日輪の半龍人   作:倉田 創藍

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「小説家になろう」に最新話を、「カクヨム」にて同作を章ごとに、こちらへは定期的に更新していく予定です。


19話 窮地に陥るアルクスと揃う役者

 運河の方で戦闘が勃発した頃、グリム氏族の拠点である高楼。満月の差し込む五階に魔導灯の明かりはない。

 

 氏族を束ねるルドルフの私室兼社長室にて、閉じ込められる形で戦闘状態に入ったアルクスは苦戦を強いられていた。

 

 より正確を期するのであれば、『ギリギリ死なないで済んでいる』と言った方が良い。

 

「ほう……私相手にここまで生き残ったのは君が初めてだ。やはり惜しい。私の下に着く気はないかね? 待遇は約束しよう」

 

 薄ら笑いを浮かべたルドルフは、全身の至る所を切り刻まれて血を流すアルに問う。

 

 アルはゼェハァと肩で息をしながら刃尾刀を握り締めた。

 

 ルドルフは強者であった。それは間違いない。しかし、今まで対峙してきた猛者達とは毛色が違う。

 

 ――こいつは、剣士殺しだ。

 

 と、アルは心中で苦々しく呟いた。

 

 剣の師である八重蔵や、マルクガルムの父マモンのように圧倒的な武力を持っているわけでも、魔術の師ヴィオレッタのように隔絶された技術を持っているわけでもない。

 

 端的に言って、巧みだ。

 

 両手に嵌めた指輪で鋼糸を操り、左手に逆手持ちした身幅の太い短剣で殴りつけるように斬りつけてくる。それに加え、獣人の血を活かした体術も厄介。

 

 それらを巧みな視線誘導やハッタリ(ブラフ)を織り交ぜて行っている。以前戦った”叛逆騎士”も似たようなことはやっていたが、あちらとは格が違い過ぎる。

 

 なにせ疑似餌(フェイク)疑似餌(フェイク)じゃない。

 

 どうしても躱さなければいけない致命打を擬似として放ってくるせいで反応せざるを得ないし、反応しなければしないで一つの手として通してくる。

 

 更に問題はその迎撃手段だ。

 

 こちらが剣を振ろうとすると、刃ではなく()()()()()鋼糸を張って自傷を狙うという陰湿さ。

 

 ならば、と邪魔な鋼糸を排除すべく『蒼炎気刃』で斬り払っても灼き払っても、()()()()()()()()

 

 湧き出すように鋼糸を放ってくる。

 

 アルはまるで蜘蛛の巣穴に入り込んでしまったような錯覚を覚えていた。

 

 それでも、答え()は変わらない。

 

「だからラウラとソーニャ(ふたり)を捕らえて聖国に突き出そうって? 嫌だね」

 

「強情なものだ」

 

「あんたと違って日陰者として生きる気はないんだよ」

 

 アルは血と共に拒絶を吐き捨てる。

 

「ふむ。では、君は彼女らを誘い出すだけで構わない。後はこちらでやろう」

 

「そうやってあんたに裏で協力して、あとは楽しく過ごせばいいって?」

 

「その通り」

 

 ルドルフは楽し気に笑みを深くした。

 

「嫌だ。仲間を生贄にして楽しくなんて過ごせるか」

 

 アルは緋色の眼光を強めて拒絶する。

 

「嫌かね? 私はこれでもここでも祖国でも顔は利く方だがね」

 

「あんたみたいな人生を送りたくない。真っ平だね」

 

「嫌われたものだ」

 

 ルドルフが肩を竦める。

 

 アルは訊きたかったことを問うことにした。

 

「なんでマリオンを誘拐した? あんたなんだろ? それにミリセントさんと違って、こっちは計画に入れてたんじゃないか?」

 

 するとルドルフは肩眉を吊り上げて驚いたような表情を見せる。

 

「ほう。どうして気付いたのかね?」

 

「不自然だからだ。二人を捕らえる為だったらミリセントさんがいなくなった時点で()の役割は果たしてる。充分だ。なのにわざわざ『荒熊亭』を襲撃してマリオンを攫った。獣人の嗅覚は知ってるはずなのに」

 

 鋼業都市を混沌の渦に叩き込み、己はここを離れるという計画がバレるかもしれない可能性の芽。それがマリオンの誘拐だ。

 

 彼女の父ロドリックは元二等級武芸者で母は獣人族のグレース。匂いを辿られて人身売買やその他の違法行為がバレる危険性(リスク)を自ら高めている。

 

 アルはそれを指摘したのだ。するとルドルフは「ふむ」と言いながら目を細め、こう言った。

 

「……私なりの復讐かもしれないな」

 

「復讐? どういう意味だ?」

 

「いやなに、若い時分の話でね。私はマリオンの母親――つまりグレースに惚れていたのだよ。だが、不幸なことに私が幾ら口説こうとも全く見向きもされなくてね。気付けばロドリックと懇ろになっていた。当時は傷ついたものだ」

 

 懐かしそうに笑みを深くする。

 

「その腹いせに攫ったと?」

 

「そうさ。他愛もない話だろう?」

 

「……」

 

 アルは黙して、過去を語るルドルフに眼を細めた。

 

「ところで私も一つ質問をいいかな?」

 

「……なんだ?」

 

 ルドルフは心底不思議そうな顔を作って問う。

 

「君は()()()()()使()()()()?」

 

「……」

 

 アルは思わず身体を硬直させた。ここで余計な情報を晒したくはない。不利になるだけだ。

 

「一歩間違えば私の鋼糸にかかって死ぬ。それは君とて理解しているだろう? なのになぜ、いまだに魔法を使わないのかね?」

 

 しかしルドルフは追及の手を止めない。

 

「……」

 

「沈黙……か。ふむ、ならば推測してみよう。君は魔法を使わないのではなく、使()()()()のではないかね?」

 

 これには、アルも冷や汗を流さざるを得なかった。

 

 魔族と魔法は切っても切り離せぬ絶対の組み合わせ。それをこうも容易くひっくり返してくるとは予想外も良いところだ。

 

 その反応を見たルドルフは裂けそうなほど笑みを深くする。

 

「ふっははは! やはり真実だったのかね? 私はこれでも熱心な『月刊武芸者』の読者でね、君の話ならよく知っている。なにせ、君は矢鱈と記事で取り沙汰されている。あの二人を目立たせたくないかのように」

 

 ――くそ……裏目に出たな。

 

 ラウラとソーニャに目が行かぬよう振舞ってきたのが仇になるとは、とアルは内心で歯噛みした。

 

「君の活躍は全て読んでいる――が、魔法について書かれていたことは一つもない。そうだろう?」

 

「……」

 

 アルはまたもや沈黙を返す。

 

 ルドルフは準聖騎士ディーノ・グレコの死亡を耳にして彼らに目をつけていたのだ。ここへ()()()()()()()()()()

 

 その際気になったのがアルの魔法についてだった。一切書かれていない魔法と目立つ活躍。この疑念に行きつくのも当然である。そして、その先の推論にも。

 

「そして、こちらは完全な当てずっぽうだが……”鬼火”、君は半魔族なのではないかね?」

 

「っ!?」

 

 アルは驚愕した。言い当てられたことなどない。常人はそんな発想に至らないどころか、考えもしないだろうから。

 

「どうかね?」

 

「……それがどうかしたか?」

 

 厭らしくなおも訊ねたルドルフに、アルは唸るように肯定を返した。

 

「やはりそうか……。君のような存在が実在しているとは思いもしなかったが納得だ」

 

「納得?」

 

 怪訝な顔をするアルにルドルフは言う。

 

「君は、どこか私と似ている」

 

「似ている、だって?」

 

 アルは虚を突かれたように唖然とした。

 

「もう知っているだろうが、私は四半獣人だ。祖国では獣人の扱いが悪くてね。貴族の父を持つ私のような四半獣人は微妙な血統のせいではぐれ者として扱われるのだよ。君とて似たようなものだろう? 

 

 なにせ()()()()()()()()()()。仲間達といずれ袂を分かつことになる、はみ出し者」

 

 ルドルフは朗々と詠う。

 

 それは何もかもうまくいかなかったアルが取るかもしれない可能性(未来)

 

 ――けど、今じゃない。

 

「だとしても、あんたの協力者になる未来だけは御免被る。そんな国の為に働き続けてるあんたの気が知れないな」

 

「私を救い、導いてくれた方がいてね。その方の為に、こうして敵国に根を張っているのだよ。君もその方に会ってみると良い」

 

 ルドルフの目に一瞬だけ誰かの影が映った。その導いてくれた方とやらだろう。

 

 アルは右手に持った刃尾刀の切っ先を()に向けた。

 

「俺はあの仲間達と往く。導き手なんか要らない」

 

 ――そうとも。だから――……。

 

「邪魔立てするなら国だろうと、女神だろうと、俺が叩っ斬ってやる」

 

 信念を込めて気炎を吐く。

 

「そうか。残念だよ、心底ね。ここで君を逃せばきっと厄介なことになる。今直ぐに……――死んでもらおうか」

 

 ルドルフが目を細めてそう言った瞬間。

 

 ――来る!

 

 殺気が膨れ上がった。

 

 アルはパッと前方へ飛び出し、背後の調度品が鋼糸に切り倒される音を聞きながら一気に刃尾刀を突き出す。

 

 しかし、ルドルフが薄く笑む。

 

「見えているよ」

 

 鋼糸が奔り、切っ先が逸らされた。

 

 しかしアルは止まらず、鋼糸が刃尾刀に絡んだと判断するや否や、

 

「『蒼炎気刃』! でぇあっ!」

 

 刃尾刀に蒼炎を纏わせて無理矢理左薙ぐ。灼き斬れた鋼糸が宙を舞う中、ルドルフは闘気をほんの少しだけ纏わせた短剣で刃尾刀を弾き、

 

「やはりその炎は厄介だ」

 

 一言漏らしながら滑らかな動作でアルの腹に右フックを入れた。腰も入らないような姿勢で撃ち返された一撃のはずなのに矢鱈と重い。

 

「ぐっ……!?」

 

 歯を食い縛って耐えたアルの視界に入ったのは、ルドルフの靴底。殴ると同時に跳び上がったルドルフが左足で空中回し蹴りを放っていたのだ。

 

 咄嗟にアルは左腕に闘気を回して防御(ガード)

 

 ルドルフは蹴りの反動で後ろへ跳んだ――かと思いきや、サッと右手を振るって張った鋼糸に足を乗せ、ビィンと反動を利用して再度跳び蹴りをかましてくる。

 

 先ほどより勢いの乗った蹴り。アルは咄嗟に右を半身にして躱した。

 

 しかし、ルドルフは躱されたとわかるや否やその場に鋼糸の足場を張り、急激に反転する。

 

「ちいっ!」

 

 アルの刃尾刀とルドルフの短剣が火花を散らした。

 

 この変則性こそがルドルフの強み。閉所では圧倒的な優位(アドバンテージ)が取れる戦法だ。

 

 アルとて広い場所で戦えばもう少しマシな戦いができるのだが、強みをほとんど消されている。

 

 持ち前の高速移動()は鋼糸を張られたら自殺行為に等しく、魔術は真言法で使える術以外組む時間を与えられない。

 

 階下に逃げて立体的に戦おうとしても、既に階段は隔壁(シャッター)のようなものが下りていてすぐには降りられない。おまけに窓は防犯の為か鉄格子が嵌められている。

 

 とにかく抵抗する時間を得られないのだ。焦りばかりが増していく。

 

「あまり時間もないだろう? 私の部下があの二人を捕らえるまでに合流できるのかね?」

 

 鋼糸で跳ね飛んだルドルフが踵落としから足払い、伸びあがりながら短剣で回転攻撃を仕掛けてきた。

 

「くっ……!」

 

 アルは体術の方はスレスレで躱し、短剣は刃尾刀でキィ……ンッと弾く。

 

 ――くそ、焦るな。落ち着け。

 

 己に言い聞かせても焦りは増すばかり。

 

「だあああっ!」

 

 焦燥感から思わず、刃尾刀を両手で振り下ろした――が、ルドルフは右手を振るって鋼糸を張る。

 

「ぅ、ぐ……ッ!」

 

 アルは寸でのところで腕を止め、右手で蒼炎杭を放った。

 

 そこに普段のキレはない。

 

 ルドルフは易々と躱しざまにひゅんっと右手を振るう。

 

「くっ……――ぐぁっ!?」

 

 鋼糸による空間を裂き潰すような攻撃は避けたものの、次いで繰り出された蹴りは躱せなかった。

 

 もろに腹部に食らって浮き上がる。

 

 そこへ、ぐるっと腰を回したルドルフが右足で突くような蹴りを放った。

 

「がっ!?」

 

 吹き飛ばされたアルがごろごろと転がる。

 

 そこに短剣が落ちて来た。

 

「くうっ……でぇあっ!」

 

 急いで転がって起き上がりざまに刃尾刀で薙ぐが、苦し紛れの攻撃が通用する相手ではない。

 

 あっさりと躱され――直後。

 

 ギャリ、ィィ……!

 

 突き込まれた短剣を逆さに向けた刃尾刀の峰で何とか防ぎ、それでも足らず、足で押さえ込む。

 

「ここいらで退場してくれるとありがたいのだがね……!」

 

「こと、わる!!」

 

 ルドルフはアルの殺気に反応して素早く跳び退った。

 

 次の瞬間、蒼炎流が彼の口から吐き出される。

 

 しかし追尾するように吐き出された蒼炎流の先をルドルフは鋼糸を犠牲にしてやり過ごし、更に伸びて来る蒼炎は鋼糸の網を張ってピンボールのように跳ね回って回避した。

 

 ――反応が早過ぎる!

 

 アルは何度目かもわからない歯噛みを繰り返す。ルドルフは獣人由来の勘の良さなのか、殺気への反応と動体視力が高過ぎる。おかげで蒼炎弾は1度として掠りもしていない。

 

 動体視力に関しては龍眼ほどではないのだろうが、それでも少なくとも常人よりは圧倒的に良い。あの鋼糸捌きもそれがなければ不可能だろう。

 

 そこまで考えたアルはハッとした。

 

 ――あの鋼糸、至近距離では使ってない?

 

 ルドルフは必ずと言って良いほど後退(バックステップ)跳躍(ジャンプ)を、つまり距離を取る動きをしながらでないと鋼糸を操らない。

 

 ――そこを突けば何とかなるか……?

 

 アルは滴ってきた血を振るって刃尾刀を()()直した。右腕を軽く曲げて刀身を地面と平行に、切っ先をルドルフへ、そして左掌を柄頭へやる。

 

「ふむ。馬鹿の一つ覚えかね? 先ほどから変わらないように見えるがね」

 

「言ってろ」

 

 ――六道穿光流・光の型『迅閃(じんせん)』。

 

 そう言うとアルはドンッと踏み込んで一気に最高速(トップスピード)へと至った。

 

 『迅閃』は六道穿光流の中でも『焔燐』以上に攻撃特化の型だ。一直線に敵へ突っ込む性質がある分反撃(カウンター)をもらうと非常に危うい状況に陥る。

 

 それでもアルは一切速度を落とすことなく、切っ先をルドルフの心臓に向けたまま疾駆した。

 

「舐められたものだ」

 

 ルドルフはアルの初速にこそ驚いたものの余裕をもって鋼糸の網を張る。

 

 そのまま突っ込めば鋼糸の餌食だ。あの速度ならば引っ掛かったところを少しでも絞めれば容易に首が落ちるだろう。

 

 しかしアルは速度を緩めずに左掌で柄頭を下に弾き、

 

「『蒼炎気刃』!」

 

 刀身に蒼炎を纏わせた。そして柄頭を下に弾いたことで跳ね上がった刀身を振り下ろして鋼糸の網を灼き斬りながら突っ切る。

 

「な……!?」

 

 ルドルフは斬り裂かれた鋼糸から飛び出してくるアルが右腕を大きく引いている姿を見て眼を見開いた。

 

「うおおおおっ!」

 

 アルは一切勢いを緩めず、右半身を前にして刃尾刀を真っ直ぐ突き出す。

 

「チィッ!」

 

 初めてルドルフが動揺を露わにし、慌てて左手の短剣に闘気を流し込みつつ、弾くように叩きつけた。

 

 ギャリリイイイィィ……ッ!

 

 ルドルフの左肩を刃尾刀が掠めていく。

 

 なんとか凌いだ。ルドルフがそう思ったときにはアルが次の動作に移っていた。

 

「なに……くっ!」

 

 ルドルフは歯噛みした。

 

 目の前のアルが刃尾刀の()()()()()()()()()()()()からだ。

 

 ――これでは間に合わん……!

 

「でぇあああぁッ!」

 

 アルは闘気を流し込んだ鉄拵の黒蝋色染めの鞘をルドルフの胴に叩きつける。

 

 ド、ゴォン!

 

 響き渡る衝撃音。

 

「ぐっ……!」

 

 ルドルフが痛みと衝撃に息を吐く。

 

「なっ!?」

 

 しかし、真に驚愕したのはアルの方だった。

 

 ――硬い!?

 

 その隙をルドルフは見逃さない。右手に()()()()()()鋼糸を操る。

 

 意思を持ったかのような動きで鋼線がキュパッと折れ曲がり、アルの左肩口を裂いた。

 

「っづう!?」

 

 慌てて跳び退るアルに鋼糸がヒュパアッと襲い掛かる。先端が水銀のように動いている。

 

「さっきと動きが……! っまさか! く……その指輪、魔導具か!!」

 

 アルは叫んだ。

 

「御名答。尤も、”聖霊装”というのだがね」

 

 ハッとしたアルが頭上を見上げると、ルドルフが踵を叩きつけようとする寸前。

 

「しまっ……――だッ!?」

 

 左肩に叩きつけられた踵がアルの体勢を崩す。

 

 次いでルドルフは着地ざま、流れるような動作で腰を左に引くや、ヒュッと風切り音をさせて左足を突き出した。

 

「ぐ、ぶっ……――がはッ!」

 

 アルは腹部に刺さった蹴りの威力に吹き飛ばされ、壁際に叩きつけられて肺の中の空気をすべて搾り出される。

 

 吹き飛ぶ瞬間に見えたのはルドルフの胴。

 

 そこには鈍く光る鋼糸が()()()()()()()()()()()()

 

 ――あれじゃ……無くならないはずだ。

 

 あの鋼鉄が衝撃を減殺していたのだ。

 

「ぐ…………」

 

 視界が霞んでいく。

 

「…………」

 

 そして完全に気絶した。

 

「ふむ。私に手傷を負わせるとは……やはり侮れんな。しかし、惜しい」

 

 ルドルフはそう言ってガクリと項垂(うなだ)れているアルの首や手足に巻きつけていく。

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

 運河から陸に辿り着いたマルクと凛華、そしてシルフィエーラの魔族組3名は猫獣人族のグレースとその娘半獣人のマリオンを含めた虜囚達から出迎えられていた。

 

「ありがとう! 本当にありがとうございました!」

 

「うん、ありがとう! ここがどこだかはわかんないけど、とにかく本当っ、ありがとう!」

 

「手前からも感謝を。本当に助かりました。それで……マルクさんのお怪我は大丈夫なのでしょうか?」

 

「マルクお兄ちゃん……」

 

「大丈夫っすよ。派手なだけで大して効いちゃいませんって。マリオンもそんな顔すんなよ。問題ねえって」

 

 痛いのは痛いがヤバい攻撃はもらっていない。マルクはマリオンの頭を撫でながらそんな風に述べる。

 

「それなら良いのですが……。されど、彼女らは如何致しましょう? 手前共でどこかに護衛するのは危うい気が――」

 

 困った顔でグレースがそう言い掛けたところで大声が響いた。

 

「グレース! これは一体……――マリオン! マリオン、無事だったか! 良かった! 本当に良かった!」

 

 幾人かを率いてきた”荒熊”ロドリックだ。

 

「お前様っ!」

 

「お父さんっ! お父さんだ!」

 

 ロドリックは走ってきた娘をぎゅうっと抱き締め、次いで妻を抱き寄せる。

 

「本当に良かった……!! ん、”狼騎士”君は大丈夫かい? かなり血が……まさか、ここにいる人達の救出で?」

 

「えと、まあ見た目派手にやられちまってますけど、大した事ねえっすよ」

 

 マルクは平然と返した。

 

 これについてもアルの気持ちがわかった、と思っているところだ。何度も気にされるというのも案外面倒なものである。

 

「そうか。ところで彼女らはあの船から?」

 

「ええ。囚われてた人達ね、売られる前の」

 

 凛華は不快感も明らかに肯定した。

 

「こんなにたくさん……? やはりグリム氏族の仕業だったのかい?」

 

「うん。かなり手慣れてるっぽかったよ。しっかり檻まで用意しちゃってさ」

 

 エーラもご立腹気味である。ロドリックは柔和な顔を怒りに染め上げた。

 

「ルドルフめ。いつからこんな真似を……!」

 

「お前様。とにかく彼女らを帰してやりたいところなのですが、どうも匂いからしてこの都市以外からも連れて来られているようなのです」

 

「ここ以外からも? あいつ……! いや、そうだな。とにかく彼女らを安全な場所へ。大丈夫。私に当てがある。今、領主様が支部に依頼を出してるんだ。一般人の人命救助をね。ノイギーア氏族とクリーク氏族もそれに参加してるから人手を借りよう」

 

 そう言ってロドリックは後ろにいた数名の武芸者――片方は魔術師らしい恰好の細身な女性で、もう片方はバリバリの戦士然とした男性へ、「と、いうわけで済まないが人を頼めないか?」と言う。

 

 どうやらその両氏族から人員を借り受けていたらしい。二人は「任せて下さい」「承知した」と返答を残して駆けて行った。

 

「これで目途は立ったわね。ラウラ達は無事かしら」

 

「心配だね。騒ぎ、全然収まってないし」

 

「ディートとレイチェルの方もな」

 

 魔族組が心配そうな顔をする。するとロドリックが答えた。

 

「あの四人なら無事だよ。少し前に会った。君らより年上の森人二人と、あとミリセントって娘も。領主様の軍と行動を共にしてたよ」

 

「えっ! ミリセントさん見つかったのか! 良かった!」

 

 三人にとっては予想外の吉報だ。マルクが嬉しそうに笑い、

 

「ええ、あの船にもいなかったからホッとしたわ。でも領軍と行動を共に、ってどういうこと?」

 

 凛華が微妙な表情を浮かべる。

 

「森人二人ってのもどういうことだろ? 現地の? うぅん?」

 

 エーラも凛華と同じような表情をした。無事なのは心から嬉しい――が、状況が掴めない。

 

 三人がそんな風に首を傾げていると、父に抱き着いていたマリオンはようやくロドリックの首から腕を離してこう告げる。

 

「お父さんお父さん、あのね? わたしを連れてった人、あの人だった」

 

「えっ? マリオン、誰に連れ去られたか覚えてるのかい?」

 

「うん。あの、るどるふ? って人。お父さんと目は似てるのにぜんぜん違うこわい人」

 

「なんだって!?」

 

「一体、どうして……?」

 

 ロドリックとグレースは少なからず衝撃を受けた。

 

 まだグリム氏族の連中がやったのならば理解はできる。だが、ルドルフ自身が連れ去ったというのなら明らかにマリオンを標的にしていたと見て間違いない。

 

「とにかく俺らはあの四人と合流しようぜ」

 

「そうね」

 

「うん!」

 

 動き出そうとする魔族組。そこへロドリックが待ったをかける。

 

「待って欲しい。私も行く。奴には話を聞かなければ」

 

「お前様、手前も訊きとうございます」

 

 グレースも同様に怒りを滲ませる。愛娘を知らぬ地へ飛ばされそうになったのだから、その怒りの度合いは深い。

 

「あー……じゃ現地で待つことにします」

 

「あたし達もあの四人が気になってるし」

 

「アルの方もだけどね」

 

 エーラがそう結ぶとグレースはハッとした。

 

 彼らの頭目”鬼火”(アルクス)はもしかしたら半魔族かもしれないということを思い出したのだ。

 

「お前様、”鬼火”とは?」

 

「彼とは会ってないよ」

 

 ロドリックは不思議そうに答えた。

 

「……では手前共は人手を待って、その後向かいましょう」

 

「ん……うん、何かあるんだね? わかった。私達は彼女らを護送する目途が立ってからそちらに向かおう」

 

「了解っす」

 

「じゃ、後で」

 

「どこらへんいるかな?」

 

 ロドリックの返答に魔族組は素早く踵を返した。

 

 

 * * *

 

 

 魔族組の3名がラウラ達に合流したのはそこから10分もしない内だ。マルクの嗅覚とエーラの【精霊感応】があればこの程度は容易い。

 

 軽い足取りで駆けていくと、そこにはしかめつらしい表情の領軍20名ほどを従える、槍を担いだ麗人がいた。

 

 徒歩のようだが、列の後方には檻のような駕籠をした馬車が控え、彼女の後ろには見たことのある老爺がいた。

 

「何者だ!?」

 

 突如として現れた魔族に兵士が誰何の声を上げ、槍を向ける。

 

 しかしその後方から、

 

「ま、待ってください! 仲間なんです!」

 

 と声が上がった。ラウラの声だ。

 

 無事らしい、と三人が安堵の息を漏らすと麗人が指示を出した。

 

「矛を収めよ。知り合いだそうだ」

 

「し、しかし――」

 

「落ち着け。もし敵で、私の首を()る積もりなら()うに獲っていよう?」

 

「は、はっ! 失礼致しました!」

 

「良い。気にするな」

 

 余裕のある動作で腕を振る麗人――パトリツィア・シュミットの脇から四人が飛び出し、後を追うように森人二人と人間二人が続く。

 

「皆さん! ご無事で!」

 

「ま、マルク!? どうしたんだ! 大丈夫か!?」

 

 心から安堵したようなラウラと仰天するソーニャが駆けてきた。二人とも煤や土の汚れはあるが怪我はなさそうだ。

 

「よう。お前らに任されたこと、ちゃんと成し遂げたぜ。つかマルク、血やべえぞ」

 

「無事でよかった。やっぱり運河の方で戦ってたの、三人だったんだね」

 

 ディートフリートとレイチェルも続いて声をかけてくる。こちらも汚れてはいるが至って無事なようだ。

 

「お疲れさま、良かったわ。心配してたのよ」

 

「結構汚れてるね、そっちは大丈夫だった? こっちはさっき終わったとこだよ」

 

「俺の怪我は大した事ねーよ。ふざけた獣人に絡まれたから、ボコボコにわからせてやったってだけだからな」

 

 魔族組三名は嬉しそうな笑みを見せた。その時、上空から三ツ足鴉が舞い降りて来る。

 

「カアー!」

 

「翡翠! 良かったぁ!」

 

「無事だったのね。ちょっと心配してたのよ?」

 

「クァ? カァカァ!」

 

 腕に止まらせた凛華とエーラが黒濡れ羽を撫でると夜天翡翠は嬉しそうに身体を膨らませて鳴いた。

 

 続いて、ラウラ達の背後から近づいてきた人間二名と森人二名を見て、マルクはなんとなく事情を察する。

 

 そこにいたのは『黒鉄(くろがね)の旋風』に所属する森人のケリアとプリムラ。そして武芸都市元領主のランドルフ・シルトとミリセントだった。

 

「久しいな、三人共。マルクの方はそう大したことがないと聞いて安心したぞ」

 

「ホント! 久しぶりねぇ! エーラちゃん、見てたわよぉ? また凄い弓術だったわねぇ」

 

 ケリアとプリムラは再会を素直に喜ぶ。魔族組もそれは同じだ。

 

「おう、ケリアさん達が加勢してくれたんだな? 助かるぜ」

 

「久しぶりね! 変わりないようで安心したわ!」

 

「あはっ! そうでしょ~? 新しい技なんだ~」

 

 それぞれに挨拶を返した。その後ろからミリセントがやってくる。

 

「あ! ミリセントさん、良かったぁ~。あっちの船にいないから不安だったんだよ」

 

「ホントよ。大丈夫だった? 変なことされてない?」

 

 ミリセントはエーラと凛華からそう訊ねられると「えと、えと!」とどもった。

 

 普段の様子から考えられない反応に魔族組が首を傾げ、ラウラ達が「あー……」という声を上げた。

 

 その後、意を決したように顔を上げたミリセントは、

 

「だ、大丈夫ですー。あの、えと、”鬼火”のお兄さんに助けてもらえましたからー!」

 

 と言い切った。その一言だけで魔族組は事態を察知した。彼女は”鬼火”の一党の熱心なファン。

 

「そ。アルがバラしちゃったのね?」

 

「助け出されたんなら”灰髪”になっちまったんだろ。しょうがねえさ」

 

「ま、どっちにしてもいずれバレたと思うし、やっぱりミリセントさんが無事でよかったが正解だね」

 

 あっけらかんとしている三人にすこーしだけおっかなびっくりだったミリセントは途端に笑顔を見せた。

 

「はぁい! 変なこともされてませんよー。でも、あれからお兄さんと会えてないんですー……」

 

「つーことは……――アルはまだあそこってこったろうな」

 

 マルクはもう一つ二つ倉庫を横切れば着きそうな高楼に視線をやった。凛華とエーラはランドルフの方に問う。

 

「それで、ランドルフさんはどうしてここにいるんですか?」

 

「ケリアさんとプリムラさんがいるってことは護衛かな?」

 

「うむ、その通りだ。久しいな、三人とも。また顔を見られて嬉しいぞ。ラウラ嬢やソーニャ嬢にも言うたが、あの時より更に洗練されておるようだ」

 

「いろいろあったからねぇ」

 

 エーラがしみじみと、

 

「そうね……少しは強くなれてるってことかしら?」

 

 凛華が不思議そうに、

 

「じゃねえか? あんまわかんねえけど」

 

 マルクがやはりあっけらかんとしてアルの祖父へ挨拶を返した。

 

「旧交を温めたいとは思うておるが……」

 

 すると、ランドルフはそう言って後ろを振り返る。そこには槍を担いだ麗人がいた。

 

「うむ。失礼するぞ。私はパトリツィア・シュミット。この鋼業都市〈アイゼンリーベンシュタット〉の領主だ。

 

 貴君らの頭目が、我々が逮捕せんとするグリム氏族の長ルドルフ・グリムの潜伏先で戦闘中である――と、そちらのラウラ嬢達から聞いてな。詳しく聞いてみれば、そこのミリセントという新米記者が証拠を持って逃げてきた、というので検めさせてもらっていた」

 

 パトリツィアは、革の装丁を施された古臭いが上等そうな帳簿を振りながら手早く状況説明を行う。

 

 魔族組は「なるほど、そんな話になっていたのか」となんとなく事情を理解した。

 

 証拠(ネタ)を掴んだ記者と、渦中にいた武芸者が揃って騒動の原因を突き止めたので行動を共にしているらしい。

 

「あれの中身は?」

 

 マルクがミリセントへ問う。

 

「えぇと、人身売買の記録と~……」

 

「国軍の武器の横流し取引もだよ」

 

 ミリセントとレイチェルがそう答えると、

 

「そんなに長いことやってたわけ? 今回助けた人達以外も被害があったんでしょうね。最っ悪」

 

「だね。たぶん凛華の凍らせた方にその武器、乗ってるんじゃない?」

 

 凛華とエーラは揃って嫌そうな顔をした。

 

「待て。では船の荷を押さえたのか?」

 

 一方、パトリツィアは二人の発言に驚愕した。

 

「ええ。二隻は人が大勢」

 

「うん。もう一隻はたぶんだけど。武装してたし、横流しついでに使ってたのかも」

 

「確認に人をやれ」

 

 パトリツィアは凛華とエーラの礼を失した回答を咎めもせず、即座に指示を出した。

 

「はっ!」

 

 兵士が数名走っていく。

 

「我々はこれから彼奴らの拠点へ赴く。来るか?」

 

「同道します。頭目(アル)がいるし」

 

 マルクがそう言うのと残りの5名と1羽、『紅蓮の疾風』の2名が頷くのはほぼ同時だった。

 

「よろしい。では征こうぞ」

 

 アルを除いた”鬼火”の一党と大所帯になった一同が進みだす。目的はグリム氏族の捕縛だ。

 

 

 

 程なくして見えてきた高楼の目前で、集団の前を歩いていた”鬼火”の一党所属の5名はビタッと立ち止まった。

 

「む? どうしたのかね?」

 

「どうした?」

 

 ランドルフとパトリツィアが問うてくる。しかし5人は難しい顔で高楼をジッと見つめていた。

 

「アルクスの魔力をあそこから感じます。それは間違いないのですが、どうにも変と言いますか……」

 

 貴族二人の質問に答えたのはケリアだ。

 

「変、とはどういうことだ?」

 

 パトリツィアがわからないという顔をする。それも当然だろう。

 

 アルが戦っている姿など知らないのだから。

 

「なんだこりゃ? 魔力じゃねえ」

 

 だが、彼をよく知るマルクは奇妙な感覚を覚えていた。

 

 知っているのに知らない感覚。

 

「でも、闘気でもないよ? もちろん龍気でもない」

 

 エーラはアルにとっての一番の懸念材料を否定する。一番近いのは殺気だろう。それがここまで漏れていた。

 

「魔力も……かなり放出されてますよね?」

 

 ラウラもやはり訝しむ。

 

 もし可視化すれば煌々と高楼を照らすほどの魔力が発されているのに、どうにも激しさを感じない。

 

「うむ。やはり龍気ではないぞ。あの強烈な感覚とは違う。もっと静かなものだ」

 

 ソーニャも似たような感覚を覚えたのか、眉間に皺を寄せた。

 

「ここまで届く魔力って……凄いね、アルクスくん」

 

 レイチェルはその圧倒的な魔力量に圧されて冷や汗を浮かべている。

 

「けど、なんなんだこれ? 肌が妙にザワつく」

 

 ディートは直感が鳴らし続ける警鐘に妙な感覚を感じていた。

 

 殺気だとしても首筋に()()()()を当てられたような、不可思議な殺気だ。

 

 そこで、今まで黙っていた凛華が唐突に答えを口にした。

 

「あれは……アルの剣気よ」

 

 剣士たる彼女だけ――最も彼の剣を知っている彼女だけは、この奇妙な感覚の正体に確信があった。

 

「「へっ?」」

 

 ラウラとエーラが呆けたような表情を浮かべ、

 

「「あれが、剣気だと?」」

 

 マルクとソーニャが驚愕する。

 

 『紅蓮の疾風』の二人が「は? 嘘だろ?」という顔をし、ランドルフとパトリツィアが唖然とした。

 

 その瞬間。

 

 

 ドッ……ガアアアアン!

 

 

 高楼の屋根が轟音と共に吹き飛ぶ。

 

 人々が思わず見上げるなか、飛び出してきたのは身体をくの字に折った人影。

 

 続いてもう一つの人影が飛び出した。

 

 

 (ごお)……! 轟ッ! 轟ォォォッッ!!

 

 

 木霊する爆発音が夜空に蒼い光芒を残し、尾羽を散らせて飛翔している。

 

「アル……!」

 

 それは地上にいる者達が合流しようとしている頭目の姿であった。

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