日輪の半龍人   作:倉田 創藍

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14話 深まる確信

 鋼業都市〈アイゼンリーベンシュタット〉西部。

 

 運河に面する倉庫街では轟々と火の手が上がっていた。

 

 既に備え付けの造船所の方にも延焼しており、火の粉が大きく舞う(たび)に、悲鳴や怒号の数がどんどんと増していく。

 

「出火元不明の火事が次々と起こっております! 倉庫内のものにも引火しているようです! 爆発を見たとの報告も上がっております!」

 

「急ぎ運河へ出航させるよう伝令して回れ! 飛び火するぞ!」

 

「被害規模は!?」

 

「不明です! 運河に面する一帯で複数から火の手が上がったとのこと!」

 

「駐屯地の装備に燃え移れば、事態の悪化を招くことになる! 消火を急げ!」

 

「道を開けさせろ、術師優先で消火に向かえ!」

 

「非常事態だ! 倉庫や家屋への攻性魔術の使用を許可する! 延焼する前に破壊しろ!」

 

「運河の水も使え!」

 

「住民の避難が先だ! どうなってる!?」

 

 運河沿いに駐屯地がある帝国軍、見回りを強化していた領軍所属の軍人らも喉を嗄らさんばかりに叫び、慌ただしく動き回っている。

 

 ――被害が加速度的に広がってる……!

 

 ラウラは琥珀眼に滲みかけた焦燥を押し殺すように、ぐっと奥歯を噛み締めた。

 

 氏族間抗争で荒れているところで、この騒ぎだ。

 

 多くの資材がある倉庫街の方で出火。しかも、特定の何処其処(どこそこ)を発端にした火事ではない。

 

 まるで図ったかの如く、同じ時機(タイミング)で幾つもの火の手が上がったのだ。

 

 瞬く間に風の影響を受けて、運河沿いはこの有り様。

 

 明らかに人為的だ。

 

 時間的に陽は(ほとん)ど翳っているにも関わらず、運河の水面は夕焼けを惜しむかのように赤く染まり、黒い煙が空を濁し続けていた。

 

「これは……」

 

 思わず”荒熊”が呆然としていると、

 

「ロドリック! 此処(ここ)()ったか!」

 

 初老の男性がドタドタと走って来た。

 

 短い白髪に厳格そうな深い(しわ)。見た目の年齢に似つかわしくないきびきびとした動き。

 

 ロドリックは彼を知っている。

 

「支部長! 此の騒ぎは一体どうしたんです!?」

 

 ()(さま)、ほんの少し店に居る間に何があったのかを問うた。

 

 だが、武芸者協会〈アイゼンリーベンシュタット〉支部の長はすかさず(かぶり)を振る。

 

「分からん、急に彼方此方(あちこち)で火が上がりやがった! おまけに問題はそれだけじゃなくてな、お前に頼みがある」

 

「頼み? 何です?」

 

「侯爵様から支部へ緊急依頼が入ってる――人命救助と消火活動の手伝いだ。それにお前も参加して欲しい。既に国軍、領軍(とも)に事態の収拾に当たってるらしいが、手が足らんそうだ」

 

「そういうことでしたら、幾らでも」

 

 元二等級武芸者”荒熊”の返答は素早かった。

 

「それと此方は支部()からだ。情けねぇことに、何処ぞの莫迦(ばか)氏族共の中には火事場泥棒だの何だのをやらかす連中も居やがるだろう。この非常時に抗争なんぞやってる連中もだ! 見つけ次第とっちめて構わん! これ以上余計な真似をせんよう、大怪我でもさせてくれりゃあ大助かりってなもんだ!」

 

「そちらも問題ありませんよ。私も良い加減、飽き飽きしてましたから」

 

 やはり了承の意を返す僧侶の如き顔馴染みに、支部長の顔が唐突に曇る。

 

「すまんな。引退したお前に頼むのも気が引けるんだが、あの二氏族を除けばお前くらいしか頼めるやつも居らん」

 

「二氏族――と言うと、ノイギーア氏族とクリーク氏族ですか」

 

 ロドリックは得心がいったように深く頷いた。

 

 その氏族の長2名とは、ここ連日顔を合わせている。

 

 武芸者向けの魔導薬を販売することで大きな利益を生み出している――おそらく此の都市で最も健全な運営が出来ているのがノイギーア氏族だ。

 

 こちらの構成員は魔術師が殆ど。魔導薬を販売する為の資格持ちも複数抱えている。

 

 もう一方は戦闘狂い(馬鹿)集団――と、言ってしまうと野蛮な印象を受けるが、実態は「只管(ひたすら)に武を磨かん」と毎日稽古に明け暮れている実力者ら揃いなクリーク氏族。

 

 道場と呼ぶには些か乱暴な吹き抜けの板張りの稽古場を造り、何はなくとも其処で汗を流しているのが彼ら。

 

 運営自体は万年赤字の欠陥組織だが、請われれば誰でも一律で稽古をつけてやるといった気風の良い集団でもある。

 

 一般家庭出身のディートフリートが薙刀の扱いを覚えられたのも、彼らの恩恵が有ったればこそ。会費を稼ぎ続ける自信がなかったので氏族入りこそしていないが顔見知りではある。

 

「おう、今から話をつけに行く。ってなわけで、一足先に都市(まち)の為に動いて欲しい。支部の建物を臨時拠点にして構わん。そっちの嬢ちゃんらも武芸者だろう? 当てにして良いか?」

 

「いえ。行方不明の知り合いを捜してる最中なんです。道中で無体な真似をしている同業者が居たら止めますが、それ以上は難しいかと思います」

 

 支部長の視線に対し、ラウラが真っ直ぐに見据え返してキッパリと断りを入れた。

 

 『紅蓮の疾風(はやて)』の2人は、どうしてもたおやかな印象の強い彼女の反応に驚きを隠せず、思わず眼を丸くする。

 

「行方不明? 此処んとこ矢鱈(やたら)多いな、依頼にも捜索系(そういうの)が増えたって職員が言ってやがったが……。ま、それで構わん。頼むぜ」

 

 支部長は一瞬思案し掛けたものの、首を振って了承した。

 

「分かりました」

 

 ラウラがこくりと頷くや、

 

「では、私は国軍の駐屯地方面に向かってみます。君らも気を付けるんだよ。グレース()の言ってた通り、厭な気配がする」

 

 ロドリックは西端の方へ身体を向けながら新米武芸者ら4人へ警告し、彼らが「はい!」と返事を返すと直ぐに駆け出した。

 

 その熊のような体躯に似つかわしい豪快な走りながら、捷い。あっという間に喧騒に呑まれて見えなくなった。

 

 直後、彼を見送った支部長も「それじゃあな!」と叫んで人の波に消えていく。

 

「我々はどの方面に向かう?」

 

 ソーニャは難しい顔で腕を組んだ。

 

 現在、彼女ら4名が居るのは支部と運河のおよそ中間地点。

 

「支部の近くまで戻ってみるってのも微妙……だよな? 幾ら昔っからある店っつったって――」

 

「うん、都市中が大騒ぎだもん。話訊くのも簡単じゃなさそう」

 

 本来であれば、早めな夕餉の時間を楽しむ家も出てくる頃。

 

 だが、今は都市西部で恐慌(パニック)状態。そのせいで軍人が慌ただしく動き回っている。火の手だって見えているだろう。

 

 否応なしに騒ぎが伝播するような状況だ。

 

 そんな時に行方不明者の手掛かりを探すなど、不可能に近い。詰みだ。

 

「だよな……」

 

 ディートフリートとレイチェルが己の不甲斐なさを呪った――その瞬間。

 

「カアーッ! カアカアーッ!」

 

 ひゅおうと飛翔してきた漆黒の影が上空で激しく啼きながら舞い降りてきた。

 

「翡翠?」

 

 アルさんのところから戻ってきたの? と、三ツ足鴉の姿を認めた朱髪少女が首を傾げ、『紅蓮の疾風』の2人も釣られて空を見上げる。

 

 だが、騎士少女の反応だけは彼らと異なっていた。

 

「ラウラっ!」

 

 ハッとして左腰から長剣を抜きざま、斬り上げるように義姉の背後へ振るう。

 

「っ!?」

 

 幅の広めな諸刃の切っ先が、ラウラに忍び寄っていた男の腕を浅く捉えて掠める。

 

「つぉっ!?」

 

「貴様……何の用だ?」

 

 血を滴らせて飛び退()いた男を見据え、ソーニャは盾を前に出すようにして油断なく構えた。

 

 たった今、夜天翡翠が発したのは警告だ。

 

 ――本当に寸で(ギリギリ)のところだった。

 

 萌黄色の瞳が細く絞られる。

 

「ってェな、オイ」

 

「あなた、あの時の……!」

 

 義妹が己を護ったのだ、と察したラウラも素早く身を翻しながら杖剣(じょうけん)をすらりと引き抜き、次いで眉間に(しわ)を寄せた。

 

「クソが。魔族()のガキ共が居ねェから楽勝だと思ったんだがな」

 

 男は武芸者だ。それも護衛依頼中に襲撃してきたグリム氏族のうちの1人。

 

「此処でかよ、畜生(ちっきしょう)!」

 

 遅ればせながらに事態を察したディートフリートとレイチェルも慌てつつ、ようやく各々の武器を構えた。

 

「何用ですか?」

 

 その間に、ラウラが睥睨するような表情で問う。その声音は平坦ながら鋭く、刃のように冷たかった。

 

 不穏な気配を悟って、咄嗟に精一杯の虚勢を張りながら真似たのだ。アルクスが敵にのみ叩きつける、心胆を寒からしめるあの威圧を。

 

「へぇ……ンな顔ができるたァ、どっかのお偉いさんの血縁か? オレらはただ、てめェらを連れて来るようルドルフさんに言われただけ。ま、遣いってヤツよ。大人しくついて来た方が身の為だぜ?」

 

 グリム氏族の武芸者は有利を確信しているのか、ニヤリと笑う。

 

「連れて来るように言われただと? なぜだ?」

 

 ソーニャがいよいよ殺気を滲ませて問うなか、レイチェルは周囲に視線を走らせて戦慄した。

 

「……囲まれてる」

 

 ――気付けたはずなのに。

 

 状況に呑まれて注意を怠っていた。

 

 支部長が離れてほんの僅かな間。その隙に喧騒から遠ざけられていた。

 

「くっそ……!」

 

 『紅蓮の疾風』の2人は心中で己を「大間抜けめ」と罵倒した。

 

 何の為にアルクスが自分達を4名に――否、この2人を護るように差配したのか、これでは分からないではないか。

 

 忸怩たる思いを抱えつつ、レイチェルがラウラと背中合わせに。

 

 ――『後悔も懺悔も後』……つってたな。この際、大暴れしてやる。

 

 ディートフリートが相棒とソーニャの背中を護るように一歩進み出ながら薙刀を構えた。

 

「あ? 理由なんて知らねェな。どっか売り飛ばすんじゃねェか? こっちゃてめェら二人が無事ならそれで問題なしってな。ま、つまり残りは好きにしていいってこった。今なら手荒な真似はしねェでやるぜ? どうするよ?」

 

 そう言って下卑た笑みを浮かべる男の傍らや路地裏から、周囲の人混みの中からまでも、粗野な雰囲気の武芸者がぞろぞろと現れた。

 

 おそらく全員グリム氏族所属だろう。

 

 あの人混みを利用して目標を自然に誘導・分断したのだ。

 

「……」

 

 等級はそう変わらないようだが、人数がまるで違う。こちらは4名に対し、あちらは少なく見積もっても20名は居る。

 

 ――それにしたって、()()()()()()()

 

 ラウラは表情を動かさぬまま俯瞰的に状況を分析し、心中で呟いた。

 

 彼らの親玉ルドルフ・グリム。

 

 ――共和国……いえ、聖国と繋がりが?

 

 己と義妹のみ(共和国の令嬢)を指名している以上、あの怪しげな男はこちらの正体に気付いている可能性が高い。

 

「お前ら、運河の方燃えてんだぞ!? そっちは放っといて良いのかよ!?」

 

 ディートフリートは薙刀を握る手にじっとりと手汗を掻きながら、焦れたように吼えた。

 

 グリム氏族は組織運営の為に海運業を営んでいると聞いた――否、あの男がそう言っていた。

 

 当然、整備を行う船渠(ドック)とて在るはずで――……。

 

「俺らンとこの船ぇ? あー、ちょっと前に三隻とも運河の方に出ちまったなぁ、積荷が丁度()()()()()()()()。いつ頃だっけ? あー、そうだ。火事が起きる数分前だったっけぇ?」

 

 しかし、取り囲んでいた内の1人が憎たらしい笑みを浮かべて空惚(そらとぼ)ける。

 

「あの火事、やっぱりあなた達の……!」

 

 レイチェルは義憤に駆られた。これで確定だ。やはり一連の騒ぎはグリム氏族が引き起こしたもので正解だったらしい。

 

「積荷が一杯になって、と言ったな? 貴様らの積荷とは何だ?」

 

 冷たい視線をソーニャが周囲に浴びせる。

 

 わざわざ訊かずとも確信があった。

 

 義姉と同じく感じ取った、連中の妙な(こな)れ具合。そして、火を放ったというのにヘラヘラと笑っていられる精神性。

 

 そんな連中が真っ当な倫理観を持っているはずが無い。

 

「何って、()に決まってんじゃねェか」

 

「「っ!?」」

 

 半ば予想通り、平然と放たれた醜悪な回答に『紅蓮の疾風』が揃って瞠目し、

 

「……」

 

「やはりか」

 

 ラウラとソーニャが冷たい怒りを覚える。

 

「ただのお荷物交換がデカい金になるわけねェだろ? ちょっと頭使えば分かんだろうがよ。それよか、そっちの二人。『紅蓮のなんたら』。お前らさぁ、オレらの仕事手伝わねェ? そこの二人ふん捕まえたら報酬やんぜ? 六等だか七等だかじゃ手に入らねェくらいの金になる」

 

 どうよ? 悪くねェだろ? と、『紅蓮の疾風』の正面に居た男が4人の様子を気にも留めずに平然とのたまった。

 

「っ……!?」

 

 裏切れ。そう言っているのだ、この男は。

 

 ディートフリートは愕然としつつ、()れど片眉を跳ね上げるのに留めて大きく息を吸い、ちらりと相棒に視線を送る。

 

「ディーくん、答えは一緒みたいだね?」

 

 すると、レイチェルにしては珍しく、魔導機構拳銃を手にしているというのに薄く微笑んだ。

 

 それこそが明確な答えに他ならない。

 

 彼女の相棒には伝わり過ぎるほどに伝わっている。

 

 ――裏切れ? ()()()()()()()()、幾ら積まれたってなってやるもんか!

 

「はっ、一択なんだから当ったり前じゃねぇか。おい、ド三流! そういうのはな、もちっと小綺麗な格好してから言えや! あんたら見るからに臭そうだぜ?」

 

 ゆえに彼女と同じく、ディートフリートは()()()青筋を浮かべて誘いを蹴り飛ばした。

 

 途端、ラウラとソーニャが「ふっ」と噴き出すように笑みを零す。

 

「な、テメェ!」

 

「クソガキが!」

 

「殺しちまえ! どうせ男は大して金にならねェ!」

 

「俺らに女が甚振られんの見ながら死に曝せや!」

 

 4人を包囲していたグリム氏族の武芸者連中が思ってもみなかった侮辱に肩を震わせ、(にわか)に暴力的な気配がじわじわと場に()み出していく。

 

「カア!」

 

 その時、ラウラの肩に居た夜天翡翠が己の脚に挟んであった紙片を(くちばし)で抜き取って見せた。

 

「これが最後だぜ? 抵抗は止めときな。あの魔族共は居ねェし、数もこっちが上。んで、オレは四等だ。無駄な争いは止めようや」

 

 腕から血を流している武芸者が剣の柄に手を掛ける。分かり易い脅しだ。

 

 しかし、連中から眼を逸らすことなく紙片をさっと見たラウラは、次いで好戦的な笑みのみを以て返した。

 

 風の流れに沿うことなく、朱髪がゆらゆらと幽かに揺れる――と、同時に萌黄色の視線も周囲に走る。

 

「ああン? 勝てると思ってんのか? この数を相手に?」

 

 男が不愉快そうな顔で柄を握り、それに合わせて周囲の武芸者も得物に手を伸ばした。

 

 どうやら侮辱と取られたらしい。それで正解だ。何も間違っちゃいない。

 

 幾ら四等級の混じった二十名超とは云え――……。

 

(但し、あの四人に手も足も出ない程度)

 

 だから此方に人間ばかりしか居ない瞬間を狙い撃ちしてきたのだ。

 

『あの魔族共は居ねェ』

 

 と、言ったのは何より彼ら自身が、あの4人を警戒していた証拠ではないか。

 

 だからこそ、ラウラは不敵に笑ってこう言った。

 

「全員を相手にする必要はないでしょう?」

 

 その瞬間、ソーニャが叫ぶ。

 

「ラウラ、十時の方向だ!」

 

「『龍蒼華(りゅうそうか)』!」

 

 義妹の声に素早く反応したラウラは遠慮なしに杖剣で魔術を発動した。

 

 『蒼火撃』の派生。広範囲用の攻性魔術。

 

 蒼く物騒に輝く彼岸花が爆発的に花開いて包囲を食い破る。

 

「う、お、おおあああアアっ!?」

 

「あギャアアアアアッ!?」

 

「あ゛あ゛ああああアヂッ、ァヂィィィ!?」

 

 直撃を受けた数名が一瞬にして肉ごと熔かされて物言わぬ屍へ。効果範囲付近に居た武芸者連中は吹き飛び、己の手足を消し炭に変えた異常な炎熱に悲鳴を上げた。

 

 視線に拠る意思疎通(アイコンタクト)すらない、以心伝心。

 

 義姉が幽かに昂らせた魔力と声音からソーニャは一撃見舞うことを予測し、包囲の最も薄い箇所を指示したのだ。

 

 ラウラにその決断をさせたのは、使い魔が見せた紙片。アルからの走り書き。

 

『俺はグリム氏族の拠点に忍び込んでみる。そっちは任せた。襲ってくるようなら、もう加減はしなくていい。自分達を優先してくれ。余裕があれば翡翠に状況報告を頼む』

 

 と、あった。

 

 加減は要らない。それなら幾らでも手はある。

 

此方(こちら)に!」

 

「急げ!」

 

 ラウラとソーニャがぽっかりと空いた包囲の穴へ、タタタタッと駆け込んでいく。

 

「おっ、おう!」

 

「うんっ!」

 

 刹那、術の威力に唖然としていたディートフリートとレイチェルも一歩遅れながらも、襲撃に次ぐ襲撃を経験したおかげか、直ぐに動き出した。

 

「な、なんだよあの威力は!?」

 

「おっ、追え! 逃がすな!」

 

 グリム氏族も伊達に犯罪歴を重ねてきていない。

 

 蒼炎に呑まれて面影もない黒焦げ死体に怯んだのも数瞬。やはり直ぐに追ってきた。

 

 だが、朱髪少女と騎士少女にとって、それは先刻承知の事。予定調和でさえある。

 

 ゆえに次の行動(アクション)も以心伝心であった。

 

「『燐炎波濤(はとう)(つむぎ)』!」

 

 ラウラが振り向きざま、刻印指輪による()()を含めて五つの術式を並列繋ぎに発動。

 

「『障岩壁』! 『鋳棘(いばら)の術』!」

 

 ソーニャが素早く()()二つの術を発動。

 

 杖剣を通さず、左手から放射された5つの蒼炎噴流が追っ手の先頭集団に勢いよく襲い掛かり、

 

「ぎゃああああ!?」

 

「うぉおっ!?」

 

「どっ、危ねえ!」

 

「な、なんつう魔術の練度してやがんだ!」

 

 怯んだ隙に、ソーニャの踏んだ箇所からトゲ付きの土砂壁がズズズ……ッと出現して道を塞いだ。

 

「な、壁が!」

 

「クソがあっ! さっさと回り込め!」

 

 追っ手の野卑な怒号。

 

 それらを尻目に4人はさっと視線を合わせ、頷き合うと一目散に倉庫街へと駆けた。夜天翡翠がその上空を低く飛翔する。

 

 ディートフリートとレイチェルは必死の形相で駆け、ラウラとソーニャも急ぎつつ、しかしながら懐かしさも覚えていた。

 

 当時もこうして追われていた。

 

 ――でも、あの時とは違う。

 

 ――今度は戦える。

 

 幾度の死線を潜り抜けてきた姉妹は、決意に満ちた表情でひた走る。

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

 なぜか不審火の起きていない整備船渠(ドック)の中。

 

 どこか生物的な光沢を放つ大剣を背負った涼やかな鬼の美少女――凜華は運河を前に腕を組んでいた。

 

 次いで、青い瞳に僅かばかりの猜疑を宿し、人狼青年と妙齢の猫獣人族の女性へと訊ね直した。

 

「ホントにあの船からマリオンの匂いがしてるの? あたし達、居ないことに気付いて直ぐ動き出したわよね?」

 

 此処に辿り着いて2人が揃って指したのは、運河に漂う数隻の内の一つ。

 

 そこそこ大きな金属製の船舶に探している半獣人の少女が乗っていると言ったのだ。

 

 しかし、傍から見れば『火事からひとまず退避した一隻』と言われた方がしっくり来るような、そんな雰囲気をしていた。

 

 現に動くでもなしに運河を漂っている。

 

最初(はな)っから係留してたんじゃねえか? 船渠(こっち)に入れずによ。で、マリオンはギリギリで詰め込まれた、とか。匂いは明らかにあれからしてる」

 

 【人狼化】していたマルクガルムが確信を以て応えると、

 

「ええ、それに他の人間のものも。あの規模の船舶にしては匂いが多過ぎます」

 

 グレースも鼻をすんっと鳴らして肯定した。

 

「匂いが多いって……え、じゃあマリオンみたいに囚われてる人達が居るってこと?」

 

「かもしれねえ。人攫いやってるようなロクデナシの舶なのかもな」

 

 冷たく乾いた人狼青年の声。

 

(此の)国――いえ、そもそも大陸で奴隷は禁止のはず。では、あれは違法の奴隷商船……!?」

 

 途端、グレースはぴくっと猫耳を動かして呟き、次いで怒りに身を震わせた。

 

 人が大勢居ると言っても、それらが敵である可能性を考慮していた彼女にとって、異種族の少年少女が出した推論はあまりに突飛――というより、武芸者から遠ざかっていたせいで可能性を失念していた。

 

 遥か古代の奴隷制度と違って、『人を物のように所有する』と言う心底愚かしい発想をする人種が居るということを。

 

 頭を殴りつけられたに等しい衝撃だった。

 

 何と言っても、あそこから娘の匂いがしているのだ。

 

「あの馬鹿デカい(みずち)だって売り捌こうとしたヤツが居たくらいだしな」

 

「そうね、あれに較べたら人なんて簡単でしょうね。今更悪党が何してたって驚きゃしないわよ」

 

 艤装(ぎそう)に視線を這わせるマルクと凜華の反応は――最初に出会ったのがラウラとソーニャを除けば神殿騎士だったのが災いしているのか、グレースと対照的なまでに正反対だった。

 

 魔族は己と違う魔族も”同胞”と呼ぶ。だが、人間はそうじゃない。それをよくよく知っている。

 

「先入観は捨てるべき、と言う事でありましょうか?」

 

「ええ。それよりどの船からしてるのよ? あたしは匂いなんて判んないわよ」

 

「マリオンの匂いがしてるのは、真ん中のやつだ。けど――」

 

「……明らかに乗員数が多い船はもう一隻あります」

 

「は? じゃ、あの二隻とも人攫いの船なわけ? あっちのも形似てるけど」

 

 凛華の指した二隻と一隻はよく似ていた。

 

 魔導機関を有さない(タイプ)の中型船舶で、小国の戦争時代に主流であった帆船に近い。が、貨物室部分が大きく取られていたり、何か――きっと風や炎だろう――を噴出するような(あな)が船底の方に覗いていたり、錆止めを塗布された金属製であったり。

 

 帝国最新鋭のものと違ってまだまだ民間で主流な(タイプ)だが、意匠や設計思想に近いものが見て取れた。

 

「おそらくは」

 

「十中八九な。確かめるには――」

 

「乗り込むしかないってわけね。良いわ。水面凍らせて行きましょ」

 

「本当に違法奴隷船ならどちらにも乗り込みたいところです」

 

「うーん、確かにそうね。じゃ、二手に分かれる?」

 

「そりゃ構わねぇけど、もし本当にそうだったらどうすんだ? 中に何人も居るんだろ? 助ける前に人質でも取られちゃ厄介だぞ」

 

「……潜入して船員を無力化するしか手はありませんでしょう。獣人が船員に居なければ良いのですが……」

 

「潜入…………潜入ね、あんまり得意じゃないのよ。母さんと兄貴は気配消すの上手かったけど」

 

 3人で手早く算段を纏めていたが、”潜入”と聞いた途端に凛華が難しい顔をして止まった。

 

 鬼人族の中には正面戦闘は平均だが、気配断ち――”(おぬ)(もしくは陰)”や”(なばり)”などと呼ばれる隠密技術に優れた者も一定数存在する。

 

 凜華の母――水葵はまた少々別だが、兄である紅椿はこの”隠”という点に於いて非常に優秀だ。

 

 魔術ならまだアルの方が幾らか長けているが、属性魔力の隠密性であればあちらの方が上なほど。

 

 だが、凛華や彼女に剣を教えた八重蔵はあまりそういうのを得意としていない。

 

 無論、剣の間合いでなら目線や殺気、重心を利用して気配を薄れさせることも可能である。

 

 八重蔵であれば相手が気付いた時には刃を振り下ろし終えた後――というような真似も容易くやってのける。

 

 だが、それはあくまで『相手の虚を衝く』という点を極限まで昇華させた御業であって、恒常的かつ獣人の鼻を欺けるようなそれではない。

 

「居ねぇことを祈るしかねぇか……――っと、やべ!」

 

 マルクとグレースが鼻で感知して振り向くと、どこかで見た武芸者が扉を開けて入ってきたところであった。

 

 三対の眼と黄ばんだ眼が合う。

 

「てめェらはっ!」

 

 不法侵入がバレた。

 

 咄嗟にマルクが狼脚で地を蹴りつけた瞬間。

 

「ぁグぇッ!?」

 

 騒ぎだそうとした武芸者は、船渠《ドック》の入り口から有り得ない角度で侵入してきた(やじり)のない一矢に喉仏を強打され、

 

「ひょっげ……ッ?」

 

 次の瞬間、狼脚による綺麗な右の廻し蹴りを頸動脈に叩き込まれてがくりと沈黙した。実は危険な眠らせ方なのだが、この際しょうがない。

 

 適当に床に転がしながら、マルクがゆらりと【人狼化】を解除する。

 

「エーラ、来たの?」

 

「うんっ。マリオンちゃんとミリセントさん、見つかった?」

 

 船渠(ドック)の屋根から短外套(ケープ)を広げて墜ちてきた軌道自在な射手――シルフィエーラは音もなく降り立つや、直ぐ様訊ねた。

 

「まだよ。あの船からマリオンの匂いはしてるらしいんだけど……――って、アルは? 一緒じゃないの?」

 

「うん。アルはえっと、これの――……三つかな? 西隣の倉庫の近くにグリム氏族の拠点があってね、忍び込んでくるって」

 

「グリム氏族の?」

 

 どうやら結局、全員グリム氏族が怪しいと睨んでいるのは変わらないようだ。

 

「そだよ。ボクらがミリセントさんを捜してた東側、全然グリム氏族の――ほらあのケバい色の巻いてる人が居なくってさ。翡翠から手紙貰った時は中央の方でそれらしい人影が居ないか探ってたの」

 

「そういや……俺らも見てねえぞ」

 

「確かに、そうね」

 

 マルクと凛華が記憶を掘り返して同意した。『荒熊亭』が爆破されてそれどころじゃなかったせいで気付けなかったが、よくよく考えてみればおかしな話だ。

 

「あれだけ、ここ数日色んなとこで暴れてたくせに絶対ヘンでしょ? だから直接探って来るってさ。ボクはマリオンが攫われたかもって聞いて、戦闘になりそうだから精霊に頼んで三人を捜してたの。良かったよ、あんま離れてないとこで」

 

 そう言うと、エーラが表情を引き締めて瞳を鮮緑に輝かせる。

 

「そういうこと。それなら丁度良かったわ。あたし達、これからあの船に潜入するところなのよ」

 

「えっ、潜入? どういうこと?」

 

「あの二隻からマリオン以外の匂いもめっちゃしてんだ」

 

 マルクは運河上の二隻を指差しながら、やや雑に要点だけを掻い摘んだ。

 

「えっと、他にも誘拐されてる人が居るってこと?」

 

「おそらくは。手前もあの二隻から船員以上の人の匂いを嗅ぎつけております」

 

 グレースも人狼青年の推測を裏付けるように頷いて見せる。

 

「あれって、移動中に必要なあれこれを積んでもかなり載るよね? そんなに目立つ人数攫ったら怪しまれない?」

 

「この都市は侯爵領ですから、かなり広いのは知っての通りでしょう? 一気に百人規模で消えれば事件にもなりましょうが、それこそ新人武芸者のような十数名を少しずつ。そして、別の都市や地域からも少しずつ攫って来れば、あの二隻の貨物室くらい簡単に満たせるのでは? と」

 

「あー……なるほど。此処が始点でも終点でもないんだね、あの船」

 

 エーラは可愛らしく整った相貌を嫌そうに歪めながら納得した。それならば理解も容易い。

 

「ああ。んで、そうなると俺らが堂々と乗り込んで救助しようもんなら――」

 

「人質取られちゃうかもね。それか、逃げられちゃうかも。だから潜入?」

 

「はい。匂いで勘付かれないよう極力、血を流さずに」

 

「血を流さずにって、船員の中に獣人族も居るの?」

 

「そこまでは。ですが、もし居た場合、間違いなく直ぐに気付かれてしまいますでしょうから」

 

 五感の鋭い獣人族本人の言うことなら、きっとそうなのだろう。

 

 すんなり納得したエーラは同じく嗅覚の鋭い人狼族青年に問う。

 

「そっか。マルクはどうするの?」

 

「俺にゃコイツがあるからな。それに元々隠密(こういうの)は得意だ」

 

 マルクは左腕全体に広がる()()()をとんとんと叩いて見せた。

 

「じゃボクが風で匂いをどっかに流す、って案もあんまり意味ないか」

 

「ああ。俺はグレースさんと一緒にマリオンを助けに行ってくるから、お前らはあっちの船に行ってくれ」

 

「よろしくお願い致します」

 

「了解。悪いわね、エーラ。当てにさせてもらうわよ」

 

「うんっ。あ、でもさ、困ったら船も周りもみんな凍らせちゃえば良いんじゃない?」

 

 そこそこの力業ながら冰鬼人の血を引く凜華にならば可能な手だ。

 

 当の本人も『そうじゃん!』という顔で同意し掛け、

 

「それもそう……――あ、でもミリセントさんが乗ってる可能性もあるのよね?」

 

 やっぱりダメか。と、(かぶり)を振った。

 

「あ……。うぅん、やっぱり人命第一で穏便な手にしよっか。こういう時、アルは何だっけ? 隠形? だったっけ? 六道穿光(りくどうせんこう)流の技で気配消せたよね?」

 

「出来たわね。けど、確かあんまり向いてないとか何とか言ってた気がするわ」

 

 二人が言っているのは、六道穿光流・闇の型派生構えのことである。

 

 その場に見えているのに、まるで居ないように錯覚するほど存在感を希薄にする――鬼人族がやれば非常に強力な気配断ちの技だが、アルのこれまでを振り返れば分かる通り、殆どやらない。

 

 目立つ遊撃役を担っているのもあるが、元来性格的に向いていないのだ。

 

「何でも良いけど、頼むから俺らが終わるまで暴れたりすんなよ?」

 

「しないわよ……たぶん」

 

「ひとまず急ごっ。動き出されちゃっても困るし」

 

「ええ、行くと致しましょう」

 

「ちっとばっか不安だが、了解だ。足場頼むぜ」

 

「任せときなさいな。そっちは大得意よ」

 

 そう言うや、凛華とエーラ、そしてマルクとグレースは局所的(ピンポイント)に凍らせた水面を跳び、それぞれ誘拐された人々が居ると思わしき二隻へと忍び行く。

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

 一方、単独行動中のアルはグリム氏族の拠点と目される5階建ての高楼前――やはり火事の起こっていない倉庫の屋上から身を乗り出してコソコソと偵察していた。

 

「……うーん」

 

 ――此処から見たって分かるわけないか。

 

 心中で独り言ちながらも屋内を探る。

 

 ルドルフが自己申告していた氏族の人数は確か200余名のはずであったが、察知できた気配も感知できた魔力もそれに比しても少ない。

 

 ――常駐人員ってこんなもんなのか?

 

 如何せん氏族に属していたことが無い為、アルには分からない。

 

「……やっぱ、入ってみるしかないか」

 

 何度も頭に浮かんでは消えていた結論を呟く。

 

 どちらにせよ、此処で伏せていたところで状況は何一つとして掴めない。

 

 それに火事のせいで夜に差し掛かってきたにしては空が明るい。これでは高楼から丸見えだ。

 

 ――何か見つかれば良いけど。

 

 半ばそう念じながら、切り出した『念動術』の第一術式を己に掛け、ボ……ッ、ボ……ッと散発的に蒼炎を噴いて、高楼2階のせり出した瓦屋根へと音もなく飛び移った。

 

 そのまま体勢を低くして、じっと耳を凝らす。

 

「……ふぅ」 

 

 どうやら勘付かれてはいないらしい。

 

 そ~っと窓に近づいて内部に眼を凝らす。すると、直ぐ近くに横長の配膳台(カウンターテーブル)と年季の入った革張りの長椅子(ソファ)があった。

 

 ――……酒場? ていうか溜まり場?

 

 しかし、この時間帯だと言うのにどうしてか人っ子一人居ない。

 

 そもそもこういった拠点の酒保染みた溜まり場が閉じている、という印象もあまりない。

 

 どうしたものか……と思案に暮れたのも刹那。

 

 ――この際だ。やっちゃえ。

 

 アルは直ぐに立ち上がり、蒼炎を()()()()腕で窓に嵌め込まれていた鉄格子を熔かして外すと、そおっと屋根に置く。

 

 次いで窓硝子の鍵部分も熔かして、音を立てないようにゆっくりと開けた。

 

 そのまま身を潜らせる。

 

「潜入成功? にしたって暗いな」

 

 すと……っと床に着地して呟いた。

 

 正面からは入れてくれそうもなかったから勝手に入ったが、これでグリム氏族が都市の騒ぎと無関係であった場合、なかなかのっぴきならない事態になる。

 

 なにせ器物損壊と不法侵入――完全に犯罪だ。

 

 ――……そうなったらバックレよう。うん、それが良い。ていうか、それしかない。

 

 と、図々しくも胸中で決め、彼方此方(あちこち)に視線をやって薄暗い内部を透かすように赤褐色の眼を細める。

 

 少なくとも2階は外観より狭かった。

 

 どうやらこの(フロア)の半分は酒保のような、遊戯室のような、そのような空間らしい。

 

 ――ひとまず、もうちょいそれっぽい場所を物色してみるか。

 

 此処に重要そうなものを保管する道理もなかろう、と動き出したアルであったが、数拍もせぬ内にぴたりと動きを止めた。

 

 ――……居る。

 

 随分素人のようではあったが、確かに人の気配がする。配膳台(カウンター)裏から続いている材料置場(バックヤード)からだ。

 

 魔導燈も点いていないらしく、磨り硝子越しに見ても真っ暗である。

 

 アルは音を立てないように廻り込み、ゆっくりと内鍵を外して取っ手(ドアノブ)に手を掛けると、勢い良くパッと戸を開いた。

 

「や、やああああ~っ!」

 

 途端、開けた扉の真横から気配――何者かが長物を振り下ろしてきた。

 

 だが、そこは六道穿光流を修めているアルだ。

 

 受け止めるつもりで、腰の大型短剣(ダガー)を右の逆手で引き抜きざまに一閃。

 

「ひぅぅっ!」

 

「んっ?」

 

 手応えが妙に軽い。振り下ろされた武器を叩き斬ってしまったらしい。

 

 想定以上に手応えがなかったせいで肩透かしになったアルは、崩れた体勢を利用しつつ気配を壁に押し付け、喉元に大型短剣の刃を添えた。

 

「動くな」

 

 殺気の乗った声に気配がびくりと震えて動きを止める。

 

「う、うぅ~っ」

 

 しかし、直ぐ近くから発せられたのは、戦闘に身を置いているとは到底思えぬ声。それも――……。

 

 ――女? ていうか、今の声……。

 

 左肘で押さえつけている相手の身体は妙に柔らかく、鎧の類もつけていないようだ。

 

 眼が慣れてきたアルは矢鱈と弱っちい襲撃者の顔を確認するや、

 

「ミリセントさん!」

 

 安堵混じりに呼び掛け、腕の力を抜く。

 

「ふえっ? あっ……あ、お、お兄さん……?」

 

 そこに居たのは、すっぱりと斬られた布箒(モップ)の木柄を握りしめる涙目の探し人――ミリセント・ヴァルターであった。

 

 この季節にしたってかなりの薄着だが、こんな場所に監禁されていた割には綺麗な方だ。

 

「良かった。居なくなったって聞いて、みんなで捜してたんです。無事ですか?」

 

 アルが首筋を傷つけぬように大型短剣を引っ込めて訊ねると、彼より数歳ばかり年上の――少女とも成人女性ともつかぬ風情のミリセントはみるみる内に瞳を潤ませ、

 

「うう~っ、わぁぁぁん! 怖かったですぅ~! 良かったぁ、お兄さん、助けに来てくれて良かったぁぁぁ~!」

 

 大粒の涙をぼろぼろと流しながらわんわん泣き出した。

 

 泡を食ったのはアルだ。

 

「ちょっ、ミ、ミリセントさん! しーっ、静かに! まだ連中が残ってるかもしれないですから! しーっ!」

 

 急いで戸を閉めながら彼女の口を押さえ、唇に人差し指を当てる。

 

 ミリセントは直ぐにハッとして鼻をぐずぐず言わせながら泣き止んだ。

 

「それで、大丈夫でしたか? 酷いこととかされてませんか?」

 

「ぐすっ……されそうになりましたけど、此処の偉そうな人が手をパッてやったら、私を襲おうとした武芸者がズタズタに、引き裂かれてっ……ひぐっ、怖かったですぅ……」

 

「もう大丈夫ですからね。ていうか偉そうな人って、まさかルドルフ・グリム?」

 

 彼女の両肩を安心させるように擦ってやりながら、アルは腑に落ちないと云った顔で訊ねた。

 

「それは知りませんですけどぉ……こう、眼が細くてなんか近寄ったらヤバそうな感じの人です~……」

 

 ――ほぼ間違いなくあの狐野郎だ。

 

 だが、助けた理由に見当がつかない。

 

「そもそも、どうして捕まってたんです?」

 

「それが……私どうしても今の、武芸者がいつまでも小競り合いしてるのが『なんか変だなぁ~』って思ってて~、居ても立ってもいられなくて……。でも恐かったから近づけなくて、そのぉ……仕事の帰りに協会を眺めてたんです~……。

 

 そうしたら、路地裏の方で『オレの方は焚き付け終わったぜ。弱小共は煽り甲斐がある』とか~、『()()()()()()んだが、まだ出さねェのか?』って。こんな状況なのに愉快そうにゲラゲラ笑ってる怪しい武芸者の人達が居て……私、そのぉ……」

 

 と、ミリセントが少々後ろめたそうに指先同士をつんつん。

 

 その先の展開が読めたアルは、

 

「跡、つけちゃったんですか?」

 

 と、思わず呆れた顔になった。

 

 無謀も良いところである。

 

 武芸都市を拠点にしている武芸者と違って、この都市の武芸者は荒っぽい連中ばかりなのだ。

 

 怪我らしい怪我もなく、貞操も無事など奇跡に近い。

 

「ですー……そのぅ、私が真相を突き止めたら、この騒ぎも収まったりしないかなぁって~……」

 

 ミリセントは普段の溌剌さを引っ込めて眉尻を下げている。

 

「それで、バレて捕まっちゃったんですね」

 

「面目ないですぅー……」

 

「や、まぁ()(かく)無事で何よりです。でも……そうですか。潜入って手段は正解だったみたいです」

 

 怪我の功名というやつだ。アルは顎を擦りながら呟く。

 

 彼女のおかげでグリム氏族への疑念が確信へと変わった。

 

「うんと~……? どういうことでしょうか~?」

 

「『荒熊亭』が襲撃されたり、倉庫街で大火事が起こったりで今大騒ぎなんですよ。その下手人は、此処の連中でほぼ間違いないってことです。そういえば”積荷”って言ってたんですよね? 中身について何か言ってましたか?」

 

「うぅ~ん……。私、攫われてずっと此処に閉じ込められてて、そこの小さな窓からしか外が見えなかったのであんまり確信はありませんけどぉ、重たいものだと思います~」

 

「重たいもの……? ですか?」

 

「はい~、武芸者の人が重たそうにしてて……。時々ガチャガチャって金属みたいな音もさせてました~」

 

 ミリセントが大人の片腕一本差し込めるかどうかといった――空気穴のような小窓の前にぺたりとしゃがみ込む。

 

 一応、成人したばかりの女性だ。半ば下着みたいな恰好なせいで、その仕草は妙に艶かしい。

 

「あー……ミリセントさん、他の服とか荷物はどうしたんです?」

 

「捕まった時に奪われちゃってぇ……上着はそれです~……」

 

 力なく指差された上着はどす黒い返り血をかぶっていた。

 

 ズタズタにされたという武芸者のものだろう。

 

「こりゃ着れませんね。とりあえず俺のを貸しときますから荷物を探しましょう」

 

「あ、ありがとうございます~……。はぁぁ~……もぉ本当に、こんなにホッとしたのは初めてですよ~」

 

 龍鱗布を避けて上着を渡したアルにミリセントは引き攣りっぱなしだった頬を緩ませる。

 

「今回は運が良かったですけど、危な――静かに……!」

 

 注意していた途中でアルが(いち)早く反応。弾かれたような動きでミリセントの肩を引っ張って壁際に引き寄せる。

 

 直後、不揃いな拍子(リズム)で鈍い足音が複数。

 

 配膳台(カウンター)からは遠い。

 

「~っ!?」

 

 遅ればせながらミリセントは身体をびくっと緊張させた。心臓が痛いほどにバクバクと激しく鳴る。

 

「しー……っ」

 

 アルはそんな彼女の口を軽く押さえながら、渡した上着を手早く羽織らせた。

 

 後ろに知り合いの武芸者が居るという事実に少しばかり安堵したのか、橙色に近い赤毛が縦に大きく揺れる。

 

 そして、およそ数十秒。

 

 気配が遠のいていき、足音が小さくなり、やがて聞こえなくなった。

 

「……行ったみたいですね」

 

 アルが呟く。

 

「ぶはぁ~~っ」

 

 途端、ミリセントは突っ伏すように大きく息を吐いた。

 

 ――うぅ~、心臓が保たない~……。

 

 そんな彼女を案じつつ、アルはどうすべきか思案していた。

 

 正直なところ、早く彼女を逃がしてやって安全なところに避難してもらいたい。だが、下手人であるグリム氏族の悪事の証拠も見つけたい。

 

 しかし、残念ながら人手が足りない。仲間は出払っている。

 

 此処から一人で安全な場所に帰れ、と言うのも酷というものだ。

 

 ――しまったな。翡翠を連れて来れば良かった。

 

 アルは後悔しつつも、決断した。

 

「ミリセントさん、すいません。荷物を取り返したあと、少し付き合って貰えますか?」

 

「ほぇ? えぇ~と……何に、でしょうか~?」

 

 ミリセントがきょとんとする。

 

「証拠探しに、です。実はこの騒動が連中の仕業だと思って此処に忍び込んだんです。実際、悪事に手を染めてるっぽいことも判りましたし、先刻(さっき)の”積荷”とやらも正直キナ臭いし、他にも何か企んでる可能性もあります。

 

 でも忍び込んだのは俺だけで仲間と連絡が取れない状況なので、ミリセントさんを安全に帰す手立てもないんです。だから少しの間、一緒に行動してくれませんか? 一人で帰すのも避けたいですし、ちゃんと護りますから」

 

 アルはそう言うと、軽く頭を下げた。

 

 彼の首に提げられている全てが銅の金属片(プレート)がミリセントの眼に入る。

 

 一党・個人で四等級を表す認識票。

 

 ――へっ? も、もしかして~……?

 

 彼女の脳裏で、この頼り甲斐のある年下武芸者らと交わした会話、そして『月刊武芸者』の記事が閃光の如く瞬い(フラッシュバックし)た。

 

 新人の四等級一党。構成面子は魔族が4名、人間(同種)2名、使い魔の鳥系魔獣(三ツ足鴉)

 

「ミリセントさん?」

 

 ――……でも、お兄さん達は()()()()()()()()()の一党だったはず。

 

「ほぇっ? あっ、え、は、はぁい、構いませんよ~」

 

 戦う力を持たず、戦う術を学んだこともないがゆえに力量を感じ取れぬミリセントは1つの疑念を胸に抱きつつも、こくこくっと了承するのだった。

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