日輪の半龍人   作:倉田 創藍

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「小説家になろう」に最新話を、「カクヨム」にて同作を章ごとに、こちらへは定期的に更新していく予定です。


21話 静寂に還る月夜

 天上から降り注ぐ満月の光が鋼業都市〈アイゼンリーベンシュタット〉を静かに包み込んでいる。

 

 最も被害を受けたのは西部にある帝国軍駐屯地から倉庫街にかけてだ。先ほどまで激しい戦闘が幾つも展開されていたが、それも今は収束しつつあった。

 

 燻っていた炎はすっかり鎮火され、もうもうと立ち昇っていた黒煙は薄い白煙へと変わってきている。

 

 騒乱の原因、グリム氏族の瀟洒に過ぎた根城である高楼はいまや見る影もなく、瓦礫の山と化していた。

 

 ――今し方眼にした光景(もの)は、当面の間忘れられぬであろうな。

 

 と、敷地の外にいた女領主パトリツィア・シュミットは内心で呟いた。

 

 彼女――否、彼女らの視線を捉えて離さぬのは、瓦礫の山から歩いてくる白っぽい灰髪に緋色の眼光も眩い青年が率いる一党。

 

 彼が刀を納めた途端、背筋に走る熱気はふつりと途絶えていた。

 

 しかしズタズタの服と血に塗れているにも関わらず強過ぎる意思を内包した瞳と、右肩に乗せた三ツ足鴉が彼の覇気と妖異さを醸し出している。

 

 ――彼が、ユリウス殿の……。

 

 パトリツィアは客人であるランドルフから聞かされていたことを思い出してすぐに理解した。

 

 かつて話をした青年の面影がある。だが、やはりその眼光はどう見ても青年にしか見えない若人が発しているものとは思えなかった。

 

 歩いてくる彼らに気圧されて一歩下がる己を自覚しつつ、部下の兵士達も緊張に背筋を伸ばしているのを感じ取る。

 

 主君が襲われたら真っ先に動かなければならないのは兵士達だ。緊張もしよう。

 

 しかし、パトリツィア率いる領軍とは正反対に灰髪の青年達へと前に歩み出した者達がいた。

 

 『紅蓮の疾風』の2名、更にランドルフと彼の護衛の森人ケリアとプリムラ、そしてミリセントだ。

 

「よ、よう。その……凄えな、やっぱお前」

 

 すっかり呑まれているようで、ディートがソワソワしながら声を掛ける。

 

「お疲れ、ディート。ラウラとソーニャに聞いたよ。二人を見捨てずに戦ってくれたんだろ? ありがとう」

 

 アルはふにゃっと笑う。それは別れる前と以上に親しみを感じさせる笑みだった。

 

「そ、そりゃ当たり前っつーか、一党は組んでなくても仲間だし……なあ?」

 

 ディートは少々あたふたしながら隣のレイチェルに水先を向ける。

 

「う、うん。ラウラちゃんとソーニャちゃん、頑張ってるのにほっとけなかったから」

 

 レイチェルはそう言ってアルの隣にいる彼女らと笑みを交わした。

 

「そっか。信じて任せて良かったよ。ミリセントさん、合流できたんですね。安心しました」

 

 アルは『紅蓮の疾風』の後ろにいたアウグンドゥーヘン社の新米記者ミリセント・ヴァルターへ声を掛ける。

 

 高楼から脱出させたのは良いがすぐに追えず、ずっと気に掛かっていたのだ。

 

「必死で走ったんですー……。それで、その~……お兄さんがあの”鬼火”で合ってる、んですね~……?」

 

 ミリセントがそう言うとアルはばつが悪そうにした。

 

「ええ、ちょっと事情があって騒がれたりするわけにはいかなかったんです。ちゃんと説明はするので秘密にしておいてもらえませんか?」

 

 アルは共和国出身の仲間二人に視線をやりながらミリセントに問う。

 

「当然ですよー! あ、でもでもー、私が一端の記者に成長して『月刊武芸者』の記者になったときは特別取材いいですかー?」

 

 ミリセントは活発そうな橙っぽい赤毛を揺らして頷きつつ、悪戯っぽく問い返した。

 

 彼女とて馬鹿ではない。自分が置かれていた状況と合流した後のラウラ達との会話から秘しておかなければならない事情があることくらいとっくにわかっている。

 

「状況が落ち着いてたら受けるって約束しますよ。だからそれまでは内密に」

 

「わっかりましたー! それまで他の記者さんから受けちゃダメですよー? お姉さんとの約束ですー」

 

 アルが「しーっ」と人差し指を口に当てるとミリセントも同じように指で唇を押さえた。ややあって二人とも笑い合う。

 

 近くにいた凛華とシルフィエーラは顔を見合わせて肩を竦めた。

 

 攫われたり追っかけられたりしたのにすっかり元のミリセントに戻っている。安心していいのやら呆れた方がいいのやら。

 

 そしてアルもアルだ。命に別状はないようだが大怪我をしているのに何を呑気にしているのか。さっさと手当したいというのが二人――否、三人娘の率直な心情である。

 

 一頻り笑い終えたアルは彼女の背後にいた祖父と森人二名に問うた。

 

「えっと、それで……ランドルフさんとお二人はなんでここに?」

 

 彼の祖父ランドルフ・シルトは首を傾げる孫に深く頷くような仕草を執った。

 

「久しく見ぬ内にまた逞しくなったようで嬉しいぞ、アルクス。話したいこともやまやまだが、まずは手当てを受けるが良かろう。見ていて心配になる」

 

 あの戦いぶりには魅入られるほどの凄まじさを感じた――が落ちてきた孫の血塗れ姿を見るなり、そちらばかりが気に掛かってしょうがなかった。

 

 普段からこんな戦いばかりしているのではなかろうか? と、不安も募るばかりだ。

 

 途端に三人娘が「良いこと言った!」とばかりに騒ぎ出す。

 

「ランドルフさんの言う通りだよ。ほらアル、『治癒術』使うから傷見せて。ボクが治したげるから」

 

「そうよ。ボロボロじゃないの。なんであんたは毎回危ないとこに突っ込んでくのよ。とりあえず座んなさい」

 

「心配したんですよ? さ、龍鱗布貸してください」

 

「え、あ、ああ。わかった」

 

 三人娘に押されるようにアルが座り込む。

 

 そこへ明らかに身分の高そうな妙齢の女性が兵士を連れてやってきた。

 

「青年、すまぬが少し構わぬか?」

 

 緋色の眼光に兵士が槍を構え直す。

 

「どなたですか?」

 

 アルは彼らの様子に疑問を覚えつつ誰何した。

 

「この都市の領主、パトリツィア・シュミットだ。そこの娘からグリム氏族が違法行為に手を染めている証拠品を預かった。君が倒したあの者を人身売買、及び軍需品横流しの罪で逮捕するが良いか?」

 

 この場合の「良いか?」は許可を求めているわけではなく確認だ。武芸者同士で何かを賭けて決闘を行う場合もあれば、その武芸者が指名手配犯であることも稀にある。

 

 ここで勝手に捕らえれば「手柄を横取りした!」などと騒がれることもある為、余計な諍いや反感を買わないよう通告するのが一般的だ。

 

 パトリツィアもそのつもりで問うている。

 

 だが、意外にもアルは首を横に振った。

 

 ――手柄に拘るようには見えぬが。

 

 細い眉を顰めて内心で呟く女侯爵は、次いで仰天した。

 

「逮捕は構いませんけど、罪状が足りてません。共和国令嬢誘拐未遂と諜報活動が不足してます」

 

「な、諜報活動だと!?」

 

 パトリツィアが度肝を抜かれて目を瞠る。

 

 するとソーニャが合点がいった様子で腕を組んだ。

 

「やはり聖国の手の者だったか」

 

「お前ら知ってたのか?」

 

 マルクガルムは気付いていなかったので当然驚く。ここから聖国まで優に数千km(キリ・メトロン)はあるのだ。

 

「追手は私達二人の捕縛に固執してたのでなんとなくは。でも理由までは知らなそうでした」

 

 ラウラは受け取った龍鱗布を綺麗に畳みながら言葉を返す。

 

 アルは至る所にある裂傷に顔を顰めながらガキン、ガキンと『八針封刻紋』を()()閉めてパトリツィアへ、おそらく正しい事の真相を告げた。

 

「ルドルフ・グリムは聖国の諜報員です。共和国の令嬢二名を攫い、聖国への手土産にするつもりだったみたいです。ルドルフ本人がそう言ってました。人身売買と横流しはあくまで資金確保の手段だったと思います」

 

「……諜報員だったとは。ではこの騒乱も奴が手引きした、と?」

 

「近いことはしてると思います。他所へ移動するよう指示を受けたから都市の機能を麻痺させて逃げる予定だったみたいですし、火種に俺達と『紅蓮の疾風』を利用したんでしょう」

 

 パトリツィアは唸る。

 

 貨物船の積み荷や戦闘行為、そして明らかに人為的な倉庫街の火災。聖国に通じている者が引き起こしたと仮定すれば納得のいく話ではあった。

 

「ふーむ。アルクスよ、聖国の間諜とは言うたが証拠はあるのか? ただ自称しておるというわけではないのかね?」

 

 ランドルフは孫へ問う。状況証拠染みたものは多くとも物的証拠は少ない。情報に確実性が欲しかった。

 

「あいつが両手に嵌めてる指輪は”聖霊装”です。効果まではわかりませんけど、あれで鋼糸を操ってました。それとさっき手持ちの大砲を撃ってきた男がいましたよね? あいつはたぶん聖国の者だと思います。俺諸共ルドルフの口封じするつもりっぽかったですし……。まぁかなり私怨も入ってそうでしたけど」

 

「”聖霊装”だと? では奴は聖騎士なのか?」

 

 ランドルフは眉を跳ね上げる。聖騎士かもしれないともなれば息子(ユリウス)の復讐に走りかねない己がいることを自覚していた。

 

「あくまで諜報員だと言ってました。それにあいつ自身四半獣人です。聖国が四半とは言え獣人を騎士にするとも思えません」

 

 アルの返答は理路整然としている。ラウラとソーニャはルドルフが四半獣人であったということを初めて知って疑問が生まれた。

 

 なぜ獣人の扱いが悪い聖国の下で働いているのか?

 

 しかしその疑問に対する明確な答えはアルとて持ち合わせていない。軽く彼女らに首を振って見せる。

 

「ふぅむ……なるほど。兎にも角にも確保が急務ですな。閣下、私はヤツの捕縛と尋問が妥当かと存じますぞ」

 

「ああ、そのようだ。急ぎ奴ともう一人を捕縛せよ。指輪の回収と警戒も忘れるなよ」

 

「「「「はっ!」」」」

 

 ランドルフに頷いたパトリツィアが背後の兵へ淀みなく指示を出した。ザッザッザッと急ぎ足で兵士達が駆けていく。

 

「では私も行くとしよう。青年……――いや”鬼火”であったか。情報に感謝する」

 

「いえ」

 

 パトリツィアはそう言って兵の後を追っていった。

 

「またもや聖国の連中とは……。アルクス、久しいな。相も変わらず無茶をやっているようだな」

 

 去った女侯爵を目で追いながら、それまで黙っていた森人剣士ケリアが微笑む。どうにも困った弟を見る目だ。

 

「お久しぶりです、ケリアさんもプリムラさんも。いつもこうじゃないんですよ? 〈ベルクザウム〉にいたときは怪我らしい怪我もしてませんし」

 

 にこやかにアルが返す。

 

「でも高位魔獣とやり合って、その後雪崩を防いでるじゃない。派手に暴れてるのは変わんないでしょう?」

 

 しかし、ケリアの恋人である森人弓術士プリムラは憮然とした顔を向けた。

 

「え、読んだんですか?」

 

「『月刊武芸者』の特集? そりゃあ勿論。ハンナ達もたぶん読んでると思うわよ」

 

「それはたぶんそうでしょうね。説教の手紙が届いたくらいですし」

 

「ちっとも反省はしてなさそうだがな」

 

「目の前に障害の方が転がって来るんですよ」

 

 肩を竦める彼を見たケリアとプリムラは顔を見合わせて「だめだこりゃ」という顔をした。

 

「アル……怪我、かなり酷いよ。少し痛いかも」

 

 しゃがみこんだエーラはアルの身体に幾つも刻まれた切創に手を当てて不安そうに言った。

 

「鋼糸、でしたか。スッパリ斬れてます……」

 

 ラウラもアルの肩口を布で押さえつつ難しい顔をしている。

 

「アル殿がここまでやられる相手とは……あの男はそれほど強かったのか?」

 

「いっつぅ~……!? そだね。今まで戦った敵の中では一番強かった。もう二度とやり合いたくない」

 

 戦闘のアドレナリンが切れてきたのだろう、アルは痛みに声を上げながらソーニャに頷いた。

 

「じゃあ、あの準聖騎士より強かったのか?」

 

 マルクが少々距離をとって問うてくる。血の匂いがキツいのだろう。

 

「あの準聖騎士は実際の戦闘力(強さ)は大したことなかった。でもあいつは違う。戦い慣れてたし、とことん有利になるよう用意周到に罠――っていうか網を張ってたよ。意識を飛ばされたからね」

 

「え……!? 大丈夫だったんですか?」

 

 ラウラは少々青褪めた。いや、ランドルフや他の面々も顔色を変えている。まさかアルが死にかけていたとは思っていなかったのだ。

 

「うん。どうも俺を手駒にしたかったみたいだから殺されなかったけど、やろうと思えばやる機会はあっただろうね。少なくとも確実に一回。俺が気絶してる間は殺せたと思う」

 

 アルは客観的に事実を述べる。それと同時に頭の片隅にあった疑問への回答も出つつあった。

 

「でも最後の方……ほら、屋根から飛び出したときは完全に圧してたよね?」

 

「だな。まさか飛べるとは思ってなかったぜ?」

 

 レイチェルとディートの感想も最もだ。どう見ても一方的な展開だったように見えただろう。

 

「飛んでたわけじゃないよ。爆発で無理矢理吹き飛んでただけさ。おかげで魔力はすっからかん。それに優勢だったのも最後だけだよ。あとは劣勢っていうかギリギリ死なないように踏み留まってたっていうか……。最初っから今の俺だったら、そんなに苦労することなく倒せたんだろうけどね」

 

 アルは痛みに顔を顰めつつもハッキリとそんな風に否定した。

 

「今の? じゃあやっぱあの魔力でも闘気でもねえ熱気みたいなのが出てからか?」

 

 心当たりがあるのはそれしかないとマルクが訊ねてみも、

 

「熱気?」

 

 アルはキョトンとした。

 

「うん。ボクらにはよくわかんなかったんだ。殺気とか魔力とは違うってことくらいしか」

 

 地上にいたらしいマルク達が感知できるほどの熱量であればきっとアルもルドルフもロクに動けずに干上がっていたはずだ。

 

「そうですね。闘気とも龍気とも違いました。凛華は剣気だって。ですよね?」

 

 エーラとラウラがアルの腫れた頬を冷やしていた凛華に視線を向ける。当の凛華は考え込んでいるような、不貞腐れたような顔をしていた。

 

「凛華? ぐえっ」

 

「……そうよ。あれは剣気だったわ」

 

 視線を向けてきたアルの顔をグイッと戻しながら凛華は断定する。

 

「ケリアさん、そうなんすか?」

 

「どうなんです?」

 

「ああ。あそこまで強烈なのは久々だったが間違いないだろう」

 

 アルとマルクに訊ねられた森人剣士は肯定を返した。彼のいた森でもあんな風な殺気とも魔力とも取れない気を発する歴戦の戦士がいる。

 

「父さんに聞いたことがあるわ。死と隣り合わせの戦いで()()()()()()ヤツがいるって。父さんも何度かそういうことがあったって言ってた。

 

 今まではできなかったこととか見えなかったものが突然手に取るようにわかったような感覚になって、数段強くなるらしいわ」

 

 凛華は父であり、ツェシュタール流の師である八重蔵の言葉を思い出して告げた。

 

「私も聞いたことがあるぞ。故郷の剣士が似たような話をしてくれた」

 

 アルは凛華とケリアの言葉にハッとした。

 

 あの時、斬るべきモノを見定めたと思った瞬間――どうやって凌ぐかばかりを考えていたルドルフ(難敵)が唐突に弱くなった気がした。

 

「……妖雲(もたら)す昏迷を、閃刃(やいば)(もっ)て斬り拓かん」

 

 アルはポツリと呟く。

 

「アルクス、今のは?」

 

 ケリアが興味深そうに問うた。彼とて剣士だ。気にならないわけがない。

 

「六道穿光流の理念です。気絶から目を覚ましたとき、先生とのやり取りを思い出して……」

 

「剣術の理念? なんか私達のと違って難しそうね」

 

「ホントだね。ボクも剣はサッパリわかんないや」

 

 森人の弓術士二人(エーラとプリムラ)はそう評す。彼女らの弓術とて理念染みたものはあるのだが、如何せん自然との調和を得意とする森人であるが為、幾分か感覚的だ。

 

「父さんはその時なんて? ツェシュタール流とは随分違うわ」

 

 凛華は真剣な表情で訊ねる。なんとなくだが、今アルと闘っても勝てそうな気がしなかった。

 

「ツェシュタールみたいな勝者の為の剣じゃないって。人の為に人が振るう剣、それが六道穿光流。だからこそ”人であれ”って言われた。その時はよくわかんないって返したと思う。そしたら先生は『わからなくても良いから忘れるなよ』って笑ってた。

 

 そんな話、したっけなって思い出して……何の為に何を斬るのか――それをハッキリさせたら、なんかあいつが弱くなったように感じた」

 

 アルは記憶が幾らか判然としなかった記憶を探り、ポツリポツリと言語化していった。

 

「そう。じゃ、やっぱりあんたは壁を壊したのよ。父さんが言ってたもの。普通の剣気と壁を破ったヤツじゃ剣気が違うって。もっと()()()()()()()()って聞いたわ。あたしはあんたが()()()()()()()()刀を持ってる気がしたのよ」

 

 凛華はそう告げる。灼き斬られるような熱と静かな殺気が入り混じった蒼炎の刀身。彼女があの時幻視したのはそれだった。

 

「あの灼けるような熱さですよね? 私も似たような感覚でした」

 

 ラウラも強く頷く。荒々しさがまったくなく、それどころか漂う静けさがむしろ怖ろしかったほどだ。

 

「それが俺の剣気?」

 

「じゃねえの? 凛華ほどハッキリした印象はねえけど俺も似たようなものは感じたぜ」

 

「そうだね。魔力も高まってたのに妙に穏やかっていうか」

 

 マルクとエーラが頷く。二人としては龍気が出ていないことには安心していたが、困惑はしていた。

 

「怒った時のアル殿とも違ったな」

 

 同じ剣士でもまだまだ凛華やケリアには程遠いソーニャがそんな感想を溢す。

 

「そっか。ま、強くなれたんなら良いや」

 

「軽いなおい」

 

 あっけらかんとするアルにディートはツッコミを入れた。

 

「ねえ、アル。怪我治ったらあたしと勝負して」

 

 凛華は顔を上げてアルへ頼む。

 

「え? 稽古じゃなくて勝負?」

 

 アルは問い返して凛華の言い間違いでなかったことを悟った。抜けるように透き通った青い瞳が爛々としている。

 

「……わかったよ」

 

「ありがとっ」

 

 快活な笑みを見せる美鬼。なんとなく気恥ずかしくなったアルは話題を変えることにした。

 

「あー……それで遠目に見えた凍ってる貨物船って凛華の仕業?」

 

「そうよ。あたしの独自剣技ね」

 

「えっ、独自剣技!? ってか……えっ? あれ尾重剣でやったの?」

 

「そうよ! あたしだって成長してるのよ?」

 

「ボク見てたけど凄かったよ~」

 

「マジか。気になる」

 

「勝負するときに見せてもらったらどうでしょう?」

 

「それいいね。そうしよう」

 

「ふふっ、度肝抜かれるわよ」

 

 三人娘とアルが楽しそうに話しているのを見て、ランドルフは息をつく。彼らの活躍は心から嬉しい。

 

 ――しかし、ヴィオレッタ殿が魔術学院を条件に入れたのがようやっとわかった。心臓が幾らあっても足らん。

 

 癒薬帯を巻かれ、傷だらけのアルを見て心底そう思った。たぶんこの先もこんな感じで戦い続けるのだろう。

 

 そんなランドルフの心労を察したのかケリアとプリムラが苦笑を溢す。

 

 

 丁度、そのときだ。両腕に手錠を嵌められ、指輪を外されたルドルフが兵士に囲まれて出てきた。

 

 こちらと目が合う。

 

 そこにマリオン()を誘拐されていた”荒熊”ロドリックが駆け込んできた。兵士達はロドリックを見て躊躇した。

 

 元二等級武芸者”荒熊”のことは知っているが、ルドルフには諜報員として取り調べが待っているのだ。もし彼がルドルフを害そうとするならば止めなければならない。

 

 しかし彼らの憂慮は無用に終わった。

 

「やあ、ロドリック。遅かったじゃないか。しかし、すまない。既にそこの”鬼火”に痛めつけられた後でね。君の一撃を貰えば今度こそ女神の下へ馳せ参じることになってしまう」

 

 ルドルフがしゃあしゃあとのたまったからだ。相も変わらない慇懃無礼さである。

 

 ロドリックは困惑と怒りをない交ぜにして斬りつけるように問うた。

 

「店を壊し、私の娘を攫ったのはなぜだ?」

 

「ふむ……」

 

「答えろ、ルドルフ。グレースがお前に靡かなかったからか? それとも私への当てつけか?」

 

「ふぅむ……まぁ、そうだな。そんなところだ」

 

 ルドルフがお道化るように肩を竦めて認める。

 

 ――そんな、ところだと?

 

 ロドリックは今度こそ怒りで顔を歪め、一歩踏み出す。

 

 しかしそこに静かな声が闖入してきた。

 

「あんた、俺にもそう言ってたけどさ……たぶん、違うんだろ?」

 

 癒薬帯だらけで座していたアルだ。ルドルフは「ほう」と面白そうに視線を向ける。

 

「違うとはどういう意味だ? ”鬼火”の」

 

 ロドリックは痛ましい姿のアルに一瞬だけ視線を和らげ、それでも訊ねた。理由があるならハッキリさせたい。

 

「”鬼火”。言ってみたまえ」

 

 ルドルフはどうにもスッキリしたような顔で問い質す。

 

「これは俺の完全な当てずっぽうだけど」

 

 それはアルが半魔族だと言い当てられたときにルドルフが言った前置き。

 

 ルドルフは「くくっ」と笑い声を漏らした。

 

 ――意趣返しというわけか。つくづく面白い。

 

「あんたはただ、羨ましかったんじゃないか? 人間とか、獣人とか気にしないで可愛がられてるマリオンが。わかって欲しかったんじゃないか? 自分を」

 

 アルの言葉にロドリックが目を瞠る。

 

「……どうしてそう考えたのかね? これでも良い稼ぎで暮らしている氏族の長だ。羨ましがられることこそあれ、その逆はないと思うのだがね」

 

 ルドルフは薄く笑ったまま泰然と問うた。

 

「あんたが俺を殺さなかったからだ。それどころか半魔族だとわかっても執拗に勧誘してきた」

 

「……」

 

 それはついさっきの焼き回し。立場が逆転しているだけだ。

 

 ロドリックは”鬼火”(アルクス)が半魔族だと聞いて仰天する。

 

「あんたは理解してくれる仲間が欲しかったんだろ? それに、その眼だよ。今もそうだ。聖国出身のはずのあんたからは不思議と魔族への嫌悪感も、半端者(おれ)への蔑みも感じられない。『似ている』って言ったのは本心だったんだろ?」

 

「…………」

 

 ルドルフはアルと眼を合わせた。やはり侮蔑や嘲りを含んだ感情は見受けられない。

 

「どうなんだ?」

 

 これも意趣返しだ。半魔族だとわかっていても問うてきたルドルフへの。

 

「さぁ……そうかもしれんな」

 

 彼はくつくつと笑って応じた。

 

「ちぇっ、ずるい大人だな」

 

 対照的にアルが苦く笑う。

 

「大人とはこういうものさ。ところで”鬼火”、一つ訊く。君は……――己を疎ましく思ったことはないのかね?」

 

 ふと聞いてみたくなった、そんな雰囲気だ。

 

「俺自身の不甲斐なさに、って意味なら何度もある。でも俺の血についてって意味なら一度だってない。この血も身体も、俺の誇りだ」

 

 堂々とアルは答えた。ランドルフは不意に涙腺が緩む。

 

「そうか、覚えておこう。ああ……やはりもう一つだけ質問があった」

 

「なんだ?」

 

「君の名は何と言う?」

 

 ルドルフにとって名とは記号でしかなかった。

 

 二つ名のある”鬼火”の一党で記憶していたのは捕縛予定だったラウラとソーニャだけだ。

 

「……アルクスだ。半龍人のアルクス・シルト・ルミナス」

 

「半龍人……そうか、私が幻視したものはあながち間違いじゃなかったようだ。ではな、アルクス・シルト・ルミナス。今生の別れとなろうが、君の名だけは憶えておこう」

 

「……あんたは? ルドルフ・グリムは偽名か?」

 

「ああ。いいや。ただのルドルフだ」

 

 ――母の姓は捨てたのだから。

 

 ルドルフは心中で独り言ち、肯定と否定を返す。

 

「わかった。俺も憶えとく」

 

「ふ、忘れてくれて構わぬよ。では、さらばだ」

 

「ああ。じゃあな」

 

 そう言ってルドルフは兵士の歩みに従って歩き出した。

 

 しかし、やはりロドリックが前に立つ。

 

 ただしその顔には何とも言えない表情を浮かべていた。困惑と後悔。その二つで彩られている。

 

 出会った当時から反りは合わない。そのせいで面と向かってきちんと話したことすらなかった。

 

 もし彼とちゃんと向き合っていれば、こんな凶行には及ばなかったかもしれない。ロドリックにはそう思えてしまったのだ。

 

 だがルドルフ側から言わせればそんな未来が訪れる可能性の余地などない。なぜなら彼は聖国の諜報員だから。どう足掻いたところで胸の裡を話すはずもないのだ。

 

 ゆえにルドルフは彼を嗤う。

 

「ロドリック。私はお前の店を襲撃させ、娘を拐かした。なのに、なんという目を向けている? ”荒熊”が聞いて呆れるな」

 

「それは――……」

 

「私はお前が嫌いだ、ロドリック。罪人相手でも、その聖人めいた慈悲を向けるところが特に気に食わん」

 

 どんなに蔑まれても優しかった母を思い出すから。

 

 ルドルフの拒絶にロドリックは唇を噛み、そして言葉を返した。

 

「ああ。私もお前が嫌いだよ、ルドルフ。優しさは弱点だと切り捨てて、簡単に人を傷つけるから」

 

「そうか。ではな」

 

「……ああ」

 

 そう言い合って二人はすれ違う。言葉はそれきりだった。

 

 

 

 少し離れた位置で興奮に目を輝かせるミリセントが困り顔の”鬼火”の一党に絡んでいた。

 

 どうやら今のやり取りは『月刊武芸者』の記者を志す彼女には刺激が強すぎたらしい。

 

「判断を誤ったんじゃねえか?」

 

 どうすんだよこれ? とボヤくマルクに、

 

「そうかもしんない。バラさない方が良かったかも」

 

 アルはお手上げだとばかりに苦笑を返すのであった。

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