日輪の半龍人   作:倉田 創藍

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7話 花の街〈ブルーメンコルプ〉

 アルクス率いる”鬼火”の一党、及び『紅蓮の疾風(はやて)』――総勢8名と1羽による合同護衛は、現在のところ順調だ。

 

 鋼業都市〈アイゼンリーベンシュタット〉から南東におよそ52km(キリ・メトロン)に位地する”花の街”〈ブルーメンコルプ〉への往路にも、特段障害と呼べそうなものはなかった。

 

 アウグンドゥーヘン社の男性記者カーステン、そして記者見習いのミリセント・ヴァルターの一般人2名の体力を鑑みて多めに休憩を取り、昼食もしっかり摂って地竜と馬を歩かせ――……。

 

 太陽が西南西の稜線に隠れていく光景に目を細めつつ、目的地に到着した。

 

 尚、”鬼火”の一党が今回借りた地竜は――騎乗して走らせたら直ぐにわかるのだが、馬とはまた別の独特な()()がある。

 

 四脚の馬に対して、二脚の地竜では拍子(リズム)が違うのだ。

 

「ちょっと……お尻が痛いです」

 

「私も腰が妙に凝った気がする」

 

 最初の休憩時、知らぬがゆえに「こんなもんか」という反応の魔族組と、知っているがゆえに顕在化する違和感に少々苦労したのか、ラウラとソーニャは揃って渋い顔をしていた。

 

 地面と近いのも少し恐かったらしい。

 

 一方で、おそらく誰よりも楽しんでいたのがアルだ。

 

 地竜の背は、地面から高さおよそ85~100cm(ケント・メトロン)。彼の前世に存在していたバイクのシート高がこのくらいである。

 

 流れてくる景色と風を切る感覚に、心の何処か奥の方から懐かしさが込み上げてきて、思わずアルは笑みを浮かべていた。

 

 その楽しい、という感情が伝わったのだろう。

 

 地竜は休憩中も矢鱈とご機嫌で、彼が鬼娘と耳長娘と一緒に捕まえてきた野兎(のうさぎ)を夜天翡翠と仲良く啄んで甘えていた。

 

 やはり龍人族の血を引いているからか、アルは龍種・偽龍種(俗に言う竜種のこと)から気に入られやすいらしい。

 

 更に余談だが――街道沿いには、当然の如く宿場(しゅくば)が存在しているのだが、こちらもまた、彼の前世に存在したものとは形態が大きく違っていたりする。

 

 前世(あちら)の、主に江戸時代頃に賑わっていた、旅籠(はたご)がみっしりと軒を連ねる雑多な通り――……と云った風情はない。

 

 短く言い表すとしたら、2~3階建てほどの高さの横広な石造りの円塔、だろうか?

 

 チェスの移動城塞駒(ルーク)を上から圧し延ばしたような形状だ。

 

 帝国建国以前の関所跡を改造したものがほとんどで、堅牢性が高く、魔獣の脅威から逃れる避難所としての側面も大きい。

 

 また、領地持ちの貴族が管理しているので兵士が常に詰めており、安い路用で寝泊まりも可能なので旅人からすれば有り難い限りだろう。

 

 よく使われている街道だと、旅人相手の商売人がいたり、近場からやってきた村人と行商人が農作物と足の早い商品を物々交換していたりと、日中は前世同様で雑多に賑わっていたりする。

 

 2人きりしかおらず、旅費の発生する依頼にあまり手を出してこなかった『紅蓮の疾風』にとって、それらはきっと珍しかったのだろう。

 

 初めの方こそ、気を張り過ぎて早々に疲れを感じていたディートフリートとレイチェルだったが、”鬼火”の一党に所属する人間(同種)2名――気の抜き方が彼らより数段上手(うわて)な少女らを真似ている内に、いつの間にか肩の力が抜けており――……。

 

 隠れ里(ド田舎)共和国(他国)出身で「知らぬ帝国文化の方が多い」と断言できる”鬼火”の一党と一緒になって、物珍しそうに目をきょろきょろさせていた。

 

 

 * * *

 

 

 夕刻と言うには少し遅い時間。

 

 遠くの空に茜色の残光が淡く尾を引いている。

 

 現在、護衛を請け負った武芸者ら8名は宿に、記者2名は外だ。

 

 カーステン曰く、この丘陵地帯に拓かれた〈ブルーメンコルプ〉には大きな自然公園があり、夜間は魔導投光器を使って、季節の花々をつける草樹(くさき)照射(ライトアップ)しているらしい。

 

 また防壁こそあれど、他の街同様――否、他の街や都市以上に街なかの自然が多く、面積の割に人口も少ない。

 

 つまり、牧歌的な風景通り治安も良い、ということである。

 

「それじゃ今から明日まで僕らは取材。あ、取材中の護衛はなくて大丈夫だよ。ここには何度か訪れてるし、待ってる間、暇だろうしね。なんたって今回は魔導写影器まで借りてきてるからね、余す所なく写真に収めるつもりなんだ」

 

 フフ、撮るぞぉ~! と、上機嫌なカーステンが気合いも十分なミリセントと共に取材へと向かったのが、ついさっき。

 

 意気揚々(うきうき)と、然れど、慎重に大きな長持(ケース)を肩に提げている姿は印象的だった。

 

 なにせ、その中に件の魔導具――出版を生業とするアウグンドゥーヘン社が、他社に乗り遅れまいと大枚をはたいて購入した内の一台が納められているのだ。

 

 この”魔導写影器”というのは早い話、アルの前世で言うカメラのことである。

 

 帝都の方で数年前に民生化され、爆発的な勢いで広まりつつあるものの、まだまだ個人所有は難しい。

 

 写影器本体が1,000(ページ)前後の新書(サイズ)――――にも関わらず、成人男性記者(カーステン)の旅行鞄より一回りも大きな軽金属製長持(ケース)に、たっぷりの緩衝材と共に納められているのだから、如何に高価な代物か、推して知るべしだ。

 

 顔合わせの際、相手が未成年にも関わらずカーステンが殊の外安堵していたのは、そんな超高級品を奪いそうに見えない――将来性のありそうな六等級と四等級一党に安心感を覚えたからであった。

 

 

 

 旅籠の食堂にて――。

 

 今は夕餉を終え、街の高いところから夜景の撮影に行った記者2名を見送ったところだ。

 

 面々が「自由時間(明日)はどうしよっか?」と、幾分力の抜けた空気で歓談していると、

 

「アルさん、アルさん」

 

 ラウラが羽織の如き龍鱗布の袖をちょいちょい、と小さく引っ張る。

 

「ん?」

 

 どした? と、上品に整った相貌に問えば、何か伝えたそうな琥珀色の瞳はつつつ……っと『紅蓮の疾風』に、次いで旅籠の扉に向かった。

 

 それで、アルも彼女の言わんとすることを察する。

 

「……ああ、そうだった。二人には言っとかないと」

 

「んぁ? 何をだ?」

 

「何かあるの?」

 

 不思議そうに顔を見合わせ、首を傾げたディートフリートとレイチェルに、アルは真面目な口調でこう言った。

 

「俺達が”鬼火”の一党だって、ミリセントさんには教えないでくれ」

 

「は? なんでだ?」

 

「そう言えば今日……誰もアルクスくんのこと、名前で呼んでなかった」

 

 心底わからぬといった風情の前者、記憶力に優れているらしい後者が銘々に反応を寄越す。

 

「あの女性(ひと)な、俺らの一党にご執心なんだよ」

 

 両名の疑問に応えたのは、困り顔のマルクと、

 

「『月刊武芸者』の新人欄で目立ってしまったようだからな」

 

 腕を組んで頷いているソーニャだった。

 

「あんだよ。恨まれてるってわけじゃねんなら、別に構わねえじゃねえか」

 

「恥ずかしがらなくっても、立派な四等級でしょ?」

 

 事情を知らぬ2人が当然の反論を投げ返す。

 

「ただ恥ずかしいってだけなら頼んじゃいないさ」

 

 が、”鬼火”の表情はあくまで真剣なそれだ。

 

「何か理由があんのか?」

 

 只事じゃないの(訳あり)かもしれない、と思ったディートが訊ねると、

 

「ああ」

 

 やはりアルはこくりと頷いた。

 

「でもわたし達も、『荒熊亭』の人達もほとんど知ってるよ?」

 

 他の武芸者も。と、レイチェルが問えば、

 

「広めちゃう可能性がある人はダメってことよ。記者でしょう? いろいろ書かれたり、騒がれるわけにはいかないのよ、今は」

 

「一党の構成ならまだしも、詳しい見た目とか特徴とかね。勿論、ミリセントさんに対して悪い感情があるってわけじゃないよ?」

 

 凛華とシルフィエーラも真面目な口調で応える。

 

「……もし広まると、どうなる?」

 

「最悪の場合は命に関わります。私達と私達を知る方々の」

 

「「っ!?」」

 

 はっきりと明言したラウラに、『紅蓮の疾風』の両名はびくりと固まった。しばしの沈黙の後、やがて、ディートがおずおずと訊ねる。

 

「……命って、どういうことだよ?」

 

「言葉通りの意味です。私達の情報を持っている。そう思われれば、狙われる可能性があるんです」

 

 琥珀色の瞳には、嘘偽りの類を感じさせぬ真剣さと強い光が宿っていた。

 

 レイチェルがゴクリと唾を呑み下す。

 

「前は……その街にいそうだったから、だったね」

 

 エーラは2人が聞いたこともない、少しの起伏もない平坦な声で言った。

 

((…………前は?))

 

 両者の脳裏に雷鎚めいた閃きが奔り――……そして同時に悟った。

 

 これは脅しなんかじゃない。過去、本当にあった事実なのだ、と。

 

「そうね。だから、バレちゃったら喧伝しないように頼むしかないけど、極力言って欲しくないの」

 

 凛華が静かに締める。

 

 精確に言えばあの頃と今とでは、まるで状況が違う。しかし、それでも、だ。

 

 アルは危惧の念を一切捨てていない。この世界にだって諜報員くらい居るだろう。前世の己(長月)に言わせれば、

 

『国だの、組織だの、人を括るって概念がある以上、そういうもんは付き物さ』

 

 とのことだ。

 

 聖国だけが間諜(スパイ)を飛ばしている、と言いたいわけじゃない。帝国だって、王国だって、もっと言えば、力のある貴族とて密偵くらい要るだろう。

 

 ではもし、帝国に潜伏する聖国の諜報員の耳に、あの準聖騎士率いる神殿騎士共の訃報――任務失敗の報せが届いたら?

 

 そしてもし、その少し後から活躍し始めた新人武芸者一党の中に同じ名前や具体的な見た目、装備(持ち物)が詳しく載っていたら?

 

 当然、マズい事態になる。勿論、帝国の庇護下だと捕縛を諦める可能性もあるにはある。だが、それはあくまで良い出目が引けた場合の話。

 

 最悪の場合、もう一度捕らえようとするだろう。

 

 なにせ、彼女らの父ノーマン・シェーンベルグは未だ、聖国に対して強硬な姿勢を崩さないのだから。

 

 ”鬼火”の一党が情報を制限すべく、記者から尽く逃げる理由はそれだ。

 

 最悪、魔族組が目立つ分はまだ良い。現状、髪の色が云々と言われてるのは”灰髪”のアルだけだ。わざとそうやって目立つ役を担っている、というのもある。

 

 だが、ラウラとソーニャに目が行ってしまうと途端に動きが取り難くなる。それは避けたい。護り切れる自信もなければ、何とかなる保証だってない。

 

 一応、「どうにか後ろ盾(庇護)は得られないだろうか?」と、帝都の学院にいるヴィオレッタの知り合いの魔族とやらに相談してみるつもりではいる。

 

 が、やはりどうにも出来ないと言われれば、それで仕舞いだ。

 

「……」

 

「……」

 

 彼らより少しだけ年上の『紅蓮の疾風』の両名は視線を交わし、やがてゆっくりと頷くと――。

 

「……わかったぜ。オレらも明かさねえよう注意しとく」

 

「わたし達も危ない目に遭いたくはないし、ミリセントさんが酷い目に遭うのも嫌だもんね」

 

 そう言ってくれた。

 

 この一ヶ月の付き合いで、お淑やかな部分しか知らなかった朱髪少女の決然とした雰囲気から当事者が誰なのか、朧気ながら当たりがついたのだろう。

 

「ありがとうございます」

 

「感謝する」

 

「助かるよ、二人とも」

 

 それを証明するかのようにラウラとソーニャが真っ先に、次いでアルが礼を述べた。

 

「良いって。それよか、お前ら明日はどうすんだ?」

 

 ディートフリートが真面目な空気を払拭するように手を振り、やや強引に話題を変える。

 

「観光してお花見だよ!」

 

 途端、さっきまでの雰囲気を一変させたエーラが、誰よりも素早く応えた。尚、これは一党の総意でもあるので、他の誰も口出ししない。

 

 街から出るわけにもいかぬし、折角(せっかく)なら”花の街”とやらを楽しもうという話になっていた。

 

「良いなぁ。ねぇディーくん、わたし達もお花見の方に混ぜてもらおうよ。鍛冶屋さん見終わったら」

 

「そうだな。ってか、ここでも鍛冶屋行くのか? 鋼業都市にあるような店、そうそうねえと思うぞ?」

 

「その時はその時だよ」

 

「わかった。ってわけでその花見、オレらも参加さしてくんねえか?」

 

「良ーい?」

 

 レイチェルとディートフリートが慣れたやり取りを終えて、訊ねる。

 

 するとアルは奇妙そうな顔で、

 

「良いけど……」

 

 と、言い淀み、

 

「鍛冶屋に用があるのってレイチェルの方なの? 剣なんてどこにも持ってないじゃない」

 

 凛華も不思議そうに質問で返した。

 

 2人の視線が向いているのは、レイチェルの服装だ。動きやすそうな軽装に、少しばかり大きく、形のしっかりした上着(ジャケット)。その下に地味な色の革鎧――というより胴当て。

 

 帯剣もしておらず、小剣や短剣の類も仕込んでいなさそうだ。”鬼火”の一党の中では、耳長娘やラウラの装備に近い。

 

「んっ? ああ、良さそうな部品があるかどうか見てみるの」

 

「「「「「「部品?」」」」」」

 

 一党6名の益々ピンと来ていなさそうな声が揃う。そこでディートフリートが「あ、そっか」と気付いた。

 

「お前らでもさすがに知らないよな。レイチェルは魔導技士なんだよ」

 

「魔導技士?」

 

「って、なぁに?」

 

「聞いたことないわ」

 

「私もありませんね」

 

 アルと三人娘が揃って疑問符を浮かべる。

 

「ええっとな、一応資格の要る職業で、レイチェルはその中でもちょっと特殊なやつなんだけど、そんで…………あー、魔導具とか弄れるんだ」

 

 薙刀遣いの青年は辿々しく説明し始めたものの……早々に言葉に詰まった挙句、途中で放棄した。

 

「ディーくん……」

 

 魔導技士と紹介された彼女は相棒に少々ご立腹である。

 

「や、オレはそんな資格持ってねえし、説明すんのムズいって」

 

 ディートフリートが慌てて弁明しながら平謝りする。

 

「んで? 結局、その魔導技士ってのは何なんだ?」

 

「資格を持ってるのに武芸者になったのか?」

 

 彼では(らち)が明かない、と早々に見切りをつけたマルクとソーニャは訊ねた。

 

「うぅんと……わたしの家って元々ね? 大昔、帝国が興る切っ掛けになった大戦の時、銃を作る工房を営んでたんだって」

 

「銃? ってーと、あれか? あのー……鉛だか、鉄の玉だかを火薬で撃ち出すっつう」

 

「あはは、魔族のマルクくん達からすればそんな反応だよね」

 

 魔導技士の少女がころころ笑う。

 

 魔族は戦闘に寄った種族が多い。音速を超える鉄塊を食らったところで、指先大ほどなら「いってーな、コノヤロー」と、ケロッとして言える種族が半分はいる。

 

「帝国史には出てくるが――……実際に見たことはないな。確か初代皇帝と手を結んだ魔族には大して効果がなかったが、敵方の銃を用いた策に引っ掛かって一度敗走を余儀なくされた、と書いてあった気がする」

 

 ソーニャ記憶を掘り返すように、こめかみ辺りを押しながら言った。

 

「うん、それそれ。その時代はまだまだ魔術とかも発展してなくて、うちの工房みたいに銃職人が作った火薬式の銃も活躍してたんだって」

 

 レイチェルが「それで合ってる」と言うように、くいっと顎を引きながら続ける。

 

「でも今は魔術も発展してるし、魔導具も増えたし、帝国には少ないけど魔族だっているでしょ? 銃の脅威もよく理解してるからって、対応策もいっぱい考えられちゃって。でもうちの工房はそれで生きてきたとこだから辞められなくて、ずるずる、ずるずる落ちぶれてっちゃったんだって」

 

「なるほど……っていうか、銃自体はあったのか」

 

 呟くようなアルの声に、魔導技士の少女は不思議そうな顔で肯定しつつ、

 

「うん? うん、今でも探せば結構見つかるよ。ただ、やっぱり魔力があるからね。闘気を使えば防げる人だっているし、逸らせるって人ならもっと多いし、『治癒術』もあるでしょ?」

 

「ああ……そういうことか」

 

 この世界の生き物はヒトを含め、総じて頑丈だ。特に外傷の癒療という点に関しては、前世のそれを遥かに凌駕する。

 

「でね? うちの国の研究者が擬似魔晶石を発明したでしょ? あれが民間に流通し始めた頃、工房を継いでたお祖父ちゃんと組合の人達で、『魔撃銃』っていうのを開発したの。銃弾の代わりに属性魔力弾が撃てる銃」

 

「霊装みたいなもの、でしょうか?」

 

「聞く分にはそうっぽい?」

 

 朱髪少女と耳長娘が顔を見合わせる。どうやら多少世が違えども人の考える事というものは、そうそう変わらぬものらしい。

 

「霊装? が、何かは知らないけど――兎に角、その魔撃銃を開発したってところまでは良かったの。でも、ちっとも売れなくて」

 

「え、売れなかったの? 便利そうだけど」

 

 少なくとも神殿騎士の霊装は、現行でも採用されている装備。属性魔力弾の雨霰(あめあられ)に曝されたことのある凛華が首を傾げると、

 

「あはは、うん。専門の技士がいないと整備できないし、中の擬似晶石は衝撃で直ぐに壊れちゃうしで不評だったの」

 

 レイチェルが困ったように眉を(ひそ)めて笑う。

 

「でも、お祖父ちゃん達は諦めなくってね。結局、魔撃銃の中から擬似晶石を抜いて、また新しい銃を作ったの」

 

「えっ? 抜いちまったら、ただの銃に逆戻りしちまうんじゃねえの?」

 

 人狼青年はきょとんとした。

 

「ううん。弾薬も擬似晶石も要らないし、壊れにくくなったけど、扱いが難しくて習熟に時間の掛かるこれを開発したんだ」

 

 そう言うとレイチェルは上着を開ける。彼女の両肩には、茶革の肩提銃鞘(ホルスター)が掛かっていた。

 

 左肩側には黒鋼と木、右肩側にはツヤのない鈍色(にびいろ)台尻(グリップエンド)が覗いている。拳銃だ。

 

「それが、お祖父さんの造った銃?」

 

 真っ先にアルが興味を示すと、

 

「うん。って言っても、これそのものがってわけじゃないよ? それにうちの工房にあるのともかなり違うと思う。わたし用に色々弄っちゃってるから」

 

 レイチェルは留め具をぱちんぱちんっと外して、彼の眼の前にゴトリと2挺を置いた。

 

「これって回転式? だよね? と、こっちは――……なんだこれ?」

 

「よく知ってるね」

 

 変な顔になったアルの視線の先には、寸法(サイズ)に反して妙に存在感のあるニ挺拳銃。どちらもツヤ消し(マット)加工が施されており、光を反射しない。

 

 片方は全体的に黒く、銃把(グリップ)が彼女の指に合わせたように薄く凹んでいて、円柱型の回転式弾倉(シリンダー)がついている――いわゆる回転式拳銃(リボルバー)だ。

 

 おそらく単一動作機構式(シングル・アクション)。弾倉は四連装。

 

 アルの手にはやや小さいが、しっかりとした重みがある。

 

 そして、もう片方が問題だった。銃であることはわかる……のだが、何とも見たことのない奇妙な形状をしていたのだ。

 

 全体は薄鈍色で銃把(ストック)のみ黒っぽい滑り止めが貼られた――自動拳銃(オートマチックピストル)に見えないこともない。

 

 が、銃身の薬室(チャンバー)に相当する部分が肥大化し、硝子っぽい楕円形に膨らんでいた。

 

 まるでSF映画に出てくる光線銃のようだ。

 

「んぉ? これって――……刻印術式?」

 

 ()めつ(すが)めつしていたアルは、硝子状の薬室(チャンバー)から彫り込まれた鍵語を発見し、目を細めながら銃身を覗き込んだ。

 

 前世の現代銃であればライフリングが刻まれているはずのそこには、非常に精緻な術式が細かく幾つも彫り込まれている。

 

「え、すごい。よくわかったね。そう、お祖父ちゃんが造ったのは、任意の刻印術式に魔力を通すことで術弾を撃ち出せる――『魔導機構銃』なの」

 

「魔導機構銃……うわ、こっちは弾倉ごとに別のが彫られてる。よくこんな加工できるなぁ」

 

 今度は回転式拳銃の円柱弾倉を覗いて、アルが素っ頓狂な声を上げると、

 

「術式の違いまでわかるのっ? ホントにすごい。そっちは弾倉を切り替えたら術弾の属性が変わるんだ」

 

 レイチェルは誇らしげな声で言った。

 

「ほぇ〜、めっちゃ緻密だね」

 

「はい。魔導技術の発達してる国だからこその武器ですね」

 

 エーラとラウラも気になったのか、頬をくっつけ合って覗き込み、感想を述べる。

 

「てか、これに任意で魔力を通すって……使い手にもめちゃくちゃ繊細な技術が要るんじゃない?」

 

 顔を上げたアルは、どこか嬉しそうにこちらを見ていたレイチェルに問うた。

 

 『釈葉の魔眼』を使えば、一つ一つの術式は読み取れるだろう。

 

 だが、どれがどの効果で、と組み合わせを考えて引き鉄を引くのはまた別――というより、至難の業だ。

 

「あはは、だから扱いが難しいの。本当は銃身と撃鉄で送る魔力を分けてるだけなんだけどね。造ったお祖父ちゃん達でも難儀したから、お父さんの代でもっとずっと簡便化しててね。そっちは国軍とか、どこかの領軍にも降ろしてるんだ」

 

「レイチェルのも、その軍で使ってるという装備なのか?」

 

 義姉の隣で「ほぉ」と、覗き込んでいたソーニャも訊ねる。 

 

「ううん。わたしのはお祖父ちゃんが造ってくれたやつ。どっちかって言ったら、簡便化されてない方のだよ。そっちの方が自由が利くから。

 

 回転式が切換式の属性術弾を速射できて、もう一つは魔力が結構必要になるけど、爆雷術式弾っていう威力の高い弾を撃ち出せるの」

 

 魔導技士の少女は慣れたように、回転式弾倉をチャチャッと変えながら説明してみせた。

 

「はー……扱える気がしねえ」

 

 傍から見ていたマルクがそう呟けば、

 

「俺も」

 

 すかさずアルも同意し、

 

「オレも」

 

 楽しそうに語る相棒を眺めていた薙刀遣いの青年まで同調した。

 

「え? 俺達は兎も角として、ディートも扱えないの?」

 

「当たり前だろ、魔術の知識なんてほぼねえんだし」

 

 問い掛けられたディートフリートが気まずそうに左頬の傷痕を掻いて応えれば、人狼青年が悪戯っぽくニヤリとして――……。

 

「レーゲンさんは魔術も扱えるぜ?」

 

 青年の憧れ――『黒鉄(くろがね)の旋風』の頭目の名を挙げた。

 

「うっ……いや勉強してねえってわけじゃねえよ? 『水衝弾』くらいなら、まあ何とか」

 

「実戦で使えるの?」

 

 そこにアルが追撃。

 

「い、いやほら、薙刀は両手が要るし……」

 

「レーゲンさんの大刀(だいとう)、あれも基本両手だよ」

 

 容赦のない釣瓶打ち。

 

「だぁ、わーってるよ! ちょっとムズくて敬遠してただけだっつうの!」

 

 途端、ディートフリートが羊毛(ベージュ)髪を掻き(むし)り、魔族の青年らはけらけらと笑い声を上げた。

 

 一方、そんな男衆を横目に、

 

「ねえ、レイチェルってディートフリートとどうやって知り合ったの?」

 

「あ、ボクもそれ聞きたい。あんま接点なさそうだけど、仲良さそうだし」

 

「確かにそうですね。昔から知ってそうな呼び方ですし」

 

「技士の資格があるのに、武芸者になったと言うし――……もしや駆け落ちというやつか?」

 

 鬼娘、耳長娘、朱髪少女、騎士少女が突っ込んだ質問を投げ掛ける。

 

「へっ!? ちっ、違うよ! そうじゃなくて!」

 

 途端、駆け落ちという単語に反応したのか、レイチェルはボッと頬を染めてわたわたし始めた。

 

 魔導機構銃の話をしていた時の態度はどこへやら。何とも初々しいものだ。

 

「えっと、そのぅ、あぅ……お花見のときでいい?」

 

 結局、興味津々な年下の少女ら4名を前に、熟れた林檎の如く首から上を火照らせてしおらしく言うより他なかった。

 

 

 

 防壁の外では、すっかり仲良くなったらしい夜天翡翠が地竜の頭にちょこんと乗って、真っ暗な夜闇を見つめている。

 

 こうして花の街〈ブルーメンコルプ〉の夜は穏やかに流れていくのだった。

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