日輪の半龍人   作:倉田 創藍

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「小説家になろう」に最新話を、「カクヨム」にて同作を章ごとに、こちらへは定期的に更新していく予定です。


22話 1週間後

 鋼業都市〈アイゼンリーベンシュタット〉を襲った未曾有の争乱は、首謀者ルドルフ・グリムの逮捕によって幕を閉じた。

 

 あの夜から一週間後。いつの間にやら4月も下旬だ。

 

 運河沿いの船渠(ドック)や倉庫街はいまだ復興途中で建設資材が山と積まれている光景が広がっている。

 

 西部に位置する帝国軍駐屯地とそこから少々離れた場所に位地する軍需品の生産ラインを支える工場も大きな痛手を被ってしまった。

 

 グリム氏族へ軍需品を横流しして小遣い稼ぎをしていた者は、ルドルフ及びグリム氏族の武芸者達が逮捕された際に共に逮捕されている。

 

 ここまで事が大きくなるなどとは考えもしていなかったのだろう。顔面蒼白で抵抗する気すらなかったようだ。

 

 それに関しては貨物船の検査を担当していた役人についても同様である。

 

『まさか人身売買に手を染めていたとは思わなったんだ』

 

 と必死で叫んでいたものの、返ってきたのは怒りを滲ませた兵士の鉄拳であった。

 

 間違いなくアイゼンリーベンシュタットでも最大の大捕り物となったこの事件は、きっと後世にも残るであろう。

 

 また駅を荒らしていなかったのはルドルフの指示だったようで、非常用の脱出手段として用いるつもりだったらしい。

 

 そのおかげでギリギリ物流は止まらず、比較的早いペースで復興作業に従事できている。

 

 

 

 そんな風に平素との違いはありながらも平和的喧騒が響く昼間。

 

 『黄金(こがね)の荒熊亭』の前には、兵士連れのパトリツィア・シュミットと彼女の夫ライナー。そしてランドルフ・シルトと護衛の森人ケリアとプリムラがいた。

 

「ここか」

 

「だね。爆発騒ぎがあったと聞くけど」

 

 パトリツィアにライナーが頷く。店内に投げ込まれた爆発物のせいで大怪我をした者がいると聞いていた。

 

 よくよく見てみれば確かに硝子は張り替えられているし、扉だって急ごしらえのものだ。

 

 一部は煤のような筋がまだ残っている。間違いなく騒ぎは起きたのだろう。

 

 『荒熊亭』に投げ込まれた手投げ弾が如き魔導式爆弾はその爆発力と延焼性が高いものであることは調べがついている。

 

 しかし、範囲はそこまで広くないということも領軍の方で調べはついているしアルのいた前世日本のように破片を撒き散らすことで殺傷性を高めているわけでもない。

 

 あくまで爆発力に頼ったシロモノだ。おそらく店内はかなり酷い荒れ方をしているのだろうが、表一体を吹き飛ばすようなものでもなかったようだ。

 

 まだ中は修復が済んでいないようだ。積まれた建材が店の外に置かれている。

 

「兎にも角にも行ってみるしかありますまい」

 

 そう言って先陣を切ったのはランドルフだった。武芸都市ウィルデリッタルトでも領主館の外を思い立ったら適当に散策しているような人物なので抵抗もない。

 

 というよりシルト家の者はそういう抵抗がまず以てほぼない。気軽に急造の扉に手を掛けている。

 

「ラ、ランドルフ殿! そうホイホイ行かれては――!」

 

 しかし、パトリツィアとライナーはそうもいかない。学生時代はライナーとてそれなりに様々な店に行くことはあったが、どこかに行く場合は家が宿泊所を提供できる立場にあったし、気軽に一人旅というのもそうそうない。

 

 要は宿というものに馴染みがないのだ。侯爵家で生まれ育ったパトリツィアなど余計そうだろう。

 

「そうは言いましても開けねば用件を済ませられぬというもの。さ、行きましょうぞ」

 

 ランドルフは己から見ればまだまだ若い領主夫婦へそう告げて扉を開いた。ケリアとプリムラは苦笑しながら後に続く。

 

「いらっしゃい。悪いんだが今店はこんな有り様でな。飯は作れても食わせる場所がねえってんで、新規の客は受け付けてねえんだ。あんたみたいな貴族様だって嫌だろう? さすがにこんなに荒れてるんじゃ」

 

 そんな風に接客したのは禿頭に隻眼、髭を整えた如何にも元武芸者だと言わんばかりの偉丈夫だった。左腕には錆防止の暗緑色に塗装がしてある義手を嵌めている。ライモンドだ。

 

 彼の言う通り、奥の厨房への被害は少なそうだが卓や椅子は端に置かれているし、床や壁もさっき張り替えたと言わんばかりの匂いを漂わせている。

 

「相済まぬが客ではなくてな。人を訪ねてきた」

 

「人? 大将なら協会の方に出てるぜ」

 

 そう告げるライモンド。するとランドルフの背後からすぅっと人影が現れた。森人のケリアだ。

 

「これでわかるか?」

 

「森人……っつーことは”鬼火”の客か。悪いが確認できるもんはあるか? 一週間前のあれ以来ちょっと警戒しててな。まだグリム氏族の連中も全員は捕まってねえらしいし」

 

 ライモンドはケリアの気配のなさに己より強いと判断しつつ、警戒をおくびにも出さないで確認をとる。

 

「ああ、これで良いか? 『黒鉄(くろがね)の旋風』のケリアと――」

 

「プリムラよ」

 

 ケリアは素直に認識票を見せ、いつの間にか出てきていたプリムラも同様に銀色の金属片を見せた。

 

「確認した。等級がいっこ違うだけでこうも違うとはなぁ」

 

 自信なくすぜ。と、自嘲するように左腕を撫でるライモンドにケリアは肩を竦める。

 

「そちらは長く戦いを離れてるのだろう?」

 

「そんなことまでわかるのかい? んでそっちのお貴族様と森人二人で良いのか?」

 

 ライモンドの問いは『荒熊亭』への新たな客二人が否定した。

 

「いいや、私と夫もだ」

 

 少々所在なさげに立っている妙齢の女侯爵パトリツィアとライナーである。

 

「どなたって――領主様!? なんでここに……」

 

「護衛の兵は表に置いてきた。鎧姿で店の雰囲気を悪くするのも心苦しくてな」

 

「や、そりゃ大変有難い気遣いですが……」

 

 ライモンドは何がどうなってるのか、よく知らない。この『荒熊亭』に復帰したのもつい昨日のことだ。

 

「なに、この件を実質解決に導いた立役者達を領主館に招待したのだが貴族は何かと面倒だろう? すげなく断られてね」

 

 可笑し気に笑うパトリツィアにライモンドとランドルフは額に手を当てる。ラウラとソーニャをこれ以上目立たせるわけにはいかないという理由を盾にして、アルが迷いなく不精したのだ。

 

 その話を聞いたときは間違いなく亡きユリウス(息子)の血を感じたランドルフである。

 

 ちなみにライモンドは貴族の誘いを蹴るとは、と呆れていた。別に何か咎を受けるということはないが、それでもこういうのは乗っておくものだ。

 

「事情はなんとなくわかりました。”鬼火”はそこの戸から出てすぐの裏庭です。扉も仮のものなんで気を付けて」

 

 凡そを察したライモンドはそう言って奥の扉を指し示す。

 

「ありがたい。では」

 

「感謝する」

 

 老齢を感じさせないランドルフが会釈し、先頭に立って一行は裏手の扉へと向かうのだった。

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

 『荒熊亭』の裏庭でアルクスは一人宙を眺めながら立っていた。龍鱗布を帯のように腰に巻き、上は襯衣(シャツ)をラフに着ているのみ。

 

 大きくはだけられた胸元や腕、頬には癒薬帯が貼られていたり、包帯が巻いてあったりとまだまだ万全とは言い難い見た目をしている。

 

 ルドルフの鋼糸によって斬り裂かれた傷はかなり深かったらしく、激痛に苛まれることなく動けるようになるまで『治癒術』を使っても丸二日は要した。

 

 そのアルは左眼を閉じ、真剣な顔で思考を巡らせている。

 

 ――やっぱり五針だった。あの時のあれは一体……?

 

 『八針封刻紋』が気づかぬうちに六針目まで解除されていた。いくら激しい戦闘中であろうと左掌に焼き付けた『鍵』がない限り『封刻紋』は絶対に開かないはずなのだ。

 

 同じ視界を共有している前世の自分(長月)も『五針はあのチンピラ共とやる前に戻してた。それ以降は一切解いてねえはずだ』とキッパリ証言してくれている。

 

 ――だとしたらなんだ? 『封刻紋』自体はおかしくなってなかった。

 

 『八針封刻紋』はアルが暴走しない為に創った重要な機構(システム)。これが勝手に解けるということは、いつ龍人族の本能に呑み込まれるかわからないということ。

 

 それがもし機能不全に陥ってしまったら?

 

 そしてもしそれがこんな巨大な都市のど真ん中であったら?

 

 アルはその答えを一生知りたくも見たくもない。

 

 ――あの剣気ってやつが原因か?

 

 思えば少し前の己と違うのはそこぐらいなものだ。

 

「……試してみるか」

 

 アルはそう言ってカチカチカチッと『封刻紋』を五針解いてみる。灰髪に緋色の瞳。慣れ親しんだ感覚。

 

「あの時は――……」

 

 龍牙刀を抜いていた。それは間違いない。アルは音も立てずに抜けた龍牙刀を右手に持ち、「すぅ」っと軽く呼気を吸って「ふぅっ」と一気に剣気を解放した。

 

 熱気が裏庭を支配し、生えていた下草がザァッと巻き起こる風に揺れ動く。

 

 研ぎ澄まされた感覚。アルは静かに己の裡を探ってみた。

 

 しかし『封刻紋』に異常はなく、勝手に針が()()ようなこともない。

 

「偶然、『封刻紋』に『鍵』が触れた?」

 

 そんなはずはない。が、現状はそれしか結論がない。

 

 左眼を閉じたまま難しい顔をするアルの耳に裏庭の扉が開く音が届いた。

 

 顔を向けると、そこには祖父であるランドルフとケリア、プリムラ。そしていつぞや見た女侯爵とまったく知らない男性が一人。

 

「これだけ近いと迫力ヤバいわねぇ」

 

「良い勉強になる」

 

 呑気な森人二人に、

 

「祖父としては、あまり死線を越えるような真似はせんでくれと言いたいところだがな」

 

 しみじみと顎を擦るランドルフ。

 

「っ!? これが剣気? 冗談だろう」

 

「一週間前はもっと凄かったぞ。魔力も出ていたからな」

 

 愕然とするライナーと『これでも抑えていはず』と溢すパトリツィア。

 

 五者五様の感想を述べる客人へアルはふつりと剣気を消して問う。

 

「ランドルフさんとケリアさん、プリムラさんも数日ぶりです。そちらの方はここの領主様じゃなかったですか?」

 

 緋色の眼光に射すくめられたような気がしたパトリツィアとライナーはその強い意思を秘めた瞳に亡くなったと聞かされたシルト家の長男を幻視した。

 

「うむ。こちらの閣下とその夫であるライナー殿から少々用があってな」

 

「エーラちゃん達はどうしたの?」

 

 ランドルフが簡潔に答え、プリムラが問い返す。

 

「五月くらいになったら都市を出ようと思ってますからその買い出しに。途中でクリーク氏族のとこに寄るって言ってました。ディート――『紅蓮の疾風』も少しの間休みを取ろうってことで一緒に行ってます」

 

 アルはそう言って区切り、

 

「それで、どういった御用でしょうか?」

 

 パトリツィアとライナーの方へ訊ねた。招待を蹴ったのは覚えているが、まさか宿にまで来るとは思っていなかったアルである。

 

「うむ、まずは感謝を。争乱を鎮めるは我々の仕事だった。君ら”鬼火”の一党と『紅蓮の疾風』の尽力によって首謀者を捕らえ、更には虜囚達も無事に救出された」

 

「捕らえられていた人達は無事なんですか?」

 

「当然だ。他の都市や街からも攫われていたようだから今は順次護送しているところだ。負傷している者達も手当を済ませて送り返す手筈になっている」

 

「そうですか。それなら良かったです」

 

 アルは龍牙刀を納め、『封刻紋』を閉じながら息をついた。

 

「それとアウグンドゥーヘン社の記者に渡された例の帳簿だが、こちらで預かっている。取引記録を調査中だ。あれも君があの記者ミリセント・ヴァルターに託したのだったな?」

 

「はい」

 

「そうか。感謝する。おかげでグリム氏族の違法行為が詳らかにできる」

 

「いえ」

 

 謙虚と言うよりは些か事務的に過ぎる対応だが、シルト家以外にはこんなものである。

 

 特に貴族が嫌いと言うわけでも苦手と言うわけでもないが厄介事や面倒に巻き込まれたくないのだ。

 

 それがありありとわかるアルの返答にパトリツィアは苦笑を溢し、ランドルフとプリムラは額に再度手をやる。

 

 ライナーは黎い髪に変化したアルに目を見開きつつ、やはり若かりし頃のユリウスを見た気がして妙な気分だった。

 

「何か気になったことや聞いておきたいことはあるかね?」

 

 パトリツィアが問うと、アルは即座に質問を口にする。

 

「この店を吹き飛ばしたのは連中の使った爆弾と同じだったそうです。あれは軍の装備ですか?」

 

 この質問には権謀術数を堂々と踏み越えて生きてきたパトリツィアでも目を剥きかけた。

 

「いいや……倉庫街を燃やすのにも使われたと聞いているが、あれらは()()()()()()()()。当然国軍も領軍も使用していないという意味だ。技官によれば魔力によって起爆する爆弾らしい。旧大戦時に使われたものより爆発半径は広いが、殺傷能力は話にならんほど低いと聞いた」

 

「では聖国製の装備ですか?」

 

「いいや、彼奴らの使う霊装にああいったものはない。やるとしても魔晶石を入れ込んでいるだろうから殺傷能力はあれの比ではなかろう」

 

「じゃあ()()()()()()()()()()()()兵器を彼らは手にしてたんですね?」

 

 アルが予想していたかのようにそう述べると、パトリツィアはお手上げだと言わんばかりに肩を竦めてみせる。

 

「その通り。いやはやランドルフ殿から傑物だとは聞いていたが頭も回るとは」

 

「ははは、お恥ずかしい限りですな。それでアルクスや、お前の予想では件の氏族以外にもう一つ組織があるように思えるが……それは孫娘(イリス)を誘拐したときに潜んでいたと思われる組織か?」

 

 ランドルフは鋭い鷹を思わせる視線でアルに問うた。

 

 伯爵家令嬢であるイリス・シルトを誘拐したのは傭兵だ。それを束ねていると思わしき非合法の傭兵組合があることだけはわかっている。

 

 今回もそいつらが絡んでいる可能性はあるか、と問うたのだ。

 

「同じかどうかはわかりませんけど、もうひと組織くらいは噛んでて間違いありません。人身売買にしても足のつかない販路を利用してたんでしょうし、軍需品を横流しするにしたって伝手がなければ売り捌けませんから」

 

 アルの返答は淀みない。

 

「同一の可能性は?」

 

「高い方だと思ってます。〈ゼーレンフィールン〉では薬物入りの餌、〈ドラッヘンクヴェーレで〉は似たような餌と『魔封輪』。今回は大本の販路と独自の武器。同じ巨大な資金源を持つ組織、もしくは特化した組織の集合体が同じ懐を共有してるか、されてるかってとこです」

 

 ランドルフは重々しく頷く。潜んでいるものは想像より根を広く、深く張り巡らせているようだ。今回でさえ結局尻尾を見せなかった。警戒に値すべきだろう。

 

「軍でもそこまでの結論には至っていなかったよ」

 

 ライナーは純粋にアルクスという青年に舌を巻く。しかしそのアルはかぶりを振った。

 

「巻き込まれた回数が多いですし、一昨日の夜に仲間内で情報のすり合わせをやった結果がそれなんです。逆に言えば具体的なことは何一つわかっちゃいません」

 

 謙遜ではなく単なる真実である。今回の騒動では数名で分かれていた為、騒動の輪郭(シルエット)をハッキリさせておこうと議論を重ねたのだ。

 

 その結果出てきたのが今の仮説。もっともあのルドルフが良いように利用されていただけなどということはないだろうという結論まで出ている。

 

「なるほどな。貴重な意見として軍へ上げてみる。構わんか?」

 

「はい。軍でもなければ対応できないと思います」

 

 パトリツィアにアルは即座に頷いた。打てば響くとはこのことだろう。

 

「相分かった。そちらの話は一度置いておこう。君らの褒賞金についてだ。信賞必罰は貴族として絶対だからな」

 

「それはありがたいですけど……」

 

「なに、そう申し訳なさそうな顔をするな。ランドルフ殿から詳しい事情は聞き及んでいる」

 

 アルはそう聞いてほっとする。今回の件でそこそこ顔が知れてしまった。そこに他国の貴族令嬢だという事実まで知れ渡ればどうなるか。

 

 きっとロクなことにはならないだろう。それも議論済みだ。もし褒賞金が出て式も執り行うようであれば金を貰えなくても辞退しよう、と。

 

「褒賞金は”鬼火”の一党に一人頭六十万ダーナ。『紅蓮の疾風』の二人にはそれぞれ四十万ダーナだ」

 

「……ありがとうございます」

 

「不服なようだな?」

 

 パトリツィアはアルの様子を見て眉を軽く吊り上げて見せた。今更こんな程度で怯むとは思っていない。

 

「いえ……その、交渉ってできますか?」

 

 アルはおずおずと訊ねる。ランドルフは息子がまだ貴族だった頃の胃痛を思い出していた。

 

 ――この場に家臣団がいたら激怒していただろうな。

 

 パトリツィアは心中で大いに笑い声をあげつつ、澄ました顔で許可を出す。

 

「交渉か。良いぞ、君なくては都市はいまだ荒れていたかもしれぬからな。申してみよ」

 

「仲間のラウラ・シェーンベルグとソーニャ・アインホルンについてです。俺達同様〈ターフェル魔導学院〉の受験の為に帝都を目指しています」

 

「うむ。聞き及んでいる」

 

「それと同時に庇護も求めているんです」

 

「ほう。庇護か。そちらも理解はできる」

 

 帝国貴族の後ろ盾を得られれば聖国とて安易には手を出さないし、後ろ盾となった貴族も己の威信の為半端な護りでは済まさないだろう。しかし、だ。

 

「はい。ですが二人は共和国の人間です。いつまでも庇護下に甘んじるというわけにもいかないでしょうし、そんな二人でもありません」

 

 それは戦いぶりが物語っている。戦う貴族令嬢というのは探せば帝国にだってチラホラいるし、パトリツィアとてそうだ。

 

 だが、まだ15歳にもならない歳で数十名の武芸者相手に立ち回れる者はそうそういない。

 

 武芸を齧っている程度では済まない域に達しつつあるのだ。

 

「ふむ……」

 

「二人が魔導学院に行こうとしているのも力と知恵を求めてのことです。いつか故国に戻った時戦えるように、と。ですから貴族は貴族でもそういった事情を理解してくれている貴族の庇護下にいるべきだと話し合いました」

 

 ラウラとソーニャが望むのは己を高める場所。当初こそ流れで魔導学院行きを望んだが今では魔術の研鑽や知啓を得る為に目指している。

 

 その為には他の都市で通える学校や職業学校のようなものでは足りない。

 

 ちなみにミリセントや一般的な庶民は6~12歳まで学校に通うのが半ば義務化されている。前世日本で言う小学校のようなものだ。そこで読み書きと四則演算を学び、そこからは自由となっている。

 

 職業訓練学校のようなところに通うも良し、武芸者になるも良し、学門の道を志すも良しだ。

 

「なるほど、続けてくれ」

 

「はい。ですが、そんな貴族そうそういません。そこで考えたのが師の友人である魔族を頼る事です」

 

「師の友人?」

 

「はい。魔導学院で教員をしている魔族と師が友人だそうで、その方の後ろ盾が得られればいいなと考えているところです」

 

 アルはその人物がそこそこ名の通った魔族じゃないかと予想していた。

 

 なにせあのヴィオレッタと魔術論議が交わせるのだ。並大抵の知識量では足りないし、隠れ里にある擬似晶石を用いた魔導具の数々はその人物の発明だと聞いている。

 

 そこまで有能な魔族を無下にするほど帝国は馬鹿ではない。そう考えていた。

 

「魔導学院にいる魔族、か……」

 

 パトリツィアの脳裏にとある人物が浮かぶ。

 

「ええ。ですが俺達はその人をまったく知りません。それだけをアテにして帝都入りするのもかなり迂闊です。そこで、侯爵である貴女に一筆お願いしたく不遜にも交渉という言葉を使わせて頂きました。書いて頂けるなら、褒賞金は一人頭半分ないしは四半でも構いません」

 

 キッパリ言い切ったアルの意志の強さを表明した瞳をパトリツィアはまじまじと見た。ライナーはその胆力に友人(トビアス)を連想する。

 

「……なるほど。値上げではなく、値下げして代わりに私にしかできない願いを頼むか。ふふっ、やはりシルトの血は面白い」

 

 ランドルフは天を仰いでいた。

 

 言葉遣いこそ多少は気を遣っているが全く下から上に願い申し上げるという感情が籠っていない。単に折衝だと思っているフシすらある。

 

 実際そうなのだろう。貴族だの爵位だの魔族からすれば人間の枠組みだ。帝都にいるあの魔族とて貴族位こそあれ、アルと似たような感覚なのは()()を知っていれば容易に想像がつく。

 

「約二〇〇万ダーナで私の書状を買おう、と?」

 

 意地の悪い質問をパトリツィアは投げかけた。

 

「はい」

 

 アルは赤褐色の瞳を真っ直ぐに女侯爵に向ける。

 

「仲間と相談した上での話か?」

 

「褒賞金の折衝は俺の仕事です。それに今のところ懐に困っていません。気に食わなければ後で小言を貰うくらいです」

 

「いくら私が侯爵と言っても確実ではないぞ?」

 

「それでも庇護下に置いてもらえる確率は上がります。もしもの時は師にも頼んで一筆書いてもらいます」

 

「なりふり構わぬ、と?」

 

「使える手は何だって使います。それで仲間を守る盾ができるのなら、安いもんです」

 

 言葉の応酬。視線が火花を散らした。やがてパトリツィアは心底から面白そうに笑う。

 

「くくくっ、良し。交渉成立だ。君のような者達を育てた魔族と釣り合う魔族は魔導学院には一人しかおらぬ。その方なら私も知っているから書状をしたためるとしよう。褒賞金は一人頭四十万ダーナだ」

 

「え、四十万ダーナ……ですか?」

 

 アルはなぜか半額より少し増えた褒賞金に困惑した。

 

「当然だ。君らの働きがなければ虜囚も救えず、聖国の諜報員も取り逃していた。あの惨状を見てヤツと渡り合える者はそう多くないことくらい私にもわかるからな」

 

「ええと、じゃあ……ありがたく?」

 

 目をパチクリさせるアルにパトリツィアはクスクスと愉快そうな声で問う。

 

「ふふっ、そういえば君はあのルドルフ・グリムに言っていたな? 邪魔立てするなら国でも女神でも叩っ斬ると。なかなかの口上だったぞ?」

 

 ランドルフは兎も角として、ライナーはギョッとした。

 

 帝国には聖国の教えを誤ったものだとする数多くの虹耀教信徒がいる。

 

 アルはあの場でその信徒達が敵に回ろうと、そして()()()()()()()()()()()関係ないと言ったのだ。

 

 しかし彼から言わせれば当たり前である。

 

 親族こそ居れどもこの国の住人ではないし、況してや女神を信仰もしていないし、それこそ前世には善神も悪神もごまんといた。

 

魔族(同胞)を害虫呼ばわりする女神(あばずれ)なんてお呼びじゃありませんよ」

 

 ゆえに素知らぬ顔で言ってのける。

 

 知ったことか、一昨日来やがれ、と。

 

「ぷっ、あはははははっ!」

 

 パトリツィアはたまらず噴き出して笑い声を上げた。それはパトリツィアの鬱屈とした気分を蹴り飛ばすには充分な一言だ。

 

 ――やはり親子だな。

 

 パトリツィアは心中で独り言ちる。かつて己の背中を押したユリウスの言葉とアルの言葉には通ずるものがあった。

 

「ふぅ~……久々に笑った。では我々は帰るとしよう。書状と褒賞金はここに持って来させる。それで良いか?」

 

「はい、ありがとうございます」

 

「ではな、”鬼火”。ランドルフ殿は孫と積もる話もあろう? 後で迎えを寄越そう」

 

「お気遣い痛み入ります」

 

 胃の辺りを擦るランドルフへライナーが気の毒そうな視線を向けている。かつてトビアスと連れ立って士官学校にいた頃は自分がその役を引き受けていた。

 

「ランドルフ殿、ではまたあとで」

 

 そう言ってシュミット家の二人は裏庭を出て行く。ライナーとて少しはアルと話してみたかったのだが如何せん意気揚揚と妻が歩き出してしまっているのでそうもいかない。

 

「相変わらず度胸あるわねぇ。イリスちゃんへの良い土産話になるわ」

 

「先程の剣気はやはり見事なモノだったぞ。成長したな」

 

 森人二名はアルの黎い髪をくしゃくしゃと撫でていた。アルはふにゃりと笑み崩れ、くすぐったそうに笑っている。

 

 パトリツィアとライナーはそこでようやくアルの歳相応な部分を見た気がしたように感じながら『荒熊亭』を後にした。

 

「結局聞いてませんでしたけど、どうしてここに? 武芸都市からここまで結構あるでしょう?」

 

「そちらは私が話そう。それより怪我はもう良いのか?」

 

「もう動いても平気ですよ」

 

 アルは腕を軽く動かしてみせた。

 

「にしてもさっきは胃が縮んだぞ? 若い頃のユリウスを思い出した」

 

 間違いなく息子の血を引いている、との確信を深めたランドルフが苦言を呈す。

 

「そうなんですか?」

 

「そうとも」

 

 ほへーと不思議そうな顔をする孫に頷きつつ、

 

「変なとこで似ておるよ」

 

 困った顔をしていたランドルフは不意に笑った。

 

「ははっ、母さんにもそう言われたことありますよ」

 

 アルもまた快活な笑みを返す。

 

 

 

 結局、その後先輩と祖父を交えてアルが談笑している内に、買い出しに出掛けていた5名と『紅蓮の疾風』の二人が戻ってきたので、そのまま共に夕食を摂り、長く語らう彼らであった。

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