日輪の半龍人   作:倉田 創藍

132 / 158
「小説家になろう」に最新話を、「カクヨム」にて同作を章ごとに、こちらへは定期的に更新していく予定です。


断章9(後篇)  灼熱の剣士、真価の片鱗

 鋼業都市〈アイゼンリーベンシュタット〉を取り囲む防壁に備え付けられた巨大な東門から1.8km(キリ・メトロン)地点には、戦闘狂い(バトルジャンキー)ばかりでお馴染みのクリーク氏族が造った屋外武闘場がある。

 

 かの氏族の運営帳簿を万年大赤字状態に追い込んだこの立派な闘技場は、四方から落ち窪むように75m辺の正方形型に武舞台が設置されており、斜面には何とも粗雑な座席が備え付けられていた。

 

 本当はそそり立つような建物と立派な観客席を設置し、中心にドカンと武舞台を置きたかったそうだが、如何せん予算がなかったとのこと。

 

 属性魔力や魔術をぶっ放すのだから平地より低い方が合理的といえば合理的ではあるのだが、そこは見栄を優先しようとしたせいで武舞台はやたらと頑丈で立派な割に、他はどうにも殺風景な印象を受ける。

 

 

 

 時刻は昼。

 

 生憎の空模様で雨が降りそうなほどの黒雲にこそ覆われていないものの、日光を遮る程度には分厚い灰色に霞んだ雲が継ぎ目もなく広がっていた。

 

 そんな鼠色の空の下、アルクスは『紅蓮の疾風』の二人と対峙している。

 

「なぁ、あれってよぉ……あの”鬼火”だろ? そんで片っぽは『紅蓮』の二人じゃねえか。この時間借りられてんのは知ってたけど、あいつらがやんのか?」

 

 武舞台から少々離れた鍛錬場(トレーニングスペース)に座り込んでいたクリーク氏族の武芸者が素っ頓狂な声を上げた。

 

 武舞台があるからといって仕合を見世物にはしていない。観客席はほとんど休憩スペースか仮眠にのみ使用されている。

 

 ちなみに氏族に加入すれば利用料は無料だ。そのせいで実質的な収入源は時折入る氏族外の武芸者や鍛え足りない軍人の落としていく利用料のみ。

 

 クリーク氏族の勘定方の悲鳴が止まらないのは言うまでもないことだろう。

 

「らしいぜ。なんでも『紅蓮』の方が予約入れたんだと」

 

「マジかよ、あの”鬼火”相手に? 幾らなんでも無謀だぜ。つってもよぅ、あいつら仲良いんじゃなかったか?」

 

「そうらしいわよ。だから決闘じゃなくて純粋な力試しね。魔銃使いの子が言ってたわ」

 

 彼ら的にはヒソヒソと喋っているつもりのようだが丸聞こえだ。

 

「なるほどなぁ」

 

 どうやら『紅蓮の疾風』の真意はそう違えることもなく周囲に伝わったらしい。

 

「んじゃ”鬼火”の闘いを見られるわけか。……ちょっと俺、見学に行ってくらぁ」

 

「ちょっと待ってよ。私も行くわ。ていうか他の子達は戦わないのかしら? そっちも見てみたいんだけど」

 

 クリーク氏族は強くなりたい武芸者達が寄り集まった集団だ。噂話よりどんな闘いになるのかという方に興味がそそられていた。

 

「無理じゃね? ほら、あそこ。”鬼火”の仲間達が見に来てるぜ」

 

「ん? おお、マジだ。全員いるみてえだな」

 

「”黒腕の狼騎士”じゃないの。私ああいうのに弱いのよね」

 

 やはり声のデカい氏族の武芸者達の会話は丸聞こえである。思わずマルクガルムはワインレッドの髪をグシャグシャと掻いて唸った。

 

「いつの間に新しい二つ名がついたんだよ……」

 

「アル殿がグリム氏族の拠点を派手に潰してしまったからな。砲弾を生身で受け止めたのを見た者は案外いるんじゃないか?」

 

 ソーニャが応えた。いつも”姫騎士”という二つ名で揶揄われているのでここぞとばかりに楽しそうである。

 

「やんなきゃ良かったぜ」

 

「ふっ、もう遅いぞ」

 

「うるせぇーよ」

 

「人、案外いるんだねぇ」

 

「ですね。もっとこう、それぞれで鍛錬してる印象の多い方達でしたが」

 

 シルフィエーラとラウラはさわさわと流れる風に赤い数珠玉(ビーズ)のついた金の髪房と朱髪を遊ばせながら呑気に感想を述べた。

 

 武舞台で龍鱗布を靡かせるアルと緊張した面持ちのディートフリートとレイチェルを見にクリーク氏族の武芸者達は「一太刀くらいなら『紅蓮』もいけんじゃねえか」だの、「さすがに”鬼火”は落ち着いてるね」だの、「あのルドルフを倒したって実力、見してもらおうじゃねえの」だの好き勝手なことをのたまいながら座席についている。

 

 あの件ですっかり有名になってしまった弊害だ。気が休まらんとアルが心底辟易しているのは仲間達の間では周知の事実である。

 

「……」

 

 凛華はジッとアルを凝視していた。表情こそまだ若干むくれているものの青い瞳は真剣に武舞台を見つめている。

 

 アルが一皮剥けたことに一番敏感になっているのが彼女なのだ。どれほど強くなったのか、剣の質がどう変わったのか、気になって気になってしょうがない。

 

「始まるわ」

 

 凛華が武舞台の気配に気づいて呟き、仲間達も自然とその視線を追う。

 

 そんな観衆のことなど一切気にした様子もなく武舞台上のアルは問うた。

 

「こっちは準備できてるぞ。そっちは?」

 

「できてる。レイチェル」

 

「うん。いけるよ、ディーくん」

 

 ディートが薙刀の切っ先を下に構えながら体勢を落とし、レイチェルが回転式魔導機構銃(リボルバー)撃鉄(ハンマー)をチャ……っと起こす。

 

「”灰髪”には、ならねえんだな?」

 

「まずは様子を見る」

 

 ディートの問いにアルは端的に返した。それを舐めていると憤慨できるほどディートは愚かではない。

 

 そして見下しているわけではないというのも目を見ればわかる。

 

 嘲りの色など少しも見えなかった。抜き放った刃尾刀を片手に龍鱗布をバサバサと靡かせ、真っ直ぐにこちらを見ている。

 

「そうかい。じゃあ……行くぞっ!!」

 

 ディートは叫ぶや否や駆け出した。脱兎の如き速度で突進する薙刀使いの耳に相棒の声が届く。

 

「牽制! 風、雷、水!」

 

「おう!」

 

 体勢を低くして突っ込むディートの背後からレイチェルは角度をつけて黒鋼の回転式魔導機構銃をガァン、ガァン、ガァン! と、三連射した。

 

 圧縮された風術弾と雷術弾と水術弾が一秒と経たずに相棒を追い越し、アルへと襲い掛かる。ディートとレイチェルがあの時の戦いで得た経験を昇華させて連携だ。

 

 近接職(薙刀使い)遠距離職(魔導技士)による息もつかせぬ波状攻撃。時と場合により、致命打を与える役を切り替えるというのが二人が出した結論であった。

 

 牽制の術弾とそれを隠れ蓑にするかのように勢いを落とさず接近するディート。

 

 ――さあ、どう出てくるアルクス!

 

 ディートは薙刀を構え勢いよく振りかぶった。そして目を見開く。

 

 なぜならそこには、術弾を()()()()()ようにヒラリと躱し、刃尾刀を左の脇構えにしたアルがいたからだ。

 

「うっ!? お、お、おおおおっ!」

 

 躱すのはわかっていたがまさか前に出て来るとはディートも予想していない。上体の伸びたこの状況では石突で突くことも出来ない。

 

 慌てて振り下ろされる薙刀。しかし十全な間合いでもなく、おまけに急いで繰り出された一撃だ。

 

「ふッ!」

 

 アルは踏み込むと同時に刃尾刀を逆袈裟に斬り上げた。鋼鉄製の薙刀の柄と刃尾刀の刃がギャリィッと火花を散らす。

 

 均衡は一瞬。体重の乗ったアルの一撃がディートの薙刀を跳ね除けるように弾いた。

 

「ぐッ!?」

 

 ディートの両腕に走る衝撃がビリビリと痺れを誘発する。しかし、アルの動きはそこで止まらなかった。

 

 振り抜いた勢いを余すことなく使い、左足でディートを蹴りつける。

 

「ぐおっ!?」

 

 ディートは無理矢理引き戻した薙刀の柄で蹴りを受け止めたが、ゴォン……っと両腕に衝撃が走り、たまらず距離をとろうと地を蹴る。

 

 が、目前には追撃に移ったアルがいた。

 

「ディーくん! 下がって!」

 

「っ! 助かる!」

 

 そこへ、レイチェルが回転式魔導機構銃を連射した。

 

 立て続けに撃ち出される術弾にアルは追撃を中断。

 

 そこへ迫りくる幾つもの雷術弾、風術弾、水術弾、鉱術弾。

 

 レイチェルは回転弾倉をカチチチッと手元を見ずに乱射した。弾丸が必要ないという魔導機構銃の特性を利用した連射だ。

 

 炎術弾がないのはアルには効かないとわかっているからだろう。

 

 しかし、アルは弾道が見えているのか、半身になってひょいひょいと躱して体勢を整えるや、魔力を薄っすらと纏わせた刃尾刀で下から上に一閃。数発の術弾を斬って落とす。

 

「うおおおおおっ!」

 

 そこにディートが遠心力を乗せた一撃を放ってきた。

 

 石突にまで下ろした左手と柄の中間位置より下に添えられた右手が本来の間合い(リーチ)を伸ばし、幅の広い薙ぎの一撃へと化ける。

 

 狙いは相手の右胴。

 

 しかしアルは慌てず、逆手で引き抜いた鞘を下からカチ上げるように刃を打ち上げて軌道を逸らす。

 

「はッ!!」

 

 そのまま一気に間合いを詰め、逆手に持った鞘をディートへ突き込んだ。

 

「ぐ、はっ!?」

 

 右脇腹に鞘を突き込まれ、呻くディートの視界に刃尾刀がチラつく。

 

 痛みを堪えて薙刀を掲げればチュインと思いの外軽い感触。

 

 ハッとしたのも束の間、アルの右足が腹をドフッと強かに打ち据えていた。

 

「がッ!?」

 

 ディートがゴロゴロと吹き飛んでいく。レイチェルは急いで彼の下へ駆け寄りつつ、連射。

 

 しかし、やはりと言うべきか。ガァン、ガァン、ガァン! と、放たれた術弾をアルはすいすいと避けて一歩下がった。

 

「ディーくん! 大丈夫!?」

 

 まだやれる!? そう聞こえた気がしたディートは好戦的な笑みを見せて立ち上がる。

 

「おう、まだまだ!」

 

「うん!」

 

 ――わかってたけどアルクスくん、やっぱり強い。

 

 レイチェルもやる気を漲らせる相棒の()()並んだ。

 

 

 

 一方、観衆は少々ざわめいていた。

 

 ”鬼火”の一党と言えばド派手な功績と立ち回りが有名だ。グリム氏族の件だって最も目立つ戦闘をしていたのだ。

 

 それが蓋を開けてみればどうだろうか。ぶっちゃけ言って派手に見えない。

 

 しかしクリーク氏族の大半の武芸者達は、早々に意見を翻すことになった。”鬼火”が然り気なくやってのけた技術が彼の技量の高さを示していたからだ。

 

「お、おい。さっきの術弾、どうやって逸らした?」

 

「えっ? 斬ったように見えたけど」

 

「斬るったってあれ、そんなに低い威力してねえぞ」

 

 レイチェルの外した術弾は武舞台に幾つも焦げ跡を残し、石板(タイル)を削り取っている。

 

 それを弾かれることもなく、下がることもなく、更に服を汚しもせず一刀の下に斬って捨てたアルが決して魔力任せの剣士ではない、と目の肥えた彼らは気付き始めていた。

 

「むぅ、さっきのあれは魔力を纏わせて斬り裂いたのか?」

 

 ソーニャは武舞台をじいっと見ながら腕を組んで唸る。

 

「だな。アルがお前に出してる課題の応用みたいなもんだ」

 

 マルクは首肯した。

 

 アルがソーニャに出している課題は盾に属性魔力を纏わせて術を逸らすというもの。あそこまで鍛えられた魔力なら薄っすら纏わせるだけでも十二分に効果は発揮する。

 

「一太刀で四つですか。術師殺しですね」

 

 ラウラは対峙しているレイチェルが気の毒になった。あんなにあっさり斬り捨てられたのでは精神的に堪えるというものだ。

 

 しかし、それ以上に気になる点もあった。

 

「それよりなんだか……いつものアルさんらしくないですね」

 

「あ、それボクも思ったよ。もっと蒼炎ぶっ放したり派手にやるのかと思ってたけど……それ以上になんかちょっといつもと違うよね」

 

 エーラは黎い髪を風に流しているアルに目をやった。

 

 今の彼の動きは準備運動(ウォーミングアップ)とも普段の戦闘中とも違う。どうにもしっくりこない違和感がある。

 

「さっきのは、今まで『封刻紋』を解除してる時くらいにしかやってなかった動きのはずよ」

 

 それに答えたのは共に剣術の研鑽を積み重ねてきた凛華であった。

 

「「「あ……」」」

 

「そう言われりゃそうだな」

 

 気配察知の鋭さと龍眼による動体視力向上がなければできていなかった動きを『八針封刻紋』を閉じたままアルはやってのけている、と凛華は指摘したのだ。

 

 普段から突っ込んでいく癖はあるが、速度や視線誘導を利用して場を掻き乱して前に出ていくのが常だった。

 

 しかし今は違う。ディートのあの薙ぎ払いとて、今までの彼なら一度下がって躱すはずだ。

 

「マジに一皮剥けたらしいな」

 

「止まんないよねぇホント」

 

「……」

 

 凛華は武舞台を真剣な表情で見つめる。あの程度なはずがないと確信を抱きながら。

 

 アルは『紅蓮の疾風』を睥睨してこう告げた。

 

「ディート、レイチェル。そろそろ本気で来い」

 

 やにわに吹き付ける魔力と圧力が一気に増す。

 

「っ!?」

 

 ディートは空間がギチギチと圧迫されるような感覚と全身を斬り刻まれるような幻惑に囚われた。

 

「これ、前より……!」

 

 合同依頼中に襲撃を受けた際ですらここまでの圧力はなかった気がする。レイチェルは丹田に力を込めてなんとかいなした。

 

 これが指し示しているのはつまり、アルがあのグリム氏族の連中より二人の方が強い相手だと認識しているということ。

 

 その事実にディートが嬉しそうに唇を歪め、レイチェルが口元を引き結んで右の肩提銃鞘(ホルスター)の留め具をぱちりと外す。

 

「レイチェル、行くぞ!」

 

「うん!」

 

 息を合わせた『紅蓮の疾風』がパッと左右に散開した。

 

 すぐさまレイチェルが術弾を放ち、その隙にディートは大きく弧を描きながらアルの横合いへと走り込んでくる。

 

「今度は挟撃か」

 

 アルは術弾を躱しながら呟いた。

 

 視界の左端に捉え続けているディートは先ほどよりも更に素早く突撃してくる。最初は連携した突撃陣形で、次は包囲・撹乱陣形とでも呼ぶべきだろうか。

 

 術弾が一瞬だけ途切れた。そこへ右中段から突きの体勢でディートが間合いを詰める。

 

「どぉおおりゃああっ!!」

 

 ギィン! と、薙刀の刃と刃尾刀の白刃が火花を上げてすれ違った。

 

 が、ディートは有効打を入れられなかったことに拘泥することなく、そのまま駆け抜けていく。

 

 次いでレイチェルが雷術弾と風術弾を放った。弾道は直撃コースだ。

 

「しッ!」

 

 アルは刃尾刀を振るって術弾を逸らす。そこに反転したディートが再度突撃を敢行した。

 

 ――連携も精度も格段に上がってる。

 

 心中でそう評しながらアルは薙刀を弾く。

 

 レイチェルの射撃精度は相当高いらしく、ディートの突撃をいなしたと思ったら次の瞬間には別角度から術弾が襲い掛かっていた。

 

 少し前ならもう少し力押しで対処しようとしただろう。

 

 ――けど、今なら。

 

 アルは四度目の突撃をいなすと同時、レイチェルへと左手で扇を仰ぐように蒼炎杭をボボボ……ッと投げた。

 

 抜き手も見せずに投擲された計九本の蒼炎杭。

 

 この仕合初めてのまともな属性魔力にレイチェルはビクリと反応し、すぐさま撃ち落とすべく回転式魔導機構銃の引鉄を引いた。

 

 ガァン、ガァン! と放たれた術弾が蒼炎杭と衝突する――……誰もがそう思った瞬間、蒼炎杭が()()()()()()()()真上へと舞い上がった。

 

「えっ!?」

 

 レイチェルは驚愕に目を見開く。

 

 アルは左腕をクルクルと動かし、九本の蒼炎杭を別々の軌道で操っていたのだ。

 

 師匠(ヴィオレッタ)の得意とする精緻な魔力操作技術には足元にも及ばないが、この程度ならアルにだって容易い。

 

 唐突に、真上へ放たれた蒼炎杭がクルッと動きを止めて下を向く。

 

「レイチェル! 避けろ!」

 

 ディートの声にハッとしたレイチェルは、次いで勢いよく落ちてきた蒼炎杭に再度銃撃を浴びせながら駆け出した。

 

 ドォン! ドォン! と、武舞台の石畳を蒼炎が灼き、爆発して青白い煙を上げる。

 

「くうっ!?」

 

 瓦礫に背中を叩かれながらも懸命に走っていたレイチェルは後ろを振り返って再度驚愕した。

 

 青白い煙を引き裂いて蒼炎杭が飛び出してきたからだ。

 

「なっ! 誘導弾っ!?」

 

「ちいっ! させっかよ!」

 

 ディートは相棒を助けに行くのではなく、魔力操作自体を止めようと大上段に構えた薙刀をゴオッと振り下ろす。

 

 アルは刃尾刀を薙刀に沿わせるように合わせてあっさり受け流した。

 

 しかしそれはディートとて織り込み済みだ。

 

「ふんっぬ、おおおおっ!」

 

 地面に接触した勢いを利用して刃を跳ね上げ、そのまま左に一回転するように薙ぎ払う。

 

 アルが咄嗟に跳び退る。

 

 ――今!

 

 レイチェルは好機を見逃さず引鉄を引き絞った。

 

 ガァン! と、独特の発砲音が鳴り響き、撃鉄に装填されていた魔力が弾倉の刻印を起動して風術弾を吐き出す。

 

 ここまで近距離であれば発砲と弾着に時間的差異(タイムラグ)はほぼない。

 

 ようやっとマトモな一撃が入るだろう、とアルの仲間達以外全員が思った。

 

 しかし、アルは右眼に捉えた風術弾に恐るべき反応速度を示し、空中で刃尾刀の柄頭に左手を添えると同時にグルンッと一回転。

 

 ひゅ……ぱっ! と、複雑な軌道で斬閃が走る。

 

 するとアルへ直撃するはずだった風術弾が揺らぎ、いつの間にかディートに向かって飛んでいた。

 

「いっ!? うおあっ!?」

 

 さすがにこれは彼も予想外である。

 

 驚きと共に肩に風術弾が直撃して吹き飛ばされた。

 

 アルは刃尾刀に薄く魔力を巡らせて術弾をディートへ()()()()()のだ。

 

「んな!?」

 

「おいおいおい」

 

「うっそ」

 

 観衆の武芸者達が繊細さと豪胆さに目を剥く。

 

「ディーくん!」

 

「いってて……くっ!?」

 

 相棒の声と脳内に鳴り響いた警鐘にディートフリートが顔を上げれば、アルが間合いを詰めてきていた。

 

「下がって! あれを撃つから!」

 

 レイチェルは右の肩提銃鞘(ホルスター)から、鈍色の銃身の中心部が奇妙に膨らんだ自動拳銃型の魔導機構銃を引き抜くや、相方へ警告を送る。

 

「ふんっ、ぬおおっ!」

 

 ディートは吹き飛んでいた体勢から薙刀の石突を石畳に叩きつけ、反動と勢いで大きく後退した。

 

 追撃を入れようとしていたアルは渦巻いた魔力に反応し、レイチェルへ視線を移す。

 

「そ、こおっ!!」

 

 直後、回転式魔導機構銃を腰帯(ベルト)に挟んで跳躍した彼女の魔導機構銃(オートマチック)から、最大装填(フルチャージ)状態の弾丸が吐き出された。

 

 ドウ……ッ! と重々しい発砲音が轟き、発砲者の身長とほぼ同直径の真っ白な爆雷術式弾が空を疾走。

 

 ほんの刹那、灰色の空へ光を投げ返した爆雷術式弾は武舞台へと即着するや、アルの蒼炎杭のそれを大きく超える爆発を生み出した。

 

「のわあっ!?」

 

「もうちっと下がれ! 危ねえぞ!」

 

 クリーク氏族の武芸者達が泡を食って座席から下がる。

 

 反動で後退しつつ魔導技士はディートを視界にとらえた。前衛の仲間がいる以上、無作為に爆炎をまき散らす術弾を撃ったわけもなかったが、それでも思わず胸を撫で下ろす。

 

「冷や汗掻いたぜ……アルクスはどうなった?」

 

 ディートは一気に膨張した火柱を視界に収めながら対戦相手を探していた。

 

 アルの姿が見えない。だが、何かを感じる。

 

「つっ!?」

 

 そして、直感に従って上空を見上げた。

 

 果たして、アルは着弾地点の上空にいた。殆ど無傷に近い。

 

 それとは反対に相棒は大量の魔力放出でゼェゼェと息を切らしており、彼に気づいていない。

 

 ――やべえ!

 

「レイチェル、上だ!」

 

 ハッとした彼女が見たのは紅い龍鱗布を広げて降ってくる黎髪の剣士。

 

「まさか、爆風に乗って……!?」

 

 アルは爆雷術式弾を躱しざま、龍鱗布を広げて己を軽くし、敢えて上空へ吹き飛ばされていた。

 

「くっ!」

 

 魔力を使いすぎて視界がチカチカと明滅するなか、レイチェルは回転式魔導機構銃を引き抜いて懸命に魔力を注ぎ込む。

 

 しかし、ひらひらと木の葉のように降りてきていたアルは質量軽減効果を戻し、重力加速度を味方につけて加速。

 

 術弾が掠めても勢いを止めることなく降りてくる。

 

 ――でもその距離なら!

 

 アルの降下地点はレイチェルでもわかるほどに、刃尾刀の間合いから遠い。

 

 着地の衝撃を逃がすであろう刹那の隙を突こうとレイチェルは歯を食い縛って魔導機構銃を構える。

 

 その瞬間、アルはたなびいていた龍鱗布の先と左手から蒼炎を噴き出した。

 

 轟ッ! と、爆炎が上がる。

 

「うえっ!?」

 

 指向性を持たせた爆炎が垂直方向にかかっていた重力の軛を捻じ曲げるほどの反動を生み出す。

 

 レイチェルは動揺し、アルへ慌てて引鉄を引いた。

 

 だが斜めに墜ちてきた彼はくるくる回転しながら術弾を斬り裂き、そのまま右足を振り上げる。

 

 躱せないと悟ったレイチェルが両手で回転式魔導機構銃を掲げて防御姿勢を執ったのと、アルが落下の勢いを乗せた踵落としを叩き込んだのは同時。

 

「く、う……――きゃあっ!?」

 

 鞭のように鋭い軌道で振るわれた重い一撃が軽いレイチェルを簡単に弾き飛ばす。

 

「レイチェル! くそっ! でぇりゃあああああっ!」

 

 駆け付けたディートが薙刀を振るわんと大きく振りかぶった。着地したこの瞬間ならギリギリ間に合う。

 

 ――取った!

 

 するとディートの視線の先で振り返った赤褐色の瞳がギラリと光った気がした。

 

 ゾッ……と、灼熱の刃を彷彿とさせる何かが途端に彼を押し包む。

 

 ――こいつは、あの時の!

 

 凛華が言っていた”剣気”。

 

 ほんの刹那、ディートは眼光と剣気に気圧されたものの、既に薙ぎ払いを繰り出している最中。止まれないし、止まる気もない。

 

「えぇあああああああっ!!」

 

 渾身の力で右に薙ぎ払われた長柄の広刃がアルに直撃した――かのように見えた。

 

「な、に……っ!?」

 

 ――手応えが、ねえ!

 

 霞を斬ったかの如く、空虚な感触にディートは眼を見開く。

 

 その瞬間、これ以上ないほどの悪寒を感じ取った。振り抜いて流れる身体をもどかしく感じながら直感に従って首を右斜め下へ向ける。

 

「っ!?」

 

 そこに、アルが居た。刃尾刀を左の脇構えにし、灼熱の剣気を伴って必殺の間合いに入り込んでいる彼が。

 

 いつの間に? どうやって? 

 

 そんな疑問を捻じ伏せるほどの警鐘がディートの脳内に鳴り響く。

 

 ――あれは、ヤバい。

 

「くっ、うぉあああああっ!?」

 

 持ち得るすべての力を使ってディートは地面へ身を投げた。その空間をアルが斬り裂く。

 

 ――――六道穿光流・火の型『陽炎之太刀(かげろうのたち)暁天(ぎょうてん)』。

 

 グリム氏族のルドルフを夜天へと吹き飛ばした独自剣技。

 

 アルの得意な逆袈裟斬りがディートの寸前までいた空間を断つようにず……っと薙ぎ払った。

 

 ルドルフと対峙した時は『封刻紋』も解いていたし、闘気も込めていたが今回は魔力しか込められていない。

 

「おわぁっ!?」

 

「ひゃあああっ!?」

 

 それでも何か巨大なものが掠めていったような衝撃がディートと尻餅をついていたレイチェルを激しく揺らした。

 

「う……!?」

 

「く……」

 

 なんとかやり過ごした2人が目を上げると、左手の蒼炎弾と、右手の刃尾刀を突きつけたアルが、

 

「どうする?」

 

 と、静かに問う。

 

 二人は顔を見合わせ、次いで違和感に気付いて空を見上げた。

 

「え……」

 

「マジかよ……」

 

 空を覆っていた灰色の雲の一角が千切れて散り散りになっていた。そこから覗いてきた日光が二人に当たっている。

 

 アルが込めた魔力が剣圧となって散らしたのだ。それを理解するや、

 

「参ったよ」

 

「うん。降参」

 

 二人は素直に敗北を認めて両手を上げた。

 

「じゃ俺の勝ちだね」

 

 するとアルはニッと笑って刃尾刀を納めた。その笑顔は友人に向けるいつものもの。

 

「やっぱ強えな、お前」

 

 ディートはしみじみと彼を称賛した。

 

「鍛えてるからね」

 

「最後の一太刀ってディーくんが避けなかったらどうなってたかな」

 

 レイチェルはパンパンと尻を払いながら立ち上がる。あれを相棒がどうこうできた気がしない。

 

「やめろよ、おっかねえ」

 

 同じく立ち上がりながらディートが己の首根っこを押さえて青い顔をする。

 

「あはははっ、そうなってたら途中で止めたさ。吹っ飛んでただろうけどね」

 

 アルはそう言ってからからと笑った。

 

「はぁ~~……しっかり敗けちまった。まっ、けどオレらの当面の目標が決まったな」

 

「うんっ、そうだね!」

 

「追いついて、追い越してやっからな」

 

「楽しみにしてて」

 

「ああ。俺達も追いつかれないよう精進する」

 

 そう言ってディートとレイチェルが差し出した手を握ってアルは握手を交わす。

 

 途端、拍手が沸き起こった。

 

「な、なんだ?」

 

「ふぇ? えっ? なに?」

 

 『紅蓮の疾風』が目を白黒させる。

 

「良い仕合だったぞ!」

 

「根性あるじゃねえかお前ら!」

 

「だが最後のあれ、ありゃあ一体なんなんだ? ”鬼火”が二人いたように見えたと思ったら雲が斬り裂かれちまった」

 

「バッカね、あれよ。剣圧ってやつでしょ」

 

「あんな距離飛ばせんのかよ?」

 

「ルドルフを倒したってのも頷けるぜ」

 

 誰あろう、クリーク氏族の武芸者であった。一般的な人間より感性が隠れ里の魔族達の方に近いらしいのか、殆どが見に来ていたようである。

 

「あ、ありがとよ?」

 

「ど、どうも~……?」

 

 ディートとレイチェルはそういった声に慣れていないのか顔を少し赤らめた。

 

「カア~!」

 

「や、翡翠。どうだった?」

 

「カアカア!」

 

「ふっふ~、ちょっとは強くなってたろ~?」

 

 左肩に翔んできて身体をすり寄せて来る三ツ足鴉をアルがあやしていると、仲間達がやってきた。

 

「三人とも、お疲れさん。悪くねえ仕合だったぜ」

 

「うむ。アル殿相手によく食らいついていた」

 

「だねぇ。最後のはボクらもどうなってたかわかんなかったけど」

 

「位置が()()()みたいに見えましたね」

 

 4人も感想や労いの言葉をかけてくる。

 

「”灰髪”にはさせられなかったけどな」

 

「アルも強くなってんだからしょうがねえさ」

 

 悔しそうに言うディートの肩をマルクはポンポンと叩く。

 

「レイチェルさんの魔導機構銃の威力には驚きました」

 

「ありがと、ラウラちゃん。また改良したの」

 

 ラウラはレイチェルの爆雷術式弾が気になっていたようだ。

 

「ん?」

 

 アルは声が一人分足りないなと静かな方を見て――……冷や汗を垂らした。

 

「……」

 

 無言の凛華が青い瞳を爛々とさせている。それこそ鬼火のようだ。

 

「あのさ……凛華? 凛華との勝負はまた今度だよね?」

 

「……そうね。でも、稽古なら良いと思わないかしら?」

 

 どうやら剣士魂をいたく刺激してしまったらしい。

 

「や、戦ったばっかりだし」

 

「準備運動は充分ってことよね?」

 

「エーラ、助けて」

 

「無理だよぉ~。聞き分け悪いときの目ぇしてるもん」

 

「そんな殺生な」

 

「さ、やりましょ」

 

「勘弁してくれぇ~」

 

「カア~」

 

 こうしてアルと『紅蓮の疾風』の勝負は何とも締まらない終わりを迎えるのだった。

 

 余談だが――仕合に大興奮したクリーク氏族のせいでアルの二つ名に”雲切(くもきり)”が追加されることとなる。

 

 それを知った本人が盛大に溜め息をつくことになったのは言うまでもないことだろう。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。