日輪の半龍人   作:倉田 創藍

110 / 158
4話 『紅蓮の疾風』と氏族の噂

 ”鬼火”の一党が鋼業都市〈アイゼンリーベンシュタット〉に着いた翌日のこと。

 

 アルクスら6名と1羽は当初の予定通り、朝から市内の観光に出かけていた。

 

 昨夜、『黄金(こがね)の荒熊亭』の主人”荒熊”ロドリックとその妻グレース、そして古株の従業員ライモンドに訊いた観光名所をある程度巡り、現在は夕刻に差し掛かりつつある。

 

「お魚、ここから仕入れてたんだね~」

 

 シルフィエーラは手で庇を作り、都市西端を流れる大運河を見つめながら「うっひゃあ~、広ぉ~い!」と、楽しそうな声を上げた。

 

 彼女の言った通り、運河の幅は相当広いようで、向こう岸で動く人影が豆粒並に小さく見える。

 

 また、広い河面にはたくさんの船が並んでいた。艇が少数、残りは舶だ。

 

 所々(ところどころ)に木材が覗いているものの、船殻や艤装は大半が金属製のようで夕陽を鈍く照り返している。

 

「みてぇだな。んで、あれがライモンドさんの言ってた造船所か」

 

 マルクガルムの視線は、水面へ向けて口を開く、河辺(かわべ)りの建物群に向けられている。年季の入った古そうなものから比較的新しそうなものまで、数がなかなか多い。

 

「造船所と言うからには、もっと大きな建物があるのかと思ってたが」

 

 ソーニャも頷きつつ、そのように述べた。

 

 数十年前に造船の民間許可が下り、新興の造船所が出来たり潰れたり、盛んに行われていると聞く。大商会なんかも手を出しているそうだ。

 

「案外あるもんだなぁ。あ、でもあの船は小さい。川を行くやつかな」

 

 アルが騎士少女の末尾を引き取りつつ、河岸を差す。そこには彼の前世にもあったような、比較的小さい船艇が浮かんでいた。

 

 大運河から都市や都市外へと流れる細い河川を利用した水運業もやっている、と聞くからきっとそれなのだろう。管理は大変そうだが、こうして見れば便利が良さそうだ。

 

「そうじゃないかしら? ――さぁて、これで紹介されたとこは大体見たわね。最後に協会の場所でも確認しとく?」

 

 夕陽の照り返しに青い瞳を細めていた凛華が、アルに向き直る。

 

「『黄金の荒熊亭』から中央に少し行ったところ、と仰ってましたね」

 

 ラウラも出掛けに訊いた武芸者協会の所在を思い返しつつ、賛成した。

 

「そだね。支部にちょこっと寄って、今日は帰ろっか」

 

 アルがサッと方針を纏めると、すかさずエーラが使い魔の名を呼ぶ。

 

「ひすーいっ! 戻っておいでー!」

 

「カア~」

 

 途端、上空を翔び廻っていた三ツ足鴉が黒濡羽をばさり、とやりながら舞い降りてきた。

 

「おかえり~、どうだった? おもしろい景色は見れた?」

 

「カアカアッ!」

 

「ふふ、楽しかったみたいね」

 

「今までの都市と趣きがかなり違いますからね。物珍しいんじゃないでしょうか? 翔べる翡翠が少し羨ましいです」

 

 三人娘が腕に留まらせてやって可愛がる。

 

「じゃ、行こっか」

 

「おーう」

 

「うむ、了解だ」

 

 そんな和やかなやり取りと共に、”鬼火”の一党は武芸者協会〈アイゼンリーベンシュタット〉支部へと出向くのだった。

 

 

 * * *

 

 

 それから2時間も経たぬ内。

 

 特に迷うこともなく支部に辿り着いた彼らであったが、6名が6名とも、何とも言えぬ表情を浮かべていた。

 

 支部の建物自体は都市が違うからと言って、そう大きく変わりもしなかったのだが――……そこにいる人々の様子が違うのだ。

 

 どういうわけか、雰囲気が奇妙なまでに張り詰めていた。

 

 今日は顔見せ程度のつもりだったので認識票を出さずに入ったのだが、あちらこちらから値踏みするかの如き、不躾な視線が送られてきている。

 

 かといって、ラウラやソーニャに好奇の視線が集中している、というわけでもない。

 

 ()()()だ。一党の面々全員へ、品定めしているような――……まるで価値を見極めようとしているような視線を送ってきていた。

 

 居心地の悪さを感じたアルが食堂の方へと視線をやれば、(たむろ)している集団が一つ、二つ、三つ。見るからにチンピラらしき者もいれば、そうでもなさそうな風情の者達もいる。

 

 彼らは目を逸らさず、じい……っとこちらを見つめていた。

 

「……ひとまず、今日は退散しようか」

 

「……だな。どうにも気分の良い視線じゃねえ」

 

 アルが口をあまり動かさずに言うと、マルクも不愉快そうな顔を隠しもせずに顎を軽く引く。

 

「なんか変な感じ」

 

「ええ、不気味よ」

 

「落ち着きませんね」

 

「うむ。一体なんなのだろうか」

 

 女性陣もそう呟きながら、サッと踵を返した。アルとマルクがそれとなく彼女らを護るような位置について歩き出す。

 

 結局、ジロジロとした無遠慮な視線は彼らが支部を出るまで続いた。

 

 それらを見た協会職員らが誰ともなしに「はぁ……」と、溜め息をつく。彼らはここ数年前から、ずっとこうだ。止めるどころか、日増しに酷くなっていく。

 

「……おい」

 

「……ん、いこ」

 

 視線を飛ばしていた集団から、少し離れた位置で所在なさげに立っていた2人組の男女――未だあどけなさの残る若い武芸者も、6人の後を追うように支部を出て行った。

 

 彼らが昨晩、宿で”鬼火”の一党を見つめていた2人である、というのは支部にいた武芸者らは勿論のこと、アル達も知らない。

 

 

 

 『黄金の荒熊亭』に戻ってきた一党の面々は部屋に背嚢を置き、早めの夕食を摂っていた。明日から仕事(依頼)を始めるつもりである。

 

「……さっきの、何だったんだろ?」

 

 提供された料理をぱくっとやったアルが、考え込むような顔でぽつりと呟く。”さっきの”とは、支部で感じたあの視線の束についてだ。

 

「さあな。人間二人、一目瞭然で魔族だってわかる二人が注目されるってんなら、まだわかるが――……俺らにも来てたぜ? あの妙ちきりんな視線」

 

「だーよなぁ。しかも……こう、なんて言うのかね? こっちを値踏みしてるっていうか、測ってるっていうか、そんな感じだった」

 

 マルクも同じものを感じていたらしく、「確かに」と肯定した。

 

 所謂いやらしい視線なら男衆に向くことはないし、そもそも帝国の武芸者でそういう視線を向けてくる者は等級の低い者がほとんど。大抵は、物珍しそうな目を魔族組に向ける程度だ。

 

 しかし、今日の連中からはそういったモノとは別モノな視線を感じたし、中にはそこそこ戦えそうな者もいた。

 

「実害がないなら放っとくしかないんじゃない?」

 

 口の中のものを呑み込んだ凜華があっけらかんと言う。鬼人族の美少女だ。最も視線を向けられやすいせいで、奇異の眼にも大概慣れている。

 

「そうだねぇ。あっ、ありがとねマリオンちゃん」

 

「はーいっ!」

 

 飲み物を持ってきた”荒熊”の娘――半獣人のマリオン(少女)へ礼を言いながら、エーラも首を捻る。

 

 そもそも森人族は帝国で最も見られることの多い魔族だ。わざわざあそこまでジロジロ見られること自体、不思議でならなかった。

 

「気持ち悪い、というより落ち着かない視線でしたね」

 

 ラウラも男衆と似たような感覚を覚えたらしい。

 

「……考えても(らち)が明かないな。警戒だけはしておこう」

 

 頭目として、アルが真面目な口調でそう結ぶと、

 

「だな」

 

「ええ」

 

「わかった」

 

「はい」

 

 4名は即応した。だが、声が一つ足りない。

 

「ん?」

 

 どうかした? と、言いたげにアルが返事を寄越さなかった仲間の少女を見れば、

 

「あっ、すまん。了解した」

 

 ソーニャは直ぐにハッとして、何でもないのだと言いたげな素振りで返事をした。

 

「何か考えてたのか?」

 

 彼女の様子が気に掛かったのか、人狼青年が問う。

 

「あー……うむ。レーゲン殿達に訊いてみるのはどうか、と思ってな」

 

 するとソーニャは少々複雑そうな表情で答えた。

 

「レーゲンさんに?」

 

 アルが鸚鵡返しに問うと、

 

「うむ。イリスに槍の稽古をつけてやってるのだろう? アル殿が、母上殿や師匠殿から貰った手紙と一緒に『黒鉄(くろがね)の旋風』からも手紙を貰ったそうだし、あの空気はどうにも奇妙過ぎたからな。『南部なら大抵の都市に行ったことがある』と言ってたし、訊いてみてはどうだろうか? と、思ったのだが……」

 

 こんなことをいちいち訊くのもな。と、騎士少女は手元で肉叉(フォーク)を弄びながら、末尾を結んだ。

 

「気のせいじゃないのは確かだし、ありなんじゃないかしら?」

 

「そだね。あの六人なら色々詳しそうだし」

 

「迷惑だなんて言われる方々でもないですしね」

 

 三人娘は騎士少女の提案に前向きなようだ。

 

「うーん、そうだね。けど俺達のことを見慣れてなかったってだけかもしれない。明日依頼を請けに行って、それでも収まらなそうなら手紙を出そう」

 

 アルはソーニャが『迷惑ではないか?』と気にしていることも考慮した上で、後日連絡するという決定を下す。

 

「うむ、承知した。良いと思う」

 

 それなら確実だ。と、彼女は気掛かりが片付いた顔で満足そうに頷いた。

 

「ところで、そのレーゲンさん達から届いた手紙、何て書かれてたんだ?」

 

 マルクも口振りを平素のそれに戻し、白身魚の姿蒸しに口をつけながら親友兼頭目に訊ねる。

 

「ん? ああ、後で見せようとは思ってたんだけど、『四等昇級おめでとう』ってさ。レーゲンさんからは〈羅漂雪〉討伐の件について、お褒めの言葉とか色々。ハンナさんからは主に俺への文句だね。『イリスちゃんにあの講義はまだ早いでしょ? あんた何考えてんの?』って」

 

「あははっ! だいぶ先のことまで纏めてたもんねぇ」

 

 アルが肩を竦めながら手紙の内容を言うと、エーラは快活な笑い声を上げた。

 

 何と言っても、彼の従妹イリス・シルト用に作られたアル謹製の魔術教本には、大魔導たるヴィオレッタが彼以外の魔族組3名に講義した内容が、ほぼほぼそのまま網羅されているのだ。

 

「うん。ハンナさんが荒れてるのは『気刃の術』の独自化に手間取ってるせいだから大目に見てくれな、ってレーゲンさんが走り書きしてた」

 

「ふふっ、あんたも特大の置き土産残したわよね」

 

 凛華も、気の良い先輩武芸者一党の変わらなそうな様子に想像がついたのか、涼やかに笑う。

 

 武芸都市にて、アルが別れの餞別がてらに彼らへ贈った独自魔術『気刃の術』。

 

 既存概念を前提に創られていないこともあって、術核そのものが複雑精緻に入り組んでおり、専用に派生させていない汎用状態でも、理解には相応の知識と時間が必要となるのだが――……。

 

 斯様な術を「魔術の覚えがあるから」と、仲間全員分の専用独自化を一挙に任された副頭目のハンナが大層苦労しているそうな。

 

 然もありなん、といったところである。他の魔族組でも匙を投げることだろう。

 

 そのうえ、イリス専用にだけはしっかり独自を創ってやっているのだから、ハンナが「あんのガキンチョ!」と目くじらを立てるのも致し方ないことなのである。

 

「他の四人からは?」

 

「えーと……確かケリアさんとプリムラさんは、ランドルフさんの手伝いで今〈ウィルデリッタルト(武芸都市)〉にいないんだってさ」

 

「そうなのか」

 

 マルクとソーニャが「へぇ~」と相槌を打つ。

 

「うん。で、ヨハンさんとエマさんは焦ってるらしい」

 

「アルさん達に等級が追いつかれそうだから、ですか?」

 

「みたいだよ。『もっとゆっくりで良いからな?』ってヨハンさんから来てたし。エマさんはイリスのことだったよ。『良い槍術士になれそうだ』ってさ」

 

「ふふ、ヨハンさんらしいですね」

 

 ラウラは花がほころぶような笑みを浮かべ、

 

「イリスは伯爵令嬢であることを忘れてないか?」

 

 反対にソーニャは少し渋い顔をした。天真爛漫な恋の好敵手(ライバル)だ。このまま”鬼火”の一党に来られても困る。

 

「あはっ、懐かしいねぇ。でもヨハンさんが心配するほど直ぐには功績溜まんないよね? この都市では地味にいくつもりでしょ?」

 

「うん、ちょっと目立ち過ぎたからね。堅実に行く」

 

 耳長娘の質問――というか確認に、アルは肯定を返した。

 

 着実に、地味に。キナ臭いものには関わらない、と。

 

 しかし、鬼娘がニヤリと笑う。

 

「できるのかしら?」

 

 行く先々で何やかんやと大事件に巻き込まれること幾数回。武芸者になってから、ずっとこの調子だ。

 

「滅多なこと言うの、やめようか」

 

 アルも自覚はあるようで、苦ぁ~い顔をする。

 

「クカカ、カア~」

 

 と、そこでお腹がいっぱいになったらしい夜天翡翠が長椅子の端に着地した。途端、(そば)で給仕をしていた半獣人の娘が黒い尻尾をひくひくと揺らす。

 

「アル」

 

 故郷に同じくらいの歳の妹がいる人狼青年は直ぐに気付き、

 

「ん?」

 

「マリオンが翡翠と遊びたいそうだぞ」

 

 騎士少女は微笑ましそうにそちらを示した。

 

「ああ。翡翠、いいかい?」

 

「クカ? カア~」

 

「いいってさ。どうぞ」

 

 確認を取ったアルが腕に使い魔を留まらせ、半獣人の少女に抱かせてやる。

 

「わあっ! えと、ありがと!――じゃなくてありがとーございます!」

 

 無邪気なマリオンが尻尾をゆらゆら、鴉にしては大きな三ツ足鴉が頸をくりくりとさせて戯れている光景は、なかなかに心洗われる。

 

「やっぱり、可愛いわ」

 

「ね、どっちもすっごい可愛い~」

 

「ええ、ですねっ」

 

 三人娘が少女と魔獣を眺めて口元をほころばせた――……その時だった。

 

「お、おい」

 

 不意に見知らぬ声。どうやらこちらの卓に向けたもののようだ。

 

 6人が一斉にそちらを向けば、色素の薄い羊毛色(ベージュ)の髪、左頬に太い一筋の傷痕をつけた青年が立っていた。

 

「その、あーっと……」

 

 集中した視線に頭の中が真っ白になったか、青年が左頬の傷痕をポリポリと掻きながら言葉にならぬ声を出す。

 

 彼の後ろには、おどおどしている焦げ茶髪の少女もいた。2人とも、年齢は”鬼火”の一党の面々より一つ、二つ上といったところか。

 

 少女の方は何も持っていないようだが、青年の方は2m(メトロン)近い幅広刃の薙刀(グレイブ)を肩に引っ掛けている。

 

 きっと武芸(同業)者だろう、と判断したアルは、

 

「ええと……何か?」

 

 一党を代表して用件を訊ねた。

 

「あ、その……」

 

「デ、ディーくん、今日はやめない?」

 

 言葉に詰まる青年――ディー(なにがし)の裾を、少女が後ろからくいっと引く。

 

「っ! いいや、やるさ!」

 

 しかし、ディー某は憤然と言い返し、俄然やる気を漲らせた。

 

「あの、物騒な方の”やる”なら、今直ぐにでも潰しますよ?」

 

 だが、赤褐色の瞳を細めたアルがぴしゃりと冷や水を浴びせ、彼の台詞に呼応したマルクがこれまたひやりとした殺気を当てる。

 

「っ!? そっちの”やる”じゃねえ! あ、挨拶だ! 挨拶をしておきたかったんだ!」

 

 マリオン(半獣人)でさえ気付かぬほどの小さく鋭い殺気を感じ取ったディー某は、背筋を泡立たせながら、慌てて首を横に振って見せた。

 

「挨拶? ですか?」

 

 真意を掴めず、アルが怪訝そうに問い返す。

 

「そうさ。お前ら、あの”鬼火”の一党だろ?」

 

「どうしてそれを?」

 

 驚きつつも、声音には乗せず。受付のライモンドが宿泊者名が載っている台帳を見せるはずもない。

 

「そりゃ、昨日のロドリックさんとのやり取りも見てたし……その、あー、悪ィ……『レーゲンさん』とか『ハンナさん』ってのも聞こえてよ。それって、『黒鉄の旋風』のあの二人のことだろ? んで、あの三等級一党と仲の良い新人一党で、お前らみたいな強そうなのっつったら”鬼火”しかねえ。そう思ったんだ」

 

 そこまで訊いたアルが「ひとまず」といった具合に視線をちらりと送り、マルクがすう……っと殺気を収める。

 

 ディー某はホッとしたような顔をした。が、まだ強張りは抜けていない。

 

「『黒鉄の旋風』の知り合いですか? 聞いた覚えはありませんけど」

 

 アルは少しばかり雰囲気を和らげて問い掛けた。

 

 ディー某と後ろの少女から害意は感じない。知覚できる感覚に最も近いとすれば、隠れ里にいる人虎族カミルやニナの発していた雰囲気だろうか?

 

 少なくとも、悪意の類じゃなかった。

 

「や、武芸者になってから知り合ったってわけじゃなくて、憧れっつうか。ええと、昔……もっとガキの頃、魔獣から助けて貰ってさ、そんで……」

 

「へ、それじゃあの六人に憧れて武芸者になったってこと?」

 

 凛華が透き通った青い瞳をぱちくり。

 

「お、おう。そうだ」

 

 異種族ではあるものの、どこをどう見ても美しい相貌の鬼娘から問われた薙刀使いはドギマギしたらしく、年頃の青年らしく落ち着かなげに視線を彷徨わせる。

 

「挨拶とは、一体どういう意味だ?」

 

 ソーニャはまだ警戒を解いていないのか、少々語気が強い。

 

「それは、お前ら”鬼火”の一党の、あー、えーと………………悪い、やり直しても良いか?」

 

「どうぞ」

 

 青年の素直そうな気質を見て取ったアルが先程より柔らかく応じる。

 

「お、オレは六等級一党『紅蓮の疾風(はやて)』の頭目、ディートフリートだ。こっちは副頭目のレイチェル。個人でも、二人とも六等級の新人だ」

 

 そう言うと、ディー某もといディートフリートは胸元から認識票を取り出して見せた。後ろのレイチェルも同じようにしている。

 

 外縁(ガワ)も中身も水宝石(アクアマリン)認識票(プレート)。ちょっと前までは、ラウラとソーニャもその色だった。

 

「”鬼火”の一党、頭目のアルクスです」

 

 アルが僅かばかりの驚愕と共に挨拶を返す。

 

 六等級と云えば、兵士(歩兵)級とも評される実力。

 

 彼らより等級が一つ上のラウラとソーニャは、これでも良いところのお嬢様だ。

 

 追われるかもしれないとの焦りと必要に迫られて、戦う術を祖父の私兵から学んでいたし、その後も魔族組の指導の下で日夜鍛錬している。積んできた経験とて伊達じゃない。

 

 つまり、自分達より一つ、二つ年上とはいえ、新人でその等級だと認められている実力に少々驚いたのである。

 

「ああ、知ってる。お前らの活躍は『月刊武芸者』で読んだからな。ていうか、その……なんだ。そんな喋り方しなくていい。オレらより上の等級だし、年齢(とし)だってあんま変わんねえだろ?」

 

「そう……? じゃあ普通の喋り方で。それで、ええと――……挨拶、だけ?」

 

「いいや。だけじゃねえ。あの『黒鉄の旋風』と仲が良いみたいだし、どんな奴らなのか見たかった。――ってのはある。けど、あー、その。オレらはさ……あんま自分で言いたくねえけど、これでも、この都市じゃ”期待の新人”って言われてんだ」

 

「新人で六等級だし、間違ってはねえんだろうな」

 

「うん」

 

 話の終着点がわからぬまま、マルクが合いの手を入れ、アルも頷く。

 

「けど、少し遅れて登録したお前らは最初から六等級だったし、『月刊武芸者』でも何回も取り沙汰されてるし、すげえ功績もバンバン積んでるだろ? 何つうか、だいぶ前からオレは意識しててよ。だから……今はお前らのが上だけど、絶対負けねえ。いつか追いついてやるからな! ずっとそれを言いたかったんだ」

 

 ディートフリートは経緯を話していき、最終的に晴れ晴れとした顔で言い切った。

 

 ”鬼火”の一党が揃ってぽっかーんとする。

 

「ディーくん、やっぱり無謀だよ……! ほら、誰も何も言ってこないじゃん」

 

「うっ……い、いや、けど負けらんねえだろ」

 

「大体、いきなりそんな(はなし)して、『じゃあ決闘やろう』とか言われたらどうするの? 負けちゃうじゃん!」

 

「そんなのやってみなけりゃ…………いや、うん、まあ今は負けるけどよ」

 

「ほらぁ! それに、一党って言ったって二人しかいないんだよ!? 多勢に無勢でしょ!?」

 

「わ、悪い……」

 

 後ろの少女とひそひそと口論した末、ディートフリートがしょんぼりする。

 

「あ、いや! 馬鹿にした、とかじゃなくて、むしろ真っ直ぐな物言い過ぎてびっくりしただけ、です?」

 

 ハッと再起動したアルは直ちに弁明した。

 

「わたしもディーくんと同じで、普通に話してもらって大丈夫かな」

 

「じゃあ、ええと、うん。ビックリしただけだよ。まさか、ここまでド直球に言ってくる人がいる、なんて考えもしてなかったから」

 

 柔らかそうな焦げ茶髪を肩まで下ろした少女――レイチェルに、アルが言い直すと、

 

「……だな。もうちっとこう、腹に一物あるんじゃねえかと思ってた」

 

 マルクも似たような感想を述べる。

 

「ねえ、『紅蓮の疾風(はやて)』って言ったよね? 『黒鉄の旋風』に似てるのって――」

 

 耳長娘は一党名が気に掛かっていたようだ。

 

「そりゃあ、オレらが尊敬してる『黒鉄の旋風』にこう、なんてーの? 印象を近づけたかったんだよ。な?」

 

 ディートフリートは振り返って相棒を確認したが、当のレイチェルは困ったような顔をしている。

 

「ううん……? わたしもあの人達のことは尊敬してるけど、別に名前は因まなくてもいいんじゃないかなって」

 

「えっ!? そうなのか? もう一年近くこの名前でやってるのに」

 

「言い出しにくかったし、わたしに案があるわけでもなかったから……」

 

「そ、そうだったのか……」

 

「ごめんね、ディーくん」

 

「う、い、いや構わねえさ」

 

 衝撃(ショック)を受ける薙刀使いの青年に、少女が申し訳なさそうな顔をする。今のやり取りだけでも、この2人の関係性が推し量れるというものだ。

 

「あー……座っては?」

 

 ソーニャが見兼ねてそんな言葉を掛ける。彼女としても魔族組が警戒を示さないのであれば、特段異論もない。

 

「お、おう。なんか悪ぃな」

 

「すいません」

 

 『紅蓮の疾風』が端の方でちょこんと向かい合って座る。

 

「あー……」

 

 何を話せば良いんだろう? と、アルが迷っていると、

 

「その匂い……そういや協会にもいたよな?」

 

 鋭い嗅覚()が覚えていたらしいマルクが訊ねた。

 

「え? あ、おう。お前らが入ってきたのも見てたぞ」

 

 ディートフリートが素直に頷く。

 

「いたけど、どうかしたの?」

 

 レイチェルが不思議そうに訊ね返すと、人狼青年だけでなく他の面々も頭目に視線をやった。

 

「あの場にいた武芸者から変な視線を感じたんだけど、あれは何?」

 

 仲間の意図を正確に汲み取ったアルが、事情を知っていそうな2人へ訊ねる。

 

 すると、ディートフリートは直ぐに何のことかわかったらしく、忌々しげにこう吐き捨てた。

 

「ああ、アイツらか。氏族の連中さ」

 

「氏族?」

 

 凛華が耳慣れぬ単語を鸚鵡(おうむ)返しに訊く。

 

「うん。武芸者が勝手に作ってる団体」

 

 レイチェルも眉を八の字にさせて応えた。

 

「どうしてそんなことを?」

 

 ラウラが当然の疑問をぶつける。〈ウィルデリッタルト(武芸都市)〉や〈ベルクザウム(山岳都市)〉に、そのような響きの集団はいなかった。

 

「なんでも合同依頼が取りやすい、とか」

 

「人数足りなくても臨時で組める、とか」

 

「知り合いの鍛冶工房で割引にして貰える、とか」

 

「けど入会金やら月賦やらで、何だかんだ金取られる」

 

「随分、詳しいな」

 

 ソーニャがどこか呆れたように言う。

 

「この都市に来たばっかりの頃、わたし達もそうやって絡まれたから。『ウチに入れ』ってさ。ロドリックさんに助けてもらわなかったら、ディーくんはボコボコにされてたと思う」

 

 後でかなりタチの悪い氏族だってわかったんだ。と、レイチェルは首をふりふり、そう応えた。

 

「ボコボコって……穏やかじゃないね」

 

 エーラが細い金眉を(ひそ)める。

 

 どうやら氏族とやらは、自分達の組織に加入しなければ集団で私刑(リンチ)紛いのことまでするらしい。

 

「定期的にここのお貴族様が憲兵差し向けて、酷い連中な時はぶっ潰したりもしてるって聞いてんだけど、一個潰れちゃまた新しいのが……って感じでよ」

 

「へぇ……」

 

「連中だって馬鹿じゃねえ。法に触れないギリギリをついてる。ま、依頼を無理矢理取るなんてこたぁ、協会が許さないから仕事はできる。そこは安心して良いらしいぜ」

 

 つっても、デッカい依頼はやっぱ取られちまうんだけどさ。と、ディートフリートが肩を竦める。

 

 帝国の武芸者協会は非常に厳しいことで有名だ。

 

 不正を働いているのがバレた時点で、一斉に取り調べが入って比較的重い罰則を与えられるし、場合によっては支部そのものを取り潰すこともあれば、上層部ごとそっくり入れ替えになることもある。

 

 そうなると武芸者自体も生活ができなくなるので、どの氏族も協会には手を出さない。

 

「ってことは、あの視線は――」

 

「たぶん、あなた達を勧誘しようとして牽制し合ってたんだと思う」

 

 呟かれたアルの台詞を引き継ぐようにして、レイチェルが結論を述べた。

 

「そういうことか……面倒だなぁ」

 

 この都市に腰を据えるつもりがない”鬼火”の一党には、とことん(はた)迷惑な話だ。

 

「だろ? オレらもその話をロドリックさんとライモンドさんに聞いたから、何とか等級を上げようと依頼請けまくってんだよ」

 

「なーるほど。『庇護なんぞ要らねえ』って、証明するためか」

 

 得心がいったような顔をして、マルクがレイチェルの方に視線をやる。

 

「そっ。苦労したんだぜ、これでも」

 

 軽い口調で応じながら、ディートフリートの目も相棒の方に向いた。

 

 レイチェルは年相応に線も細く、体格も朱髪少女と変わらない――つまり、どう見ても後衛寄りの少女だ。

 

 そんな彼女へ無頼漢共の勧誘が及ばぬよう手を払い除け、協力し合いながら依頼を熟して功績を積むには、そこそこ骨が折れただろう。

 

「ここに根を下ろすの?」

 

 耳長娘が訊ねると、薙刀遣いの青年は首を横に振り、

 

「ひとまずある程度等級を上げて、どっか別んとこに河岸を変えようと思ってる。ようやくマトモな生活も送れるようになってきたし、隣の芸術都市なんかに移っても良いよなって話してたんだ」

 

 ここは武芸者の数も多いしな。と、続けた。

 

「ふぅん。それで、さっきから気になってたけど、あんた達付き合ってるの?」

 

 と、そこに顔色一つ変えないままに鬼娘がぶっ込む。

 

「ふえ!? ちっちちちちちがうよ!? 大声で何言ってるのっ!? ねっ、ディーくん? ちがうもんね?」

 

 途端、レイチェルは顔を真っ赤にして、あわあわ、ばたばたと否定した。察するに余りある反応だ。

 

「えっ? あ、お、お、お、おう」

 

 勢いに圧されたディートフリートもカァっと顔を火照らせ、然れど僅かに悲しそうな、複雑そうな顔でこくこくと頷く。

 

 こちらはこちらで何とも初心過ぎる反応だ。

 

「ま、そっちはいいや。その氏族とやらの回し者ってわけじゃないみたいだし」

 

 しらっとした目を向けていたアルが内心で『警戒は下げて良い』と判断し、果実水をぐびっとやれば、

 

「そ、それはねえよ。ロドリックさん、氏族の連中は絶対入れねえんだってさ。結構前、店で氏族同士の乱闘があったらしくて、それ以来入れてないんだと」

 

 まだ耳の赤いディートフリートがそのような言い様で手を振る。

 

「大変だねぇ、ロドリックさん達も」

 

 エーラは今度こそあからさまに顔を顰めた。

 

 ハッキリ言って、この耳長娘はそういう面倒事が大嫌いなのだ。

 

 心底同情するように緑瞳を厨房に向け、猫耳の生えていないマリオンの黒髪を優しく撫でた。

 

 ちなみに半獣人は、身体の一部に獣人の証が出る。彼女の場合、尻尾と足だ。

 

 可愛らしく、にぱっと笑って三ツ足鴉を抱き上げる少女に、毒気を抜かれたような顔をしたディートフリートがハッとし、

 

「っと、そうだ。『黒鉄の旋風』の活躍、教えてくれよ。『月刊武芸者』に載ってない話とか、たくさんあるんだろ? 手管を教えてくれ、とは言わねえからさ」

 

 と、頼み込む。どうやら彼にとって、あの一党は本当に英雄らしい。

 

「別に良いけどさ。そっちも面倒臭そうな氏族とか、教えてくれない?」

 

「お、情報交換ってやつか。良いぜ。そういうの、やってみたかったんだ」

 

 こうして、”鬼火”の一党は新たに知り合った武芸者一党『紅蓮の疾風(はやて)』と先輩達の話をしたり、絡まれると厄介な氏族の名を教えてもらったりして、夕食の時間を過ごすのだった。

 

 

 

 同刻――……厨房と料理を載せる待受台(カウンター)にて。

 

 禿頭の中年従業員は一人汗を拭っていた。

 

「ぬ゛ぅぅぅ~……揉めなかったか。冷や冷やしたぞ」

 

「はは、あの子達は大丈夫だって言ったろう? 昔からライモンドは心配性だなぁ」

 

 眉尻を下げてくすくすと巨体を揺らす”荒熊”ロドリックとライモンドは、年若い武芸者二党を眺めてそのようなやり取りを交わしていたりする。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。