日輪の半龍人   作:倉田 創藍

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「小説家になろう」に最新話を、「カクヨム」にて同作を章ごとに、こちらへは定期的に更新していく予定です。


23話 別れと写真(虹耀暦1287年5月:アルクス15歳)

 鋼業都市〈アイゼンリーベンシュタット〉にとって虹耀暦1287年の4月中旬から同年5月初頭は、帝国建国以来初と言っても過言ではないほどに都市機構が著しく低下し、人々が不安を抱いた半年であっただろう。

 

 後に”グリム氏族の乱”と呼称されることになった争乱は、水面下で進行していた他氏族への潜入を皮切りに氏族同士による諍いを加速させ、全域で抗争染みた争いを展開させて都市への壊滅的被害を狙ったものであった。

 

 また首謀者であるルドルフ・グリムは聖国の諜報員であり、彼の主導したと見られる人身売買や役人、軍人の買収による武器の横流しは累計すれば相当の被害になると目算されている。

 

 事態が終わりを迎えたのは4月も下旬に差し掛かった夜。

 

 しかし都市機構を一時的麻痺にまで追い込んだ争乱の爪痕は激しく、更にはルドルフ・グリムが十数年に渡って潜伏していたことから領内の警備体制や制度、武芸者協会との情報連携による見直しが余儀なくされることとなった。

 

 手始めに行われたのは領軍と協会による氏族への合同監査である。

 

 氏族と言うのは元々勝手に作られた武芸者同士の互助組織。藪をつつくわけにもいかないと考えていた協会は今回の件でその認識を改めざるを得なくなった。

 

 その結果が軍も呼び込んでの合同監査である。

 

 一口に合同監査と言っても、一斉取り締まりの色が強く、違法行為に手を染めていれば即座に氏族の解散及び逮捕が通達された。

 

 当然ながら不平は大いに出たし、依頼を請けないというボイコット染みた行いも散見されることになったのだが、そういった行為に走る者達は大抵が違法物の売買や恐喝まがいな犯罪者かスレスレの者達ばかり。

 

 真っ当な氏族、それこそ”荒熊”ロドリックと争乱を収める側に回ったノイギーア氏族やクリーク氏族、その他少数の氏族は喜んで監査を受け入れた。

 

 彼らも相当鬱憤が溜まっていたらしい。

 

 抵抗する者がいれば手を貸すと協会に申し出て、実際に悪事に手を染めていた武芸者達が抵抗した際は容赦なく斬り捨てている。

 

 ここまで過激な取り締まりを行ったのは、鋼業都市を治める当代のシュミット侯爵と協会の一般市民への印象を強く与える為だった。

 

 犯罪に加担し都市を傾かせかけた下手人が武芸者というのは協会からすればあまりにも印象が悪く、またそれを見過ごす形になってしまった領主としても人心が離れてしまうと考えたのだ。

 

 ゆえに犯罪集団グリム氏族へ断固とした姿勢を見せ、更に二度と同じ過ちを起こさないつもりだということを行動で示そうとしたのである。

 

 

 

 ここで彼らの戦略を支え、市民感情を悪化させないことに一役買ったのがアウグンドゥーヘン社だった。

 

 民間の出版社であるアウグンドゥーヘン社は、鋼業都市内にだけ先んじて号外を出し、事件のあらましを載せたのだ。

 

 なにせ攫われてからずっと事の成り行きを見てきた新米記者ミリセント・ヴァルターがいる。

 

 彼女が発奮し、経験談という形で原稿を仕上げてきたのだ。

 

 部署違いの新米が出してきた原稿を目を白黒させながら受け取ることになった上司はその内容に驚愕し、新聞社より先に号外を出すことを決定した。

 

 彼女を直接救出した”鬼火”の一党頭目アルクスが口止めをしていた為に共和国の令嬢ラウラ・シェーンベルグとソーニャ・アインホルンの件は伏せられていたが、ルドルフが聖国の諜報員であることや人身売買や兵器工廠から直接横流しされていた軍需品が氏族の資金源になっていたこと。

 

 また実際にグリム氏族の貨物船から大量の虜囚が救出されたことなど、余すことなく網羅されていたその記事は多くの市民へと真実を届けることになった。

 

 これについて号外を読んだ領主パトリツィア・シュミットは回収命令など一切出さずに黙認。

 

 往々にして伏せられていた真実はその秘匿が破られることによって、伏せられていた時間分の効果を発揮するものである。

 

 その真実が良きものであれ、悪しきものであれ、”伏せる”という行為自体が効果を持たせてしまう。

 

 ゆえに黙認したパトリツィアの対応はきっと正しかったのだろう。不安に揺れていた人々は胸を撫で下ろしたのだから。

 

 下手人は逮捕され、企みも白日の下に晒された。ならばきっと大丈夫だろう、と考えたのだ。

 

 直接の関りもなく、当事者や被害者でもないがゆえにどこか他人事で考えてしまうのが平和に暮らす人という生き物の性である。

 

 本来ならもう少し危機意識を持つべきなのだが、それが功を奏したのもまた事実であった。

 

 壊滅的な被害に見舞われたのは倉庫街や工廠。職を失った者達も一部に限定されている。

 

 そういった者達は積極的に都市の機能回復や()()()()()が大量に買い付けた鋼材と共に臨時の作業員として武芸都市〈ウィルデリッタルト〉へと赴いて行った。

 

 そんな風に4月下旬を過ごし、5月に入って少しした頃。

 

 元のとまでは言えないが、ようやく鋼業都市は本来の喧騒を取り戻しつつある。

 

 

 

 一切被害を受けなかった都市を繋ぐ魔導列車。その一段高くなった駅前。

 

 アルクスは背後に聞こえる懐かしい音を聞きながら眼前の人々へ頭を下げた。

 

「じゃあ皆さん、お世話になりました」

 

「「「「「お世話になりました」」」」」

 

「カアー」

 

 アルの声に倣って仲間達5名と1羽も腰を折る。眼前の中央にいた”荒熊”ロドリックはにこやかに微笑んで首を振った。

 

「世話になったのはこちらの方さ。君らがいなかったらライモンドも助かっていなかっただろうし、マリオンもきっと無事では済まなかった。ありがとう。またこの都市に寄ることがあれば『黄金の荒熊亭』に来ると良い」

 

「良いんですか? その時はもう新米じゃないと思いますけど」

 

 悪戯気に問うてくるアルにロドリックはフッと笑う。

 

「良いさ。私らの客人なら肩書には拘らないからね」

 

「おぉ~、大将のお許しってやつだね~」

 

 アルの隣で、左の横髪に差した赤い嘴のようなクリップを煌めかせてシルフィエーラが「あはっ」と笑う。

 

「だね。じゃあその時はまた是非寄らせてもらいます」

 

「うん。まぁしっかり宿代は取るけど、毎食一品くらいはおまけをつけるよ」

 

 ロドリックは「むん」と上腕二頭筋を張って叩いて見せた。

 

「はははっ、しっかり取るんですね」

 

「そりゃあ一階があんなになっちゃったからね」

 

「稼がないとってやつですね」

 

 ――本当に、二カ月くらいで随分見違えた。

 

 からから笑うアルを見てロドリックは心中で述べる。

 

 客として初めて来たときでさえ強者であることは疑いようもなかったが、今の彼とあの頃の彼を較べると雲泥の差があった。

 

 にじみ出ている雰囲気が違うというか先鋭化されたナニカを発しているというか、一皮剥けたことは明らかである。

 

 そんなことをロドリックが考えていると肩にほっそりした手が置かれた。

 

「お前様。手前共も挨拶しとうございます」

 

 彼の妻で猫獣人族のグレースである。しっとりとした黒髪を綺麗に纏めていた。

 

 一応見送りの為に整えたらしいが、ロドリックからすれば魅力的なことに変わりはない。本人にそう言ってもあまり良い顔はしないだろう。

 

「お父さん、わたしもごあいさつ」

 

「そうだったねマリオン。さ、おいで」

 

 ロドリックは妻に似た半獣人の娘を抱き上げて”鬼火”の一党の方を向かせる。

 

「えと、助けてくれてありがとうございました! んと……またきてね?」

 

 マリオンは母と同じ黒い尻尾を振り振りさせて頭を下げ、はにかんでそう言った。

 

 するとアルの左肩に止まっていた三ツ足鴉がすいーっと飛んできて腕を差し出したロドリックの腕に掴まる。

 

「カア!」

 

 そして黒い艶羽を膨らませてマリオンに体を擦りつけた。

 

「わっ、きゃははは! またね! ひすい!」

 

「カアカアッ!」

 

 マリオンは夜天翡翠にぎゅうっとしがみついて別れの挨拶を口にする。最初に会った時からマリオンはこの賢い三ツ足鴉がお気に入りなのだ。

 

「やっぱりマリオンは可愛いわねぇ」

 

 蒼い華のような玉飾りがついた簪と飾り帯(リボン)を模した白いバレッタで黒髪を結い上げている凛華は相好を崩す。

 

「ふふ、ありがとうございます。今娘がああして笑っているのは間違いなくあなた方のおかげでございます。手前はこの恩を一生忘れないでしょう」

 

 グレースは流麗な所作で優雅に腰を折った。その礼にマルクガルムと凛華、エーラは胸を張る。彼らとしてもあの救出は自慢できる功績だった。

 

「はは、アルじゃねえけど忘れてもらって構いませんよ。それよか、あいつは捕まったらしいっすね?」

 

 マルクが問うたのは純血至上主義の獣人族ヤニクのことである。運河の方に吹き飛ばした後のことは知らなかった。

 

「ええ。どうも『荒熊亭(うち)』を探っていたのはあの者だったようでございます。最も爆弾を投げ込んだのは別の者らしいですが」

 

「え、マジか」

 

「どうしてわかったのです? 取り調べで吐いたのですか?」

 

 マルクの隣にいたソーニャは問う。人狼族の仲間が負っていた怪我が件の獣人族との戦闘があったからだとは知っていたが罪状までは当然知らない。

 

「手前に気付かれず内情を把握しているとすれば内部の者か、あの者のように獣人をよく知る人物でないと有り得ないとうちの人に申し上げたのでございます」

 

 グレースはロドリックへそう言って視線をやった。それで一党は察する。

 

「ロドリックさんに尋問さ(凄ま)れたら喋るだろうな。ズタボロになってただろうし」

 

「ロドリック殿も怒ってただろうしな」

 

「はい。それはもうスルスルと吐いたそうでございますよ」

 

 納得する6名へグレースはクスクスと笑い声を漏らした。

 

「あいつ、たぶん完全に折れたな。もう戦士の矜持すら残っちゃいねえだろうよ」

 

 信奉する純血主義という下らない思想を四半獣人のルドルフと”魔法”を使わなかったマルクと怒り狂った人間(ロドリック)によって粉々に砕かれたのだから。

 

 マルクとしては爽快な気分である。今思い出してもふざけた言い分だと青筋が浮ぶくらいなのだ。

 

「何はともあれ大半の者は捕まりましたし、鋼業都市(ここ)も少しずつ元に戻ってきてるのでしょう?」

 

 ラウラは都市を見下ろすようにして問うた。

 

「ええ。むしろ協会としては見通しが良くなったと言っているそうでございます。不満を漏らしているのは一人だけ……」

 

「え? 一人って?」

 

 ラウラはキョトンとした。二つ名の由来になった朱髪は最近伸ばしているのか、肩のあたりで一纏めにされている。

 

「私のことだよ」

 

 そう言ったのは娘と夜天翡翠を戯れさせているロドリックであった。

 

「何かご不満が?」

 

「私も氏族を運営していると思われたままでね。いくら違うと言っても『纏まらないから来てくれ』と何度も支部長に呼び出しを受けて協会に出向いたせいで、なぜかいまだに氏族関連の会議で呼ばれてる」

 

 不思議そうなラウラにロドリックは苦み走った顔でそう告げる。

 

「それは……災難ですね」

 

「ああ、本当にね」

 

「まぁまぁ、お前様。もう少し都市が安定すれば呼び出しも減ることでしょう」

 

「呼び出されなくなるとは言ってくれないんだね、グレース……」

 

「手前なら人徳も実力もあるお前様を外したりしませんでしょうから」

 

「……」

 

 何とも言えない表情になる夫にグレースが品良く笑ったところで夜天翡翠がアルの左肩へ戻ってきた。

 

「翡翠、挨拶は充分かしら?」

 

「カア!」

 

「だってさ、アル」

 

 両脇の凛華とエーラにそう告げられたアルは「よし」と力強く頷く。

 

「それじゃ、私らは戻るよ。ライモンドが『荒熊亭(みせ)』で待っているだろうしね」

 

「ライモンドさんによろしくお伝えください。『初日の晩は助かった』と」

 

 アルはそう言ってにこやかに笑った。今思えばあそこで門前払いをされていたら、彼らとの縁は生まれなかっただろう。

 

「ははっ、伝えておこう。ああ、グレース。すまない、マリオンを」

 

 ロドリックはやや真剣な顔で娘を妻に預けようとする。

 

「? はい。さ、マリオン」

 

「はーい」

 

 グレースは不思議そうな顔をした後、素直なマリオンを抱えた。きっと夫は元武芸者として恩人の彼らに何か言いたいのだろうと察する。

 

「”鬼火”。一つ、いいかい?」

 

「え? はい」

 

 何事だろう? と、アルは首を傾げた。

 

「これは忠告というより私のお節介だと思って欲しい。私自身、君らに感謝しているし、君に対して何も悪い感情を抱いていない。だからこそ、心配になってね」

 

「心配、ですか?」

 

「うん。君の戦いを遠目で見て、肌で感じたことだ。君は人を率いるに値する()()だ。そう、戦士なんだ。君の持つ覇気のような雰囲気は、たぶん戦いでこそ真価を発揮する。

 

 平和と相容れないと言ってるわけじゃない。おそらく、戦いや今回みたいな争乱、戦乱に巻き込まれやすいんだと思う。だから、気を付けるんだよ。護るべき者や戦う理由を見失っちゃいけない。きっと闘争から、抜け出せなくなる」

 

 ロドリックは真剣な様子でそう締め括る。

 

「……」

 

 アルは無言。彼以外の5名は驚いたような顔をしていた。本人だって血を望む狂戦士ではないのだ。

 

 だが――……。

 

「……ルドルフにも、似たようなことを言われました」

 

 と、アルは言った。

 

「そうか……。君とやり合ってた張本人だから、尚更わかったんだろう」

 

 ロドリックは少々沈んだ表情に変わる。

 

「強い二人に言われたんなら、きっとそうなんでしょうね。肝に銘じておきます。戦う理由と護りたいものを決して見失わないように」

 

 アルはそう言って視線をチラリと仲間たちへやった。

 

「ああ、君なら見失わない。そう信じてるよ」

 

「はい」

 

「変な雰囲気にしてすまなかったね。六人とも、そして翡翠、またいつか会おう!」

 

 ロドリックは大柄な身体で大きく手を振りながら背を向ける。少し離れたところにいたグレースとマリオンがそれに気づいて手をブンブン振り出した。

 

「皆様、どうかお元気で!」

 

「またねー! 元気でねー!」

 

 逸早く雰囲気を戻すべくマルクとアルが手を振り返す。

 

「おう! じゃーな!」

 

「じゃあまた!」

 

「カアカアッ!」

 

 夜天翡翠も一緒だ。ハッとした女性陣もたちまち表情を戻して手を振り返していく。

 

「またねー!」

 

「またどこかで会おうねー!」

 

「お元気でー!」

 

「そちらもお達者で!」

 

 6名と1羽は三人が見えなくなるまで手を振った。

 

 やがて全員が手を降ろすと、即座に凛華が口を開く。

 

「アル、心配しなくて良いわ。あんたがおかしくなったときはあたしが引っぱたいてあげるから」

 

 そう言って笑った。アルにしか見せない魅力的な、それでいて不敵さも見える笑顔だ。

 

「元々ほっといたらどっか行っちゃうんだからボクらが目を離すわけないもんね」

 

 エーラも普段は見せない包み込むような微笑みを向けている。

 

「ですね。アルさんだけに戦わせたりしませんから」

 

 ラウラは胸元の何かを握って力強く笑った。アルは彼女が握っているものを知っている。認識票だ。いつかの夜、誓っていたときもああして握り締めていた。

 

 アルは一瞬ポカンとし、続いて微笑む。

 

「……そっか。じゃあそうなった時は頼んだよ」

 

「まっかせなさい!」

 

「あはっ! 珍しく素直だねぇ」

 

「はい!」

 

 アルへ花が咲くような笑顔を向ける三人娘を見て、マルクは肩を竦めた。

 

「こいつらがいりゃ俺が殴らなくて済みそうだ」

 

「普段はマルクの役なんじゃないか? ラウラ達、基本アル殿に乗っかるだろう?」

 

 安心した顔をするマルクにソーニャが的確なツッコミを入れる。

 

「……そういやそうじゃん」

 

 ピタッと動きを止めた彼がげんなりする。

 

「だろう」

 

「マジか。ま、慣れてるけどよ……」

 

 そうは言いつつも本当におかしなことになったらあの三人はきっと自分の身も顧みずにアルを止めようとするだろう。

 

 そう考えて再度肩を竦めたところに大声が響いてきた。

 

「みなさぁーーーんっ! 良かったぁーー! 見送りに遅れちゃうかと思いましたよぉー!」

 

 ハァハァと肩で息をしながら駆けてきたのは奇妙な偶然で縁を結んだミリセント・ヴァルターその人だ。

 

 活発そうなソバカスと橙っぽい赤毛を弾ませて顔を上げる。

 

「ミリセントさんだ!」

 

「伝えた時間勘違いしちゃってるのかと思ったわ」

 

「そんなわけないじゃないですかー! これでも働き盛りの乙女ですよー? 時間とお金にはビッチリきびしーんですー」

 

 失礼なエーラと凛華にミリセントは口を尖らせた。

 

「見送りありがとうございます。ミリセントさんはこちらに残られるんでしたよね?」

 

「そうですー! でもでも、いつかは帝都の本社で『月刊武芸者』の特集記事をスパパーンっと書いてみせますよー! 今は下積みというやつですねー」

 

 あの事件で行動を共にしていたからかラウラとミリセントは仲が良さそうだ。

 

「特集は本社じゃないと書けないものなのか?」

 

「ですねー。普通の原稿は南部、北部で纏めたものを帝都のものと合わせて発刊するんですけどー、特集は帝都から現地へが基本なんですよー」

 

 ずいっと身を乗り出したミリセントはソーニャに熱を込めて語って聞かせる。

 

「そ、そうなのか。ミリセント殿が帝都に行こうとしてるのはそういう理由だったのだな」

 

「はぁい! そうなんですー。今回書き上げた号外も結構評価してもらえたんですよー。これでまた一歩帝都への道が開かれたー! って感じですー!」

 

「あの号外の後、忙しくなりました?」

 

「それが『月刊武芸者』の部署から取材の嵐ですよー。ま、私が”鬼……アルクスさんに頼まれた通り情報を止めちゃってるからなんですけどねー」

 

 そう言ってミリセントは朗らかにアルへ笑いかけた。

 

 ちなみに国の絡む事情だとは話しているので”鬼火”の一党の活躍は幾らでも語るミリセントだが、容姿や性格については一切口外していない。

 

 そこまで物分かりが良い理由は、ある約束をしているからだ。

 

 それは――……。

 

「ですから、私が行くまで独占取材とか受けちゃだめですよー?」

 

 これが理由である。ラウラとソーニャの事情が落ち着けば独占取材を受けると約束しているのだ。

 

「だとよ。俺らも気に入られたもんだ」

 

 マルクがアルを小突く。

 

「というかこの都市の人達ってボクらのこと結構知ってるんじゃない?」

 

「そうかもしんないわね。顔までは知られてないみたいだけど」

 

「今回の争乱を収めたのは”鬼火”の一党だって私が思いっきり書いちゃってますからねー」

 

 エーラと凛華にミリセントはのほほんと告げた。これで彼らの容姿や戦い方については載せずしっかり認知させているのだから文才があるのかもしれない。

 

「他の都市の一般人に広まりませんように」

 

「俺は半分諦めてるぞ」

 

 アルとマルクがそんなことを言っているとラウラが「あ」と声を上げる。そして龍鱗布をくいくいと引っ張って指差した。

 

「アルさん、もうそろそろ列車が来る時間ですよ」

 

「お? ほんとだ。じゃそろそろ行こうか」

 

 アルの呼び掛けに仲間達が頷き、三ツ足鴉が「カア!」と鳴く。

 

 しかしミリセントがそこに待ったをかけた。

 

「皆さん! ちょーっと待ってくださいなー!」

 

「うん?」

 

「どしたのかしら?」

 

「なんでしょうか?」

 

 三人娘が小首を傾げる中、ミリセントはごそごそと鞄を漁り、

 

「えーっと、ここにー……っとー! あったー! ありましたよー!」

 

 数枚の紙のようなものを取り出す。

 

「なんですそれ?」

 

 キョトンとするアルにミリセントは三日月形にニッと笑みを浮かべて、

 

「お花見のときに魔導写影器で撮影した写真ですよー! カーステンさんに現像してもらってたんですー!」

 

 ペラっと写真を見せた。

 

「ああ、あの時の……。カーステンさん、観光雑誌には使わないって言ってたし、こんな騒ぎが起こってゴチャゴチャしてたからてっきり消しちゃったのかと思ってました」

 

「ふふふー。そこは抜かりのない私が頼んでたんですよー。これ、アルクスさん達に届けなきゃと思って急いでたんですー」

 

 数枚の写真には暗くなり始めた夕暮れの中で楽しそうに花見をしている”鬼火”の一党と『紅蓮の疾風』の8名と1羽が写っている。

 

「よく写ってますね」

 

「カーステンさんの腕が良かったんですよー」

 

 アルが写真を受け取ると、仲間達が覗き込んできた。

 

「お、すげえ。雑誌で見たことはあったけど自分が写り込むって変な感覚だなぁ」

 

「ホントね。あ、花まで綺麗に撮れてるわ」

 

「わはぁっ! すっごいねぇ!」

 

「なんだか不思議な感覚ですね。あ、翡翠。あなたはここにいますよ」

 

「カアカァッ!」

 

「うむ。というかこういう風に写るんだな」

 

 思い思いの感想を漏らし、楽しそうな笑みを見せる6人。今思えばあの花見をした日がやけに昔に感じられる。

 

「『紅蓮の疾風』のお二人はまた後日芸術都市の方へ行くと聞きましたから、その四枚は”鬼火”の一党分ですよー」

 

 ニコニコしながらそう言ってくるミリセント。やがて写真をマルクの取り出した本に挟んで背嚢へ入れると、アルは頭を下げた。

 

「ミリセントさん、ありがとうございます」

 

「粋な心遣いだったぜ」

 

「ええ、そうね。最後の一枚にはミリセントさんも写ってたし、あの時はよくわかんなかったけど良いものなのね」

 

「だね~。故郷だったら部屋に飾ってたのになぁ」

 

「それ良いですね。帝都についたら宿を借り続けるわけにもいかないでしょうし、どこかに部屋でも借りたら飾れますよ」

 

「悪くない案だな。感謝する、ミリセント殿」

 

「カアー」

 

 口々に礼を述べる一党へミリセントは首をブンブン振る。

 

「いいえー! 撮ったのはカーステンさんですしー。それに、お礼を言いたいのはこっちですよー? あの時は助けてくれてありがとうございましたー! おかげでお兄さんが”鬼火”だとわかりましたー」

 

「そこなのね」

 

 凛華が思わずツッコミを入れる。

 

「そりゃそうですよー。どうりでなんか強いなーと思ってたんですー」

 

「事情があったからしょうがないんですよ」

 

 アルは苦笑を浮かべた。

 

「その事情も独占取材の際に明らかになる、ってわけですねー?」

 

「やっぱ判断早まったんじゃね?」

 

「否定しづらい」

 

「ふふっ。あっ、アルさんそろそろです」

 

 ラウラは駅の時計を指す。

 

「だね。そんじゃ行こっか」

 

「「おう!」」

 

「「うん!」」

 

「はい!」

 

 頷き合う仲間達へミリセントはビシッと指を突き付けて挨拶をした。

 

「では皆さん! 帝都で待っててくださいねー!」

 

 ちっとも別れの挨拶らしくない台詞にアルは笑いながら手を振る。

 

「あはははっ! じゃまた!」

 

「ええ! また会いましょう!」

 

「まったねー!」

 

「今度お会いした時はゆっくりお茶にでも行きましょうね!」

 

「そんじゃな!」

 

「ではさらば!」

 

「カアカアッ!」

 

 軽やかな足取りで駆けていく”鬼火”の一党。ミリセントは大きく手を振った。

 

「また今度ー!」

 

 後ろ手に手を振り返しながら誰一人として振り返らない。ひたすら前へ前へと進む彼ららしい別れ際だ。

 

 ――あれが私の憧れの一党。

 

 ミリセントは爽やかな一陣の風に吹かれたような心地で駅前を後にするのだった。

 

 アル達”鬼火”の一党が魔導列車に乗って目指すのはここから180km(キリ・メトロン)離れた芸術都市、観光とありとあらゆる創作活動が盛んな地である。

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