日輪の半龍人   作:倉田 創藍

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8話 月華に綻ぶ繊麗花

 アウグンドゥーヘン社の記者2名の護衛として”鬼火”の一党、及び『紅蓮の疾風(はやて)』がここ、花の街〈ブルーメンコルプ〉にやってきた翌日のこと。

 

 無料で配られていた観光小冊子(パンフレット)によれば――――この街は通称通り、季節ごとに様々な花々が咲き誇り、自然豊かな丘陵地であることを活かして花卉(かき)産業と観光に力を入れているらしい。

 

 自然公園とは別で、東端には大きな植物園もあるそうだ。帝国に点在する街のなかでも、特に色とりどり(カラフル)な印象が強い。

 

 現在時刻は午後の3時を回った頃。

 

 新米記者ミリセント・ヴァルターを連れた男性記者カーステンは観光誌の記事を書くため、今日も朝から取材に出かけている。というより、今日こそが本格的な取材日だろう。

 

 また、その間の護衛も必要ないとのこと。早い話、今のアルクス達――護衛の武芸者は自由時間なのだ。

 

 丸一日空きが出来たということで、昨晩の内に「花見をしよう」という話になっている。

 

「さーてと、どっか良い感じのとこは~……と」

 

 黎い髪をふりふり、彼方此方(あちこち)に赤褐色の瞳を向ける青年に、

 

「あのぅ……アルさん。今からお花見をするん、ですよね?」

 

 ラウラは些か自信が無さそうに確認を取った。

 

 髪と同じく朱い、彼女の柳眉はきゅっと顰められている。

 

「ん? そだよ。投光器が照らしそうなとこ選んじゃうと景観を損なっちゃうからね。場所選びは大事だろ?」

 

「え、ええと、場所選び……? ですか?」

 

「そっ。夜間も照らしたりしてるって聞いたからさ。妨害するわけにもいかないし、俺達も照らされながら花見するのも眩しくってしゃあないじゃん?」

 

「なる、ほど……?」

 

 何とか相槌を返したものの、朱髪少女は思い切り困惑した。

 

 ――なんだか、話が噛み合ってないような……?

 

 内心で小首を傾げたが、何のことはない。

 

 実際に噛み合っていないのだ。と、云うのも――……。

 

 ”花見”というものに対する認識が、彼女ら共和国人と魔族組、更に帝国人の間で大きく食い違っているのである。

 

 共和国出身、かつ身分で言うと貴族令嬢に当たるラウラとソーニャの考える花見とは、お上品な観覧や遊覧と云ったもの。植物園に行くようなものだ。

 

 他方で、帝国の一般家庭出身のディートフリートとレイチェルにとっての花見とは、季節の花が咲く土手や川沿いを軽食片手に練り歩くと云ったもの。感覚で言うと、散歩に近い。

 

 どちらにせよ、明るい日中の内に楽しむものである。所要時間も比較的短い。

 

 それでは、()()()()()の魔族の彼らにとっての花見とは?

 

 ずばり、植物の専門家(スペシャリスト)たる森人族が見つけた――ないしは集まってもらった木々や花々を肴に酒杯を傾け、飯をたらふく食べて夜更けまで盛り上がるというもの。

 

 つまるところ、宴会である。

 

 聖国の追っ手から逃れるべく我慢の多い生活だった者も多く、里の建造そのものとて散々苦労し――……ようやく楽しい気分で騒げる、との不満解消(ガス抜き)やお祝いから根付いていった隠れ里の文化だ。

 

 魔族組4名はそれが当たり前で育ってきたし、アルに至っては()しくも前世――現代日本のそれとそう変わらなかったこともあって、他の花見があるなどとは考えも及んでいない。

 

「あっ! ねねアル、あそこ! 桜だよっ! もう終わっちゃってるかも~と思ってたけど、ここらへんは今が時期なんだ〜」

 

 シルフィエーラが龍鱗布をクイクイ引っ張って指差した。

 

 アルがそちら――やや小高くなっている丘に目を向ければ、桜の木々が淡い薄桃色(ピンク)の花弁を満開に咲かせている。

 

「あっちは梅かしら? ツイてるわね!」

 

 凜華も、気品のある真白い花弁の群れを指して嬉しそうな声を上げた。

 

「どっちも原種っぽいな」

 

 マルクガルムは手で(ひさし)を作りながら、故郷の森人仕込みの知識からそんなふうに言う。野生のようだが、本数もなかなか多い。

 

 この分なら、誰かに許可さえ取ってしまえば天幕くらい敷いても注意されるようなこともあるまい。

 

「そいじゃ誰かに訊いてくるよ」

 

 ひとつ頷いて、アルはさっさと歩いて行ってしまった。

 

 ――訊くって、何を?

 

 頭に大量の疑問符を「???」と浮かべた義姉の腕をソーニャがくいくいと引っ張る。

 

「ラウラ、"風呂"の時と同じじゃないか?」

 

「あっ、じゃそういうこと……? なのかしら?」

 

 朱髪少女はハッとした。初めて出会った際のことが、脳裏を(よぎ)ったのだ。

 

 あの夜、鬼娘と耳長娘から想像もつかぬ風呂の入り方を指導された。

 

 今では、『種族によって文化が異なる』という同字ながら異義なこともある、ということを学んだ恥ずかしくも良き思い出だ。

 

 義妹の読みが当たっている可能性は高い。

 

「どうかしたのか?」

 

「いや、魔族流の花見なのだろうと話していたのだ」

 

 不思議そうなマルクへ、ソーニャがそのように返せば、

 

「魔族流? 花見に流派なんてねえだろ?」

 

 余計不思議そうな顔になった。が、彼より共感性の高い魔族の少女らは違った。

 

「共和国とか帝国の花見って、あたしらの知ってるのと違うのかしら?」

 

「え、そうなのっ? ボクらそのつもりで宿に料理まで頼んじゃったよ。ダメだった?」

 

 と、訊ねる。

 

「あ、いいえ。嫌というわけじゃないんです。ちょっと噛み合わなくて戸惑ったと言いますか。お花見自体は楽しみですよ」

 

 ラウラは手をふりふり、微笑んで見せた。

 

 故郷にいた頃は聖国の目を気にしていたせいで、外をあまり出歩けない生活でそういった経験が殆どない。”楽しみ”なのも素直な気持ちである。

 

 まだ酒も呑めぬし、明日も仕事があるので遅くまでやるつもりはなかったが、夕食はしっかり外で摂るつもりでいた魔族3名はホッと胸を撫で下ろした。

 

「おーい、許可取れたよ~。ディートとレイチェル(あの二人)と合流したら、食事受け取りに行こうか」

 

「クカカッ?」

 

 そこへ、左肩の三ツ足鴉をあやしながらアルが戻って来た。

 

「ははは、大丈夫だぞ翡翠。ちゃ~んとお前の分もあるからな」

 

「カア~」

 

 ちなみにだが、許可はすんなり通った。

 

 桜も梅も昔から生えていたし、春の風物詩として親しまれてはいるものの、草っぱらに座って花見をする帝国人は少ない。それこそ酔狂な絵描きくらいのものだ。

 

「そ、許可出て良かったわ。宿に戻った時に天幕も取れば良いわね」

 

「ん。それで良いと思う」

 

「ぜ~んぜん本来の使い方してないよねぇ、天幕」

 

「植物に頼む方が快適だからなぁ」

 

 魔族組がそんなやり取りを交わした――その時だ。

 

「おーい。オレら、散策終わったぞ」

 

「結局、普通の鍛冶屋さんだったからすぐ終わっちゃって」

 

 『紅蓮の疾風』の2人が合流してきた。

 

「お、丁度良いや」

 

「そんじゃお前らの散策も終わったのか?」

 

「おう、ついさっきな。許可もアルがもらってきたし、さっさと行こうぜ。一旦宿に寄ってな」

 

 アルとマルクがそう言うや、とっとと背を向ける。

 

「おう。おう……? って、宿に?」

 

「どうして?」

 

 ディートフリートとレイチェルは揃って首を傾げた。花見だと聞いていたので、彼らの手には軽食らしきものが握られている。

 

 実を言うと、まだ未成年の彼らの花見観も成人している帝国人(特に男性)からすれば少々違う。

 

 なぜなら綺麗な花を咲かせる木々は大抵、その華やかさから色町の方に植えてあったりするからだ。

 

 世の中の親父共は、なんとな~く(やま)しい気がしないでもないので、子供や妻を花見に連れて行きはする。が、さっさと帰す。

 

 深くツッコまれては教育的にマズく、また変に詳しいと余計な勘繰りを受ける場所に長居させたくないのだろう。

 

 というか、とっとと綺麗なお姉ちゃんに酌してもらいながら花を肴にゆったりしたい。

 

 そんな理由でディートフリートとレイチェルの感覚はある意味、非常に健全な思考のみに基づいて構築されたものなのだ。

 

「食事を頼んでるらしいんです」

 

「たぶん魔族流の花見だからな」

 

 話の流れから違和感を感じていた両名に、ラウラとソーニャがそう説明した。

 

「魔族流?」

 

「たぶん私達の思ってるのとはちょっと違うお花見をやるんだと思いますよ」

 

「へぇ~、そんなのあるんだ。ちょっと楽しみかも。ね? ディーくん」

 

 途端、レイチェルが興味津々な顔をする。彼女はなかなか未知のものに対する好奇心が強いのかもしれない。

 

「ま、よくわかんねえけどそう大きく違わねえだろ」

 

 ディートフリートは慣れたように頷いてみせた。どうやら彼は彼で、相棒の魔導技士の性格を把握しているようだ。

 

「うむ……うーん、たぶんな」

 

 ソーニャが曖昧に頷く。

 

「おーい、早く行くよー」

 

「カアー!」

 

 ゆる~いアルの呼び声と夜天翡翠の「早くー!」と言いたげな啼き声。

 

「は~いな」

 

「はーいっ!」

 

 意気揚々(うきうき)した表情の鬼娘と耳長娘がたたっと駆け出し、

 

「お前らも行くぞー」

 

「あ、はい!」

 

「うむ」

 

「おう」

 

「うん」

 

 やっぱり自分達の想定している花見とは違うんだろうな、という顔で顔を見合わせた青年少女4名も着いていくのだった。

 

 

 * * *

 

 

 広げられた黒褐色の天幕のうえ。

 

 胡座(あぐら)をかいたアルは酒杯――ならぬ茶杯を掲げ、

 

「そんじゃ、あんま遅くまではやんないけど……かんぱーい!」

 

 音頭をとった。

 

「「「かんぱーい!」」」

 

 魔族組3名が続き、

 

「かんぱーい?」

 

「か、かんぱーい」

 

 彼らに釣られてラウラとソーニャも茶杯を掲げる。

 

「あー……乾杯?」

 

「かんぱーい、で良いのかな?」

 

 困惑(しき)りなものの、色々訊きたいのをひとまず(こら)えた『紅蓮の疾風』2名も茶杯を掲げた。

 

「ごっはん、ごっはん~」

 

「はいはい」

 

「クカッ、カア~」

 

「翡翠も。そんなに焦らなくてもごはんは逃げないわよ」

 

 耳長娘と三ツ足鴉へ母親のようなことを言いつつ、凛華が料理の納められている容器の蓋をパカッと開く。

 

「お? あんまピンと来てなさそうな顔してた割にそれらしいじゃねえか」

 

「おお~、ホントだ。多めにお金出した甲斐があったってもんだよ」

 

 マルクとアルが中を覗き込んで口元を(ほころ)ばせた。当然ながら「花見弁当を作ってくれ」と、言っても通じなかった。

 

 苦心しつつも言葉を重ねたことで宿の主人には伝わったようで、容器のなかには盛り合わせ(オードブル)のように小分けされた色鮮やな料理の数々が入っている。

 

 カーステンが支払った宿泊料に含まれていた昼食代を超えると言われたのだが、アルがパッと気風良く追加料を手出ししたのが功を奏したのだろう――豪華な盛り付けがされている。尚、容器は要返却だ。

 

「さ、ラウラも手伝って」

 

「あ、はい。じゃなくて、そろそろ訊いても良いですか?」

 

 鬼娘から肉叉(フォーク)を渡されながら、もういいだろうとラウラは問うことにした。

 

「そうだな。私も訊きたい」

 

 ソーニャも似たような顔をしているし、ディートフリートとレイチェルも同様だ。

 

「なぁに?」

 

「魔族のお花見って、集まって食事をするんですか?」

 

 朱髪少女は、可愛らしく小首を傾げるエーラに質問した。

 

 今は昼の3時半過ぎ。桜や梅の花が見える位置に陣取り、8名は茶杯を手に座っている。

 

「そうよ? 花を見ながらご飯を食べて呑んで夜まで楽しむのよ」

 

「つってもホントに花見るのなんて最初の方だけで、ぶっちゃけただの宴会だけどな」

 

「まあ、お酒はないけどね」

 

 と、凛華、マルク、アルが応える。

 

 故郷では、大人がどんちゃん騒ぎをしている間、子供はそこらへんで遊んでいたり、森人の大人に頼んで木に登ったり、途中で眠ることもあり、と非常に自由なのが隠れ里流だ。

 

「そうだったのか。街外れだからそう恥ずかしくはないが、少し落ち着かんな」

 

 ソーニャが納得の声を上げつつ、そわそわと首を回す。見渡す限り、草原と木々だ。少し下に視線を向ければ街の建物も見える。

 

「そーいや忘れてたけど、お前もラウラも良いとこ出のお嬢様だったな」

 

 今思い出したとばかりにマルクが言えば、

 

「うむ。というか、なぜ忘れてるんだ」

 

 騎士装束に身を包んだ少女は萌黄色の瞳に僅かな不満を滲ませた、が――……。

 

「んな喋り方してっからだよ、”姫騎士”殿」

 

 人狼青年が唇の端をニヤッと吊り上げる。

 

「な、こ、これは私なりに戦う者としての意識を持とうしてついた癖みたいなもので! というか、お前だって”狼騎士”だろう!? もう少しなんだ……こう、それらしい喋り方はできんのか!」

 

「できん、つーかやらん。”狼騎士”にそこまで拘ってもねーし」

 

 すっかりいつものやり取りだ。酒精(アルコール)も入っていないというのに順応の早いことである。

 

「そういうことだったんですね。アルさんと会話が噛み合ってない気がしてたんですけど、それなら納得です」

 

 謎が解けたのか、ラウラはスッキリした顔でにっこりと笑った。

 

 ちなみにだが、周りの目は然して気にしちゃない。実を言うと、そういうのを気にするのは彼女より義妹の方だったりする。

 

「ああ、『どういうこと?』みたいな顔してたね。魔族の、っていうか俺達の故郷はこんな感じなんだよ、ほぼ毎年ね」

 

「へぇ~、そうなんですね。あ、どうぞ」

 

「ありがと。だからラウラ達も肩の力を抜いて楽しみなよ。あ、ちなみに木を傷つけたり汚して帰るのは無粋だから御法度ね。って言っても、エーラがいるからそんなことさせないだろうけど」

 

 料理をよそってもらったアルがそう言うと、

 

「当~然っ! ボクの目が緑な内は絶対許さないよ~」

 

 と、耳長娘は胸を張った。取り皿に載っていた料理は既に半分ほどなくなっている。

 

「納得はできたけど、なんつうか……やっぱ妙な感覚だぜ」

 

「歩いて回るものだって思ってたもんね」

 

 ディートフリートとレイチェルは料理を口に運びながら「な?」「ね?」と顔を見合わせた。散歩に来たつもりが、宴に参加させられたのだから当然である。

 

「細かいこたぁ言いっこなしさ」とアル。

 

「そうだぜ? 食って喋って盛り上がろうや」とマルク。

 

 何とも雑な物言いだが、お気楽な雰囲気は伝わってきたので、

 

「おう。ま、良いけどよ」

 

 ディートフリートは背筋から力を抜き、

 

「まだ変な感じもするけど、ちょっと楽しいかも」

 

 雰囲気に当てられたのか、レイチェルも微笑んだ。

 

「ねね、レイチェル達の花見って散歩なの? 夜は行かないの?」

 

「夜? ううん。夜はあんまり連れてってもらったことないかなぁ。サッと行って直ぐに帰る、って感じ?」

 

「私達は観覧? みたいな印象でしょうか?」

 

 魔導技士の少女と朱髪少女がそう応えると、

 

「ええーっ!? 勿体ない!」

 

 エーラは「信じらんない!」という顔をした。そこに凜華も加勢する。

 

「そうね。夜桜って綺麗なのよ?」

 

「うーむ。夜に外出したこと自体ほとんどなかったからな」

 

「オレも」

 

「わたし達のいた街って、こんなに植物多くなかったもんね?」

 

「そういやそうだっけ? 意識したこともあんまねーや」

 

 月明かりに照らされて闇夜に浮かぶ花々、というのも幻想的でなかなかオツなものだ。が、見たことがなく想像もつきにくいのか、人間組の4名は「ふぅん」という顔をした。

 

「んじゃ期待してな。こんだけ満開なら夜もきっと綺麗だぜ?」

 

「そうなのか?」

 

「そうなのさ」

 

 マルクがしたり顔でソーニャに頷いた。

 

 今だって見事な桜花と梅花が咲いている。こちらも充分に綺麗だが、魔族組4名は夜桜や夜梅の方が幻想的で好きだ。

 

「この分だと雲も掛かんないだろうし、邪魔な建物もないし、花見日和だよ」

 

「クカ、カアッ!」

 

「ん、旨いか?」

 

「カアカアッ!」

 

「そうかい。時間はたっぷりあるからゆっくり食べな。終わったら飛んで見ておいで。って言わなくてもその気らしいね」

 

「カア~!」

 

「よしよし」

 

 夜天翡翠に手ずから食事を与えながらまったりしているアルに、

 

「ねえ? ここなら桜の塩漬け、あったりするんじゃない?」

 

 隣で上品に食事を楽しんでいた凜華が、透き通った青い瞳を彼に向ける。

 

「あー、そうかも」

 

「塩漬けですか?」

 

 彼の直ぐ向かいのラウラが不思議そうに訊ねる。

 

「そそ、花を塩漬けにするんだよ」

 

「実ではないんですね?」

 

「ええ、アルは桜蜜茶が好きなのよ」

 

 鬼娘がそう言うと、

 

「そーいや時季的にもうそろそろかぁ」

 

 黎い髪を風にそよがせた青年は懐かしそうに桜花を見上げた。

 

「桜蜜茶ってなんです?」

 

 想い人の好物、と聞いた朱髪少女が途端にそわそわっとする。

 

「もうちょっと、んーん、もう出てるのかなぁ? 新茶の――あ、緑茶の方だよ、巨鬼族とか鬼人族がよく飲む方。で、新茶を深めに淹れて――」

 

「そこに樹糖を少し入れて、最後に桜の塩漬けを浮かべるのよ」

 

「そんな飲み方があったんですね」

 

 大抵の茶には一家言ある耳長娘と鬼娘が作り方を教えると、ラウラはふんふんと頷いた。

 

「甘じょっぱくて美味しいんだよねぇ」

 

「お前、春は大体それ飲んでたな」

 

 幼馴染がのんべんだらりと言えば、マルクも故郷に居た頃を思い出したようだ。

 

 そればかり「作って」とねだってご機嫌で飲むアルをトリシャ(彼の母)ヴィオレッタ(彼の師匠)が微笑ましそうに見ていた記憶がある。

 

「蜂蜜じゃダメなんですか?」

 

「ダメってこたないけど、甘過ぎて新茶の甘味がわかんなくなっちゃうから樹糖がいいんだ」

 

 アルは何やら妙な拘りを見せた。

 

「ほほぅ……アル殿よりエーラの方が茶には凝ると思っていたのだが」

 

「コイツが拘んのは桜蜜茶だけだぜ」

 

 意外だ、と言いたげなソーニャに、「普段は時間経った茶でも文句ひとつ言わねーぞ」とマルクが言う。

 

「もし塩漬けがあったら新茶も探して淹れたげるよ~」

 

 そう言ってエーラがにぱーっと笑った。この柔らかい笑顔は彼にしか向けない。

 

「え、ホント? ありがと、エーラ」

 

 帝国で飲めると思っていなかったのか、アルも嬉しそうに笑う。

 

「ふふ、あんたホントにあのお茶好きねえ」

 

 と、微笑んだ凜華は斜め向かいに首を倒し、こそっと「淹れ方、今度教えたげるわ」と朱髪少女に耳打ちした。

 

「ちょっ……お願いしますね」

 

 わたわた焦りつつ、ラウラもちゃっかり頼む。最近は遠慮もない。

 

「ふふ、任せときなさいな」

 

「あ、そだ! すっかり忘れてた。レイチェルとディートフリートの出逢いを聞くの忘れてたね」

 

「昨日、花見のときに教えてくれると言ってたな」

 

 ぱちーんっと手を打ち合わせたエーラが言い出すや、すかさずソーニャが乗っかる。

 

「えっ!? へっ? ええと、その……」

 

 途端、レイチェルは相棒をちらちらと見ながら、モジモジと言い淀む。

 

「「……」」

 

 アルとマルクは空気の読める男だ。目を合わせて頷き合うや、ディートフリートの肩にさっと腕を回した。

 

「なぁディート。俺らと男同士、腹割って話そうじゃねえか」

 

「うんうん、それがいい。早く来るんだ、睨まれる前に」

 

「え、は? ちょ、待てよ」

 

 薙刀遣いの青年は何が何やらという顔だ。

 

「つーか俺らも訊いとくか?」

 

「んだなぁ。資格持ちの魔導技士と、なんか普通っぽいディートがどうやって知り逢ったのか」

 

「なんか普通っぽいってなんだ。良い意味じゃねえだろそれ。やめろよ、ちょっと気にしてんだぞ?」

 

「まーまー、とりあえず話してみなって」

 

「そうだそうだ。とっとと吐い(ゲロッ)ちまえ」

 

「おいなんだお前ら。メンド臭え絡みしてくんじゃねえよ」

 

 ワイワイと騒ぎ出す男性陣の姿を見て、女性陣も膝をつき合わせてレイチェルに「さあ話しなさい」と、視線をじ~っと送る。

 

「うぅ……あの、えっとね、ディーくんとは同じ街出身で――――……」

 

 こうして花見の時間は賑やかに進んでいく。

 

 

 * * *

 

 

 時刻は午後9時過ぎ。

 

 あれから数時間、盛り上がっている内に取材に行っていた記者カーステンとミリセントも、

 

「君らの楽しそうな姿、一枚撮っても良いかな?」

 

「も~、魔族のお花見やるんなら教えて下さいよ~!」

 

 と、こんな感じで夕刻に途中参加した。

 

 今やすっかり夜だ。

 

 (えん)(たけなわ)ではあるが、明日は朝から鋼業都市〈アイゼンリーベンシュタット〉へ戻らねばならない。

 

 そのまま全員で宿に撤退する流れとなった。

 

「いやぁ楽しかったよ。魔族流の花見というのも良いものだね。今度家族を誘ってみようかなぁ」

 

「はい~! 珍しい体験をさせてもらいましたぁ~!」

 

 軽く酒を呑んだ(宴会だと知って急いで酒瓶を持ってきた)カーステン、彼に代わって大事そうに魔導写影器の長持(ケース)を肩に担ぐミリセント。

 

 彼らに続いて歩く姦しい三人娘へ、アルは赤褐色の瞳をゆるゆると向けた。

 

「楽しかったね~、それにほらっ! やっぱり桜は夜だよ~」

 

「そうね。あたしも夜桜が好きだわ」

 

「初めて見ましたけど風流ですねぇ」

 

 心地良い夜風に(なび)く、乳白色を帯びた金髪、艶のある黒髪、日中と違って大人しい色合いを見せる朱髪。

 

 桜と梅の花びらが満月に成りかけの月明かりに照らされ、彼女らを取り巻いている。

 

 アルはなんとなく、その光景に見惚れていた。

 

 するとやにわに凛華が振り返り、釣られた2人も不思議そうな顔で振り向いた。

 

「アル、どうかしたの?」

 

「んっ? 騒ぎ疲れちゃった?」

 

「そちらも盛り上がってましたもんね」

 

 それぞれに聞き心地の良い声、夜闇に浮かぶいっそ幻想的にすら見える美しい少女ら。

 

 アルは「いいや」とかぶりを振って、

 

「綺麗だな、と思ってさ」

 

 穏やかに微笑んだ。

 

「そうね。ここの桜も悪くないわ」

 

「梅もきれいだったもんね~」

 

「また見に行きたいですね」

 

 銘々に納得の表情を浮かべた三人娘がくるりと向き直る。彼の視線が向いていたのは彼女らにだけ、という真実には気付かない。

 

「見ろマルク! 月があんなに明るいぞ」

 

 人狼青年は隣で空を指す少女に目を向けた。

 

「ん? おお、マジだ。都市は明るいもんな。こんなにハッキリ見るのも久しぶりだ」

 

「うむ! あ、そういえばマルク」

 

「あ? なんだ?」

 

「訊きたいことがあったのだ。お前は満月の夜強くなったり、こう、勝手に人狼へ変化(へんげ)するようなこととかないのか?」

 

「はあ? なんだそりゃ」

 

 素っ頓狂なことを言い出したソーニャに思わずきょとんと目を丸くする。

 

「その昔にな、夜、暖炉の前で遊んでいたラウラと私に義父上がそんな話をしてくれたのだ」

 

 マルクはそれで合点がいった。

 

「はははっ、そりゃお前らが寝るように恐がらせようとしたんだろ」

 

「むぅ、やはりそうなのか」

 

 義姉とはまた違う整い方をした相貌に僅かな不満を滲ませるソーニャへ、

 

人狼族(俺ら)が純粋な銀の武器に弱い、ってのと一緒さ」

 

 人間が未だに信じている迷信を一つ否定してやる。

 

「えっ? 苦手、じゃなかったのか? てっきり弱点だとばかり」

 

「んなわけあるか。ありゃ人狼族が流した真っ赤な嘘さ。柔らかい武器持って来てくれた方が楽だからな。あ、でも言いふらすなよ? これでも人狼族の数は減ってんだから」

 

 へ? と綺麗な萌黄色の瞳を真ん丸にした騎士少女に、人狼青年は己の種族が流した知恵を教えた。同じ鍛え方でも鋼に較べれば銀は柔らかいのだ。すぐ曲がるし、傷つく。

 

「そうだったのか。というかそんなこと言って回るわけないだろう。むしろ心配してやっていたのだぞ」

 

「心配? どういうこった?」

 

 人間の少女が魔族の己の何を心配するというのか? 

 

「いや、その、もし敵に銀の武器を使うヤツが出てきた時は私が護ってやろうと思ってだな」

 

「ぶっ、はっははは!」

 

「わ、笑うなっ!」

 

 思わず噴き出して愉快そうな笑い声を上げたマルクに、ソーニャが恥ずかしそうに耳を紅く染めてぷりぷりと怒る。

 

 彼女とて理解している。人間の己が、自身より遥かに強靭な人狼を護るというのがおかしい、ということくらい。

 

 だが、もし弱点があるのなら身を挺して護るということに否やもなかった。それほどの恩も、個人的な感情(想い)もある。

 

「はははっ、悪い悪い。んじゃ俺がマジにヤベえって時は頼まぁ。そん代わり、普段は俺が護ってやるよ」

 

 笑い終えたマルクはそう言って彼女の背をとんとんと軽く叩いた。軽い物言いとは裏腹に、灰紫の瞳には真剣さが宿っている――のだが。

 

「もう知らん! と、言いたいところだが……まぁ良いだろう」

 

 恥ずかしくて頬まで紅いソーニャは顔を逸らしているせいで気付けない。

 

「助かるぜ」

 

「ふんっ!」

 

「おい、そんなに急ぐと転けるぞ」

 

「転けるかっ!」

 

 顔をぷいっと背けて騎士少女がずんずん歩調を上げ、人狼青年が未だ笑いを含んだ声で追い掛ける。

 

 『紅蓮の疾風』の2人は、そんな年下の一党の背を後ろから見ていた。今日の花見で朧気だった彼らの関係性がハッキリ見えた気がする。

 

「楽しかったね?」

 

「そうだな、あいつらに押されっぱなしだったけどよ」

 

「あはっ、そうかも。でも知り合えて良かったよ。ディーくん、ずっと気にしてたもんね」

 

「まあ……な。オレらより後に登録してんのに等級も上だったし、功績もバカスカ積みまくってたし」

 

「どうだった? わたしは嫌な子達でも悪い子達でもない、って思ったよ」

 

「そりゃ、オレだってそうさ。けど、追いついてやるとは今も思ってる」

 

「うん。今回の依頼もそういうことがあるかもしれないって――……先に進もうって思ったから請けたんだよね?」

 

 レイチェルはディートフリートの顔を静かに覗き込んだ。

 

 ”そういうこと”――魔獣ではなく、人からの襲撃に対応すること。

 

 そういう仕事も熟せないとこの先、武芸者としての実績を積みにくくなる。依頼を選り好みすればするだけ、等級も上げ辛くなる。

 

「……ああ。もしもがあった時、ちゃんとできんのかなって。その、悪かったよ。先にレイチェルに相談すべきだった」

 

「ううん。ディーくんがいろいろ考えてくれてることは知ってるよ? ちゃんと言ってくれたし。だから次もちゃんと話し合お?」

 

「おう、勿論だ」

 

「さ~ってとぉ、真面目なのは明日の朝からにして今日は帰ろー?」

 

 左頬の傷痕をぽりぽり掻きつつ、相棒が頷くと、レイチェルは「うう~ん」と伸びをして朗らかに笑った。

 

「おう」

 

「でも、本当にきれい。こんなにきれいならもっと早くに知りたかったなぁ」

 

「…………」

 

 花々を見上げ、月明かりに照らされた相棒の少女にディートフリートは思わず見入ってしまった。

 

 憎からず思っている己を自覚した――――というのは随分前からだったが、それ以上に何と言うべきか、衝撃を受けていた。

 

 平たく言うなら、幼い頃から知る少女が大人びた魅力を漂わせている、ということに今更ながらにドギマギとしてしまったのだ。

 

「ディーくん?」

 

「えっ? お、おう。そうだな」

 

 ハッとして適当に言葉を濁す。

 

「どうしたの? なんか変だよ?」

 

 下から見上げて首を傾げるレイチェルに、

 

「そ、そんなことはねえよ?」

 

 心臓の高鳴りを自覚してサッと顔を背けた。

 

「ええ~、そうかなぁ?」

 

「そうさ。ほら、早く戻ろうぜ」

 

 尚もじ~っと見つめる少女の柔らかい手をさっと拏むや、歩調を上げる。

 

「わっ?」

 

 レイチェルは少し驚きつつ、手を振り払うようなこともなく、はにかみながら隣を歩く。

 

 

 

 ディートフリートが己の気持ちを精確に理解したのは翌日の――……、皮肉にも己が望んだ成長の場でのことであった。

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