日輪の半龍人   作:倉田 創藍

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13話 混沌に踊る都市

 ”鬼火”の一党及び『紅蓮の疾風(はやて)』とも知り合いの女性――アウグンドゥーヘン社に勤める新米記者ミリセント・ヴァルターが行方不明。

 

 その報せを受けた8名は彼女の捜索をすべく、氏族間抗争が勃発している鋼業都市〈アイゼンリーベンシュタット〉の只中へと飛び込んだ。

 

 捜索範囲は都市全域。割り振りは、都市を平面的に俯瞰して縦に三分割。

 

 アルクスとシルフィエーラが中央から東方面全域。北西の端には駅もある。

 

 マルクガルムと凛華が中央から西方面全域。アル達と正反対方向だ。こちらは運河に面している。

 

 そしてラウラとソーニャ、更にディートフリートとレイチェルが中央帯。また、ミリセントの上司(カーステン)の先導下、南部支社と社員寮で手掛かりを探ることになっている。

 

 また、並の鷹より捷い三ツ足鴉の飛翔速度を活かして、夜天翡翠が連絡・索敵担当として人間組についてもらっている。

 

 

 

 マルクと凛華は都市内を走る乗合馬車の終点で降りた。此処は西端にほど近い場所だ。建物の隙間から大河が覗いている。

 

「で、どこ捜すつもり?」

 

 涼しげながら緊張感を孕んだ声に、人狼青年は軽い舌打ちで返した。

 

「人が多過ぎて匂いが混じってやがる。ミリセントさんの匂いは曖昧にしか覚えてねえし……。こんなことなら会った人全員ちゃんと覚えとくんだったぜ」

 

「言ってる時間が惜しいわ。さっさと動くわよ」

 

 歯痒そうな彼を怜悧な青い瞳が諭して、後悔をすっぱり断ち切らせる。

 

「だな。けど、どうするよ?」

 

 手掛かり一つねえんだぜ? と、灰紫の瞳が忙しなく彼方此方(あちこち)に向けられる。

 

 記憶が正しければ、こちらには国軍の駐屯地が在ったはずだ。

 

 見てみれば、なるほど確かに――領軍と色合いの違う軍服姿の者らが軍靴を鳴らして行き来している。

 

 小氏族同士の諍いが所構わず発生しているせいで、対応に駆り出されているようだ。

 

「そうね……。冷たい言い方だけど、殺されてる可能性は低いと思うわ。軍が至る所に展開してるもの」

 

「目立つ真似はしねえってか、確かにな。それに影も形もねえなんて、言うほど楽じゃねえよな」

 

「ええ。死体が発見される可能性も高いし、されたらされたで面倒が起きるわ。此処って侯爵領なんでしょ? 雪の多い〈ベルクザウム〉なら兎も角、誰にも見つからない隠し場所なんてそうないはずよ。そもそもミリセントさんをそこまでする理由が見当たんないわ」

 

「――と、すりゃあ誘拐辺りが妥当ってとこかね?」

 

「もしくは(さら)う手間を惜しんで手近なとこに閉じ込めてるか、でしょうね」

 

 2人は都市の現況から、ひとまずそう結論付けることにした。

 

「人通りの少なそうな通りや細道を廻ってみるか」

 

「そうしましょ。運河沿いは倉庫街になってるみたいだし、そっちも可能性は有りそうよ」

 

 凛華が西端に沿って流れる運河と建物群を指差す。

 

「あっちは……軍の兵器工廠か? あっこは流石にねえだろうな」

 

 反対に、マルクが駐屯地から南方に見えるひと際大きな工場を見て言う。

 

 工廠勤務者は半文半軍が一般的であるという事情を2人は預かり知らぬが、現在、多数の軍人らが出入りしていた。

 

 暴徒と化した武芸者が兵器を手に暴れる事態になった場合、手が付けられなくなるので警戒態勢を敷いているのだ。

 

「おそらくね。どっちにしても任せたわよ、あんたの鼻が頼りなんだから」

 

「わあってるさ、行くぞ」

 

 そう言って頷き合ったマルクと凛華は身の熟しも軽やかにサッと駆け出した。

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

 アウグンドゥーヘン社の南部支社。

 

 ラウラとソーニャ、そしてディートフリートとレイチェルは、カーステンに案内されて『月刊武芸者』の担当部署にすんなりと通してもらっていた。

 

 左肩で、やや窮屈そうに羽根をパタつかせる夜天翡翠を宥めつつ、

 

「では、ミリセントさんは此処に顔を出してらっしゃらないんですか?」

 

 と、ラウラは確認した。

 

「ああ、あの元気なお嬢ちゃんだろ? 『月刊武芸者』の記事を書きたくて入社した、って挨拶しに来たからよく憶えてるけど、昨日は来てないよ」

 

 編集長らしき社員が難しい顔で応える。

 

 記者が居なくなった、という事件は(まれ)に起こる。

 

 その大抵が非道く難儀な情報――”厄ネタ”を掴んでしまい、存在ごと抹消されるだとかだ。

 

 カーステンが騒いだおかげか、南部支社の方でも社員の失踪を把握していたらしい。

 

「通報はしてるんだが、都市がこの状況だ。どうも芳しくないみたいで、こっちにも情報が入って来てない」

 

「そうですか……」

 

 早くも暗礁に乗り上げた。レイチェルが沈んだ声音も隠さずに俯く。

 

 と、その時、ミリセントの話だと察したらしい若手記者が急に口を挟んだ。

 

「あ、おれ昨日あの子見たっスよ」

 

「な、本当か!?」

 

「どこでだ!?」

 

 ソーニャとディートフリートが勢い込んで訊ねる。

 

「え、い、いや休憩所でさ。なんか考え込んでたっぽかったから『どうかした?』って訊いたら、『この騒ぎはおかしい』って。独立してるから武芸者なのに、まるで何かに先導されてる……いや、憑りつかれてるだったかな? 兎に角、『何か変なんです~……』って言ってたよ」

 

 若手記者は「おおぅっ」と、身を竦ませながら応えた。

 

「おいお前まさか、支部に行ってみろなんて」

 

「ちょ、冗談言わないで下さいよ。おれらでさえ今のピリついてる支部には近づかないってのに、あんな若い子に言うわけないじゃないスか。むしろ『今の武芸者は危ないから無闇に近寄ったりしちゃだめだぞ』って言ったくらいっスよ」

 

 眉を吊り上げた上司へ、若手記者が慌てて手を振って否定する。

 

 レイチェルはそのやり取りを聞いて考え込んだ。

 

 あの護衛依頼を請けた翌日、花見をした。

 

『私にとって武芸者の方々は身近な英雄みたいなもんなんですよぅ~! 自分じゃなれない分、カッコ良さを伝えるのが夢なんです~! だから今は夢の第一歩ぉ! いつか憧れの一党に専属取材をさせてもらえるような記者になりますよぉ~!』

 

 あの時、ミリセントはそう言っていた。

 

 それに、先ほど彼女が武芸都市出身とも聞いた。並々ならぬ感情を持っていたのは、やはり間違いないだろう。

 

「……そうですか、協力に感謝します。カーステンさん、ミリセントさんの寮に案内してもらえますか?」

 

 ラウラはアルを真似て、停滞こそを拒んだ。

 

 情報源が一つ、外れ(スカ)だったというだけ。何でも構わない。取っ掛かりを掴むことこそが最優先だ。

 

「ああ、わかった。こっちだよ」

 

 カーステンが出て行く。

 

「なぁ、何か見当ついたか?」

 

 追い縋るように掛けられたディートフリートの緊迫した声。

 

「いいえ。ですが、情報を得ておいて損はありません」

 

 ラウラは硬い声でそう返すに留めた。

 

「……だよな」

 

 彼女の圧し殺した緊張が伝わったのだろう、六等級の2名が落ち着かなげにそわつく。否応のない不安が体表を伝い、じわじわと身体全体を締め付けてくる。

 

「……」

 

 ソーニャは無言で周囲を一瞥。それとなく社員の顔を確認するように萌黄色の瞳を廻らせた。

 

 情報収集と一時的な頭目が義姉に与えられた役割ならば――自分に課せられたのは、捉えにくい悪意を(いち)早く発見する、護衛と補佐の役割であるはず。

 

 そう受け止めて、義姉同様に気を張っている。

 

「社員寮、何か情報あるといいな……」

 

「ええ。行きましょう」

 

 願うように呟くレイチェルに応じたラウラを先頭に、4人はカーステンの後に続くのだった。

 

 

 * * *

 

 

 所変わって、『黄金(こがね)の荒熊亭』。

 

 彼らが此処を出て、およそ2時間半が経過した。今は午後4時前といったところだ。

 

 もうすぐ夕刻になるが、亭主ロドリックは無理に店を開けておくつもりもないらしく、戻りが遅かったら宿泊客にだけ食事を出すよう告げて、未だ支部から帰ってきていない。

 

「大将、遅いな」

 

「うん……」

 

 禿頭の古株従業員ライモンドがぽつ……と呟くと、”荒熊”の娘マリオンはしょぼんとした顔でこくりと頷いた。

 

「支部長や他の氏族長らと騒ぎを収拾しようとしていますのでしょう」

 

 グレースが自分と違って猫科の耳がついていない娘の漆黒髪を撫でてやる。

 

 その様子は元上位武芸者らしく落ち着いているように見える――……が、やはり視線は落ち着きなく、焦れるように尻尾を揺らしていた。

 

「”鬼火”はああ言ってたが、やっぱりグリム氏族の仕業なのかね……?」

 

「どうなのでしょう。ルドルフ・グリムは会議に参加したりしなかったりと聞きますが、もしそうだとして、狙いが分かりませんでしょう?」

 

「そりゃ、ま……そうなんだがな」

 

 下手の考え休むに似たり、だ。ライモンドは大きく息をついた。

 

 こういう時、かつての仲間が吸っていたような煙草が欲しくなる。がつんと喉にくるドギツいやつだ。無理矢理に思考をスッと鎮めてくれるような。

 

「ライモンド、うちの人があまり遅いようでしたら今日は上がっても構いやしません。お客さんもだいぶ減っておりますから」

 

 グレースは心から労いの言葉を口にした。

 

 ロドリックの居ない間、彼は出ずっぱりだ。元四等級武芸者が門番を兼ねてくれているのはありがたいが、無理もさせたくない。

 

「そうですかい? んじゃ、もう少ししても大将が帰って来なかったらカミさん連れて上がるかね」

 

 肩をぐりぐりと廻しながらライモンドが応じた――その時だ。

 

 勝手口の扉が軽い音を立てて開いた。

 

 宿泊客が裏庭から帰って来る際か、従業員が出入りする為に作られた扉――つまりどちらかと言えば、身内のよく使う戸である。

 

 マリオンは父が帰ってきたのかと思ってパッと顔を上げ、

 

「お父さんじゃない……」

 

 即座にしょぼんと肩を落とした。

 

 しかし、グレースとライモンドの反応は機敏であり、剣呑でもあった。

 

「誰だ、てめえ!?」

 

「……」

 

 2人してマリオンの前にバッと飛び出し、入ってきた外套(フード)姿の男へ乱暴な誰何の声を投げつける。

 

(こんなヤツ、客には居なかった……!)

 

 己の勘が間違っていなかったことを確信しながら、ライモンドが上体を落とす。

 

 だが、男の方は声一つ漏らさず、軽い仕草のみを返した。

 

 さっと袖を振るうような動き。それに伴って、何かが袖口から2つほど、ゴトゴトッと床に零れ落ちた。

 

「それは……?」

 

 グレースは咄嗟に落ちたものに視線を落とす。

 

 丸っこい金属球だった。表面に薄っすらと赤い幾何学紋様の走査線が走っている。

 

 それは、少し前に依頼中のアル達8名を襲撃したグリム氏族のチンピラ武芸者が投げたものと全く同質のモノであった。

 

 ハッとしたグレースが扉に顔を向けるも、男の姿はもうない。

 

「二人とも、伏せろおおおっ!!」

 

 直後、長卓の端をメキッと壊しながら引っ掴んだライモンドが亭主の妻と娘を庇うように背中へ押しやったのと――金属球が爆ぜたのはほぼ同時であった。

 

 

 * * *

 

 

 ほんの少しだけ時は遡る。

 

 アウグンドゥーヘン社の社員寮で聞き込みをしたラウラを始めとした4名は一時カーステンと別れ、支部へと向かっていた。

 

 寮での聞き込みは失敗――成果なしだ。

 

 ミリセントの同居人だという彼女の先輩記者から聞けたのも、先刻に若い男性記者が言っていたことと(ほとん)ど同じ内容であった。

 

 同居人も出来る範囲で探してはくれたらしいが、やはり収穫はないに等しいとのこと。

 

「どうする?」

 

 ディートフリートはいよいよ以て焦れていた。

 

 それでも勝手な行動を取らないのは、纏め役(ラウラ)を軽視していないからだ。

 

 ――あいつらの代わりに今はオレが守る。

 

 それこそがアルから言外に頼まれた役割だ、と自負していた。

 

「……そうですね」

 

 ラウラは頭目の仕草を真似るように腕を組んで左手を口元にやる。

 

 彼女らの眼から見てもミリセントに戦闘能力はなく、危ないのを承知で支部に飛び込むという可能性は低かったが――……。

 

 ――今はそれくらいしか手掛かりを拾える可能性がない。

 

「一度、支部に寄ってみましょう。目撃情報があるかもしれません」

 

「おう、わかった」

 

「うん。憶えてる人、居るかもしれないもんね」

 

「承知だ。ちょうど馬車がいる。おーい、私達も乗る!」

 

 そうと決まれば急がなければ。ソーニャは手を振って御者を引き止め、4名は急ぎ足で支部行きの乗合馬車に飛び乗った。

 

 

 

 武芸者協会〈アイゼンリーベンシュタット〉支部は都市の中央から北側に位置している。

 

 10分程度の乗車時間の後、降車した4人が駆け込むように建物に入ろうとすると、手を掛ける前に扉が開き、内部(なか)から見知った男性が出てきた。

 

「おっと失礼、って君らだったのか。依頼かな?」

 

 やや疲れた表情をしている”荒熊”ロドリックだ。

 

 すかさず朱髪が振られる。

 

「いいえ、人捜しなんです」

 

「人捜し?」

 

 僧侶を想起させる顔つきの旅籠の亭主に、ラウラはダメ元で問うてみた。

 

「はい。以前お話したミリセントさん、憶えておいでですか?」

 

「ああ、チラッと見たことはあるから憶えてるよ」

 

「昨夜から居ないそうなんです。寮にも帰ってないようで、職場にも顔を出してない、と」

 

 途端、ロドリックが顔を(しか)める。

 

「それはまた……のっぴきならない状況だね」

 

「はい」

 

「それで、ミリセントさん、今の都市(まち)の状況がおかしいって同僚に言ってたらしくて」

 

 レイチェルが辿々しく説明すれば、

 

「……なるほど。此処に取材や調査に来てた可能性を探りに来たんだね?」

 

 彼も直ぐに合点がいったらしい。

 

「うむ。というか、それくらいしか思いつかなくて」

 

 ソーニャは不甲斐ないとばかりに首肯した。

 

「そうか……。っあ、この辺りの店の人達には聞き込みしてみたかい?」

 

「え? あ、いや、えっと、まだっす……?」

 

 思ってもみなかった返事に、ディートフリートがきょとんとしながら不思議そうに応える。

 

「此処いらの人達は随分前から変わってなくてね。荒くれ者の武芸者が居ようが店を開けてるような肝の据わった人達が多いんだ。そのミリセントってお嬢さん、此処いらじゃ浮くだろう? もし来てたら憶えてる人が居るかもしれない」

 

「本当ですか!?」

 

 あまりにも情報が得られず困っていた4人は思わず身を乗り出した。

 

「確約は出来ないけどね。この際だ、私も行こう」

 

「助かります!」

 

 ロドリックが頼もしい笑みを浮かべて一歩踏み出した――瞬間。

 

 

 ドッ、ガァ――ン!

 

 

 と、腹に響く音と振動が通りを奔り抜けた。

 

「な……!?」

 

「今のは!?」

 

 ラウラが素早く音源を探るように辺りを見回し、ソーニャも背中の盾を引っ掴んで構える。

 

「な、なに今の!?」

 

「おい、今のどっかで……!」

 

 レイチェルが不安そうな表情に変わり、ディートフリートが己の感覚に引っ掛かった何かに(とび)色の眼を細める。

 

「あれは……っ!!」

 

 ロドリックは爆発音がした方角に視線をやり、細い眼を見開いた。

 

 煙が上がっているのは――……『黄金の荒熊亭』がある方向だ。

 

「まさか……!」

 

 ラウラも”荒熊”が何を透過しているのかを察して青くなる。

 

「グレース! マリオン!」

 

 直後、ロドリックは脇目も振らずに駆け出した。

 

「追います!」

 

「ああ!」

 

 すかさずラウラとソーニャが続き、

 

「お、おう!」

 

「うん!」

 

 残りの2人も慌てて駆け出す。

 

 その様子を、物陰から数対の眼が覗いていた。

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

 空気を殴りつけるような爆発音は、路地を廻っていたマルクと凛華の耳にも届いていた。

 

「今の何!?」

 

「爆発!? おいおいおい、煙上がってんぞ……!」

 

 黒っぽい煙が立ち昇っているのが建物の隙間から見える。

 

 それに、あっちは『荒熊亭』方面だ。

 

「厭な予感がするわ。急ぐわよ!」

 

「おう!」

 

 どこに? などと腑抜けたやり取りはしない。以心伝心でダッと駆け出す。

 

 しかし、これだけ高層建築物(ビル)が多いと見通しが悪い。精確な黒煙の出処(でどころ)を特定するにも時間が掛かる。

 

「マルク! 屋根伝いは!?」

 

 太めな眉をきゅっと寄せた凛華が呼び掛ければ、

 

「そうすっか、補助は!?」

 

 見上げたマルクも即応し、【部分変化(へんげ)】で脚部を狼のそれへと変化させた。

 

「要らないわ!」

 

「分かっ……た!」

 

 次の瞬間、ワインレッドの半人半狼が大地をとぉんっと蹴飛ばして高く跳躍。

 

「『百華ノ冰女(ひめ)下駄』!」

 

 ほぼ同時、凛華も独自魔術を発動。

 

 冰で生成された一本歯の天狗下駄を靴の下に出現させ、カッコンと平衡(バランス)を取るや、歯の部分を一気に伸ばしながら跳躍した。

 

 ひゅ……おっ! と、伸びゆく歯の長過ぎる天狗下駄を器用に操り、建物の(ふち)をカカカカッと、蹴り飛ばしながら建物を登っていく。

 

 数秒もせぬ内に、屋上へと到達。2人は魔法と魔術を解除しながら、すたっと着地した。

 

「やっぱり『荒熊亭』の方だったわ……!」

 

「ちっ、何が起こってやがんだ!」

 

 ミリセントの失踪に始まり、次々と変事が起こっている。しかも人為的だ。

 

 何者かの悪意を感じ取った2人は蹴立てられるように屋上から屋上へ、煙を目指して疾走する。

 

 

 

 その数分後。

 

 大した時間も掛からずにそれを見下ろせる場所まで辿り着いた2人が、眼下に広がる光景に表情を険しくさせる。

 

「『荒熊亭』が……!」

 

 マルクは思わず息を呑んだ。

 

 表に粉々になった硝子片やズタズタになった木屑が散らばっており、規模こそ小さいが火の手も上がっている。

 

 出処(でどころ)は件の旅籠。『黄金の荒熊亭』だ。

 

 その一階で爆発が起きたのか、滅茶苦茶になっている。

 

「グレースさん達は!?」

 

 顔色を変えた凛華が『冰女下駄』を発動し直して屋上から身を躍らせ、マルクも直ぐに後を追う。

 

 建物の壁面を削るような勢いで降り、騒ぎに集まった人々を押しのけていくと、そこには見知った数名が居た。

 

「ラウラっ!」

 

「ソーニャも! 一体、何があった!?」

 

 2人が駆け寄りながら大声で問えば、少女らも振り返るなり彼らの姿を認めて、

 

「分からん! 何者かが爆発物を投げ込んだらしい!」

 

「凛華っ、マルクさん! それより『治癒術』を!」

 

 焦燥を滲ませた形相で応える。

 

 彼女らの足元には男性が倒れており、半獣人らしき女性が縋りついていた。

 

「あんたぁ!」

 

「だ、大丈夫。片腕が失くなっちまったがな……はは」

 

「な、ライモンドさん!?」

 

 マルクが仰天し、凛華も青い眼を見開く。

 

 仰向けになっていた血塗れの男性は、『荒熊亭』の古株従業員ライモンドであった。左腕の肘から先がない。爆ぜたように(むご)い断面を晒している。

 

 また、縋り付いているのはその女房らしく、傍らにグレースとロドリックの姿もあった。膝をついて止血しようとしている。

 

 驚愕から立ち返った2人が慌てて駆け寄って見てみれば、左腕は無理矢理引き千切られたかのように()がれ、二の腕や左半身に木片が突き刺さっていた。

 

 おそらく咄嗟に闘気を使用したのだろう。一見して判る外傷はそれくらいだが、このままでは失血死する可能性がある。

 

「酷いわね。マルク、急いで治療するわよ。ラウラとソーニャ(ふたり)は木屑を取り除いてちょうだい」

 

「は、はいっ!」

 

「承知した!」

 

「よし、ライモンドさん。出血を止めるぞ。腕、上げられるか?」

 

「っづ、ぐぅ……す、すまんな」

 

 力なく上げられた太い左腕の脇口に、グレースが自ら引き千切ったらしきスカートの裾を宛がってマルクがきつく縛る。

 

 その間に、ラウラとソーニャが急いで木片(異物)を取り除いていく。

 

「傷口、一度洗うわよ。何か噛めるものをちょうだい」

 

 口を挟めぬ口調で凛華が斬りつけるように指示を出すと、

 

「これを使ってくれ」

 

 すかさず、ロドリックが手拭いを差し出した。

 

「噛んでて」

 

 歯を傷めぬようにと口元に宛てがわれた手拭いをライモンドが力なく咥えたのを確認するや、凛華が一気に水流を当てる。

 

 冰気でキンキンになっている水だ。それを左腕の断面へ念入りに、次いで全身へ。

 

「ぐ、ぐぅ゛ぅ゛ぅぅぅ~~~~……っ!?」

 

 凍えそうなほどの冷水、そして視神経が灼け付きそうなほどの激痛に見舞われたライモンドが、歯を食い縛ったままくぐもった悲鳴を漏らす。

 

 しかし、直ぐに痛みを上げていた部分が麻痺していき、悲鳴が荒い吐息に変わった。

 

 この為に、わざと凍る寸前にまで水温を下げたのだ。

 

「ライモンドさん、術を掛けるからな。大きく、ゆっくり、呼吸を繰り返すんだ」

 

 共にびしょ濡れになっていたマルクは構うこともなく、太い二の腕と厚い背中にそれぞれ両手を置いて術式を展開。『治癒術』を発動した。

 

 同調させた魔族の持つ多量の魔力が、半ば譲渡に近い形でライモンドの身体を巡り、自然治癒能力を大幅に底上げする。

 

「すぅぅ~~っ…………はぁぁ~~っ……すぅ~っ……はぁ~っ、すぅ~、はぁ~……」

 

 無理矢理な深呼吸が、だんだんと自然な呼吸へと変わっていく。

 

「今の内に出血も止めるわよ。ラウラ、癒薬帯は?」

 

「ありますっ! どうぞ!」

 

 凛華はマルクが支えるライモンドの左腕に触れ、断面部分だけ一時的に薄っすらと冰らせた。

 

 そのまま、ラウラが背嚢から引っ張り出した癒薬帯で傷口をキツく押さえつけながらぐるぐると巻いていく。圧迫止血だ。

 

 この分なら冰が融ける頃には、血も止まっているだろう。

 

「今ので手持ちは無くなりました」

 

「左腕以外なら癒薬帯じゃなくても構わないわ」

 

「あっ、わたし、包帯ならある!」

 

 半ば呆けるように治療を眺めていたレイチェルがはっと我に返るや、背嚢を漁って包帯を取り出す。

 

「助かるわ」

 

 凛華が癒薬帯を使い切って包帯を受け取ろうとすると、

 

「お嬢ちゃん達、すまないね。ちょっと取り乱しちまったけど、もう大丈夫。包帯はこっちで巻くから貸しとくれ」

 

 獣足を持つ半獣人の女性――ライモンドの妻がそう言って、代わりに包帯を受け取ると、夫の頭やボロボロになっていた上着を剥いで傷に包帯を宛がっていく。

 

「すぅ~、はぁぁ~……ありがとよ、”狼騎士”。かなり楽になったぜ」

 

「おう。けど、流した血はそんままだからな。激しく動いたら倒れちまうぞ」

 

 マルクが注意を説きながら魔力を流すのを()める。

 

「はは、そりゃ――うぉぉ、いっぢぢぢ…………動きたくてもこのザマじゃ動けんさ。すまん、大将。店が……」

 

 ライモンドは妻に締め付けられた包帯で涙目になりながら、雇用主に顔を向けた。

 

「人命と店じゃ較べるべくもないさ。それより何があったのか、詳しく教えてくれ」

 

 すると、グレースが「お前様、それは手前が」とロドリックの肩に触れて、何が起こったのかを語る。

 

「食堂に居たら、裏口が急に開いて男が入ってきたのです。まったく知らない匂いでした。誰何した手前共へ、その男が金属の鋼球を転がしたのです。悪寒が走った頃には、ライモンドが手前とマリオンを庇って……」

 

 ……爆発の盾に。と、漆黒の猫耳を後ろにピンと沿って伏せさせた。

 

「そうだったのか。ありがとう、ライモンド。生涯、恩に着る」

 

 事情を正しく理解したロドリックが友人でもある古株従業員の腕を労るように手を置く。

 

「そう畏まらんでくれよ、大将」

 

 が、それを聞いていた二党の6名は穏やかじゃいられなかった。

 

「待って頂きたい。その金属の鋼球、このくらいの大きさのものだったか?」

 

 真剣な顔でソーニャは掌を上向けながら訊ねた。

 

「ええと、そうでございますね。そのくらいでした」

 

「赤い線が入ってる? 幾何学模様の」

 

 凛華が更に質問を重ねれば、

 

「お前さんら、知ってるのか?」

 

 ライモンドが問い返す。

 

「知ってるも何も、『荒熊亭(此処)』で殺されたあのチンピラ野郎も使ってたんだよ」

 

 マルクが苦々しく応えた途端、

 

「なんだって!? じゃ、これはグリム氏族の仕業ってことかい?」

 

 ロドリックは僧侶顔を険しくさせた。

 

「可能性は高いと思います」

 

 ラウラが琥珀眼を逸らすことなく首肯する。

 

 と、その時だ。誰もが予想しないことが起こった――否、起こっていた。

 

「あれ? ね、ねえ、マリオンちゃんは?」

 

 レイチェルが視線をさ迷わせる。

 

 無事であるらしいことは想定していたが、何処(どこ)にも見当たらない。

 

「は……? いや、お前さんらが戻ってくる直前まで此処に居たはずだぞ。奥方殿の直ぐ傍に――」

 

「マリオン? マリオンっ!」

 

「マリオン、出ておいで! マリオン!!」

 

 サッと顔を青褪めさせたグレースとロドリックが愛娘の名を呼ぶが返事はない。

 

 騒ぎを聞きつけて集まっていた近所の人々も、

 

「え……そ、そっち居るか?」

 

「マリオンちゃんでしょ? こっちには居ないわ」

 

 と、事態に気付いたのか声を上げるが、やはりあの愛らしい半獣人の少女の影も形もない。

 

「おい冗談だろ……? まさか、この爆発騒ぎに乗じて攫ったヤツが居るってのかよ!?」

 

 ディートフリートの総身が粟立つ。

 

「らしいな」

 

「最悪ね」

 

「もしや、マリオン一人を狙う為だけにこんなことをしでかしたのか……? さすがに有り得ん、とは思うが」

 

 ”鬼火”の一党は場慣れしているためか比較的冷静さを保っているものの、やはり苦い顔は隠せそうになかった。

 

「翡翠、アルさんに連絡を飛ばします! 準備を!」

 

「カアッ!」

 

 ラウラが連絡用の紙片に急ぎ筆を走らせる。

 

 『荒熊亭』が襲われたこと。マリオンが攫われた可能性があること。そして、グリム氏族が関わっているかもしれないことを記し、使い魔が差し出す脚へ括り付けた。

 

「頼みます。翡翠(あなた)も気を付けるんですよ」

 

「カァカアッ!」

 

 夜天翡翠が「任せて!」とばかりに力強く啼き、焼けたような朱色に染まり始めた空へ、パッと翔び立つ。

 

 直ぐに黒い影と化した三ツ足鴉から目線を外しつつ、

 

「な、なあこっから……どうすんだ?」

 

「このまま後手に回り続けても良いことって、ないよね?」

 

 『紅蓮の疾風』の2人は、自分達より年下ながら等級も上で非常事態の経験を積んでいそうな4人に訊ねた。

 

「俺はマリオンを探すぞ。あの子の匂いなら覚えてるからな。今なら追える」

 

 マルクがすかさず応える。つい数時間前まで共に居たのだ。

 

「あたしもマルクに同行するわ」

 

 凛華も澄んだ青い瞳に闘志を滲ませ、尾重剣の柄を軽く握った。

 

 すると、衣擦れの音一つさせずにグレースも手を上げた。

 

「手前も行きます」

 

「グレースさんも?」

 

「手前共の大事な娘です。貴方と同じくらいに鼻は利きますので。それと、心配には及びません。承知の通り、手前も元武芸者ですから」

 

 猫の耳に尻尾、足を持つ獣人族の女性だ。娘の匂いならきっと誰よりも精確だろう。

 

 それに、この分だと充分に戦える(お荷物にならない)ことは『荒熊亭』を訪ねた初日に理解している。

 

「了解っす。そんじゃ、マリオンの捜索は俺と凛華とグレースさんで当たるとして――」

 

「私も娘の――」

 

 そこで”荒熊”も口を挟んだが、

 

「お前様はこの騒ぎを収める方に回って下さい。早く収めないと……何か()()()()がしております」

 

 やんわりと妻が止める。

 

 彼はこの都市を拠点に活動していた、二つ名持ちの元二等級武芸者。つまり、色々なところに顔が利く。

 

 ――お前様にしか出来ないことを。

 

 そう訴える妻の縦に長い瞳孔へ、ロドリックは力強く頷いた。

 

「……分かった。くれぐれも気を付けて。それと、ライモンドはどこかで休んでくれ。此処も安全じゃないだろうからね」

 

「……ああ、すまん大将。こんな身体じゃなかったら――」

 

「いいや、充分働いてくれたさ。これ以上、肉体を酷使するものじゃないよ」

 

 皆まで言わせず、ロドリックがライモンドを立たせる。

 

「……そうさせてもらうぜ」

 

「ああ」

 

「で、オレらはどうする?」

 

「途中までロドリックさんについていきましょう。ミリセントさんの手掛かりもまだ見つかってません」

 

 その間に、ラウラも決断を下した。

 

「そうだな。捜し終えたわけでもねえし」

 

 普段と違って一党の仲間達は一緒にいない。それほど事態が逼迫しているのだ。

 

 暴力を伴う諍いが突発的に起きる都市で顔見知りが行方を晦まし、しかも宿泊していた旅籠が爆破され、おまけに亭主の娘が忽然と消えた。

 

「ですが、気を付けて下さい。『荒熊亭』でさえ襲撃されたんです。何が起きてもおかしくありません」

 

 だからこそ、琥珀色の瞳に強い警戒を滲ませて注意喚起する。

 

「うむ、承知だ」

 

 直ぐにソーニャが胸甲をがつんと叩いて頷き、

 

「……うん。わかった」

 

 レイチェルが肩提銃鞘(ホルスター)に収まる二挺の魔導機構拳銃に指を這わせ、

 

「おうよ」

 

 ディートフリートは薙刀(グレイブ)の柄を握り締めて「ふぅ……っ」と息を吐いた。

 

 ざわざわと胃を波打たせる緊張感を何とか宥めすかす。

 

「それじゃ、急ごう」

 

 ロドリックの鋭く重い声に、彼の妻と武芸者6名は真剣な顔でこくりと頷くや、直ぐに動き出した。

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

 鋼業都市――東部。

 

 アルとエーラは7階建ての建物の屋上に居た。

 

 こちらは外れ(スカ)も良いところだ。それらしい痕跡一つなければ、目撃証言もない。

 

 それでも2人はある種、”確信”とも呼べるべきものを得ていた。

 

 と、そこへ夕焼けの赤色光を遮った黒い影が舞い降りてくる。

 

「翡翠か、どうした?」

 

「何かあったのかな?」

 

「カアー、カアー!!」

 

「急ぎっぽいよ」

 

「読んでみる」

 

 アルは急いで使い魔の脚に括り付けられていた紙片を取った。

 

 さっと目を通し、直ぐに眉根を寄せる。

 

「『荒熊亭』で爆発騒ぎ……!?」

 

「ど、ええっ!? 大丈夫なの!?」

 

「翡翠、これいつ頃の話だ? さっきか、それとも――」

 

「カアッ!」

 

 夜天翡翠が「さっき!」とばかりに主人を遮って啼く。

 

「ってなると、俺達が東門辺りに居た頃か」

 

「此処広いからボクら、気付けなかったんだね。怪我人は?」

 

 エーラも心配そうに伝言を覗き込む。

 

 アルは続けざまに紙片を(めく)り、

 

「ライモンドさんが重傷。でも、手当てが間に合ったから命にまで別状はないって。ただ、無事だったはずのマリオンが居なくなったらしい」

 

 赤褐色の瞳を険しく細めた。

 

「えっ、マリオンちゃんが!?」

 

 一体、何が起きてるの? と、エーラが緑眼を見開く。

 

「グレースさんとマルクと凛華で匂いを辿るつもりらしい。残りで引き続きミリセントさんの捜索に当たるって」

 

「ボクらはどうする? 方針は?」

 

 ピンと張り詰めた問い掛け。

 

「使われた爆発物はグリム氏族のアイツが使ってたものと同じっぽい」

 

「ってことは、あのルドルフって人が糸引いてる?」

 

「……はっきり言って、俺はそう思う」

 

「だよね、ボクも同意見。たぶん勘違いじゃないよ。だって今日、あの氏族の武芸者――()()()()()()()()()?」

 

 グリム氏族の荒くれ者共は、けばけばしい色の頭巻布(スカーフ)を手首や装備に揃って巻き付けている。

 

 それが、今日に限って一度も見ていない。少ないながらも顔に覚えのある――示談直後に襲ってきた連中さえ一人も見ていない。

 

 居るのは、見たこともない小氏族所属らしきチンピラばかり。

 

 だというのに、抗争そのものはだんだんと激化している。先刻(さっき)も何処ぞの連中が往来で暴れていた。

 

 だからこそ……――氏族に属してもいなければ、此処の支部にも馴染んでいない部外者であるからこそ、強烈に感じる。

 

 都市全体が、何者かの手で操られているような奇妙な感覚を。

 

 アルはその何者かを、あのルドルフ・グリムだと予想――否、半ば直感していた。

 

「……けど、目的が判らない」

 

 その一言に尽きる。

 

 これだけの騒ぎを引き起こす理由がまるで見当もつかないのだ。

 

 お馴染みの思考の癖で左眼を閉じ、内心で呟く。

 

 ――場当たり的な対処に集中し過ぎたら、何か見落としそうな気がする。

 

 その時だった。

 

「え、うそ……? ねえ、アル。あれって煙……だよね?」

 

 夕焼けに眼を細めたエーラが龍鱗布を引っ張って、遠くで立ち昇る黒煙を指差す。

 

「あっちの方って造船所とか、倉庫街だったよね? 火の手が上がってるよ……!」

 

 アルは思わず唖然とした。

 

 あれもあの男が仕組んだことなのだろうか? と疑問が浮かび、糸目に薄ら笑いを浮かべる魔猫の如き氏族の長が脳裏をチラつく。

 

(まるで自棄(やけ)だ。都市(まち)がどうなっても良いのか?)

 

 と、そこまで考えたところで、天啓にも似た閃きが思考を掠めた。

 

「いや……真実どうでも良いのか? アイツにとって」

 

 証拠らしい証拠もないが、真理の端を引っ掛けたような気がする。

 

「えと、どうでも良いってどういうこと? あの氏族ってこの都市で幅利かせてるんだよね?」

 

 これだけ被害範囲を広げてしまうと、自分達にだって様々な意味で火の粉が降りかかるだろう、とのエーラの反論は至極真っ当なそれであった。

 

「ああ。でも、そんな気がする。ただの直感だけど」

 

(兎に角、動かないと)

 

 アルは言葉少なに応じながら、己に言い聞かせる。

 

 ヴィオレッタから教わった。

 

 物事の見方は決して一つじゃない。多角的に捉え、時には盤面の外に出てみなければ分からないことだってある。

 

(見つ)からないのなら、分かるところ(見つけ)に行くまでだ)

 

「行こう。俺はアイツらの本拠地に忍びこんでくる」

 

「ボクは?」

 

「エーラは途中で別れて、凛華とマルクに合流してくれ。マリオンは十中八九、誘拐されてる」

 

「戦闘になる可能性、高いんだね?」

 

 くりくりとした大きな新緑色の虹彩が鮮やかに光る。

 

「うん。あの二人とグレースさんでも充分だとは思うけど、不確定要素が多過ぎるから」

 

 仮にマリオンを追って数十名の敵に遭遇し、それこそあの爆弾でもバラ撒かれようものなら危険だ。

 

 あの三人だけなら無事で済む可能性も高いが、もしその場にマリオンだけでなくミリセントや他の非戦闘員が居たら?

 

 アル達が知らないだけで、他の行方不明者も居たとしたら?

 

 間違いなく手間が掛かる。頭数は少しでも多い方が得策だ。

 

 何より、まだグリム氏族の所業だと確定したわけでもない。決めつけて掛かるのも重大な見落としに繋がる。

 

「分かった。でも、アルは一人で大丈夫?」

 

 エーラが一抹の不安を顔に覗かせる。

 

 推測が当たっていた場合、下手人共の根城に乗り込むことになるのだ。あっけらかんとしているようで繊細さも併せ持つ彼女が心配しないわけもなかった。

 

「今んとこ派手に戦うつもりもないし、探りを入れるだけだから大丈夫だよ」

 

 だが、アルはあえて軽い口調で応え、「じゃ動こっか」との誘いに「待った」と言いながら、

 

「翡翠、これをラウラに」

 

 と、紙片に彼女らへの指示を記して使い魔の脚に括り付ける。

 

「カア!」

 

「頼んだぞ」

 

「カアカア!」

 

 夜天翡翠は一度主人の手に黒濡羽を擦り付けると、直ぐにパッと翔び立ち、先刻より薄暗い空へ馴染むように姿を晦ませた。

 

 それを見届けたアルとエーラも視線を交わすや頷き合い、

 

「俺達も行こう!」

 

「うん!」

 

 隣の建物へと屋上から身を躍らせた。

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