日輪の半龍人   作:倉田 創藍

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12話 動き出した悪意

 『黄金(こがね)の荒熊亭』は(れっき)とした旅籠(はたご)である。

 

 一般人の客で多数を占め、残りは主人や従業員の目を通して「問題ない」と、判断された新米武芸者くらいしか居ない。

 

 勿論、その主人――ロドリックの昔馴染みなどが時折訪ねてくることもあるが、それも数えるほどだ。

 

 これは”荒熊”の異名を取っていた頃の彼が個人で活動していたことや、知り合い側の「下手に現役武芸者が集まるのも、今の彼には迷惑だろう」との配慮があることに起因している。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 どうやら彼の氏族との折衝で(もつ)れてそうなったのだそうな。またその場に”荒熊”も居たが、止めなかったらしい。

 

 そういえば、あの店から出てくる憲兵の連中が屍体袋を担いで出てくるのを見た。

 

 と、このような具合で真実(まこと)しやかに武芸者間に伝播していけば、どう思われるか?

 

 否、実際にどう思われてしまったのか?

 

 ずばり、『黄金の荒熊亭』は”元ニ等級武芸者ロドリックの率いる氏族の拠点だ、と見做(みな)されてしまったのである。

 

 当然ながら事実無根。実態は、店に屍体を投げ込まれたに等しい所業の純然たる被害者だ。

 

 しかし、『荒熊亭』に入店を望まれぬ人間が殺害された、というのもまた動かせぬ事実。

 

 ”鬼火”の一党と『紅蓮の疾風(はやて)』が「あちらの氏族の長が()った」と幾ら証言したところで、当事者の言い分をそのまま鵜呑みにするような憲兵は存在しない。

 

 おまけに氏族のいざこざが多い鋼業都市で起きた事件ともなれば、尚更だ。

 

 『荒熊亭』の主人や従業員の証言のみを聞き入れる、という都合の良いこともやはりなく、厳しい捜査の手が入り、ロドリックは事情聴取のために何度も連れて行かれ、その間に話が広まっていく。

 

 そうこうする内に、『荒熊亭』は氏族の拠点なのだという信憑性が増し、対外的な真実と成ってしまっていた。

 

 勿論、本人達は否定する。

 

 だが、”荒熊”本人や彼の妻グレース、ライモンドといった従業員らが幾ら否定したとて、「それは()()()()()()だ」と取られてしまう。

 

 そのうえ、そこに泊まっていた当事者らの二党はその翌日に襲撃まで受けてしまった。

 

 これが事を余計にややこしくしてしまったのである。

 

 彼らが受け取った示談金はそれぞれ15万ダーナと17万5千ダーナ。総計、90万ダーナと35万ダーナと十二分に大金だ。

 

 嵩張(かさば)るし、重いし、目立つ。

 

 ゆえにひっそりと預金しに出向いたのだが――……やはり何処からか情報が洩れていたらしい。

 

 待ち受けていたかのようにグリム氏族の武芸者らが襲い掛かってきたのである。

 

 それも最悪なことに「誰某の仇!」「許さねえ!」などと口々に叫びながら。

 

 否応なく応戦を余儀なくされ、死者を出すことなくその場を収めることには成功した。ところが、あまりにも場所が悪過ぎた。

 

 事情を知らぬ一般人の多い往来での戦闘になってしまったのだ。

 

 それが()()()()()として受け取られてしまったのである。

 

 これに呼応して騒ぎを起こしたのが、小規模な氏族連中だ。氏族を運営するのに必要な資金もなければ、大きな利権も持たぬ烏合の衆。

 

 彼らは自分達の規模より心持ち大きな氏族の長を闇討ちした。暗殺と言うにはあまりにも拙い、野蛮な私刑(リンチ)と言う方が似合いの行動だ。

 

 これに対し、長をやられた氏族は無茶苦茶な条件を取り付けようとする小氏族へ報復に出た。やられたらやり返すの精神だ。

 

 こういう徒党に与する者の多くが昇級も遅く、うだつの上がらぬ連中ばかり。得てしてそういった者ほど要らぬ矜持(プライド)だけは人一倍大きい。

 

 これが引き鉄となって小氏族の抗争に発展してしまった。

 

 場所や時間を問わず、突発的に始まる暴力の応酬に市民は怯え、憲兵や領軍、国軍の兵士が駆り出される。

 

 それでも、収束しそうにない。

 

 未だ人死が出ていないのは幸いだが重傷者は後を絶たず、何の関係もない民間人側でも店先や家の一部が倒壊するなどの被害が出ていた。

 

 異例の事態に、武芸者協会〈アイゼンリーベンシュタット〉支部は氏族を束ねる長らを招集。

 

 ロドリックも氏族を率いていると見做されているせいか招集を受け、連日会議に出ている。

 

 しかし、やはり事態改善の(きざ)しは一向に見えない。見えなくて、当然だ。

 

 なにせ――”鬼火”の一党を勧誘し続けていた戦闘狂いや魔術狂い(フリーク)な氏族といった極々一部を除けば、どこの氏族も騒ぎを収めるつもりがないのだから。

 

 それどころか、今が絶好の機会(チャンス)とばかりに他所(よそ)へと噛みつき、小規模な氏族を吸収しようとしたり、利権を掠め取ろうとしたり、と事態の()()()()()()始末。

 

 たったの1週間だ。

 

 氏族の長ルドルフ・グリムと二党の衝撃的な示談から僅か1週間で、鋼業都市〈アイゼンリーベンシュタット〉は混乱に彩られた巨鍋(おおなべ)と化していた。

 

 

 

 宿の一階。

 

 食堂、兼談話室の長卓に座していたアルクスが虚空を睨みつけながら溜め息を零し、苦々しげに呟く。

 

「……良い加減に落ち着いてくれないと、都市(ここ)()とうにも発てない」

 

「想定よか騒ぎがデカくなってってやがるからな。やっぱ、あのルドルフって野郎が裏で糸引いてんじゃねえのか?」

 

 少し離れた隣にいるマルクガルムも左腕――施されたばかりの()()()()()を触りながら苦い顔で応じた。

 

「その可能性は高いんでしょうけど、翡翠が見てた限りじゃ変な行動なんてなかったんでしょ?」

 

 凛華が黒濡羽を撫でながら問い掛ければ、

 

「カァカアー!」

 

 ここ連夜、偵察に出ずっぱりであった三ツ足鴉が「うん、そー!」と言いたげに啼く。

 

「ですが、やっぱり怪しいですよね? 部下も大勢いるようですし」

 

「命令さえ下していれば、(こも)っている楼閣から出る必要もないだろうからな」

 

「時機だって、まるで図ったみたいです」

 

 ラウラとソーニャも同じくあの魔猫を彷彿とさせる男――グリム氏族の長を疑っているようだ。

 

 騎士少女の言う”楼閣”とは、件の氏族が営む海運業で使っているらしき船渠(ドック)(そば)(そび)え立つ高楼のことだ。

 

 夜天翡翠が何食わぬ顔で現場まで出向いた主人に報告した限りでは、そこが事務所らしく、ルドルフは大抵その最上階――5階に居るらしい。

 

「そうだねぇ。にしたって目的がわっかんないなぁ。騒ぎを起こして何がしたいんだろ?」

 

 アルに寄り添うように座っていたシルフィエーラも細い金眉を(ひそ)めつつ、胸の辺りで腕を組む。

 

「わかんねえけど、ほら、利権がどうのってヤツと関係あるんじゃねえのか?」

 

 『紅蓮の疾風』の頭目――ディートフリートはお手上げだと言いたげに顔を歪めて、卓に突っ伏した。

 

 何か裏があるのは分かっている。然れども、その裏を読み切るには知識と経験が圧倒的に不足しているので、下手の考え休むに似たり状態だ。

 

「結局、あれからわたし達も襲われてないし……もしかして、あそこで騒ぎを起こすこと自体が目的だったのかな?」

 

 レイチェルはカチャカチャと動かしていた手を止め、相棒の薙刀遣いの青年よりもう少し全体的(マクロ)な視点を以て疑問を呈した。

 

 彼女の手元で硬質な音をさせていたのは、卓上に並べられた魔導機構拳銃――その部品(パーツ)類である。

 

 2度の襲撃に遭って意識を改めたらしく、分解整備(オーバーホール)ではなく、大規模な改造(カスタム)を施しているそうだ。

 

「その線が濃いかもな」

 

 マルクがそう言うと、

 

「そうだと仮定するなら、やっぱりルドルフ・グリムが黒で間違いない。けど――――」

 

 アルは左眼を閉じて顎に手をやった。お馴染みの、思考する際の癖だ。

 

「大々的に動いてるわけじゃない、っていうのが意味わかんないのよね。ロドリックさんの話じゃ協会の招集には応じてるらしいし」

 

 彼の疑問を凛華が先読みして引き継げば、

 

「だが、事態の収拾に積極的じゃないとも言ってたぞ」

 

 ソーニャが反論を口にする。

 

 ”荒熊”に訊いたところ、ルドルフはこの状況をただ静観しているようだったとのこと。ほとんど放置に近い感覚を受けた、とも。

 

「うう~ん、黒にめっちゃ近い灰色? って感じかなぁ」

 

 エーラは皆の意見をひと纏めにして結論付けた。

 

 何にせよ、黒幕が判ったとて打てる手も現状はない。

 

「お父さん……」

 

 そこから程近い席で半獣人の少女がぽつりと呟く。グレース()譲りの黒い尻尾は不安そうに揺れていた。

 

 幼いなりにロドリック()が毎日宿を留守にしている、という現況が異常事態であると理解しているのだろう。

 

「マリオンちゃん、大丈夫ですよ。お父さんはちゃんと帰ってきますからね」

 

 ラウラが寄り添うように近寄って頭を撫でてやる。

 

「……うん」

 

「いっそ、鋼業都市から出ちまおうかとも思ったけど……」

 

「放っとけないよ」

 

 やるせなく息を吐いた薙刀遣いの青年に、魔導技士の少女がすかさず(かぶり)を振った。

 

 丁度、その時だ。

 

 宿の入り口から、何名かの若いが荒っぽい声が聞こえてきた。

 

「俺らも”荒熊”の氏族に入れろよ! ”鬼火”や『紅蓮』の連中だって居るって言うじゃねえか!」

 

「そうだ、オッサンじゃ話にならねえ! ”荒熊”呼んで来いよ!」

 

「”荒熊”が稽古をつけてやってるって聞いたわ! 店入れてよ、私たちだって新米よ!?」

 

 随分と勝手な要求だ。

 

「俺が入店を拒否してんのは、てめえらが一般客に迷惑掛けそうだからだ! それに『荒熊亭(うち)』は氏族の拠点なんぞじゃない! 帰れ!」

 

 ライモンドの怒鳴り声。どうやらまた揉めているらしい。

 

「フザけんな! ”荒熊”出せや!」

 

「痛い目みたいってワケ!?」

 

 声の主――新米だろう、二十歳前といった風情の武芸者ら数名が(にわか)に殺気立って、武器に手を掛けた。

 

 ところが、彼らの得物が抜き切られるより先に、

 

「そんな言動だから入店を断られたんだって、本気で分からないのか?」

 

「てめぇら程度が凄んだところで、元四等級のライモンドさんに効くかよ。それに、俺らはただの客だ。胡散臭い氏族なんぞに入った覚えはねえ。他ぁ当たれ」

 

 鯉口を切った刃尾刀を手にしたアルと【人狼化】したマルクが殺気と魔力を容赦なくぶち当てた。

 

「う……っあ!?」

 

「なっ、な、何なのよ!」

 

 新米らしき武芸者らは皆、人間だったようだ。魔族2名の膨大な魔力と冷めた視線に(すく)み上がり、たたらを踏む。

 

「とっとと()ね。このまま狼藉を働こうってんなら容赦しない」

 

「ま、こっちゃあ別に構わねえぜ? 臓物(はらわた)ぶち撒けてえヤツから前へ出な」

 

 いつの間にか引き抜かれていた刃尾刀がぎらりと銀色に光り、伸ばされた狼爪が妖しく黒光りする。

 

「ヒ、ヒイッ……!?」

 

 所詮は烏合の衆だ。

 

 相手が自分達より年下でも――寄り集まって良い気になっているだけの下位等級と、武闘派の個人四等級2名じゃ格が違う。

 

 そもそも真正面で抜刀動作を見逃すような間抜けだ。吹き付ける魔力の渦を耐え抜く気概もなければ、勝てる筋合いもない。

 

「ひっ、や、やめろぉっ! 来るなぁ!」

 

「ま、待て、置いてくなよっ!」

 

「ちょ、ちょっとぉ!」

 

 捨て台詞を吐く余裕さえなく、顔を真っ青にして一目散に逃げ出した。

 

「誰が行くかよ、バカたれ」

 

 ゆらりと人間態に戻ったマルクが白けた声音も隠さず、

 

「ホント、きりがない」

 

 アルが不愉快そうに鼻を鳴らして静かに納刀する。

 

「お前さんら、ありがたいが評判に響くような真似しちゃいけないぜ?」

 

 ライモンドは親身な態度でそう言った。

 

 仮令(たとえ)、容易く勝てる相手でも数が多くなれば加減も難しくなる。そういう余計な重荷を背負ってしまう可能性は低い方が良い、と忠告(アドバイス)してくれているのだ。

 

「ここの連中や協会から白い目を向けられるくらい、どうってことありませんよ」

 

 広報担当が興味を無くしてくれれば、むしろ好都合です。と、”鬼火”が返せば、

 

「わざわざ仕掛けに行ってるっつうわけでもねーしな」

 

 ”狼騎士”も同意する。生活に困らないのなら、評判など知ったこっちゃないのだ。

 

「……はぁぁ~、こんな状況がいつまで続くんだか。お前さんらの厚意に甘え続けるわけにもいかんしな」

 

 見た目の武骨さに反して元来気の良い禿頭の元四等級武芸者は、そんな彼らの心情に理解を示しつつ、大きな溜め息をついた。

 

「世話になってる義理ってやつっすよ」

 

 彼らの言う”厚意”や”義理”。それこそが、”鬼火”の一党と『紅蓮の疾風』が都市を出ようにも出られない理由である。

 

 今となっては利用された感が否めぬものの、この騒動の発端を作ってしまった気がして止まぬ。

 

 現にこうして有象無象の――以前、入店拒否を食らった連中も含めて”荒熊”の威光を傘に着たい者らや、逆に”荒熊”の不在を利用して悪事を働こうとする不逞の輩が、ひっきりなしにやってくるようになってしまった。

 

 幾ら従業員が元武芸者ばかりか、その縁者であると言えど、客は一般人が大半。

 

 おまけにここ1周間で都市が荒れているので、朝から幼いマリオンも手伝いに来ている。

 

 ゆえに、都市が落ち着くまではロドリックの代わりに『荒熊亭』の用心棒をしようと決めたのだ。

 

「おかえり~。今度はボクらと同じ新人だったね~」

 

「ホント増えたわね、ああいう図々しい連中。何様なのかしら?」

 

「聞く耳も持ってませんもんね」

 

「ライモンド殿がハッキリ口にしてもああだからな。同じ人間なのかと疑わしくなってくるぞ」

 

 女性陣4名は戻ってきた男衆を労うように湯呑を手渡しつつ、心底から呆れ声を上げた。

 

 彼らからすれば、『氏族に属しているはずの従業員(ライモンド)の前で、”鬼火”らが氏族を悪しざまに言っている』、という状況のはずなのに――――なぜか誰も気付かないのだ。

 

「物分かりがとことん悪いんだろうさ。精神性以前の問題だね」

 

「考える頭をどっかに落としちまってんのよ。野良犬の方がよっぽど利口だぜ」

 

 最も矢面に立っているアルとマルクの物言いも酷薄さを極めて当然、というものである。

 

「悪い、二人とも。下手にオレが出ても、余計こじれそうでよ」

 

 そこで、申し訳なさそうにディートフリートが謝罪した。

 

「気にすんな。魔力で威圧すんのが目的だし」

 

「分かりやすく勝てないって思わせるにはそれが一番だからねぇ。戦えばディートが勝てるような相手ばっかだったし、それらしい顔して殺気でも当ててやれば、たぶん怯んでたと思うよ」

 

「あー……人数差あると顔に出ちまうんだよな」

 

「そこは慣れだよ」

 

「そ、堂々としてりゃ良いのさ」

 

「……でも、ほんとにいつまで続くのかなぁ。こんなに都市(まち)が荒れるなんて……」

 

 小気味良く雑なやり取りを交わす男衆を横目に、カチ、カチ、カチ、ガチンと組み上げた魔導機構拳銃の銃身を()めつ(すが)めつしていたレイチェルが憂い顔で呟く。

 

 と、ほぼ同時に『荒熊亭』の戸が勢いよく開かれた。

 

「居てくれたか、良かった! 君達に頼みがあるんだ!」

 

 どたどたと慌ただしく入ってきたのは、依頼にて縁を紡いだ細身の中年男性。アウグンドゥーヘン社の記者カーステンであった。

 

「カーステンさん? 何かありましたか?」

 

 火急の用である、と言われずとも判るほどに急いでいる。

 

 都市が荒れ出して直ぐに『緊急の際はこの宿へ』と伝えておいたアルは、一切の儀礼・慣習的な挨拶(手順)省略して(すっ飛ばして)用件を問うた。

 

「ああそれがっ、ミリセント君が居なくなってしまったんだ!」

 

「は、何ですって!?」

 

「ミリセントさんが!?」

 

 凛華とエーラが仰天して立ち上がる。戦闘能力を持たぬ彼女が1人で今の鋼業都市を行動するなど、あまりに危険だ。自殺行為と言い換えても良い。

 

「出勤して来ないから社員寮に問い合わせてみたら、昨夜から戻ってないらしいんだ。他所の部署にも尋ねて回ってみたけど来てないそうで……――あんなに仕事熱心な子が無断欠勤なんて有り得ない。杞憂で済むなら良いんだけど、何か良からぬことに巻き込まれてたらと思って」

 

 カーステンは汗を拭いもせずに捲し立てた。

 

「他に行き先の心当たりはないんですかっ?」

 

 急いたラウラの質問にも(かぶり)を振る。

 

「いいや。都市の現況に不満はあったみたいだけど、だからって一人でどうこう出来るわけじゃないし、僕も危なそうなところ場所には近づかないよう釘も刺してたから」

 

「えと、不満ってどういうことだ?」

 

 ディートフリートの困惑した声。

 

「〈ウィルデリッタルト(武芸都市)〉出身なんだよ、あの女性(ひと)。ついでに言やあ、ちっとばかし武芸者に理想も持ち過ぎてる」

 

 すると、すかさずマルクが応えた。その表情は先程より険しい。

 

「武芸者発祥の地出身……ってことだよね?」

 

「うん。今は観光雑誌を書いてるけど、ゆくゆくは『月刊武芸者』の記事が書きたいって言ってたんだ」

 

 レイチェルが呟くように確認すると、カーステンが頷いてみせる。

 

「活躍を記事にしたいっつってる連中がこんな下らねえ諍いで都市(まち)を荒らしてる。気に食わねえって思ってたって不思議じゃあねえのさ」

 

 と、人狼青年が結んだことで、『紅蓮の疾風』両名の顔に理解の色が浮かぶ。

 

「昨夜から居ない……で、確かなのですね?」

 

「うん。同じ寮の()がそう言ってたよ」

 

 状況を整理しようとするソーニャへ、行方不明となった新米記者の上司は強く肯定した。

 

「アル、どうする?」

 

 じわりと緊張を滲ませた凜華の声。

 

「…………」

 

 アルは硬い表情で左眼を閉じた。

 

 ――ここで手を(こまね)いてたって、ミリセントさんは見つからない。けど、手掛かりらしき手掛かりもない。

 

 捜索にはきっと時間を要するだろう。それに、ここを手薄にするのも正直申し訳ない。

 

 するとそこへ、漆黒の髪を引っつめた猫獣人の女性――ロドリックの妻グレースが裏口の戸を開きざま、こう言った。

 

「そのミリセントという方、八人で探されては? 店のことは手前共でどうにか致します」

 

「ぇ、八人?」

 

 思わず問い返したアルが『紅蓮の疾風』の方を見れば、ディートフリートが薙刀を引っ掴み、レイチェルが改良したばかりの魔導機構回転式拳銃を肩提銃鞘(ホルスター)にごそごそと押し込んでいるところだった。

 

「お前らも行く気か?」

 

「当たり前だろ。依頼を終えりゃそれまでなんて、オレらの目指してる武芸者じゃねえ」

 

 意外そうな顔をしたマルクに、薙刀遣いの青年がぶっきらぼうながら芯のある声を投げ返す。相棒の彼女も同意見らしい。

 

「……」

 

「『荒熊亭(ここ)』は大将の代わりに俺らで守る。お前らは気にせず行ってこい」

 

 未だ決めかねているかのように沈黙するアルをライモンドも後押しした。

 

 『荒熊亭』の彼らにとって正直な話、この青年ら8名は心強い味方だ。しかし、頼り切りにして彼らの選択肢を奪うのは本意じゃない。

 

「……わかりました。捜索に向かいます」

 

「『紅蓮の疾風(こっち)』はお前の指示で動くぜ。ミリセントさんとそこまで深い面識もねえし」

 

 ディートフリートが積極的に司令役を譲ると、アルの纏う空気が俄にがらりと変わった。

 

「ああ……それじゃ、指示を出すぞ」

 

 刹那の沈黙。直後、静けさと覇気を秘めた声音が食堂に響く。

 

 慣れている”鬼火”の一党が無意識に背筋を正し、『紅蓮の疾風』両名がびりびりと感じる威風に呑まれかけ、慌てて緊張感を滲ませた。

 

 ――これだ……! こいつのこれが、オレにも要るんだ。

 

 いつか仲間を増やすなら。と、ディートフリートは胸中で唸った。

 

 戦士を鼓舞し、率いる為の資質。ついて()こうと思わせる戦風(いくさかぜ)

 

 一党の人員を増員するかどうかは未定だが、アルのこれを体得しなければ仲間達を真に纏め上げることなど、きっと出来ない。

 

 ディートフリートは直感でそう感じ、何かを得ようと食い入るように友を見つめる。

 

「人員を分散する。俺とエーラは都市の東側全域。マルクと凛華は西側だ。エーラの耳とマルクの鼻に頼ることになる。任せるぞ」

 

「うん、了っ解!」

 

「わかったわ」

 

「おうよ、任せな! あ、()()()()()()()()?」

 

 マルクは威勢良く応じつつ、左腕を見せた。

 

 正確には、手首から上肢全体に施された――波のような、鱗のような紋様をした入れ墨を。

 

「使い所はマルクの判断に一任する」

 

 一瞥するや、アルが端的に返す。

 

 親友としても仲間としても、全幅の信頼を置いているからこその即答。

 

「ん、了解だ」

 

「ラウラとソーニャ、それとディートとレイチェルは都市中央で、アウグンドゥーヘン社、協会支部の順に回って情報収集を頼む。指揮はラウラが執ってくれ。カーステンさん、構いませんか?」

 

「えっ、あ、ああ、勿論」

 

「はいっ!」

 

 臨時の纏め役(リーダー)を任されたラウラが琥珀色の瞳に強い光を宿し、

 

「承知!」

 

 ソーニャが騎士盾と長剣を装備しながら拳で胸甲をガツンと叩く。

 

「お、おう!」

 

「うん!」

 

 気後れしながら残り2名もこくこくと慌てて頷いた。

 

「それと、翡翠を連絡・索敵役につける。翡翠、仕事は理解できるな? 情報をこっちに回してくれ、低く翔ぶなよ」

 

「わかりました!」

 

「クカカ、カアッ!」

 

 使い魔が一回り体躯を大きく膨らませて、「お任せー!」と言いたげに啼く。

 

「ディート、レイチェル、道中妨害される可能性がある。――覚悟はあるか?」

 

 直後、刃の如き光を増した赤褐色の瞳は友人一党に向けられた。

 

 射竦められた2人がビクリと肩を跳ね上げる。魔力も殺気も放出していないはずなのに、冷や汗を掻くほどの重圧だった。

 

「俺達はもしもがあっても、躊躇(ためら)わない。腹はもう括ってる。そっちは? 覚悟がないなら、ここの守りに置いて行く」

 

「っ……」

 

 その言葉に、ディートフリートは視線を四方に奔らせた。

 

 ”鬼火”の一党所属の面々は普段通りにしているように見えるが、漂っている空気が違う。

 

 まるで研ぎ澄まされた刃のようだ。

 

 注視してみれば、剣や矢を抜きやすい位置に調整してあるし、朱髪少女も刻印の施された指輪らしきもの(魔導具)を確認している。

 

 ――あるんだ、(こいつ)らには。目的の為に誰かを傷つける覚悟が。

 

 ディートフリートとレイチェルは視線を交わらせ、拳を握り締めて頷いた。

 

「覚悟なら……たった今できた。足は引っ張らねえ」

 

「わたしも。ディーくんについてくよ」

 

「わかった、任せる。もしもの時は躊躇うな。後悔も懺悔も、後ですればいい」

 

「了解だ」

 

「わかった」

 

 途端、重圧が止む。

 

 2人はホッとしつつも、肩に圧し掛かってきた責任から逃げるような仕草をあえて執らなかった。これは逃げちゃいけない類のモノだ。

 

「直ぐに出るぞ。皆、準備は?」

 

「「「「「出来てる(ぜ)(ます)(よ)」」」」」

 

「カアッ!」

 

「問題ねえ」

 

「こっちも」

 

「じゃあ、行動開始だ」

 

 8名と1羽がサッと動き出す。

 

 不安そうな顔をするマリオンの頭を人狼青年が「大丈夫さ」と撫で、そのままカーステンを連れて宿の表へと出て行った。

 

「……あれが”鬼火”の覇気ってやつか。大将と似たようなモンを持ってるな」

 

「ええ。ですが旦那様のとは種類が違いますね。彼の方はもう少し、戦の匂いが濃い」

 

 グレースは獣人の鋭い感覚でアルを捉えていた。

 

 ロドリック()もあの青年も人を惹きつける資質を持っているのは確かだが、捉えたのは似て非なる感覚――――近いはずのに、どうしようもなく異なっている感覚(匂い)であった。

 

「戦の匂いか……あの年齢(とし)でそんなもんに恵まれたって嬉しくないだろうに」

 

「この将来(さき)どうなるかは、女神のみぞ知ることでありましょう。彼に相応しい鞘さえ見つかれば、あるいは……」

 

 腰元にぎゅうっと抱き着いてくる愛娘を撫でてやりつつ、グレースは不穏にもとれる呟きを残すのだった。

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

 防壁の代わりに幅の広すぎる大河がある都市の西側。

 

 倉庫とも繋がっている船渠(ドック)の前に、高楼と表現すべき5階建ての建物が建っている。

 

 ここはグリム氏族が営んでいる海運業の事務所、兼倉庫だ。

 

 朱塗りの壁も鮮やかで、帝国の建築様式にも珍しく各階に屋根がついていて異国風な高楼だが、鋼業都市は全体的に高階層の建物が多い為そこまで目立たない。

 

 また、内部は1階の全てが倉庫。2階が所属武芸者の溜まり場となっている酒保。

 

 3~4階が事務室と資料室。そして5階がグリム氏族の長ルドルフ・グリムの――言ってみれば社長室と私室が兼用となっており、この(フロア)全てが彼の部屋も同然だ。

 

 そこで部下から報告を耳にしたルドルフは吊り上がった糸目を動かさず、口元に薄っすらと笑みを浮かべた。

 

「そうか……では、計画の第三段階へと移行しよう。思いの(ほか)、餌への食いつきが良かったな。嬉しい誤算だ。おい、餌に余計な手出しはするなよ。これ以上、私の手を煩わせるのは感心せん」

 

 朗々と謡うような口調。

 

「承知しております。厳しく言ってありますので」

 

 しかし、部下の武芸者はそれが恐ろしくて堪らない。

 

 こんな機嫌の良さそうな風情でいながら、次の瞬間には細切れ(ミンチ)にされていた――という同僚を何人も知っているからだ。

 

「ふむ……それなら良い。下がって構わんぞ。ああ、そうそう。次も上手くやれ、と伝えておいてくれ」

 

「う、承りました……」

 

 震えそうになる声を何とか抑え込んだ部下が背を向け、自然と急ぎ足で出ていく。無頼の徒が多いグリム氏族の武芸者連中だが、この場に居たがる者は誰一人としていない。

 

 ルドルフは退室していく部下に意識も向けず、

 

「さて……高みの見物といこうか。どう動くのだろうね? ”荒熊”と……――彼ら”鬼火”の一党は」

 

 低く呟くと、薄ら嗤いを深くして窓の外を見やるのだった。

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