5月に入り、騒動を越えてようやく落ち着いてきた鋼業都市〈アイゼンリーベンシュタット〉。
気温は少々上がってきて夏の香りが仄かに香り出すこの頃ではあるが、やはり夜間はまだまだ肌寒い日々が続いている。
”鬼火”の一党の6名と1羽は、もう少し状勢が安定したら次の都市へ出発しようという結論を出していた為、まだこの地に留まっていた。
時刻は夜。修繕工事も済んだばかりの『
”荒熊”ロドリックの『恩人の宿の名残は残したい』と言ったことで真新しい建材と15年以上前から存在していた建材が異なる色合いを醸し出していた。
おかしく見えないのは職人の腕のおかげだ。いずれは少しずつ日に焼けて、色合いも馴染んでいくのだろう。
「次の芸術都市ってとこではゆっくりしたいね~」
乳白色の金髪に手をやりつつ、シルフィエーラは隣のアルクスへと述べる。争いというのは実際に戦っている間も大変だが、後始末もまた大変だ。
”鬼火”の一党の面子は言わずもがな、大怪我を負っていたアルでさえ事情聴取という形で軍人達へ対応せざるを得ない状況だったし、その軍人達ですら次から次へと対処せざるを得ない事案が発生してんてこ舞いであった。
「そうだなぁ。いっそ依頼は週一で請けて、残りは観光でもいいんじゃないかと思ってるよ」
アルはのんびりと返しながら食後の茶を啜る。怪我はすっかり癒えていた。
「良いんじゃないでしょうか? 褒賞金も頂けましたし」
ラウラはエーラとアルへ頷きつつ、デザートの苺をひょいと摘まむ。ウキウキと朱髪を揺らしているのは卓の中央に置かれている雑誌が主な理由だ。
置いてあるのはいわゆる旅行雑誌である。この都市に来る際はバタバタしていたせいで頭から抜け落ちていたが今回はしっかり買った。ちなみに出版元はアウグンドゥーヘン社である。よくよく縁のある出版社だ。
「行く先々で褒賞金貰ってる気がするわ」
さっさとデザートを食べ終えた凛華はそんなことを言う。それだけ凄いことをしているというよりはそれだけ厄介事に巻き込まれてやしないか?という含みが込められていた。
「……くれるもんはもらっとこ。あって困ることはないんだし」
アルはそう言って隣の凛華からそっと視線を逸らす。今回貰えた褒賞金は40万ダーナ。超高額というわけではないが一般的に見れば大金だ。
寧ろおまけで貰えたこの都市の領主パトリツィア・シュミットから受け取った書状の方が重要ではあるのだが、やはりまだ青少年と呼べる個人が有するには多額過ぎるという自覚はあった。
「ボクらが揉め事を起こして回ってるわけでもないし、しょうがないんじゃない?」
「ま、そうだな。それにラウラとソーニャは共和国の人間で、俺らは魔族で武芸者だ。巻き込まれやすいんだろうぜ」
「そういうものなのかしらね」
エーラがそう言い、マルクガルムが肩を竦めると凛華は不承不承に同意を示す。巻き込まれているということ自体は紛れもない事実ではあるのだ。
「そういうことそういうこと」
「でもアルさんのすぐ突っ込んでいく癖はやめた方がいいと思いますよ? 怪我をしてない方が珍しいじゃないですか」
うんうんと頷いていたアルにラウラはジトーっとした目を送りながら釘を刺した。今回とて成り行きではあったのだろうが争乱の中心人物とサシで闘う必要まではなかったはずである。
「以後気を付けるよ」
「嘘おっしゃい」
「嘘だね」
「今のはわかりやす過ぎますよ?」
アルの真面目腐った返答に三人娘はピシャリと言葉を返した。アルが気をつけると言って気を付けたためしなどない。
「ひどい」
「ボロボロになって帰ってくるお前が悪い」
「今回はマルクだって他人のこと言えないだろ」
「程度が違わい」
アルとマルクがやいのやいの言い合いを始めたところでソーニャが苦笑しながら口を挟む。
「まぁまぁ、その辺で。それよりその芸術都市とやらは観光名所か何かがあるのか? 観光客が多いと聞くが」
視線は卓上の観光雑誌に向けられていた。ソーニャはまだ読んでいないので漠然と大きな美術館でもあるのだろうかと考えている。
「んっとね、名所っていうより芸術家が多く集まってる都市なんだってさ。おっきな劇場もあるみたいだよ」
答えたのはエーラだ。こういう話題ならこの6人の中では誰よりも情報通である。
「劇場? 楽団もいるんですか?」
芸術都市とは音楽の方もだったのかとラウラが問うと、
「らしいよ? あ、でも劇団……? もあるって。ボクはよく意味がわかんなかったけど」
エーラは赤い
「劇団というのはあれだ。演劇をやる集団のことだろう。私とラウラは観に行ったことはないが」
「劇? 出し物みたいなもんか?」
「いえ、もっと規模の大きな……えー、舞台装置とか音楽とかも使う本格的なものです」
「うぅー……ん?」
「中には術師を使う劇団もいると聞いたことがあるな」
「術師を? 結局どういうもんなんだ?」
ラウラとソーニャの説明で謎を深めていくエーラとマルク。人間組の二人だって観劇に出掛けたことはないのだからそれ以上説明のしようがない。
「ふぅん? アルが言ってた前世の”映画”ってのとは違うのかしら?」
お上品に問うてくる凛華にアルは首を横に振った。
「別物だと思うよ。前世でも映画と演劇ってちゃんと分かれてたし」
「前世の世界にもあったの?」
エーラは「へぇっ」という顔で緑色の目をクリクリっとさせる。
「うん、あったよ。えーと、なんだっけ……? あ、そうそう。『舞台を観に行く』とか言ってた気がする」
アルは頭をほじくるような仕草と共に脳裏に走った言葉を口にしてみた。如何せん己の記憶という認識がない為かすぐには出てこないのだ。
「その言い方はこちらにもあったと思います」
「じゃ、やっぱ似たようなもんなのかな」
ラウラと顔を見合わせる。
「ふぅん。お芝居はお芝居なのね?」
凛華は納得したような、やっぱりよくわからないような顔で結論付けた。
「その認識で合ってるよ。芸術都市についたら皆で観に行くのもありだね」
「えっ! ホント!? ボク観てみたい!」
「良いわね。あたしも気になるわ」
エーラが元気良く手を上げて大賛成だと示し、凛華もふんふんと頷く。
「あ、でもどんな劇なんだ?」
マルクはそちらが気になったようだ。
「さぁ? それは演目を見てみないことには何とも」
「あ、色々あるもんなのか」
「たぶん? 俺も前世のはわかるけど、こっちのはよく知らないからなぁ」
「あると思いますよ」
「鉄板なのは英雄が活躍するような話なはずだぞ」
「ってーとあれか? 吟遊詩人が詠ってるようなのやつ」
「うむ。ああいうのだ」
「へぇ、あれを役割を振って演じるって感じか。なんとなく想像がついてきた」
人間組二人の言葉にようやくマルクはイメージが湧いた。
そんな他愛もない話に6人が興じていると声が届く。
「お、いたな。よっ、ちょっといいか?」
声のした方にいたのは六等級一党『紅蓮の疾風』のディートフリートとレイチェルだった。
「や、二人とも」
「どうかしたのか?」
アルとマルクは二人というより左頬に目立つ刀傷を持つディートへと問う。
色素の薄い
焦げ茶色の髪を軽く纏めているレイチェルも覚悟を秘めた瞳で力強く頷く。
「頼みがあってさ」
「金なら――」
「だから違えっての。オレらだって褒賞金は貰ったんだぜ? 金の無心なんざするかよ」
「あんな大金持ち歩くのが怖くてすぐに預けちゃったけどね」
ディートが憮然と遮り、レイチェルが苦笑を溢した。
「そんじゃどうしたの?」
と、エーラ小首を傾げる。
するとディートは咳払いを一つしてアルの方に視線を向け直すと、頼みを口にした。
「アルクス、オレら二人と勝負してくれ」
「勝負? 一党同士で決闘するってこと?」
――どういう風の吹き回し?
そう思ったアルが問い返すと、
「いいや、
とディートが返した。
冗談を言っているようには見えない。至って真剣な表情だ。
しかしディートは少々結論を急ぎやすいタチでもある。
もう少しそうなった事情が知りたい、とアルはレイチェルの方に目を向けて問うた。
「どういうこと?」
「こないだ、わたし達はラウラちゃんとソーニャちゃんと組んで戦ったでしょ?」
「ええ」
「うむ」
こないだとはあの争乱で共に戦った時のことだろう。ラウラとソーニャが首肯する。
「あの時に痛感したんだよ。オレらは等級がたった一つ上の二人におんぶにだっこでちっとも実力が足りてやしねえって」
「いや、そんなことは――」
「そうですよ。お二人がいなければ――」
当の本人達はすぐさま否定しようとしたが、レイチェルが手を上げて押し留めた。
「確かに、わたし達がいなかったらあの場は切り抜けられなかったかもしれない。それはわたし達もそう思う。でもね、ディーくんもわたしもラウラちゃんの指示通りに動いただけなんだ。ああしよう、こうしようって決めて戦えたわけじゃないの」
「ああ、目の前に出てくる連中をみんな敵だと思って我武者羅に斬りかかっただけだ」
「「……」」
2人の真剣な様子にラウラとソーニャは沈黙した。
彼女らとしては経験があったから多少マシに動けただけという認識が強い。
「でね、それじゃダメだと思ったの。誰かに決めてもらうんじゃなくて、自分達で決めて戦えるようにならなくちゃって」
『紅蓮の疾風』は二人だけだから。レイチェルは言外にそう言う。
「ああ、そう思ってた。その後でお前らが戦ってるとことか、戦った跡を見た」
ディートの視線が凛華、マルク、エーラへと向き、
「正直、敵いっこねえやって思った。やってることの規模が違い過ぎるってよ。魔法ってもんの凄さを体感したような気がしたよ」
そしてアルへと注がれた。
「けど、そんな凄え連中を束ねてるアルクス――お前は半魔族だった。魔法が使えねえのにオレじゃ百回やって百回とも秒殺されちまいそうな、あのルドルフを倒し切った。あんときゃ軍人達ですらお前に気圧されてたぜ」
「……」
彼の瞳には熱い激情のようなうねりが垣間見える。
「あの後、もう武芸都市に帰っちまったけど……ケリアさんとプリムラさんに話聞いたんだ。憧れてる『黒鉄の旋風』の一員だからな。その時に魔法のことも聞いた」
「そっか」
「ああ。魔力は多いけど”灰髪”になったって魔法は使えねえし、今の黎髪の状態って
「ああ」
ディートとレイチェルは既に『黒鉄の旋風』と同じく、死線を共に潜り抜けた戦友に今更隠し立てするつもりもないのか、アルはあっさりと頷いた。
「それ聞いて、やっぱ負けられねえって思ったんだ。氷漬けになった貨物船だの、空から降ってくる光の矢だのにビビっちまってたらオレの目指した
「……」
「だから、今のお前の強さを知っておきてえんだ。勿論、本気出せなんざ言わねえよ。手が届かねえことくらいわかってる。けど差を確認しときてえんだ。
オレは
真っ直ぐな情熱と気迫がディートとレイチェルの瞳を支配していた。
仲間達5人の目がアルに向き、少なくなっていた『荒熊亭』の客や夜天翡翠と戯れていたマリオンですら沈黙を保っていた。
「……わかった。その勝負、受けて立とう」
やがてアルは返答を返す。赤褐色の瞳は先ほどとは違う眼光が宿っていた。ディートとレイチェルを決して下に見たりなどしていない。
「ありがてえ、感謝するぜ」
それがわかるからこそディートは嬉しそうに笑う。
「ありがとう」
レイチェルもニッコリ微笑んだ。
「日時と場所は?」
「明日の昼。クリーク氏族に屋外武闘場の使用許可を取ってある」
「根回し良いな」
呆れたようにマルクが言うと、
「そりゃ断らせる気なかったからな」
友人同士に戻ったディートは肩を竦める。
「強引だなぁ。あ、でも芸術都市には行くんだろ? そっちでやり合っても良かったじゃん」
「思い立ったがってやつさ」
「芸術都市にいつ行くかはまだ決まってないし、早めに当面の目標を知りたかったの」
ディートとレイチェルはアルへそう告げた。
「え、そうなのか」
「おう。野暮用ってやつでな」
「へぇ~」
「ま、とりあえず明日な。クリーク氏族の屋外武闘場は東門出て少ししたとこにある。ま、たぶんすぐわかると思うぜ」
「わかった。わかんなかったら協会で聞いてみるよ」
「うん、それじゃまた明日。ディーくん、連携の確認しとこ」
「おう、了解だ」
くいっと裾を引っ張るレイチェルと連れ立ってディートは去っていく。初めて会ったときとはまるきり別人な雰囲気に彼らの成長を感じ取れた。
「「「「「「……」」」」」」」
ぽーっと二人を見送った6人の間に静寂が流れる。
「よく了承したな」
沈黙を破ったのはマルクだ。
「あんなにド直球だと断れないよ」
アルはそう述べた。幼馴染達を除けば久しく見ていなかった真っ直ぐな対抗意識に感化されてしまったのだ。
「そうだな。しかしこう、私達までこそばゆい評価をされている気がするぞ」
ソーニャはそんな言葉を溢す。確かに姉と組んで勝負をすれば負けはしないだろうが圧倒的な差はないと感じているというのが率直な感想だった。
「じゃあずっとそう思ってて貰わなくっちゃね」
エーラはニコニコしている。ああいう真っ直ぐな感情表現は彼女にとって非常に好ましく映っていた。
「ふふ、そうですね。好敵手というやつでしょうか」
ラウラは頷いて微笑む。頼りになる『
「あはっ! だねぇ。ボクらも負けてらんないなぁ」
エーラはそう言いながらアルの隣に視線をやって小首を傾げる。
「……」
なぜなら凛華が何とも言えない表情で口を噤んでいたからだ。
「凛華、どしたの?」
「ん?」
エーラが問うとアルもそちらを見た。凛華はアルへ拗ねたような顔でぼそりと一言漏らす。
「……勝負、あたしも言ったもん」
「「「「あ」」」」
全員が思い出した。あの夜、怪我が癒えたら勝負してくれと凛華がアルに言っていたことを。
「あー……いや、忘れてないよ? けどほら丁度いろいろ――」
「ふんっ!」
言い訳を並べ立てるアルに凛華はプイッと他所を向く。
「あっ、凛華悪かったって! ディート達と戦った後にその場所が使えるなら勝負――」
「……万全の状態で闘いたいもん」
凛華はやはり呟くように返した。
「わかった! じゃあ芸術都市についたら勝負しよう! な! 忘れてないってば! ちょ、こっち向いて!」
「ふんんんぐっ」
頬を挟んで目を合わせようとするアルに凛華は拗ねてぐいーっと首を逸らしている。
「ご、強情――あ、ちが、悪かったって! ちょっ、魔法まで使うなよ!」
「アルが悪いもん」
「だから謝ってんじゃん!」
拗ねる凛華と宥めるアルに気付いた三ツ足鴉はマリオンと顔を見合わせて、
「カァ~~」
と鳴いた。使い魔にすら呆れられている。仲間達は言わずもがな。
「何やってんだか」
「凛華もなんだかんだ楽しんでるからねぇ」
「そうですねぇ。ふふ、凛華も可愛いとこありますね」
「それは良いのだがアル殿は大丈夫なのか? 明日、勝負なのだろう?」
「これで負けちまうようなら弛んでる証拠さ」
こうして急遽アルクス対『紅蓮の疾風』の仕合が行われることになるのだった。