日輪の半龍人   作:倉田 創藍

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11話 女侯爵の憂鬱、やってきた前伯爵

 鋼業都市〈アイゼンリーベンシュタット〉。

 

 現在、当代の侯爵位を預かり、この地を治めているのは『熱血女侯爵』との呼び名で市井に親しまれているパトリツィア・シュミットという女性だ。

 

 年齢(とし)はギリギリ40手前――のはずなのだが、20代後半にしか見えぬほどに若々しく、活気に溢れている。

 

 手入れの行き届いた焦げ茶の長髪を(なび)かせ、力強い目元をキリッとさせて威風堂々都市を()く姿は領民達から広く支持され、特に女性からの人気は絶大だ。

 

 男に媚びることなく堂々とした様は、働く女性の憧れに。

 

 未だ衰えることのない美貌としゃんとした雰囲気は、少しばかりお腹の肉が気になりだした奥様方の憧れに。

 

 また、恋愛結婚にてしっかりと入り婿を取っており、未だ子を成してはいないものの、世継ぎの心配をさせぬほどには仲睦まじいことでも有名である。

 

 領主館を兼ねた頑健な城を居城としており、都市南に広がる立派な城壁は何を隠そう――実際に半ばまでを都市の防壁として利用していたりする。

 

 それほどに分厚く、高いのだ。城内に区分けされた練兵場と領軍官舎まで備わっている、と言えば規模も理解しやすいだろう。

 

 その名も、シュルスシュタイン城と云う。

 

 要塞とも、優美な古城とも取れる歴史ある独特の建築様式はアルクスをして、

 

「日本とヨーロッパのお城を足して二で割ったような感じなのに、ちっとも違和感ない」

 

 と、言わしめたシュミット家の誇りだ。

 

 

 

 今日はそのシュルスシュタイン城に珍客が訪れていた。

 

 パトリツィアの夫であり、政務補佐を務めるライナー・シュミットは来客者の名を確認すると直ぐに応接室へと通すよう伝達し、自身は妻を呼ぶべく装飾の少ない廊下を急いだ。

 

 熱血女侯爵も報せを受けるや、やや急ぎ足で応接室へと出向く。

 

 その数分後。

 

 夫婦の対面に座す客――そこそこに大柄な白髪混じりの男性が、矍鑠(かくしゃく)とした動作で腰を折って、口上を述べる。

 

「お久しゅう御座います。パトリツィア閣下、並びにライナー様もご壮健のようで何よりの事と存じ上げます。このように座しての挨拶――寛大にも御容赦頂いたこと、敬服の至りに御座います」

 

 男性は既に老境に入っていた……はずなのだが、一本筋の通った背中や確かで滑らかな動きは、とても老齢の成せるそれではなかった。

 

 何より目だ。まるで気高い鷹を彷彿とさせるその瞳には、理知と穏やかな光が宿っている。

 

 (さなが)ら、老年の現役騎士だ。

 

「……その口調は、()してはくれないか?」

 

 調子が狂う。と、パトリツィアは苦笑を零して手をふりふりさせた。隣の夫も困ったように笑みを浮かべている。

 

「しかし――」

 

「私が庭で槍を振り回して遊んでいた頃には、既に武芸都市を預かる当主として辣腕を振るっていた者へ偉そうになど出来ぬよ。それほど恥知らずになったつもりもない」

 

 パトリツィアがそう言うと、老年の男性は顔を上げて悪戯っぽく唇の端を吊り上げてみせた。

 

「そこまで言われては致し方ありませぬ。久しいですな、パトリツィア嬢、ライナー殿」

 

「お久しぶりです、ランドルフ殿」

 

「ふふ、この年齢(とし)の女をつかまえて”嬢”とは世辞も達者であったか」

 

「老いさらばえた身からすれば、まだまだ令嬢と呼んでも相応しく見えるのです。御容赦頂きたい」

 

「はははっ、許そう。若く見られて不快に思う女などおらん」

 

 そう。珍客とはアルクスの祖父であり、前〈ウィルデリッタルト(武芸都市)〉領主ランドルフ・シルトその人である。

 

 たった2人を伴に連れてきたようだ、と聞かされたときは、さしもの侯爵夫婦でさえ呆れたものだ。と、同時に納得も覚えた。

 

 なにせもう一人、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 かの血筋の者は滅多矢鱈に足取り(フットワーク)が軽いのだ。武芸者として受け継がれてきた血の成せる業なのだろうか。

 

「しかし……『老いさらばえた』とは、また大法螺(おおぼら)を吹いたな? 数年前に会った時より数段は頑健そうに見えるぞ」

 

 30歳近く上なぞとは到底思えん。と、女侯爵が愉快そうに言えば、

 

「家督を譲って、かなりの月日が経ちましたからな。暇がある、孫もおる――となれば健康にも気を遣おうというものです。最近は毎日、朝から妻と散歩に出かけたり、孫の武芸を見たりと身体を動かしておるのですよ」

 

 ほっほ、と。ランドルフが好々爺の如き顔で笑ってみせた。

 

 ちなみにだが、この”運動”と言うのがかなりの曲者である。

 

 というのも、彼の孫(アルクス)が武芸都市を発つ際――。

 

操魔核(そうまかく)を鍛えれば魔力の質も深まるし、そうすれば長生きしやすい傾向にありますから、これ置いてきますね。今度生まれてくる孫のことも長く見られますよ」

 

 と言って『吸魔陣・改』という発動すれば緩やかに魔力を吸い出していく術式を残していった。

 

 身体へ急激な負荷が掛かる通常の『吸魔陣』と違って、『改』は魔力をゆっくりと吸い出す効果がある。

 

 そのため、それを懐に忍ばせて歩く――というのが、丁度良い運動になっているのだ。

 

 シルトの老夫婦は最近、ほぼ毎朝これを使いながら散歩に出かけている。

 

 ランドルフに至っては『黒鉄の旋風』と混じって孫イリスに槍を教えていたりするので、数年前より明らかに身体のキレが良くなっていた。

 

「仲睦まじいようで何よりです」

 

 ライナーが優しげに笑むと、彼もまた楽しそうに言葉を返す。

 

「いやいや、そちらも仲睦まじいとの話を――それはもう、年がら年中聞き及んでおるところですぞ」

 

「たはは、お恥ずかしい」

 

 きまりの悪そうな顔で照れを見せる夫を可愛く思いつつ、

 

「して、ランドルフ殿。此度(こたび)何用(なによう)で参ったのだ? 話の腰を折って申し訳ないが、こういうことは早く済ませておきたい性質(たち)でな」

 

 パトリツィアは本題に入ることにした。

 

「ああ、これは失敬。今度、我らが都市〈ウィルデリッタルト〉に新しく、大衆浴場を立てようとしておりましてな。森人に問うてみたところ、『浴槽は木や石の方が風情もあって良かろうが、建物そのものはやはり鋼材に頼るのが一番だろう』との答えを貰ったもので、ならば早速と纏まった量の買い付けに参った次第です」

 

「鋼材か。では、取引に?」

 

「左様で。言い値で買いたい……と申したいところですが、生憎と今うちの財政を握っておるのは息子ですからな。『恨まれぬ程度に負けてもらってくれ』と言われて参った――と、まあこんな具合ですな」

 

「ぷっ、ははははっ! 相も変わらず腹を(さら)けて交渉に入るのだな、シルトの者は」

 

「トビアス――いや、トビアス殿がああなるのも頷けるというものです」

 

 侯爵夫婦が懐かしさと痛快な気分から、愛想と無縁の笑い声を上げる。

 

 こうやって、あまりに清々しく言い切るものだからそのくらいの頼まれ事なら引き受けても良いか、と思ってしまうのだ。

 

 特にライナーはトビアス・シルトという男をよく知っている。何と言ったって、士官学院時代の同期で、未だに親交のある友人だ。

 

「いやなに、根っからの貴族というわけでもありませんでな。未だ家訓に残っているほどですぞ? 『薄い(かゆ)なら麦より蕎麦(そば)』と」

 

 ランドルフがわざと真面目腐って言えば、侯爵夫婦が堪らぬと云った風情で更に笑う。

 

 シルト家は”武芸者”と呼ばれ始めた頃、貴族位を受けて興った亡国の騎士家だ。

 

 今でこそ立派な領主館もあるが最初はあばら家だった。伯爵家の中でも質素な生活を送っている方だろう。そして、それを良しとしている。

 

 家訓として先の言葉を失伝させないでいるのも、

 

『腹持ちの良い蕎麦粥を啜っていれば死ぬことだけはない。そんな生活に戻りたくなければ(おご)らず、(たゆ)まずを心掛けろ』

 

 と遺した、煤だらけの鎧を着ていた先祖を誇りに思っているからだ。

 

「やはりシルト家の者は清々しいな。北部の連中にも聞かせてやりたいくらいだ」

 

「と、仰いますと北部は、相も変わらぬようですな」

 

「うむ。正直なところ、北部自体が二分されていてな。まったく、王国に毒されおって」

 

 パトリツィアは気の強そうな顔を忌々し気に歪めてみせた。

 

 北部貴族は南部貴族と違って仮想敵国が王国しかない。その為か、やたらと貴族同士でぶつかる傾向にあるし、帝国貴族らしくない価値観を持っているのだ。

 

 これには帝都で働く中央貴族も、呼び出されるたび無駄な時間を過ごすことになる南部貴族もほとほと嫌気が差している。

 

「と、すまない。話が逸れたな、あんな連中はどうでもいい。大衆浴場と言っていたな? 規模はどれほどになるのだ?」

 

「数軒建てる予定でして、規模は……うぅむ。平均的な協会支部と同等、が理想ですな」

 

 ランドルフはそう応えた。彼の理想は、隠れ里の湯屋である。

 

 大き過ぎず小さ過ぎず。みすぼらしくなければそれで良い。

 

「数軒……新しい施策を思いつかれたので?」

 

 ライナーが不思議そうに問うが、ランドルフはただ……隠れ里の”風呂”が忘れられないだけである。

 

「はははっ、施策などではありませぬよ。最近になって、大勢と風呂に入るという経験をさせてもらいましてな。あの雰囲気に当てられておるのです」

 

 酒まで入ってどんちゃん騒ぎになったときのことを思い返し、陽気な笑みを湛えた。彼にとってあの経験は、純粋に喜楽の感情を強く揺さぶられた出来事であったのだ。

 

「大勢と?」

 

 ライナーが驚いて眼を見開く。

 

 それも当然だろう。貴族のランドルフが大勢と入ったと言ったのだから。

 

「左様。良いものですぞ。他愛もない話に興じながら疲れを流す、というのも」

 

「ほほう。そう言われると体験してみたい気もしますね」

 

武芸都市(うち)に来られた際には是非とも行ってみると良いですぞ。トビアスも喜びましょう」

 

「友と雑談に興じながら汗を流す……ですか。悪くないかもしれません」

 

 すっかりその気になってしまった夫とニコニコしている好々爺に、パトリツィアは困った笑みを浮かべて話を戻しにかかった。

 

「それは良い案だと思うが、ひとまず話を詰めないか? ランドルフ殿とゆっくり話に興じるのは後でも構わぬだろう」

 

「ああ、そうだった。すまない」

 

相済(あいす)みませぬな、久方振りに息子の友人に会って上がってしもうたようです」

 

「構わぬさ。本当に貴族なのかと思うほど話しやすいのだから、私とて同性ならそうなっていただろう」

 

 パトリツィアがそう言って、ランドルフと交渉に掛かる。どちらもやり手の貴族だ。

 

 良い落としどころを見つけるのに、そう時間もかからなかった。

 

 

 * * *

 

 

 数時間後。

 

 夕食の席に呼ばれたランドルフは、護衛2名を伴ってシュミット家の食卓についていた。

 

「しかし……パトリツィア嬢が組合に話を通すまでに時間が掛かるとは、一体何があったのです?」

 

 少々眉を(ひそ)めつつ、遠目の真向かいにいる女侯爵へ問う。

 

 途端、彼女は形の良い眉を八の字にさせた。

 

「氏族の馬鹿共が騒いでいるのだ。最近は抗争だのなんだので兵が割かれるし、都市(まち)も荒れている。まったく厄介なことだ」

 

 彼女の言う通り、現在、この都市は初と言っても良いほどに大荒れしていた。領民を守るべく領軍も国軍もてんやわんやな状態となっている。

 

 一度、30名近い武芸者が拘置所にぶち込まれるという事態も起きていたし、その直後に殺人まで起こってしまった。

 

 それを皮切りにするかのように、都市のあらゆる場所で俄に武芸者同士が()り合い始めるようになり、対応に追われている。

 

「氏族同士の抗争……ですか? あ、ごめんなさい」

 

 思わず、といった風情でランドルフの護衛――白い肌の森人の女性は口を挟んでしまい、慌てて謝罪を入れた。

 

「構わぬ。『護衛も一緒で良い』と言ったのは私だ」

 

 パトリツィアが彼女に向かって言う。

 

「我々には馴染みがないな」

 

 もう1人の護衛―――森人の男性の方はいまいち感覚が掴めないといった顔だ。

 

「武芸都市には氏族がおらん。そもそも支援組織として協会があるのだから、本来群れずとも問題ない。君らの一党がそうであるようにな」

 

 ランドルフは『黒鉄(くろがね)の旋風』所属の森人剣士ケリアと森人弓術士プリムラにそう応えた。

 

 彼らは個人でも一党でも立派な三等級である。

 

「まったくその通りだ。貴君らの爪の垢でも飲ませれば、連中も少しは落ち着くのやもしれんな」

 

 彼らの認識票にちらと眼をやったパトリツィアは肩を落としてみせた。本当に困っているらしい。

 

「一応、探りは入れてますがどうにもこうにも。相手が武芸者である以上、こちらも下手に兵の数を絞れませんし、困ったものですよ」

 

 ライナーも渋い顔を隠せない。最近は、そのせいで差し支える業務が顕著になってきている。

 

「……そういうわけで話をつけて、運搬日程が決まるまではこちらの迎賓館に滞在して頂きたい。勿論、そちらの護衛二人も。それと、もし町に降りることがあるのなら重々注意してもらいたい。今のところ民間人に被害は出ていないが何軒かは『店先が壊された』という報告が来ている」

 

「感謝致しますぞ」

 

 疲れた顔で告げるパトリツィアにランドルフが深く頷き、ケリアとプリムラも気を引き締めつつ礼を口にする。

 

 と、そこでライナーがおずおずとした様子でこう訊ねた。

 

「ところで、ランドルフ殿。一つ伺いたいことがありまして……その、トビアス殿は息災でしょうか?」

 

「はて? 息子なら怪我も病気もありませんが、どうされた? 何か用がおありでしたかな?」

 

 質問の意図がわからず、シルト領の前領主がきょとんとする。

 

「あ、いえ、そういうわけじゃ……近頃、便りが来なくなったので〈ゼーレンフィールン〉の件以降に怪我や病気でもしたのかと気になっていたのです。去年の中ほどまでは『兄上の行方が判る手掛かりはないだろうか? そちらに居たりしないか?』と、そんな文面の手紙を定期的に受けておりましたもので」

 

 ライナーがそう応えると、ランドルフは「ははぁ」と得心がいった顔をし、同時に申し訳なさも入り混ぜた。

 

 すっかり解決してしまったので、彼の息子も忘れていたのだろう。頭から吹き飛ぶほどには衝撃的なことばかりだったから。

 

「それは失礼を。息子は元気にしております。便りが来なくなったのは、その件が解決したからなのです」

 

「えっ? トビアス殿の兄上――ユリウス殿が見つかったのですか!?」

 

 もう10年以上、音信不通だと聞いていたのだ。ライナーが驚くのも無理はない。

 

「それで、ユリウス殿はどこにいたのだ?」

 

 だが、パトリツィアまでも驚愕を隠さぬまま訊ねた。

 

「え? パトリツィア、ユリウス殿を知ってるのかい?」

 

 妻の反応に顔見知りのような気がしたライナーが問う。

 

 トビアスと士官学院に入って直ぐからの友人である自分は卒業間近のユリウスとも知己ではあるが、パトリツィアはその2年ほど学年が下だ。

 

 入学した頃にユリウスは居なかったはずである。

 

「ああ。その昔……と言っても大昔だな。私が十歳にも満たぬ――幼い頃だ。侯爵家主催の社交会にやってきたユリウス殿に助言を貰ったことがあってな」

 

「息子が助言を?」

 

 そんな話を聞いた覚えもないランドルフは驚いた。

 

「ああ、うん……当時から私は侯爵家を継ぎたい、と考えていた。子供は私しかいないし、母はあまり身体が強くない。だが、父や周囲の者がかなり難色を示しててな。それで私は――……ま、有り(てい)に言って、不貞腐(ふてくさ)れていたのだ」

 

「そこにユリウス殿が?」

 

「うむ。しょげている私など見向きもせず、護衛に手合わせというか手ほどきをしてくれと頼んできた。自分は武芸者になりたいのだ、と言ってな」

 

 懐かしそうにパトリツィアが穏やかな笑みを湛える。

 

「息子が申し訳ありませぬ。武芸者になるのは止めておらんかったのですが、一応何かあった時に頼れる者が居れば良い、と考えて社交会には参加させておったのです」

 

 ランドルフは言い訳染みた言葉を口にした。

 

 ――今更、礼を失しておらぬか心配せねばならんとは……。

 

「いや、当時の私はそんなユリウス殿に呆気に取られてしまってなぁ。他の貴族の子息らは、まだ子供の私にすり寄ってくるような連中ばかりだったが、彼だけは『義務は果たした』とばかりに私への挨拶を適当に済ませて護衛に挑みだしたのだぞ。そんな者、一人も居なかった」

 

「それは……居ないだろうね」

 

 侯爵家と言えば、皇族の血を引いていない――実質最高位に属する貴族だ。無視する者の方が稀有である。

 

「済みませぬ」

 

 ランドルフにはそれしか言えなかった。

 

「いやいや、それが鮮烈でな。勢いに押されて許可を出したのだが、当時のユリウス殿は――……そこまで強くなかった。だが、何度地面に転がされても楽しそうに突っ込んでいく。それが不思議でな。幼いながらに話してみたいと思ったのだ」

 

「そこで、助言を?」

 

「うむ。辿々しく侯爵家を継ぎたいが父上が許してくれそうもない。でも私はこの都市が好きで、だから民を守りたいのだと――……拙かっただろうな、そんな風に話した。ユリウス殿は泥だらけの格好で『それなら行動で示すしかない。何言われても、何か一つでも、前に進み続けてればいつか誰かがわかってくれるさ。そう気にするなよ。ま、俺は武芸者になりたいって言ったらアッサリ許可出たんだけどな。あははは』などと言ってくれてな」

 

 パトリツィアにとって、家格を気にせずハッキリと言ってくれた最初の他人。

 

 それがユリウス・シルトだった。

 

「ぁ……そういえば一度、礼服をボロボロにして帰ってきた事がありましたな。妻にしこたま叱られておりましたが…………そうでしたか、そんなことが」

 

 ランドルフは『結果良しか?』という顔をしながら懐かしむ。

 

 あの時はメリッサ()は相当な剣幕で怒って(ブチギレて)いた。高い礼服だったのに、とか。なんで社交会に剣を持って行ったんだ、とかなんとか。

 

「うむ。その日から私は勝手に行動に移ることにした。私が侯爵位を引き継ぐのだと周囲に知らしめるためにな。今にして思えば、父上は侯爵家の重みもしがらみも私に背負わせたくなかったのだろう」

 

 パトリツィアが早逝した母と、隠居している父の姿を思い返しつつ述べる。今では――否、今だからこそ父の気持ちも理解できる。

 

 本当に面倒事が多い。

 

「そうだったんだね」

 

「ああ。そんなわけで、かの御仁は私が侯爵家の当主をやる切っ掛けを作ってくれたのだ。ライナーとトビアス殿が『行方不明だ』と言っていたのは、私も気にしていた」

 

「なるほど。トビアス殿もかなり……いや、大概奔放だったけど、ユリウス殿は輪を掛けて自由だったからなぁ。ああ、それでランドルフ殿。ユリウス殿は今どちらに?」

 

 妻に頷き、ライナーも微笑みながら客人に問う。

 

 するとランドルフは一瞬沈黙し、そして穏やかにこう告げた。

 

「…………今は、穏やかに眠っております」

 

「「っ……!?」」

 

 衝撃が走り抜け、2人の笑みが凍りつく。

 

 穏やかな眠り。それが意味するところを正しく理解した。

 

「そんな…………」

 

「……すまぬ、ランドルフ殿」

 

 二の句が継げぬ夫に代わって、我に返ったパトリツィアが直ぐに詫びを入れる。無神経に過ぎた、と。

 

 だが、ユリウスの父はゆっくりと(かぶり)を振った。

 

「他人の口から語られる息子との思い出、というのも良きものでありましたゆえ、気に病まれずとも良いのです。心の整理も、既に終えておりますれば」

 

「そうか……しかし――」

 

 聞いて良いものかどうか。パトリツィアが言い淀むと、ランドルフはふっと笑い、更にこう続けた。

 

「それに、良い孫を遺しておりましたからな。あやつに似て少々無鉄砲ではありますが」

 

 途端、ケリアとプリムラが顔を見合わせて苦笑いをくすっと溢す。

 

 ――あれが、少々?

 

 2人の顔に浮かんでいたのは、まったく同じ文言。

 

 アルクス(あの子)は”少々”なんかで済む孫じゃない。

 

 何と言っても、山岳都市であんなことをやってのけているのだから。

 

 移動中に『月刊武芸者』ならしっかりと目を通している。ランドルフがあんぐりと口を開けていたのはまだまだ記憶に新しい。

 

「孫……っ!?」

 

「では、ユリウス殿に子供が――」

 

「左様。私もつい最近になって初めて会いましてな。これがまた、ユリウス(あやつ)にそっくりな目をしておるのですよ」

 

 ほっほ、とランドルフが微笑む。イリスもアルクスも彼にとっては自慢の孫達だ。

 

「そう……だったのですか。では、武芸都市にそのお孫さんが?」

 

「いやいや、そちらの孫は武芸者でしてな。今は山岳都市か……もしかしたらこの都市におるやもしれません」

 

「な、武芸者!?」

 

 パトリツィアとライナーはまたも驚愕を禁じ得なかった。

 

 てっきり、依頼に巻き込まれてユリウスが命を落としたのではないか? と、思ったのだ。が、然もありなん。如何せん、情報が少な過ぎる。

 

「この都市に……」

 

「眼を見れば、直ぐにあやつの子だとわかるでしょう。特にライナー殿なら」

 

「それほど似て――……いえ、ランドルフ殿。ユリウス殿は武芸者で、依頼中に亡くなったのではないのですか?」

 

 同じ職業についた彼の息子をなぜ保護しないのか?

 

 と、ある種当然な視線を送るライナーにランドルフは穏やかに応える。

 

「あの子は、良い仲間達と帝都を目指しておるのです。〈ターフェル魔導学院〉へ入学するために」

 

「魔導学院へ?」

 

「左様。それと、ユリウス(息子)は依頼中に命を落としたわけではありませんぞ」

 

「では、なぜ? 病気ではないのだろう?」

 

 今度はパトリツィアが問う。

 

「ええ。魔族狩りを行っていた聖騎士率いる神殿騎士らとぶつかって討ち死にしたのです」

 

「なんだとっ!?」

 

「聖国の者と……!?」

 

「ええ。魔族を助け、何人もの神殿騎士を討ち果たして力尽きたと聞いております。孫が持っておったのは私があやつに贈った剣。折れたそれを持っておったから、孫だとわかったのです」

 

「「…………」」

 

 パトリツィアとライナーは今度こそ一言も発せられなかった。情報が重過ぎる。

 

 アルが半龍人であることを知りつつも、細かい事情までは知らなかったケリアとプリムラも少々驚いたように緑瞳を丸くしていた。

 

「ランドルフ殿……聖騎士と言ったな? 済まんが、もう少し詳しく訊きたい」

 

「ええ、話すつもりでおりました。トビアスと同じく、私もまた聖国へ断固とした態度を取ると決めておりましたので。パトリツィア嬢――いえ、閣下が味方になってくれれば心強いというもの」

 

 ランドルフの鷹の如き眼が鋭く光る。彼の本気が見て取れた。

 

「もしや初めから、これを?」

 

 ライナーが問うと、

 

「いえ、今回はお二方に訊ねられたがゆえです。ですが、少しずつ根を広げていくつもりでした。少なくとも、南部貴族は纏まっておかなければ。先の軍事侵攻以来、そう思っておりましたので」

 

 ランドルフはシルトを預かっていた当主の風格を滲ませつつ応えた。

 

 己の裡にある復讐心は否定しない。だが、復讐することが目的ではない。それではユリウスの死を穢してしまう。

 

「……なるほど。そちらの件も武芸都市からの報告であったな。卿の話を詳しく聞こう」

 

 前シルト領の当主に当てられたパトリツィアも背筋を伸ばし、南部貴族を束ねる貴族として表情を引き締めたのだった。

 

 

 

 季節も変わり始め、陽が落ちる時間は遅くなってきているはずだというのに、都市全体が正体不明の闇に覆われてどこか昏い。

 

 侯爵と前伯爵が有意義な談議を重ねる一方、『黄金(こがね)の荒熊亭』に滞在している”鬼火”の一党及び『紅蓮の疾風』の8名はのっぴきならない騒動の渦中にいた。

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