日輪の半龍人   作:倉田 創藍

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「小説家になろう」に最新話を、「カクヨム」にて同作を章ごとに、こちらへは定期的に更新していく予定です。


20話 死闘への幕引き! 六道穿光流とアルクス

 グリム氏族の長ルドルフは、戦闘で荒れ果てた自室から窓の外を見る。

 

 鋼業都市〈アイゼンリーベンシュタット〉西部で起こった火災によって避難していた()()の貨物船では何やら戦闘らしき砲撃音が聞こえてきていた。

 

「あれではこちらを見てくれと言っているようなものだ。まったく、阿呆もここまでいくと度し難いな」

 

 あれは何食わぬ顔で脱出する為に先行させていたのだ。見た目は貨物船に偽装しているのに戦闘が可能であると証明してしまえば面倒事が増える。

 

 せっかく検査に来る役人を買収していたというのに。

 

「ままならぬものだな」

 

 ルドルフは独り言ちて、梁に吊るされているアルクスを見た。鋼糸によって手足は雁字搦めになっており、首には同じく鋼糸が幾重にも巻きついている。

 

 首を刎ねるのは簡単だったが、敢えてそうしなかった。

 

 それはこの青年が半魔族という稀有な存在だからだ。

 

 ――あの方はどういう反応を示されるだろうか。

 

 「しかし……それにしても強情なものだ」

 

 ルドルフは彼の右手に視線をやった。

 

 気を失っているにも関わらずアルは刃尾刀を握り締め、その上から龍鱗布が絡みついている。これでは剥がそうにも手間がかかるというもの。ルドルフとてそこまで時間の余裕はない。

 

「半魔族の青年、か……」

 

 気絶したアルをルドルフは目を細めて眺める。その瞳には在りし日が――久しく思い返すこともなかった過去が映っていた。

 

 

 * * *

 

 

 ルドルフは聖国の片田舎で生まれた――所謂、私生児だ。

 

 血縁上の父は聖国中枢に食い込めるほどの才もない非才な男で、その分領地では好き放題している絵に描いたように凡な貴族だった。

 

 その父に見初められ、一般市民と同等の住民権を得る為に半獣人の母が「一族の為」と貞操を捧げ、ルドルフは生まれたのだ。

 

 どうしようもない小物の父は楽しむだけ楽しんだ後、すぐに母を捨てた。獣人族を娶る貴族。聖国では蔑まれるのが常識だ。

 

 母は屋敷から追い出されてすぐに産気づき、一族の下に戻ってルドルフを生むことになった。

 

『売女め……!』

 

 しかし、母のおかげで人並みの権利を有しているにも関わらず一族の反応は冷たく、また排他的であった。

 

『ほとんど人間のくせに、なんでここにいやがんだ?』

 

『鈍すぎだろ。邪魔だよどけ』

 

『裏切者が裏切られて生んだ子なんて、所詮その程度』

 

 村八分のような目に遭い、細々と暮らしていく生活。一族には口さがない者も多く、ルドルフも何度となく母への暴言を聞くし、彼自身が子供達の無邪気な残忍さに涙を溢す日々だった。

 

『それでも、生まれてきた子供(あなた)に罪はない』

 

 母はそう言ってルドルフに愛情を注いで育てていた。

 

 それが変わったのは母が病に倒れてからだ。今にも死にそうなほど体を弱らせた母へしてやれることなど、少年だったルドルフにあるはずもない。

 

 助けを頼んでも無視され、頭を下げても「病気が移る」と罵られた。

 

 結局ルドルフの母は体を壊して死んだ。最後まで恨み言を一つとして漏らさず。

 

 ルドルフの人生の転換点はそこだ。

 

 彼は母を弔った後――……一族の者()()()()()()

 

 毒殺、焼殺、夜襲、野盗を呼び込むなど、あらゆる手を使って皆殺しにしたのだ。

 

 彼の中に巣食っていた闇が現出した瞬間である。彼自身、己の才に驚いたほどであった。

 

 しかし、またもやそこで転機が訪れる。

 

 血縁上の父の第二子が流産したのだ。第一子は生まれつき障害があり、言葉もままならない。そこで白羽の矢が立ったのが四半獣人のルドルフであった。

 

 獣人族の身体的特徴がほとんど出ない四半獣人なら替え玉に利用できると考えたのだろう。

 

 そこで彼は「いつも薄く笑って目を細めておけ」と瞳孔を見せぬよう言い含められた。今の彼の表情が生まれたのはこの時だ。

 

 それから数年間。

 

 ルドルフは貴族の屋敷でそれらしい態度を貫き、信用を勝ち得ていった。父など母にした処遇も忘れ、「本当の息子として当家へ迎え入れてやろう」などと言う始末。

 

 そしてルドルフが成人を迎えた日。

 

 事件は起きた。

 

 当時の当主であった父、そして義理の母、うまく呂律も回っていない義理の兄、更には使用人をもろとも皆殺しにしたのだ。

 

 賊と密かに繋がり、信用を勝ち得る事で襲撃を計画。そして最後にその賊全員までも毒殺した。

 

 しかし、さすがに事が大きくなり過ぎていたらしい。ルドルフは法廷に引き摺りだされ、そこで人生を変える人と出会うことになる。

 

 その()は言った。

 

『君の才、活かしてみる気はないか? 私はこの国を変えたい。君の御母上のような人をできるだけ減らしたいのだ』

 

 母の復讐から殺戮の徒と化していたルドルフに、なぜかその言葉は染み入るように入ってきた。

 

 彼の根源を()()()は理解していたのだ。

 

 こうしてルドルフはあの方の導きに従って諜報員として動き出した。どこの国にも潜伏できるよう貴族籍も母の姓も捨てて。

 

 『グリム』というのはその昔、母に教えてもらったおとぎ話に出てくる魔獣の名だ。

 

 悪さをすると死の世界へと連れ去ってしまう恐ろしい魔獣。

 

 彼にとってグリム氏族とは、都市を破滅させる為に使役した死の魔獣だったのだ。

 

 

 * * * 

 

 

 ルドルフはかぶりを振る。

 

 ――下らぬことを思い出した。

 

 心中でそう呟いてアルに視線を戻す。

 

 ”聖霊装”を持ち、長年諜報員として活動してきたルドルフに手傷を負わせた半魔族の青年。

 

 ここで殺すべきだが、手中に収めたとしたら良い駒になる。

 

 加えて彼自身、シェーンベルグの娘達へ良い交渉材料にもなり得ることは既にわかっていた。

 

 記事にも彼らの関係性を推し量るに足る記載はあったし、部下にも調べをつけさせている。ルドルフは腕を組み、思考の末に決を出した。

 

 この青年はおそらく折れない。手駒にするなら相当骨を折りそうだ。

 

 ――やはりどんなに良い猟犬でも懐かぬのであれば、害でしかないか。

 

「……となれば、ここで殺すよりシェーンベルグの娘と身柄の交換にでも使うとしよう」

 

 その瞬間であった。

 

 …………()()()……!

 

 時計の針のような、耳慣れぬ澄んだ音が部屋に響いた。

 

 思わず視線を上げたルドルフの細い眼に映ったのは、明度を増した緋色の双玉。アルの双眸。

 

 ()()()()()()()()()髪がゆらりと動き、それとルドルフの視線が交わる――と、同時。

 

 

 ゴオオオォォ……ッ!

 

 

 蒼炎がアルの左腕を覆い、鋼糸が弾け飛んだ。

 

 次いで、壁際に落ちていた黒蝋色の鞘が独りでに浮くや、その左手へと飛んできた。

 

「な……!?」

 

 あの損傷(ダメージ)でまだ動けるとは、とルドルフが驚愕とも感嘆とも取れぬ感情に囚われた、ほんの一拍。

 

 自由になった左腕でパシッと逆手に鞘を掴んだアルは、その勢いのままに鞘をかち上げた。

 

「ご……ッ!?」

 

 鉄拵の鞘がルドルフの顎を強かに打ち上げる。

 

「っ、ちぃ……!」

 

 しかし彼もさるもの、何とかたたらを踏むだけに留め――左手で短剣を引き抜いた。

 

 ――私があんな一撃をもらうとは。

 

 視線の先では全身から蒼炎を噴き出して鋼糸を灼き払ったアルがドサッと着地してこちらを睨みつけている。

 

 しかし、どこかその焦点が定まっていない。

 

 眼光は鋭いのに、虚ろだ。

 

 ――もしや、まだ意識が……!? シェーンベルグの名に反応したというのか?

 

 闘争心と外的刺激()だけで一撃を入れてきたアルに、ルドルフは初めて心底から驚嘆した。

 

 それと同時にやはり危険だと判断する。

 

 こういう手合いほど、敵に回ると厄介極まりない。

 

 ――やはり、ここで殺しておくに限る。

 

 臨戦態勢を整えたルドルフは殺意を漲らせ、潜在的脅威の首を折るべく獰猛に跳躍する。

 

 

 

 一方、夢現(ゆめうつつ)に引き伸ばされたような眼前の光景を眺めつつ、アルの脳内にはかつて剣の師(八重蔵)と交わしたやり取りが駆け巡っていた。

 

『六道穿光流ってのは救世の剣。要は人の為の剣だ。だから、ただ剣技を覚えて強くなりゃいいってもんじゃあねえ。わかるな?』

 

『えっと、一応は……?』

 

『あー……ま、難しいよなぁ。強くなんのがダメっつってるわけでもねえし。けどな、お前の持ってるソイツ()は結局んとこ、どこまで行ったって人斬り包丁でしかねえのよ。振るい方次第でどうにでもなっちまう。アル、だからココが大事なのさ』

 

『胸? じゃない。心、ですか?』

 

『そう。もっと言やあ意志だ。何をどう斬るかは(てめえ)しか決められねえ。いや、決めちゃいけねえ。感情に流されるまま振るうんじゃなく、斬るべきモノを心で捉えて斬る。そいつが六道穿光流だ。ま、そうは言っても中伝までしか取ってねえ俺はそれ以上がイマイチなんだけどよ』

 

『他の流派にそれっぽいのはなかったんですか?』

 

『ねえこたぁねえが、流派によって全然違うもんだぜ? 例えばツェシュタール流なんかは戦場で培われてきた対人剣術だ。知ってんだろ? ありゃあな、簡単に言っちまえば勝者になる為の剣なんだよ』

 

『勝者になる為の? あ、そっか。負けられないって戦争で生まれたから』

 

『そ。だが、六道穿光流は違う。己を剣と見立てるわけでもなけりゃ――……ん? ああ、そんな感じのは他流派だと案外あんだぜ? ツェシュタールは違うけどな。ま、とにかく六道穿光流は勝つ為の剣じゃあねえのさ』

 

『勝つ為の剣じゃない?』

 

『ああ。さっきも言ったろ? 救世の剣だって。”斬るべきは人にして人に非ず、獣にして獣に非ず”。”己が見定めたモノを斬る、人の為の剣”――だったっけか? ……――ああ、そういうことか? なんか今のであの爺さんの言ってたことが掴めた気がする』

 

『んと、あの爺さんって?』

 

『六道穿光流の道場で師範やってた鬼人の爺さんさ。当時は何言ってんのかサッパリだったが……なるほどな。アル、これは俺も合ってるかわからねえ。だが理念とは合う。六道穿光流ってのはな? つまるところ、どんだけ強くなったって”人であれ”っつってんだよ』 

 

『”人であれ”……ですか?』

 

『そっ。どっか遥か高みから見下ろすんじゃなくて、人の中にあって剣士()として剣を振るう。それこそが、きっと救世の剣ってヤツなんだろうよ。だから意志が重要なのさ』

 

『うー……ん? ちょっと、難しいです』

 

『だはははっ! だろうな! ま、忘れちまわなきゃそれで構わねえのさ。お前ならいつかきっとわかる日が来る。だから、忘れちまうなよ? 六道穿光流の理念ってのは――――……』

 

「…………妖雲(もたら)す昏迷を……閃刃(やいば)(もっ)て斬り(ひら)かん」

 

 呟いたアルの緋瞳が焦点を結ぶ。

 

「っ……!?」

 

 空中のルドルフは言い表せぬ怖気に包まれた。

 

 咄嗟に鋼糸を張り巡らせようと右手を振るう。

 

 しかし、それよりも早く刃尾刀が彼の胴を右に薙いでいた。

 

「ぐぉおお……ッ!?」

 

 銅に巻かれた鋼糸によって斬撃こそ通らなかったものの、ルドルフは調度品の類を無茶苦茶に壊しながら吹き飛んでいき、壁に激突。

 

 アルがそちらを見ていると龍鱗布がしゅるしゅると首元に戻っていき、龍牙刀の鯉口が勝手に切れた。

 

「……抜けって言ってるのか?」

 

 アルは素直に刃尾刀を納め、龍牙刀(妖刀)を引き抜く。

 

「ち……」

 

 ルドルフは木屑やガラス片を溢しながら立ち上がったところだった。

 

 その背後の窓から運河が見える。

 

 なぜか、その中心で貨物船が凍りついていた。

 

 どう見ても凛華の仕業だろう。この距離でも薄っすらと魔力を感じる。

 

 ――俺だけ寝てられないな。

 

「……今の太刀筋は見えなかった。やはり君は逸材だ。もう一度言う、私と来ないかね?」

 

 ルドルフはパンパンと肩を払いながら問うた。

 

 その落ち着いた口調とは裏腹に、内心では焦っていた。青年が醸し出している雰囲気がさっきと明らかに違う。

 

 ――蓋が開いたというのか……?

 

 戦場などで命のやり取りをしているとき、急激に成長して強くなる者というのは昔から多数存在を確認されてきた。

 

 死地でのやり取りに彼のも開いたとしたら?

 

 ルドルフは薄っすらと歯噛みする。既に無傷ではないのだ。

 

「何度訊かれても答えは変わらない。断る。俺はあんたみたいに人間の血を憎んじゃいないんだ」

 

 アルは落ち着いて返した。

 

「……そう、かね。では、死ぬがいい!」

 

 ルドルフは刹那意表を突かれた自身を押し隠し、「もはや問答は要らぬ」と鋼糸を囮に駆け出す。

 

「はあッ!」

 

 しかしアルは龍牙刀を一振りして剣閃を飛ばし、鋼糸を弾き飛ばした。八重蔵がやっていた技だ。

 

 結局のところ、鋼糸は切断面の狭さを締めることで圧しつけて切断している。

 

 ――なら吹き飛ばしてやればいい。

 

 思わぬ反撃にルドルフは慌てて反転し、バックステップを踏んだ。その頬にたらりと冷や汗を流す。

 

 ――やはり違う、先ほどとは……!

 

「あんたに呑まれて見失うところだったよ」

 

 アルから魔力が噴き出した。だが、吹き荒れているわけではない。

 

 静かに、滾々と湧き出すように部屋を満たしていく。

 

「…………何をかね?」

 

 ルドルフはその()と錯覚するほどの息苦しさに唸った。先ほどから魔力以外の何かが殺到してきている。

 

 ――殺気……違うな。これは、剣気か。

 

 静かに、鋭く、そして熱く。

 

 研ぎ澄まされた剣気にルドルフの直感が「マズい」と警鐘を鳴らし続けていた。

 

(じぶん)と敵を。忠告しとくぞ。さっきと同じ手で来るつもりならやめとけ。もう無駄だ」

 

 アルはそう言って右手の龍牙刀を左肩に引っ掛けて体勢を落とす。

 

「……その強気がいつまで保つか、見物だな」

 

 ルドルフは敢えて怒りを利用して呑まれかけていた己を律した。

 

「じゃあ、行くぞ」

 

 アルが眼前から消える。違った。地を這うように間合いを詰めていたのだ。

 

「チ、イぃッ!」

 

 ルドルフは温存などお構いなしに魔力を”聖霊装”である指輪に送る。鋼糸が生物のように動き、ヒュバババッ! と、剣士に襲い掛かった。

 

「『蒼炎気刃』!」

 

 アルは急ブレーキを駆けながら鋼糸の群れを一回転しながら斬り払う。そのせいで突進が止まる。龍牙刀の間合いには、あと一歩足りない。

 

「し……ッ!」

 

 焦ったルドルフはここだと短剣を左手に仕掛ける。

 

 が、アルは読んでいた。左手を突き出し、

 

「それを狙ってた」

 

 光を放射。攻撃性など皆無なただの光属性魔力。ただし、光量は瞬間的に可能な最大限だ。

 

「ぅぐぉおっ!?」

 

 直視したルドルフが思わず両眼を押さえる。獣人の目を活かす為、魔導灯を消していたのが余計仇になった。

 

「忌々しい……!!」

 

 慌てて手をどけるが視界の中央はほぼ見えず、端もぼんやりとしか見えない。そこにアルの足音が聞こえた。

 

「ぐっ、そこか!」

 

 鋼糸を放つも感触がない。

 

「でぇえあああっ!」

 

 その時、上から声と殺気が降ってきた。

 

 慌ててルドルフは短剣を掲げたが、なぜか受け止めた感触がない。

 

 ――なに……っ!?

 

「胴がガラ空きだ!」

 

 次の瞬間、殺気()()()叩きつけて着地していたアルが、ルドルフの腹部を下から思い切り左薙いだ。

 

「うっ、ぐぼぉッ!?」

 

 闘気を込めた妖刀の一撃を受けたルドルフが身体を左に折る。

 

 ――今の殺気は、囮か……!

 

 だが、気付いた時には止まぬ殺気に背筋を貫かれた。

 

「く……ッ!」

 

 獣人由来の聴覚と直感のみを頼り、咄嗟に鋼糸を張って刃を受け止める。

 

 今度は感触があった。しかし、感触が矢鱈と軽い。

 

「あんた、反応が良過ぎるんだ」

 

 次の瞬間、アルが左の逆手に持った紅桜色の鞘をぶん回す。

 

「ぐがあッ!?」

 

 右のコメカミに直撃。

 

「ぐ、お……」

 

 ルドルフは自ら吹き飛ばされ、壁沿いに転がって、ようやく立ち上がった。

 

 視界が激痛でチカチカする。右耳もおかしい。聞こえない。

 

 しかし、光属性魔力の影響だけは抜けてきた。

 

 充血した右眼をかっぴらいてルドルフが爛々と睨む。

 

「今の手は二度と食わぬぞ」

 

「らしいな」

 

 アルは飄々と返した。

 

「今ので殺せなかったことを後悔して死ぬがいい」

 

 殺気を迸らせるルドルフだったが、アルは驚くべき返答を寄越した。

 

「殺す気はない」

 

「何?」

 

「この乱痴気騒ぎを終わらすには、下手人のあんたを連れて行くのが一番手っ取り早い。だから殺すつもりはない」

 

 アルは龍牙刀の切っ先を右後ろ――右の脇構えにして淡々と告げた。

 

「……舐めているのかね?」

 

 氏族を束ね、何年も潜伏してきた己を捕まえるだと?

 

 ルドルフは怒りを通り越して呆れたように笑う。その笑みは酷く歪だ。

 

「いいや。あんたは俺が戦ってきた敵の誰よりも強かった。だから……――全力で終わらせる」

 

 途端、熱を帯びた剣気がピィ……ンと高まり、ルドルフが至る所に張り巡らせている鋼糸がビリビリと揺れ動く。

 

 ――巣が……震えている。たった一人の半魔族を相手に。

 

「……ならば、やってみるがいい!」

 

 ルドルフは灼かれるような剣気に堪りかね、()()()()()から鋼糸を次々と繰り出していく。

 

 ヒュッ……と空気を裂き、カカカカカカッ! と壁に、床に、鋼の針先が抉っていく。

 

 針山を引き伸ばしたかの如く、不規則な軌道を描いて迫りくる無数の鋼雨。

 

 龍牙刀を脇構えにしていたアルの姿がブレたように掻き消える。その空間を抉り抜く鋼糸の雨。

 

 ルドルフは青年の迅さが明らかに増していることに目を瞠った。しかし、だ。

 

 ――捉えられぬほどではない!

 

 四半獣人の動体視力が壁を蹴りつけて駆けるアルを捉え、続いて振るわれた指輪が鋼糸を樹状に枝分かれさせる。

 

 高楼の壁や窓、支柱すらズタズタに引き裂いていく鋼糸の群れを操るには両手の指では桁が足りていないだろう。

 

 だが、それはマトモにやればの話だ。ルドルフが両手に嵌めている”聖霊装”【月雫の指輪】はそれを可能にする。

 

 【月雫の指輪】は魔力を流すことで触れた金属を水銀のように【流体化】させて操ることが可能になる”聖霊装”。

 

 それ以上の能力はない。しかし、機密の多い場所であればあるほど非常に高い性能を発揮する優れモノである。

 

 端的に言えば、適当な金属片がマスターキーに早変わりするのだ。

 

 大抵の場所へ進入でき、機密を盗み出すこともできれば、ドア()()()()()流体化させて圧し通ることすら可能ともなれば、有用と評価する他ないだろう。

 

 そしてルドルフは【月雫の指輪】を鋼糸と組み合わせた。これによって鋼糸は飛躍的に自在性を向上させたのだ。

 

 その鋼糸が針の洪水となってアルを襲う。

 

 ぶしゅう……っと血煙が舞う。

 

 だが、彼が気に留める様子はない。

 

 砕かれる調度品、舞い散る木屑や埃、破裂する硝子。それらを置き去りにして疾駆するアルは機を窺っていた。

 

「ち……ッ!」

 

 ――嫌な眼をする。

 

 圧しているはずのルドルフは無意識に舌打ちをした。

 

 刹那捉えたアルの顔に焦燥や苦悶が浮かんでこないからだ。それどころか、躱される頻度がどんどん増している。

 

 ――だが、ヤツは必ず”鬼火”を伴って間合いに入り込む。そこを仕留める。

 

 ルドルフは派手に鋼糸を暴れさせた。

 

 脇構えのまま疾駆するアルが鋭角に動いて鋼糸を躱す。

 

 ――”鬼火”は『反応が良過ぎる』とこちらを評していた。

 

 だからこそ、これだけ視界を遮るものを作れば必ず踏み込んでくる。ルドルフはそう確信していた。

 

 その瞬間、舞い上がった床板の陰からアルが飛び出した。

 

「やはり来たな!」

 

 愉悦と共にルドルフが鋼糸を集中させた。しかしそこはアルもわかっていたのか、

 

「『蒼炎羽織』!」

 

 蒼炎を三枚ほど纏って勢いを緩めない。『蒼炎羽織』にぶつかった鋼糸がジジジ……ッと熔かされていく。

 

 だが、ルドルフとて油断はしていない。鋼糸を密集させて放ったのは単なる囮。本命は、間合いに入ったと判断した青年が加速をかける一瞬だ。

 

「し……ッ!」

 

 その時、鋼糸の波を突き破ったアルが一気に加速した。

 

 緋色の双眸がぎらりと輝き、剣気と魔力がルドルフの背筋をゾクリと刺し貫く。

 

「馬鹿が!」

 

 それでもルドルフは用意していた切り札を切った。

 

 左手の振りに合わせて真下から現れたのは、鉄骨と見紛わんばかりに太い、鋼糸で編まれた剛槍。

 

 アルの瞳に驚愕が浮かぶ。

 

「これで……――散り逝くがいい!」

 

 ボ……ヒュウッ!! 

 

 空気を貫く音が響く。

 

 次の瞬間、加速したアルの頭部をルドルフの切り札が容赦なく串刺しにした。

 

「なッ……!?」

 

 しかし、即座にルドルフは肌を粟立たせる。

 

 ――手応えが、ないだと……!?

 

 その時、瞠目する彼の視界の右端に人影が映り込む。

 

 ハッとしてそちらに首を回したルドルフは、直後に身を強張らせた。

 

「馬、鹿な……!?」

 

 なぜなら、そこに龍牙刀を振り抜く寸前のアルがいたからだ。左膝が床を擦りそうなほど体勢が低く、緋瞳が燦然と輝いている。

 

 龍牙刀は脇構えから最も素早く繰り出せる片手逆袈裟――彼の最も得意とする斬閃を描かんとしていた。

 

「う お お お お お お お お お おっ!」

 

 血塗れの半龍人が獅子吼する。

 

 ――――六道穿光流・火の型『陽炎之太刀(かげろうのたち)暁天(ぎょうてん)』。

 

 熱を帯びた剣気と魔力で蜃気楼を意図的に生み出し、自身の気迫を(もっ)て敵の()()()()()()――六道穿光流『雲居裂き』とヴィオレッタの『幻惑の術』から着想を得て咄嗟に閃いた、今までにない新しい独自剣技。

 

 それが炸裂した。

 

 闘気を叩き込まれた龍牙刀が『無影』と評せるほどの剣速でルドルフの腹に直撃。

 

 鋼糸の上から凄まじい衝撃を与えるのみに留まらず、

 

「がッ、ぐおおぉぉァ……ッ!?」

 

 恐るべき勢いで真上へと吹き飛ばす。 

 

 直後、ルドルフは脆くなっていた高楼の屋根を突き破って夜空へと放り出された。

 

「はああああああ……ッ!」

 

 ――――六道穿光流『蒼炎嵐舞』。

 

 ドッ、ガアアアアン!

 

 廻転剣技で屋根を豪快に吹き飛ばしつつ、アルが『蒼炎羽織』を四枚に増やす。ぶわりと増えた蒼い単衣が彼の跳躍に合わせて真下へ蒼炎を噴き出した。

 

 (ごお)……! 轟ッ! 轟ォォ――ッッ!!

 

 夜闇にS字を描くように蒼い光芒が閃く。

 

 ルドルフは搾り出されていた空気を肺に満たし、視線を下にやった。

 

「ぐハッ、はっ、はっ……! ぎ……ッ!?」

 

 そこにいるのは己の存在さえ不確かな一人の剣士。

 

 幽世の炎を纏い、緋色の眼光がルドルフを見据えている。

 

 ――死の……魔獣。

 

 かつて母に聞いたおとぎ話が脳裏を過った。が、ルドルフはその幻想を振り払って【月雫の指輪】へ魔力を送った。

 

 鋼糸が飛翔していた蒼い翅を生やした剣士に殺到する。

 

 だが、アルは止まらない。煌々と瞳を輝かせ、龍牙刀を左後ろ腰へ。

 

 轟ッ! 轟オオオオッ!!

 

 爆発する蒼炎をたなびかせ、空中でぎゅううううんっと弧を描く。

 

 次いで、目標に到達するや、新たな独自剣技を放った。

 

「で ぇ あ あ あ あ あ あ あっ!!」

 

 ――――六道穿光流・異説『空裂龍尾(くうれつりゅうび)』。

 

 六道穿光流には存在しない、アルなりに解釈した()()()

 

 東方の龍が如くしなりをつけて上昇した半龍人が、勢いを乗せた龍牙刀をルドルフへと叩きつける。

 

 それは、さながら古の時代に存在していたとされる龍種がその長い尾で天を引き裂かんとするが如き光景であった。

 

「ぐぅ、っがぁあああああッ!?」

 

 直撃を受けたルドルフが更に上空へ吹き飛んでいく。

 

 高楼に乗り込もうとしていたマルクガルム、凛華、シルフィエーラ、ラウラ、ソーニャは目を瞠った。

 

 アルの強さはよく知っている。しかし、あんな戦い方をしているのは見たことがない。

 

 ――あれじゃまるで、本物の龍じゃないか。

 

 5人の思考が一致する。

 

 その背後にいた『紅蓮の疾風』も、この地の領主パトリツィア・シュミットも、アルの祖父ランドルフも唖然として声すら出せないでいた。

 

 一方、彼らがいることにすら気付いていないアルは『蒼炎羽織』を一気に十枚展開。

 

「う……ッ!?」

 

 ぐらりと頭が揺れる。魔力も、体力も限界寸前なのだ。

 

 ――けど、ここで終わらせる。

 

 緋色の残光を残し、『蒼炎羽織(蒼翅)』から蒼い炎を噴き出して上昇した。

 

 轟オオオオオオオ――ッ!!

 

「ぐ、う……!」

 

 ルドルフは痛みに呻きながら音の出どころを()()()()

 

 いつの間にか、アルに追い越されていた。

 

 満月の青白い光を背後にしていてもハッキリとわかる、蒼い()と緋色の瞳。

 

 ――この、青年は……!

 

 龍鱗布が月光を遮るようにバサッと広がる。

 

 次いで蒼炎の翼が龍鱗布を覆っていき、全ての翅先が天を向いた。

 

 ルドルフはアルが何をするつもりか悟り、蒼白な顔色を土気色にする。

 

「ぐ……!? こ、のおおおッ!」

 

 それでも彼は流石だった。

 

 【月雫の指輪】に魔力を送り、

 

「ぐぐ、ぐお……お、おおおおおおッ!!」

 

 鋼糸を()()()と迸らせる。

 

 バキバキバキ……ッ! と、破裂音が炸裂。

 

 ルドルフの意のままに動き、高楼の建材や支柱を手繰り寄せる鋼糸の群れが踊る。

 

「おい下がれ! 危ねえぞ!」

 

 大地(した)にいたマルクは落ちてきた瓦礫を見て急いで仲間達へ呼びかけた。

 

「閣下! ランドルフ様! お下がり下さい!」

 

 兵士達も慌ててパトリツィアとランドルフを押しやって高楼から遠ざける。

 

 今や鋼糸の群れは手当たり次第に瓦礫を引き寄せ網を築いていた。

 

 死なば諸共細切れにしてやる、というルドルフの意思表示。この極限下で唯一取れた苦肉の策。

 

 轟……ッ!!

 

 しかし、天を衝くように伸びていた翼が彼を嘲笑うように蒼炎を噴き上げる。

 

 大地にいる者達は思わず、満月に浮かぶ龍を幻視した。

 

「こいつで仕舞いだ」

 

 アルはそう呟くと龍牙刀と()()()()左肩に構え、ルドルフへと真っ逆さまへと突喊していく。

 

 次の瞬間、蒼炎の翼がひと際盛大に爆ぜた。

 

「ぐ、こ、のぉ、おおおおおおおおッ!!」

 

「は あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ ッ ! !」

 

 ――――六道穿光流・光の型『天穿双月華(てんこうそうげっか)』。

 

 二刀が苦し紛れに展開された鋼の網を易々と灼き斬り、ルドルフの胴に叩きつけられる。

 

「っご、ぼぁ!?」

 

 ――このままでは……!

 

 二人とも無数に張られた網によって細切れになるだろう。それこそがルドルフの捨て身にも近い抵抗。

 

 だが直後、アルの纏っていた『蒼炎羽織』四枚が彼らを押し包んだ。

 

「ぐぅぉあ……!? 貴、様ぁッ!」

 

 異様なまでの熱に苦しみながら、ルドルフが狙いを看破して叫ぶ。

 

「う……ぉ お お お お お ッ !!」

 

 爛々と瞳を輝かせたアルが吼えた。残りの翼から蒼炎が噴き出す。

 

「ぐぐ、がぁあああ……ッ!」

 

 蒼い火花を散らして燃え盛るひと塊の影。それが高楼をぶち破りながら一直線に墜ちていく。

 

 まるで夜空から差し込む月光が破壊力を持っていたかのような光景に、誰もが息を呑む。

 

 やがて蒼い光芒は地に落ち、花開くように爆ぜた。

 

 その衝撃は熱波を吹き荒れさせ、燃え落ちそうになっていた高楼にトドメを刺すことになった。

 

「うおっ!? 俺の後ろに!」

 

 マルクが慌てて【人狼化】し、仲間四人とディートフリートとレイチェルを庇うように前に出る。

 

 パトリツィアとランドルフの前にも盾持ちの兵士が駆け寄る。

 

 それからたっぷり十数秒はあっただろう。

 

「あ、う……?」

 

「もう、大丈夫かしら?」

 

「び、びっくりしました……」

 

 押し寄せる土煙と熱をやり過ごして目を凝らすと、高楼がすっかり崩れ去り、瓦礫の山と化していた。

 

 しかし、彼らの視線が集中したのはそこではなかった。

 

 その中心で蒼い炎翅(えんし)を揺らめかせる青年だ。

 

 彼の両手にはそれぞれ形状の違う刀が握られており、彼の瞳の先には倒れ伏す件の下手人がいる。

 

「ぐ…………う……私の……負けの、ようだな」

 

「まだ喋る元気があったのか。しぶといぞ」

 

 アルは龍牙刀を突き付けた。

 

「最後に……刃を、引いておいて…………よく、言えたものだ」

 

 だがルドルフには抵抗する気力も、鋼糸も残っていない。最後の一撃ですべて灼けてしまった。【月雫の指輪】はそこまで万能ではない。

 

「殺さない。さっき言ったろ。大人しくお縄を頂戴するんだな」

 

 アルは小ざっぱりした表情でそう告げた。

 

「はっ…………喋ると、思うかね?」

 

 ルドルフは動かせぬ身体で問う。

 

「そっちは俺の仕事じゃない。それに、ここは俺の故郷(くに)でもない」

 

「どう、なっても構わん、と?」

 

「そこまでは言わない。けど俺は俺の護りたいものの為に戦ったんだ。それも言ったろ。邪魔するんなら国だろうと女神だろうと叩っ斬るって」

 

 緋色の視線がルドルフを射貫く。

 

「なる……ほど」

 

 そこで初めて彼は悟った。アルがあくまで個人的な理由で戦っていたということに。

 

 親しくなったから行方知れずのミリセントを探し、己と仲間がのっぴきならない騒ぎの渦中に放り込まれたから元凶を潰しに来た。それだけだったのだ。

 

 ルドルフが想像していた大義や立派な御題目など、そこには一片もない。

 

 ――だから、ブレなかったのか。

 

「は、は……最初から、見ているものが……違った、ようだ」

 

「あんたが何を予想してたかは知らないけど、俺はまだ目標に――父さんみたいにはなれてない。自分の手が届くとこで精一杯なんだよ」

 

 アルは悪びれずにそう言った。

 

「君の、父は……人間か? 魔族か?」

 

「人間だ」

 

「憎んでいない、と言ったな?」

 

「ああ、まったく。むしろ感謝してるよ。俺は半魔族で良かった」

 

 ルドルフには、アルが嘘を言っているようには見えない。

 

「それは、なぜかね?」

 

 付き物が落ちたような顔で問う。

 

「そうじゃなかったら、この道は歩めてない」

 

 やはりアルはあっさりと答えてみせた。

 

「……そうか」

 

 ルドルフは自身でもわからぬほどすんなりと腑に落ちた。

 

 その時、暗がりから何者かが飛び出してきた。

 

「あんた、生きてたのか」

 

 その男は高楼の4階で気絶していたはずの、髪を丁髷のように纏めた武芸者だった。

 

 アルの予想ではこの男も聖国の手の者だ。

 

 男は目を血走らせ、右腕に大砲を構えている。

 

 まだ技術が確立されていない戦争期、魔力や闘気任せに担いで撃っては捨てるを繰り返していた――蛮族めいた骨董品だがアルの知る由もない。

 

「口、封じか……」

 

「死ね! 魔族諸共!」

 

 焼け焦げた髪を振り乱して男が喚く。

 

 本国では格下のはずの四半獣人(ルドルフ)に刻まれた恐怖と怒りを、口封じという形で復讐するつもりらしい。

 

 アルは溜息交じりに龍牙刀を構えかけて――……やめた。

 

 直後、大砲が火を噴き、轟音が響き渡る。

 

「『影狼』」

 

 その瞬間、左腕を()()()()狼腕に【部分変化】させたマルクが彼の前に立ちはだかった。

 

 撃ち出された砲弾が音もなく受け止められ、急激に勢いを弱めていき、やがてドスッと瓦礫に落ちた。

 

「な、なんだきさ――!」

 

「お返し」

 

 目を剥いた男が言葉を紡ぎ切る前に、面倒くさそうな顔のアルが刀印を向けて蒼炎を速射。

 

「ぎゃあッ!?」

 

 胸に直撃した蒼炎弾に男が吹き飛ばされ、瓦礫の山に突っ込んでいった。

 

 これで本当に終わりだ。

 

「よぉアル。また派手に暴れたな」

 

 左腕を元に戻したマルクがニヤリと笑って振り返る。

 

「マルクこそ。随分イイ男になったじゃん。どしたのさそれ?」

 

 傷だらけの彼などあまり見ないので不思議そうにアルが問えば、

 

「色々あったのさ。つーかお前に言われたくねえよ。傷だらけじゃねえか」

 

 人狼青年は肩を竦めつつ、当然のツッコミを入れた。

 

「慣れたもんさ」

 

 アルがそうのたまったと同時。

 

「慣れるんじゃないわよ。ちょっと、心配したんだからね?」

 

「ホントだよ! こんなことなら手分けしなきゃ良かったじゃん! ……ってねえ、大丈夫? これ結構酷いよ」

 

 凛華とエーラが駆けてくるや、説教じみた台詞を吐く。

 

「アルさん! すぐ手当てを!」

 

「アル殿、お疲れだった。しかし、最後のは凄かったな」

 

 更にそこへ、ラウラとソーニャも駆けてきた。

 

「カアー!」

 

 夜天翡翠も嬉しそうに主人の下へ飛んできた。

 

「皆、お疲れ。怪我は? 大丈夫だった?」

 

「うん。マリオンちゃんも見つけたし、ミリセントさんとも合流したよ。ていうか――」

 

「あんたが一番重傷なのよ。さっさと治療行くわよ」

 

「ですね。とりあえず手当てを済ませてから報告します」

 

 三人娘は銘々にそう言うと、彼の腕を優しい手つきで掴む。

 

「そか、それなら良かった。さすがに疲れたよ。翡翠もお疲れ様」

 

 アルは素直に従いながら右肩に停まった使い魔を労う。

 

「カアッ! カアカアッ!」

 

「はは、くすぐったい。あ、待った。ちょい痛いかも」

 

「はー……長え夜だったな」

 

「うむ。こちらもすり合わせておくべき情報が多々ある」

 

「そう聞くと余計疲れが増した気がするよ」

 

 マルクとソーニャへそう返しながらアルは高楼の敷地の外にいる面々を見た。

 

 なぜかここにいないはずの顔見知りもいる気がしたが、あまり気にならない。

 

 それ以上に三人娘を見て安心し、”騎士”二人と話して神経が和らいでいる方に意識が向いていた。

 

 ――ああ、ホッとする。

 

 内心で呟き、忘れぬ内に『八針封刻紋』を閉じようとしてピタリと動きを止める。

 

「「「アル(さん)?」」」

 

「クァ?」

 

「ん、どしたよ?」

 

「アル殿? どうした?」

 

 仲間達の不思議そうな声。

 

「あ、いや、何でもない」

 

 少しばかり顔色を悪くしたアルはかぶりを振った。

 

「ホントに?」

 

「顔色悪いわよ?」

 

「アルさん?」

 

「いや、大丈夫。なんか変だったらその時相談するよ。まだ勘違いの可能性もあるし」

 

「「「勘違い?」」」

 

「ああ、うん。とりあえず治療行こう」

 

 三人娘が不承不承に頷く。

 

 アルが血相を変えた理由は一つ。

 

 龍血を封じているはずの『八針封刻紋』が解いた覚えのない針まで解かれていたからだ。

 

 記憶では五段階――つまり針は三時を指していないとおかしい。しかし、今針が指しているのは二時。

 

 ――勝手に封印が解けた?

 

 だとしたら問題だった。暴走の危険がある。

 

 アルが深い思考に陥りかけたところで、

 

「”鬼、火”の」

 

 未だ横たわっていたルドルフから声が掛かった。

 

「……なんだ?」

 

 アルが僅かに不審げな顔で問う。

 

「君に、忠告が……ある」

 

「忠告……?」

 

「君が、どう感じているのかは、知らん……が、君からは、戦の匂いがする」

 

「戦の……?」

 

 アルはやや愕然とした。『封刻紋』の件も含めて動揺が隠せない。

 

「ああ……。君に、その気がない、のなら……注意して、おくべきだと……言っておこう」

 

 ルドルフの顔はこの位置からでは見えなかった。

 

 どうにも揺さぶってやろうだとか、最後に波乱を生んでやろうという感じはない。一気に老け込んだような、そんな声音だ。

 

 ”戦の匂い”と聞いた凜華が不愉快そうに眉を吊り上げ、エーラが不安そうな顔に変わり、ラウラが思い切り心配そうな顔をする。

 

 そんな彼女らを横目にアルは、

 

「肝に銘じておくよ。忠告に感謝する」

 

 と、だけ返して敷地の外へと仲間達と歩いて行った。

 

 

 

 ルドルフは横たわったまま、瓦礫の向こうに血塗れのアルを幻視して呟く。

 

「……彼は、”鬼火”は、この先どんな戦いをするのだろうね」

 

 斯くしてグリム氏族の引き起こした鋼業都市〈アイゼンリーベンシュタット〉の混乱は、その首魁ルドルフ・グリムが打倒されたことで、ようやくの終焉を迎えるのであった。

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