した”荒熊”だ。

 

「あっ、そうだった! えと、よろしいんですか?」

 

「うん、優しく頼むね。翡翠も遊んだげて。(つつ)いちゃダメだよ」

 

 アルがそう言うと、

 

「カア~」

 

 夜天翡翠は主人のような呑気さで「あ~い」とばかりに啼いて、少女の近くにファサッと降りた。

 

「わあーっ! きれーな羽根してる!」

 

 少女は少しばかり躊躇しながら黒濡羽に触れ、感触に破顔した。尻尾も大きく揺れている。

 

「ははは、娘のマリオンがすまないね」

 

「いえ。”荒熊”さんの娘さんだったんですね」

 

「うん、宿の仕事は結構掛り切りになっちゃうからね。手伝いとして、学校が終わったらいてもらってるんだ。ああ、それと私のことはロドリックで良いよ。気に入ってないわけじゃないけど、厨房に立ってるのが”荒熊”ってのも変だろう?」

 

「ロドリックさんって言うんですね。それで、えーと……」

 

 アルが少々言い淀む。

 

 ロドリックは明らかに人間だ。しかし、娘には尻尾が生えている。獣耳がないことから、おそらく半獣人だ。

 

「ああ、妻ならあそこに」

 

 アルは指し示された方向にいる――黒髪に猫耳、尻尾を生やし、給仕服の獣人族に目をやる。細身でしなやかな印象を受ける女性だ。

 

「ああ、あの綺麗な方が奥さんだったんですね」

 

 アルが納得の表情を見せ、マルクがこう訊ねる。

 

「ロドリックさんの奥さんも武芸者だったんすか?」

 

「おや、わかるかい?」

 

 ロドリックは糸目を少しだけ見開いて驚いてみせた。”荒熊”は当てられても、妻の方まで当てられることはそうそうなかったのだ。

 

「魔力は多くないっすけど」

 

「質が深いし、気配が薄過ぎますから」

 

 マルクとアルがそう応え、

 

「身の熟しも並じゃないわね。幾ら獣人族って言ったって武芸者でもなくちゃ、あのしなやかさは無理よ」

 

「動いてるのに音もほとんどないもんね」

 

 凛華とエーラもそのように補足した。

 

「少なくとも私は勝てる気がしないぞ、簡単にあしらわれそうな気がする」

 

「私は見失いそうな気がします」

 

 ソーニャとラウラもそう評す。

 

「参ったな、そこまで見抜いてるとは」

 

 ロドリックは今まで見せていた薄い笑みを本物の笑みに変え、愉快そうに笑った。ここまで見破られればいっそ爽快である。

 

「じゃあ、やっぱり武芸者の方だったんですね?」

 

「うん、そうさ。というかここには元武芸者か、その家族しか働いている人はいないよ」

 

「そんじゃ、入り口にいる口髭のイカしたおっちゃんの家族とかも?」

 

 マルクが訊ねると、

 

「ああ、ライモンドだね。彼の奥さんもここで働いてもらってる」

 

 ”荒熊”は徳の高い僧のような顔に笑みを浮かべて頷いた。

 

「へぇ~、ミリセントさんが言ってたことホントだったんだ~」

 

「そうらしいわね」

 

「ミリセントさん?」

 

 耳長娘と鬼娘の感心したような声音に、ロドリックが首を捻る。

 

「アウグンドゥーヘン社の記者志望でここに来た方です。少し縁があって駅で再会しまして」

 

「その時に、この店の来歴などを聞いたのです」

 

「ああ、なるほど。いやはや、事情通の人もいるんだね。というよりは夢があるからそうなったのかな」

 

 ラウラとソーニャの説明に「ははぁ」と納得の声を上げる。

 

「失礼致します」

 

 と、そこへ”荒熊”の妻と紹介された女性――グレースが小皿料理を人数分持ってきた。

 

「あれ? 頼んでなかったと思いますけど……?」

 

 そこに乗ったデザートらしきものを見咎めて、アルが戸惑う。

 

「グレース、どうしたんだい?」

 

「心付けです。娘に親切にしてもらっているようですし、そちらの青年達からは、下卑た視線も見下すような態度も受けませんでしたので」

 

 静謐な雰囲気の美しい猫獣人族はふわりと笑って応えた。彼の夫も「ああ」と納得する。

 

「下卑た――は、わかるんすけど見下すってのは……?」

 

 マルクは不思議そうに質問した。

 

「獣人族ってだけで、見下す輩がいるんだよ」

 

 それに応えたのは、受付卓(カウンター)から歩いてきたイカした口髭の元武芸者――ライモンドだ。この時間になったら新規の宿泊受付は終了なので給仕役もしている。

 

「見下すってどして?」

 

 エーラの質問は、端的かつ純粋だった。

 

「人の成り損ない、などと心無い考え方をされる人もいらっしゃるのですよ。帝国でも王国でも、真っ当な方はそういうことを言われませんが、だからと言って滅多にいない、というわけでもないのです」

 

 グレースが丁寧な口調で応え、

 

「武芸者なんかにもいるんだが――つーか、武芸者に多いんだがな。ま、そういう連中はうだつの上がらんチンピラ紛いの輩が大半でね。獣人族の並外れた運動神経や動体視力なんかを妬んでやがんのさ」

 

 心底ムカつくぜ。と、ライモンドが補足する。ひょっとすると彼の奥さんも獣人族なのかもしれない。

 

「ふうん。どこにでもいるのね、そういうしょうもない連中」

 

 凛華がさっぱりと切って捨てた。彼女らしい感想だ。

 

「聖国の連中は俺達魔族を『害虫』って呼んでたくらいだし、今更だな」

 

 アルの感想も乾ききったものであった。

 

 面と向かって種族全体を害虫呼ばわりするような国だってあるのだから、獣人族への差別意識があってもおかしくないだろう。そもそも連中は獣人族も差別していた気がする。

 

 ロドリックとグレース、そしてライモンドは青年の――どこか酷薄さを伴った一言に少々ぎょっとした。

 

 まるで、どころか直接言われたことがあると同義な言い方だったからだ。

 

「おとうさん、見てみて! この子、おとなしい!」

 

 そこに無邪気なマリオンが夜天翡翠を抱っこして明るい声を上げる。途端、雰囲気が一気に弛緩した。

 

「そうだね。きっと賢い子なんだろう。あ、そういうわけだから、それは遠慮しないで食べてくれ」

 

 ロドリックがにっこりと、グレースが綺麗な微笑と共に「さっ、どうぞ」と(スプーン)を配る。

 

「「「ありがとうございます」」」

 

「「「いただきます」」」

 

 アル達はサッと頭を下げて心付け(サービス)を頂くことにした。

 

「そういやお前さんら、ここでの予定とかあるのか? なにかワケがあって来たとか」

 

 思い出したようにライモンドが問うと、

 

「いえ、特に目的があるわけじゃないです。なので、ひとまず最初は観光しようかなって。どこか良い場所とか、名所とか知ってますか?」

 

 アルがシャリシャリと凍った山桃を食べながら訊ね返す。

 

「ほお……! そういうことなら良い場所が幾つか――いや、幾つもあるぞ」

 

「まーた始まっちゃったよ、ライモンドのオススメ観光場所語りが」

 

「大将、ここは俺の故郷なんだから仕方ないだろう」

 

「へーっ、ライモンドさんってここ出身だったんだ~」

 

「おうさ。でな、まず行ってみて欲しいのが――――……」

 

 こうして”鬼火”の一党にとって、鋼業都市〈アイゼンリーベンシュタット〉最初の夜が更けていく。

 

 

 

 そんな彼らの様子を、二対の視線が離れた席からじーっと見つめていた。

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