日輪の半龍人   作:倉田 創藍

115 / 158
9話 襲撃者、グリム氏族

 翌日。合同依頼3日目だ。

 

 初日ほど急いだ行程でもないので、万全の準備を整えて〈ブルーメンコルプ〉を出発――――したのが数時間と少し前。

 

 護衛任務と云うにはあまりに自由で、観光だの花見だのをアルクス達がやっていた昨日、依頼者のカーステンと記者見習いのミリセントはしっかり取材を熟していたらしい。

 

 疲れこそ滲んでいるものの、ほくほくと満足げな彼らと談笑しながら、一行は和やかな雰囲気で復路を進んでいた。

 

 鋼業都市〈アイゼンリーベンシュタット〉まで、あと10kmを切った頃合いだろう。

 

 誰ともなく軽い息をついた――その時だ。

 

 やにわに上空を飛翔していた三ツ足鴉が、

 

「カアカアッ! カアーッ!!」

 

 と、けたたましく啼いた。

 

 今のは間違いない。警告だ。

 

「カーステンさんは馬車を!」

 

 アルの鋭い指示が飛び、

 

「わ、わかった!」

 

 慌てて振るわれた手綱によって馬車が緩やかに止まる。

 

「総員、警戒だ」

 

 次いで発せられた臨時頭目の声に、場の空気が(にわ)かに引き締まっていく。

 

「へっ? え、えぇ、うそぉ~……? だ、大丈夫なんでしょうかぁ……?」

 

 ミリセントは(いや)増すヒリヒリとした感覚に不安そうな声を漏らした。

 

「な、なんだってんだよ!? もう少しだってのに……!」

 

「盗賊……なの?」

 

 『紅蓮の疾風(はやて)』のディートフリートが薙刀(グレイブ)を握り締め、レイチェルが慌てて連射の利く方――回転式魔導機構拳銃(リボルバー)を取り出す。

 

 だが、”鬼火”の一党の面々は皆、友人一党に応えない。

 

「……しっ」

 

 シルフィエーラが半弓型にした複合弓(ゆみ)に手早く(つる)を張り、

 

「……」

 

 凛華が尾重剣の柄に右手を掛けて青い瞳を巡らせ、

 

「……」

 

 ラウラが杖剣(じょうけん)を、ソーニャが長剣をすらりと引き抜く。既に臨戦態勢だ。

 

 ――アル。

 

 隣からマルクガルムの声ならぬ呼び掛けが送られてきた。

 

 アルも応じるようにこくりと頷く。たった今、察知できた。夜天翡翠の警告がなければ、気付くまでにもう少し掛かっていたことだろう。

 

 ――……いるな。

 

 進行方向から気配、粘ついた視線が幾つも。どうやら街道の横合いに潜んでいるらしい。

 

 ――突破するしかなさそうだ。

 

 内心で舌打ちしつつ、地竜を一歩進ませて大声で呼び掛ける。

 

「それで隠れてるつもりか? 出てこい!」

 

 直ぐに気配が動いた。ガサガサと草藪が揺れる。

 

「チッ……気取られたか。よぉ、探したぜ。オメエら」

 

 果たして出てきたのは、いつぞやしつこく氏族に勧誘してきた挙句、アルを怒らせて情けなく気絶したチンピラ武芸者であった。

 

 その粗野な顔には、苛立ちと興奮が入り混じっている。

 

「失禁武芸者か、何の用だ?」

 

 ロクでもない用事だと悟ったアルの返答は、侮蔑の籠もった(あお)りだった。

 

「黙れ、クソガキが。まあ良い。用件はわかるよな? テメエらのせいで、こっちゃ支部に顔出しづらくなってよぉ、落とし前ってヤツをつけねぇと気が済まねぇんだわ」

 

「自業自得だろ、失禁野郎」

 

 今度はマルクが煽る。

 

 勝手に絡んで散々余計な口を叩いた挙げ句、いざ魔力を浴びた途端に気絶したから落とし前? 本物のバカなんじゃないか? という顔も忘れない。

 

「黙りやがれ、クソ魔族が!」

 

 チンピラ失禁武芸者は怒りに顔を歪めて唾を飛ばした。

 

「用件に心当たりがないから訊いてる。それに、二度とそのツラを見せるなって言わなかったか?」

 

 アルの冷えた声にチンピラがびくりと肩を跳ね上げ、しかし、直ぐに口元をニヤケさせる。

 

「そんなこと言ってられんのも、今の内だぜ?」

 

 そう応えると、続けざまに「出てこい、オメエら!」と声を上げた。

 

 途端、街道の横合いに潜んでいた気配がガサガサと動き出すや、間を置かぬ内に武装した集団が姿を現した。

 

 ――数は……三十くらいか。

 

 おまけに、全員が武芸者のようだ。

 

「お前と同じ氏族の連中か」

 

「そうよッ! どうだ? ええ!? 今なら地面にアタマ擦りつけて謝ったら許してやるよ。グリム氏族にケンカ売ったんだ、そのくらいで済むってんだからありがてえよなァ?」

 

 チンピラの昂った声。が、アルの表情はぴくりとも動かない。

 

 それどころか、”鬼火”の一党の面々は誰もが無反応。精々、ラウラとソーニャが眉根を寄せた程度だ。

 

「おいどうしたぁ!? ビビッて声も出せねえかァ!?」

 

 調子に乗っているのか、そうでないのか判然とせぬ金切り声を無視し、アルは落ち着き払った声音で後方に呼び掛けた。

 

「カーステンさん、すいません。どうも、こっちの事情に巻き込んでしまったみたいで」

 

「い、いや……そんなことより君、どうするんだい?」

 

「お、お兄さん? 謝って許してもらった方がいいんじゃあ……?」

 

 カーステンとミリセントが不安そうに言う。しかし、黎い頭は平然と横に振られた。

 

「ああいう手合に謝罪したところで何の価値もありゃしません。調子に乗るだけですし、そもそも被害者はこっちです。むしろ落とし前をつけさせたいくらいですよ」

 

 途端、グリム氏族の武芸者が野次や罵声を浴びせてくる。

 

「ナメんじゃねえぞ、ガキが!」

 

「殺されてぇか! ああ!?」

 

「綺麗なお嬢ちゃん達の前だからってイキがってんのかぁ!?」

 

「決めた! テメエがここの土食ったら許してやるよ!」

 

 チンピラ武芸者がここぞとばかりに勝ち誇った顔で続ける。

 

 ところが、それらがまるで一切耳に入っていなかったかのような無表情で、

 

「『紅蓮の疾風』は後方で馬車の護衛。二人と自分達の命だけを優先しろ」

 

 アルは冷めた声で指示を出した。

 

「あっ、お、おうっ!」

 

「う、うんっ!」

 

 彼の放つ雰囲気が激変したことに目を剥き、それでもディートフリートとレイチェルが慌てて馬車に馬を寄せる。

 

「それで? ボクらは?」

 

 彼らとは対照的に、一切の動揺を見せぬエーラが矢を準備しながら訊ねる。

 

「迎撃するぞ。連中が俺達のことを嗅ぎつけた理由が気になる。極力殺すな。けど容赦も要らない。死んでなきゃそれでいい」

 

 簡潔で冷淡な指示が飛ぶ。

 

 馬車の方で固まっている4人は彼の威容に呑まれていた。

 

 先ほどまでの穏やかな青年とは思えぬほどに冷たい。空恐ろしさすら感じる。まるで抜き身の刃に触れているかのようだ。

 

「死んでなけりゃな。了解」

 

「任せなさい。【修羅桔梗の相(奥の手)】は――――要らないわね」

 

「うん。悪いけど敵じゃないかな」

 

 マルク、凛華、エーラが軽く応じ、

 

「わかりました!」

 

「承知した!」

 

 ラウラ、ソーニャがしっかりと敵を見据える。

 

 グリム氏族の武芸者ら――正確な数で言うと32名は、アルが撒いた白刃を思わせる殺気に一瞬怯み、それでも彼らなりの論理に基づいた義憤で身体を満たした。

 

 一般人(お荷物)を連れた(抱えた)子供が数名。多勢に無勢だ。何を怯える必要がある。

 

「テメエら、やっちまえ!」

 

 ほくそ笑む仲間の上げた鬨の声を聞き、無法者共が我先にと殺到した。

 

 

 

 粗野な顔つきのチンピラ――彼は六等級の武芸者だった。

 

 所謂、兵士級。可もなく不可もなく、当たり障りのない平均的な武芸者。

 

 個人戦ならまだしも、練度や連携なら兵士の方が上であろう。そんな彼がグリム氏族を率いてきた理由。それはただ単に、事の当事者であったからというだけ。要はメンツの問題だ。

 

 氏族の名に傷をつけた者がいる。ヤツらはこちらが差し出した手を蹴り払い、次は自分達の根城に踏み込んで首を刎ねるとまで言った。

 

 つまり、自分達のことを大したこともない集団だと言っているのだ。

 

 と、彼はそのように捲し立てて、グリム氏族の長に借り受けた人員を焚きつけて回った。

 

 その結果が、この襲撃だ。

 

 彼は勝利を確信していた。疑いすらしていなかった。

 

 幾ら途轍もない魔力を持つ魔族であろうと、数の暴力には押される。それが先達の織り紡いできた世の道理。伊達に殺り合ってきたわけじゃあない。

 

 ゆえに、彼は予想だにしていなかった。戦闘職として一般的な強さしかなく、武芸者としての経験も人並みでしかなかったからこそ、気付きもしなかったのだ。

 

 世の中には自分の思っている以上に、底の見えぬ者が大勢いることに。

 

 この程度の数を集めたところで決して押せぬ――自分達を十把一絡げにしてしまえる強者がいることに。

 

 そして、知らなかったのだ。

 

 彼らと自分達とでは、積み重ねてきた研鑽も、(くぐ)ってきた修羅場も、何もかも桁違いであったことを。

 

 あの時、彼らが支部で放出した魔力がたったの3割程度であったことを。

 

 

 

 オオオオ――――ッ! と、上がる野太い雄叫び。武器を手に駆け出す野卑な集団。

 

 それらをひたりと見据えたアルが刃尾刀(じんびとう)の鯉口を切り、唇を動かさぬようにして地竜へ指示を出す。

 

「全速で突っ込んで俺を投げ飛ばせ。そのまま退()いてろ」

 

「ギャウッ!」

 

 グリム氏族の武芸者集団は、伏兵がバレるのを恐れてか馬がい(足が)ない。つまり、機動力に乏しい、ということ。

 

 ――好都合だ。

 

 内心で呟いた騎手の意を汲み、地竜が有り余る馬力任せに脚を踏み鳴らして突撃。直ぐに最高速へと至る。

 

 それだけで集団は僅かに怯んだ。守勢(まもり)を固められる前に強襲しようとしたら、先頭の青年が自分達の倍以上の捷さで駆けてきたのだから、然もありなん。

 

 彼我の距離が10m(メトロン)を切る。

 

 次の瞬間、ぐぐぐっと体躯を斜めに傾げた地竜が、街道の土を抉りながら急制動を掛け、速度が0になると同時にバッと背中を跳ね上げた。

 

 (さなが)ら、ロデオやハイサイドを彷彿とさせる挙動だ。

 

 当然、騎手に掛かるGは凄まじく、投げ飛ばされるような慣性が働く。

 

 だが、アルはその勢いを逆手に取り、地竜の背を蹴って跳躍。

 

 敵集団の視線を掻っ攫うように身を躍らせるや、左手で鞘を弾くように叩きつつ抜刀し、放り投げるように柄から手を離す。

 

 扇子を開くように銀弧を描いた刃尾刀が空で寝そべる。

 

「『火炎()』」

 

 直後、アルは噛みつくように(つか)を咥えながら魔術を発動した。

 

「……は?」

 

「あ……?」

 

 彼の眼下で、咄嗟に武器を構えていたグリム氏族の武芸者らは、()()()()()()()()()()()()()揃って怪訝な表情を浮かべ――……。

 

「「「「「――ッ!?」」」」」

 

 次いで瞠目した。

 

 なぜなら()()()()()()()()()()()()いる眼前で、アルが両手の五指から2m(メトロン)長の赤炎爪を伸ばしたからだ。

 

 バッと広げられた両腕が街道の3分の2に達するほどの細い影を幾つも落とし、赤褐色の瞳に宿る刃光の如き鋭い光が閃く。

 

 ――あの一瞬で、あんな数の魔術を? いや、そもそも『火炎()』じゃなかったのか?

 

 見上げる彼らが思考できたのはそこまで。それで精一杯だった。

 

()飛べ(ほえ)

 

 頭上から無情に発せられたアルの声が落ちてくるや、赤炎爪が斜十字(クロス)を描いて薙がれる。同時に射出(リリース)された『火炎爪』が爆発した。

 

「どぉわあぁッ!?」

 

「グバほああぁッ!?」

 

「ごあああッ!?」

 

「ッあ、熱いぃぃッ!」

 

 最前列で唖然としていた武芸者らが炸裂した爆風に吹き飛ばされ、一気に膨れ上がった炎熱に呑まれ、後続を巻き添えにしながら転がっていく。

 

 僅差で着地したアルは刃尾刀を左手に落としつつ、最も近かった武芸者へ一投足で間合いを詰めた――と、同時に胴蹴りを見舞った。

 

「ふッ!」

 

 マルクがやるような空手や拳闘に古武術を混合した――技術(テクニック)のある蹴撃、ではない。

 

 技術が心許(こころもと)ないゆえにこそ最も真理に近い、虚を()いて相手を壊す一撃。

 

 即ち――闘気で関節を強化し、中腰姿勢から僅かに膝を落としながら踏み込む際に、全体重と重力を打点に乗せた蹴りだ。

 

 それが呆気に取られていた武芸者に刺さった。

 

「ぉゴッ、ほぉ……ぉッ!?」

 

 メキャッと胴当てが抉り抜かれ、吸収しきれなかった衝撃に身体がくの字に折れ、唾液を撒き散らしながら吹き飛んでいく。

 

 アルはそちらを一顧だにすることなく、集団のド真ん中に突っ込んだ。

 

 雄叫びが一瞬で困惑と焦りを含む悲鳴に変わる。

 

「な、なんなんだよコイツはァッ!? あぐぶッ!?」

 

 ある者は駆ける勢いのままに膝を崩され、峰で腹と顎をぶん殴られ、

 

「うおあッ!? はべぇッ!?」

 

 ある者は突き出された刃に怯み、その隙に鞘で顎先をカチ上げられ、

 

「と、止めろおッ! 好きにさせん――なッぶ!?」

 

 ある者は顔面に峰を叩き込まれて轟沈した。

 

「ド畜生があッ! 囲めぇ! 囲んじまえば――――」

 

 グリム氏族の注意が暴れ廻るアルに向き、数で包囲しようと動き出す。だが、それこそが彼の狙いだ。次の瞬間。

 

「よっ、ガラ空きだぜー?」

 

 地竜の背を蹴って跳び出したマルクが、前列にいるクセして後方に気を取られて振り向いていた2名の頭を引っ掴むや、

 

「え……おごぶッ!?」

 

「しま――がっべ!?」

 

 どがっ! と、大地に叩きつけた。

 

「これで二人っと」

 

 ――神殿騎士共(あの連中)に較べりゃママゴトだな。

 

 マルクは内心で呟きつつ、先陣を切った幼馴染に続いて軽い足取りで集団に飛び込む。【人狼化】は使わない。

 

「ちッ!? こっ、コイツも止め――がッ!? ぅぉおわあぁッ!?」

 

 叫んだ中年武芸者の鼻っ柱に素早い突きのような拳が突き刺さり、直後、足払いと投げで勢い良く一回転してひっくり返った。後頭部、背中の強打で気絶だ。

 

「反応、ちーっと遅えぞ」

 

 たかだか出鼻を挫かれた程度で応戦も忘れる敵など、物の数じゃない。素人も同然だ。

 

「こ、この野郎ォ――ゴぶぇあッ!?」

 

 ある者は、闘気を込めた拳をお見舞いされてガクリと膝を落とし、

 

「は、はええ……あがッ!? ごっ!?」

 

 ある者は、鞭のように(しな)る蹴りに足を強打され、次いで流れるように繰り出された回し蹴りに顔面を蹴り抜かれ、

 

「く、くたばれやァ! ――あ゛!? ご、お、ぉ……ッ!?」

 

 ある者は、振り下ろした剣を平手でぺしっと(はた)かれて呆然としているところへ、内臓を抉り抜かれるような肘撃を受け、悶絶。苦しんでいる内に首筋を蹴倒された。

 

 これが遭遇戦に於いて、”鬼火”の一党所属の男衆が主に担っている仕事だ。

 

 アルが最前線、ないしは敵陣中央で遊撃。

 

 マルクが時と場合によって、撹乱と遊撃の比率を変えて器用に立ち回る。今回は相手とこちらで隔絶された実力があるので、より遊撃に比重が寄っている。

 

 囲まれているくせに適宜敵愾心(ヘイト)を煽ってくるのではなく、ほんの少し目を離せば猛然と襲い掛かってくるのだから、グリム氏族側からすれば堪ったものじゃないだろう。

 

 そのうえ――――。

 

「じゅ、術師ぃッ!? 何とかしやがれ!」

 

「わ、わかってらァ! こンのォッ! ちょこまかしてんじゃねえ、『雷閃花』ぁ!」

 

「か、『火炎槍』ぉっ!」

 

「『烈震牙(れっしんが)乱咲(みだれざき)』」

 

 術師による乱射に対し、アルは眉一つ動かさず、斧持ちに駆け寄りながらタタンっと足で魔術を発動。

 

 途端、大地から不規則(ランダム)に土石の牙がドバババババッと飛び出し、街道は一瞬で土石柱だらけに変じた。まるで禿げ掛かった竹林だ。

 

「の、危ねえッ!? な、なんだぁ!?」

 

「魔術だと!? んなヒマなかっただろ!?」

 

 直後、放たれた『雷閃花』と『火炎槍』がその内の数本にぶつかって霧散する。

 

「マルク! 上手いこと使ってくれ!」

 

 アルは左の逆手に握った黒蝋色の鞘へ闘気を流しつつ、一気に加速。構えた斧持ちの目前で掻き消えるように左へ跳躍。土石柱を蹴り飛ばして反転するや、

 

「いぎゃあああッ!?」

 

 斧持ちの足元を鞘で薙いで、膝を割り砕いた。そのまま勢いを殺さずに駆け、再び土石柱を蹴りつけて疾走方向を急転させる。

 

「おっ、便利だなそれ。了解だ!」

 

 雑に過ぎるが遮蔽、及びどうしても時間が経つごとに下がっていく撹乱・陽動効果の維持を目的としているのだろう。

 

 そうと察したマルクも動きを変えた。

 

 槍持ちの喉笛にしぱっと拳を叩き込んで跳び上がり、流れるように膝でコメカミを打ち抜く。

 

 そして着地するや否や、パッと疾走。アルと同様に土石柱をダダンッと蹴り飛ばして移動方向を急転させ、

 

「ひ、おぼぁッ!?」

 

 呆気に取られていた1人に飛び回状蹴りを叩き込んで吹き飛ばした。

 

「こ、コイツら止まらねえッ!?」

 

「何とかしやがれ!」

 

「お、お前ら何やってやがる!? ガキ二人だぞ!?」

 

 目配せ(アイコンタクト)さえない連携攻撃だ。単純な直線移動でもないので軌道も読めない。

 

 グリム氏族の集団は、弾球遊戯(ピンボール)の金属球が如く立体的に跳ね回る2人にすっかり翻弄されている。

 

「降りますか!?」

 

「このままで構わないわ。突っ込んでちょうだい! 術、任せるわよ!」

 

「わかりました!」

 

 そこへ、二人乗りしたラウラと凜華が一直線に地竜を突っ込ませた。

 

「こ、今度は何だ――グボアッ!?」

 

 振り向いた1名の腹部へ、硬鱗に覆われた地竜の重たい頭突きが炸裂。直後、竜上に前乗りしているラウラが左手をぱっと閃かせ、

 

「『雷閃花・(つむぎ)』!」

 

 刻印指輪で『複製』していた分も含めて魔術を5つ、並列繋ぎに展開して発動。

 

「あぐぐぐぐぐがッ!?」

 

「うぎぃッ!?」

 

 樹状にバッと広がった青白い稲妻の群れがグリム氏族を呑み込んで感電させていく。

 

 一方、後ろ乗りしていた凛華は【戦化粧】――【無垢の相】を発動。

 

「ぶっ飛びなさいな!」

 

 地竜の動きに合わせ、背中から引き抜いた尾重剣を右手で横に大きく薙いだ。

 

「ぐぼえええッ!?」

 

「おごほおぅッ!?」

 

 剣の腹で強かに殴られた数名が胃液を撒き散らしながらゴロゴロと転がっていく。

 

「クっソぉ! あのガキ共!」

 

「ぐ、この……待ちやがれ!」

 

 顔を真っ赤にしたグリム氏族の怒号。それを嘲笑うかのように、二人乗りの地竜が器用に土石柱を避けながら駆け抜け、武芸者らの間合いから退く。

 

 遊撃役と撹乱役を活かした一撃(ヒット・)離脱(アンド・)戦術(アウェイ)だ。

 

 ”極力殺すな”との指示通り、杖剣も尾重剣の刃を立てるのもなし。

 

 それでも、グリム氏族の戦力がどんどん削ぎ落とされていく。

 

「二人とも! いっくよー!」

 

 更にそこへ、エーラが呼び掛けると同時、上空にぱぱぱぱっと矢を速射した。

 

「ん、わかった!」

 

「おうよ!」

 

 よく通る彼女の声を耳にするや、敵陣の只中にいたアルが刃尾刀を咥えて、マルクが小剣持ちの顔面を踏みつけて土石柱へと跳びつく。

 

 僅差で矢が垂直に大地へと刺さった。途端、それらが蠢きながら紐解け、ズバババババッと細い網のように広がった。

 

「なっ、何だよこりゃあ!?」

 

「うおおぉッ!? なんだ!? 足留めか!?」

 

 武芸者の読み通り、それらは足留めに過ぎない。子供とて抜け出せるシロモノだ。彼らならほんの刹那、注意を取られるだろうが引き千切りながらだって戦える。

 

 だが、その刹那の隙を作り出すことこそがエーラの狙いだ。

 

 ――あの二人なら一瞬で充分っ!

 

 彼女の期待通り、黎い髪を靡かせた遊撃手とワインレッドの総髪を流した撹乱役が土石柱を蹴りつけて加速。

 

「でぇえあッ!」

 

 着地ざまに低く間合いを詰めたアルが刃尾刀を右に薙ぎ、

 

「う、ぎいゃあッ!?」

 

 長剣持ちの胴に銀の峰をめり込ませつつ、そのまま前進しながら一回転。

 

「だあッ!」

 

「ごびゅッ!?」

 

 左の逆手に持たせた鉄拵えの鞘で術師の顎を砕いた。

 

「おらよッ!」

 

 一方、マルクも飛び膝蹴りを放って、

 

「ぶげぁッ!?」

 

 槍持ちの顔面を潰しながら引き倒し、四足獣の如く低い体勢で疾走。

 

「もう、いっちょおッ!」

 

「ぶゲッ!?」

 

 勢いのまま体重を乗せたラリアットを術師の喉にお見舞いした。

 

「二人とも、さすがだ! 『鋳棘(いばら)の術』!」

 

「次は武器だよっ!」

 

 こちらはラウラ、凜華組と違って徹底した遠距離戦だ。

 

 敵陣を遠巻きにぐるぐると回りつつ、ソーニャが補佐するように足留め用に魔術を発動させ、エーラの精確無比な矢が複雑な軌道で敵の武器を落としたり、隙を作ったりと残存戦力の脅威度を削っていく。

 

「ぐぉ、いっづ、ぐ……あああああ!! ざけんな、クソがあッ!」

 

「鬱陶しい!」

 

「何とかならねえのか!?」

 

「ぐ、俺の武器が!」

 

「畜生――ぎゃあっ!?」

 

 得物を打ち払われたグリム氏族の激怒に染まった怒号と怨嗟がそこかしこで撒き散らされる。中には怒りに駆られて属性魔力を放つ者もいたが、やはり地竜に乗った2人には当たらない。

 

 それどころか、注意が逸れた隙にアルとマルクによって意識を刈り取られていく。

 

 ”鬼火”の一党の実力を完全に見誤ったグリム氏族の武芸者らは、成す術もなく翻弄されていた。

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

 そんな光景を前に、カーステンはあんぐりと口を開け、半ば放心さえしていた。

 

 グリム氏族と言えば、鋼業都市〈アイゼンリーベンシュタット〉でも三本の指に入る規模の氏族だ。所属武芸者も幅広く、五等級や四等級だっている。

 

 それが30名以上も。おまけに粗暴そうな見た目の連中ばかり。

 

 それに対し、こちらは10名。しかもその内、カーステンとミリセントは非戦闘員。そのうえ、武器を携えているのは全員が新人。

 

 敗色濃厚――どころじゃない。確定した未来……のはずだったと言うのに、蓋を開けてみればどうだ。

 

 グリム氏族の武芸者らは、今も悲鳴を上げて街道に転がっていく。

 

 ――あの連中は、ああも弱かったのか?

 

 そんな疑問が浮かび、カーステンは首をぶんぶんと振って否定した。

 

 ――違う、そうじゃない。あの一党が強過ぎるんだ……!

 

 息の合った連携に冷静な判断。一人一人の高い実力。

 

 ――何より……なんて絆だ。

 

 この戦況を俯瞰的に見られる非戦闘員(部外者)だからこそ、理解できる。

 

 短く指示を出して先陣を切った頭目。今も鮮やかに敵を転がしている彼の背中に、仲間達が揺るぎない信頼を寄せている。

 

 何があれば若い彼があれほど頼りにされているのかなど委細は不明だが、カーステンにも一つだけ理解できることがあった。

 

 彼が止まらない限り、きっと仲間達も止まらない。これが――――。

 

「これが、本当の武芸者か……」

 

「…………」

 

 彼の隣にいたミリセントは、その呟きが耳に入っているのか入っていないのか、ぽっかーんと口を開けたまま茫然としていた。

 

 『月刊武芸者』の熱心な愛読者として、色んな一党の活躍を知っている。だが、実際に戦闘を見たのはこれが初めてだった。

 

 それが普通だ。一歩間違えば呆気なく死ぬような武芸者の仕事に立ち会う一般人はそういない。

 

 だからこそ、見入っていた。いや、魅入られていた。鮮烈なまでの武芸者――否、彼らに。

 

 

 

 『紅蓮の疾風』の2人も彼ら一般人ほどではないにしろ、”鬼火”の一党の余裕さえ感じる様子に眩暈すら覚えていた。

 

 戦闘が行われているのは、およそ20m前方。ほんの目と鼻の先だ。

 

 だというのに、あまりにも遠い。まるで分厚い硝子越しに見ているかのように錯覚してしまいそうになる。

 

「オレだって……!」

 

 ディートフリートは歯を食い縛って、薙刀の柄を痛いほどに握り締めた。ああいう連中と肩を並べて戦えるようになりたい。

 

 だが、今の己では力不足だ。それも痛感してしまう。

 

 ――せめて、見届ける。

 

「ディーくん……わたしも、見ておかなくちゃ」

 

 レイチェルは相棒に視線をやり、直ぐに眼前の光景に視線を戻した。

 

 目で追い掛けるのは、昨日仲を深めたばかりの少女ら――”鬼火”の一党の女性陣。

 

 彼女らは視線のみでやり取りし、時に中心で戦う男衆の補助を、時に素早く重い一撃を加えて敵の数を的確に減らしている。

 

 レイチェルは強く思った。あんな風になりたい、と。

 

 ――護られるだけじゃなくて、助け合えるように。

 

 彼らがそんな思いを胸に秘めた時だ。状況に変化が生じた。

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

 気の触れたかのような無茶苦茶な抑揚の声。 

 

「クソガキぃぃッ! 死ねッ! 死んじまえッ!」

 

 叫んだのはチンピラ武芸者だった。初撃の『火炎爪』で転がっていたようだが、気絶はしていなかったらしい。

 

「コイツでおっ死ねやあッ!!」

 

 歯も折ったらしい。唾を飛ばして喚きながら、振りかぶって何かを投げた。

 

「おっと。なんだ?」

 

 咄嗟に躱し、振り返ったアルが怪訝な顔をする。

 

 一方でグリム氏族の連中は、土に転がっていったそれを見た途端、慌てふためいた。

 

「なっ!? バ、バカ野郎ぉ!!」

 

「トチ狂いやがって!」

 

「や、ヤベえ!」

 

 口々にチンピラ武芸者を非難し、距離を取ろうとする。

 

 それは、丸っこい金属球だった。表面に薄っすらと、赤い幾何学紋様の走査線が走っている。

 

 アルの背筋を厭な悪寒が駆け抜ける。

 

「チッ、翡翠っ! 逃げろ!」

 

「カアッ!!」

 

 上空の使い魔に指示を叫び、刃尾刀の切っ先で球体を跳ね上げるや、街道から逸れた上空目掛けて鞘でカァンッと打ち上げた。

 

 夜天翡翠が旋回しながら急上昇した――瞬間。

 

 金属球に走った走査線が一際赤く発光。カッ! と、空の端が白く染まったかと思いきや、轟音を上げて爆発した。

 

「な、爆弾っ!?」

 

「そんなモノまで……!」

 

 レイチェルが愕然と目を見開き、アルが歯噛みする。

 

 直後、チンピラ武芸者が叫んだ。

 

「テメエら今の内だ! さっさと()っちまえ!」

 

「ちいっ!」

 

 アルは舌打ちを一つ。

 

 ――アイツ、余計なことを。陽動の効果が削がれた。

 

 周囲からの殺気が拡散したのを察知し、エーラの矢によって無手になったらしい武芸者の喉を鞘で衝き、

 

「っこ!? かぶッ!?」

 

 刃尾刀の峰を首筋に叩き込む。

 

 見れば、地竜に乗っている4人はまだ大丈夫そうだが、残っている敵の半数は当初の進行方向――つまり、馬車の方を向いている。

 

 ――急いで片付けないと!

 

 だが、彼の危惧している展開は、思いの外早く訪れてしまった。

 

「そういやよぉ、コイツらもいたよなァ?」

 

「あんな連中とやり合うなんざ、馬鹿のするこった。へっ、俺らはこっちで我慢してやんよぉ」

 

「なんだよ、おぉい。こっちも可愛いじゃん」

 

 氏族の集団から外れた3人が、記者の2人と護衛の2人に目を付けてしまったのだ。

 

「ちっくしょう!」

 

 あからさまに慌てたディートフリートが前に出ながら、馬上で薙刀を構える。

 

 『紅蓮の疾風』は対人戦闘依頼をほとんど熟していない。()してや殺人の経験など、あるはずもない。

 

「はんっ、馬鹿かテメエ!」

 

 それを知ってか知らずか、しかし彼の乗っている馬が軍馬でないと見抜いたグリム氏族の1人は、粗い炎属性魔力を足元に放った。

 

「おわっ!?」

 

「きゃあっ!?」

 

 蹄の先に着弾した炎に(おのの)き、馬が嘶いて暴れる。

 

「くうっ、どわっ!? っづ、あっぶねえ!」

 

 ディートフリートは勢い良く振り落とされ、咳き込む寸前、眼の前に落ちてきた馬脚から何とか逃れた。

 

「きゃっ!? くっ……!」

 

 彼ほど勢い良くじゃないが、レイチェルも落馬してしまい、「けほ、けほっ」と咳き込む。その間に馬は2頭とも街道から外れた方に逃げていってしまった。

 

「ぐ、畜生……いってえ」

 

 ディートフリートが痛みに呻いたのも束の間、

 

「野郎はお呼びじゃねえんだよ!」

 

 ニタリと笑った武芸者が駆けてきて直剣を振り下ろす。

 

「っく、う!?」

 

 慌てて手放さなかった薙刀を掲げて刃を受けた。が、体勢が不利だ。そもそもまだ成長期。上背でも負けているし、腰骨を強打したばかりで足が覚束ない。

 

「ああん? 面倒だって! ほれほれ!」

 

 剣持ちの中年武芸者が弄ぶように刃をばしばしと叩きつけてくる。

 

 その一方、残りの2人も彼の相棒へとにじり寄っていた。どちらも下卑たニタニタ笑いを浮かべている。

 

「レイチェルっ!」

 

「ヨソ見してんなよ、おらァッ!!」

 

「ぐっ!? ち、くしょう!」

 

 はっとしたディートフリートが叫ぶも、剣持ちが荒く殴りつけて妨害する。とてもではないが、助けに行けそうもない。

 

「き、君達……!」

 

「っ!」

 

 レイチェルの後ろから、カーステンの声とミリセントの息を呑む音がする。2人はマトモな武器すら持っていない。

 

 ――護らなきゃ。

 

 だが敵は同じ武芸者で、しかも自分達と等級も変わらなそうな相手に見える。何よりこの連中は恐らく、人を傷つけることに何の躊躇(ためら)いもない。

 

「来ないでっ! それ以上近寄ったら、撃つ!」

 

 レイチェルは相棒同様、手離さなかった回転式魔導機構拳銃(リボルバー)を向けた。

 

 すると剣持ち2人は顔を見合わせ、次いでゲラゲラと下品な笑い声を上げる。

 

「ぷっひゃははは! んなオモチャでどうしようってんだぁ?」

 

「それ銃だろぉ? そんなちっこいのがオレらに効くと思ってんのか?」

 

「それよか俺らと楽しいことでもしようや。なぁ?」

 

「そうそう、可愛がってやんぜ?」

 

 下衆な煽り声。

 

 銃工房の娘としても、女としても怒りに駆られたレイチェルが撃鉄(ハンマー)をチャ……と起こす。

 

 こちらの拳銃は弾倉に実包を込めるのではなく、その都度、魔力を()()()()()()引き鉄を引く(タイプ)だ。

 

「レイチェル!」

 

 蹴りを柄で受け止めたディートフリートが焦った声で後方に呼びかける。

 

 彼の前にいた剣持ちは、その隙を見逃さなかった。

 

「バァカ! オメエはとっとと死んどけって!」

 

 荒々しく剣を突き込んでくる。

 

「ちっ……ぁが、ぐうぅぅっ!?」

 

 ハッとしたディートフリートは刃が刺さる寸前、薙刀を胸元まで引き上げた――おかげで致命の一撃こそ避けられたが、左肩に突き刺さり、冷たい痛みが奔ると共に貫通。

 

 赤黒い血飛沫が舞う。

 

「ディーくんっ!?」

 

 レイチェルは甲高い悲鳴を上げた。

 

「あ~あ~。彼氏、可哀そうに」

 

「オレらが忘れさせてやるよ」

 

 不精髭を生やした小汚い剣持ち2名がニタニタ笑う。

 

 その瞬間、レイチェルは片方に向けて引き鉄を絞った。

 

 彼女の激情が乗った魔弾が一条の閃光となって武芸者の額をあっさりと貫く。次いで、声もなくドサリと崩れ落ちた。

 

「…………あ?」

 

 額に黒い穴を空けて斃れた仲間にもう1名が唖然とする。

 

「どいて!」

 

 レイチェルの心を重くさせていた殺人への忌避感は、淡い想いを寄せる相棒を傷つけられた激怒によって、一時的に蹴り飛ばされていた。

 

 躊躇なく再度、引き鉄を絞る。先程の一発は光属性の魔力を圧縮し、貫通力を高めた光術弾。

 

「テ、テメエ!」

 

 だが、腐っても相手は武芸者。

 

 回転弾倉が回り、次に吐き出した弾丸が炎術弾だったせいもあるが、焦った顔でどうにか銃口から弾道を読んで躱すや、剣で弾き飛ばす。

 

「く、うっ!」

 

 レイチェルの手から拳銃が離れていく。

 

「とんだメスガキだな、おい!」

 

 ――もう片方を!

 

 と、レイチェルが思考するも、そちらは魔力を溜めなければ撃てない。近接間合いでは抜いた時点で負けると判断し、落とされた回転式の方へ飛びつく。

 

 だが、剣持ちの武芸者は個人五等級の男であった。

 

「させねえよッ!」

 

「あぐっ!?」

 

 銃を掴んだ瞬間に手を踏みつけられ、首筋に刃を当てられる。しかし、レイチェルは銃を握りしめたまま手を離さない。

 

「今なら楽しむだけで勘弁してやるよ、ソイツを離しな」

 

 剣持ちがグリグリと少女の手を踏み躙る。

 

「ぅ、ぐぅ……!」

 

 優位に立った途端、またニマニマと笑い出した。仲間が1人死んだというのにこれだ。

 

 だから気付けもしないのだ。脳髄が痺れるほどの嚇怒に脊椎を貫かれた、彼女の相棒に。

 

「さっさと死んでくん――ブゲッ!?」

 

 ディートフリートの左肩から剣をだらだらと引き抜いていた武芸者の鼻が、青筋を浮かべた彼の頭突きによってひしゃげる。

 

「邪魔、すんじゃねえ!」

 

 直後、握り締められていた薙刀の広刃が振るわれた。

 

「ぉご――っパ?」

 

 型もへったくれもない、荒い薙ぎ払いだ。然れどその分だけ、腕力も、体重も、遠心力も乗っていた。

 

 たたらを踏んで鼻を押えていた武芸者の左手首を落とし、喉元をも斬り裂く。信じられない、という顔で剣持ちが口元をパクパクさせて(くずお)れていく。

 

 だが、今のディートフリートは気にしちゃいない。

 

 左肩に刺さっていた剣を「んがああっ!」と引き抜きざま、

 

「レイチェルからっ……離れやがれ、クズ野郎ぉ!!」

 

 渾身の力で投擲する。

 

 近接職の六等級武芸者が全力で投げた剣がどれほどの威力を持つか。少女の手を踏みつけていた下衆は、身を以て証明することになった。

 

「いぎゃあッ!?」

 

 有らん限りの力で投擲された剣が、五等級武芸者の左肩甲骨を砕き、肩に掛けて貫通。肺を傷つけ、鎖骨を粉砕させた刃が腋の上から飛び出す。

 

 男の剣が地に落ちた――時には、憤怒に染まったディートフリートが駆け出していた。

 

「くっ、たばれえッ!!」

 

 悲鳴が上がる前に、薙刀をザン……ッと振るう。

 

 少なくない左肩の流血と痛みを緊急分泌物質(アドレナリン)で無視した、両手の薙ぎ払い。

 

 一瞬だけ鮮血が噴き出し、ニマニマ笑いと驚愕を同居させた表情を貼り付けたままの首がごろりと落ちた。

 

 次いで、力ない骸が斃れ伏し、赤黒い血が土に染み込んでいく。

 

「レイチェルっ! 無事か!?」

 

「ディーくんっ、肩は!? 大丈夫っ!?」

 

 互いに安否を確認し、

 

「痛えけど、死んじゃいねえ。一応、骨も大丈夫……なはず。それよか遅くなって悪かった。そっちのケガは?」

 

「ううん。手、ちょっと痛いだけ」

 

 ほっと息をついた。

 

「そか、良かった…………う゛っ!? い゛っづぅ~~!?」

 

 だが、安心したせいかディートフリートの左肩が激痛を訴え始める。

 

「だ、大丈夫?」

 

「づぅぅ~~……まぁ一応な。あいつらはどうなってる?」

 

 治療しなければならないが、まだ戦闘中なせいで革鎧を脱ぐわけにもいかない。

 

 ひとまずレイチェルに傷を押えてもらいながら2人で”鬼火”の一党の方に視線を向ける。

 

「ひぃ……!?」

 

「余計な手間を取らせてくれたな」

 

 そこでは、眼光鋭いアルが不様に尻もちをついたチンピラ武芸者に切っ先を向けているところだった。

 

 他の1名と2組も丁度、眼前の敵を片付け終わったところのようだ。情報収集のため殺さない選択肢を取ったが、そのせいで時間が掛かった。

 

 大規模な魔術は使えないし、『気刃の術』もロクに使えない。

 

「ディートフリート、大丈夫?」

 

「レイチェルも。すまない、遅れた」

 

 地竜に乗ったエーラとソーニャが()ぐに『紅蓮の疾風』の下へ戻って来る。

 

「合同依頼だろ。オレらも仕事しただけだ。気にすんな……って、いづづづっ」

 

「わたしも大丈夫。ねえディーくんの傷、深そうなの。包帯以外に何か効きそうなの持っていない? あ、針と糸ならあるよ」

 

 手を赤く染めたレイチェルが心配そうに問うた。こんな負傷など見たことないのだ。不安に駆られて当然だろう。

 

「あるよ、癒薬帯。あっち、もうおしまいだからボクに任せて」

 

 ぴょんっと地竜から飛び下りたエーラが左肩を触ろうとすると、他ならぬディートフリート自身が右手を上げて止めた。

 

「どしたの?」

 

「ディーくん?」

 

「や……終わるまでさ、ちゃんと見ときてえんだ」

 

 彼の視線の先には仁王立ちしたアルとマルクがいる。

 

「や、やめろ、やめてくれ! 悪かった! 悪かったって!」

 

 チンピラ武芸者は命乞いをしているようだ。

 

「こんな下っ端、大事な情報なんて握ってねえんじゃねえか?」

 

「……どこまでも使えないな」

 

 男衆の冷たい声音。

 

「ひっ!? な、なぁ悪かった! か、金ならやるから――あぎょッ!? ごべッ!?」

 

 肝を冷やしたチンピラが無駄にぎゃあぎゃあと(さえず)り出すや、マルクがその顎を蹴り上げ、アルが刃尾刀の峰を顔面に振り下ろす。そして一言。

 

「「もう寝てろ、くそったれ」」

 

「はぁ。やーっと終わったわねぇ」

 

「ふぅ……ですね。お疲れさまでした」

 

 周囲に倒れ伏すグリム氏族の武芸者らを見遣りながら、凛華とラウラが微笑み合う。

 

「……やっぱ強えな、お前ら」

 

 ディートフリートは地竜を呼び戻すアルや傷一つ負っていないマルクを見て、ぽつりと呟いた。

 

「そりゃあ、いろいろ(くぐ)り抜けてきたからねぇ」

 

 エーラがいつもの雰囲気に戻ってのんびりと返し、

 

(くぐ)りたくもない修羅場ばかりだったがな」

 

 ソーニャが苦笑する。

 

「そっか。そうだよな」

 

 ディートフリートは自分でも驚くほど、すんなりと納得できた。

 

 魔族のいる一党だからだの、何だのじゃない。今日みたいな戦いを何度も繰り返してきたから、今の彼らがあるのだ。

 

 それと同時、忘れられそうもない感触――2人も殺めてしまったという罪悪感が心に圧し掛かってくる。

 

 ――あいつが言ってたのは、これだ。

 

 この依頼を請ける前、アルに言われたことを思い出す。べったりと残る不快感と嫌悪感。肉と骨を断った時の感覚に背筋が冷たくなる。

 

 そんな彼の右手を包むようにレイチェルが握った。

 

「ありがとね、ディーくん。おかげで助かったよ」

 

 その手は、震えている。彼女も同じ感情と向き合っているのだ。

 

「……仲間なんだから、当たり前だろ」

 

 ディートフリートは一度歯を食い縛って、ぎこちない笑みを作る。無理はしているが、それでも微笑んで見せた。

 

 あの瞬間の己の行いに悔いはない、そう彼女に届くように。

 

「うん……強くなろうね、わたし達も」

 

「おうっ! あっ……い゛ってぇぇぇ~~!?」

 

「はーい、手当てするよ~」

 

 空気を読んで黙っていた耳長娘がささ~っとやってくる。手にはバッチリ癒薬帯も握っていた。

 

「凄いものを見た……君、大丈夫かい?」

 

「あ、ありがとうございましたぁ……あのぅ、そっちのお兄さん、お怪我は大丈夫ですかぁ~……? 馬もどこか行っちゃったし~、良かったら私、馬車の席譲りましょうかぁ~……?」

 

 カーステンとミリセントも放心と心配が()い交ぜになったような顔で馬車を降りてくる。

 

 こうして、短くも濃厚な戦闘はようやく終わりを迎えた。

 

 

 

 最終的に、襲撃してきたグリム氏族の武芸者――総勢32名は内3名が死亡、12名が重傷。

 

 一行は当然の如く、ディートフリートの手当てを優先。

 

 その後、襲撃者連中をツタや縄で縛り上げ、傷口もすっかり凍らせて雑に纏めた冰塊(ひょうかい)を馬車で引きずりながら、鋼業都市〈アイゼンリーベンシュタット〉へと帰還するのであった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。