日輪の半龍人   作:倉田 創藍

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ここでは初投稿になります。読んで頂ければありがたい限りです。



また「小説家になろう。」と「カクヨム」にて同作を2~3日に1度連載投稿しております。


こちらへは定期的にある程度纏めて更新していく予定です。


2章〈仲間との成長編〉
9話 『戦化粧』と『精霊感応』 (アルクス6歳の秋)


 アルクス・シルト・ルミナスが父ユリウスの死の真相を知っておよそ1年と少しの歳月が流れた。

 

 

 帝国と共和国に面した旧街道からおおよそ1500km(キリ・メトロン)。常緑樹の多いなかに紅葉へと色づく樹々がチラホラ目立ち始めたラービュラント大森林の奥深くに隠れ里は存在している。その西側に拓かれた訓練場にアルクスはいた。

 

 

 すっかり涼しくなった秋風が柔らかそうな銀髪をもてあそぶ。揺れ動く銀髪の隙間から輝くような紅い瞳が見えた。

 

「すぅっ・・・・はぁ!ふぅ~~っ・・!ぅうぅぉぉ~っ!」

 

 絞り出すように声を発したアルの掌から、顔をパシャンと軽く流せる程度の水が流れ落ちる。

 

「―――だあぁっ!!」

 

 水が流れたことを確認するやいなや、アルはすぐさま手を上に向け轟!と何発かの炎球を撃ち放った。水とは比較にならない規模の炎だ。

 

 アルは炎が雲間に吞まれていくのを見届けてすぐに崩折れるようにしゃがみ込む。しゃがんだくらいでは足りなかったらしく、ゼェハァ息を切らせながらコテンと草っ原に倒れ込んだ。

 

 

 何をしているのかといえば、魔力の質と量を上げる訓練―――つまり魔力を生成している操魔核の鍛錬を行っていたのだ。

 

 

 ヴィオレッタ曰く、魔力には量の他に質という概念があるらしい。魔術や”魔法”を使う――魔力を多用することでそれそのもの保有上限が上がるだけではなく、質も高まるそうだ。

 

 魔導研究者などは魔力の深みなどという呼び方をしているらしいのだが、アルとしてはわざわざ言い換える必要性を毛ほども感じない。

 

 また、魔力の質が高まると魔力が人それぞれの色へと染まっていくのだそうだ。ヴィオレッタが見せた紫色の魔力などがそれに当たる。

 

 この魔力の色というのは変わることはあっても変えることは出来ない。魂の色が表出化しているのだという説が最も有力だとヴィオレッタはアルに聞かせてやった。『魂の色とは何とも洒落てるなぁ』という感想をアルは抱いていたりする。

 

 

 そしてアルが息を切らせていたのにも理由がある。この操魔核を鍛えるというのは言うは易いがなかなか大変なのだ。

 

 そもそも魔力とは、身体に取り込まれた魔素を心臓の一部である操魔核が()()変換しているもの。

 

 つまり、何をしていなくとも魔力は生成され続けているということだ。これが厄介の種で、生半可に消費する程度ではなかなか魔力切れを起こさない。特に龍人の血を引くアルであれば尚更だ。

 

 加えて、どうして魔力を使い切る必要があるのかと言えば――操魔核に備わっている緊急機能を人為的に引き起こす為である。

 

 この緊急機能は体内の魔力が完全に空になると初めて発動するもので、大量の酸素と魔素を消費する代わりに一定値まで急速に魔力を生成してくれる機能だ。

 

 

 つまり、アルは己の適性が低い水を可能な限り出すことで保有魔力量を大幅に減らし、残りをできるだけ大きな炎球を連射することで枯渇させようという鍛錬だったのだ。

 

 豊富な魔力を持つ魔族からすると普通に魔術を使うよりも圧倒的に効果が出やすい。

 

 授業でこのことを聞いて以来、用がない限りやり続けているアルの日課だ。

 

 

 

 朝の澄んだ空気を大きく吸いながらアルは息を吐く。

 

「ふぅ~・・・も、むりぃ」

 

どう頑張ったところで6歳児の体力しかない。こうして空を眺めるのも日課の一つになりつつあった。

 

 最近はどんどん空が低くなってきた気がする。冬に差し掛かるのもそう遠くないだろう。心地いい疲労感にアルの思考も弛緩してきた。眠気が襲ってくる。

 

 朝の二度寝といこうかな―――あくびを一つしてアルが目をつぶったところへ、サクサクと草を踏み分ける二人分の足音が聞こえてきた。

 

「やっぱりここだったわね、アル」

 

「よくやるね~。ちょっと前に急などしゃ降り起こして叱られたばっかだよね?」

 

 アルが胡乱げに目を開けるとよく知っている2人がニコニコしてこちらを覗き込んでいる。

 

 黒髪に白い肌、額に二本角を生やした見た目だけは儚なげな美少女でおなじみの鬼人族の少女――イスルギ・凛華と、乳白色を帯びた短い金髪に小麦色の肌、尖った耳が特徴のいたずらっ子で有名な森人族の少女――シルフィエーラ・ローリエだ。

 

「おはよ2人とも、怒られたのはだいぶ前だよ。ふわぁ~・・・やっぱねむい。おやすみぃ」

 

 寝ころんだままのアルは2人に投げやりな挨拶をして目を閉じた。

 

「寝てないで起きなさい。トリシャおばさまがお茶とごはんわたしてくれってくれたのよ?いらないのね?」

 

 そんなアルに凛華はエサをぶら下げる。がばっと身を起こしたアルは2人の手元を見た。凛華のもつ木籠(バスケット)から美味しそうな匂いがする。

 

 まだ食べ盛りと言うほどでもないが魔力の大量消費は腹が減るものだ。それがわかっているからトリシャが持たせてくれたのだろう。

 

「ちょーだい」

 

「まだダメよ」

 

「アル、あっちの休憩所でたべよ?ボクたちも用があってきたんだ~」

 

 シルフィエーラはいつ頃からかボクという一人称を使うようになっていた。理由を訊けば、アルのが移ったと言う。

 

 何だかおちょくられている気がしたので一人称を俺に変えてしまおうかと少しの間真剣に悩んだものだ。トリシャが「まだぼくでいいの!」と強く主張したので納得いかないながらも変えずにいる。

 

「えぇ~とおいんだもん」

 

 疲れて少しわがままになったアルが口ごたえするが2人は聞く気はないらしい。

 

「いいから来なさいな」

 

「ほらいこうよ~」

 

 凛華とシルフィエーラは無理矢理アルを引き起こした。

 

 これは何かある。アルの勘がそう告げている。しかし何かまではちっともわからない。ズルズル連行されながら見てみると2人とも何やら上機嫌だ。

 

 そのウキウキしているような楽し気な様子からきっと悪いことではないはずだと自分に言い聞かせて、アルは大人しくついていくのであった。

 

 

***

 

 

 休憩所に着いたアルたち3人は、それぞれ向かい合うように座った。アルは木籠(バスケット)に入っていた母からの差し入れを早速パクつきはじめる。朝食もしっかりトリシャと食べているが小腹は空いていた。

 

 鬼娘と耳長娘はトリシャから多めに渡されていたお茶をコクコク飲んでいる。

 

 

 アルは夢中で小腹を満たし、最後にお茶をズズーッと啜ってようやくひと心地ついたらしい。すぐに用件を聞くべく口を開いた。どうでも良さそうなら寝る気でいる。

 

「ふはぁ~、それでどしたの?用って」

 

「よくぞ聞いてくれたわ!」

 

凛華が偉そうに腕を組み、

 

「これを見ればアルだってびっくりぎょーてんしてボクらを、あがめ・・えーと、そう!あがめたてまつるだろうね!」

 

フフンとエーラも勝ち誇った。

 

「わかんないよ?まだ見せてもらってないし?師匠はいつもすごいし?」

 

 その物言いになんとなくおもしろくなかったアルは即座に反論する。普段ならそんな言い方されようものならギャーギャー言い返してくる2人が今日だけは違った。

 

「言ってなさいな。今回はあんたの負けよ。きっとおどろくわ」

 

 凛華がフッと鼻で笑う。

 

「わー!びっくりしたー!」

 

「もーアルきらーい」

 

 すぐにおどけたアルにシルフィエーラがぷうっと頬を膨らませた。

 

「ごめんごめん。もったいぶるんだもん、はやく教えてよ」

 

 ちゃんと聞くよとアピールするアルに「じゃあ教えてやろう!」と言わんばかりにシルフィエーラが口を開く―――が、凛華が止めた。

 

「あたしが言うわ」

 

「え、まってよ凛華!ボクだって言いたい!」

 

エーラの言葉に口に指をちょんちょん当てて思案する凛華。

 

「むぅ~そうねぇ。あ、じゃあいっしょに言いましょうよ」

 

「そうこなくちゃ!」

 

凛華の閃いた案にエーラは即座に同調する。

 

「「いっせーの」」

 

そして綺麗に声を揃えてこう言った。

 

 

「「あたし(ボク)たち”魔法”がはつげんしたのよ(んだ)!!」」

 

 

 アルはピシッと固まり、

 

「えええええっ!?」

 

一拍置いたあとに仰天して大声をあげた。その様子に凛華とエーラは満足そうな笑顔を浮かべるのだった。

 

 

***

 

 訓練場の片隅まで移動してきたアルは2人の少女―――凛華とシルフィエーラに”魔法”を見せてもらおうとしていた。

 

「ふふふっ。アル~?やっぱりびっくりしたでしょ?」

 

青い瞳を楽し気に細めながら凛華が言う。

 

「うん、おどろいたから早く見せて」

 

 アルはと言えば”魔法”に興味津々で、さっき茶化していたときの態度は何だったのかというほど真剣に凛華を見つめていた。紅い瞳はキラキラというかギラギラしている。

 

「わ、わかったからそんなに見つめるのやめなさい」

 

 身を乗り出してまっすぐに見つめてくる幼馴染に、凛華は少々恥ずかしくなったのか顔を赤らめて注意した。トリシャ似のアルは幼い異性から見ても整った面立ちをしている。いくら幼馴染でも照れるというものだ。

 

「おかまいなく」

 

「かまうわよ!」

 

「ねぇ凛華ぁ~。たぶんアルこのまんまだよ?はやく見せてあげなよ。ボクだって待ってるんだから」

 

こうなったら梃子でも動かないアルをよく知っているエーラがそんな風に言うと、凛華も観念したらしい。

 

「じゃあ見せるわよ。すぅ~はぁ~・・・・っ!!」

 

大きく深呼吸をして”魔法”を発動した。

 

「・・・・・・?」

 

 しかしアルにはよくわからない。アルの知っている”魔法”と言えばトリシャの『龍体化』だ。凛華の背中とか腕とか特に変化はなかった。

 

「ぅん?ねえ凛華、もう”魔法”使った?」

 

これには凛華も声を荒げる。

 

「使ってるでしょ!?もうちょっとちゃんと見なさいよ!ここらへん!」

 

 そう言われたアルは凛華の指差した顔にじいっと視線を注いだ。

 

 ・・・何かキリッとした?薄っすら目元に紅っぽいラインが見える。

 

「ん~・・・ん~?なんかさっきより美人になった?いつもはもうちょっとかわいいが強くなかったっけ?」

 

「~~~~~~っ!?」

 

 予想だにしてなかったアルの言葉に凛華の顔が熟れたリンゴのように真っ赤になった。

 

 そんなことをほざいたアルの顔は純粋そのものだ。そもそも照れるほど早熟でもない。知識のストックが多少同年代の子供より多いだけで、前世の自分の恋愛事情なんかもそんな映画を見た程度の認識しかない。

 

 美人を美人と褒め、かわいいものはかわいいと愛でる。母と師の教育は確実にアルを女誑しの道に向かわせていた。

 

「鬼人族の”魔法”って美人になる”魔法”なの?それならできてたよ。いつもより美人だった」

 

 真っ赤になっている凛華へ、無自覚にアルは追撃を入れる。

 

「ちがうに決まってんでしょ!?このバカアル!」

 

 いよいよ火が出るほど顔を真っ赤にした凛華は噛みつくように反論した。

 

「えっ?ちがうの?じゃあわかんなかった」

 

間の抜けたことを言うアルと真っ赤な凛華をエーラはクスクス笑いながら種明かしをする。

 

「ぷっくくく、凛華顔あかいよ~かわいい~」

 

が、イジるのが先だ。

 

「エーラうるさいわよ!」

 

自覚があるのか鬼娘は否定はしない。

 

「アル、鬼人族の”魔法”は『戦化粧』っていうんだよ。顔に特殊なもんようみたいなのが浮かんで強くなるんだって」

 

「いくさげしょう?あっ!『戦化粧』か!なるほど!でも凛華は美人になっただけで強そうに見えなかったけど・・・筋肉とかもっとぐわって太くなったりするもんじゃないの?」

 

 手をポンと打ったアルは怪訝そうに訊ねた。翼が生えたり鱗が生えたりしていた母の『龍体化』に比べたら顔の印象くらいしか変わらない『戦化粧』とやらは強そうに見えない。

 

「っ!・・・なったりしないのっ!戦ったらわかるわよ!」

 

「でもぼく少しだけど魔術だって使えるよ?戦ったらぼくが勝つと思うんだけど」

 

「・・・じゃあ腕相撲とかけっこよ。あんたどっちもあたしより上でしょ」

 

 アルの日課を何度も見たことがある凛華は、あの火球を投げつけられたら『戦化粧』を使っていても軽傷じゃ済まないだろうと思ったので純粋な身体能力の勝負を持ちかけた。

 

「いいよ!でもさすがにぼく男だからね。いくら『戦化粧』ってのがすごくても凛華みたいな細い女の子に――――――――――」

 

アルも仲のいい幼馴染に魔術をぶっ放す気になれなかったので快諾する。

 

 しかし―――。

 

「ま、まけた・・・?」

 

 ガキんちょが呆然としながら四つん這いになっていた。そのガキんちょとは?当然”魔法”と幼馴染をナメていたアルだ。

 

「ふっふん!どうよ?すごいでしょ!!」

 

「ま、”魔法”ってズルいっ・・・」

 

 キラキラした笑顔を向けてくる凛華にアルは信じられないとこぼす。全戦全敗だった。なんてイカサマな力だろう。

 

「次はボクの番だね」

 

 打ちひしがれているアルにスススっと寄ってきたシルフィエーラが囁く。アルは戦々恐々としながら「お、おにっ、あくまっ!」と訓練場をワタワタ後ずさった。

 

「もう。ほらアル、逃げたらだめじゃない。次はエーラの番なのよ?」

 

 凛華が「しょうのない人」とでも言いたげにアルの手をガッシリ掴んだ上で立たせる。

 

「アルがもうわかったって言ってるのに3回も勝負させた凛華が悪いと思うよ」

 

「さ、どうぞエーラ」

 

 真っ当なシルフィエーラのツッコミをスルーして凛華がのたまった。逃げないようにしっかりアルの手を握っているあたり確信犯である。

 

「ちょうしいいなぁもう。じゃあアル見ててね!みんなー!いっくよぉー!」

 

 エーラの底抜けに明るい声が響いたと思ったら――ザザアっと訓練場の草木がざわめき、そこから蔓や根、茎がシュルシュルと伸びてきた。

 

 アルがその光景に唖然としていると、あれよあれよという間に3人のすぐ近くに柔らかそうな草木で編まれたイスが出来上がっていた。

 

「えっ、えっ?なに、今のどうやって・・・?」

 

当惑したアルの声を聞き、シルフィエーラはにんまりしながら答える。

 

「いまのが森人の”魔法”さ!その名も『精霊感応』だよ!!」

 

「せいれい、かんのう―――精霊?えっ、精霊なんているの?」

 

「いるよ!ボクらや鉱人族たちは”妖精の目”ってよばれる眼を持っててね!精霊が見えるんだ!」

 

 そう言うシルフィエーラの眼がいつもと違うことにアルは気づいた。普段の彼女の虹彩は新緑の葉を思わせる柔らかな緑色をしているのだが今は鮮緑に輝いている。

 

「ボクら森人に見えるのは植物と風と光、あと水の精霊だね。って言っても光の精霊はなかなかいないらしいしボクも見たことないんだけど。

 

 鉱人たちはまた別の精霊が見えるんだって。ボクらが森人って言われてるのも植物の精霊たちと仲よしだからなんだ~」

 

 エーラはニコニコしながら説明してくれた。どっかの意地悪な鬼人とは大違いだ。そう考えたアルの心を読んだのか、凛華がぎゅううっと手を握ってきたので慌てて質問を重ねる。

 

「精霊ってどんなんなの?」

 

「うーん、いろんな色で光ってるわた毛みたいな感じ?何か言ってるような気もするんだけど、言葉はわかんない。でもこっちの考えてることはなんとなく伝わるって感じかなぁ」

 

 「ほおほお」と返すアルの好奇心をいたく刺激されていた。”魔法”に精霊。興味が出ないワケがない。

 

「なんだかふしぎな生き物なんだなぁ」

 

「あ、生き物じゃあないんだって」

 

「へ?生きてないの?ずっとそこにいる、みたいな感じ?」

 

「ううん。動きまわってるよ?風の精霊とか楽しそうに風に乗って飛んでるもん。えぇっとね、言葉を持たない生き物の意思の集まり?なんだって。お父さんがそう言ってた!」

 

「へえ~。ラファルおじさんが言うならほんとだね」

 

 確認するように返したアルは己の好奇心によって、余計なことまで口走ったことに気づけなかった。

 

「おおっとぉアル?ねぇねぇ今のどーゆー意味かな?しんせつに説明してるボクに今なぁんて言ったのかなぁ?」

 

「え?うん?・・・・あっ!いやちがうよ?ほら大人の言うことならほんとのことかなって。別にエーラがいつもてきとーだから信じてないってわけじゃ―――――」

 

 冷や汗をかきながら言い訳をしているアルの言葉を遮るように、シルフィエーラが『精霊感応』を発動して叫ぶ。

 

「もんどーむよー!人のしんせつをあしげにした報いだ!みんなやっちゃって!」

 

 先ほどまでイスになっていた草木がほどけてアルの足に絡みついた。

 

「ちょ、エーラ待っ―――――――――――うひゃああああああっ!」

 

 そのまま自分の身長の何倍も高いところまで投げ上げられて()()()()()()の刑を受けるアル。降ろされた頃にはヘロヘロになっていた。

 

「うへぇ・・・お腹の中がぐちゃぐちゃになった気分」

 

「よけいなこと言うからよ」

 

「ホントだよ!」

 

「ごめんってば。結局2人の用ってこれだったの?」

 

 プリプリしているシルフィエーラと呆れている凛華にとりあえず謝りつつ、アルは用件はこれだけなのかと確認する。ヴィオレッタの授業があるのだ。

 

「もう一つあるわ。アルもあたしももう6才でしょ?あたしも”魔法”に目覚めたし、父さんに稽古つけてもらえるよう頼みにいかない?って言いに来たのよ」

 

 凛華がこっちも本題だと言いそうな表情でそう言った。

 

「あ、そっか。わかった。じゃ明日八重蔵おじさんとこ頼みに行こ」

 

 アルは快く頷いてそう返す。墓参りを済ませた次の日か次の次の日かに凛華と約束していたことだ。

 

「うん!」

 

 今日イチ魅力的な笑顔を見せる凛華に、アルはにっこり笑い返す。

 

「いいなぁ、2人はいっしょに剣教わるなんて。ボクなんて明日からお父さんとお母さんから弓の稽古だよ?”魔法”が使えるようになったんなら弓の練習だな!ってお父さん今からすっごい張りきってるんだよぉ」

 

 そんな2人が羨ましくなったのかエーラが愚痴りだした。

 

「いいじゃない。あたしなんて6才なったから剣教えてくれって頼んだら母さんと兄貴はやめとけって止めてくるし、父さんは『”魔法”覚えたらな』なんて言ったのよ!?」

 

 凛華はエーラと真逆だったらしい。なんとなく八重蔵以外の気持ちはわかる。流れを変えるようにアルは口を開いた。

 

「そういやマルクは?」

 

「マルクは今日家の手伝いだよ。ほら、妹か弟かもうすぐ生まれそうだからって。あ、”魔法”はまだだって言ってた。凛華は何か聞いてる?」

 

「あたしも”魔法”に関しては何も聞いてないわ」

 

アルはそれを聞いて意外な気分だった。使えるようになってると思っていたのだ。

 

「そっか。ぼくに気使ってるのかと思ってたよ」

 

「「?なんで?」」

 

本気でわからない。そんな顔をする2人に、

 

「ぼくが半分龍人で半分人間だからだよ。ぼくに”魔法”が発現するかわからないからだまってるんだと思ってたんだ。マルクは気ぃ使い屋だから」

 

アルはさらっと爆弾発言を落とす。

 

「「あっ!」」

 

凛華とエーラの表情は一瞬で青ざめ、すぐにアルへ謝りだした。

 

「ア、アルごめん!あたし嬉しくてアルが半龍人だって忘れてた。ごめんね、その嫌がらせのつもりとかじゃなくて」

 

「ごめんアル!凛華と舞い上がっちゃって、アルが”魔法”使えないかもとか考えてなった!ごめんなさい!」

 

アルは2人があまりにも真剣に謝ってくるため、少々たじろぎながら言葉を返す。

 

「え、いやちがうよ。そんなつもりで言ったんじゃないんだよ、ほんと!ぼくが『龍体化』を使えないかもって言うのは1年以上前にわかってたし。マルクのこと話してて思い出したくらいだからそんな顔で謝らなくていいんだよ」

 

 凛華とシルフィエーラは恐る恐るアルの顔を見て安堵した。ちっとも怒っているような気配はない。

 

「ほんとに?」

 

「許してくれるの?」

 

 それでもこわくなって上目遣いに鬼娘と耳長娘は訊き返す。しおらしい2人は可愛らしいが調子が狂う。

 

 アルは1年前にした墓前での宣誓を思い返して答えた。

 

「ほんとだから気にしなくていいんだよ。”魔法”使えないのを文句言ったり、気使わせたりって死んだ父さんのこと嫌がってるみたいでしょ?

 

 ぼくは”魔法”が使えなくても父さんみたいな強くて優しい人になる。そう決めてるんだから」

 

 あのときのことを思い出していたためかアルの紅い瞳は澄んだ輝きを秘めている。隠し切れない真っ直ぐな強い意思が眼光となって表れていた。

 

 

 2人にとってアルのその表情は知らないものだった。いつもの穏和な印象とは大きく違う決意を秘めた男の表情。

 

 そして何よりその眼だ。アルの印象的な紅い瞳は強く透き通った輝きを発していた。凛華とエーラは思わず魅入られたように見つめてしまう。胸がドクンと動悸した。

 

「ん?どしたの?」

 

 アルは一瞬でいつものアルへと戻りキョトンとした顔で問いかける。

 

「な、なんでもない」

 

「うん。その、許してくれてありがと」

 

「だから怒ってないってば」

 

 そんなアルの声を聞きつつ2人は「はあっ」と息を吐いてコッソリ胸を抑えた。ドキドキしている心臓はまだうるさい。

 

 

 その後昼になるまで3人は他愛もない話や遊んで過ごしていたが、凛華とエーラのアルを見る目は少しだけ変わっていた。

 

 

 さっきのアルの表情は何だったのか?あの紅い瞳に何を感じたのか?凛華とシルフィエーラの2人がこの時の感情を理解するのは数年後のことである。




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